- 『消えゆく世界-変異-』 作者:ユイ / ファンタジー
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西暦一五八〇年。聖地とされているセントランス地方では極稀に、人間には決して現れない“赤い瞳”をした子どもが生まれている。 赤い瞳をした人間は“炎の子”と呼ばれ、祈りを捧げる者もいれば、血のような赤い瞳を忌み嫌う者もいた。 赤い瞳を持って生まれた子どもは、体内に宿っているとされる“炎の精霊(アース)”にいつかは耐えられなくなり、二十歳か・・・もっと早ければ、十代半ばで死ぬと言い伝えられていた。
しかし、それは意図的なものであった。体内に宿っている“力の核”は、数年は静かに眠っているものの、十代前半になると一気に力が膨張し、“炎の子”の身体を焼いていった。そして被害は拡大していき、周りの人間までもが焼かれていったのだった。そして、これ以上の被害の拡大を恐れた人々は・・・
“炎の子”を“湖”に沈めてきたという・・・
しかし、二百年の月日が経った今、セントランス地方での焼死体が見つからなくなった。“炎の子”が生まれなくなったワケでもなく、人々が湖に沈めてきたからでもない。“炎の子”に宿る“炎の精霊”の力を制御する人間が生まれたのだ。その人間も特徴的で、髪は神々しいまでの青銀色で、瞳は金色をしていた。その人間は、体内にやはり“水の精霊”を宿していた。水は炎と相反するため、“炎の精霊”の力を昇華し制御できるとされていた。
ここに、こんな一例がある。
セントランス地方のある小さな村に“炎の子”が生まれた。両親は不吉に思いその子供をを湖に沈めようと思ったが、同じ村で青銀髪で金色の瞳をした子供が生まれたという報せを聞き、おおいに喜んだ。しかし、喜びはそう長くは続かなかった。過去の記録では、力が暴発するのは十代前半と記されているのだが、その子供は八歳でその力を覚醒させたのだ。そのため、“炎の精霊”より覚醒するのが遅いとされている“水の精霊”の覚醒が追いつかず、被害が更に広がっていった。そして、不幸が不幸を呼び、その“炎の精霊”の力は恐ろしいほどに強く、次々に全てを焼き払っていった。そして、村が全焼するという痛ましい結末となってしまったのだ。
しかし、被害はそれで収まった。“炎の精霊”の早い覚醒に呼応し、“水の精霊”が覚醒した。“炎の精霊”を包んでいた炎はたちまち小さくなり、そして消えていった。
この後二人は、自ら命を絶ったという説もあれば、そのまま二人で村を出たという説も存在していた・・・。
酒気が漂う店の片隅で、一人の男が座っていた。背格好からして、歳は十代後半から二十代前半にかけて。髪は染めているのか見事な赤色で、肌が白いせいか髪と同じ色の赤い瞳がやけに目立っていた。
「・・・次は、こいつか・・・」
赤髪の男は、一枚の写真を手にし、一人呟いた。
「・・・なるほど。確かに、他人から反感買ってそうなツラしてやがる」
そう言いながら、手に持っていた写真を火に当てた。
「・・・歳は三十五。職業は、表向きは老舗旅館の総元締めだが、裏の顔は花街のトップ・・・」
ボッという音をたて、写真に火がついた。
「大方、自分の娘が売られそうだから、トップを消して、その街そのものを消滅させる魂胆だろうな」
馬鹿馬鹿しい・・・と、勢い良く燃え盛る炎を見つめながら呟いた。写真の火が、その赤い瞳の一部のように映っていた。
「しっかし、こんな簡単な仕事でこんな大金が貰えるなんてな。“assassin”もなめられたもんだ」
“assassin”とは、 ある人間が死ぬほど憎んでいる相手をその人物に代わって暗殺することを仕事としている人間達の名称である。この名前が世界に広まったのは、二年前。サンリアという地方に“暗殺者”と名乗る人間が現れたのがきっかけだった。何の前触れもなく現れた“暗殺者”。その人間が現れた街や村には、必ずと言っていいほど一人の死者が出るという。最初は、地方でしか知られていなかったその名前は、この二年間で広範囲に亘って広がっていった。そして遂に、お偉い様方の検討の下、その巧妙な手口から逮捕が困難だと判断され、“assassin”に賞金が懸けられたのだ。そしてそれを機に、免許制の『賞金稼ぎ』という仕事が設けられたのだった。
「おい、ダン」
誰かに名前呼ばれ、顔を上げたら、そこには一人の青年が立っていた。
「あ・・・、何だ?シュール」
この青年の名前は、シュール。青銀色の髪が印象的な青年だ。この地方では、赤や青銀などの髪の色は珍しく、特に青銀の髪をしている人間は、魔除けとして裏の商業では高い値で売買されているという。
「!・・・おっ。今日も出回ってるな」
そう言い、assassinと自ら名乗る、ダンと呼ばれた赤髪の男は隣のテーブルに置いてある新聞を手に取り、そこに書いてある記事を読み出した。
「『史上最悪の犯罪者による連続殺人!先日、assassinの手口とされる、男性の遺体が発見された。発見されたのは、宝石会社社長・シェリク・ボマー(45)。「気さくで人当たりのいい性格をしていたし、殺される理由がわからない」と、知人は語っている。警察には、これ以上被害を増やさないためにも』・・・」
そこまで読み、ダンは新聞を閉じテーブルの上に放り投げ、呟いた。
「『早期の、史上最悪の犯罪者逮捕を望みたい』」
ちっ、と舌打ちをし、テーブルに置かれた新聞を睨み付けた。
「どうやって、assassinがやったものとそうでないものを判断するんだろう?」
シュールと呼ばれた青銀髪の男が問いかけた。
「知るかよ。大方人を殺す奴らは最初から、俺に罪を擦り付けるつもりでやってんだろうな」
ダンは、皮肉を込めた口調で言った。
「・・・それで、いいのか?」
「あ?」
シュールはダンの瞳を真っ直ぐ見て、同じ事を聞いた。
「ダンは、それでいいのか?」
「・・・・・っ」
ダンは、この男のこの瞳に弱い。この金色の瞳は、自分の何もかもを見透かしているようだからだ。
「・・・ダンは、気にしないのだろうけど・・・」
シュールは新聞を取りながら、
「俺は、許せない」
「!!」
瞬間、背筋が凍った。
「・・・今日は、遅くなると思うから」
そう言い、シュールは新聞を手に席を立った。
「!!おい・・っ、シュールっ!!」
ダンの呼びかけにも応えず、シュールは店を出て行った。
「・・・遅いっ」
街の外れにある小さな宿屋の前で、ダンが苛立ちながら呟いた。
「どこまで行ってんだ、あのバカ・・・っ」
ダンは、酒場で別れたきり一向に戻ってこないシュールを待ちながら、宿の前を行ったり来たりしていた。
「あんなナリしてんだから、いつ捕まるかわかんねぇっつーのに・・・っ」
二人は、何度もシュールの青銀の髪を隠すために試行錯誤をしてきたのだが、染め粉を使っても、シュールの青銀の髪だけは染めても次の日にはもう元通りになっているのだ。
(・・・体内(なか)のヤツが許さねぇのかもな)
過去に一度だけ、二人の体内に宿っている『精霊』が姿を現したことがある。ダンに宿っている『炎の精霊』は、自らを“トーラ”と名乗り、また、シュールに宿っている『水の精霊』は“リュー”と名乗った。二人(?)が言うには・・・
《お前達のほかにも、数組いる》
【!他にもいるのか?!】
【村の奴らには、俺達しかいないと云われてたけど・・・】
《狭い世界しか見てねぇから知らねぇんだ。他の地域でも、お前らみたいなのは生まれている。・・・『元素』はこの世に何人も要らねぇ》
【じゃあ、どうすりゃいいんだよ?】
《・・・消すんだよ》
【!消すっ?】
《ああ。そいつらが近づいてきたら、嫌でも気配で分かる。他の奴らも知ってるだろうから、向こうも殺す気で来るぞ》
【結構、ヘビーな内容だな・・・】
【・・・生き残りを賭けた戦い、か・・・】
《まあ。そんなとこだ》
【もちろん、お前らのその力は使わせてくれんだろうな?】
《!・・・ああ。使わせてやるよ。ただし・・・》
【!あ?】
《そいつらと会うまでに、お前らが耐えられたらの話だけどな》
「・・・今考えると、かなりムカつく野郎だな・・・っ」
ダンは、話の一部始終を思い出し悪態をついた。
(お前らが存在できてるのは、誰のお陰だよっ?!)
《お前らが耐えられたらの・・・》
「!・・・はあ・・・」
あの言葉から推測するに、奴らは器がなくとも生きていけるのだろう。
「なら何で、俺達の中にいんだよっ?!」
「ダン?」
いきなり名前を呼ばれ、口から心臓が出そうになった。後ろを振り向くと、今まで自分が捜していた人物がそこにいた。
「何してるんだ?」
半ば呆れたように問うので、ダンは口調を荒げた。
「お前を待ってたんだろう?!・・・ったく。そんなナリで、出歩きやがって・・・。捕まりでもしたらどうすんだよっ?!」
言い終わるやいなや、笑い声が聞こえた。
「・・・何がおかしい?」
ダンは声音を低くし、肩を震わせて笑っている人間を睨みつけた。
「・・・っ、ごめ・・・っ。だって・・・っ」
「・・・・・っ!!」
ダンは、自分がからかわれていると思った。
「せっかく、人が心配してやったのにっ!!もう、いいっ!!勝手にしろっ!!」
ダンは勢いに任せてそれだけを言い、早々と宿屋に帰ってしまった。
「ダン・・・っ!!」
呼び止めようとしたが、もうすでに目的の人物は見えなくなっていた。
「・・・笑いすぎたかな?」
その様子に反省の色は見られず、ただ、もう見えぬ親友の後姿を思い浮かべていた。
シュールが宿の部屋に戻ってきた頃にはもう、ダンはベッドの中に入っていた。
「ダン・・・」
しかし、それが狸寝入りだということは、シュールにはわかっていた。ダンはバツが悪いことをしでかすと、必ず何かの下に潜ってしまう。周りに潜るものが無かったら、いずこかへと隠れてしまう。二十歳過ぎの男がだ。しかし、そういう時は無理に捜そうとはせず、しばらくそのままそうっとしておく。長い間帰ってこないときは、『水の精霊』の力を借りダンを捜し出す。『水の精霊』は、こんな簡単なことに力を使うなと言うが結局は貸してくれる。幸い、今回は力を借りなくてすみそうだ。
「・・・ダン」
「・・・・・・」
反応しない。
「ダンっ」
少し、強めに呼ぶ。
「・・・隠れるということは、自分が何か悪いことをしたと思ってるのか?」
ダンの体が一瞬はねた。
「・・・俺は別に、隠れるようなことはしてないと思うけど?ダンは・・・」
そう言いながら、近くにあるイスに腰掛けた。
「悪かったのは、俺の方・・・」
シュールの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
「・・・お前、もうやめろよ・・・」
「!」
数分振りに聞いたダンの声は、少し掠れていた。
「俺のために、自分の手を汚すのは・・・」
そして、俺は大丈夫だから・・・と、小さな声で呟いた。その声はあまりにも小さな声だったが、シュールにはしっかりと聞こえていた。
「・・・ダンのためじゃないよ」
「!え・・・」
予想していなかった答えに、ダンが驚きの言葉を発しながらシュールの方を見た。
「俺は、自分のためにやっているだけ。・・・誰だって、自分の大切な人を侮辱されたら悔しいだろう?」
「・・・・・っ」
「だから俺は、あいつらを『殺した』んだ」
重大な事を何でもないように話す親友を見て、恐怖を覚えたのはいつ頃だったか・・・。
あれは、五年前。
ダンが“assassin”としての仕事が板についてきた頃、ダンとは別に“assassin”と名乗る人物が現れた。おかしいと思った。自分以外にassassinはいない筈だ。それも、初めて来たこの街で・・・。
・・・そして、ついに『それ』は起こった。
【昨夜未明、15番地のブロートさん宅が何者かに襲われ、主人のカール・ブロートさん(40)が殺されているのが発見されました】
自分には関係ないと思い、テレビのスイッチを消そうとしたとき・・・
【犯人と思われる人物の特徴が、たった今届きました。・・・犯人を見たという人の証言によりますと、犯人は『赤髪』で『赤い瞳』をしていたとの事です。この人物は、ブロートさん宅から出てすぐに、仲間と思われる人物と合流し姿をくらましたとの事です】
違う。
この特徴を聞いて、初めに思った言葉。
俺が殺したんじゃない・・・
(こいつは・・・)
この証言者は・・・見ていた?
俺が殺すところを見ていた?二十歳の人間を殺すところを・・・
「ダン?」
「!!シュール・・・っ!」
「!これは・・・?」
「?!違うっ!!俺がやったんじゃないっ!!俺じゃない・・・っ!!」
「分かってるよ。お前は、依頼されたこと以外は絶対にしない」
「・・・・・っ」
「・・・こいつには、『地獄』が必要だな・・・」
「!シュー・・・っ。・・・?!」
「大丈夫だ。心配するな」
その時のシュールの笑顔は美しかったけれども、同時に何か『違う』ものを感じた・・・。
「・・・ン・・・っ、ダン・・・っ!!」
「?!」
自分を呼ぶ声に反応し、自分の世界から現実に戻された。シュールの顔がすぐ側にあった。何度呼んでも応答しないダンを不思議に思い、ベッド横まで移動してきたのだ。
「どうしたんだ?いきなり黙り込んで・・・。気分でも悪いのか?」
本気で自分の事を心配しているシュールの顔を、じっと見る。
「・・・ダン?」
・・・こいつは、俺のためだったら何でもする・・・
・・・俺を傷付けたモノを、一つ残らず消し去る・・・
「・・・シュール」
「!ん?」
ダンは、ベッドのシーツを握り締めた。
「・・・今のお前にとって、死んでも守りたいモノって・・・何だ?」
「!死んでも守りたいモノ?・・・そうだな・・・」
シュールは目を閉じ、ダンは目の前の人間を凝視した。
「俺にとってかけがえのない存在・・・“親友”、かな」
ダンの額から頬にかけて、一筋の汗が伝った。
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2005/06/03(Fri)00:42:02 公開 / ユイ
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■作者からのメッセージ
私はオリジナル小説を書くのは初めてで、物語・キャラクターの設定がうまくいっているかわかりませんが、感想をいただけたら幸いです。