- 『スティックシュガー』 作者:花檻 / 恋愛小説
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男女の友情は成り立つか?
私、東野由加里は「成り立つ」と、一応答えておこう。
親友に呼び出されたのはもう夜中。
こういう場合の待ち合わせ場所として、家から徒歩約十五分、二十四時間営業のファミレスは存在する。
そのファミレスは道路に面してガラス張りで、店の中を見渡せる造りになっている。そのガラスの壁にカウンターが設置されていて、そこが私たちのいつもの指定席になっている。
今日も例に漏れずそこに彼の姿を見つけた。黒のボトムに青と黄色のTシャツを重ね着している。いつもは大体携帯をいじっているのだが、今日はぼーっと備え付けのスティックシュガーを指でくるくると回していた。
考え事をしているときの彼の癖だ。ガラス越しに目の前を通ったが気がつかなかったようだ。
「新。どした?」
声をかけてようやく彼がこっちを向いた。
「わり。ちょっとな」
口の端をちょっと持ち上げただけでそのあとの言葉はない。いつもなら軽口が返ってくるのだが、それもない。
彼、柳新は小学生からの親友だ。高校は違うところへ行ったのだが、俗に言う悪友というものはなかなか切れない縁であるようで、今でも連絡を取っている。特に相談があるときは真っ先に連絡を取り付ける人物だ。
いつもと違い黙ったまま、いつものように彼の左側に座り、注文を取りにきたウェイトレスにコーヒーを頼む。
いつもならすでに話を始めているところだが、今日はコーヒーがくる間も、きてからも、お互い口を利かなかった。
他でもない、彼の纏う重く淀んだ空気が話をする雰囲気ではないのだ。
この重苦しい空気と、こんな夜中に呼び出しがあったことに、何かあったことは間違いない。ちらりと彼の横顔を見るが特に変化はなかった。
視界の隅で回るスティックシュガーが気になり、その手元に視線を落とすと、ふとその左腕に変化を見つけた。
そこにはくっきりと、白く腕時計の形をした日焼けの跡がある。
そのことで長年の親友に何があったのかを察することができた。
お互い道路に向かって座っている状態だが、夜の窓ガラスは鏡になる。その鏡越しに親友を見るとばっちり視線がぶつかった。
これは私から聞くべきなのだとその目を見てそう思った。鏡越しとはいえ直視したまま聞くのは避け、視線をコーヒーカップに落とした。
「別れたの」
できるだけ感情を乗せないように努力した。
慰めも、同情も、疑問も、今の彼にはいらないものだろうと思ったからだ。
「うん。振られた…」
「そっか」
返ってきた答えにそれ以上何も言えなかった。
あの腕時計は彼女から誕生日プレゼントにもらった物だと、これ以上はないくらいのキラキラした笑顔で話してくれた。二年前の話である。
この二年、彼の腕には定位置と言わんばかりにその腕時計があった。アクセサリーが嫌いで腕時計すら面倒だと言っていた彼がそれを覆し、唯一外すのはきっとお風呂に入るときくらいだっただろう。
そう確信できるくらい彼は彼女が好きだった。いや、好きなのだ。まだ。
振られた、ということは彼女の気持ちの変化であって、彼の変化ではない。
ではあの腕時計は捨てたのだろうか? いや、それはない。多分、腕時計はまだ家にある。きっと帰ったらそれに触れ、彼女を思うだろう。
何を話すでもなくただ時間だけが過ぎていく中、彼は相変わらずぼーっとしながらスティックシュガーをくるくる回している。
その姿になぜか腹が立ち、気分がいらだつ。
彼の手元でくるくる回るスティックシュガーのせいかも知れない。
冷めかけたコーヒーに口をつけるとガラスに映る自分がいた。自分で言うのもなんだがひどい格好だ。ジャージのズボンに、なぜか「NO smoking」と書いてある色あせた緑色のTシャツ。お風呂上りだったため顔はスッピンだし、髪も整えていないため、キャスケットで隠しただけだ。
気兼ねない“親友”だからこその姿だ。そのことにため息がでそうになる。
本当は電話から聞こえてきた彼の声で、何があったのか、何となく想像は付いていた。その声音に胸がざわつき、家を出る前に着替えようか迷った。
しかし、彼が電話した私は“親友”なのだ。それ以上でもそれ以下でもなく…。
「…一度できた関係を自分から壊すのって勇気いるよね」
何となく出た言葉は私自身に向けた言葉だった。
私と彼の間には分厚く、透き通った“親友”という壁がある。それは超えるにはあまりにも高いが、突き破るにはあまりにも脆かった。でも、私にそれを突き破るほどの度胸も勇気もないのだ。
思わず自嘲がもれ、彼にバレないように頬杖をついて口元を隠した。
「なんか実感こもってるな」
沈黙を破った私の言葉に、彼はスティックシュガーを元の場所へと戻した。
「ま〜ね。私はそれほど強くないってことかな。ずるずる引きずって後悔するくらいなら、たった一言くらい言ってしまえばいいのにね。新の彼女みたいにさ」
残っていたコーヒーを飲み干す。それはすでに冷め切っていた。
「新はもちろん。彼女もつらかったと思うよ? ほら、傷つかない恋はないっていうじゃん。恋は傷つくことを前提にするもんなんだってよ」
「へーへー。さいですか。よし、じゃ、まず髪を切らないとな」
前髪をつまんで、ようやく返ってきたいつもの軽口にほっとしつつ、どこか痛い胸に気づかないふりをした。
私には今の関係を壊してまで傷つく勇気はない。
傷つく勇気がない以上、恋をする資格はないと思う。
男女の友情は成り立つか?
私、東野由加里は「成り立つ」と、一応答えておこう。
終わり
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2005/06/05(Sun)21:23:03 公開 / 花檻
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■作者からのメッセージ
最近忙しすぎて何も書いてなかった花檻です。
一日で書いたものなのであまりまとまりがない気が。
初めて恋愛モドキを書いたので、恋愛書いている方に読んでいただきたいです。そしてお手数でなければ感想を…。いや、今回は感想怖いな(ドキドキ