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『濁世の英雄たち(第一幕 完)』 作者:天姚 / 未分類 未分類
全角14768.5文字
容量29537 bytes
原稿用紙約44.6枚
第八戦 追憶



 幾度もの戦場を見つめてきた戦太鼓は、己が戦友を腹に受け、その勇ましい声を生と死が交錯する世界に響き渡らせた。大地を打ち鳴らし、行進する礼軍。成もまた、文嶽の号令を受け、軍馬の馬蹄高らかに地面を踏み鳴らす。互い五町にまで迫ると、再び軍鼓が轟き、両軍はその動きを止めた。
 成の陣営から、文嶽がただ一騎で進み出る。礼からもまた、凱華が颯爽と白馬にうち跨り姿を現した。共に相手の顔が見える距離まで馬を進める。
「お初にお目にかかる。某、成の西逆将軍、文嶽と申す。凱華殿の高名はかねがね聞いているが、その凱華殿に改めてお尋ね仕る。このたび、あなたは大軍を起こして何を血迷うて、平和を踏みにじり我らの国境を侵すのか?」
 凱華はその言葉を聞くと艶やかに笑い、その深紅の瞳を熟練の将にそそいだ。
「愚問だな。天下の趨勢は我ら礼にある。私は、その覇業を達するため、陛下より神軍を授かり、これを率いるものである。それに対しあなた方は我らにいたずらに抵抗をし、民を害している。いかにもおろかな振る舞いである。今貴殿が行うことは、その舌を私に向けるのではなく、自らの王に降服を進める事であろう」
 文嶽は、声を高いものにした。
「笑止の沙汰ではある。自らの力に溺れた、傲慢な考えだ!」
 いい放つと、腰剣を引き抜いて高々と刺し上げた。それを一気に振り下ろす。
「蹴散らせ!」
 と、下知一声。右翼からは璃由、岳礼、椰希が、左翼からは、王韓が、喊声陣鼓凄まじく、成の陣営めがけて殺到した。これに対して、礼からも夜朱、連歩、公憐らが、凱華の傍らを駆け抜け、躍り出た。それに続いて十万の成兵が、旗を押したて続く。
 巻き上げる泥水は宙を覆い、鬨の声は天をも震わせる。激突した刹那、大地は翩翻と揺らいだ。
「夜朱!」
 その乱戦凄まじい中、彼女の姿を見つけると璃由は大音声で呼ばわった。夜朱もまたそれに気付くや、馬を巧みに操り璃由のもとに参じた。
「えへへ、今日こそ……」
「いざッ!」
 互いに武器を陽に照らし、間合いをとる。どちらも重傷を負っているにもかかわらず、それを微塵も感じさせないのは、常人を超えた霊気の為であろうか。
だだッと馬のすれ違いざまに、両者は得物を突き出して凄まじい金属音と、青の火花が飛び散らせるや、勢い余って一町ほど馬を駆けた。さっと馬首を巡らし再び激突する。夜朱の戟が轟音の下虹を描けば、璃由の刃が火花を散らし得物を防ぐ。
 ――瞬間、刃がガッと噛み合った。二人の間に血をおびた風が流れる。互いに瞳の中を見つめた。炯々とした眼光が夜朱を睨みつけた。彼女もまた、不気味な笑いを注いだ。しかしそれも一瞬である。再び風が通るや、激闘が再開された。なお四十、五十合撃ち合ったが、勝負は容易につかないのであった。

 その間にも、両軍の激戦は更にその苛烈を極めた。王韓は部下を叱咤し、先頭にたって躍りかかった。刃きらめくところ、礼兵の腕が或いは首が天に朱を描いて、高々と飛んだ。いかな凱華に率いられた精鋭といえども、彼の武勇を止められぬものではなかった。その最中、
「王韓! 覚悟!」
 あえて馬蹄を高鳴らせ肉薄したのは、里該の妹の公憐であった。兄の復讐とばかりに、金党(長兵器の一つ)を振り回して、王韓に迫った。けなげにも、充血した瞳を返り血の下に隠し、しっかりとした声色で叫んだことだった。
「応っ!」
 王韓は、旋風をまとって振り落とさえる得物を、青の火花を散らして造作も無く跳ね除けておいて、咆哮一閃、彼女のうち跨る馬首を切り落とした。足場を崩された公憐は、地にどっと叩きつけられる。
「公憐! 兄の後を追え!」
 云うやいなや、地に這っている彼女の背を貫いた。口から大量の血を噴出す将を討ち取り、血ぶるいした王韓はもう止まらない。勢いに乗じてさらに敵陣深くへ切り込んだ。さながら無人の境を行くが如く、王韓が進むところ剛剣がうなり、礼兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「よし、このまま凱華を討ち取ってくれよう!」
 王韓は率いる兵がほとんど討ち取られてしまっているにもかかわらず、礼の中軍へ迫った。
「成の将王韓ここにあり! 凱華よ、出てわれと戦え!」
しかし、それに応じたのは十倍する礼の大軍であった。左からは連歩が兵を指揮して迫った。王韓はようやくその武勇を収め、馬を巡らし逃れようとしたが、どっこい、連歩は馬の背に乗り上げ、弓をぎりぎりと引き王韓の腰を射抜いた。
「む――おのれ!」
彼は激痛に耐えながらも、馬の尻に鞭ふり礼の重囲を阿修羅の勢いで突破した。

 一方、文嶽もまた凱華の兵法を前に、己が才能の遠く及ばないことを思い知った。文嶽が兵を動かすたびに、逆に兵は混乱をきたし、本隊から切り離された部隊はさながら群れから遅れた子羊の様に、狼の牙を前に造作も無く撃破されていく。
 文嶽は各個撃破を恐れ、末端に展開する部隊を中央に戻した。これと見た凱華は、すぐさま戦法を切り替え、包囲殲滅に打って出た。
その時、凱華の軍師、普鴎が注進した。彼いわく、
「脱兎を追い込めば、手負い猪と化すが如し、とか……。人間は一気に首を絞めようとすれば、その抵抗は凄まじいものです。ゆるゆると、絞めていくべきかと」
げにも、凱華は頷くと、たちまちにして南の一部を残し成軍を包囲したのであった。
王韓は高台でその様子を眺めると、あぁ! と絶望した。全身に返り血を浴びた姿で味方の元に舞い戻ってくるや息を弾ませて、
「将軍! このままでは全滅いたします!」
もはや、敗北は必至と思われた。岳礼もまた必死の面持ちで、
「今ならまだ南の包囲が薄く、退路は開けます。ご決断を」
と、云った。
「……くッ! 無念だ!」
 しかし、文嶽にはほかに道は残されていなかったのである。文嶽は己の無能さを呪い、思わず兜を掴み取って地に叩き付けた。
兜は血泥の大地に埋もれ、礼の軍靴に踏みにじられた。



 礼軍の旗が高々と上がり、それがすぐに振り下ろされる。撤退の合図である。全軍が南へと逃れる中、もう数刻にも及ぶ竜虎の激闘も収められる時が来た。今、その旗色は璃由がわずかに劣勢と見えていた。
 璃由は撤退の合図に気付き、戟を一気に跳ね除けて、
「夜朱、勝負は明日ぞ!」
 と叫び、馬をめぐらせようとした。しかし、
「いやだ、私は貴方と戦うの」
 と、駄々をこねて、戟をしゅうしゅうと扱いた。
「…………」
 次の刹那、背を向ける璃由の身に、夜朱の轟音が唸った。
「!?」
 しかし、それは空を切っただけであった。璃由はその時、鞍から大きく身を横に乗り出していた。そうして振り向きざまに、彼女の乗る馬の首めがけて刀をぶすりと突き刺す。
 馬は喉を貫かれて泡を吹いて暴れまくった。乗り手はもんどりうって、放り投げられたのは云うまでもない。大戟は空を舞って、所有者の首筋かすめて泥にぐさりと刺さった。
夜朱が顔を上げる頃には、璃由は鞍に戻って、馬を進めようとしていた。
「では御免!」
 と、断っておいて、迫る礼兵を苦も無く跳ね飛ばし霞む行く彼方へその姿を消した。

 凱華はわざと成の全軍を逃げるに任せて、脱出したところを再び包囲する。それを繰り返すたびに、成軍は徐々にその隊列を減らしていき、一人、また一人と大地の水溜りにびしゃりと身を横たえた。
 もし、王韓と璃由が殿と勤め、時よりの必死の猛撃を演じなければ、成軍は忽ちにして一人残らず殲滅されていたであろう。
何時しか、陽は月光に飲み込まれ、暗闇は大地を覆う。凱華は、成軍を追い立てながら、勝利を確信した。
ところが、両軍が山林に差しかかった――その時であった。
「わああ!」
 と、朱紋(近衛軍の証)麗しい御旗を押し立て、喊声、金鼓凄まじく、礼の横っ腹を襲ったものがあった。左翼を守る礼将は、突然の攻撃に逃げくずずれる味方を叱咤しながら、暗闇の中その軍を率いる大将の名を問うた。しかし、それに答えたのは矢であった。その矢はひょう、と礼将の首を貫いた。朱紋が駆けるところ、礼軍は分断され、したたかな損害を受ける。その騒動は、瞬くうちに礼軍を蹂躙した。
 いち早く部隊の異変に気付いた凱華は、慌てる素振りも見せず、巧みに部隊を指揮しながら、陣形の乱れを正し、攻撃を受ける部隊にあつく兵力を投入する。
 いざ礼軍が反撃に転じようとすると、朱紋はさっと礼軍から離れ、馬を巡らした。その時、部隊の長とおぼしき男が先頭に現れた。白月を背負ったその姿は、神秘的な雰囲気を感じさせる。
「凱華よ、これ以上追うのは自らの災難となるであろう」
 と、云い捨てるや、軍をまとめて去っていった。その光景を、凱華以下礼の将兵はただただ黙って見つめるばかりである。――やがて、普鴎が複雑な表情で、凱華の傍に駆け寄った。
「白最のようでしたな。……何かをたくらんでおります。不用意に追うのは危険かと……」
 しかし、凱華はせせら笑った。
「策無きもまた策であるが、使う相手を誤ったな。私は騙されぬぞ。いまの成の兵力で、何程の事ができようか。……かまわぬ、追い討て。全軍をもってこれを叩き潰す!」
凱華は、軍を再編すると、直ちに追撃を開始した。



 半刻の後、敗走した成軍は順景(じゅんけい)という地にまで、追い詰められた。彼らの後ろには方化の大山脈があり、その退路を絶っていた。やがて、遠く、後方から鯨波の如き喊声が、彼らの耳に届いた。白最は、
「やはり、凱華は我らを追い討つか……」
 と呟いた。
 凱華が見抜いたとおり、白最にはもはや策などはなかった。帝都の重臣たちを説き伏せ、都を守る最後の兵を率い、舞い戻った白最であったが、その数はわずかに五百騎。この兵を合わせても、成に残された兵は、一万にも満たなかった。しかも、誰もが傷つき、疲れ果てた兵たち。白最は目を瞑り、静かな声色で云った。
「今、我々は、存亡の危機に立たされている。前方からは、至上最強の指揮官が率いる、精鋭無比の軍隊が迫り、我らの後方に道はない。事ここに至り、降服しようと思うのは、人情であろう。……私は、それを責める事はしない」
 その言葉を聞き、成軍の誰もが、粛としてうなだれた。
「しかし、それでもなお血の一滴まで、信義に注がんと思う者がいれば、共に戦ってほしい」
 白最の言葉に続いたのは、言葉でも喊声でもなかった。ただ武器を取り、しらしらと明ける空を、はるか右に望むことであった。
 順景、ここが成の最後の戦場となった。誰一人として、満足に武具を揃えている者はいなかった。誰一人として、無傷なものはいなかった。
 折からの風が、泥にまみれた軍旗を揺らす。
 璃由は、白最の隣に轡を並べた。
「後世の歴史家は、私を嘲笑うのだろうか。望みのないとわかっている戦いに、降服をしらず、敢えて挑もうとするこの私を……」
片目の勇者は答える。
「歴史家は次代の人間です。彼らはしばしば偽りを申します。それに……」
 璃由は、白最の瞳を見つめる。
「自分の信じるものの為に戦うことが、何故愚かなことでしょうか?」
僅かに、微笑んだように見えた。
「師は、幸せ者だな」
 その言葉に、璃由は密かに思う。そう、私こそ愚かなのかもしれない。父を殺したかもしれない人の為に、戦う事が……。でも、嘘はつけない。私は、師匠の為に戦う。その気持ちは、公稜を出てから、いささかもわかっていない。
「愈々、来たか」
 その声に、ふと顔を上げる。礼の黒煙は、もうすぐそこまで迫っていた。腰に提げた刀を、手に取った。改めてみると、文嶽から授かった名刀もその寿命を終えようとしていた。白最の手が、高々と上がる。
「突撃!」
 璃由はものも云わず、真っ先に先陣を切った。ごうごうと吹く風を耳に、もうもうと煙る大地を瞳に、唸る感情を胸にいだいて、はるか遠方の野まで埋め尽くす礼の大軍にその身を投じた。
 再び両軍が激突するかに見えた。――その時。
 西の高台に陽を一身に受け、佇む一軍があった。文嶽はその姿を見て、天を仰いだ。それは礼の援軍であった。
「ついに天は、我らを見捨てたもうたか!」
 同時に、礼の陣営からは歓声が沸き起こった。先頭を往く連歩も、剣を高々と突き上げ、
「白最、敗れたり!」
 と、叫んだ事だった。
 ところが、礼の援軍は斜面から勢いよく滑り降りるや、何を思ったか成軍の横をすり抜け、礼軍に猛然と襲い掛かった。
「莫迦な……!?」
 さすがの凱華も唖然となった。その援軍の旗の文字を確認すると、激昂の声を上げる。
「伝戎! 何のつもりだ!」
 伝戎はその鋭い瞳を礼軍に注ぐと、
「これより我らは、成にお味方いたす! 凱華よ、無駄に抗することなかれ!」
 瞬時に、凱華の美麗の面に怒気が描かれた。さらに、東からは布絃が理山の兵を率いて、怒濤の勢いで迫った。彼は槍先に血まみれの首を高々と上げて、
「経山城を包囲していた本佳は、それがしが討ち果たし申した! もはやお前たちに勝ち目はない! 降服せよ」
 偽りだ、凱華はそう思ったが、兵達は動揺した。のみならず、昨日からの強行である。兵の士気は一気に衰えた。
「凱華様! 今は決戦を挑むときではありませぬ。後日改めて進撃し、恥辱を雪がれん事を!」
 普鴎の言葉にはっと我に返った凱華は、臓腑を吐き出す思いであったが、混乱した部隊を切り捨て、撤退を命じた。更に、傍らに控えていた夜朱に殿を命じた。凱華は敢えて、夜朱を討ち死にさせる腹を決めたのだった。
「殿業には向うな。伝戎が裏切ったとなれば、もう成に落とされている。布吹(ふすい)を抜けて、礼の領土内に帰還する」
その時、王韓が疲弊した礼兵を苦も無く跳ね飛ばして、その場に駆けつけるや、
「武神華ともあろうお方が、敵を目の前に尻尾をまいて逃げ出すか!」
 と、大喝した。
「っく!」
 王韓の出現に、小さく絶望の呻きを吐く。――その時、
「殿下、それがしが!」
 連歩が云うが早いか、背負った大弓に数本の矢をつがえて、ぱっと弦音を響かせた。
「――ぬぅ!」
王韓は飛来する三本までを刀で弾かれたが、続く矢を肩に、胸に受けて馬から転げ落ちた。その隙に、凱華は兵に守られつつ戦場から遠く逃れたのであった。



 礼の敗走軍は、順景と布吹を結ぶ街道をひた走っていた。陽はもう中天に差し掛かる。左右にうっそうと茂る樹林の木漏れ日、その木々にとまる鳥の歌、風はさらさらとその葉を揺らすが、彼らに亜hその光景を愉しむ心の余裕などあるはずもない。
 と、その敗走の途中、凱華の乗った馬が突然、狂ったようにのた打ち回り、泡を吹いて斃れた。
「不吉な……」
 凱華は死に絶えた馬を見やると、漠然とした不安に襲われた。
「……!」
 ふと、周りの風景を見渡すと、彼女の顔色は一変した。
「鯱を泳がせ、雑魚と化す、だ」
「何のことでありましょうか?」
「……順景から本国への撤退路は三つ。即ち殿業、産雅(さんが)、布吹。しかし、殿業は落城しており、産雅はとても行軍などできぬ悪路。ゆえに、私が遠回りではあるが、緩やかな布吹の路を進むであろう事は、火を見るより明らかだ」
 凱華は馬を乗りかえながら、話を続ける。
「この地形を眺めるに、左右は藪に囲まれかつ、くぼ地で風の通り道となっている。と、なれば仕掛ける計は一つ」
普鴎は、はっと、なって口を開きかけた。その時、ぱっと左右の藪に閃光が走り、炎が放たれた。
「いかん! 西へ逃れよ」
 礼軍は降り注ぐ火矢に頭を照らされながら、たちまちにして延焼する炎に包まれた。
錯乱する馬に踏み潰されるもの、黒煙を吸って斃れる者、或いは火達磨になって猛火に溶け込むものが、続出した。まさに、阿鼻叫喚地獄がそこに展開したのである。
 なんとか、劫火と煙をかいくぐった礼兵も、半里と行かぬうちに成の軍勢の奇襲を受けた。それを率いるのは法轟であった。
「凱華殿、お待ち受け申した。いざ尋常に勝負されい!」
彼は大音声を上げて呼ばわると、凱華の前に躍り出た。
「ええい、面倒な!」
 凱華は付き従う連歩にすばやく目配せすると、彼を法轟にあて、自分は散り散りとなった兵を何とかまとめつつ、成の軍勢を蹴散らし敗走を続けた。
逃れ遁れ行く間――彼女は、今までどんな状況下に置かれても絶望し、投げ出す事はなかった。今、ようやくその心が揺らいだように見えたのだった。

 どれほど逃れてきただろうか、もうぼろきれの様に疲れ果てた兵を励ましながら、果てのない逃避行を続ける彼らの道は、ますます道は狭まり、左右には五丈はあろうかという特徴的な白い絶壁がどこまでも続いていた。凱華はなるだけ疲れていることを悟られぬように気力を振り絞って、かたえにある幕僚に尋ねた。
「楚春(礼と成の国境の地名)までは、後どれほどの距離がある?」
「地形を眺めますに、ここは成の到岩山(とうがんざん)辺りだと思われます。とすれば、あと五里ほどの道のりでしょう」
 凱華は頷きつつ、つと首を巡らせると、細かな石粒がぱらぱらと、岩壁の上から降って来るのに気がついた。一瞬、凱華の顔が蒼白になった。胸を高鳴らせながら、そっと絶壁の上を見上げた。
「ううっ!」
 凱華は思わず呻いた。それと気付いた普鴎もまた、己が頭上に成の旗が翻っている事に戦慄した。礼軍はすわっと色めき立ったが、何故か成軍はすぐに攻撃をくわえようとはしなかった。暫く見守っていると、突き出た岩肌から一人の男が、ぬっと礼の軍勢の前に顔をさらした。凱華がすいかすると、男はにこりと破顔した。
「名も無き、翁ですよ」
「……統史殿か」
 凱華は彼と一面識も無かったが、すぐにそれと分かった。戦場にあってこれほど清々しい態度でいられるのは、その人物以外に考えられない。
「なるほど、貴方を間近で見るのは初めてですが、噂にたがわぬ絶美ですな。佳景にその身をおけば、白景(絶景で知られる礼の名所)もその優美を殺がれる事でしょう」
「…………」
 珀は真顔に戻ると、
「生きて礼にたどり着いたなら、蘭義帝にお伝えいただきたい。……人材の起用には注意を払うように、と」
「……私の事か?」
 珀は、再び笑顔を面に刷いた。
「いやいや、あなたは大変優秀な方ですよ。ただ、残念なことに、この度は天候に恵まれなかったようですが……」
微笑する老夫を、訝しげに眺めていた凱華は、すばやく見抜いた。
「伝戎を寝返らせたのは、貴方ですね?」
 敵の動きの奇妙な不一致。誤報。援軍の遅れ。その意味が、ようやく分かった凱華である。
「彼の父は、元々成の人間です。更にまた、最近は帝からも、同僚からも疎まれて、随分不遇を託っていた様でした。そこで、この私が舌をもって、説き伏せた次第」
「なるほど、随分前から手を打ったものですね」
「自惚れるわけではありませんが、礼が成に対して一大決戦を望めば、自分が招かれることは分かっていたのでね」
 そう云うと、珀はおもむろに己に従う軍を見渡して、
「さて、どうしますか? この不利な状態を見て……降服か、然らずんば死か、何れを選びますか」
 凱華はじっと珀を正視していたが、艶やかに笑って、
「無論、生き残り再戦を望むものです……失礼!」
 と、云うや、全軍に強行を命じた。破れ破れたとはいえ、凱華はまだ一万余の手勢を控えていた。
 刹那、耳をつんざく百雷の音が響き渡るや、天空から降りたる巨石巨木は、次々と礼兵を飲み込んでいった。脳天地にまみれ、絶命する兵たちを尻目に、凱華は己が身を守るため必至になって馬を駆った。上を見上げる余力も無く、ただひたすらに。
 地響きを後に残し、尚三町奔ると、今度は矢が左右から驟雨の如く襲いかかった。ついに、その一矢が肩を射抜いても、彼女は手綱を緩めず疾風を身にまとい奔り続けた。
岩と矢が降り注ぐ中をかいくぐり、凱華がようようとして楚春にたどり着いたとき、彼女はようやく手綱を緩めた。重鎧をまとわぬ彼女が生きてこの地に身を置く事ができたのは、まさに天為であっただろう。
 岩の残響をもつ耳を押えながら、肩の一矢を引き抜く。そうして、手綱を強く握り締めていたために、自らの爪に傷つけられた手のひらを見て、
「敗軍とは、ここまでみじめなものなのか……」
と、呟いた。
 一時的な敗北はあったにしても、最後には必ず勝利をもぎ取ってきた彼女である。
凱華は後ろを振り返った。そこには、昨日までの整然と、そして自信に満ちた精鋭の姿はなかった。武具もそろわぬ血だらけの兵士たちが、暗然と頭を垂れるばかり。その数も数十騎に減じていた。
「乱世、昨日の王は、明日の窮鼠、か……」
 自分自身の惨めさよりも、己の後に続くわずかな将士を眺めると、彼女の心は痛まずにはいられなかった。
 半刻の後、ようやく気力を取り戻した凱華は、傷に布を巻き戦塵を払うと、
「我らの屈辱……必ず後日晴らす」
 東の空にその言葉を吐き捨て、沈み行く陽と共に姿を消していった。



 時同じく、珀が法轟を伴って、静々と経山城城外に至った時、成の主な将軍たちは、そこにくつわを並べていた。若い大将は、進み出て、
「やはり、先生にはかないませぬ……」
 と、改めて珀の明知に三嘆した。しかし、彼は大きくかぶりをふった。
「おぬしが、絶命に追い込まれたとき、もし諦め、成軍が総崩れになっていたなら、たとい不意打ちを食らわせたとしても、忽ち破れていたであろうよ」
と、笑っていった事だった。
 文嶽、王韓、法轟らは、二人の英雄を讃えた。後に続く成兵たちの歓呼歓声は、風に乗って、戦場にうち捨てられた礼の旗をなびかせる。珀は、そんな兵たちをはばかるように、そっと白最に耳打ちをした。
「礼の援軍は凱華の敗北を聞いて引き上げたが、疲弊した我らを再び攻撃する可能性は、十分にある」
 白最は、頷きながら、
「はい、既に手はうっています。部下の一将に一軍を与えて、礼との国境に堂々の陣を布かせました。少数ですが、これを見れば礼がすぐにでも軍を返す事は無いかと」
と、答えた。
「ふむ、さすがは我が弟子だ」
 珀は、そういってまわりの将兵たちを眺めた。戦友の肩を叩きあい、勝利の喜びを分かち合う彼らの顔は、どれも眩いものであった。
「白最よ、此度の戦、私の下で戦っていたならば、これだけの信望は得られなかったであろうな。心配していた王韓殿との関係も、上手くいっているようだし……」
「ご存知でしたか」
「ま、とにかくだ。これでまた安心して、隠居生活がおくれるというものだよ」
そう笑って言い残すと、珀はその場を離れようとした。
「先生、いずこへ参られますか?」
 振り返った彼の顔は、少し悲哀を含んでいるようにも見えた。
「もうわしの時代は終わった。いつまでも老人が陛下の左右にはべる事はない。白最よ、成を頼んだぞ」
そう云うと、諸将が止める中、酒宴を丁重に断り、その身をひるがえした。

 やがて、彼の身は月下無人の大地に置かれていた。ゆっくりと歩を進ませようとした時、自分の背に人の気配を感じて、振り返った。珀はそれを予期していたが如く、微笑んだ。
「おぉ璃由、迎えに来てくれたのか」
「…………」
 泣いていた。それが、あらゆる言葉よりも彼の気持ちを表していた。珀はそれを推し量ると、優しく言葉をかける。
「さ、帰るか」
「……はい」
 璃由の視界には、月光涙に濡れ、単色の虹が幾重にも描かれている。師に対して、言いたい事がたくさんあるのに、その言葉は闇に飲まれて、なかなか口から出す事ができない。そっと涙をぬぐって見れば、久しぶりに見る師の体は、なんだか小さく見えた。
「ところで」
 珀はきょろきょろと、辺りを見渡した。
「天奈は置いて来たのかの? ワシの心配をするような子ではないが、一人で黙っているとも思えぬし」
「……一緒に参りました。今、十舎(野戦病院)に」
 師は十舎と聞いて、一瞬目を丸くした。心配するのかと思いきや、
「なんとまぁ、天奈が怪我をするとは。あの強運娘には、病も災いも避けて通ると思っていたが」
 と、彼は大口を開けて、呵呵と笑った。

 翁と少年の影は、ゆっくりと闇夜にとけこんでいく。



 両軍の戦いは、成軍十万以上、礼軍はその倍を遥かに超える、多大な犠牲者を出して、一応の終結を迎えた。しかし、これだけの犠牲者を出しながらも、天下の縮図は、いささかも変わる事無い。成は兵力の殆ど失ったとはいえ、新たに伝戎の軍勢と、新領土を獲得。礼もまた、敗れて数多の兵を喪ったが、余力は十分にあった。
 げにも、この乱世にあっては、どれほど兵士の犠牲がはらわれても、顧みられる事はない。彼方の野に散り、此方の海に消えるも、その血にどれほどの重みがあるか、考えるいとまなどはなかった。
 まさしく、一将功なって万骨枯る、の如し。それぞれの国は、ただ天下の統一という大儀のために、永い戦乱の世を続けるのである。

 ――戦いから二十日の後、公稜にある珀の庵では、改めて三人だけでその労をねぎらっていた。天奈の傷も今ではすっかり癒えた。あの戦いの後、時より遠い空を眺めては、何事かを考える事もあるが、天衣無縫な性格は以前と変わらない。
しかし璃由は、悶々とした日々を送っていた。ついに今日まで、己が胸のうちを語ることも無く、また珀も問おうともしなかった。
「師匠様〜 どうぞ、どうぞ」
 天奈のお酌に、ほころんだ顔を見せる珀。
「ああ、雀の涙ほどでよいぞ……もうちょい、もうちょい」
と、云いながら、並々と注がれた酒盃をあおる。璃由は、そんな師を複雑な表情で眺めていた。
「璃由、白最から聞いたが、大活躍だったそうだな。この戦を通して、何か感じた事は、あるかの?」
 突然として問われ、瞳を大きなものとした。
「……今の私には、この世界は大きすぎます」
 少し考えた後、璃由はそういった。珀は面白そうに、彼の顔を眺めている。湿った風が、あつものの湯気を揺らした。
「こんな老人にも、幼い頃があった」
 盃を回しながら、そんな事を口にした。
「幼い頃、家の庭に大きな樫の木があった。その木を最後見たのは、八つの頃だったかな……親と死別して世を流浪し、名士と交じって学を修めた。その後戦火に身を投じ、久しく自分を顧みることは無かった。いつだったか……暇をもらって、故郷に帰った事があった。戦乱の中で村は荒廃していたが、樫は変わらずにじっと根を張っていた。その木を眺めると、妙に小さく見えた。必至に駆け回っている頃には感じることができなかったが、自分が大きくなっていた事を、その時実感できた」
 あつものの、ことりことりと煮る音も理由には聞こえない。ただただ黙って、言葉が流れるのを聞いていた。杓子を取って汁物を注ぎながら、珀は話を続ける。
「璃由よ、おぬしもいずれ旅立つときが来るだろう。羽ばたかなければ、樫の木は大きなままだ。しかし、乱世に一度羽ばたけば洋々、休むことはむつかしい。……今の気持ちを忘れてはならぬぞ」
 その清涼な瞳を眺めながら、璃由は思うのだ。
 世界の事、四季の移り変わり、人々の生活……私は何も知らずに育った。深い城の中で、出口の無い日々を送っていた。それでも父を恨んだことは無かったし、他の人たちの暮らしを知らなかった私は、それでも幸せだったと感じていた、と思う。
 五年前の父の死は、確かに個人としては悲劇な事であっただろう。でも、その父が死んで私は外に出ることができた。火にあぶられながら、恐怖を感じ、泥水をすすり、逃れ逃れたが、その時、私は生きている、と実感できた。そして、師匠と出会い世の広さを知り、さまざまな人々にあった。
 師匠がもし私の父を殺したのだとすれば、私の鎖を打ち壊してくれたという事になるのだろう。卑俗な言い方をすれば、私に羽を与えてくれた人……。もし、父が死んでいなければ、或いは礼に敗れ、私は反逆者として世の中の事を何も知らないまま、父と共に、殺されていたのかもしれない。
 だから、どんな理由であれ、結果的に私を解き放ってくれた師匠には、感謝している。
 ……でも、怖さもある。私が生きている事によって、恐怖を感じている人たちがいるから。京紗は死を望み、先輩は私を殺し損ねて自ら命を絶った。「あんな悪夢はたくさん!」そういい残して。自分は一体何者なのか、私が万人の人々に恐怖をもたらす? どうして……。その真実を知る事によって、私は広い世界に一人、放り出されるのではないか、そんな不安に押しつぶされそうだ。だけど、師匠は云った。いつか飛び立つときが来ると。真実を知るために。
 その切欠とは、或いはこの問いを、師に投げかけたときだろう。
 この事を口に出さなければ、私はこの先何年かは、幸せに暮らせるのかもしれない。だから、もう少しこのままで……そんな気持ちが、よぎった。
 しかし、自分の気持ちとは裏腹に、息は口を通じて、その言葉を紡ぎ取った。
「先生……」
「なにかな?」
 璃由は、目をそらさず、珀を見つめた。高鳴る鼓動。やがて、自身でも驚くほど、淀みない言葉が、口から出た。
「……先生は私の父を、殺したのですか?」
 珀はわずかに双眸を細めた。長い沈黙の後、璃由の瞳を見つめて……



 時はいつの間にか過ぎ去り、二度と戻ってくる事はなかった。月日は人を待たず星の彼方に消え去り、更に五年の歳月が流れる――

 人の命運とは、まことに計りがたい。殊に、乱世の世であれば、尚更である。この物語に登場した人物たちの、足跡をたどれば、それを痛感されられる。

 礼の凱華は、敗軍の責任を負って位を三つ下げ、自ら、今まで賜った食邑(領地)の全てを返上した。その後、再び南方戦線に回されたものの、僅か四年で、関の領土の大半を、礼のものとした。その功で、地位と名誉を挽回した凱華であったが、首都攻略の前夜に、急死した。病気なのか、暗殺なのか、分かっていないが、確かなのは、ついに再び、成の領土に足を踏み入れることは無かったということだ。まだ三十にも満たない、あまりにも早い死であった。
 凱華の右腕である普鴎は、成からの生還後、官を辞して郷里に帰ったが、凱華の地位回復に伴い、再び彼女に召抱えられた。関との戦いでは、その才能を遺憾なく発揮し、弁舌をもって、十二もの城を無血開城させる事に成功する。しかし、その帰路の途中、関の旧臣によって惨殺された。
 夜朱は、敗戦であったにもかかわらず、命をかけて殿を務めて、多くの礼兵を救ったとして処罰を免れた。その後も、猛将ぶりを全土に馳せたが、凱華の死亡とほぼ同時期に軍を去り、姿を消している。
 名将連歩は撤退に際して、法轟と激戦を繰り広げて危うく首を取られるところを、殿の夜朱に救われ生還を果たす。帰還後、やはり敗戦の罪を問われて、駒卒(将の最下位)に落された。後任の東北武軍将との折合いが悪く、また、一人娘が戦死したため一度は軍を退くものの、采に武揚師官(中央軍の師範)として招かれ、この地に身を埋めた。
 
 一方、成では、総大将白最がその大功によって、西方の五城を治める統守(複数の城を所持する大城主)と、西討軍務統監主事(対礼戦線の総司令官)を兼ねるという、大出世を果たした。この五年の間、礼の侵攻は二度あったが、どちらも決戦までは至らなかった。現在白最は、人材を広く集めその地盤を徐々に固めている。
 文嶽は帰還後、大総武尉(中央軍指揮官)となり、しばしば白最と共に活躍した。彼の息子は二年前の礼の侵略で初陣を飾り、父に負けぬ勇将振りをみせている。
 猛将王韓は帰還後、朱軍(皇帝の軍。中央に常駐する精鋭部隊)の指揮官に任じられたが、先の戦いで連歩に撃たれた矢傷が化膿し、間もなく死亡した。
 去梨は、先の戦いでの罪を問われて、官職を削がれ、国を追われた。父の羽聞は、白最の進言もあり連坐を免れたが、恥辱に耐えられず、毒をあおり自殺する。
 礼の猛攻を耐え抜いた法轟は、廷将(宮中の警備責任者)に叙任されたが、固辞し、賜った黄金二万も、戦火で被害を被った民に分け与えた。三年前、礼の侵攻によって経山城は再び包囲されたが、半月の攻防の末、これを退けた。その後も成の将軍として活躍している。
 成の勝利に貢献した伝戎は、大業行(工業行政担当者)に任命され、その手腕を発揮。現在では関司(道路、関門を司る)も兼任するなどの、活躍を見せている。
 岳礼は、無人となった真城の城主を任され、椰希もまた、景城の守備を命じられた。
 
 
 小さな丘の上に、白い鈴が落ち葉をまとった風に揺れる。四時の風に吹かれれば、七色の音色を響かせ、時には人の心を躍らせて、また時には悲しみをもたらす。そして今、秋風に吹かれるその音色は、彼の心をそっと疼かせた。
 真っ白な石の前には、人影が二つ。璃由と天奈、いずれも二十を越えて、その面には幼さを残すものの、凛とした風貌に、落ち着いた物腰を身につけていた。天奈は紅い花束を両手いっぱいに持ち、璃由は黒の瓢を提げている。
 彼は、瓢の封を切ると、石にゆっくりと注いだ。天奈もそれに続いて、花をたむけた。
 さらりと流れる花の香りが、彼の古く、さび付いた一遍の記憶を呼び覚ます。
「あぁ、思い出した」
「なあに?」
「綺夜の、花言葉……」
「花言葉?」
 ゆるりと一輪手に取り、天にかざす。
「……追憶」
「ふうん」
 長い沈黙が流れる。その静けさをきったのは、空のおぼろ雲を背に飛び立つ、青鳥の群れ。宙で弧を描き、一丸となって南へと羽ばたく中、その中の一羽が群れから離れた。翼をゆるめて、力なく傍の枯れ木の枝に止まる。
 天奈は、その鳥をぽかりと口を開けて眺めていたが、季節はまだ秋とはいえ、冷気を含んだ夕風に、彼女は少し身を縮めた。
「璃由、帰ろうよ」
「…………」
 しかし、璃由は帰路とは逆の道に、足を向けた。
「あれ? どこ行くの?」
 いつかのように、二人の間に風が流れる。しかしその風は、あのときに比べてあまりにも冷たかった。
「……もしまた会えたなら、お前は私と気づくだろうか」
「璃由……?」
 名状しがたい雰囲気が、彼を包む。天奈が、それと気づいたのかどうか。黄色と茶に彩られた大地に、天には灰色の空が広がる中、二人の距離は遠ざかった……。天奈は半ば口をあけながら、璃由の後ろ姿を、ただ黙って、見つめるばかりであった。


「失礼します」
 暗がりの房に、男が姿を現れた。
「こちらのほうは、あらた片付きました。誡偉、京紗は死に、凱華もこの敗北で、官を削がれ、南方戦線に戻されました。もっとも、誡偉は父の件を、ただの叛乱と思っていたようですが……。それと、別件でもう一つ」
 男は一つ咳払いをして、言葉をつないだ。
「璃由様からお聞きになったかもしれませんが、成にいた地下組織の幹部、羽英が、璃由様の暗殺に失敗し、殺されました」
 相手は初めて口を開いた。
「その事はいささかも……では反勢力にばれていたのか」
「それはないかと。羽英はあなたの監視が目的でした。単独で成陣営に潜り込もうとしていたようですが、たまたま璃由様と行動を共にし、何らかの情報から、璃由様が、末裔であることを知ったのでしょう。おそらく、京紗あたりから……。彼女を監視していた者の報告では、組織と連絡を取っていなかったようですし、心配はないと」
「そうか……」
 別に、安堵した表情は浮かばなかった。
「それで、璃由様の方は?」
「京紗とあっている。私が、慶蘭様を殺したことを知っていた」
「璃由様はなんと?」
 しかし、それには直接答えず、
「……だが、自分が法王の子である事をまだ知らない。法に対しても、あまりよい感情を持っていないようだ」
 と、云った。
「ですが、璃由様の意思は関係のない事……大義名分のためですから」
「そうだな……奏維、慶蘭様のときは、事前に事がばれて失敗に終わった。その無念を晴らすためにも、今度こそ法を再興せねば……」
「心得ております」
「殊叡、もう失敗は許されん。くれぐれも準備を怠るな」
「はい、全ては法の為に……」                                                                      
                  
                                   第一幕 完
2005/06/20(Mon)23:34:45 公開 / 天姚
■この作品の著作権は天姚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
(あとがきという名の作者のいいわけ)

 今回処女作とはいえ、あまりにも貧弱な小説を書くにいたって、皆様のご感想があったからこそ、何とかここまで書き上げる事が出来たと思っております。ありがとうございました。
 とはいえ、今痛烈に感じていますのは、このまま書き続けていても現在の技量では物語をいかしきれず、また何よりも読み手の皆様を十分納得させる作品を書くのは不可能であると、自身でも感じた次第です。当作品の結末は考えておりますが、上記理由により今は書くべきではないと考えました。今後しばらくは皆様の作品を通して、技術向上をして参りたいと思います。僭越ながらご感想等差し上げる事もあるかと存じますが、よろしくお願い致します。
 最後になりましたが、拙作をここまで読んでいただけた方々に、改めて御礼申し上げます。
 長文失礼致しました。
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