- 『空間』 作者:umitubame / 未分類
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何もない空間だった。空間という定義だけの空間。
まばゆい光は光のようで居て、ぼんやりと薄暗く深い深い闇だった。空は果てしなく高く青いのに、それはしっかりとした地面だった。影は弧を描き直線的に、円となり広がった。……いや、物質のないところに影などできるわけがない。それどころか、何もない空間をこうまでも説明することができるのだろうか。
……そうか、ここはすべてが存在する空間。
そんな空間に私は今、居る。
「どうされた」
突然私に向けられた、声。低く醜い、獣のうなり。しかしそれは裏腹に、美しく澄んだ女の歌声でもある。
振り向くと、そこには一匹の獣が居た。静かに横たわり、こちらを伺っている。金色の瞳が、すべて見透かすかのように私を写していた。
「どうというと」私は問い返した。
……そう、すべてがあるのだからそれくらい居てもおかしくない。驚くことはない。
「なぜ、そうも悲しそうにしているのだ」
獣は面を上げ、改めて私を見据えた。呼吸をするたびに、黒い毛皮がうねり、まるで玉虫のように艶めいていた。
私は、小さく首を横に振った。悲しくはない、と言ったつもりだったが、獣の目にどう映ったか私にはわからなかった。
「儂は、ここで生まれ、ずっとこの空間に過ごしてきた。しかし、儂以外の存在に出会うのは今日が初めてだ。初めて出会った存在が、そのような顔をしているとはなんとも寂しいではないか」
獣は言った。今までの孤独がすべて伝わってくるようなそんな声だった。そう、彼は孤独そのもの。
「ともに分かち合おうぞ、この出会いの喜びを」
私は答えなかった。なぜなら、私も同じものだから。孤独が二つ寄り添ったところで何が変わるわけでもない。私はそれを充分すぎるくらいに知っていた。
見下ろす私の瞳の意味を知ってか知らずか、獣の瞳はなお金に輝く。
「お前の気配はずっと知っていたのだがな」と獣は言った。
「しかし、お前は儂の前に姿を現してはくれなかった。儂は、ずっとお前を求めていては掴めずにいたのさ」
だが、今はこうやってここにいる。
私は、この獣の言葉に妙に安心した。自分の存在がこの世に確立した気がしたのだ。
私は今、ここにいる。立っている。話している。存在している。
……だが、それは当たり前のこと。
「私は……」口を開いた。
唐突に、堰を切ったような涙と言葉があふれ出してきた。熱い。冷たい。それが、ぱたぱたと地面にぶつかって、空間を揺らす。
……思い出した。
「どうしたのだ」と獣が慌てた風に立ち上がった。
「私は、すべて知っていた」
口にする一言が怖かった。言わなければそれまでなのだと知っていたのに、言わなければそのままなのだと知っていたのに、でも言わずには居られなかった。
「私は…語り部だから。物語を綴るだけの語り部だから」
「知っていたよ」
獣は優しく、なだめるように言った。その瞳は私をそのまま透かして、遙かむこうを見据えていた。
「私は寂しかった。ずっとずっと、寂しかった。私の物語は語られるのに、そこに私は存在しなかった。だから……」
「この空間を創った。そして、自分を描き肉体と心を与えた」
獣は笑った。優しい微笑みだった。
「知っていた。全部知っていた。自分の存在が幻想だと言うことも、この世界が幻と言うことも。だが、それはどうでもいいこと。儂はお前がいること、それだけで救われた」
「それも、私が創った感情だとしてもか」
「たとえ、それが偽物だとしても、だ」
辺りが静寂に包まれた。
世界には、私と獣の二つだけ。二つは向かい合い、静かに見つめ合っている。
時はわずかに止まり、空間は相変わらず、まぶしい光と深い暗闇に照らされていた。
ふと、獣がないはずの空を仰いだ。
「そろそろ、物語が終わる……」
次の瞬間、すべてが消えた。空間ははじけ飛び、獣は死んだ。その肉は瞬く間に塵となり風に消えていった。
後に残ったのは
……文字のみ。
END
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2005/06/12(Sun)13:04:55 公開 / umitubame
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■作者からのメッセージ
難しいこと書きすぎて、うまく書き切れてません。すいません。
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