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『雨降る日には、傘を差して』 作者:神安 藤人 / 未分類
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 俺は、雨の日が嫌いだ。俺がこの世に生まれてから15年間、雨の日が好きであった事なんて一度も無い。そもそも、雨の日はジトジトしている、服は濡れる、靴も濡れる、体育のサッカーが中止になる、イカリヤの機嫌が悪くなる。いい事なんて一つもありはしないんだ。
 ああ、イカリヤというのは俺の担任で英語の教師で、本当の名前は猪狩泰三って言う。でも、誰もイカリヤの事は猪狩って呼ばない。顔がドリフのイカリヤチョースケに似ている上にスグ怒るから、いつの間にかみんながそう呼ぶようになったんだけど、イカリヤも別に気にしていないらしい。
 イカリヤは、「俺には猪狩泰三という立派な名前があるんだぞ」なんて怒って見せたりもするけど、教室に入る時に「オイッス」なんてドリフのまねをしたりする。機嫌さえよければ結構授業も面白いし、俺は結構イカリヤの事は好きなんだ。
 で、そのイカリヤは、やっぱり俺と同じで雨が嫌いらしい。雨の日は、怒る確率が数割増えるんだ。
 イカリヤは、怒ると結構恐い。男子と女子でいちおうの区別はつけるんだけど、やっぱり女子からも恐いって言われてる。
 イカリヤの必殺技は、辞書攻撃だ。辞書で頭を小突くのだけど、怒りのレベルによって辞書の角度が変化する。一番優しいのは、平たい部分。次が背表紙の部分。怒り心頭の時は、辞書の角で殴られる。
 でも、怒っていない時のイカリヤの授業は本当に面白くって、イカリヤのおかげで俺は英語の成績が伸びたくらいだった。だから、俺はイカリヤには感謝しているし、この学校の教師の中では一番イカリヤが気に入っている。
 イカリヤの話が長くなってしまったけど、ようするに俺は、雨の日が好きじゃない。でも、最近ちょっと事情が変わってしまった。未だに、俺は雨の日なんて嫌いなんだけれど、雨の日の事を、少しだけでも見なおさなければならなくなったんだ。
 別にそれは、必要に迫られたってわけじゃない。雨の日が嫌いだからって、成績が悪くなるわけじゃないし。でも、これは結構俺にとって切実な問題だったりするんだな。
 なんて言うか、俺にはちょっと気になる娘がクラスにいる。いわゆる、「好きな女の子」ってやつだ。「恋してる」なんて言うと腹の奥がむず痒くなっちゃうんだけど、実際の所、俺は恋してるんだ。きっと。
 俺が考えるに、「好きな女の子」ってのがいるだけで、きっと人生は幸せになる。しかも、その娘が同じクラスにいて、自分の席の左斜め前に座っているなら、なおさらだ。これは間違い無い。今の俺が、まさにその状態だからだ。あれほど行くのが憂鬱だった学校にも、進んで行きたくなる。授業中だって、彼女の顔を見ていれば退屈する事は無い。1日中、あの娘の事を考えているだけで、ハッピーな気分だ。付け加えておくけど、俺はストーカーとかいう人種とは違う。気持ちはわからなく無いにしても、だ。
 俺が恋してる娘の名前は、中村智子っていう。美人なせいか、冷たい感じがするっていうんでクラスの男の中ではあまり人気はないんだけれど、笑うとすっごく可愛い顔になる。髪なんか真っ黒でサラサラで、スタイルもすらっとしていて、運動は苦手な方みたいだけど、その分頭がいい。この前の中間テストでは学年で総合5位だったらしい。つまり彼女は、容姿端麗、才色兼備、その他の全ての四文字熟語でもって最高の表現が出来るほどで、そして……雨の日が好きな女の子ってわけなんだ。
 中村が雨の日が好きだっていうのを知ったのは、ついこの間、六月に入ったばかりの雨の日の事だった。俺は、彼女が友達と話しているのを偶然聞いてしまったんだ。断っておくけど、彼女達の会話を聞こうとして、聞いたわけじゃない。俺は、好きな子が話しているからといって他人の会話に聞き耳を立てるような趣味は持っていないんだ。
 そういうわけで、彼女達の会話を全て聞いていたわけじゃないから、いったいなんで雨の日が好きとか嫌いとかそういう事を話していたのかはわからない。ただ、その日は雨も降っていたし、なんとなくそんな話題になったんだろうと思う。
「私は、雨の日って好きだな」
 中村は、確かにそう言っていた。
「私は、雨の日って好きだな。雨の日って、確かにじめじめしてたり服が濡れたりするけれど、でもほら、空気がきれいだったり、普段とは違う匂いがしたりするじゃない。それに、好きな人と相合傘が出来るしね」
 彼女は、そう言って友人達に向かって恥ずかしそうに笑って見せた。この笑顔が可愛いんだ。側で一緒に笑っている、ジッパヒトカラゲの女子たちとはわけが違う。
 それにしても、これは大問題だった。俺は、雨の日は嫌いなのだ。しかし、中村は雨の日が好きだと言う。こんな事が彼女に知れたら、きっと俺の事は嫌いになってしまうに違いない。俺はこの先、中村と相合傘をすることは無いだろう。
 だから、俺は雨の日を好きになる事にした。まさか、中村に向かって「雨の日を嫌いになってくれ」なんて言えるはずがないからだ。それが言えるのなら、何ら問題はないのだけれど。
 しかし、どうやれば雨の日が好きになれるというのだろう。毎晩、月に向かって祈ればいいのか。「お月様、どうかこの僕が雨の日を好きになれますように」……馬鹿馬鹿しい。そんな事で雨の日が好きになれるくらいなら、俺に好き嫌いなんかあるはずがない。
 結局、俺は何もしなかった。正確に言うと、何もする必要がなかったんだ。「雨の日になれば中村と相合傘ができる」という想像が、俺を雨好きに変えてしまった。雨が降れば、中村と相合傘が出来る。俺はそう思いこんで、雨の日を待ち望んだ。
 ところが、俺が雨好きになった途端に雨は降らなくなってしまった。確かに入梅したはずの空は、いつまでたっても真っ青なまま。雨の気配なんか、まったくしない。てるてる坊主を逆さに吊るしたものの、まったく効果がない。これでは、いつまで経っても中村との相合傘は実現しそうにないじゃないか。てるてる坊主を吊るしてから三日目、俺はゴミ箱にそいつを放りこんだ。
 俺は、天にいるであろう神様を恨んだね。天に唾吐く行為だというのはわかっているんだけど、どうせなら唾と一緒に雨も落ちてきて欲しかった。その呪いが神様にも伝わったのだろうか。毎日の様に神を恨んで呪って、いいかげん俺がそれに飽きた頃、ようやく雨が降ってきた。
 その日は、朝から大雨だった。雨の日に俺がする事はたった一つだ。傘を用意して学校に行く事。これだけで、後は中村と相合傘で学校から帰れるはずだったんだ。俺の準備に抜かりはなかった。学校に置き傘をした上で傘を差して学校に行って、しかもカバンの中には折り畳み傘まで用意してあったのだから。
 けれど、この俺の計画には意外な盲点があった。朝から雨が降っているという事は、学校に来る誰もが、傘を持って学校に来ているという事だ。それは、中村も例外じゃない。中村は、そのシックな赤い傘を差して雨の中を一人で帰っていった。
 つまり、俺が中村と相合傘で帰るには、朝は晴れていたのに夕方には雨が降り出したなんていう日に、俺が傘を持って来ていて、なおかつ中村が傘を持って学校に来ていないという状況が必要になるんだ。こいつはちょっと容易な事じゃない。
 一つ目は、神様を呪うしかないだろう。二つ目は、俺がしっかりしていればいい。だけど、三つ目は絶望的だ。あの中村が、傘を忘れるはずが無い。少しでも雨が降りそうなら必ず傘を持ってくる彼女が、そう都合よく傘を忘れるはずが無いからだ。
 結局、雨が降る日には必ず中村は傘を持ってきていて、俺たちの相合傘は実現することはなく、そしてイカリヤの機嫌はいつも通り悪かった。そうこうしている間にも、南の方では梅雨が明けてきていたし、俺の住んでいる町が梅雨明けするのもどうやら時間の問題ということになってしまった。
 明日が梅雨明けという日の朝、雨が降った。朝から雨が降っているようでは、中村が傘を持ってきてないなんて事は期待できない。案の定、彼女はいつもの赤い傘を差して学校
に来ていた。
 その日は、一日中憂鬱だった。まったく、だから雨の日なんか嫌いなんだ。ジトジトしているし、服は濡れるし、体育のソフトボールは中止になる。イカリヤは不機嫌極まりなくて、俺は辞書の角で頭を小突かれた。たかが宿題をやってこなかったという理由だけで、だ。
 昼休みになっても憂鬱は続く。購買部に行けば焼き蕎麦パンは売り切れ。仕方なしにカレーパンを買おうとしたら、そもそも財布を家に忘れていた。午後の授業は最悪だった。腹は減る、教科書は忘れる、当てられたことにも気がつかなかった。
 散々な午後が終わると、俺はすぐに帰り支度をはじめた。これ以上学校にいたって、いいことは無い。それなら、家に帰って漫画でも読んでいたほうがましだったから。俺は黙って帰り支度を済ませると、友達への挨拶もそこそこに下駄箱へと向かった。これから部活がある奴らが、グラウンドへと走り出していたけれど、外は土砂降りの雨だった。この様子じゃ、外の部活の奴らは廊下で筋トレだろう。俺は、黙って部活に向かう奴らを見送って、傘立てから傘を取り出した。
 その時だ。中村が下駄箱から靴を取り出すところが、俺の目に飛び込んできた。彼女も、今から帰るところだったんだろう。これはチャンスかもしれない。ここで一言、声をかければいいんだ。「偶然だね、一緒に帰らない?」と。うまくすれば、「よかったら、傘に入る?」なんて聞けるかもしれない。そうすれば、それだけのことで、夢にまで見た中村との相合傘が実現するんだ。
 俺の心臓が、いつもの百倍のスピードで動き出した。思わず、心臓が口から飛び出しそうになる。歯を食いしばってそれを何とか食い止めると、今度はその状態では声をかけれないことに気がついて、口を開ける。また、心臓が飛び出しそうになる。慌てて口を閉じる。
 そうこうしている間に、中村は靴を履き終えてしまった。もう、チャンスは今しかないんだ。俺は、思い切って声をかけた。
「ぐ、偶ぜ……
「よかったら、一緒に帰らないか?」
 俺の必死の呼びかけは、横からししゃり出てきた声でかき消された。中村が、声の方に振り向く。もちろん、俺の声じゃないほうだ。
 そこには、一人の男が立っていた。背は低く無くて、足も短いってわけじゃない。顔立ちも、ハンサムじゃないとはいいきれないだろう。確か、隣のクラスの男だ。名前なんかは俺の知ったことじゃなかった。問題は、なぜ、今、ここに、こいつが、いるのかという事だ。今じゃなくても、いいじゃないか。
 しかし、俺にはどうする事もできなかった。なぜって、中村がほんのり顔を赤らめてうなずいていたからだ。その時、俺ははじめて理解した。彼女は、「好きな人」と相合傘がしたかったんだ。そして、その「好きな人」っていうのは俺じゃなかった。それだけの事だったんだ。
「ちくしょう」
 俺は、相合傘で帰っていく二人の後姿を呆然と見送りながら、誰にも聞こえないようにつぶやいた。しかし、そのつぶやきも雨音がそれを流し去ってしまう。
 まったく、だから俺は雨の日が嫌いなんだ。
2005/06/11(Sat)15:06:02 公開 / 神安 藤人
http://www.h5.dion.ne.jp/~romantei/index.html
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■作者からのメッセージ
こんばんわ、二作目となる、神安です。
これからの季節、雨が降って洗濯物が乾かなかったり、通勤が憂鬱だったり、何かといやな気分になってきます。何か時節ネタを、と考えていたときに、ちょっと早いけど雨をテーマにしてみようと、こんな作品になりました。
なにやら恥ずかしいのか、ニヤニヤしながら書いた作品です。ニヤニヤしながら読んでいただければ幸いです。
拙い作品ではありますが、よろしければ甘口から辛口まで、ご意見ご感想などいただければ、と思っております。よろしくお願いいたします。

※05/06/11
御指摘いただいた表現を修正致しました。
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