- 『way in which a thought succeeds//マインド・キー 序章』 作者:久能コウキ / 未分類
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殺意。人間の最も忌むべきもの。
そして、最も人間らしい感情。
殺意がどこから生まれるのか考えたことがあるだろうか。
抑制の箍が吹き飛んだときだろうか?
それとも何気ないふとしたきっかけからか。
しかし、その殺意の要因が外的要因だったとしたら……どうだろうか。
殺人犯の人柄を聞くと、「何故あんな人が」という台詞が出てくるときがある。
普段大人しい人ほどキレると何をするか分からない。
本当は、ああいう人だったんだ。
そのような言葉で片付くことではある。
だが、得心することは出来ないだろうと思う。
一つの仮説を立ててみよう。
「感情・意識・記憶は伝染・飛散する」という仮説だ。
媒体を介し。もしくは、自我意識があるかのように。
じわじわと「記憶」という細胞を蝕み、癌細胞の如く全身を乗っ取っていく。
そして、前述した例で伝染したのが「殺意」だとするならば。
もしくは自らの意思によって他人や特定の場所・物に自分の感情・意識・記憶を刷り込める人間が居たとするならば。
それ以上のことすら可能な人間が居たとしたら……?
この仮説を証明することが出来たなら、人の意識というものは更に興味深い物となっていくに違いない。
自我や記憶を他の媒体に保存し、第二の人生を送ることも可能かもしれない。
他人を乗っ取り、自分の身体とすることすら可能かもしれないのだ。
私はこの仮説を[思術論(しじゅつろん)]と名付けた。
思念を術として扱う法則。
未だかつて、人類が存在を確認できていない新たな法則。
この恐ろしい法則が現実になりえるのならば……それは想像するべくも無い。
だが、私はこの仮説が本当であることを願わずには居られない。
人類永劫の夢である、永遠の命が叶うかもしれない。
そう思うと老い先短い私の心は狂おしく欲する。
永劫の命を。
例え、他人を犠牲にしようとも―――
来須 丹緋徒(クルス ニヒト)著
未公開論文[思術論]より
way in which a thought succeeds//マインド・キー
Act.1 From every day with casual it
「へぇ……これが世界一現実味の無い論文の本文か。
よく手に入ったなァ、こんなもん」
他の生徒たちの喧騒に包まれる中。
サンドイッチを片手に、少年が言う。
目線は好奇の光をもって論文を読んではいるが……明らかに楽しんでいる節があった。
論文を読んでいるときの研究者のような楽しみ方ではない。
言うなれば、他人の書いた作文を読んで変なところを見つけ出して笑うような。
そんな子供じみた楽しみ方だ。
当然、と言えばそれまでだろう。
少年のもう一方の手に握られているのは、手にした本人が言った通り[世界一現実味の無い論文]なのだ。
「この論文を書いた人間の信望者、みたいなのが世には結構居るみたい。
ファンの一人のホームページから抜き出したものだよ。
そういう思術論者の中ではメジャーな論文らしいんだ、其れは。
なんて言ったっけ……そうそう、[未来の指針]とか言われてるらしいね」
その言葉を聞いた少年が危うく牛乳を噴出しそうになる。
何とか牛乳を飲み下すと、そのまま大きく爆笑し始めた。
その様子に教室の何人かが振り返るが「何時もの事だ」と目線を戻す。
今爆笑している兵藤隆介(ヒョウドウリュウスケ)と其れを見て小さく笑う角田祐樹(スミタユウキ)、そしてここには居ない水戸和也(ミトカズヤ)。
この三人は全校でも有名な三人組みなのだ。
名前の「介」「角」「水戸」をとって「ご隠居トリオ」などと呼ばれている。
水戸黄門をもじった皮肉らしいのだが、当の三人は更にこの皮肉を笑った上で自分たちも愛用している始末。
しかし、性質は悪いが不良と言うわけではない。
水戸和也が余りにも目立つため、つるんでいる隆介と祐樹も必然的に目立つのだ。
もちろん、隆介と祐樹も少なくとも普通ではないだろうが。
学校始まって以来の変人にして問題児、和也と当然のようにつるんでいられるのだから。
「この論文をもはや預言扱いか……つくづく面白いな、狂信者ってのは。
つまり、アレか? 思術ってのは実在して、んでもって近い将来なにかあるって?」
祐樹はかけられた言葉に少々思案するような仕草をした後、微苦笑を浮かべた。
答えたいけど、自分には分からない。
それゆえの苦笑。
その苦笑の意味を察してか、隆介もまた苦笑を浮かべた。
笑いの波が収まると、改めて牛乳を飲み下す隆介。
しかしその頬はまだ微妙に緩んでいる。
端正だといえる分類の顔つきだけに、そのだらしなさもひとしおだ。
その横で微苦笑を浮かべる祐樹。
なんて顔をするんだよ、とでも言いたげだ。
「その辺のことは分からないけど……きっとそういう風に思ってるんじゃないか。
予想しか出来ないことだけど」
「ん、確かに。至って正常な俺らにゃ予想でしか語れん領域だな」
牛乳が空になり、パックをゴミ箱の方向に投げる隆介。
牛乳パックは高い起動を描いて、ゆったりと……ゴミ箱付近の床に落ちた。
「ま、そりゃそうだな……っと、入った。
しっかし珍妙なもの見つけてきたな。
ご老公にでも頼まれたのか?」
「いんや、違う。
んで入ってねぇよ、アレ。
それはなんとなーく、見つけただけ。
興味が出てきて色々調べてみたわけだ」
ガッツポーズを崩しつつ、ふぅん……と気のない返事を返す隆介。
因みに、「ご老公」とは水戸和也のあだ名だ。
高校生とは思えぬ老成した思考と判断力。
女性らしさすら感じられる美麗な容姿とさらりとした長い黒髪。
性格極悪・喧嘩上等……そして将来の夢は無念無想の境地。
それがここには居ない水戸和也という男である。
和也の頼みごとか、と隆介が聞くのは無理もない。
此処に今存在しているこの文は、正に和也の好みど真ん中と言える内容なのである。
それに和也でなくとも、一度この文を呼んだ人物は興味を持つに違いない。
それだけこの論文の内容は興味を引くには十分すぎるほどのインパクトがあるのだ。
荒唐無稽かつ現実味がなさ過ぎる内容。
そしてなにより、この文の著者の知名度。
どちらも、目を引くものである。
この論文の著者たる来須丹緋徒は、現在余りにも有名な心理学者なのだ。
偉人は死んで偉人足りえる。
つまり……来須丹緋徒は死んだのだ。
「確かこの人、もう死んだんだよな……。
自殺だっけ?」
ニュースや雑誌などでも取り沙汰されるほどの死に様だったらしい。
しかし警察は情報をほとんど公開していない。
それ故に其処彼処で根拠の無い憶測が飛び交っているのだ。
マスコミでさえ情報の多さに手を焼いている始末。
おそらく、今や来須丹緋徒を知らぬ人間はほとんどいないと言えるだろう。
隆介の問いかけに祐樹はこてん、と首を傾げた。
「その辺のことはまだ公式発表されてないなぁ。
ネットの情報だと……」
自分で調べたらしい紙を何枚か取り出し、参照し始める祐樹。
余程気になったのだろう。
その量は膨大とまではいかないものの、中々の多さだ。
ファイリングしたらしい資料を黙々と漁る祐樹に、隆介は微苦笑を浮かべた。
そして途中でため息をつくと、その資料を隆介に押し付ける。
「ほら、面倒だから家にでも帰って読んでくれよ。
漫画ばっかり読んでると馬鹿が加速度に進むぞ?」
「ほっとけ」
隆介が資料のファイルを受け取ると、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
チャイムと共に祐樹はさっさと自分の教室に戻ってしまった。
残ったのは、100ページはあろうかという資料。
一日じゃ読めないな……と思いつつ資料をかばんにしまう隆介。
午後の授業の喧騒に、資料の記憶もまた埋もれていった。
「世の中にゃ珍妙な人間もいるもんだ……」
帰宅途中の電車の中、一人呟く隆介。
手には昼食以来すっかり忘れていた件の資料のファイリングが握られている。
パラパラと捲って見るものの、其処にあるのは所謂私見のようなものばかりだった。
例を挙げると、特定の場所に残された思術の残響が映像となったものが幽霊だ。霊がとり憑くということも、思術ならば説明がつくだろう……という仮説。
これには隆介もなんとなく納得してしまった。
元々科学では説明できないことなのだから、こんな仮説もありだよな……と我知らず頷く隆介。
死んだ人間の無念がその場に留まる思術として使役されていたらと思うとあながち間違いだと決め付けられなくなりそうなのだった。
死ぬ直前の、所謂火事場の馬鹿力のようなもので咄嗟に訳の分からない術を使わないとも限らないのだし……と。
「しっかし、ブッ飛んでんなァこの人。
よくもまぁこんな文章を[論文]だなんて恥ずかしげも無く書けるもんだぜ……」
思わずため息を漏らす隆一。
正直、読むことが拷問と思えるほどの産物なのだ。
正に狂気の沙汰であるだろう。
論文が閉じられたファイリングには、この論文が著者の死の間際まで書かれていたものだという風に書かれている。
つまりこの論文と呼ぶのもおこがましい狂った文章は、同じく狂っていたらしい男の最後の狂気の結晶なのだ。
コピーであるとはいえ、手に握った紙が酷く禍々しいものに見えるのだった。
『暗闇で 迷い朽ちゆく 子羊の 手足奪いし 悪夢の螺旋』
不意に小さく耳元で言葉が聞こえた。
それと同時に、周囲に闇のカーテンが引かれた。
一気に読みづらくなった資料に眉を寄せると、隆介はおもむろに周囲を見回す。
車両には……人影が全く見当たらなくなっていた。
闇のせいではない。
まるで、消えたかのように……だ。
先ほどまでは、疎らではあったものの人は居た筈だった。
「……なんなんだ、こりゃ?」
思わず呟きを漏らす隆介。
しかし、その呟きに答えるものは其処に存在していない。
明かりになるようなものを探そうと鞄に目を落とす。
鞄の中には、燃料が心配な百円ライターが一つのみ。
仕方ない、と呟きながら隆介は明かりを灯す。
ロウソクよりも弱々しいその光は、おぼろげに周囲を照らし出した。
やはり、そこには誰もいない。
混乱しそうになる思考を辛うじて理性で引き止めると、行うべき行動を思案する。
思考の中で思いついた行動は二つ。
このまま待ち続けるか。
それとも、人を探すか。
「よし、探すっきゃねぇな……。
明らかにおかしいぜ、こいつは」
非常識でおかしい状況に慣れているのは和也との行動の賜物だな……と隆介は苦笑する。
和也との行動は常にスリルと笑いと命の危険に満ちているのだ。
それならばこの程度、と考えられる自分に隆介は賞賛を送った。
その根性のおかげで今こうして行動を起こせるのだから。
荷物をそのまま放置し隆介は駆け出した。
お客様の迷惑になります、と言われそうな光景だが生憎此処には客も車掌もいない。
絶対的な孤独の空間が形成されているのだ。
窓の外は常にトンネル。
携帯電話も圏外の表示。
そして周囲には誰もいない。
「んで、走ってみるもののたどり着くのは元の場所…・・・と来たか」
隆介の目の前には、自分の座席に置いてきた筈の荷物があった。
息が切れるほど全力で何両も駆け抜けたはずなのに、同じ車両にたどり着いているのである。
いい加減、ライターの火のほうも危険だった。
節約しながら使い続けているものの、流石にもう限界が近いようだ。
おかしい状況に慣れているといっても、これは余りにも異常だった。
終わりなき螺旋。
行けども行けども同じ場所、同じ道……同じトンネル。
流石に隆介も混乱し始めていた。
まるで性質の悪い幻覚、もしくは悪夢だ……と隆介は感じていた。
得体の知れない状況。
どこかで知っているような状況。
そう……まるで先ほどまで読んでいた[思術]そのもののようではないか。
自分の考えに隆介は酷く自嘲的な笑みを作った。
そんなわけは無い。和也あたりの手の込んだ悪戯だろう……と。
しかし、その考えは甘かったと痛感することとなる。
『……攻勢思術 [悪夢の螺旋]のお味は如何かな?』
耳に届くタイプの音声ではなかった。
耳を通さず、脳の中で自分の思考のように突然他人の声が響く。
そんな異様な感覚に隆介はおぞましさを覚えた。
しかし、同時にこの異常は隆介に理性を取り戻させていた。
誰とも知らぬ男は言っているのだ。
これは思術……思いの為せる術なのだと。
聞こえてきた言葉を疑うも、其処にあるのは事実のみだ。
耳に届いた現実を享受し、適正し……乗り越えなくてはならない。
思わず隆介は頭を抱えた。
自分のすぐ近くには、こんなにも非日常が溢れているものなのかと。
『適性はあるものの、未だ自分の力に目覚めていないと見える。
君の命はもらったよ』
姿の見えぬ相手は、明らかに隆介を嘲笑していた。
上等だ、と思う。
和也に改造スタンガンで入院させられそうになったときよりも恐怖は少ない。
隆介は、生まれて初めてとも言える感謝を和也へと向けた。
右手に拳を握り、其れを正面へと突き出した。
上等だ、と声に出して呟いた。
声に出したことで戦意が生まれる。
この意味不明な状況への戦意。
そしてなにより、得体の知れない声の主への戦意だ。
大丈夫、落ち着いた……と隆介は自らに言い聞かせていた。
なんてことはない。
喧嘩の相手が多少いつもと違うだけ。
喧嘩の方法がいつもより特殊なだけ。
ただ、それだけのこと。
「俺は、な……。
まだまだ長生きする予定で人生設計してんだ。
適正があるとか言ったな、誰かさんよ」
笑う。
その笑みは獰猛であり無邪気でもある。
自分に牙を剥いたものへの、純然たる敵意の発露だ。
臆することなく叫ぶ。
それは開戦の合図。
「その適正とやらでテメェのチンケな将来設計ぶち壊してやるよ。
ここがお前の終着駅だ!」
続
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2005/05/31(Tue)04:13:39 公開 / 久能コウキ
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■作者からのメッセージ
はじめまして。新参者の久能コウキというものです。以後、お見知りおきを。
今回書かせていただいたものは、私の素朴な疑問からネタが生まれた奇特な作品です。前説の論文という形で書かせていただいた部分がその疑問の部分でした。無理やりかつ突飛な考えですが、何分文章用のネタなので深く考えずに読んでいただければ幸いです(苦笑)
これからお世話になると思いますので、どうかよろしくお願いします。それでは、今回はこの辺で失礼します。