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『「沓沢航の日常」 薬指編』 作者:うしゃ / 未分類
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「沓沢航の日常」







 薬指編



 薬指を考えてみよう。
 五本ある指で薬指とはなんと中途半端な位置に居るんだろうか。
 威厳ある親指。実績は一番の人差し指。将来を期待される中指。縁の下の力持ち小指。
 では薬指は?
 ベストスリーに入らず、一番下でもない。順位からしたら四番目。その名前の由来からもしょぼさが伺える。薬を調合するときに使う指だから、薬指。そんなもの別に人差し指でもいいじゃん。わざわざこんな使い辛い指使わなくても、と思う。
 ついでに言うと別称は名無し指である。名無し。あまりに悲しい呼び名だ。
 小指が動くときにはいつも着いて回ることから、自立性が無いこともわかる。
 何もかもが中途半端。名前も、順位も、その扱いも。
 役に立っているのか、立っていないのか。

 じゃあ、今度は薬指の立場で考えてみよう。

 将来を期待される中指と、縁の下の力持ちとして活躍する小指に囲まれ。自分としてはどうすれば、と悩む位置にいつも居る。
 名称は適当に呼ばれている。愛称だと思えば、少しは気も紛れるが、愛称にしては適当な呼び方が多い。
 仕事は誰にでも出来るような仕事。難しいことではない。難しいことではないからこそ、自分の存在意義に揺れる。
 小指が動くときにはいつも自分が呼ばれる。手伝ってやれよ、とでも言うかのごとく。手伝うことが嫌なわけではない。でも、なぜいつも僕がと思ってしまう。
 自分でも役に立っているのか、立っていないのか、解らない。
 そんな位置に薬指は居る。


 薬指としても辛いんだよ、と沓沢航(くつざわ わたる)は思う。
 アルバイトという自分の立場と同じように。
「今度やったら、減給だ」
 チーフの言葉が重く響く。沓沢はすいません、とひたすら謝る。 
 久しぶりの失敗だった。
 仕事に慣れてからの初めての失敗。
 仕事場で、沓沢はどんよりと頭を下げる。目の前のチーフは、怒っている顔を沓沢に向けている。
 沓沢が頭を下げ続けているのを見て、チーフは溜息をついた。
「――ったく、やる気が無いなら辞めてもいいよ」
 冗談だと解るのだが、声は本気だ。本気で怒っているからこそ、出る冗談だろう。沓沢はそれが解っても、尚、胃の中に重いものが沈みこんだようになる。
 チーフが怒っていること、それが沓沢にはしっかりと解る。解るからこそ辛い。
 今回のミスは自分がしっかりしていなかった所為で起こるミスである。それなりの、
理由はあるが、やはり沓沢自身のミス。ボーっとしていた。集中してさえ居れば防げたミスだった。
 沓沢は頭を下げたまま、すみません、と言った。その声は小さく力が無いためか、チーフに聞こえた様子は無い。チーフはもうこちらを見ようとせず、別の仕事をしている。パートのおばちゃんたちが励ますような、慰めるようなことを言う。
 沓沢はそれに相槌を打ちながら、溜息をついた。心中で。

 本当に薬指の位置ってのは辛いよ。

 そう呟いた。やっぱり心の中でだが。





「ということを、考えたのだけど」
 あるラーメン屋の中。混み始める少し前。沓沢と彼女、勢登佳織(せと かおり)はカウンター席でラーメンを啜っていた。
「どう思う?」
 沓沢はついさっきまで考えていた薬指の中途半端な存在について、彼女に語った。自分の失敗とか、その薬指が自分と重なる、などのことは省いて。
 勢登はラーメンに顔を埋めながら、
「…………」
 言葉にならない三点リーダで答えた。
 予想はしていたので、大して驚かず、沓沢はほとんど食べきったラーメンにおざなりに箸を差し込む。相変わらず、彼女はラーメンに忙しいようだ。食べに来るときは大抵そうだが。
 ラーメン屋には、沓沢と勢登、ラーメン屋のオヤジのほかには誰も居なかった。ラーメン屋のオヤジはぼんやりとテレビを眺めている。
 毎週のこの時間、沓沢と勢登はこのラーメン屋にラーメンを食べに来る。それにはある理由と複雑とは呼べないがちょっと語るには面倒な経緯があるのだが、ここでは伏せておこう。とにかく、毎週のこの時間、沓沢と勢登はラーメンを食べに来る。男と女が二人でという事で、デートとかいう単語が嫌でも頭に浮かぶが、決してそんなものではない。正直沓沢も最初はそういうものをチラリと想像したのだが、横にいる彼女のラーメンへの食いつきを見ていると流石にその想像を撤回せざるを得ない。
 彼女は多分ラーメンを食べる理由に自分を使っているだけだ、と沓沢は考えている。まぁ、それだけでは十分な説明にならないが、背後関係を説明すると、後五千文字ぐらい掛かるので、勘弁してほしい。そういうことだ、と納得してください。というわけで、利用されている気持ち複雑な沓沢である。しかし、ここのラーメンの代金は彼女持ち、詳しく言えば、組織の経費ということで、ただ飯が食えるなら文句を言うほどでもないな、と反論などは黙秘して、こうやって彼女の「作戦」に付き合って、週一でラーメンを食べに来ている。
 さて、説明が長くなった。
 作者が、長い文章は嫌われるのではないか、と危惧したりしているので満足に説明もできない。これで大体の内容を把握してもらえたりしたら、うれしいのだが、やっぱりわかるわけねぇでありますよね。じゃあ、無視して良いや。

 というわけで本編どうぞ。

「あれ? ……なんか異次元が……。まぁそれは良いとして。勢登」
 沓沢は、ラーメン特有の具、メンマを箸でぐにぐに弄りながら勢登に話しかけた。
 勢登はピクンと反応したが、ラーメンからは顔を離さない。
 しょうがないので、沓沢はそのまま話すことにした。メンマをぐにぐにやり続けながら、横目で彼女をちらりと見る。話は聞いているようだ。
「ええーっと、なんだっけ、ほらアレの名前? エトなんたらとか」
 彼女はぼそぼそとその名称を言う。ラーメンの器で反響して上手く沓沢には聞こえなかった。そして、読者の方々にも。
 一分で忘れそうな複雑な名前は放っておいて、沓沢は話を続けることにした。
「その、そいつの、あれ。また行くんだろう、勢登は?」
 ラーメン屋のオヤジもいることだし、色々言葉に気を使う。沓沢の言葉に反応して、勢登のラーメンの湯気に当たっている表情が微妙に変わった。そして、頭がユラッと少し揺れる。頷いたらしい。
「……そっか」
 再び勢登はラーメンを啜りだす。相変わらず食べるのが遅い。
 沓沢は、その、勢登の戦っているあれについて、数秒ほど考えた。
 その、あれ、とは紛れもなく世界の敵。
 世界を消し去る力があるという存在。
 勢登と、勢登が所属する組織の言葉を信じるならば、だが。
 沓沢は、ラーメンのメンマをジッと見つめた。正直、沓沢はそのことをあまり信じてはいない。実際に目にしたこともあるのだが、なんとなく信じていない。なぜ自分が信じないのかは、自分でも解らない。
 ふぅ、と沓沢は溜息をついた。ここでは、心中で吐く必要も無いので、おおっぴらに。勢登がラーメンから顔を上げて、こちらを見る。
 しかし、すぐに顔を下げる。
 なんだか、現実感の無いことを考えていたら、この後バイトという現実が待っていることが遠いことに感じられる。
 さて、一体、世界の敵とやらと、バイト。どちらが、本当の敵か。
 沓沢にとっては同じぐらいどっちも厄介な敵である。
 取り敢えず。
 沓沢はなんとなく場が持たないので、勢登に、メンマはラーメンのためだけに存在しているのか、というテーマで話をしようと思った。
 勿論、勢登は聞いていないだろうけど。



 

「ごちそうさまでした」
 そういって、沓沢と勢登は暖簾をくぐり、外にでた。
 外は快晴。おそらく今日の夜は月が綺麗であろう。沓沢はバッグを背負い直しながら、ケイタイで時間を確認した。結構長いこと店にいたらしく、もう休憩時間は残り少ない。失敗をした後であるので、遅刻などは避けたい。早めに行っておくかな、などと考える。
 勢登の方を見ると、丁度沓沢のことを見ていた。遠慮のない視線。その視線の訴えるところは一体何なのか。判別する暇もなく、勢登は歩き出した。
 しょうがないので、沓沢も歩く。向かっている場所は沓沢の仕事場であるデパートだ。逆らう意味もなし。この後、沓沢が再びバイトに行かなければ行けないことは、彼女も解っている。
 現在では、毎週勢登とこの道を歩くのがルーチンワークと化している。
 だから、勢登は当たり前のように、一歩ずつデパートに向かって歩く。しょうがないので、沓沢も当たり前のように一緒に歩く。歩いている途中で、いつものようになぜ一緒に歩くのかな、と考える。沓沢の考えでは、勢登はもうラーメンを食べるという目的を果たしたはずである。だから、わざわざ沓沢と一緒にデパートに向かう理由は無いはずだ。少し考えてみたが、いつものように同じところで考えるのをやめる。答えが出ないのが解りきっているからだ。
 勢登の方を見ると、ジッと前を向いて歩いている。ここまでジッと前だけ見てあるく人間は珍しい。少なくとも、沓沢の知る限りではあまりいない。誰だって、ただ前を向いて歩いているわけではない。友達といれば、友達を。一人であるならば、ケイタイか、あるいは地面、足元。目の前のことを、あまり見ていない
 でも、沓沢にとって、彼女が前だけ向いているのは少しだけありがたい。そのおかげで、気兼ねすることなく、彼女の顔が見れる。
 勢登の表情は、いつもとあまり変わらない。何を考えているのか、推し量ることは出来ない。
 ラーメン屋から三分ほど歩いて、そろそろデパートが見えてきた。あまり大きくない屋内駐車場がついているデパートだ。建物自体ももう古いことが雰囲気でわかる。
 信号で勢登が立ち止まる。沓沢も習うかのように立ち止まる。
 行き交う車。信号は、赤から黄色へ、黄色から青へ。
 急に勢登が口を開いた。車の走る音と、そしてあまりに急だったことで、沓沢はその声を聞き逃してしまった。
「え?」
 聞き返した。反応が得られるかは五分五分だな、と沓沢は思った。案の定、彼女は再度口を開こうとはしない。ほんの少し後悔しながら、沓沢は信号に目を戻す。頭の中では何を言おうとしたのだろうか、と考えていた。
 車の流れが止まる。ほんの数秒、全ての行き来が止まる。
 そして青へ。
 勢登が歩き出す。沓沢も歩き出す。他の車も走り出す。
 信号を渡りきった、デパートも目の前である。勢登が足を止める。
 いつも、ここで分かれる事になっていた。そして、ここで落ち合うのである。デパートの従業員の間で少しずつ噂になってきているので、ここではない場所にしたいのだが、それを提案することはまだしていない。
 沓沢も足を止めて、勢登の方を見た。勢登とがっちり目が合う。沓沢は一瞬、目を逸らしそうになったが頑張って耐える。なんというか、この目が合うという行為が、沓沢は苦手なのである。勢登の場合、更にその、目の力というものが高レベルなので、精神力を使う。
 じっとりと見つめられる。
 勢登が口を開いた。
「こゆび」
 聴いた瞬間、文字の変換に手間取った。小指であることに気付く。勢登は、あまり長い文章で話をしない。脈絡もなく話されると理解が遅れることがしばしばある。
理解はしたが、聞き返すことはしない。続きがありそうだったので、沓沢は黙って次の言葉を待つ。
「私は、小指かも」
 ポツポツとそういった。
「意識も無く使われるだけの存在。一番下っ端。それが小指。私と一緒」
 続く言葉は無い。どうやら、それで終わりみたいだ。勢登はそれだけ話し終えると、真っ直ぐ沓沢の目を見つめる。
 動揺した。
 沓沢は困って、勢登のおでこを見る。昔、学校の先生に教えてもらった方法だ。仕組みとか、理由とかは覚えていないが、困ったときにはおでこを見るようにしている。
 そうやって、勢登のおでこを見ながら、沓沢は今の言葉の意味を考えていた。おそらく、ラーメン屋での沓沢の話に対するリアクションであろう。勢登の反応は、よくタイムラグがある。ニ、三時間後は稀であるし、最長記録で三週間という記録が樹立されている。付き合いは浅い方なので、深くなっていくと、どんどん最長記録が更新されていくことが予想できる。
 と、それはいいとして、小指。どういう意味だろう。何だか、えらい自虐的なセリフだったが。
 勢登は沓沢から目を離し、先ほど歩いた道を振り返る。
 沓沢が声をかける暇もなく、歩き出した。先ほどの信号がまた赤になっていたので、そこで立ち止まる。
 沓沢は、その信号が青になるまで、話しかけようか、どうしようか迷った。
 迷っていたので結局話しかけれなかった。
 時計を見ると、休憩時間に終りが近いことが解った。
 溜息を吐き、デパートの中へと急いだ。


 


 それまで考えていた色々なことを切り離して、仕事に集中した。お金をもらっている身分なので、やはり仕事はきちんとこなさなくてはならない。何より、更に失敗をして信頼を損なうことが怖い。
 沓沢は、野菜のところのあんちゃん、として、肉体労働に励んだ。青果という部門はなかなか体を使うことが多い。野菜の詰まったダンボールの箱など、一つで二十キロほどする。それを何往復もして運ぶのは疲れる。
 しかし、仕事があるというのはありがたいことだ。仕事がある分、いろいろなことを忘れて集中できる。それに体を動かしていると時間が早く過ぎ去ってくれる。
 沓沢は四時間ほど動き続けた。彼の主観では、あっという間に過ぎた四時間だった。
 パートのおばちゃんに呼ばれ、既にあがる時間になっていたことを知った。最後に売り場をチェックして、「おつかれさまでした」と挨拶してから、青果を後にする。
 体に微妙な倦怠感。これが心地よいと考えられるときというのは、唯一仕事が終わった後である。
 ロッカーでエプロンなどを外しながら、軽く息を吐いた。
「ふぅ」
 軽く吐いたつもりだが、溜息だと思えるほど長いものになった。今日は溜息を多く吐く日だな、とぼんやりと思う。 
 時計を見ると、四時十五分。まだ時間は少しある。この後学校に行かなくてはいけないのだが、それは五時半からである。中途半端に時間が余る。
 働き出してから、この時間のつぶし方に毎回悩む。大抵は本屋で立ち読み、とか。そこら辺を散歩して時間をつぶすのだが。今回はなんとなく、頭に行き先が思いついた。
 その思いついた場所というか、目的に、エプロンを持つ手が止まる。それをもうちょっと考えてみた。
 それを払拭できるほどの理由が思いつかない。なので、沓沢はこの後、約一ヶ月前、感慨深い出来事が起こった、ある場所へと向かうことにした。
 そこに彼女がいるのでは、と少し期待を抱きながら。
 時計を見ると、四時十六分。



 実のところ、沓沢は、ずっと、勢登佳織のことを考えていた。考えないようにしながらもずっと、考えていた。働いている最中でさえもずっと頭の中にこびりつく彼女のことを考え続けていた。
 
 自分のことを、小指だ、と言う時の彼女の目は、悲しそうに見えた。
 
 小指が動くなら、薬指も動くべきではないだろうか、と思った。思った瞬間、体が動く。ロッカーの鞄を右手で引っ張り上げ、背負うと同時に沓沢は歩き出した。
 
 
 
 小指編へつづく

2005/05/29(Sun)05:32:04 公開 / うしゃ
■この作品の著作権はうしゃさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 さて、久しぶりの投稿である。
 今回、私、これを書くに当たり、とてもとてもぬるま湯の気分で書いた。フライドポテトを食べながら、途中で御昼寝しながら、漫画を読んだりしながら、書いた。滅茶苦茶気を抜いて書いた。
 私はこれまでキバって小説を書いていたのだが、今回は気を抜いて書いた。めちゃ気を抜いて書いた。
 気を抜いて書くとはなにごとだ、とお叱りになる人がいるかもしれない。
 私としても、目論見があるのでまず聞いてもらいたい。
 私の目論見、その計画を説明しよう。
名付けて、城の周りでスライム相手に経験地稼ぎ&地道にこつこつとレベルアップ、作戦である。強い敵に立ち向かって死ぬ位なら、弱いものを倒してコツコツ強くなってやる、と考えたのだ。
 常々、小説というのは書き続けなくてはいけないものだ。継続こそ文章力を上げる一番の近道では、と考えていた。とにかく書くべきだ、と考えた。形骸としてでもいいから、ちゃんと話を完結させて、ある程度の長さのものを書いてみよう。
 そう考えた。一念発起である。では、書き続けるにはどうしたらいいか。真剣に書いていると辛くなるので、とにかくだらだらと不真面目に書くことにした。私は不真面目な人間であるので、不真面目であれば不真面目であるほど、馬が合い。長く作品と付き合うことが出来るのでは。
 そういう魂胆で生まれた、作品がこれである。
 もし読んでくれた奇特な方がいるなら、このぬるま湯のような作品に浸かり、ハッ、とあざ笑い。私を見下し、ついでに言うとこいつ馬鹿か、と考えるだろう。ひどすぎる。そこまで言うこと無いだろう。そこまで手は抜いていない。ちゃんと10パーセントほど真面目に書いた。だから、その部分だけで良いから、真面目に反応してよ。
 さて、話が長い。怒涛の言い訳である。そろそろ終わらせる。ここが悪いぞとか、この表現変でないかとか、そう思うことがありましたら、是非どんどん、がっつんつん言ってください。すぐ取り入れさせてもらいます。そんな皆様の優れた意見を元に、私は何も苦労せず、経験地が手に入るということを期待しております。では、長いこと、どうもでした(現在午前五時。作者異常なテンションに自分でも困っております)。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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