- 『エルフ −翼ある竜王−』 作者:新羅龍華 / ファンタジー ファンタジー
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全角37865文字
容量75730 bytes
原稿用紙約122.2枚
1
「リンドブルム様。そろそろ学校のお時間ではありませんか?」
白い石造りの広い部屋の中、男の声が響く。
何者の声もしなくなると、微かなはずの衣擦れの音が異様に耳に付いた。
「爺。僕が遅刻をした事があったかい?」
面白そうに言う、若い男の声。
リンドブルムと呼ばれた、金の長髪、碧眼の、なかなかの美男子だ。腰に届くほど長い髪は、上手く三つ編みにして束ねてある。
口元に浮かぶ微かな笑みと小さな子供のように輝く瞳はどことなくアンバランスであったが、人を引きつける類の魅力に満ちていた。
この青年を嫌う人間は、そう多くはいないだろう。
「今までされたことがなくとも、これからの事は判りませんからね」
最初に声を上げた白髪の老人は、背筋をピンと伸ばし、はっきりと言い放つ。
この老人は名をロス・ラザールと言い、ランジェロ家の御曹司リンドブルムの教育係をしている。
今でこそ教育係の肩書きを背負っているが、本来ならば執事として雇われた人間だ。執事として働き始めたロスだが、なぜだかリンドブルムと気が合い、教育係となった。
リンドブルムは学校の制服に着替え、壁に掛けてあった愛用している長剣を剣帯で腰に吊る。
「じゃあ行こうか」
「既に屋敷の前で馬車を待たせております」
リンドブルムの部屋の片隅に置いてあった鞄を持ったロスは、先に部屋を出て、リンドブルムを玄関へいざなう。
玄関へと続く長い廊下には踝まで埋まる程分厚い絨毯が敷いてあり、二人の歩みを遅くした。
左右の壁には美しい彫刻が施された柱が等間隔に並び、柱と柱の間には美しい油絵と窓が交互に並び、通る者の目を楽しませる。
玄関のある広間の両脇には軽く螺旋状になった階段が堂々と構え、二階まで吹き抜けの構造になっている。
吹き抜けの構造に釣られて上へと視線を移動させると、天井から下がる金と水晶で出来た豪華なシャンデリアが目に入る。
これらから判るように、ランジェロ家は上級貴族である。
それにしてはこの広い屋敷に使用人の姿が少ないのは、ランジェロ家代々の家風として、人を使役することを嫌うからであろう。
自分で出来ることであればなるべくやる。そのような意識が常にある。
観音開きになっている扉をロスが開けると、門まで真っ直ぐに続く一本道と、良く手入れされた庭が広がっている。
二人は門の前で待機している馬車を見とめると、足を速めた。
馬車の御者は被っていた帽子を取ると胸に当て、深く頭を垂れる。
「おはようございます、リンドブルム様」
「おはよう。今日も頼むよ」
リンドブルムが挨拶している間、ロスは馬車に荷物を積み込んだ。
「ささ、お乗り下さい」
リンドブルムが馬車に乗り込むと、御者は外から扉を閉めた。ロスと御者は揃って御者台に座る。
馬車に繋がれた一頭の馬を手綱で上手く御し、学校へ向けて出発する。
夏もまだ先の涼しいこの季節、御者台にいるには少々寒いが、少し厚着すればそれほどでもない。
ランジェロ家は町の中でも郊外の方にあったので、学校へ向かう道は、野菜を栽培する畑の真っ只中を突っ切るように作ってある。
途中農作業をしている人に会うたび、リンドブルムは気さくに声をかけた。
いつもと変わらぬその様子を見つつ、ロスは微笑む。
「我らは、素晴らしいお人の元で働けることを、誇らしく思わねばなりませんな」
何かと障害物が多い道を通る馬車は、ゴトゴトと音を立てながら進む。
決してよくはない乗り心地を気にすることもなく、二人はしばらく、主人の様子を眺めていた。
「齢を重ねられるごとに、将来のランジェロ家は安泰だと確信しています」
「そうですな」
教育係と御者は、揃って笑みを浮かべた。
リンドブルム達が学校に着いた時には、既に他の生徒を乗せた馬車も到着していた。どの馬車も立派な造りであるのは、金持ちでもないと入れないような、格式の高い学校のであるためだ。
御者は門の横手に馬車を止めると扉を開け、リンドブルムに外に出るよう促す。
「ありがとう。帰りも頼むよ」
「はい。必ずお迎えに上がります」
再びリンドブルムの荷物を持ったロスは、門番に挨拶をして校内に入る。
しばらく道を進むと、二人の後ろから声が掛かった。
「よお、リンド。今日も相変わらず、優男な面ァしてんな」
「おはようレイド。相変わらず、酷いことを言うね」
「本当の事だろ」
声をかけてきたレイドは赤髪、長身の青年で、リンドブルムと比べると筋肉もしっかりと付いている。
赤髪というだけで目立っているのだが、片足に体重をかけ、腕を組んで立っている様子や、隠そうともしないその荒い口調は、貴族ばかりが通っているこの学校には不釣り合いであった。
しかし彼もまた、この学校に通うことが出来るほどの家柄なのである。世界とは判らないものだ。
「……ど忘れしたんだけどよ、一時間目は何だったか、覚えてるか?」
「僕の得意科目」
嬉しそうに言うリンドブルムを見て、レイドはわざと渋面をつくって見せた。
「俺は、一時間目から傷だらけになる運命なのか」
「レイドが無謀に突っ込んで来るのがいけないんじゃないか」
「あーあ。剣術じゃなくて武術なら負ける気はねェんだがな」
二人は話しながら校舎の中に入って行く。
「リンドブルム様」
ロスの声に、リンドブルムが振り返る。
ロスは今まで持っていた鞄をリンドブルムに手渡し、頭を垂れた。
「わたくしの仕事はここまでとさせて頂きます。今日も一日、しっかりとお勉強なさいませ」
「ありがとう。爺も、気を付けて帰ってね」
ロスは再び頭を垂れると、馬車へと戻って行く。
その様子を見ていたリンドブルムの脇を、レイドが小突いた。
「早く行こうぜ」
二人は昇降口から校舎内に入り、二階にある更衣室に向かう。そこで荷を解き、制服を脱いで鎖帷子を着た。
今日の剣術の授業は、実技試験をやるらしい。
練習用の木刀ではなく、個々が持っている真剣で行う。
その為、鎖帷子か鎧を選び、着用しなければならない。
二人とも身軽な鎖帷子を選び、その上から運動着を着用する。
「……その格好を見ても、君は大富豪の御曹司だって、ほとんどの人が判らないだろうね」
着ている服は一見ラフな為に大富豪の御曹司に等見えないが、注意して見ると身に付けている装飾品は美しい細工が施されていて、しかもそれはさり気なく上品だ。
「お前こそそんなにきっちりと服を着込んで、よく苦しくないな」
「慣れてるからね」
「流石お坊ちゃまだ」
「君もだろ」と反論する親友を軽くあしらいつつ、両脇に短剣を一本ずつ差す。
リンドブルムも、元から差してあった長剣はそのままで、もう一本短剣を腰に差した。仕上げに、マントを羽織る。
リンドブルムは意味ありげな様子でレイドを見る。
「時間、結構余裕ありそうだね」
「甘いな。行くぞ」
そう言うなり、駆け出した。
泡を食って廊下に出たリンドブルムは、レイドが階段を一息に飛び降りる様を見て、一瞬動きを止める。
自分にはそんな真似は無理だ。顔にはそのように書いてある。
「ちょっとレイド! もしかして君、剣術で僕に負けるのが癪に障るから、いつもこうなんじゃ……」
もしかしなくても、そうなのだろう。
他の人よりも負けず嫌いなレイドは、親友に負けることさえ気に入らないのであったが、己よりも剣術では勝る親友を認めることが出来ないのは、彼がまだ子どもから抜け出せないせいもあるのだろう。
レイドはめちゃくちゃに駆け抜けた。
馬術用に整備された庭、魔術用に結界の張り巡らされた庭、薬学の為に薬草等を植えてある畑等々、学校の敷地は広い。
その中でも、植木も芝生も生えていない運動用の庭で、武術の授業は行われる。
学校の敷地は広いので、休み時間も多めに取られているのだった。
「おう、遅かったな」
とっくに着いていたレイドは、息を切らせて走って来たリンドブルムに笑いながら声を掛けた。
レイドはほとんど息が乱れておらず、また、それが当たり前のようだった。
……リンドブルムは夢中でレイドの後を追ったが、武術のエキスパートである教師にさえ、体力の豊富さを高く評価される彼である。
姿を見失わないように追いかけるのさえままならず、最後のほうは完全に置いてきぼりを食らっていた。
「君、相当遠回りしたよね?」
「いいじゃねぇか。体力作りだよ!」
満足そうにニヤニヤ笑い、勢いよく親友の肩を叩く。
リンドブルムは痛む肩を故意に忘れるためにも、よく考えてみる。
レイドが得意な武術の授業でお返しとばかりこてんぱんにされるよりは、彼のランニング――少々ハードに過ぎるものの――に付き合わされる方が数倍ましだと考え直す。
そうこうしているうちに、剣術の教師が校庭に現れた。
若い女性だが、細い体躯に見合った細かい動作を得意とする、なかなかの強者だ。
「さあさ、そろそろ授業を始めるわよ。今回遅刻の人は……」
教師がそう言うと、その横にいた生徒が名前を挙げた。
「今回の遅刻者は一人ね。ちょうどいいから、その子は私と試合をさせるわ」
その場にいた三十人余りの生徒達は、一瞬にして静まり返った。
この教師は美しい容姿とは裏腹に、いざ試合となると相手に一切の手加減をしない。
そのお陰で、何人の生徒が保健室に担ぎ込まれたか……。
「ほらほら、ぼさっとしてないで横にいる生徒同士、さっさと組みなさい」
急に静かになった生徒達をいぶかしみながらも、それは自分のせいだと気が付かない教師である。
生徒達は教師を怒らせては大変と二人一組になった。リンドブルムは、レイドと一緒だ。
「なにが悲しくて、剣術クラス一番のお前と組まにゃあならんのだ」
疲れきった表情で、肩を落とすレイド。
「僕だって、君が得意な武術の時組んであげてるでしょう」
むっとした表情で言い返すリンドブルム。レイドは諦めたように、真顔に戻った。
教師の近くにいた生徒達から、試合が始まっていた。
真剣での試合は流石に怖いのか、剣戟も途切れがちだ。念の為に聖魔術、薬学が得意な教師を呼んではいるが、怖いものは怖い。
試合の多くは片方の生徒が大した怪我もしないうちに負けを認める事が多かった。どちらかが気絶するまで試合をするなど……。
試合も終盤に差し掛かり、とうとうリンドブルムとレイドの番だ。
「お手柔らかに頼むぜ」
「そちらこそ」
生徒たちの間に、軽い緊張が走る。剣術クラストップのリンドブルムと、武術と体力では他の追随を許さぬレイド。
一体どんなに激しい闘いが繰り広げられるのか……。
「はじめっ!」
教師が発した鋭い掛け声と共に、試合が幕を開けた。
二本の短剣を抜き放ち一気に間合いを詰めるレイドを正視するリンドブルムは、今から世間話でもするかのように至って自然体である。
レイドが切りかかる寸前、リンドブルムが長剣を抜き放ち、峰でレイドの手首を殴打した。――いや、殴打されたように見えたが、短剣を上手く回転させ、柄で受け止めていた。
リンドブルムは力では敵わないと判っていたので素早く後ろへ飛び、追い討ちを掛けてきたレイドを下段から上段への逆袈裟斬りで襲う。
レイドはその攻撃を横飛びにかわし、ついでに姿勢を低くしてリンドブルムの足を払う。
「ッ!」
見事に体制を崩したリンドブルムは刃が自分に刺さらないよう密着させながら地面に手を突き、側転して立ち上がる。
しかしレイドもその隙を見逃さない。
バランスを崩したリンドブルムのふとももに短剣を突き立てようと、素早く振りかぶる。が、靴の裏で弾き返されてしまう。
大きく後ろに跳んだレイドに、リンドブルムは横薙ぎに剣を振るった。
弾き返そうと短剣で防御したが、流石のレイドも重い長剣の遠心力には敵わず、短剣を一本弾き飛ばされてしまう。
レイドは舌打ちしながらも、衝撃で痺れた右手を庇いながら、リンドブルムと一刀交える。
二度、三度と何とか持ち堪えたが、長剣と短剣の威力の差は大きく、レイドは後退せざるを得なかった。
レイドは一発勝負を掛ける事にした。
五度目に刃を交えた後、素早く短剣を持ち直し、手首のスナップのみでリンドブルムの頭部に向かって短剣を投げつけた。
不意を突かれたリンドブルムは咄嗟にかわしたが、耳を深めに斬られてしまう。
レイドはそれを見て好機だと思い、動きが鈍くなったリンドブルムの懐に飛び込んだ。
予想外の事が起きた。
鋭い痛みを感じた為に反射的に耳を抑えようとし……勢い良く突っ込んで来たレイドの顔面に、肘が見事に入った。
レイドは気絶した。
「人って、予想外の事には意外と対応出来ないものだよ。うん」
鼻血を盛大に噴き出して倒れたレイドは、近くにいた薬学専門の教師に介抱されて、やっと目を覚ました。
今のリンドブルムの言葉は、仏頂面をしたレイドを気遣っての言葉だ。
「……フォローになってねェよ」
仏頂面のレイドは校庭に腰を下ろし、『不意に入った肘』で負けたことを根に持ち、すねているようだ。
深く切られたリンドブルムの耳は、聖魔術の教師が掛けてくれた回復魔法と、薬学の教師が付けてくれた傷薬のお陰で、傷跡もほとんど残っていない。
剣術の授業はもう少しで終わりそうだ。
これでもかと言う程盛大に溜息を吐くレイド。
「やっぱり勝てねぇなァ、剣術じゃあ」
「武術があれだけ秀でていれば、文句ないと思うけど?」
少し間を置き、それに、と付け足す。
「僕の家は著名な騎士の家系だから、剣術位は優れていないと。ご先祖様に申し訳が立たないよ」
最後の試合が終わったのを見て、立ち上がりながら言う。
「そうだな。俺ん家は商人だから、別に武術なんかで悩まなくてもいいんだが。と言うか、どっちかって言うと、頭が良い方が喜ばれるな。
でもまァ、四人いる兄弟のうち、一番下だし。好きな事やってるけどな」
立ち上がりついでに大きく伸びをし、強張った体をほぐす。
他の生徒達は既に解散を始めている。
からかってくる友人を適当にあしらい、未だに座っているリンドブルムを引っ張って立ち上がらせる。
「リンド。次の授業へ行こうぜ」
「うん。次は……召喚術の試験だっけ?」
言って、二人して溜息を吐く。
2
召喚術の試験を受ける為に一旦控え室に戻り、着ていた服と鎖帷子を脱ぐ。
そして再び服を着て、上から授業用のフード付きマントを羽織る。
このマントは深い茶色に金と銀で美しい刺繍が入っており、その模様は一見意味のないものに見えるが、実は魔力増幅の魔法陣であった。
そして騎士用のマントと比べると生地が厚く、裏には様々な物が入るポケットが付いている。大体は薬草や、新しく覚えたい魔術の覚え書きなどを入れておくようだ。
ちなみに、魔術用の杖は貴重品なので使用していない。魔術に一生を費やすような者でも、持っていない者が多いそうだ。
魔術用の杖とは魔力の大幅な増加、大気からの気吸収、魔力を込めれば何度でも使用出来る爆発物になるなどその用途は広く、非常に役立つ。
杖が貴重品とされているのは、杖に埋め込まれたルビーのような宝石のせいである。
その宝石は南東の海に浮かぶ島、サンマジロ王国のギウス湖でのみ、しかもほんの少ししか取れない。
その為に魔術用の杖は破格の値段が付き、表の世界には滅多にその姿を見せる事がない。
二人は再び校庭へ出て、魔術用の庭に入った。
魔術用の庭は円形で、周りに被害が及ばないように、結界が張りやすくなっている。
二人が張り巡らされた結界を通る瞬間、結界を張っていた教師の一人が何かを感じ、片眉を上げる。
いぶかしんで顔を上げると、金髪と赤髪の生徒が並んで入ってくるところだった。
先ほど感じた感覚は、『異物』が結界の中に入るときに発生する違和感に似ていた。
しかし今は何も感じない所を考えると、気のせいだったのかもしれない。何か異変が起きるかもしれないということを頭の片隅に置きつつ、顔をフードで隠し、授業が始まるのを待った。
結界の中には、魔術の教師が五人、直径五メートルほどの円を描くように並んでいた。
「まだ始まるまで時間があるが、ここにいる生徒から試験を始めてしまおうか」
教師の一人がそう言うと、生徒たちが文句を言う。
「では、早くここに来た褒美だ。早く試験を受ける者の試験は点数を甘く付けよう」
生徒達のブーイングが、一瞬にして収まった。現金なものである。
教師が受ける順に並んでくれと呼びかけると、われ先と順を争い始めた。
「そこまでしていい点取ろうとは思わねェな。元々好きじゃあないし、魔術って」
レイドがつっけんどんにそう言いながら最後尾に並ぶと、リンドブルムも苦笑しながらそれに従った。
リンドブルムは、レイドのそんなさっぱりした所が好きだった。まぁ、口の悪さには目を瞑るとして。
二人は視線を教師に移す。
「今日の試験は前々から言ってあった通り、上級の神獣や魔物を召喚すればする程高い点数を獲得する事が出来る。危険な奴が出てしまったら教師達が元に戻すから、気にしないでいいぞ。
出るとしてもお前らではゴブリン辺りが関の山かな」
教師の一人が豪快に笑いながらそう言うと、生徒達からは何とも微妙な笑い声が上がった。
「まあ、妥当だな」
「そんなものだよね」
約二名、教師に酷い事を言われてもこたえていない者たちもいたが、それは例外として。
早速試験が始まった。
受験者は覚えている限り一番素晴らしいと思われる魔法陣を地面に画き込み、それに対応する呪文を唱えていった。
次の瞬間魔法陣から煙が出て来たかと思うと、そこにいるのは無害そうな虫の類か、良くても小動物型の魔物だった。
「悲惨だな……。かく言う俺も、こんなモンだろうがな」
「前に同じ」
召喚術の試験はあっという間に十数人終わり、またもやすぐに二人の番になる。
「お先にドーゾ」
「ありがとさん」
今回はレイドが先に受ける事になった。
レイドもそれまでの受験者と同じく覚えている限りを魔法陣に画き込み、素早く呪文を唱える。
結果、召喚出来たのはクワガタとカマキリが混ざったような魔物であったが、本人もそれを気にした様子はない。
「何でも出来る訳ねェからな。……人間だからよ」
リンドブルムの元に戻って来ると、笑顔でそう言いながら、リンドブルムの肩を遠慮なく叩いた。
「お前もそこそこ頑張れや。リンド」
「う、うん……」
叩かれた肩が先ほどのと合わさってじんじん痛んだが、レイドに悪気はないようなので、何も言わなかった。
リンドブルムの名前を呼ばれ、五人の教師が作った円の中に入れられた。円の中には何も画いていない。
「?」
唐突に頭痛に襲われた。激しい痛みのせいで目の前の明度が落ち、吐き気をもよおした。
「どうした、始めなさい」
教師にそう言われ、顔色を悪くしながら頷く。フードを被っているせいなのか、リンドブルムの顔が良く見えないようだ。
リンドブルムは無意識に教師から受け取った木製の杖で魔法陣を画き始める。それも凄い速さでだ。
あっという間に複雑奇怪な魔法陣を画き上げ、長い呪文を紡ぎ出す。
見ている教師たちの間で、ざわめきが広がっていた。
ここまで複雑な魔方陣は力の均衡を保つのが難しく、彼らでさえ書くことが出来ないであろう。
そんな中、当のリンドブルムは戦慄していた。
『自分の意志じゃないのに、勝手に体が……!』
無意識のうちの召喚術は終わりに差し掛かり、最後に杖で魔法陣の中心を、思いきり垂直に突き刺す。
赤い煙が勢いよく噴き出した。
「なっ」
教師たちは絶句せざるを得なかった。勢いよく噴き出す煙の中心には、全長五メートルはあろうかという、真紅の鱗を持つ巨大な翼竜がいた。
後ろ足で立ち上がり、空を仰いで轟く咆哮を上げる。
これほど位の高い魔物は、教師でも召喚出来はしないだろう。
竜は辺りを見回すとこちらを見て硬直する虫けらのような人間達を見、その中に異様に目を引く人間を発見した。
姿形は他の人間と比べ、異形という訳ではない。
しかし、そうであるのに見入ってしまう…。
「貴様は……ッ!」
目をかっと見開き、鮫よりも鋭い牙を剥き、身を低くして唸る。
「貴様は賢人の一人だな! 魔王様を……消滅させんとする者!」
「何を……?」
牙を剥かれるリンドブルムは、困惑するばかりである。
勝手に体が動いて竜を召喚した事といい、正気の沙汰とは思えない。
「ここで殺してしまおうか……!」
鋭い牙を見せ付けるかのように大きく口を開き、リンドブルムに襲い掛かる。
「元の世界に帰りなさい!」
聞き覚えのない有無を言わさぬ男性の声と、竜を背後から襲う眩い光。
その場にいた人全員が思わず目を瞑る程の。
「……貴様は」
「そのような事、聞かずとも判るでしょう。
わたくし達との契約を忘れましたか? 貴方達が人間に干渉せぬ限り、わたくし達も魔界に攻め込まぬと」
何かか強烈な光を発する中、その原因と思われる男性の声のみがはきはきと話す。
「私は人間によって召喚されたのだ!」
「不可効力だとでも言いたいのですか?」
「そうだ!」
「では、今すぐ魔界に戻りなさい。貴方ほどの竜であれば、その位何ともないでしょう?」
竜が唸る。
「仕方がない、今回は引き下がってやるが……。魔王様の命令が出れば即刻、貴様等を滅ぼしに行くぞ!」
竜はそう言うと、一瞬にして姿を消す。そして、光も薄れた。
光を発し、そして竜を魔界に追い返したのは、青い長髪が美しい男の妖精だった。
妖精と言っても身長は人間と同じか、むしろ長身であるようにも見える。
背中には大きな薄羽が四枚生えているが、それらを使いもしないのに妖精の体は地面から浮いていた。
ひらひらとした服は気まぐれに風に揺れ、長髪と相まって妖精の美しさを増している。
一仕事を終えた妖精はこちらを凝視して動かぬ人間達を見回し、まずはレイドの顔を見て眉根を寄せた。
それは不快を表しているように見えたのでレイドはむっとしたが、すぐに視線を外されたので、何とも言わなかった。
次に竜と同じく、リンドブルムを見て動きが止まった。
ゆっくりと口を開く。
「……貴男は?」
妖精の姿に見とれていたリンドブルムは、語りかけられる事で意識が鮮明になった。
「僕は……リンドブルム・ド・ランジェロと申します」
「リンドブルム。なるほど、道理で……」
妖精は一人で納得し、頷く。
お陰で周りは、余計に訳が判らなくなってきた。
「リンドブルムさん。どうか、ラベロの城壁都市アイラへ向かって下さい。
そうすれば、この世界で何が起ころうとしているのか、お判りになるはずです」
真剣な表情でそう言う妖精に近づく者があった。
「貴男様は、一体どなたですか? あの翼竜を追い返して頂き、誠に助かりました」
魔術の教師の一人だった。
確かに、いくら教師とも言えど、翼竜の相手は無理だったに違いない。
「宜しければ、なぜあのような翼竜が召喚されてしまったのでしょう。我々人間には簡単にできることではありません」
「判りました」
妖精は教師の方に向き直ると足を地面に付ける。そして軽く会釈をした。
「わたくしの名は、フェントル=ドルマンと申します。ご覧の通り、妖精です。
人間界にて起きた魔族絡みの事件の収拾を主な仕事としております。
なぜこのような事が起きたのかを率直に申しますと」
聞いている者全てが頷く。
「リンドブルムさん。翼竜が言っていた通り、貴男は賢人に『なるべき人』のようです。まだ、完全な賢人とは言えない、不安定な状況ですが。
……あとは、貴男の名前も関与しているようですね」
「賢人……名前?」
リンドブルムが呆然と呟く。話が突飛過ぎる。
ちなみにここで言う『賢人』とは、エルフや妖精、天使等の聖に族するのものを差す言葉である。
「貴男方人間はご存知ないのでしょうが、人間が聖の属性に傾き変化したのが聖族、つまり賢人です。
聖族へ変化すると皆さんがご存知のように、不老と巨大な力が身に付きます。最も不老というのも完全ではありませんが。
そしてわたくしのような妖精、または天使も、大抵はそのままの姿で産まれてきますが、あなたのように人間として産まれ、歳をとっていく過程で賢人になる人もいるのです」
皆、理解出来ずにいる。
……いや、理解しようとしても、頭がきちんと理解してくれない。
それを見透かしたように、フェントルは静かに言った。
「ご理解出来なくて結構です。そして、貴男方にはご理解頂けなくて当然なのです。
人間界にて産まれた人間達には理解出来ない、そのようにあらかじめ定められた理なのですから」
妖精は翼竜の巨大な足跡を見ながら言う。
「ここに翼竜が召喚された記憶も証拠も、消去させて頂きます」
「僕は」
リンドブルムは青ざめた顔でフェントルの姿を見る。
「僕は、人間です」
「今は人間です。しかし、世界はいつか、貴男を必要とします」
視線を外し俯いて、消え入りそうな声で言う。
「特別頭が良い訳でもありません」
「……どうやら貴男は、賢人というものを誤解されているようですね」
「え?」
フェントルはリンドブルムに歩み寄り、長剣の柄を触る。
「きっと貴男は、他のものを愛でる心と、その剣の腕前が神眼にかなったのでしょう。
誤解されがちですが、広義の賢人とは『判断力に優れ、その行動が理に叶っている点で世間から仰がれる者』の事を指すのです。知識のみがあっても、それを正しく使えなければ、賢人とは成り得ないのです」
「……」
「この世界は危機に直面しています。
それは賢人達が手助けをしても解決するのが困難な、非常に大きな問題です。わたくし達賢人は、この世に生を受けた者として、その手助けをしなくてはならないのです。
……城壁都市アイラへ向かって下さい。そこには様々な事象を達観した一人のエルフが住んでいます。その方に色々と教えを乞うといいでしょう。
わたくしは忙しいので、これにて失礼致します。また、お会いしましょう」
フェントルはそう言うと、自分にしか聞こえない程度に小さく呪文を唱え、姿を消した。
後に残された人々はフェントルが消えたばかりの虚空を見つめ、ただ呆然とするのみである。
リンドブルムは、激しく悩んでいた。
フェントルが嘘をついているとも思えない。だが、この事実は簡単に受け入れられるものではない。
自分は賢人である。
だからこそ、危険な問題も先頭に立って向かわなければならない。
しかし、自分にも普通の人間としての生活がある。家族がいる。ランジェロ家次期当主としての人生もある。それらを投げ捨ててまで、しなければならない事なのだろうか。必要な人材なのだろうか。
そして……エルフや妖精、すなわち賢人は『人間ではないもの』であると、彼は思っている。
自分は、人間ではない?
「リンド」
その声で、リンドブルムは我に返った。
振り向いてみれば、いまだにフェントルがいた空間を見つめて呆けている人たちの中に、唯一人真剣な面持ちでこちらを見つめている人物がいた。
レイドだ。
「今起きた事、何もかも覚えてるぜ。周りの連中は記憶を消されたショックで呆けちまってるみたいだけどな」
「何で君だけが、彼の魔術に掛からなかったんだろう?」
「それは判らねェ」
レイドは頭を振りながらそう答えるが、それはいいとして、と付け足し、
「どうするんだ?」
「え?」
「あいつの言う通り、城壁都市アイラってとこに、わざわざ行ってみるのか?」
リンドブルムを睨むようにしてそう言う。
今更その視線が怖いはずもないのだが、リンドブルムは視線を外した。
「……判らないよ……」
何故か声がかすれる。
「僕のような者まで駆り出さねばならないほど、この世界は切迫しているのかな……?」
彼らは毎日、平穏に暮らしてきた。世界に異変が起きていることなど、少しも聞いたことはない。
レイドはリンドブルムに歩み寄り、言葉もなくリンドブルムの姿を見つめた。
その様子をいぶかしんだリンドブルムは自分より背の高いレイドを見上げる。上を向いた、その瞬間。
「!」
思い切り頬を叩かれ、踏ん張りが利かずに倒れる。
リンドブルムに平手打ちを食らわした張本人、レイドは、自分の尻をついたリンドブルムを睨む。
「いつも思うんだが。お前ってどうしとうもないほど、優柔不断だよな」
リンドブルムのうでを掴み、立たせてやる。
叩いたほうの手が赤くなるほど思いきり叩かれた頬だ。赤くなり、何とも痛そうである。
「何でもいいから、先ずはそこに行ってみればいい。
そのエルフに会って話を聴いて、それから決めりゃあいいじゃねぇか。今は世界に何の異変がないとしても、これから先に何かが起こるのかも知れねぇし、救う手伝いを出来るってんだから、格好いいことじゃねぇか。
だから……そんな、鳩が豆鉄砲喰らったような顔するなよ」
「……レイド」
「何だよ」
「君はやっぱり乱暴だ。叩く前に、まずそう言ってくれれば……」
「お前が馬鹿だからだ。お前の親友やるのも苦労するぜ」
二人でそう言い合い、思わず笑いがこみ上げてくる。
校庭にいる人達が未だに呆けている中、二人の笑い声のみが響き渡り、リンドブルムは思わず涙ぐんだ。
「今日のところは荷造りをして、明日に備えろよ」
校庭を後にした二人は更衣室に置いてあった自分達の荷物を持ち、家路についていた。
生徒達のみならず教師達も呆けてしまい、授業どころではないので、帰って来てしまったのだ。
本来ならば馬車の迎えに乗って帰るのだが、何しろ普段はまだ授業をしている時間である。電話もないこの世界では、馬車を呼ぶ事も出来ない。なので二人は、民家が建ち並ぶ街中を徒歩で戻ってきていた。
朝の仕事がやっと終わり、忙しく働く人達が一息吐くこの時間帯は、街中も何とも和やかな空気に包まれている。
「荷造りと言っても、必要最低限の物しか持って行けないんだから、する必要がないくらいだ。あとはお金を持っていればどうにでもなるからね」
この世界の通貨と言葉は、世界共通である。一部だけの例外は有るが、一種類の通貨と言葉があれば、大抵は事足りる。
この街中でもどちらかと言えば賑わっている商店街をのんびりと歩きながら、表面上は楽しそうに、しかしその内側では緊張しつつ話す。
「おや? お二人さん、今日の学校はサボりかい?」
果物屋の中年の主人が、丁度店の前を通った二人に話し掛ける。
本来ならば二人とこの辺りの町民とでは話す事も叶わない程身分の差があるのだが、リンドブルムもレイドも身分や権力などそっちのけで、町に下りて来ては積極的に人々と話してきた。そのお陰で、二人は随分と町民の間で「奇特な金持ち」と有名で、それと共に皆に好かれている。
「違うと言えば違うが、似たようなもんだな」
「ちょっと、レイド」
リンドブルムはレイドを睨んだが、睨まれた本人はお構いなしだ。事実、元から優しい表情をしている事が多いリンドブルムの睨みは怖くないのだ。
レイド曰く、『人に悪意を向ける事に慣れていない』そうだ。
……そんな事に慣れていてもどうかと思うが。
「ほら、取れたばかりだから美味しいよ。洗わないで食えるからな」
主人はそう言うと、籠に山積みにしてあったりんごのような果物を二つ、二人に投げる。
「お代は?」
早速かじりながら、レイドが問う。
「もちろんタダさ。第一、元々払う気ないだろ」
「ばれたか」
悪意なく笑うレイド。リンドブルムはそんな様子を見て苦笑しながら、
「いつもありがとうございます」
そう言って、軽く礼をした。主人は笑顔で手を振りつつ、言う。
「いいって。うちの不良息子が世話になってるからな。…身分の高いお方に恩を売るのも、悪くないしな」
三人で笑い、リンドブルム達はもう一度礼を言ってから別れた。
二人は気兼ねなく接してくれるこの町の住人が好きだった。
二人はしばらく雑談をしながら歩き、家のある小高い丘の麓付近まで進む。
両脇には雑木林が軒を連ね、視界を悪くしている。
「親分、リンドブルムさん!」
その雑木林から若い男が五人、駆け出して来る。今の声はその中でも主格であるらしい、刈り込んだ金髪といたる所に付けたピアス等の装飾品が目に付く男が発したようだ。
早い話、五人が五人同じような格好をしているが。
「親分じゃねえって言ってんだろうが……」
レイドは少々げっそりしながらそう言う。
主格らしき若者は、二人が持っている果物を見ると、ぎこちなく聞いてきた。
「それは」
「ああ、お前の親父さんから貰った。お前もそろそろきちんとした職に就いて、親父さんを安心させてやらなきゃ駄目だぜ」
「それは言わねぇ約束ですぜ、親分」
「だから、親分じゃなくてだな」
「しょうがないよ。だってレイド、君が喧嘩で勝ったんだから」
リンドブルムがそう言うと、若者五人は激しく頷く。
「この辺りでは、喧嘩の強い奴が親分になるしきたりですから!」
「……じゃあな。家に帰って親父さんを手伝ってやれよ」
頭を抱えながらレイドは言い、まだ何やら言っている若者と別れた。
元気を削がれたレイドの姿を見て、リンドブルムが楽しそうに言う。
「学校でも喧嘩……じゃなくて、総合武術じゃあ負けを知らないレイド君だからね。負けてもしょうがないよ」
「人事だと思いやがって!」
レイドは不良のような格好と気性ながらも、人にひざまずかれたりする事が嫌いな性分である。
無論、その逆も嫌いだが。
レイドは何を考えたか、にやりと笑って右手を握ったり開いたりした。
「…今度は平手じゃなくて、殴るぞ。グーで思い切り」
「じょ、冗談に決まってるでしょ!」
「判ってるって」
からからと笑い、かなりの勢いでリンドブルムの背中を叩く。そのお陰でリンドブルムは思わずむせた。
丘を登ると、背の高いリンドブルムの家が見えてきた。門の前には二人の門番が槍を携え立っているのも判る。
リンドブルムは空を仰いで立ち止まり、目を瞑った。
「そろそろお別れだね」
微かに声が震える。
「そんな、今生の別れでもあるまいし。気持ち悪ぃよ」
レイドは顔をしかめてそう言うが、心の底からそう思っている訳ではあるまい。
無言で未だに空を仰ぐリンドブルムを見て、レイドは内心溜息を吐きつつ一緒になって空を仰ぐ。
雲一つなく、こうして仰いでいると空に落ちそうな程真っ青な、いっそ威圧的とも思える程美しい空だった。
こんなにも美しく愛しい世界が、何らかの危機に苛まれようとしている。何かの間違いだと思いたい…。
「僕は、思うんだ」
空を仰いだままのリンドブルムが、誰にでもなく呟く。
「僕達人間はこの地にしっかりと足を付けて、普通の幸せな生活を送って、老人になって『いい人生だった』と豪語できる頃にこの世界を去る事ができれば、言う事なく幸せだと思うんだ。賢人になって人間の何倍、何十倍も長生きして、家族達が、友人達が先に死んでいくのを見て、悲しみに暮れて生きていかなければならない。
そんなの、幸せじゃないと思う」
自分の横に立って空を仰ぐ親友の頬に、一筋の雫が伝うのをレイドは横目で見ていたが、何も言わなかった。
何も、言えなかった。
「不老なんていらない。何者をも屈させる、巨大な力なんていらない。僕は、君と同じ時間を生きたいよ……」
ああ、こいつは本当にこの世界が、自分の周りにいる人々が好きなんだなと、レイドはつくづく思った。引き止めてやりたいとも思った。
だが……この地に残ってしまったら、生きているうちずっと後悔する事になるだろうと思い、止めた。
涙を流すリンドブルムを抱きしめ、腕に力を込めた。リンドブルムは確かにそこにいて、昨日とも十年前とも変わらないぬくもりをもっていた。
親友としてのお互いの存在を確かめるように、そしてそれを離さないとでも言うように。
大きくもない肩掛け鞄に必要最低限の物を詰め、詰め終わってから力なく寝台に腰掛けた。
リンドブルムは改めて自分の部屋を見回し、昔の事を思い出していた。机の上に置いてある羽根ペンと墨を入れる水晶の小ビンはロス執事が――今は教育係だが――ランジェロ家に来た時にプレゼントしてくれたものだし、数多くの本が収納してある棚の中でも一際目を引く分厚い本は、勉強を嫌がる幼いリンドブルムに、父がわざわざ買ってきてくれた武術関係の本だ。
そして、天蓋付きのこの寝台にある布団に刺繍をしてくれたのは、この部屋に華やかな物がない事を気にしてくれた侍女だった。
この部屋一つでも、懐かしさが沢山詰まっている。
離れる時になり、ようやくその大切さが判ってくる。先ほどレイドの前で散々泣いたばかりなのに、また涙が出てきそうだった。
「今まで、ありがとう」
今まで世話になったものや、ここにはいない全ての人達に向けて呟く。
自分は皆に何が出来たのだろうか。
ここを去っても、皆に覚えていてもらえるだろうか。
「どうだろう。僕は大した人間じゃなかった」
一人で呟いた後、そんな事を考えるのは無意味と頭を振り、鞄を手に取る。
日が昇る前に行かなければならない。家族には何も言わず、手紙だけを置いて出て行くつもりだ。
現場を見た者でなければ理解するのは困難であろうし――見ていても理解出来ないかも知れないが――、第一止められてしまうだろう。
置手紙を机の上に置き、出窓に手を掛ける。玄関から出て行くと見つかるので、ここから出て行く事にしたのだ。
「……行ってきます」
幸いリンドブルムの部屋は一階にあったので、窓から身を乗り出し、難なく外に出る事が出来た。
庭に生えている良く手入れされた芝生は、足音を消してくれる。
リンドブルムは辺りを警戒しながらも、馬小屋目指して走り出した。そこにはリンドブルムの愛馬、ワイズがいる。
ここからラベロの城壁都市アイラへ行くのには、先ず船で南下してアイラに最寄の港へ行き、そこから一週間近くかけて馬を走らさなければならない。借りるのはお金がかかるし、ワイズをここに置いて行くのは気が引けたので連れて行く事にしたのだ。
リンドブルムは辺りを素早く見回し、誰もいない事を確認する。そして馬小屋の扉をそっと開けた。
ここにではランジェロ家用の馬が十頭近く飼われているが、この時間は馬達も眠っているため、静まり返っている。
目的の馬は一番奥の広い部屋に入れられている。
その部屋の前に立ったリンドブルムは、部屋に広がる暗闇に目を向けた。
「ワイズ」
静かに名を呼ぶと、暗闇の中で何かが動く気配がした。
小さな窓から入る微かな光を反射したのは、知性的な黒い瞳。そして、闇に溶ける漆黒の毛並みだった。
音もなく立ち上がった青馬は、普通の馬よりも大柄で、締まった筋肉が今にも爆ぜそうだった。
リンドブルムは愛馬の首を優しく叩くと、扉を開けて外に出してやった。そしててきぱきと鞍等を付けて、馬小屋の外へと連れ出そうとする。
「!」
連れ出そうとして振り返ると、そこには老人がいた。
「リンドブルム様、どこへ行かれるのです?」
感情のこもらない声で訊ねるロスの前で、リンドブルムは跳ね上がる鼓動を抑えるのに苦労していた。
なぜ、自分がここにいる事を知っているのだろうか。
質問に答える気配を見せないリンドブルムを見て、溜息を吐く。
「……城壁都市アイラへ行かれるのでしょう?」
リンドブルムは再び驚く。
「なぜ、それを?」
「レイド君が、教えに来てくれましたよ。私だけでも見送りをしてあげてくれ、と」
「レイドが」
レイドがしてくれたその心遣いに感動し、涙を堪えるのが大変だった。リンドブルムがこの家の中で一番信頼しているのはロスだと知っていたレイドが、こうしてわざわざ見送りに呼んでくれた。ロスなら起こった事を理解して、何も言わずに見送ってくれると知っていて。
「……ありがとう」
「それば、誰に対してのお言葉ですか?」
「爺と、レイドに対してだよ」
今にも泣きそうな表情のリンドブルムを優しい顔で見守り、馬をもう一頭引っ張ってきた。ワイズまでとは言わないが、それまた立派な栗毛の馬だ。
「その馬は?」
リンドブルムはワイズとその馬を見比べ、首を傾げた。
ロスも同じような仕草をし、少々困惑した声で言う。
「もちろん、レイド君用ですが?」
「え?」
目がこぼれんばかりに目を見開いたリンドブルムは、馬小屋にレイドが入ってくるのを見た。
「よぉ!」
元気良く右手を上げ、いつもと変わらぬ雰囲気を纏ったレイドを見て、リンドブルムは思わず絶句した。
「何でここにいるか、だろ?」
リンドブルムは激しく頷き、ロスの横に佇むレイドを凝視する。
「リンド一人で行かせるのはどうかと思ってよ。だってお前、お人よしだろ? 悪い奴の口車に乗せられて、一文なしになって、挙句の果てにどこかで野垂れ死にそうだからな。……それに」
レイドはリンドブルムを見て、照れ臭そうに笑う。
「俺達、親友じゃねェか」
「………!」
レイドに駆け寄ったリンドブルムはそのままの勢いでレイドに抱き付き、声を押し殺して泣き始めた。
レイドはそんな様子のリンドブルムを見て苦笑したが、優しく背中を叩いてやった。
「泣くなよ。せっかく俺が来たんだから」
ロスは微笑みながら馬小屋を出て、扉を閉めると呟いた。
「リンドブルム様は素晴らしい親友をお持ちになられた」
そう言い、静かに屋敷へ戻って行った。
今日は泣いてばかりだなと思いつつ、リンドブルムはレイドと二頭の馬を連れて秘密の裏口へ向かっていた。
正門と裏門は門番によって見張られている為に通れない。なので、誰にも知られていない裏口を通る事になったのだ。
秘密の裏口とは、屋敷を囲ってある塀に開いた、大きな穴の事をいう。リンドブルムが小さい頃ふざけて牛に乗って遊んでいたら、牛が塀に突っ込み、大きな穴を開けてしまった所だ。そのままでは親に見つかって雷を落とされると思ったので、もう一度上手くレンガを積み直し、きちんとしたとした漆喰ではなく、普通の泥を使って固めた。その為、人間の力でもそこだけは崩れてしまうのだ。
「ここだよ」
リンドブルムは、特に多くの蔦に覆われた塀の前に立った。
「……一目見ても判らないな」
「だからこそ今でも直してもらってないんだよ。……こんな事に役立つとはね。思ってもいなかった」
そう言いながらレンガを一つ押すと、それだけずれて外の道に落ちた。外の道が土なので、大して音はたたない。
塀に小さな穴が開いたのでそこに手を入れて、他のレンガは丁寧に外す。リンドブルムだけでは無理だったので、レイドも手を貸した。
「しっかし……」
まだ肌寒い季節だと言うのに、レイドはうっすらと汗をかいている。
「こんなに重いモンを積み上げるだなんて、リンドは幼い頃馬鹿力だったんだな」
「必死だったからね」
何となく苦い顔をしながら、最後の一つに手を掛け、動かす。二人して伸びをして、疲労の色が濃い顔で馬を引いた。
外に出ても、道を歩くものは無かった。そしてここは二つある門からも見えていないが、安心しきってのんびりもしていられない。
リンドブルムは屋敷に向き直り目を閉じると、しばらくそのままでいた。
「早く行くぞ。見つからないうちにな」
頃合を見計らって言ったレイドは、自分だけさっさと馬に跨る。
リンドブルムはゆっくり目を開けると、かなり高くなった親友の顔を見て、頷いてから自分もワイズに跨った。
「行こう」
二人は畑の中に続く細い道に馬を走らせ、この町の東にある港へと急ぐ。
3
リンドブルム達が住む町ロンフェルはムジカワキゼの中でも大きい部類に入る港町であり、貿易によって身を立てる者も多い。
町の端にある港に近付くに連れて活気が溢れ、屈強な男達が海の強い日差しに身を焼きつつ、無事に航海を終えた祝いの酒盛りをしている。
リンドブルムとレイドは昨夜家を抜け出し、夜通しで走ったので日が一番高く上り切る前にはこの港に着く事が出来た。そして今はこうして数多の船が整然と並ぶ港を、馬を引いて歩いている。馬二頭を乗せる事が出来る大き目の船を探している訳だが、貴族でもなければ乗る事が出来ないような豪華客船に乗り込む訳にもいかない。金は多目に持って来たつもりだが、これからの事を考えると、出来るだけ切り詰めて使わなければならない。何しろ先の見えない旅だ。城壁都市アイラへ行くと言っても、そこからの予定は何も判らない。何やらややこしい事になりそうではあるのだが……。
「見つからないな。いい船って…」
リンドブルムは疲れたように呟き、赤毛の同行者を見る。
レイドのは馬車で運ばれている木箱――側面には『グローファン商店』と書かれている――を何とも苦い表情で見ていたが、リンドブルムの視線に気が付き、気まずそうにああ、と言った。
「客船じゃなくて、貨物船でいいんじゃねぇか? 別に」
「乗船させてもらえるかなぁ……」
数ある船の中でも一際目を引く巨大な帆船を目にしたリンドブルムは、心配げに呟く。
「仕事を手伝えば乗せてもらえるだろ」
レイドは早くもその帆船に繋がっている橋に進行方向を変えている。
その船にはもう荷物が載っていなかったが、客船、という雰囲気ではないので貨物船かと思ったのだ。
リンドブルムは慌てて後を追うと、内心溜め息を吐いた。
(始めから僕の意見なんか聞きっこないだろうしね……)
橋の始まる手前で見張りをしている色黒の男二人は、馬を引いて向かって来る青年二人を見て思わず身構えるが、二人が引く馬の轡の横に付いているランジェロ家の紋章――勇ましい獅子が葡萄の蔦に囲まれている様子――を見ると、慌てて頭を垂れた。ランジェロ家は国王に仕える誠実な聖騎士として、名高い家系なのだ。
「この船に乗せてもらいたいんですが」
どう見ても高貴な者には見えぬラフな姿の赤毛の青年はそう言い、その隣に並ぶ、そちらは身分が高いと一目見て判る金髪の青年は、無言で頷く。
見張りは困ったように見合わせ、背の高い方が口を開いた。
「確かに、馬を乗せ、貴男方を運ぶだけの余裕はありますが…」
後ろに堂々と居座る帆船を指し、
「これは貨物船ですよ? きちんとした客船に乗られた方が宜しいのではありませんか」
「旅行をするんじゃないんでね。働きますから、乗船させて下さいよ」
後半に至っては猫撫で声になりながら、唸る見張りにススス、と近付く。レイドが二人に小金を握らせると、急に見張りはにこにこして、
「船長に意見を仰いできますので、しばしお待ちを」
橋を駆け上って船室に姿を消した。一人残った見張りは二人の前に立ち、しばしお待ちを、と繰り返す。
高い金を払って客船に乗るよりは、小金を握らせて貨物船に乗る方が安上がりでいい。金は多目に持ってきてはいるが、使わないで良いのなら、是非その道を進みたいものだ。
そして、自分一人ではこうも首尾良くは行かなかったであろう。
リンドブルムとレイドが返事を待っている時にも、町の様子は刻々と変化し続ける。
遠方の地から取り寄せた商品が高く売買され、業者から品物を買い取った人々は満足顔で家に帰っていく。買い取ったモノを自分の店で売る者が大半だが、コレクター達は己の手中に納める為にここに来るのだ。
リンドブルムは、品物を売り買いする時の凄まじいまでの気迫が入った声、そして毎日大して変わらないが、それでも幸に満ちた日常生活の様子を見回し、それをぼうっと見つめる。
「どこも、変わらないな…」
リンドブルムはそんな港の様子を、自分の家の周辺と重ね合わせていた。たまらなく懐かしく、そして簡単には戻れはしないであろうその生活。
もの悲しさを含んだ表情で辺りを見回す親友の姿を、レイドは無言で見守る。
「んん? 何だお前らは」
突然、甲板から野太い声が降ってきた。間をおかずに金属製の坂を足音荒く駆け下りてくる大男が現れる。
その男は海の男の例に漏れず、焦茶に焼けた肌と、その下に盛られた逞しい限りの筋肉。他者と違う所と言えば、長剣ではなく先の割れた曲刀を佩き、豪快な笑みが浮かぶ顔には不精髭が生え、さながら海賊のような風体であった、という所か。
番人と並んで立つとその男がいかに巨大かが判った。見張り二人もレイドと同じ位背が高い。そして髭の大男はそれより更に、頭一つ分も背が高いのだ。
「お前らみたいな小僧共が来る所じゃねぇぞ!」
男は派手に唾を飛ばしつつ、口内を見せ付けるかのように笑い、レイドの赤髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「ちょっ…! 何しやがる!」
ぐしゃぐしゃにされた頭を両手で押さえつつ、腰を引く。リンドブルムは苦笑し、
「ラベロのナナイまで、僕達二人と馬二頭を乗せて頂きたいのですが」
それから、あ、と言い、
「僕達に出来ることなら、もちろん手伝わせて頂きます」
そう付け足す。
リンドブルムのそんな様子を見ながら、大男は再び豪快に笑った。唾の射程距離にいたレイドは素早く避けるのを忘れない。
「おう、あの港でいいなら乗せてやるさ。ちょうど碇泊予定があるしな」
大男はガハハハ、と笑いながら、二人の肩――と言うか、身長差のせいで、ほぼ頭だが――を荒々しく抱く。やはりレイドは嫌そうな顔をしていたが、なにも言わない。
「あ、ありがとうございます。一生懸命お手伝いします」
やっと解放され、一息吐くリンドブルム。
大男は坂の下に二人の見張りを残し、二人を船室に招き入れるために、軽い足取りで甲板に上る。二人は馬を引いてそれに続く。
実は二人共、船に乗るのは初めてだった。常に揺れている船に、果たして耐えられるのか。
「酔いそうだなぁ…。はじめは誰でも酔うって聞くし」
リンドブルムが顔をしかめてそう呟けば、
「そうか?」
レイドは緩やかに揺れる甲板に立ち、いかにも平気そうに、頼もしく言う。
大男はいくつかあるうち一つの扉を開け、藁が敷き詰めてある部屋に馬を入れておけと言う。二人は馬の手綱を柱に括り付けた。
その部屋の鍵を外側から掛けると、その隣にあった扉を開ける。突然現れた急勾配な階段を大男に連れられて下ると、そこには広い空間が存在していた。
机が沢山あり、部屋の角には酒の入った戸棚と、酒を出すカウンターがあった。数多の船乗りがそこで酒を飲みながらカード等の賭事をし、娼婦らしい艶めかしい女達を侍らせている。
その様子は相当荒んでいて、海賊だと言われても、誰も嘘だとは思わないだろう。
このような事に果てしなく免疫がないリンドブルムは、娼婦達のなめらかな白の肌から漂ってくる、何とも妖しい気分にさせられる香水の芳香がしただけで、参ってしまっているようだった。
「俺は正真正銘温室育ちのお前とは違って、世の中の憂いも見て育ったからな。これくらいじゃどうもならねぇよ」
レイドはそう豪語しつつ、心なしか顔色が悪いようだ。どうしたのか聞こうとしたリンドブルムの声は、大男の大音声で掻き消された。
「てめえら、よく聞け!」
喧騒に包まれていた広間は、今の一言で水を打ったように静まる。
「こいつらは今から、この船に乗り込む! 名前は……」
大男の何かを求めるような視線を感じ、
「リンドブルム・ド・ランジェロです。宜しくお願いします」
「レイド・グローファンだ」
レイドはやはり顔色を悪くしながら、何とか自己紹介をする。声にはいつものような張りがなく、まるで一気に老人にまで老け込んでしまったかのようだ。
「……だそうだ。好きに使ってやってくれ! 以上だ!」
そう打ち切ると、徐々に場が騒がしくなってくる。
「あの」
リンドブルムは控え目に切りだした。大男は視線で先を促す。
「船長さんには、どうしたらお会い出来るのでしょうか? 乗せて頂いたお礼をしたいのですが」
大男は不思議そうに目をしばたたく。
「俺が船長だが?」
「え」
それを聞いたリンドブルムはしばしの間動きを止めたかと思うと、恐ろしい勢いで謝り始めた。
「いいって事よ!」
大男――船長はまたもや豪快に笑いながら、部屋の奥にある小部屋に二人を連れて行った。そこは寝台が二つと小さな机、そしてカンテラしか置かれていなかった。
「今日からここがお前さん達の部屋だ。用がある時は呼びに来るから、しばらくはのんびりしていろ。疲れているだろう」
「ありがとうございます」
船長が部屋を出て行こうと扉の取っ手に手を掻けた時であった。
「う」
レイドは手で口を押さえ、床にしゃがみ込んでしまった。先程から顔色が悪かったのは、もしや。
船長は素早く身を翻しレイドを抱え上げると、かなりのスピードで階段を駆け上がり。
意外だな、などとのんびり考えつつ、救護室の椅子に座る。
この部屋も簡素だが、清潔そうではあった。
リンドブルムは、先程甲板へ行ったきり戻って来ない親友の事を考え、意外意外と呟く。自分は酔うと思ったが、あの丈夫なレイドが酔ってしまうとは思いもしなかった。
初めて船に乗る者は普通酔うらしいが、リンドブルムはその兆候さえない。
「僕が普通じゃないみたいじゃないか」
少々ふてくされながら言ったが、学校で起きた事が鮮明に蘇ってくると、表情が影ってくる。そして、呟きを喉の奥で殺した。
(僕はもう、人間ではないのだろうか…?)
人間ではないという事は、既に後戻りが出来ないという事を言われるのと、同じような気がした。
甲板にいるレイドの横で、何かと世話を焼いてくれている船長が部屋に入ってきた時、彼は微かに身を固くしたようだった。が、何も見なかったかの如く、澄ました表情でタオルを持って行く。
船長が再びいなくなってから、リンドブルムは自嘲の笑みを浮かべる。彼らしからぬ表情だった。
「お前さんの相棒は、全く平気そうなのになぁ」
清潔なタオルを持って甲板に戻ってきた船長は、出す物を出し尽しぐったりと力なく座り込むレイドの横へ立ち、既に見えなくなった港の方向を向く。
当たり前ではあるが、船の周りには無限に続いていそうでもある、圧倒的な大海が広がり、それ以外は何もない。
初めて船に乗った時は、陸地が見えない事に不安を覚えたものだ。そんな懐かしい事を思い出したのは、いかにも無鉄砲そうなこの若者が、若かりし日の自分に似ていたからであろう。
「俺さ…」
船長は横を見た。
気分が悪いのも幾分か治ったのか、いつの間にか船長と並んで海を眺めるレイドがそこにいる。
何かを言い掛けたようだが、ためらうかのように口をつぐんでしまう。
「もう大丈夫なのか?」
「お陰さんで、何とか」
「そうか」
先程言いかけた事について訪ねようとも思ったが、自ら言い出すまで止めておこうと決める。
レイドは暗い表情で海面を眺めているように見えるが、本当は見えてなどいないだろうと思う。
暗い表情と言えば、先程のリンドブルムもそうだった。見たのは一瞬の事だったし、俯いていたものだからよくは見えなかったのだが、このレイドよりも暗く…何か恐ろしいとさえ思える、狂気に似た毒を含んでいるように見えた。
自分達とは違う、生きている世界さえ違うのではないかと思えてしまう毒気を。
「俺さ」
レイドが再び切り出し、遂に語り始めた。
レイドの父、グレシャス・グローファンはレイドと違い美しい黒髪の持ち主で、横に広い体躯とは対照的な切れ長の眼も同じく黒く、どこか冷たい印象を持つ男だ。口許に深く刻まれた皺は、その人の気難しさを象徴しているかのようである。
お付きの者を二人従えたグレシャスは、ランジェロ家の屋敷にいた。
十二代目ランジェロ家当主…リンドブルムの父、トレノ・ランジェロは、グレシャスと対峙して豪華なソファーに座っていた。
トレノはリンドブルムと同じ金髪で、背も高い。どちらかと言うとがっちりとした、偉丈夫とも言える男だ。リンドブルムは母似であると思われる。
グレシャスの用向きは言わずとも知れている。
無論、いなくなったレイドの事だ。そして訊ねて来られたトレノの方も、リンドブルムがいなくなった理由をいまいち把握できずにいる。
迂濶に物音を立てられぬほど緊張した部屋で、ロス執事は密かに目を瞑り、最後に見た二人の姿を……必死に脳裏に焼き付けた姿を、思い出していた。
二人が旅立ってから数日しか経たないはずなのだが、もう遥かな昔に起きたかのように思える。
(随分と老いたものだ――)
ロス執事は天を仰ぎ、そう思った。
(リンドブルム様が旅立たれてからと言うもの、召し使い達に覇気がなくなり……表向きには普段通りの冷静な態度を保たれているが、トレノ様も気を塞いでしまわれている。しかも、《厄介者の代名詞》とさえ言われるグレシャス・グローファンをお相手なさって。
この男、口ではレイド君のことを心配しているような事を言ってはいるが、本心ではレイド君がいなくなった事をこちらのせいにして、どうにか金を巻き上げるつもりなのだろうよ。その位、信用ならぬ男だ。
この大きな屋敷から活気が失われて久しいかのような気がしてしまう。本当に、老いたものだ)
ロス執事の長い物思いから現実に引き戻させたのは、グレシャスが身に付けている何とも悪趣味な、ただたんに金だけ掛けて、金持ちの権力を示すためだけに存在するような装飾品が立てた音だった。
立て続けにジャラ、ジャラリと音が鳴る。耳を塞いでしまいたいような、不快な音だった。
「いかがなされた、グレシャス・グローファン殿?」
トレノの低い声が淡々と問う。本当は、音もなく静かに燃え上がるような激しさを秘めた、白い炎さながらだった。しかしそれは、鋭い観察眼を持つ者でもなければ見る事が出来ないほど、押し殺された感情だったが。
そんな様子のトレノは、グレシャスをほぼ睨むかのように見つめ、怪しい素振りを見逃すまいとしている。
「いやいや、大した事ではないのですよ」
口許に張り付いた嫌な笑みには、金銀宝石をふんだんに使った指輪を嵌めた両手が添えられている。
「レイド…あれはやはり、この程度でしかなかったか、と思いましてね」
「!」
その言いように憤り、思わず何かを言おうと身を乗り出し掛けたロスだが、トレノが手でそれを静かに制し、ロスの代わりに静かに言う。
「一体、何の事ですかな?」
「何とは……」
グレシャスは出されていたワインを取ると、一口飲む。すると口の中に甘く、芳醇な香りが広がる。グレシャスの好みに合わせて、トレノが小姓にわざわざ用意させたものだ。
気に入ったようでもう一度飲み、机にグラスを戻す。
焦らすように十分な間を置き、喉の奥でククク、と笑う。
「何しろレイドは――――私の本当の子供ではありませんからねぇ」
「俺、家族の誰とも似てねェんだ」
レイドは、自分の隣にいる船長に語る。
「皆商人の家系なだけあって頭がいいのに、俺だけ体育系だし。親父は頭がいい奴以外には興味がないし」
まるで、拗ねた子供のような話し方だった。
「親父の事が好きなのか?」
「大っ嫌いだ」
でも、と付け足し、
「もし親父が俺の事が好きで、俺の事を大切にしてくれていたら…好きだったかも知れねェ」
「……そうか」
一旦そこで話が途切れ、沈黙する。船に寄せる波音は規則的で、幾分か気分を落ち着かせる。
「何かが違うんだ」
レイドはしばらく漣の音に聴き入っていたが、ぼそりと呟く。
「何か、とは?」
「本来俺は、あの家にいるべきではない、とか思っちまうような……奇妙な感じだ」
「ふぅん?」
「俺、この手の勘は外れた試しがねェんだよな」
レイドは頭を抱え、絶望的な声で言った。
「俺、本当は親父の子供じゃあないかも知れねぇ……」
「なぜだ?」
「え?」
レイドはきょとんとして、船長の顔を見る。そうしていると、酷く子供っぽく見えた。
「そんな嫌な親父なのに、そいつの子供じゃない事で、何で悩まなきゃあなんねぇんだ?」
「だ、だってよ」
判りきっている理由を改めて問われ、レイドに似つかわしくなく、狼狽した。
「本当の子供じゃないのに育てているなんて……私益にウルサイ奴なだけあって、怪しいじゃねェか。何か裏がありそうで……ぞッとしないぜ」
グレシャスと言う男は私利私欲にうるさいからこそ、商売をあそこまで繁盛させる事が出来たのだ。そんな人物であるからこそ、何の利益もありそうにない事をしていると、その腹を探りたくなる。
「勘当されるように仕向けりゃいいじゃねぇか。そうすりゃあ万事解決だ」
いかにも関係なさそうに、ケロリと言う。
「そうもいかねぇよ!」
「なぜ」
「………母さんが」
顔を背けて、拗ねているかのように口を尖らす。
その先の言葉を待っていたが、いっかな言い出さない。
「お袋さんが?」
「な、何でもねェよ!」
非常に焦った様子で、視線をさまよわせた。
「いいから言えって。相談したいんだろ?」
そう言われても言いたくなさそうだったが、仕方がなさそうに続けた。
「母さんは体が弱い。親父は商売で忙しいし、兄貴達だって親父に似て……商売ばかりだし。母さんが倒れたら、俺が看病するしかねぇじゃねぇか」
船長は低く唸り、
「つまるところ、お前はマザコンだって事か!」
「……やっぱりもう、部屋に帰るわ」
レイドはこめかみに青筋を立て、早くも後ろを向いた。
船長は可笑しそうに笑いながら、レイドの襟首を掴んだ。
「冗談だよ! お前ってば、冗談通じねぇなァ!」
「悪うござんしたね」
これでも本気で悩んでんだぞ、と視線で主張しながら、渋々戻ってくる。
「で、どうすればいいんだよ」
「どうもしなくていいじゃねぇか」
そう言いつつ、気が変わったようにニヤリと笑い、「それとも、お袋をかっ拐ってみるか?」
「……………」
船長が、変な風に吹き出した。レイドが脇腹に蹴りを入れたらしい。大分怒っている。
「本気で……」
「何をそんなに悩む?」
突然、冷静な声になる。
「親父の本当の子供じゃないのが、いつ親父に裏切られるかが、そんなに怖いのか」
「……」
「そんなに嫌いな親父なら、裏切られたって構わねぇだろ?」
「……本当は怖いのかも知れねぇ」
真実を知るのが怖い?
裏切られるのが怖い?
それとも。
「真実を知った後、自分がどうなってしまうかが怖い……」
リンドブルムが望んだ、望んだけれど叶えられることはない『普通の幸せ』。自分のそれも、今にも潰えそうな事が判り、『普通の幸せ』が何と快い事であったかが、今更のように理解出来た。
今のままでいたいという、強い願い。
「お前の出自がどうであろうとも、ランジェロ君は気にしないだろう」
レイドははッとした。
「そしてお前の出自を知っているお袋さんも、これまでと変わらずに接してくれるだろう。それならお前にとって気に病むことはないんじゃないのか?」
実際問題、そうなのかも知れない、とレイドは思った。
無事家に帰れたときは、母親に自分の出自を聞いて、場合によっては母と共に家を出よう。自分で仕事を探して、真面目に働くのだ。
この船で働かせてもらうのもいいかもしれない。
「……そうだな」
「そうだ」
にっと笑った船長にそう言われて頭を撫でられると、本当にそれでいいような気がしてきた。
……不思議なものだ。あんなに深刻になって悩んでいたのが嘘のように、知らず知らずのうち緊張していた心が、久方振りに解放された心地であった。
「さ、もう大丈夫だろ? ランジェロ君が待っているぞ」
トン、と軽く背中を押され、レイドは救護室に向かった。
普段よりも、体が軽く感じられた。
レイドは船長に、自分にはいない『優しい父親』を見出したのかも知れない。
いつもの快活さを取り戻して部屋に入って来たレイドを、リンドブルムは少々ぎこちない笑顔で向かえた。
「もう、いいみたいだね」
「おーよ。船にはもう慣れたぜ!」
「それは……」
よかった、と付け足す。リンドブルムのぎこちなさに、嬉しそうなレイドは気が付いていないようだ。そのお陰で、リンドブルムは幾分か明るくなって、
「下に行こう」
「そうだな。アイラの情報も欲しいしな!」
ふっ切れたレイドは、耳に心地良い元気さで、そう答える。
都市の周囲には美しい翡翠色の湖が構え、更にその周りには広大な荒野が広がり、その上強固な高い城壁に囲まれている。
『リズレ』と呼ばれる、弓を得意とする有翼族が住んでいるが、普通の人間は殆んど住んでいないそうだ。
門がないため、都市に入るには城壁の外で検査を受け、許可が下った後、リズレ達に城壁の上を運んでもらわねばならないらしい。
リズレの都であると同時に、『観光には向かない街』としても有名だ。何しろ街全体がリズレ用に造ってあるため、翼がない者にとっては不便極まりない。
例えば、店や図書館の棚は高さが十メートル程もあったり、ベンチが地面から三メートル程の高さにあったりと、リズレ達は地面を歩くよりも空を飛んでいる時間の方が圧倒的に長い上、高い所が好きとくれば、自然と高い所に様々な設備が造られる訳だ。
地面を歩く者のためにも何かしらの工夫がしてあるとは言え、己の頭上遥か上を人が通るのは気分が良くないものだ。
お陰で、余程のもの好きか、何かしら用がある者、はたまた翼はないにしろ、狭い空を飛ぶ手段がある者しか行かぬ街と化してしまったのだ。
それが、船員や娼婦達から聞き出せた、城壁都市アイラという街の特徴であった。
「どうも……」
レイドは、艶やかな娼婦達――レイドに対して、妙に色目を使ってくる――が注いでくれた果物酒も飲もうとせず、ややげんなりした様子で椅子に掛けている。リンドブルムは酒が苦手なので、柑橘系のジュースを飲んでいた。
レイド達の住んでいたムジカワキゼという国は、飲酒に年齢制限を設けていない。よって、リンドブルムやレイドのような青年でも、飲酒が可能な訳だ。
「行って楽しい街じゃなさそうだなァ」
「僕もそう思う」
「だろ? お前らは、何だってそんな街に行くんだ? …言いたくないようだったら、別に言わなくて構わんがな」
顔に無数の傷がある、一見海賊のような風貌をした船員が問う。船員達は、皆が皆なかなか酷い顔だったが、根は気さくで、人当たりの良い者ばかりだった。
「すみませんが……」
何とも言い難そうに口篭るリンドブルムを見て、船員は頭を振る。
「だから、別にいいって」
レイドは酒をグイッと飲み干し、少しも酔った様子も見せずに言う。
「アイラまでは馬で行くとして、アイラに入ったらどうするよ」
「どうするって言ったって……どうすればいいんだろう?」
二人の何とも埒の明かない会話を聞いていた一人の娼婦が、艶やかな笑い声をあげた。
「今、ここで考えたって仕方がないでしょうよ。行く人がほとんどいないから、情報があまりに少なすぎるのよ」
「それもそうだな」
レイドはわざとらしく肩をすぼめ、丸い窓から見える夜空を見るなり、部屋に帰ろうとリンドブルムに声を掛ける。リンドブルムもその案に依存はなく、椅子を立ち上がった時……。
「ね、これから、どう?」
立ち上がったレイドに、一人の娼婦がしなだれ掛る。娼婦の官能的に息づく体は、薄ものしか羽織っていないために、酷く魅惑的であった。
リンドブルムは見ているだけでも堪えられない、とでも言うように赤面して顔を背けた。
レイドはリンドブルムと違い、そんな娼婦の姿を恥ずかし気もなく見つめていたが、ニヤリと笑うと己の胸までしかない娼婦の耳元に、こう囁いた。
「連れが……あんなウブな奴がいるから、やめておく」
娼婦はいかにも残念そうに溜め息を吐き、レイドの逞しい胸に指を這わせる。
「そうよね……あんな坊やが連れじゃあ、おちおち色事にかまけてもいられないわね……」
「あぁ」
そう言って断ると、いまだに明後日の方向を向いているリンドブルムの背中を叩き、帰るぞ、と促した。
「……何だよ」
リンドブルムはレイドを睨んでいた。
「何でもない」
そう言うなり、一人でさっさと部屋に帰ってしまう。
「……ガキじゃあるまいし……」
レイドは眉間に皺を寄せて、頭を掻く。
……リンドブルムの方がレイドよりも一歳年上であると、ここに明記しておく。
4
「いつまで寝てるんだ!」
声と共に、枕が飛んでくる。
それまで眠っていたレイドは避けられるはずもなく、顔面にヒットする。
「ぶ」
たかが枕とは言え、力一杯投げつけられたので、なかなかに痛かったらしい。
顔を押さえながらのろのろと身を起こすと、隣で眠っていたはずのリンドブルムがいない事に気が付く。
「……リンドは?」
「とっくに起きて、仕事をしとるわ。今何時だと思ってるんだ?」
レイドはのんきに伸びをすると、寝台の脇にあるカーテンを開け、丸い窓から外を眺める。外は、まだ薄暗い。
「まだ早いじゃねェか」
「船の朝は早いんだ。ほら、さっさと動く!」
船長に背中を叩かれ、差し出された服に着替える。
動き易さを重視した、そっけない麻の服だ。
レイドの気質とはあまり合わないが、この際どうでもいいような気もしなくはない。
文句も言わずに、黙々と着替える。
「着替え終ったら、甲板に来い。仕事を手伝ってくれ」
「……朝飯は?」
「とっくに時間が過ぎてる。お前は朝食抜きだ!」
「え〜!」
船長が荒々しく扉を閉めて出て行くと、レイドは気落ちして、寝台に倒れ込む。
腹の虫は素直なもので、朝食を食べる事が出来ないと判ると、余計に大きな音が鳴る。
「腹へった〜……」
しばらくはそのまま倒れていたが、何を思ったか元気良く起き上がる。
「酒場で何か物色しよう」
そうと決めたら即行動、レイドは部屋を出て、酒場のカウンターを覗く。
棚に酒は沢山置いてあるが、肝心の食べ物が見あたらない。
「おかしいな……」
レイドが引き出しを物色しようとした時、
ガターン!
と、大きな音が響く。レイドは危うく、手に持った酒瓶を落とすところであった。
「な、何だ?」
口から心臓が飛び出すほどビクビクしながら、音の発生源と思われる上階を見やる。
レイドは仕方なく朝食を諦める事にし、気になる上階を見に行く事にする。
階段を上がって甲板に出ると、船酔い以来苦手になった潮風と、何かを騒ぐ男達の声が聞こえた。会話の端に、リンドブルム、という言葉が聞こえ、レイドは酷く焦る。
あいつに何かあったのだろうか……。
「一体何が……」
人だかりの後ろにレイドが現れると、何人かの船員がそれに気が付く。
「お前さんの相棒が」
「リンドが? どうしたんだ!」
「まあ、落ち着け」
血相を変えて話すレイドをなだめるかのように手を振るが、レイドは落ち着いてなどいられなかった。幼い頃からの親友で、今となっては二人旅の、心の支えなのだ。
「教えてくれよッ!」
「判った。判ったから……そう、首を……絞めるな…………ぐふ」
問い詰められ、終いには首を絞められた哀れな船員の代わりに、他の男が答える。
「馬の世話をしていたら、いきなり……」
「レイド……」
それまでその場を占領していた野太いざわめきに、それに比べると軽やかと言ってさえ差し支えない、若々しい声が混ざった。一瞬、ざわめきが収まる。
「……リンド?」
レイドは男の首から手を離し、恐る恐る声がした方を向く。突然離されたために男が倒れたが、気にしていられなかった。
人だかりを掻き分け――何しろ屈強な男ばかりだったので、容易な事ではなかったが――、開かれた扉の前で、立ち止まる。
「おはよう」
「………」
そこには、彼の愛馬、ワイズに押し倒された格好の、にこやかなリンドブルムがいた。
「どうしたんだい?」
いつも通りののんびりさで聞いてくるリンドブルムに、無性に腹が立つレイドである。朝食を抜きにするほど心配したのに、リンドブルムのあの、のんびりさ。
「心配した俺がバカだった!」
レイドは案の定、とげとげしく言う。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。あ、ワイズに……この馬に近付くと、蹴られますよ」
心配して寄ってきた船長に言ったその言葉は、愛馬に踏みつけられた格好のままのリンドブルムが言うと、妙に説得力を帯びて聞こえる。いささか格好が悪いのは別として。
「いてて……ワイズ、反省したから、そろそろ足をどけてよ」
ワイズはリンドブルムを見下ろしていななくと、やっと足を退けた。
リンドブルムは足がなくなっても暫く倒れていたが、船長や船員達に助け起こされた。
船長はリンドブルムの襟をくつろげ、肩を見た。
「……痛みが引くまで、暫くは休んでいろ」
リンドブルムの肩は、痛そうな紫に――蹄型なのは、何とも笑いを誘ったが――内出血していた。
「平気ですよ」
「何言ってんだ。自分の馬も相手に出来てねェクセに」
船長は笑いを含んだ声でそう言いつつ、気が利く船員の一人が持ってきた、氷水が入った皮袋を、患部に当てる。
「お前さんの分、寝坊した相方にやってもらうからよ、別に気にしなくていいぞ」
(貧乏くじ引きまくり……)
レイドががっくりと肩を落とし、心の中で悲しく呟くのも知らず、船長は相変わらずの豪快な笑いを飛ばす。
事態が収まったと見ると、船員達は誰からともなく引き上げていった。
「レイド、お前は甲板拭きだ。今日中に、しっかり仕上げておけよ!」
船長も行ってしまうのを確認すると、レイドはリンドブルムの隣に腰を下ろす。
溜め息を吐くと、その反動のように腹が鳴った。
「切ない……」
リンドブルムはあはは、と笑い、懐から紙に包まれたものを取り出す。
「はい」
「何だよ」
「何だよって……朝御飯、残り物だけど」
苦笑いしながら包みを開くと、野菜と魚の揚げ物が挟まった、何とも旨そうな――腹が減っているレイドにとっては、余計に――パンが出てきた。
「くれるのか?」
「うん。レイド、君のために貰っておいたんだ」
レイドの手に握らせると、申し訳なさそうに縮こまる。
「甲板の掃除を一人でやるなんて……僕のせいもあるからね。お礼も含めて」
「何だ、別にお前が気にしなくていいんだぜ」
早くもパンを頬張りながら、幸せそうな面持ちで言う。
「朝飯にありつけたから、別にどうでもいいし。どうせ、寝坊した俺が悪いんだからよ」
「そう言って貰えるとありがたいよ」
リンドブルムは微妙な笑い方をして、
「ワイズたちも、船の上は居心地が悪いみたいで……。酔いはしなかったけど、随分ストレスがたまったみたい」
「ふーん」
リンドブルムが言った事など、上の空だ。今は食べる事に忙しいらしい。
リンドブルムは特に気を悪くした様子もなく、視線を海に移した。進行方向にはまだ海しか見えないが、そろそろ陸が見えてきそうな気もしなくはない。
出港してからまだ一日しか経っていないが、安定した地面のある、陸が恋しい。船の揺れにも慣れてきたが、やはりしっかりした地面の上にいる方が安心感を得られるのだ。
噂に聞く人魚の類の出現や、激しい波が立つ様子もない。
休んでいろと言われたリンドブルムは、暇であった。唯一の話し相手は食事に夢中で、せめて他の船員と話すにも、皆どこかに行ってしまった。あとは……リンドブルムの愛馬であるワイズとカロル――ワイズと共に連れてきたもう一頭の栗毛の馬を、レイドがそう名付けた――位しか話し相手はいないが、先程踏みつけられたばかりのワイズには出来れば近付きたくないところだ。
ワイズは馬に違いなかったが、少なくとも、人の言葉に反応を示す。ワイズは足が早く、しかも頭もいい。だからこそこの先行不安な旅に、連れてきたのかも知れない。
「ごちそーさん」
レイドは律儀にもそう言って手を合わせ、どこか恥ずかしそうに言う。
「腹ごしらえは出来たし、甲板を掃除するか」
「そうだね。嫌な事は早く済ませた方がいいよ」
リンドブルムが差し出したモップとバケツを受け取ると、雨水を溜めてある樽からバケツに水を汲む。
今になってやっと、朝日が昇ってきた。春になったばかりのこの季節であるにも関わらず、風が生暖かく、今日一日暑くなりそうであった。
「五大賢人って知ってるか?」
船員の一人がそう切り出したのは、ロンフェル港を出港して、三日目の夕飯の時であった。
目の前に座っていたリンドブルムとレイドは、顔を見合わせると、首を振った。
「ふふん、じゃあ教えてやろうじゃあねェか。
世界に散らばる何人かの中でも、特に凄い力を持つ賢人五人を、五大賢人と言うんだ。そいつらは強い魔力で強力な魔法を駆使し、その素晴らしい知能で世界を手玉に取る。普段は世界の表に顔を出さず、愚かなる人間達の茶番を観察し、自分達が必要とされている時にひょっこりと顔を出し、力を貸す。そして甘い名声を浴びるのさ!」
少なからず賢人に対しての偏見を感じたが、リンドブルムは感心した様子を装い、大きく頷いて見せた。
レイドは隣に座る賢人の卵をちらりと見て、曖昧に笑みを浮かべた。
「俺もそんな力があれば、世界征服でもしてやるのにな」
「征服して、それからどうするんだよ」
「もちろん……」
船員達がそう言うと、周りは続きを待って沈黙する。十分に焦らしたと確信すると、
「世界中の美女を、俺のためだけに尽くさせるのさ!」
船員達は大声で笑い、下品なヤジを飛ばす。その中でリンドブルムは微妙に顔を背け、ヤジを聞かぬようにしていた。
そして、嘘と真実が半々位でありそうな『五大賢者』についての噂を反芻し、自分なりに考えてみた。
数日前に会ったフェントル・ドルマンと名乗る、妖精に会ったばかりだ。彼は美しく、知性的に見えた。同時に、いかにも忠実そうであり、限りなく気高そうでもあった。
もしかして、彼も『五大賢人』のうちの一人なのではなかろうか。
彼が言うにはリンドブルムは賢人に『なるべき人』であるらしい。自分もあのように凛々しくなれるのかと、微かに期待をする。
「……?」
耳鳴りに似た何かが聞こえたような、気がした。
リンドブルム以外の人は談笑をして、やかましく騒いでいる。そんなうるさい中で、微かな音など聞こえはしないと思ったので、ただの耳鳴りだと思ったが。
(感じる)
リンドブルムは確かに『感じた』のだ。それは例えば、暫く訪れていなかった故郷の地面を踏んだ時に感じる、また古い本を紐解いた時に感じる、たまらなく懐かしく心浮き立つような、不思議で奇妙な『何か』。
「何だ?」
急にガタリと席を立ったリンドブルムに驚き、何事かと問掛ける声。
当のリンドブルムは何も答えず、慌ただしく、何かに憑かれでもしたように階段を駆け上がる。
(ああ……)
涼やかな夜風に頬を撫でられ、それでも麻痺したように感覚の薄い体を動かして、船の縁、進行方向よりも少々右側、その辺りが良く見える位置に立つ。
(あれは)
見たものは。
闇夜の下、本来であれば――昼間でも――見えないであろうものを見た。
水晶のように透き通った巨大な宮殿が、海の中より真っ直ぐと、空に浮かぶ月に向かい突き出している。
月光を反射し、それ自体が光を放っているようにも見える。
それが遥か遠く、水平線の向こうに消えそうな位置に、そそり立っていたのだ。
(あれは……)
あれは。何と続けるのであったのだろう。
「リンド! 一体、どうしたんだ?」
「え?」
リンドブルムを追って来たレイドにそう声に掛けられると、リンドブルムははッと我に帰った。
今まで確かに見つめていた宮殿は、夜の濃厚な闇に包まれ、見えなくなっていた。
やはり、美しき幻であったのか。
(そんな事は……)
ない。と、不思議な程確信に満ちて断言出来る。
(確かに『感じた』んだ。その存在を、目で見て、耳で『捕えた』。確かに、確かに。あれは……一体何だったのだろう……?)
「リンド……?」
すっかり冷静で真剣な色を取り戻したリンドブルムの瞳は、見失ってしまった宮殿を探しているが、見付からない。
「リンド!」
「え……何?」
「何って……」
何やら様子のおかしい親友を追って来たレイドは、不審そうな目付きでリンドブルムを頭から爪先まで、どこかおかしい所を探し出すかのように見回す。
「聞きてェのは、こっちだっての。一体どうしたんだよ。突然席を立ちやがって」
「ごめん」
「……」
「何、どうしたの?」
レイドの悲しそうな、自分を見つめる視線に気が付き、視線を合わせる。
「何だか」
レイドは肩をすくめた。
「何だかお前が、遠くに行っちまう気がして」
たった数日の間で。
「お前、何か変わったよ」
「………」
リンドブルムは突然表情を暗くすると俯き、顔の前に、己の両手の平を持ってくる。そこに変化の現れがないか、確かめでもするように。
「ここ数日、この体が自分のものじゃあないような気が、する時があるんだ。遠くのものが良く見えたり、良く聞こえたり……それこそ、異常な程に」
親友は、何も語らぬ。
「さっきは、今まで感じた事がないような、何かを『感じた』んだ。それで、気が付いたらここに来ていた。……あれは、何だったんだろう。あれを『見せる』為に、体が勝手に動いたような、感じだった。何を知らせたかったんだろう……」
「アイラに行けば」
神託じみた声で――少なくとも、リンドブルムはそう思った――、レイドは言う。
「アイラに行けば、何かが判るんじゃねェか。それまではくよくよ悩んだって、何にも始まりはしねェよ」
「……そうだね」
溜め息を吐く。
「ありがとう、レイド。少し楽になった気がする」
レイドは確かにリンドブルムの親友で、頼りになる人間だった。信用する事が出来た。
しかしそのレイドも思い悩む事があるとは、リンドブルムは露知らぬ。
レイドはリンドブルムの肩を叩き、酒場に戻った。
翌日の昼頃、貨物船はラベロ王国のナナイに入港した。白い石造りの町並みが、日光を反射して眩しい。
「本当にありがとうございました」
「色々と助かった。ありがとう」
荷物下ろしを手伝った後、港の酒場で酒を飲んでいる船長を捕まえ、二人で礼を言った。
船長はにやりと笑い、二人の目を交互に見つめる。
「お前らは、何か訳ありっぽいから…何かなんて、野暮な事は聞かねぇ。気を付けるんだぞ」
「はい」
「ああ」
「……そうだ」
船長は首に掛けていた燻し銀のネックレスを、二人に渡した。
「これは?」
「裏を見てみろ」
「?」
レイドが不思議に思いながら、細い鎖の先に付いた飾りをひっくり返し裏を見てみると、文字が彫り込んであった。
『ヌチのズィレオ出身、ブルトン・カダイータ伯爵』
「これ、誰のだ?」
レイドは訝しげに船長を見た。
もしやこの男、本当に海賊なのではないかと思ったのだ。
「俺のだよ。俺が伯爵だ」
「うそだ!」
二人は仰天した。柄の悪いこの男が、伯爵などと……。
「ガハハハ! 驚いたろう!」
豪快に笑ってまた一口酒を飲む。
「それをやるよ」
「え?」
「それがあれば、ほとんどの港では随分優遇されるようになるぞ」
船長ことブルトン・ガダイータ伯爵は、何事でもないようにさらりと言う。
「でも、なぜだ?」
「お前らが好きだからだ」
そう言われると、レイドは数歩退いた。
「バカもん、一体何考えてんだ。純粋に気に入ったんだよ、お前らのことを。
海で船に乗る時それを見せりゃあ、楽に旅が出来るぞ」
「でもよ。大切なものなんだろ?」
「いいんだ。ただ、なくさないように、大切にしてくれよ。……つらい時に眺めてくれ」
レイドは照れくさそうに笑うと、襟元をくつろげネックレスをかけた。
そして外からは見えないように、服の中にしまい込む。
「……ありがとう。そろそろ行くよ」
「ああ、気を付けてな」
リンドブルムは名残惜しそうに振り返りながら酒場を出たが、レイドはさっぱりとしていて、それは自分の生まれ育った家から外出する様子に似ていた。
時間が出来たら、また会いにこよう。そう心に決める。
酒場の前で待たせておいたワイズとカロルの手綱を取り、町を歩いた。
白い石畳で出来た道は、蹄の音を良く響かせた。
「当面の非常食と水、あと地図と羅針盤も欲しいところだな」
二人は、華やかな文字で『デルル百貨店』と看板に書いてある、そこそこ大きな店に入った。品並べをしていた店員に言うと、買いたい物のある場所に案内してくれた。
非常食は乾いた固いパンのようなもの、真水はあまり買わず、その代わりに、長持させるために微量のアルコールを入れてある水を買った。
地図はラベロだけが載ったものを買った。本当は世界地図の方が良かったのだが、値が張る上にかさばる。旅には向かないので断念した。
次に中古屋へ行き、銅で出来たの古い羅針盤を買った。狂っていないか怪しいものだったが、店主が平気だと言い張り、しかも随分と安くまけてくれたので、それを買った。
「君たち」
中古屋を出た直後に声を掛けられたが、声を掛けてきたと思われる者は、見あたらない。
二人できょろきょろしていると、裏路地から手が出てきた。
「こっちだ」
言われるままに二人は裏路地に入り――勿論警戒は怠らなかったが――、声を掛けてきたと思われる男を発見した。
青光りする黒髪に金の目をもった、なかなかの美形だった。着ているものも黒と赤が基調の、闇に溶け込みそうな服だった。
「君達、城壁都市アイラへ行くんだろう?」
「……なぜそれを」
ずばりと言い当てられ、リンドブルムとレイドは身構えた。
「まぁまぁ、そう警戒しないで」
男は至って親しげな笑みを浮かべ、両手を振る。警戒するなと当人から言われても、信じられるものではなかったのだが。
「君達が、先ほどの百貨店で言っていただろう。アイラまで行くにはどのくらいの食料があればいいのかと……それを偶然聞いたんだ」
「そうだったのか。すまない」
二人は謝り、構えを解いた。まだ完全に警戒を解いた訳ではないが、男は人を引き付ける何かを持っていた。
口元に浮かんだ笑みも、いでたちも、他に類を見ないような雰囲気を持っている。
「それで、用件は何ですか?」
「ああ、今の中古屋で買った羅針盤、ちょっと見せてくれないか」
「何をするんだ?」
「それ、狂っているみたいだから」
「え?」
リンドブルムは買ったばかりの羅針盤を、慌てて鞄から取り出した。
中古屋の店主は怪しむ二人の前で、他の客が持っていた羅針盤と並べ、東を向き、両方共きちんと東を示している事を見せた。だから合っているはずなのだが…。
「これ、東しか向かないんだよ。ホラ」
男はあらゆる方向を向きながら、ご丁寧にもいちいち羅針盤を見せた。
「……ホントだ」
「ふざけんな、あの親父!」
男は泡を食って、すぐさま駆け出したレイドの襟首を掴む。
「ああ、ちょっと待つんだ君。君達は、あそこでこの羅針盤を買ったという証明が出来ないだろう? 出来ないようだったら、行っても無駄だよ。『そんなもの売った覚えはない』って言われるのがオチだ」
「ちっ」
レイドは苛々と頭を振ると、ふと思案顔になり、黒髪の男を振り返った。
「なぜ、そんなに親切にしてくれるんだ?」
最もな質問であった。
「実は僕も貴族の出でね。最初ここに来た時は、そりゃあ酷い目にあったからさ」
そう言われ、改めて男のいでたちを見てみる。
染めた絹を繻子織りにし、細身の服に仕上げ、仕上げに美しい刺繍を施してある。
「同類には同類がわかるって言うが、それか?」
「僕が貴族ではなくても、金髪の君が貴族だという事ぐらいわかる。
その馬に付いている紋章、ランジェロ家のモノだろう? ここいらの汚い連中は、大体の貴族……しかも君みたいに結構有名な貴族の紋章や家名なら、大概知っているのさ。温室育ちの御曹司やお嬢様から、金をぼったくったりするのに役立つからね」
「嫌な世界だ」
「ここに住んでいる連中は、好き嫌いをする余裕がない。金銭的にも、精神的にも」
「……ところで、名前は?」
「僕? 僕はティック。ティック・デルロイ。ええと、金髪の君は、ランジェロさんだね。赤毛の君は――誰さん?」
「僕はリンドブルム・ド・ランジェロで、こっちがレイド・グローファンです」
「ああ、大商人のグローファン家ね。……それにしても」
ティックはずいと身を乗り出すと、レイドの赤髪にうっとりと視線を注いだので、レイドは思わず後退った。
その視線は恋に落ちた時のような熱をおびていたのだ。ぎょっとするのも無理はない。
「すごくきれいな赤だな。髪も瞳も、まるで血みたいな色だ」
「……なんつぅか表現が悪いぜ」
「そうかい?」
何がおかしいのかティックはくすくす笑い、何度か手を伸ばしかけたが、レイドが嫌がっているのを見て取ると、さぞ残念そうにかぶりを振った。
「ところで、地図は買っただろう?」
「買いましたが?」
リンドブルムは地図を出して見せた。ラベロ全土を記してあるので、詳しい道順は書いてない。道中立ち寄るつもりの町や村で、道を聞きながら旅をするつもりだったのだ。
「この国には盗賊の類が多いんだ。タチの悪い奴だと村人になりすましている奴らもいるから、他人に対して、簡単に気を許したりしてはいけない」
「そうなんですか?」
そう言われて、余計に先行が不安になるリンドブルムであった。
「どうすればいいでしょうか?」
リンドブルムもレイドも戦いには結構自信があったが、それでも、まとめて襲われたらひとたまりもないだろう。
何しろ二人は授業だけでしか戦った事がなく、殺意をもった敵と対峙した事はないのだ。
「僕が、アイラまで案内してあげよう。安全な道を知っているから」
「それはありがたいですが……でも」
「気にしなくていいよ。僕も、アイラの近くで用事があるから」
ティックは笑ってそう答えると、裏道から出る。
「じゃあ僕も馬を借りてくるから、南門の辺りで待っててくれよ」
そう言うなり、身軽に駆けて、雑踏に紛れてしまう。
リンドブルムは暫く行方を目で追っていたが、完全に見えなくなると諦める。振り返ると、眉の根を寄せたレイドがいた。
「どうしたの?」
「……何でもない」
リンドブルムはなおも不思議そうな顔をし、首を傾げるが、むっつりと黙りこくったレイドを見て、それ以上追求しなかった。
リンドブルムはティックを気に入ったみたいだが、レイドはどうも好きになれなかった。なぜだかは自分でもわからないが、信用しきれないのだ。
しばらく眉間に皺を寄せていたが、考えるのは得意ではないので、最終的にはなるようになるかな、という割合気楽で適当な答えを出し、それ以後は悩まない事にする。
リンドブルムは地図をしまい、壊れた羅針盤はどうするかと悩んだが、そのうち役に立つかと思い、やはりそれも鞄にしまった。リンドブルムはモノがなかなか捨てられずに、部屋にどんどん溜まっていくタイプかも知れない。
二人は馬を引き、裏道を出た。ティックは南門で待ち合わせだと言っていたが……。
どちらが南かを早速羅針盤で調べようとしたリンドブルムの後頭部に、レイドの鉄拳が飛んだ。
「いっ…」
「馬鹿かお前!」
思いきり殴られた後頭部を押さえ、目を白黒させているリンドブルムを怒鳴りつける。
「インチキもんだってわかったばっかりだろうが!」
「そうだった……」
「すぐに忘れんなよ、リンド……」
レイドは幾分かげっそりし、気を取り直して、遥か遠くを見透かすように背伸びをする。
「あっちが南門だと」
レイドがそう言って指差したので、リンドブルムは酷く驚いた。
「何で判るの?」
「あそこの看板に、あっちが南門だって書いてあるだろ」
レイドがまたもや指差した方向を見て、レイドは人並み外れて目が良い事を思い出す。
大通りが十字に交わる所に矢印式看板が立っていたのだが、リンドブルムには看板があるかな? 程度しか判別出来ない。
「……君の目を信じるよ」
「ん? お前には見えねェのか。船に乗ってたとき、目がよくなったとか言ってたじゃねぇか」
そのようにいわれて、リンドブルムは首を傾げた。
「そういわれれば、今は以前と同じくらいしか見えないな」
「不思議なもんだな」
少々呆れたような顔をし、率先して先に進む。
そんな様子のレイドを見るとリンドブルムは苦笑して、言った。
「のんびり行こう」
「お前のペースか?」
「それもいいでしょ?」
「……そうかもな」
日はまだ高い。活気に満ち溢れた港町を、のんびりと進む。
町を抜ければ、延々と続く、荒野が広がっているはずだ。
「たまにはそんなのもいいか」
最終的には、レイドもそれに賛成した。
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2005/06/24(Fri)15:05:19 公開 /
新羅龍華
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■作者からのメッセージ
二度目の更新&ちょこっと修正です。
話的にはあまり進展していませんが、新たな登場人物が加わったりもしています。キャラクターがかぶってしまいそうでひやひやしています(>_<;)
ちょこっと短編を書きたいと思っているので、次回更新は遅くなりそうです。今回もまた、辛口のご意見、ご感想お待ちしております。
京雅様、羽堕様、甘木様。ご感想ありがとうございました。ご指摘頂いた中でも、テンポの悪さには自分でも辟易している節がありますので、これから改善していきたいです。世界観の方も、少しずつ書いていきたいと思います。