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『アクティカ  ―悲恋・奸計・望郷―』 作者:PAL-BLAC[k] / 恋愛小説
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アクティカ  ―悲恋・奸計・望郷―

PAL-BLAC[k]作



 まだ地上に神々が降り立っていた頃は、南極も暖かくて穏やかな土地だったんだよ。
今では、氷を含んだ吹雪が吹き荒れ、その中をペンギンがちょこまかと歩いている極寒の土地になっちまったがね。
まるで、神に見捨てられた土地のようだ。
 なんでそうなったか知りたいかい?
白衣を着て始終しかめっ面をしている、お偉い学者先生には笑われそうだけど、面白い話をしてあげよう―。


 南極って土地は、神々にとっても絶好の遊び場だったんだよ。デメテールが、冥府にさらわれた娘を嘆く冬は、オリュンポスのあたりも寒々とする。すると、年中温暖で、なだらかな土地が続く南極は、避寒地にはもってこいってわけさ。
 寒さを避けてやってくる途中、大旦那(ゼウス)は、通り過ぎる人村の娘にちょっかいを出そうとしては、奥方(ヘラ)がそれへ雷を投げ込む。アポロはムーサ達と一足先に飛んでって、一等きれいな花園に陣取って歌いだす。神々が出かけてしまうと、歩くのが億劫なヘーパイストスと、始終悲しんでいるデメテールがオリュンポスの留守番をおおせつかるわけだ。留守にしている間、デュオニュソス秘蔵の酒は、きれいさっぱり無くなっちまうんだがね。
 ところで、当時は「南極」なんて呼ばれていなかった。ゼウスの遠縁に当たるアクティカが守護し、管理する土地だったんで、「アクティカの園」なんて呼ばれていたらしい。
 アクティカって奴は、黒と白の模様がある毛をした半人半鳥で、いっぷう変わっていた。普段は、大空を気ままに飛んでいるが、気が向くと海に飛び込み、これまた見事に泳ぎ回る。時々、ポセイドンの宮殿に伺候しては、ご老人に挨拶していたもんさ。

 ある日、アクティカがポセイドンの宮殿を回廊を歩いて…いや、泳いで渡っていると、貴婦人の一団が反対側からやって来た。侍従に先触れさせているところを見ると、かなり高貴なお方に違いない。アクティカが回廊の隅に畏まり、通過を見送った。海の民からすると、アクティカは異様な種の空の民だけれど、宮殿の主に気に入られ、海の民としての扱いを受けているので、誰も邪険にはしない。だから、行列の中心にいた貴婦人がアクティカに会釈したところで、なんの不思議も無かったのさ。
アクティカは、貴婦人の美しさに打たれちまったんだ。
 行列が去ると、同じく回廊の端に畏まっていた侍女をつかまえ、質問したんだ。
 「今お通りになられた方は、いづこの方だい?」
 「いづこって…ポセイドン様のご息女、ファルナス様ですわ」
そんなことも知らないのか、と言わんばかりに眉を上げた顔で答えられても、アクティカは気にならなかった。ファルナスの虜になっちまったからね、他の些末な事など、どうでもよくなっちまったんだ。
 初めは、ファルナスの美しさにぼーっとしていたアクティカだが、だんだんと、自分の立場を思い出して落ち込んだんだ。考えてもごらんよ。
相手は海の王者の娘。かたや自分は空の民。
 どう考えたって、アクティカには望みが無いじゃないか。鳥と魚が結婚できないようなもんさ。
理屈はわかってもファルナスの美しさを忘れられないアクティカは、それからというもの、毎日、宮殿に入り浸り、日に数回、回廊を渡るファルナスを遠目に見ては、ため息をついていたんだ。
 回廊の見える中庭のベンチに掛け、物憂げにするアクティカに、侍従のお仕着せを着たウミヘビが近寄ってきたのはその時だったんだ。
「アクティカ殿、姫様はご不例で、今日はお渡りになりませんぞ」
「なんだ、お前は」
卑屈に、さも事情を知っていますと言わんばかりに馴れ馴れしく寄ってくるウミヘビを、アクティカはうろんそうに見た。このウミヘビときたら、喰えない奴でね。見た目が醜いと蔑まれてきたせいか、すっかり心が捻じ曲がっちまって。今じゃ、人の不幸を見るのが何よりの楽しみだってもっぱらの評判さ。
お隠しになってもわかります。わが姫君をお慕い申し上げておられるのでしょう?」
「貴様には関係ない」
これで話は終わりだというように、アクティカは立ち上がり、振り返りもせずに立ち去ろうとしたんだが―
「あたくしめに、策がございます」
ぴたり、と足を止めたアクティカの背に、さらにウミヘビは言葉を続けたんだ。
「要は、貴方様が姫様に気に入られれば良いのです」
「ポセイドンを忘れているぞ。海神の父君が許すわけが無かろう」
背を向けたまま、会話は続いた。
「わけはありませぬ。お殿様(ポセイドン)は、美しいものが殊のほかお好き。至宝の贈り物をなさいませ」
どうやら具体的な話になりそうだと感じたアクティカは、やっと振り向いた。
「…何か、宛てがあるようだな」
「もちろんです」
「詳しく聞かせてもらおうか」
「喜んで」
宮殿の一室に入り、二人は密談を交わしたんだ。

「お殿様は、海の長であられるため、海に眠るあらゆる至宝がお手元にございます。しかし、まだお持ちで無い宝もあり、切望されておられます」
「例えば、何だ?」
「『海で燃える氷の炎』や、『空飛ぶ魚』はお持ちでありません」
「なんだ、それは伝説の中のものじゃないか」
「どういたしまして、伝説と言われるものの中には、実在するものもあるのですよ」
「なんだと?」
「『海草に生る真珠』の伝説はご存知で?」

  『海草に生る真珠』―。
古の昔、ゼウスとその兄達が覇権を争ったティタンの神々が好んで着けたと言われる飾りの事だ。今じゃ、神話の中でもめったに聞かない話だからな。初聞きでも不思議は無いさ。
本来、真珠ってのは貝の中にできるものだ。だが、この真珠は違う。ある海草に生る実なんだが、そのキメの細かさと不思議な紋様は真珠の美しさに勝るといわれているんだ。言い伝えじゃ、ティタンの神々を、ゼウスがタルタロスの大穴に封印する時に取り上げて、不思議な能力がある真珠を何かに使ったらしい。

 「もちろん、その伝説も知っている。海草に生る真珠が実在するとでもぬかすのか?」
「そのとおりでございます」
 意気込んでウミヘビは頷くんだが、まだアクティカは半信半疑のようだ。
「あたくしめは、その在り処を知ってます。この首にかけたっていい」
「貴様の首なんぞ、どこにあるのかわからんだろうが。…一つ聴きたい」
「なんでしょう?」
「知っているのなら、何故、自分で取りに行かない?そして、何故、俺に教える?」
ニヤリとウミヘビは笑うと、舌をシャーっと出して見せた。
「簡単です。あたくしの力じゃ取り外せないのですよ。だから、貴方様に取って頂きたい。もちろん、大半は貴方様がお持ちになって、お殿様と姫様に捧げなさるが宜しい。私は、その真珠を3粒も貰えば満足です」
「ふうむ…」

 言われてみると、アクティカには納得のいく話だった。ウミヘビの奴は、めっぽう頭が良くてずる賢い奴だが、いかんせん非力だったんだ。
「いかがでしょう、アクティカ様?悪い話じゃないでしょう」
「そうだな。お前を信じよう」
「ありがとうございます。流石は神々の園を守護するだけあって、決断がおよろしく…」
ウミヘビは恭しくお追従をすると、アクティカが手を振って止めさせた。
「くだらん世辞はよせ。それより、真珠はどこにあるのだ?」
「慌ててはいけません。次の新月の夜に参りましょう。その夜は、もっとも真珠の力が弱まるのです。
簡単に取ることができるでしょう」
「取る?」
「そのとおり。まぁ、詳しくはこの次の新月の夜に、アクティカでお話しましょう。真夜中の一刻前に、アクティカの入り江の底に興し下さい」
「…わかった」


 それから数日後―。星の光しか無い、新月の夜に、アクティカは海の中に入っていったんだ。
まもなく真夜中の一刻前になろうというのに、ウミヘビは一向に現れない。さてはきゃつめ、騙しおったか、とやきもきしていると、ウミヘビが現れた。
「遅いぞ」
「もうしわけございませぬ。…ささ、早速参りましょう」
そう言うと、ウミヘビは海の底を顎で示した。
「どこに行くというのだ?」
「入り江の底の、そのまた底ですよ。園と海の底の隙間に行くのです」
 自分が守護する園と、海の底に隙間があると聴いて、アクティカは驚いたね。
自分の守護する土地は、他の大陸と同様に、海の底から生えていると信じていたんだから。
「底へ向かう途中、強い潮の流れがあるのです。あたくし一人じゃ越えられません。アクティカ様の背にお乗せ下さいまし」
「わかった。では、時が移る。早く行こうか」

背中をウミヘビに示し、乗っかったのを確認し、落ちないように翼の位置を調整すると、アクティカは、矢のように沈んでいった。
途中、強い潮の流れがあって、2人の行く手を阻んだんだが、魚と違い、アクティカには翼がある。こいつでもって、強い流れを突っ切って、底の底を目指していったんだ。

「…着きましたな」
ようやく底の底にたどり着くと、そこはほのかに明るかったそうだ。
サイクロプスが何人も通過できそうな程に広い隙間が海底とアクティカの園との間にあったんだ。信じられるかい?巨大な、途方も無く巨大な島が、氷のように水に浮いていて、自分は、その表面に住んでいたんだぜ!
アクティカの園と海の底との間に、一筋の光が架かっていて、その明かりで、墨のように暗いはずの海底が明るいんだとか。
「あの一条の光が見えますか?」
「…あぁ…」
細い細い、しかしまばゆい光の連なりが見えた。
「あの光の傍へお行きなさい」
心なしか、ウミヘビの声がうわずっていたそうだ。無理も無い。知識で知っていても、見るのはこれが初めてなんだからな。

「…これは…!」
「お判りになるでしょう。その鎖は、海草の真珠を連ねているのです」
「どうすれば、真珠を取れるんだ?」
「海底に降り、底から生えている部分をお切りなさい。それを手繰っていけば、取りこぼす事無くわが手にできるでしょう」
「…あぁ…」

 あまりにも幻想的な光景に、半ば呑まれながらもアクティカは海底に降りていった。
この鎖には、切れないようにと呪術の力が働いているんだとか。その効力が最も弱まるのが、新月の晩、月が完全に消える「真夜」の瞬間だ。
 それでも、普通の半人半獣では鎖を断てないだろう。その点、アクティカはゼウスに連なる神の遠縁だから、その辺の奴らとは能力が違う。

 「はっ!」
細い鎖を、一気に引っ張ると、海底からあっさりぬけた。
その途端―海底に大地震が起きた。

 アクティカの園と呼ばれる土地は、大神ゼウスと、それに連なる神々が作り上げた浮島だったんだ。流れていかないように、ティタンの不思議な力の真珠の鎖で止めていたのに、それを外してしまった。
どうなるか、想像がつくだろう?
 それまで穏やかだった海が荒れ、海底の泥が舞い上がって光を遮り、振動で真珠は外れて流されてしまった。
そして、アクティカの園も―潮に流されてしまった。


 真珠の鎖を外すなんて言い出したウミヘビは、この騒ぎでどこかへ流されてしまい、行方知れずになってしまった。まぁ、三枚目らしい最後だな。
 アクティカも、この地震で気を失い流されたんだが、たまたま通りがかったポセイドンの臣下によって助けられた。


 問題は、アクティカの園だ。
今まで温暖な地域に留められていたのが、潮に流されて、ぐんぐんと移動していったんだ。暖かだったのが、ヘリオスの陽射しが真上に当たるようになり、全ての植物と獣が高熱で滅ぼされてしまった。それから、どんどん世界の端に流されていき、氷に覆われていったんだ。南の端に着いて、やっと漂流は止まったんだが、すでに、アクティカの園は何者も住まぬ不毛の極寒地に変わってしまっていた―。

 アクティカは、オリュンポスのお歴々の前に引き出され、大罪の罰を言い渡された。
今まで空を飛んでいたが、翼と手を一体にし、飛べないようにしてしまった。
海を荒らされたポセイドンは怒り、アクティカを海から追放してしまった。つまり、水の中で息をできなくしてしまったんだ。
 不思議な神の能力も封じられ、単なる獣にされてしまったアクティカは、かつて自分が守護していた土地に流された。
 
 流石に、神々からは同情の声があがったんだとか。心優しいデメテールがヘラにとりなし、アクティカに同種の妻を宛がってやった。
 驚いたことに、この妻というのは、ポセイドンの末娘のファルナスが変化したものだったんだ。この天をも海をも揺るがした事件が、自分への恋慕によるものだと知って、健気なファルナスは塞ぎこんだ。
自分がのこのこと回廊を歩いたから―まるで、自分が罪を犯したかのように嘆いたね。
 それも仕方の無いことだったかもしれないな。人の口は性の悪いもの。無責任で何も知らないうわさが広まり、ファルナスすら悪者扱いされてしまったんだから。
ついには、人の目も口も無い土地へ行きたくなり、南極へ行くことをゼウスに願い出た。アクティカを哀れに思っていた一部の神は、ついでにファルナスの姿も変えてしまったんだ。
恋をして不幸になり、恋をされて不幸になり―。
一番哀れなのは、アクティカでなく、ファルナスなんだろう。
このつがいが、時を経て増え、アクティカの哀れな一族となった…と、言う訳さ。


 ―どうだい、不思議な話だろ?
 飛び散った「海草の真珠」は、その後も、海のあちこちで物語の元になっていくんだが、今日はここまでにしておこうか。

ん?「アクティカ達はどうなったか」だって?
ペンギンって鳥を知ってるだろう?
鳥の癖に飛べやしない。海を泳ぐくせに、海の中では生活できない。
じっと、はるか彼方の、暖かい大陸がある方を見つめて立っている。アクティカの罪が許され、暖かい土地へ戻れる日を待って…な。

<了> 
2005/06/03(Fri)10:41:02 公開 / PAL-BLAC[k]
http://www.smat.ne.jp/~pal
■この作品の著作権はPAL-BLAC[k]さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 書いた当人も、ジャンルがよくわかりませんが…神話の語り位にお考え下さい(汗)。

ま、悲劇なのは間違いないと思われます。
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