- 『最高の答え 最悪な現実』 作者:ヤッチー / 未分類 未分類
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全角9564文字
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原稿用紙約32.75枚
〜〜序章〜〜
「全く、最高の朝だよ」
……ちくしょう
重い腕をかかえて歩きながら、つぶやく。
現在AM4時。辺りには今日に限って降らなくてもいい雪が降っている。
「この経験は夏場クーラーが壊れたときにでも活かすとするかな」
……くそっ なんでなんだよ
鉄の味がする唾を呼吸を荒げながらも吐き出す。
「やべえ、マジもんの吐血だよ。オレって実は重病人? 119番コールしちまうか? 明日から『救急車をタクシーのごとく乗り回す男』っとでも名乗るかな〜」
……くだらねえ
何処に行くでもなく、ただ前に向かい歩き続ける。オレの居場所なんて、もう何処にもないってのにな。
1時間ほど前から降りだした雪と、ボロボロになったジャンパーの隙間から容赦なく吹き込んでくる冷風のため、手足の感覚はなくなっていた。
「18歳学生、まさかの都会での遭難!? 凍死死体路上で発見!」
……センス悪っ。最低だな……けど別にいいか……
……はぁはぁ……はぁ
軽口を叩く気力もなくなり、雪の所為か出血の所為か、視界に白いもやかかり始める。唯一腕の怪我の痛みだけが、まだ生きているということを実感させる。
「独りが好きなの?」
突然、正面から声がする。
……。
頭を上げることもできず、視線だけ相手の足元に動かす。
……裸足に……浴衣……なるほど、「らしい」よ。
「これがあなたの望んだこと。満足した?」
「くっくっく」
思わず笑いが込み上げてくる。
言われなくても大満足だよ。これ以上ないくらいの出来だったよ。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
狂ったように笑う。まるで声と共に自分の命そのものを吐き出すように。
そして、声を出しつくしたオレは歩みを止め、その場に膝をつく。ここで膝をつけばもう立ち上がることなんてできないこと、分かりきっていたのに。
「疲れたでしょ? 強がること」
……ああ、疲れすぎてもうなんにもできなくなっちまったよ。
「気付いていたでしょ? 自分の本当の望み」
……オレの……本当の……望み?
「あなたの本当にやりたかったことは?」
……オレは……
「オレは、ただ――」
〜〜一章〜〜
(1)
「まずまずの朝だな」
寝起きの第一声に微妙な感想を述べてみた。ん〜と軽くのびをして辺りを見渡してみる。
「あっ」
小さな叫び声のようなものが聞こえた気がする。
ん? よく見ると隣で女がオレのことを見つめていた。
……オレ、寝起き。ここ、ベット。そして、女。
「…。」
……見なかったことにしよ。ってゆうかオレには何も見えない。
「大丈夫か? 怪我の具合は…」聞コエナイ。
「ここ、何処だっけ?……ま、いっか」
基本的に小さいことは気にしないオレは、ここが何処だ? とか、なぜここにいる? といった程度の問題を気に留めるわけもなく、とりあえず二度寝を楽しもうと布団に顔をうずめる。
「よくねーよ!」
怒声とともに、後頭部に痛みが走る。どうやら、隣にいた女に殴られたらしい、などと冷静に考えられるようになるまで5秒程度の時間苦しんだ。
「よ、よう、秋じゃねえか。久しぶりだな〜……悪いまだ眠いんだ。起きたらかまってあげるから、それまでいい子にしてな」
言ってオレは布団をかぶりなおす。
ドスッ
秋の拳が深々とオレの腹に突き刺さる。
「よう、目が覚めたか?」
目覚めたばかりの俺に理不尽な暴力を奮っているこの女。名前は美凪 秋穂(みなぎ あきほ)と言う。年齢は17、一応俺の彼女。……元だったかな?
「お、おはよう秋。今日も美人だな」
「で?」
こみあげる吐き気をこらえながら必死に吐き出した言葉をあっさり無視される。
ってゆうかなぜ起きた瞬間、こんな危険な戦場に!?気分は、かろうじて気絶から目覚めたが、もはや止めをさされる寸前のボクサー。
視線を送ると、赤コーナーの秋は俺に止めを刺すべく、こちらを睨み付けている。
「なんで俺はこんなとこに?」
「それをテメーが聞くのか!?」
どうやら秋は、俺がここにいる理由を尋ねているらしかった。んなもん、俺が聞きたいっての。
だが、今目の前にいる女は獲物を前にした肉食獣のごとき形相で本当のことを言ってもまともに聞いてもらえるとは思えなかった。
やべー、ここでのミスは命にかかわる。
……クリンチをして時間稼ぎ?
……タオルを投げてもらう?
無理だ。レフェリーがいねー。
「き、昨日は激しかったな……」
「……。」
一瞬の静寂。・・・正解?助かった?
次の瞬間、秋の頭の中で殺人許可書が認可されたらしい。
まずは肝臓に必殺の右!いわゆるリバーブローってやつだ。当然素人の俺が耐えられるはずもなく、体が思わずくの字に曲がる。返す左手で顎への一撃。……まずい脳が揺らされた。体勢を立て直すこともできず崩れていく俺に、とどめの飛び膝蹴りが強襲する。
「ぐふっ」
……膝は反則です。
抗議をする間もなく、意識は闇へと堕ちて行く。
「最悪の朝だな」
「どうした?」
「女ボクサーに蹴り殺される夢を見た」
「そりゃ、最悪だったなー」
ハッハッハ、と高らかに笑っているこの野郎。名前は美凪 春樹(みなぎ はるき)。オレの悪友であり、今現在プチ家出中のオレが一番多く出入りする家の家主ってとこだな。
「5年以上も家に帰っていないってのに、なにが「プチ」だよ」……心の声に突っ込むの止めろよ。
とりあえず、体に起きたことを実感させるため、息を吸い込み大きく伸びをする。
「……ぐぇ!」
予期していなかった痛みに、奇妙な呻き声をあげてしまった。
か、体中がいてぇ。
痛みで一気に脳が覚醒してくる。そして、冷静になったオレは辺りを見渡す。
ここ、何処だよ?
「状況理解したか?」
「ああ、理解したよシュン。オレとしたことが」
………
………
「今日、新装開店するパチンコ店に早く行かないと間に合わなくなってしまう時間ではないか!」
「なに!? なんで早くそれを言わなかった! こんなとこで和んでる場合じゃない。行くぞヨク!」
「おう!」
ドカッ。
突然、部屋のドアから衝撃音が鳴り響いた。
「……。」
「……。」
静寂。
「パチンコ店の問題は、ひとまず置いておいてだな」
立ち上がって走り出そうとしていたオレとシュンは、元に位置に戻った。
「もっと重要なことがあるだろ?」
う〜ん。重要なこと?
ひとしきり唸り声をあげ、不意にポンッと手を叩く。
「最近、牛丼とコンビニ弁当しか食べてないから栄養のバランスが悪いかも」
「おいおい、そりゃいくらなんでもまずいだろ。人間ってやつはね、ただ食べればいいってもんじゃないのですよ。ちゃんとカルシウムとかビタミンとかバランスよく取らないと大変なことになるらしいのですよ? ちゃんと分かってますか?」
……元ネタがわかんねえよ。
「だって、お金ないんですもの」
「しょーがねー奴だな。よし。最近、バイトの給料も入ったことだし、オレが野菜と魚のフルコースでもご馳走してやろうではないか!」
「うわ〜い。そのフルコース微妙すぎて、全くうれしくな〜い」
「やかまし! 好き嫌いするな。じゃあ、先に外出てるからとっとと準備して来いよ〜」
言って、シュンはドアの向こうへと消えていった。
バキッドカッ。
……ドアの向こうから、一方的な暴力が奮われているような音が聞こえてくる。
しばらくして、顔に痣を作り、両手にそれぞれ青汁とビタミン剤を持ったシュンが入ってきた。
「まあ、これでも飲め」
手に持った物を勧めてくるシュン。
「ほ〜。これが噂に聞くフルコースってやつか。なんだか…」
「お前、オレに言わなきゃいけないことがあるだろ?」
オレの言葉を遮り、シュンが本題に入るよう促してくる。目を見ると「もう、勘弁してくれ」とアイコンタクトで訴えてくるのが分かった。
ふぅ、と息を吐き出す。
「やっぱ、言わなきゃ駄目か。実はな」
「……」
「つい先日、秋と別れることになった」
「なにぃ!?」
シュンがいきなり立ち上がり掴み掛かってきた。
ガタッとドアの向こうで体勢が崩れたような音がした。が、そんなことを気に留めている余裕などなかった。
「オドリャア、なぜにそげな大事なこと、今までオレに黙ってヤガッタ!?」相当気が動転しているらしいことがよく分かった。
「いや、悪かったよ」
「謝ってすむことじゃねえ! ちくしょう。そのせいで最近アイツの機嫌悪かったのかよ」
どうやらコイツは、オレ達が別れたことより、自分が八つ当たりされたことが原因でオレを責めているらしかった。
「お前のせいでな、オレは機嫌の悪い女ボクサーもどきに蹴り殺されそうになったり、そいつが飯作ってくれないから、最近牛丼とコンビニ弁当しか口にできなくて、栄養が偏るような事態にオレは陥ってんだぞ! 分かってんのかコラ!」
どっかで聞いたような話だった。
「お前が酷い目にあったのはよく分かった。けどな、ひとまず落ち着けって」
フゥフゥ。っと呼吸を少しずつ落ち着かせようとするシュン。
数分経過。
「落ち着いたか?」
「ああ、すまない取り乱した」
そして、ふぅ〜と深呼吸。
「冷静に考えれば、これは完全にお前ら二人の問題であってオレは全く無関係だったな。悪い悪い。あまりに理不尽な苦痛をしばらく味わってから、原因が分かった瞬間、つい我を忘れちまったよ」
本当にすまなかった。
心の中で深く頭を下げた。
「まあ、あんまり気にすんなよ。オレがこんな目に会うのは何も今回が初めてのことじゃないし。お前と秋が喧嘩するたびに毎回こんな感じだったからな。今回は、それがちょっと長いだけだよ」
うぐっ。
本当に本当にすまない。
心の中で土下座して謝った。
「それに、こんな思いするのは後二、三日ってとこだろうしな」
「やっぱりお前もそう思うか? そうだよな。もうそろそろ限界だよな」
「?」ドアの向こうで首を傾げているような音がする。
……聞こえるわけないけど。
「あんな暴力女と付き合える人間。お前くらいしかいねーもんなぁ!」
「全くだ。そろそろ一人が寂しくなってきて、やり直さない? って、いつ切り出そうか考えてるとこだろ!」
だっはっは。と二人で声を揃えて笑い合う。
ドカン!
「てめ〜ら〜」
ドアをぶち破り、拳を怒りで震わせ、顔を真っ赤に染めた秋と言う名の鬼が部屋に侵入してきた。
一瞬にして青ざめるオレ達二人。
「こ、こんにちは。秋ちゃん、久しぶりだね〜。お邪魔してます」
「あ、秋さん。お、お兄ちゃんが、君たちが仲直りをできるように、ヨクを連れてきてあげたよ〜」
しかし、秋にはオレ達の声は届いていないらしく、一言も返さず、一歩ずつオレ達との距離を詰めてくる。
シュンが小声で話しかけてくる。
「ほら、久しぶりにお前の顔見れて、はずかしさで顔が赤くなってる。感激のあまり震えて泣きそうにすらなっているよ。我が妹ながらイジらしい」
……悪いシュン。オレには血管をピクピクさせているような女を、そんな風に見ることができる力持ってない。
が、口と体は、オレの意に反して動き出す。
「ああ、女にこれほど想われて、行動を起こさなかったら漢じゃねえよな〜」
「……ごめんヨク。そんな小動物のように体をびくびくさせてるお前が、漢に見えるような力、オレにはないよ」小さい声でシュンがなにかを呟いた気がする。
オレは意を決し、秋の前に立ちはだかった。
漢らし〜。
「秋!迎えに来――」
「死ね!」
殺気がこれ以上ないくらいに込められた拳が、オレに襲い掛かってきた。
ガハッ。
胸部の衝撃を受け、息が止まる。続けて背中に衝撃。どうやら、壁まで吹っ飛ばされたらしい。
む、無念だ……ぐふっ。
遠のく意識の中、残されたシュンの安否だけが気掛かりだった。
ガシャーン。
同じように吹っ飛ばされたシュンが、窓の外へ飛んでいくのが見えた。
……Good bye シュン。よい空の旅を……
(2)
〜一時間後〜
今、四人の人間が向き合って座っている。
端から、二人の人間を半殺しにすることで、ようやく冷静になった秋穂。実の兄を殺しかけておきながら、微塵も動揺を見せないのがこいつらしい。
そして、その隣にいるのが、殺されかけた兄、春樹。下に雪が積もっていなかったらどうなっていたことやら。
その隣に位置するのがオレ、通称「ヨク」こと神名見 翼(かんなみ たすく)18歳。どこにでもいる、ごく普通の高校2年生。
「18歳で高校2年生が『ごく普通』ね〜。ふ〜ん」
シュンが何か言っている。無視無視。オレが普通と言ったら普通なの!
そして最後の一人。白衣に身を包んだ女性。整った顔立ちをしたかなりの美人。どこか投げやりな雰囲気がつきまとっている。名前は豊之 観琴(とよの みこと)、年齢24(ストライクゾーンど真ん中)、スリーサイズは上から――
「くだらねえこと、ほざいてんじゃねえ!」
ガシャーン。
突然、ガラス製のコップが飛来。鼻先2pのところを通過した。投げた相手は……まあ確かめるまでもないわな。
「ふっ。シューティングゲームをやらせれば「少佐」とまで呼ばれたこのオレに、その程度の攻撃が当てようなんてやつが存在するとはな。身の程知らずもいいとこだ!」
「ほう、言うじゃねえか。じゃあ、あたしがその「少佐」の名にぴったりになるように、真っ赤に染め上げてやるよ」
二人の間に(一方的な)殺気が立ち込める。
「どうでもいいんだけど、息の根止めるのは止めてね。死体を生き返らせるの、結構お金かかるんだから」
「…」
「…」
「ええと、話を進めてもよろしい?」
「どうぞ」
ゴホン、と一つ咳き込み、シュンが喋り出す。
「では、本題に入りたいと思います」
そして、オレに視線を向ける。
「秋とヨクの別れた原因についての――」
「もう、てめーらはしゃべるな!」
耐えかねた秋が言葉を遮った。
あ、シュンがめっちゃヘコんだ。まあ、せっかく自分をアピールしようとしたところを、妹にしゃべるなとまで言われちゃ〜、ヘコむよな〜。
「アタシが直接聞く」
そう言ってオレに向きなおす。
「昨日の夜、何をしていた?」
「なんだ? 浮気調査か?」とりあえず誤魔化す。
しかし、言葉を無視し真面目な顔でじっとオレを見つめる。
ん〜、マジで心配してるときの顔だな〜。どうすっかな。
横を見るとシュンも似たような表情をしていた。観琴さんは……あ、空の景色眺めてやがる。
「その前に質問。ここ何処だ?」やっと言えた。全く周りが素直じゃないから、当然の疑問を口にするのにえらい時間がかかったもんだ。
改めて辺りを見てみる。なんてゆーか、生活感が全くと言っていい程ない部屋だった。
家具は今オレが使っている、何から何まで白で統一されたベット。そして、テレビとゴミ箱が一つずつ。以上だった。
「私の部屋」
命さんが景色を眺めながら簡潔に答える。
……さいですか。まあいいや。観琴さんの家ってことは豊雲之病院か。なんでこんなとこに?
「昨日、家の前に倒れていた貴方をここまで運んで、その後この子を呼んで看病してもらってたの」
秋を指差し、オレの疑問に答えてくれる。
「マジすか? そうとは露知らず、ご迷惑をおかけしました」
どうせなら看病も自分ですればよかったのに。
「だって、労働時間外だったから」
とても医学に携わる者の言葉とは思えん。
……あれ? オレ今、しゃべってないよな……。もしかして心読まれた!?
「そんなことできるわけないじゃないの。貴方の顔を見れば、言いたいことくらい分かるわよ」
観琴さんが窓の外から視線を外さないまま答える。
ですよね〜。……あれ?
「今度はこっちの質問に答えろよ。何でこんなとこで倒れてたんだよ」
昨日のことか……さて、どう説明するかな。
少し考え、言葉を選びながらしゃべり始める。
「確か前の日寝るのが遅くて、起きたのが2時過ぎだったな。それから、誰か誘って遊びに行こうと考えたんだけど、電話した相手が全員忙しいとかゆうふざけた理由で断ってきて、ヘコんだのを覚えてる」
うん、我ながら現実的かつ説得力のある説明だな。どこにも反論できる余地などあるまい。
「平日の昼間2時に暇な奴なんて、お前くらいだよ」
何モ聞コエナイ。
「んで、しょうがないから暇つぶしにナンパ――」
ギロッ。秋が露骨に睨んでくる。
「じゃなくて、ゲーセンで時間潰してました」
まあ、こんなもんだろ。
「…」
「…」
「…」
全員無言。
「それから?」
「以上!」
「ちょっと待て!」
さすがにシュンから異議ありの声が上がる。
「そこからが問題なんだろうが! 今までの話は、いわば前菜。まだメインディッシュが出てきてないじゃないか! そんなんじゃオレの腹は全然満たされねーよ」
「ほう。なかなかいい喩えじゃねえか。なら、さっきの秋とのやりとりは食後のデザートってとこか。あれだけ食ってまだ食べようっての? 腹壊すぞ?」
全く反論を予期していなかったシュンは、不意な質問に固まり考え込んでしまう。
「…確かに。言われてみれば、そうだよ。確かに満腹だわ。こいつは一本取られたな〜」
「オレから一本取ろうなんて、10年早いっての」
ダッハッハッと二人で笑い合う。
ドスン!
秋が思い切り床を踏みつける。
「すみません。それ以上のこと思い出せないんです……」
「そうなのか? それにしては随分ノーテンキだな」
「ほっとけ」
オレは、会話はもう終わりっと言わんばかりの態度でベットに横になった。
「ちょっと待て。アタシは、そんな答え全然信じられないよ!」
オレの答えにあからさまに不満の声を上げる秋。
「あ? 信用できないって言われても、知ってること全部話したんだから、これ以上なんも言うことないっての。それにな、オレは過去のことには拘らない人間なんだよ。今、オレにとってもっとも重要な問題は2つ! 今がまだ午前中ってこと。そして、オレが猛烈に眠いってことだ。……おやすみ」
言うことを言い尽くしたオレは、布団をかぶり目を閉じた。
ゴンッ
鈍い音が聞こえた気がする。それが、自分の頭から発せられる音だと気付くまで10秒近い時間を消費した。
激痛。
「ぐぉおおおおおおお!」
悶絶。
「ぬぉおおおおおおお!」
「秋! てめぇ、いいかげんにしろよ!」
さすがにムカッっときて、秋を睨み付ける。が、秋は両手を上げ『私は何もしていない』のジェスチャー。隣を見るとシュンも同じポーズ。
あれ? ってことは……
上を向くと、鉄製の壺を持った観琴さんが立っていた。
「観琴さん。それ、シャレにならないです」
「さて問題です。今は何曜日の何時でしょう?」
? テレビをつけて時間を確かめる。
「水曜日の午前10時ですけど?」
「さて、キミの職業は?」
うぐっ。
「……学生」
「さっさと準備しなさい」
「……はい」
鉄の凶器を持った相手を前に反論する勇気がオレにはなかった。
(3)
「じゃあ、アタシは先に行くから」
そう言って秋はさっさと先に行こうとする。
「おい、ちょっと待てって。目的地が一緒なのに一人で先に行っちまうのは、ちょ〜っと冷たいんでないの?」
のんびりと支度をしていたオレは、今にも玄関から出ようとしている秋を呼び止める。
「今からじゃどうせ遅刻確定してるだろ? もうちょいゆっくりして会社の重役の気分、一緒に味わおーぜ」
「変人と一緒に教室に入って、みんなに変な目で見られたくない!」
ピシャン!
扉を乱暴に閉めて、外に出て行ってしまった。
「あちゃ〜。相当嫌われちまったな。でも、変人はいくらなんでも酷いんでない?」
「いや、そうでもないって」
声に振り返ると、いつの間にかシュンと観琴さんが背後に立っていた。
「んだと!? オレが変人だってのか!?」
「そっちじゃないっての! ……ってゆうか、お前もしかして自覚なかったのか?」
この野郎。
「嫌われてなんかいないわよ」
反論しようとしたオレを遮るような形で、観琴さんが説明する。
「彼女、私が連絡したとき、真っ先に飛んできたのよ? ここから3キロ以上ある自宅から、雪の中走って」
「おまけにオレが変わってやるって、何度も言ってるのに、お前につきっきりで看病してな。ほとんど寝てないんだよ」
「…。」
「分かっただろ? 分かったらさっさと追いかけろ。言っておくけどな、あいつを泣かせるようなことしたら、お前のこと許さねえからな!」
真剣な顔をして、シュンがオレに脅しをかけてくる。
ふぅ。と息を吐き出す。
「分かったよ。秋を泣かせるようなことはしない。誓うよ。しっかし、相変わらず隠れたところで妹想いだな。このシスコン野郎が!」
「まあな、あんな暴力女でも、たった一人の妹だからな。それにシスコンって言うならお前も似たようなものだろ?」
「朱里(あかり)をあんな暴力女と一緒にするなっての。まあ、妹想いってとこは反論しないけどな。ところで観琴さんは、なんでまだここにいるの?」
観琴さんは、オレ達の通っている高校「八神学園」の保険医だったりする。実は一番この時間、この場所にいてはいけない人物なのだが。よく見ると白衣の下はパジャマだし。
「通学中、倒れているうちの学校の生徒を見つけたので、病院に行くため遅れて行きますって連絡いれたの」
「よくそんな嘘くさい理由で学校側も納得しましたね」
まあ、全部嘘ってわけでもないけど。
「倒れていた生徒は、あなただって言ったら簡単になっとくしたわよ?」
「まじすか? ん〜、やっぱりオレみたいな善良な学生には、学校の信用もあるってわけですね〜」
「絶対に今日中に回復して、学校に来ることがないように見張っていろって言われたわ」
「……オレは、学校側にどんな風に思われているんだ?」
なんか、噂が一人歩きどころか、一人走りしている気がする……。
「おい、早くしろ。秋に追いつかなくなるぞ」
シスコンのシュンが急かしてくる。
「分かってるけどよ、ジャンパーが見つからねーんだよ。買ったばっかりのお気に入りだったやつ」
「!?」
シュンの表情が一瞬固まる。
「?」
「あ、ああ。ジャンパーな。もう無くしたのか? しょうがないな。オレの貸してやるから早くいきな」
そう言って自分のジャンパーを投げ渡してくる。
「サンキュ。まあ、オレのは探しといてくれ。んじゃ、行ってくるわ」
「秋に追いついたとき、一緒に登校できるような言い訳、考えておけよ」
「おう。言い訳ならオレに任せておけって」
オレは扉を開け、雪の積もる道を走り出した。
「秋ぃ〜。待ってくれ〜。足怪我しててまともに歩けねーから肩かしてくれ〜!」
「走りながらほざくな! バレバレじゃねえかよ!」
そして、豊之病院の前に残された二人。
「……あいつ本当に昨日のこと忘れてるんですかね?」
「たぶんね。事件と何も関係なければいいんだけど……」
誰もいなくなった部屋で消し忘れたテレビの音だけが響き渡る。
「……昨日、深夜1時頃。少年同士が争っているという通報を受け、捜査員が駆けつけたところ、おびただしい量の血で地面が赤く染まっていたとの報告がありました。現場には、被害者、加害者のどちらの姿もなく、警察では――」
刃物でボロボロに切り裂かれ、内側が血で赤くそまったジャンパーが、人目に触れぬようにタスクが寝ていたベッドの下に隠されていた。
〜1章完〜
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2005/06/27(Mon)21:22:15 公開 / ヤッチー
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■作者からのメッセージ
なんか1話目なのに妙に長くなってしまいました。
最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
もし、感想・アドバイス等なにか言いたいことがある方は、どんどん書いてくださいね。