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『悲しくない話』 作者:氷肆 / 未分類
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悲しくない話





 僕は久し振りに建物の外に出て、空を見上げた。

 こんな場所の空でもやっぱり青く、それから毛を刈る直前の羊みたいな雲が幾つも浮かんでいた。

 この青色を他の色、つまり硝子とか海とかで表現しようとしたけどできなかった。
 
 空色だ。

 この色は空色なのだ。

 僕の耳の横を気持ちの良い風が通り過ぎて行く。

 暑くも無く、寒くも無い。

 良い天気だ。

 太陽の柔らかい陽射しが背中にあたって心地好い。

 足元の草はらに寝転がったら、僕はあっという間に眠ってしまうだろう。

 例え、不眠症気味の僕でも。

 草からは甘いような、苦い様な不思議な良い匂いがした。

「そろそろ良いですか?」

 僕の後ろに立って待っていた白衣の女性が申し訳無さそうにそう言った。

 看護婦・・・いや、看護師さんだ。

 もう一回、僕は空を目に焼き付ける様に見つめて言った。

「うん、もう良いよ。早く巻いて」

 残像の消える前に。

 彼女は黙って僕の目に繃帯を巻いた。

 視界が白く染まって行き、最後には一筋の光も見えなくなった。

「戻りますよ」

そう言って僕の右手を彼女は引く。

暫くして空気が急に冷えたので、僕は建物の中に戻って来た事が分かった。

背後で小さな電子音がして、重そうな扉が下りていく。

「看護師さん」

僕が呼ぶと、手を引いていた彼女は立ち止まった。

「・・・・・・何ですか?」

「外に出してくれてありがとう」





きっと彼女は微笑んでいる。








2005/06/05(Sun)20:56:50 公開 / 氷肆
http://yea.jp/hidura/
■この作品の著作権は氷肆さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
出来るだけシンプルに書きました。
色んなことを想像しながら読んで貰えたら幸いです。
読むってそういう行為でいて欲しいから。
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