- 『病陣 (ヤマイジン)』 作者:永遠 / 未分類 未分類
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病……やむこと。生物の全身または一部分にに異常をきたし、正常な機能が営めない現象。
陣……兵士を並べ隊伍を整えること。またその隊列。いくさ。合戦。
――こうして寝ているとね、病気に囲い込まれていって、もう駄目になってしまう気がするのだよ。
その足には鉛の弾を入れたまま、左腕は神経をやられて動かせないまま、戦場でもらった流行り病を抱えて。
彼はらしくなく弱々しげに笑って言ったのだった。
そのせいか、医師の診断を下す声は言外に、彼がそう長くないことを告げている気がした。
それでも、彼は、峰はまだ笑っていた。 峰が負傷した、と言うのは噂で聞いていた。
あの峰がまさか、と全くれんは相手にしていなかったのだが、軍会議で峰が負傷者病棟に運び込まれたと知らされた。
軍の参謀として一戦から引いたところにいたれんとは違って、峰は戦場でその地位を上げていた。
機転を利かせたその力はどこの戦闘でも重宝がられた。本人もそれを楽しんでおり、尻込みもせず戦場に身を投じた。
いつも戦場から帰ると、場違いに土産をくれたり現地での話を面白可笑しく話したり。
戦場と言う場で、それでも峰は快活に、何よりも峰らしく居たのだ。
それが、この様だ。
いつかは、こうなると分かっていた。いくら峰が賢しくても、避けられないことだったのだ。戦場にいる限りは。
けれどそれが酷く不条理に思えて、れんは無性に悔しくなった。
窓辺で白いカーテンが揺れている。
病に蝕まれた峰の体は貪欲に睡眠を欲していて、柔らかな午後の日差しと涼しい風の中、安らかな寝息を立てていた。
れんは手持ち無沙汰に、何をするでもなく峰の寝顔を眺めていた。
この病室は向かいに別棟が迫り、変に囲まれた庭というか空き地に面していて、
静かだが時折風が模糊とした賑やかな声を吹き上げてくる。
平和で優しい雰囲気が、逆にれんを締め付けて、悲しくなる。
この静寂の中で、やがて峰は死んでいくのだ。それが淋しくて、白いシーツに包まれた少し熱っぽい峰の頬に触れた。
――突然風がカーテンを激しくひらめかせ、その直撃を受けたれんは腕をかざし目を瞑る。
風が止んで目を開けると、目の前のベッドは無人だ。
風の吹き上げる声も何かの気配もない静謐に満ちた病室の中一人、れんは峰が一年前に死んだのを思い出した。
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■作者からのメッセージ
二人と、優しい沈黙の話です。
話はこれで終わりで、峰の話も終わりですが、まだれんの世界は終わりません。