- 『限りなく悲しみに似た微笑』 作者:小梅 花矢 / 未分類
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ただただ、貴方と一緒にいられるだけで幸せだった。
誰に何を言われようと私は幸せだった。
一緒にいられるだけでよかったのに。
高望みなんか、してなかったのに。
「好きです。ずっと。貴方が、好きです」
ちひろは精一杯の勇気を出して、高柳聖司に告白をしていた。
「ごめん。俺は、君の事を好きじゃないんだ。もちろん、嫌いじゃないけど」
そういうと、聖司はスタスタと歩き出した。
だめだ。このままじゃ彼が行っちゃう。
ちひろは泣きたい気持ちを抑えて、聖司に向かって叫んだ。
「好きになってくれなくってもいいから。一緒にいちゃ駄目ですか?」
聖司は足を止めない。ちひろは背の高い聖司の背中を見つめながら聖司に追いつこうと走った。聖司は足も長く、歩みも速い。ちひろの小走りと大体同じくらいの速さだった。ちひろは聖司に追いつかないように、彼の少し後ろで歩いた。
「駄目ですか?」
もう一度、問う。ちひろの位置から一瞬。聖司の横顔が見えた。その横顔はなんとも悲しく、憂いを帯びた表情でちひろは少し顔が赤くなった。
「ちひろチャン。好きになってくれたのは嬉しいけどね、俺あと2、3年で死んじゃうから。ね? わかるだろ。俺のことなんか好きでいても悲しいだけだから、ね?」
聖司が歩みを止めてちひろを見つめた。
「悲しくなるよ?辛くなるよ?それでもいいなら。俺はちひろチャンを残り少ない生涯をかけて愛したっていい。死ぬとわかってるのに付き合ってくれるのは相当ほれてくれてるんだなぁと俺は解釈するから」
目が、本気だ。
「何で死んじゃうの?」
必死に尋ねた。
「俺はね、生まれたときから体の器官が弱くってね。少し運動しただけで倒れたり、重いもの持ったり出来なかったり、風邪引いたらなかなか治らなかったりするの。だから、俺よく体育休んでたじゃん?アレ、このせい」
さらりと言う聖司にちひろは唖然とした。死ぬことを受け入れた人間とはこんなにもサラリとしたものなのか。不思議なほどにサラリとしてて、目を背けたくなるほどに悲しい目をしていて、傷つけるような癒すような言葉を発する人間が、聖司だった。
「どうする?返事は今じゃないならNOとみなすよ」
返事の催促がますますちひろを焦らせた。ちひろは焦る心の中でやがてひとつの答えを出した。それは「死に向き合う」ということ。
「付き合ってください。死ぬ前貴方の彼女で居たいです。死から逃げたくないんです。死と向き合いたい。高柳君の人生に真っ向から向かっていきたいです」
ちひろは真っ直ぐに聖司を見つめたいた。
***
「ねぇ、あの頃から大体三年もたつんだね」
ちひろが俺に優しく微笑んだ。
俺たちは大学三年生になった。
「高柳君、どこかいかない?すごく天気がいいんだから、ね?」
ちひろは窓から身を乗り出して、生き生きとしながらそう言う。太陽の光が彼女の白い肌を照らした。今にも窓の外の世界に吸い込まれそうだ。
「なぁ、お前も高柳なんだよ?高柳君は卒業しなさい。ホラ、呼んでみ?聖司って」
俺たちは先日籍を入れていた。結婚式はあげず、二人だけでひっそりと小さなパーティをした。籍を入れる時に、僕はちひろに尋ねた。僕はもうすぐ死んでしまうんだよ?と。すると彼女は僕の尋ねにこう答えた。「別にいいよ。私はもう未亡人になる決心はしているから。死んでしまうとか。生きられるとか。そういうの関係なく私は貴方を好きになって、そんな私を貴方は好きになってくれた。それだけで十分」と。
ちひろは、強くなった。
おそらく、僕が死んでしまっても必ずそれを乗り越えられるだろう。
「…聖司」
「ん?何ですか?新米奥さん」
軽い僕の冗談にちひろは真っ赤になった。そんなちひろがすごくほほえましかった。けれども、着実に近づく僕の死は何があっても避けられないだろう。
僕の死亡予定日まで一ヶ月をきっていた。
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2005/06/04(Sat)20:54:40 公開 / 小梅 花矢
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