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『心無いきみに花束を贈る』 作者:clown-crown / 未分類
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まえがき 小人・男子禁制





 本文より先に読んでもらいたい文があるのだけど、まえがきみたいなのを書くスペースってないからここに書くことにしよう。大丈夫だよな。
 ヒマなときに登竜門の雑談掲示板の過去ログ読んだんだけど、あれってけっこう面白いね。今は見かけない人の名前の中に知った名前を見つけると、なんだかうれしくなる。意外な人が意外な発言をしていたりしてね。ひとつひとつのスレッドを眺めていたんだよ。その中に、どこまでなら性的描写を入れていいか、ってスレッドが立ってた。確か喘ぎ声や性器の描写がなければたいがいはO.K.と書いてあった気がしたんだ。私はそんなもの書かないから、と思ってべつだん興味もなく読んだんだけどどうしても『それ』が必要な物語を考えちゃったんだよ。それがこれなんだけどね。
 そういうわけでこれは私からの注意。ひねくれた大人になっちゃうから子供は読んじゃ駄目。性的描写があると知って興奮した男性も期待外れになるから読んじゃ駄目。大人の女性なら読んでもいいってことになるんだけど、この小説は楽しくないし役にも立たない。ちょっとした教訓になるくらいのもの。暗ーい気分になりたいっていう変で大人で女の人は読むといいかもね。これは私にとっての純愛物語。絶対に異議申し立てがくること受けあいなんだけどね。こういうもののほうが、よりリアルなんだと私は考えている。さて、長くなったかな。その代わりに、いつもの無駄なあとがきはないから許してね。
 覚悟を決めたのなら『心無いきみに花束を贈る』はじまりはじまり。










 心無いきみに花束を贈る





 花束に出会った。
 通学路の途中に見通しの悪い小さな交差点があってその角のミラーの脇に隠れるようにしてユリの花束が添えられていた。見上げれば鏡の中で僕が分裂している。昔からずっとミラーは割れている。大きく弧を描く黒く太いタイヤのブレーキ痕を彩るように赤い液体が道路いっぱいに塗りたくられている。今は干乾びているけど。
 “白かった”。それが花束を見た僕の感想だ。僕が学校に行くまでの通り道に花があった、ただそれだけのこと。足を止めることもない。
「瑞詩ーーーっ」
 背後から聞こえる叫び声のような奇声のような僕を呼ぶ声はドップラー効果の影響下にあるのだろうかどんどん高くなっていく。呼ぶ声に振り向くその前に声の主の手が僕の背中に届く。
「おっはよっと」
 低血圧を知らない我が親愛なる親友の相良晃陽(さがら こうひ)は早朝にふさわしい清々しい笑顔で豪快な挨拶をかましてくれた。
「おはよ」
 僕は眼以外で満面の笑みを浮かべて我が親愛なる親友の挨拶に応える。
「こわっ。朝っぱらからこえー顔すんなよ。昨日、付き合えなかったこと根にもってんのか?」
 ランドセルを背負っているとはいえその衝撃を受けきることのできない僕に、学年でも短距離走三位の地位を得ることができるクラス内最速の男が全速力で漕いできた自転車の運動エネルギーを謙虚に遠慮する間もなくプレゼントしてくれたせいで、噛みおわったばかりらしい粘着力の残ったガムのへばりついた舗装道路に手をついたことよりも、誰にも邪魔されることのない自由で自適で有効的な時間を過ごせたことに不満を覚えるのであれば晃陽の言うことは正しいのだろう。暴走を忘却した自転車は停車することに成功を収め晃陽はそれを引きながら僕と並んで歩いている。
「仕方ねーだろ。思い上がりに思い知らせるにはアレがいちばんいいんだよ」
 昨日、ぴちっとしたジャングルレッドのスーツを身につけ伊達眼鏡をかけた教育実習生が僕たちのクラスに登場した。彼女は何もわかっていなかった。だから“仕方ねー”のだ。
 この僕、篠葉瑞詩(しのは みずし)は成績を前から数えても後ろから数えても数えにくい一般的な小学生だ。運動神経もそこそこで基本科目以外の図工や音楽といった科目でも可もなく不可もない成績なので才能がないか、隠された才能があっても生涯隠れたままなのかそのどちらかだろう。そのことについてことさら不満はない。あるとき祖母がそんな生き方をしていてつまらなくはないのかい、と訊いてきたが人の中に紛れて漂って流れていくのはずいぶんと楽で自ら険しい道に入って行こうなんて酔狂な趣味などない僕は全然、とためらいもなく祖母に応えた。平凡こそが僕のもてる能力であってそれ以下でもそれ以上でもないのだから自分の力を大きく見せることは間抜け極まりない。自分を大きく見せようとすれば期待に押し潰されるか嫉妬に焼け焦げにされるかのどちらかだ。舐められているぐらいがちょうどいい。
 朝の会の時間になっても教育実習生は姿を現さなかった。斜め後ろに視線をやると晃陽がガッツポーズをして笑っていた。
「教育実習生のミミさんは今日お休みです」
 担任教師は明らかに何があったか知っている態度で、しかしそれに言及することはなく日直に朝の会を始めるよう促した。何事もなかったかのように──何事もなくその日の授業を終えた。口にしないほうがいい言葉は存外たくさんあるものだ。
「瑞詩ーーーっ」
 正門を潜り抜けようとする僕は朝となんら変わらないワンパターンとなった繰り返しの呼びかけに足を止めざるを得ない。その馬鹿の一つ覚えは晃陽の売りであり低能であることを示す有力な証拠だ。
「今日は瑞詩に付き合ってやるぞ」
 傲岸にも程がある。弧であることに平安を見出すこの僕には付き合ってくれないほうがよほど嬉しいことだとなぜ五年以上の付き合いのある我が親愛なる親友には気づいてもらえないのか。そのあたりは余りある無能さが原因のようなので今後も改善の余地はないだろう。
「昨日は悪かった。な、この通りだ。許してくれよ」
 朝の件で謝っているのならそれははなはだ見当違いであるし、これまでの僕との付き合い全般について謝罪したいのだと考えているのなら遅すぎる上に許す気もない。
「でも、昨日あいつを犯っといて正解だったろ? 結構大変だったんだぜ。意外と抵抗しやがるからな。そこがそそるんだけど。相手が大学生だと小学生三人じゃちょっと力不足なんだよな」
 三人というと晃陽と愉快な腰ぎんちゃくたちだろう。福と倉井。体育会系の粗雑な阿呆の集まりなので力で不足することはそうないと思うのだが、やはり子供というのはそれだけでハンデが大きいのだろう。
「もう学校に来ないかな」
「そりゃ来ないだろ。犯られておいて、また来たりしたらレイプ願望だぜ?」
「そうだよな」
 少し残念だ。
「どうした? 瑞詩も犯っておきたかったのか?」
 そうやってまじめな顔で訊ねるのはいかにも馬鹿っぽくて嫌いではないけど僕を本能巨大煩悩肥大の晃陽と一緒にされるのではいささか都合が悪い。よほど手が詰められたときでなければ犯罪行為には走らないつもりだ。
 しかし残念と思う気持ちはどこから湧いて出たものだろうか。きちんとした人間であって理性を備えている僕はそれが性欲から生じたのではないことをわかってはいるが、じゃあどこからだ、と訊かれてもとっさには答えることができない。これはどうやって説明したらいい感情であるかさえ僕自身わからない。心の中心にある浮島のような。中心にあるからといって重要だとは限らないしそれは浮島だから移動するし海面下では大きいのかもしれないしそうではないのかもしれない。ぷかぷかと漂うその感情は捉えどころがなく掴みどころがなく僕をイライラさせる。
「今日、新しいゲーム入るんだぜ。ゲーセン寄ってくよな?」
 晃陽は僕の思考を途絶えさせた。イライラを遮断されたわけなのに不快だった。
「行かない」
「どうした? 付き合い悪いな。せっかく誘ってやってるのに。──やべ、早く行かないと隣の学校のやつまで来ちまう。じゃあな」
 晃陽はべつだんあわてた様子もなく横断歩道を走り抜ける。自分で「今日は付き合う」と言っておいてこれだから開いた口がふさがらない。実際にそんな間抜けな面を僕がしたことはないけど。いまさら晃陽を捕まえてくだらない時間を過ごす気は毛頭ないしせっかく訪れた義理から切り離された時間をどうやって過ごすか考えながら朝来た通学路を逆にたどる。
 昨日、ぴちっとしたジャングルレッドのスーツを身につけ伊達眼鏡をかけた教育実習生が僕たちのクラスに登場した。僕は一目で彼女が理解していないことがわかった。伊達眼鏡。眼が悪いわけでもないのにかけるメガネに存在意義はなくただうっとうしいだけだ。かけている本人ではなくそれを見ている僕らにとって。そこには「舐められてはいけない」という意思があってその意思の下にかけられた眼鏡は権威の象徴のつもりだったのだろうけどそんなものは僕らの前では何の役にも立たない。うっとうしいだけだ。だから晃陽は何も理解できていない教育実習生に“教えてあげた”。初日だけでそれだけ学ぶことができれば充分に実のある一日だったのではないだろうか。彼女が小学生だった頃にどんな教師がいたかは知らない。でもその頃の教師を思い出してそれを僕らに押し付けるような真似はしてほしくない。僕らには僕らのやり方があるのだし彼女のやり方ではどこの小学校に行っても通用しない。学校というのは極論すれば生徒は客で教師は店員だから客に不満を感じさせているようでは店員は成り立たない。彼女はきっと教師になる夢は諦めるだろう。眼鏡を外したときにチラッと見た素顔は結構かわいかったからちょっとばかり勿体ないと思ったりもする。
 まだユリの花束があった。
 踏みしだかれて土色に汚れていたがそれはまぎれもなく朝登校するときに見たあの花束だった。その隣には朝にはなかったダンボールがでん、と構えている。それは大手家電メーカーのテレビを入れるための梱包材らしい段ボール箱でその大きさに見合った大きな捨て猫が入っていた。
「いい匂いがします」
 段ボール箱から身を乗り出してユリの花に鼻を近づけている捨て猫は猫ではない。段ボール箱から出ないままで、しかし片側に寄りかかっているためにダンボールの重心が傾いている。今にも横転しそうだ。
 それは捨てられているが猫や犬ではない。頭にヤギのような角を生やしていて背にはコウモリみたいな翼があってお尻にはクロヒョウじみた尻尾が見え隠れしていようと、それは女の子の形をしている。
「私にご用ですか?」



「お母さん。女の子を拾ってきたんだけど飼っていい?」台所で魚をさばくお母さんに訊く。
「もう家には猫も犬もいるでしょう。いつもお母さんが面倒見てるんだから」
「ポチはこの前死んだじゃないか」
「あら、そうだったかしら。新しいのがほしいから壊したんじゃないでしょうね。モノは大事にしないとだめよ」
「違うよ。それに今度はサキュパリアなんだ。ペットがだめなら家のメイドにすればいいからさ。そうすれば家事だって助かるよ」
「餌をあげるのはお母さんなのよ」
「サキュパリアは動力炉内蔵だから餌はいらないよ。手間はかからないからさ」
「でもね」
 こんな交渉を二十分ぐらいしてその果てにようやく首を縦に振らせることができた。──その間お母さんは僕らのほうには一瞥もくれなかった。お母さんは魚をさばくのが苦手でそれを克服しようと一週間前から我が家の食卓には魚料理が並び続けている。さばくのに一生懸命なのだ。
 ゴスロリとボンテージの間のようなファッションをした悪魔の彼女と僕は二階に上がる。散らかっているのは我慢できないたちなので部屋に大きいものは学習机とパイプベッドしかない殺風景な部屋だと自分でも思う。彼女はどう思っているのだろうか。
「ポチさんはお亡くなりになったのですか?」
 自分の処遇についてより家のペットのことについて興味をもつのはどういうことかと考えてみるがよくわからない。彼女らの思考は幾分僕らに似せているといってもやはり別物なのか。
「ポチさんがなくなったのなら花を手向けないと」
 頭のネジが一本抜けているのではないか。ガイノイドだし。
「ポチはきみの仲間だ。死んだと言うより壊れたと言ったほうが正しい」
「ニンゲンでなければ花を手向けてはいけませんか?」
 何を言い出すのだろうか。人間の代わりに人間でないものの死を悼む機械。墓参りするガイノイドなんて情景を想像するだけで空恐ろしい。
 サキュパリアというのはサキュバス(夢魔)とヴァンパイア(吸血鬼)のハーフのことだ。もちろん本物の悪魔じゃない。ガイノイド(女性型アンドロイド)だ。そんな彼女は今日から我が家のメイド(お手伝い)さんでもある。悪魔メイドロボット。
「瑞詩様はどんな花が好みですか?」
「花より団子。もっと実のある話をしたいのだけどいいかな?」
 花などは風流人と呼ばれる暇人が語っていればいい。サキュバスタイプもヴァンパイアタイプも男性の性欲を処理するために作られた(リビドールパターン)ガイノイド。サキュバスタイプはしなを作るお嬢様タイプで、ヴァンパイアタイプはお姉様気質の少しきつめの性格をしている。そのどちらの特徴も備えたサキュパリアはリビドールパターンとしては最新型ガイノイドだった。
「服脱いでポーズとって誘惑してみせてよ」
 最初は立ち尽くしていた彼女も意を決して口を挟まず背くことなく服を脱ぐ。従順な子は好きだ。僕は学習椅子を逆向きに座って彼女を観賞する。だけど、全然エッチじゃない。何の恥じらいもなく衣服を剥ぎ取ってしまうのだ。すぐに全裸になってしまう。ガイノイドといっても見た目はまったくの少女である。間接に継ぎ目があったりなんてしないし身体のどこかに端子があったりはしない。肌は白い。彼女の細い手足は晃陽の半分ほどの力もない僕にも折ることができそうだ。実際は上腕骨も大腿骨も頭蓋骨だって合金なのでそれを折るためにはこちらが骨を折ることになるのだけど。服を脱いだところで彼女は動きを止め考え込むように頭を抱える。どうやら悩んでいるらしい。そうしたかと思うと急に立ち上がって自分の胸を両手で持ち上げ、寄せる。一瞬、何をしているのかさっぱりわからなかった。バストを強調して僕を扇情したつもりだったのだろうがその貧しい胸では哀れさと可笑しさを演出するだけだ。
「お前はリビドールだろ。何なんだよそれ。全然気分になれない」
「申し訳ありません。瑞詩様」
 最新型リビドールだから期待してたのに。これでは僕の同級生より色気がない。──だから捨てられていたのか? 欠陥品だから道端に捨ててあったのだろうか。だとしたら、余計なものを拾ってしまった。
 明日、元の場所に捨てておこう。
 僕は階下にいるだろう家の猫タマを呼ぶ。タマはすぐに階段を上がってきて僕の部屋に入ってくる。と、サキュパリアに対して闘争心剥き出しに牙を剥き出す。
「大丈夫だよタマ。あれはガラクタだ。何も悪さはしないよ。そんなことより。さあ、いつものをやって」
 それを聞いたサキュパリアはうつむいていたようだけど、ホントのことだ。
 タマもガイノイドだ。猫人間(ワーキャットタイプ)の愛玩動物(ペットパターン)。一昔前の機種なのでミルクなど液体状の有機物を摂取しないと体を維持できないが最近のガイノイドより寿命が長くサキュパリア辺りだと保って三年だろうけどタマは家に来てからもう五年経つ。最近のガイノイドは原子炉内蔵だからエネルギーの補填ができないのだ。
 タマは僕の言いつけどおりにしゃなりしゃなり、と部屋を旋回する。ときどきその大きな瞳で僕を惑わすように上目遣いで覗き込む。しゃなりと歩きつつ着ているTシャツをゆっくりゆっくり焦らしながらたくし上げていく。さすがにタマは上出来だ。犬のくせに飲み込みの悪いポチに見切りをつけてタマ一筋に躾けたかいがあった。僕はタマを抱き寄せる。膝の上に乗せて後ろから大きな胸を両手で包み込む。はにかむようにタマは笑う。
「瑞詩ー。ご飯よー」
 お母さんの声だ。さっき僕がタマを呼んだのは知っているんだろうから、もう少し気を使ってほしい。
 今日の夕食はキビナゴの煮付けだった。あとキビナゴの刺身とキビナゴの揚げ物。お母さんの料理のレパートリーが広がるのはいいけど、同じ魚で何品も使いまわされると食欲がなくなることをそろそろ学習してほしい。ただでさえこの一週間は魚料理ばかりなんだから。お父さんは深夜にならないと帰ってこない。外で夕食を済ませてくるので夜な夜な行われる我が家の異常な食卓の事実を知らない。僕のほうでもお父さんの顔を思い出せなくなってきた。
 僕がキビナゴの煮つけをつまんでいるときも彼女はダイニングテーブルの隣に立っていて僕をじっと見ているので煮つけを食べにくいのは身に骨が残っているからだけではなさそうだ。タマは僕の足元でミルクを舐めている。
「あら、かわいい子ね。瑞詩の彼女?」
「違う。さっき言っただろ。ガイノイド。でもあんまりよくないからさ。返してこようかなあ、と思って」
「よさそうな子じゃない。かわいいお手伝いさんは歓迎よ。その子の名前は?」
「訊いてない。名前は?」
 僕は質問をたらい回しにする。
「ジャクツキョー社製・handmade・ウツロドール・ガイノイド・サキュパリアパターン・リビドールタイプ・モデルネーム『ナホミ』flopです」
「へえ、ナホミちゃんって言うんだ」
 お母さんは名前を聞いて嬉しそうにうなずくのだけど僕はflopと言われて身体が固まってしまった。寝るとか変わるとか落ちるとか倒れるとか腰を下ろすとかいろんな意味があるけど機械におけるflopとは『大失敗』。
 キビナゴの刺身を飲み込んで口を開き質問をしようとした僕を絶妙にさえぎって切実そうに彼女はつぶやいた。
「私にできることはありますか?」
「じゃあ、お母さんに魚の調理の仕方を教えてあげてよ」僕は半分冗談で言ったのだけど。
「お母様、キビナゴの骨取りは身を開いたときに中骨を付け根で反らせるようにして外すといいですよ」
 たぶん適切なアドバイスなのだろうそれを聞いたお母さんはすぐさまキッチンに舞い戻りメモ用紙とボールペンを持ってきてサキュパリアを質問攻めにした。そんな食卓風景に嫌気のさした僕は早々に夕食を切り上げてタマを部屋に連れて行く。
「おいでタマ。さっきの続きをしよう」
 僕は上半身裸になってベッドに寝転がり、そこにタマを招き寄せる。タマはしなやかに行儀よく僕の隣にちょこんと座る。タマの眼はきらきらと輝く黒曜石だ。僕はタマを寝そべらせて胸に耳を近づける。どくん、どくん。まるで生きているかのような脈動がする。生きているかのように暖かく、生きているかのように柔らかい。でも生きてない。これは、生きてはいない。冷たくて固いこのパイプベッドと同じ。僕はタマの頭を抱え込むようにして、その三角型のかわいらしい耳を撫でる。ふさふさとした毛の肌触りが心地よい。こげ茶色の耳。これは生きているかのように錯覚させるもの。タマから甘いミルクの匂いがする。擬似生命。僕はタマを抱きしめる。
「愛してるよ」
 タマは気持ちよさそうに喉を鳴らす。吸い込まれるような黒い眼で愛嬌を振りまくガイノイド。
 バタンッ。急に破壊的な音がしたかと思うと開け放たれたドアの向こうにお母さんから解放されたらしいサキュパリアが立っていた。彼女は焦りつつも悲しんでいるように見えた。一体、何でそんな表情をしているのだろう。
 またしてもタマは僕の腕の中で彼女を威嚇し、うなっている。ガイノイド同士で喧嘩なんてするのだろうか。
「瑞詩様。私にご用をお申し付けください」眼に涙をためて言う。
 彼女は一度捨てられたから。自分が必要とされないことを恐れてるんだ。タマは彼女に自分の定位置を奪われるのではないかと危惧してる。僕は普通の人間だから普通の対応をする。タマとの楽しみを邪魔されるのはこれで二回目だから僕は不快をあらわにする。
「ヤらしてよ」
 僕に依存しなきゃ生きていけないんだろう。だから僕の言うことを聞くんだろう。だったら何も言わずにさっさとしてよ。ポチが死んでもタマがいるけどそれだけじゃ飽きるんだ。僕がきみにまで飽きちゃったらまた捨てられよ?
 彼女はタマを真似てしゃなりしゃなりと──でも断然へたくそでぎこちなく──ベッドに近づいてくる。僕は彼女に手を差し伸べる。彼女は僕の手をとってベッドの上に着地する。三人で寝るにはこのパイプベッドは小さすぎるのだけど文句を言ってもどうにもならない。
「ほら、ショーツを脱いでよ。スカートはそのままでいいから」
 無理やりに彼女にお尻を突き出させる。僕はスラックスのファスナーを下ろす。タマは不服そうに「にゃあ」と鳴いた。



 タマは何度鳴いただろう。ベッドが軋んだ回数は無限に近づいていく。彼女は咽びながら咳き込むように吐息を漏らしていた。

 ──タマは何に憤っている。

 ──彼女は何に嘆いている。

 なかなか絶頂を迎えない。身体がゴムであるかのように重い弾力をもっている。触覚がない。狂ったように前後運動を繰り返す。壊れたようには爽快になれない。必死に生き延びるかのように間断なく続き同情心で慰めるかのように容赦なく終わらない。お世辞を言うようにお互い様でお節介を焼くかのように貸し付ける。背中合わせである夢見心地の摩擦は気味悪いほどに空理している。叢林では寒月にも似た象牙の蛆が湧き死相にそねんだ遠巻きの鈍痛に艱苦させられる。逮夜に編みきった遅まきの堰が対症療法に窮するのなら同位元素を場慣れしようとせむしにかかった蛇蝎のごとく私怨を寸描しつつ別懇していても私情がシフトし廃業してしまう。彗星の尾をさておいて部分食を天寿に感じ適宜に口頭試問とするが粘性のもつれはオーバーヒートするそうだ。毒するバズセッションに復刻の誠心が破調しそこから蹌踉するどころか形のない名目が旗色の悲境を見て憫笑しだす。桜湯に浸かる石蕗のみおつくしには採決する間もなく再三手に手を取って本降りからはじき出す。
 衰乱に秀でた枢密の褐夫は吹聴するフィクサーとなって古びた館舎に漁歌を慮る。魂胆が逃げ惑うのか木偶の薄荷に亀裂を入れて膝送りに目礼するのは混食の末のこと。端人が競う強意していることに再診の斂葬は被るけれど寺格にちなんで諌められる。発色の悪いパッケージに核武装する後天的な孤児たちがいつものように曇天の下で卑猥な目端を作付ける。先だって称徳された寝刃を焼き場で洋もくと共に乙を提起するほどに愛唱しては給う。健啖な鴬張りは拒絶反応を起こして事態の屠殺を図る。貧乏くじを引くばかりだった処暑のとき床の金繰りは放歌高吟し芳紀の宵闇を待つ。
 超脱した巣篭もる注意人物は尿瓶に入れるなり等号の魔性によって瀕死となる。しわがれ声の電文に恬としてスノビズムを酌み交わしている。残務の非常線はフロックで把捉するので綻んでいく。難事が産卵し専断にたむろする。一抹の大敵を引き回す。背徳を創見する。



「瑞詩様。私の内蔵炉は長時間の横置きに向いていません」

 ──終わらない。

「瑞詩様。このままでは炉心溶蝕します」

 ──終わらない。

「放射能漏れをしてしまうかもしれません」

 ──終わらない。

「瑞詩様?」

 ──終わらない。

「瑞詩様のお身体が危険です。お止めくださいっ」

 彼女は僕を引き剥がそうと胸板を叩いた。

「お止っ──めっ──……」

 彼女はさっきより強く何度も僕の胸板を叩く。だから僕ももっと強く彼女の腰を固定する。

「止めてください……」

 泣いて懇願する。そうだ、晃陽も言っていた。“抵抗されたほうがそそる”。

「私はもう、人を殺したくは」

 終わらないんだ。



『内部機構の異常のため人格プログラムを強制終了しました』

『このガイノイドはメルトダウンを起こしています。すみやかにガイノイドから離れてください』

『ジャクツキョー社に緊急信号を送ります。回収されるまでこのガイノイドに近づかないでください』







































                                        “過ちの過ちの誤り” closed.
2005/06/09(Thu)00:46:04 公開 / clown-crown
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■作者からのメッセージ
作者からのメッセージは「読んだんだったら感想ほしい」です。
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