- 『vague form【一話】』 作者:さるお / 未分類 未分類
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皆さん、自分の夢は何ですか?そんなことを考えながら読んでみて下さい。
場所は東京、ある人波にぎやかな歩道を一本左折してみると、先ほどとは打って変わって、閑散とした風景が広がる。もちろん、にぎやかな音声だけは相変わらず、周囲のどこかしから聞こえるのだが。こんな裏街道が良く似合う、築三十年はいっているだろう、三階建のおんぼろビルが辛うじて、裏街道の中でも陽の光さえ当たらぬような場所にひっそりと居坐っていた。ここら一帯はまさにぼんやりという表現がピッタリの輪郭を持ち合わせているようで、ほんの少しの衝撃で全てが壊れてしまう、まるで全てが幻であるかのような雰囲気があった。
このビルの二階を舞台として話は始まる。
ここ二十年、東京のあちこちでの異常な人口増加、土地不足に悩まされている現状を考えれば、こんな寂しい場所でのわずかばかりのビルの土地さえ、地上げの対象となってもおかしくないのだが、どうしてか免れているようだった。ちなみに、そのビル右隣一帯は、二年前に地上げにあい、巨大なエステサロン総合ビルへと変貌していた。しかし、このビルが扱う職種が奇妙なせいもあってなのか、このビルでは、そんな話はいっこうに見られない。
このビルの一階は、魔術の開発を専門に扱い、三階は透視術を教える研究所だった。二階はと言えば、夢を売ることを生業にしている、これまた異色な店であった。
店名は、「夢いかがです」と単純極まりない名前だったが、わかりやすくて却って良いかもしれない。店は老女が一人で経営している。この老女がこのビルと同様に不気味な存在で、存在しているのかどうかも疑わしげな風貌だった。
老女は椅子に腰掛けて、長めの本を読み入っていた。服装は、魔女のようなローブを着ている。時々白髪だけの髪を掻き毟る。店の中では、ページがめくれる音しかしない。
店内の様子は、差し当たって目に付くような物はなく、まず狭いという印象をうける。小さな丸机とそれを中心として、老婆が今座っている椅子が一脚、対面に椅子が二脚だけしかなかった。ビルの外形から察するに、もう少し店内に広さがあっては良いのではないかと感じるが、その広さは夢の収納庫に使われていた。老婆の背後に店の雰囲気とは似ても似つかぬ頑丈な錠前がかかった、これまた、ハンマーなんかで叩いても壊れないだろう、鉄を原料とした丈夫な造りの薄茶色のドアがある。その扉の向こうには、この店の命とも言える、夢が多種にわたり、大量に保管されていた。
カランコロンと店のドアが開いて、六十はいっているだろうかと見受けられる威厳のある顎髭をたくわえた、やせ細った老人が入ってきた。服は、ブランド物の高そうなスーツを着ている。いかにもジェントルマンと言った感じである。
老女は眼鏡の奥から客を品定めするかのように、一瞥をくれた。そして、ゆっくりと椅子から腰を上げ、力ない声で老人に語りかけた。
「いらっしゃいませ。どんな夢をお求めで?」
老人は少し戸惑った。丸机を前にして、立ったままの状態で、こちらも力なく
「近くをうろうろしていましたら、お宅の看板に目を惹かれましてな、何ものかに導かれるように、この店のドアを開いていたのです」
「はあ……では夢を御買いにいらっしゃったのではないのですか?」
老女は肩を落とし、再び椅子に腰掛けようとした。
「いや、待ちたまえ! 夢を買わないわけではない。実は、私はがん告知をされていて、余命半年の命なのです。私は幼少の頃から、親の会社の後継ぎとして相応しい教養を身につけるため、勉学にいそしみ、習い事をいくつもやらされてきました。おかげで、自分の意見をもつことが出来ず、世間の皆さんがおっしゃる夢といった類のものをもったことがないのです。このまま人生を終えるなど、そんな寂しいことはないじゃありませんか。ねえ?」
老人は老女に同意を求めようと、目をカッと見開き、真摯な態度を見せた。
「そうですね。確かにそのような人生、いくら豊かでも私には耐えられませんわ。承知しました。では、どんな夢が良いでしょうか? どんな種類でも取り揃えております」
「うむ……正直、先ほど言ったように、夢をもったことがないので、夢と言うものがどういうものかさっぱりわかりません。何を選んだら良いんでしょう?」
老人は困惑した表情で、どうしたらいいかわからない様だった。老女はクスリと微笑んで
「夢に制限などありませんわ。お客様がなりたいもの、やりたいことなら何でも夢になるんです。つまり、欲望の変換と言うべきかしら」
老人は依然と窮した様子で、頭を悩ました。二分ほど沈黙が流れ、老人がやっと口を開いた。
「この年になると、なりたいもの、やりたいことなど、そうそうありません。スポーツ選手になりたいという夢では、あまりにもこの体には愚かです。それで、この年でもまだ現実味があるものとは一体なんだと考えていましたら、小説家になることはどうだという結論に至りました。小説家になる夢を頂けないでしょうか?」
「承知しました。少し、お待ち下さい。ただ今持って参ります」
老女は、ローブにある右ポケットから錠前の鍵を取り出し、重いドアをあけて、夢の収納庫へと入っていった。
数分の後、小瓶を持って、老人の前にある丸机に静かに置いた。小瓶の中は、いっぱいに丸い飴のようなものが詰まっていた。きれいな淡い緑色をしている。
「これが小説家の夢です。一粒を飴のように舐めて頂ければ直に効果があらわれます。それと、御買い頂く前に言い忘れていたのですが、夢一つの値段は一千万円になります」
「なに! 高すぎやせんか? たかが夢にそんなお金とは」
老人は驚愕した様子で、喉に唾を詰まらせて、大袈裟な咳をした。
「いいえ。決して高くはございません。たかが夢、されど夢ですわ。人生を鮮やかに色づけるのは、思い出と夢でございます。それを考えたら妥当なお値段、いやむしろお安いくらいですわ」
老人はしばらく悩んだあげく、ウンと頷き、大きく首を縦に振って
「わかった。その金額払いましょう。確かに今の私には安い買い物かもしれん。それに、後半年の命。今更、金の出し惜しみをしても仕方がありません。小切手でよろしいか?」
老人は背広の内ポケットから、小切手を取り出し、達筆な字で一と七つの零を書いた。それを、老女の目の前に差し出し、一言付け加えた。
「夢の効果が現れない時は、金は返して頂けるんでしょうな?」
「もちろんです。しかし、そんなことは絶対にありませんわ」
老女は自信を持って、鼻息を荒々しくたてた。
「左様であるか」
老人は小瓶から飴を一粒取り出し、口の中に入れ、乱暴に舐め始めた。瞬く間に飴は消えうせ、 老人の目からは涙がこぼれた。
「ああ……これが夢なのか。やっとわかったぞ。この胸から湧き出る希望はなんだ!」
老女は満面の笑みを浮かべて
「あらあら……私もお役に立てて嬉しいですわ」
「うう……ありがとう。本当にありがとう。私は家に帰って、すぐにでも小説を書きますよ」
老人は鼻水混じりの声だった。老女に深々とお辞儀をして、店を出ようと外につながるドアに手を掛けながら最後にこう言った。
「こんな年で夢なんて恥ずかしいったらないですね」
「いいえ。意外と多いんですわよ」
老人は満面の笑みで店を出た。
続く
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2005/06/23(Thu)18:40:00 公開 / さるお
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■作者からのメッセージ
初めて連載物を書いてみました。一応、頭の中では最後まで考えてあるんですが、それぞれ批評して頂けるほうが、今後の展開に良い方向性が持てるだろうと思い、この形にしました。
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