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『孫の手発射オーライ no.2』 作者:炎天下9秒 / 未分類
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 序 吸血鬼







 私は、吸血鬼だ。

 と言っても、誰も信じてくれないと思う。私立の女子中学校を卒業し、今年から高校生活をスタートさせた私がそんな事を言ったらまず間違いなく頭の心配をされるだろう。もし真剣な顔で話してしまったら友人からは笑われ、先生方からは笑われ、本気かどうか疑われた後に病院を紹介されるだろう。
 だけど、私は本気で自分が吸血鬼なんじゃないかと思う。あ、別に血が飲みたくて飲みたくて仕方がない性癖を持つ危ない人ではないので誤解は無いようにお願いしたい。私ほどの吸血鬼になると吸血衝動など感じられなくなるのだ。うん、きっとそうなのである。
 私は吸血鬼。しかし、今の状況は吸血鬼としてはあまりにもほのぼのしているように思えて仕方がないのは気にしないほうが良いのだろうか。

「あ、その卵焼き頂戴。流石に毎日コンビニ食じゃ飽きるから」

 言って彼女は私の弁当のおかずから卵焼きを掠め取る。別にあげるのは良いのだが、行動と言動が同時に行われるのは感心しない。せめて了解を取ってからにして欲しいと何度言った事か、今ではもう諦めの境地にまで辿りついてしまった。
 時は昼休み、正確には12時37分。場所は学校、更に言えば1年4組の教室の校庭側の列一番前の席、つまり出席番号一番の席の前に置いた椅子にて、私はのんびりと昼食を食べていた。他の人は何処で食べているのか見当もつかないが、この時間教室は案外空いていて居心地が良い。
 そこが気に入って彼女も昼休みはここに居るそうだ。まぁ、そのおかげで教室の中でも一番陽のあたらない位置にある彼女の机で昼食が食べれる訳だが。

「あ、そのマカロニ頂戴。流石にあれだ」
「あのさ、せめて略さないで言い切ろうよ」

 彼女は面倒くさがりだ。それはもう、中学時代テニス部で部長をしていたのに、高校では運動だるい運動だるいと言って文化部に入る気満々なくらい面倒くさがりだ。一度しかない青春をエンジョイしようという気は無いのかと問いたい。
 しかし、そんな性格とは反比例して人気が有る。同性からの人気が大きいが、実を言うと異性からも人気が有るという所に軽く殺意を覚える。確かに身長170センチ中盤で男っぽくサバサバした、簡単に言うと姉御気質な彼女が同性に人気が有るのは分かるが、異性にまで魔の手が伸びるとは、世の中案外分からない事だらけである。

「あ、トマト」
「あのさ。いや、もういい、何か疲れる」

 両親が共働きで忙しいので毎日コンビニオールキャストだと嘆くのは勝手だが、人の食料に手を出すのはいただけない。しかも私に精神的疲労を与えてるから波状攻撃でいただけない。ここは一つ罰を与えるべきだろうか。いや、いくら食べても太らない彼女への私怨じゃないからまじで。

「あのさ、飯味」
「ん? ポッキー欲しいのか?」

 言って彼女はいつの間にか取り出していたポッキーを、まるでタバコを差し出すかのように私に向ける。確かに頼れる人だというのは認めるが、所々天然というかおかしい。

「人の食物を強奪していくのはいかんせん感心できないんだけどなぁ」
「あぁ、それは悪かった。ギブアンドテイクでポッキー」

 すっかり悪びれた様子も無しに私にポッキーを差し出してくる。彼女は足を組んで椅子に横座りになって首だけ私の方を向けて喋るので、その様子はスナックのママが客にタバコを差し出す仕草を連想させて脳内で爆笑しておいた。取り敢えず上面は平静を保ち、ポッキーを2本引き抜く。しかしポッキー2本だけで私の昼食のおかずの6割では等価交換にならない。

「飯味ー、さっきから気付いてないの? 後ろ、でっかい蜘蛛いるけど」

 途端、彼女の動きが静かなものとなる。大股で歩くのと、忍び足で歩くのと同じくらいのギャップを感じた。彼女の弱みを握っておいて良かったと何度思った事か、大抵の事では怯まない彼女もこの話題に関しては極端に弱い。それに対して私は全然平気だ。つまり、今現在の私は超絶最強であり無敵なのだ。

「……嘘だろ」
「え、何で分かったの」

 息を殺したような声に私は笑顔で返す。彼女は深く溜息を吐いて軽く私を睨むが、満面の笑みでその視線を受け流す。彼女はあからさまに舌打ちをして後ろの席を一応確認。

「……ぁ」

 そして、一気に青褪めた。後ろの席の椅子の背もたれの部分に、毒々しい模様の女郎蜘蛛が鎮座していたのだ。ハハハ、見たか、嘘だと思わせておいて本当だとは思いもしなかったであろう。いやぁ、今凄い嬉しい楽しい大好き。未だ視線も外せずに動けないでいる彼女は、何とか言葉を発するまでに回復したようである。

「おい、どうにかしろ」
「え、何? あまりにもお声が弱弱しくて私の耳にその空気の振動が届きませんことよ飯味さん」
「すいません、お願いしますからどうにかして下さい」
「そうだね、そんな無機質な調子じゃなくて女の子口調で言えばどうにかしてあげないこともない」
「鬼」
「あら、何ですか飯味さん? そんなに蜘蛛嫌いを解消したいのならスキンシップが一番ですわよ。勿論今なら特別手伝って差し上げますが」
「お願い、どうにかして」

 ハハハ、勝利だ。誰が何と言おうとも完璧なまでに勝利だよ。流石に女の子口調にはなってくれなかったが、今日はその弱々しい姿を携帯で隠し撮れたことで満足しようか。うん、心優しい私はそこで勘弁してやるのである。
 私は立ち上がって動けない彼女を尻目に蜘蛛を手に取る。黄色と黒の彩りがサイケで良い感じだ。窓をがらがらと開けてベランダに解き放すとすぐさま蜘蛛はどこかに逃げていった。

「助かった。本当に感謝してるよ」
「今度代わりに飯味の違う弱みを教えなさいな」

 何気に律儀な彼女は本当に教えてくれるかもしれないと期待してしまう。その彼女はどこか虚ろな瞳で私を見ずに虚空を見上げる。幼少時にあった経験によるトラウマだとか言っていたが、詳しい事はまず間違いなく言わないだろう。もし言う時はそれこそ脳内改造を施されたりした時とかだろう。
 私は定位置に戻り昼食を食べることを再開する。普段は無愛想な彼女だが、こういう所は可愛いものだとにやにやしていると、私の敵とも言えるチャイムが鳴り響いた。え、まだ取られたとは言え弁当4割程残ってしまっていますが。しまった、しかもおかずが足りない、こんなにレベルが低いピンチ久し振りだ。

「今何分?」
「50分過ぎ。早く食わないとそろそろ人戻ってくるぞ」
「そう言われてもお前様のおかげさまでおかずが枯渇している状況なのですが」
「アベレージな日本人なら白米だけでいけ」
「いや、私一応外国の血とか結構混ざってますが」
「日本に来たら全員日本人だ」

 無理な事を言われ、私は力無く弁当を見下ろす。私はこんなにも無力だったのか、おかずが無ければ弁当の一つも平らげることの出来ないようなものだったのか。自分の無力さがひしひしと痛感できるぜ。弁当、お前の事は忘れない。私はおかずが無ければ駄目だったんだ。
 私は、弁当の蓋を苦々しい思いと共に閉めた。








 私の名前は小糸キシミ、吸血鬼だ。



 いや、何だか吸血鬼な自信無くなってきたかも。

 あ、ポッキー美味しい。











 始動 守護者







 私は、守護者です。

 私立君ヶ為高校第1学年4組学籍番号1428番坂下サキ。
 それは、私を証明するものではありません。

 なぜなら、私は守護者だからです。
 
 なんて、恥ずかしくてとても言えたものではありません。
 私の体は、お世辞にも守護者に向いたものとは言えません。それはもう向いていないのです。守護者とは、盾、壁、時には武器となり主人を守り抜く者。それなのに、私は身長154センチ、体重40キログラム。とても壁にはなれそうにありません。もし壁の役目など買って出たとしたら、一反木綿ばりの働きを見せるでしょう。私は髪の毛を腰近くまで伸ばしているので、本当に一反木綿のように見えるかもしれません。
 でも、私は守護者なのです。私の役目は彼女を守ること。しかし、どうも今私は守護者としての自信を無くしてしまっているのです。それはもう、1年4組28番とふられた机に座り、ずっと顔を俯けてこの事を考えているくらい、自信をなくしてしまっているのです。

 そう、遡るは今日の午後。







「坂下さん避けてっ!」

 私はその言葉に反応し、地を蹴り、横に跳ぶ。その、先程まで私が存在した空間を球体が穿つ。外気を貫きながら飛来するそれに当たれば、きっと痛いでしょう。何人かの、落胆の声。私が避けたそれは、また向こうの手に渡ってしまいました。これではこちらが攻める事もままならないのです。
 現状では、こちらの人数が6人、向こうの人数が7人、数では僅かながら劣ってしまっています。一人でもやられてしまえば、それが引鉄となり、私達が敗北することが予想されます。双方とも領域以外には出られぬ状況。領域の外には味方も居ますが、敵もいます。味方は敵の背後に位置するものの、それは敵も同じ。
 再度、球体が私を襲います。成る程、一番弱い私から狙おうという魂胆ですか。賢明な判断ですが、私とてそう易々とやられてしまっては味方に迷惑をかけてしまいます。先程と同じように右に跳んでかわし、着地。
 しかし、もう既に領域外からの敵が球体を手にしていました。野球のサイドスローのような投法、着地したばかりの足は、上手く動いてくれません。ならば受け止めるか、否、避けるならともかく、私はあれを受け止める自信がありません。
 ゴォっ、と飛来するそれを回避する術は私に無い。
 それに気付いた時、顔を両腕でかばい、目を瞑ってしまいました。



 予想していた、衝撃が来ません。
 歓喜の声のような、落胆の声のような、驚嘆の声が聞こえました。私は、恐る恐る目を開けます。

「大丈夫、サキ」

 余裕のある声。大丈夫かと問うような声ではありません。強い、芯のある、ここは大丈夫だと言い聞かせるような声色。目の前には、彼女の背中がありました。

 それは、私が護るべき人。
 それは、私の存在意義。

 この私に比べて、意思のある、強い背中。あぁ、これが『壁』だ。私が目指すものに、彼女はもう到達してしまっているというのですか。半ば呆然とする私は、彼女をただ見る事しかできません。
 これから投げるであろう球体を見ると、彼女はニヤリと、薄く笑みを浮かべ……


ピ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここで、ホイッスルが鳴りました。
 以上が、私が落ち込むまでに至るまでの出来事です。私は守護者なのに、護るべき人である彼女に護られてしまい、その後、何も出来ずに案山子のように立っているだけだった。その事実に、私は私自身に強い憤りを感じてしまうのです。
 そう、私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに私は守護者なのに……

「坂下」

 突然背後からかけられた声に、びくりと体が跳ねてしまいます。驚いて後ろを振り向くと、のんびりとした様子の飯味さんが居ました。一体私に何の用があるのでしょうか。

「え、な、なんでしょう」

 どうも、何故かこう人と話をする時は凄く低姿勢になってしまいます。これはもう治しようが無いんじゃないかなぁって思うほど、私の声は小さく、動物園の檻ほどに存在感が薄くなってしまいます。それはもう、近頃では学友が話している同じ場所に居るのに全く気付かれていない事もしばしば。

「まぁ、坂下。取り敢えず、外を見てみろ」

 言われたとおり、俯いていた顔を上げ、外を見ます。綺麗な夕焼け、落ちかける太陽に雲が纏わりつこうとしているようです。しかし、それがどうしたのだと言うのでしょうか。意味がわかりませんと、弱い視線で訴えてみると、飯味さんは頭に手を当てて溜息を吐きました。何か、馬鹿にされているようで不快です。

「で、次に時計見てみろ」

 教室の掛け時計を見ると、5時12分となっています。だから、それが何と言うのでしょうか。

「坂下、6時間目のドッジボールから何だかおかしいぞ。周りをよく見て考えてみろ」

 呆れたような声。
 少々ムッとしながら、教室を見渡します。ん、そういえば、みんな何処に行ったのでしょうか。

 そこまで考えて、頭から血が下がっていく音が聞こえました。私は1時間半もずっとこの態勢だったのでしょうか、あぁ服装もジャージのままです彼女はもう行ってしまったでしょう私は一体何を馬鹿な事を彼女を護る守護者だと言うのに彼女を見失ってはいけないではないですか彼女はもう行ってしまったでしょう本当こんな自分に嫌悪感を感じます私はこのまま守護者として良いのでしょうか否良い訳がありませんそもそもあのドッジボールの時間に彼女を護れなかったのが始まりであり……

「坂下」
「あ、はい。すみません」

 どうやら思考の無限ループに嵌っていたようです。気が付いたら目の前に飯味さんの顔がありました。こちらの世界に呼び戻してくれてありがとうございます。取り敢えず、緊張して口には出せないので目でそう伝えておきます。

「まぁ、頑張れ」

 硬い声色、だけど柔らかい声。嘘ではない一言。
 そう言って飯味さんは、前屈みになっていた態勢を戻し、ぽんぽんと私の頭を労わるように軽くはたきます。








 不覚にも、涙が出てしまいました。



 私が護るべき人の名前は、小糸キシミ。

 でも、守護者な自信が崩壊した感じです。











 no.1 魔術師and......







 彼女は、魔術師だ。

 魔術師組合執行部第4課編成部部隊長補佐兼記録役という軽く投げ飛ばしたくなるような肩書きを持つ彼女は、魔術師だ。しかも、執行部第4課の魔術師だ。執行部第4課というのは魔術師組合戦闘部隊の中でも一番相手にしにくいと言われている。何故なら、第4課には魔術を追い求めるばかりの魔術狂いばかり集まるからだ。
 いや、というか面倒だからみんな同じ場所に突っ込んじゃえ、えい。という感じが正しいのだろう。魔術師組合の中でも御しきれないような変人が多く集まる場所だ。ゴミはゴミ箱へ、魔術狂いは第4課へという常識が成り立っている。まぁ、つまり第4課は変だが強いから相手にしたくないのだ。
 魔術というものは実に厄介なものだ。原子よりも遥かに微細な霊子を集め、それを現界させる。それが主に使われる魔術だろう。生まつき少しでも才能さえあれば後は努力次第で何とかなるらしいが、この世界に魔術が溢れかえったら何か嫌だし、魔術組合は魔術のことを隠匿している。
 また、魔術の上位というか遥か高みに魔法もあるが、何て言うか現実離れしすぎている。

「また失敗」

 はぁ、と彼女は心底悔しそうに溜息を吐く。その声色も段々と疲労が大きくなっているように思える。コンクリートに覆われた部屋で、彼女はその場にゆっくりと座り込んだ。何度目かの魔術行使に疲労が押し寄せてきたのだろう。
 この部屋は、もう既に彼女の世界だ。勿論そんな事はないのだが、そんな錯覚に囚われる。それにしても、おかしな部屋だ。部屋の形は1辺10メートル正四角形、床や壁は完璧にコンクリートで覆われ、天井には大きめの通風孔が張り巡らされている。ではどこから出るのか入るのかと思うと、壁に何やら仕掛けがあるらしい。

「いい加減諦めた方がいいのかな」

 高すぎもせず、低すぎもしない、絶望的な声が漏れる。その声色は歳相応なもので、不安に満ちていた。そう、彼女はまだ18歳。そんな社会進出もまだであろう彼女が、人格破綻者の巣窟魔術師組合第4課に所属しているのである。何だか哀れだ。

「いや、でも間違ってるとは思えない。何だろう、重ねがけのし過ぎかもしれない。いや、これ以上解いたらそもそもの目的も果たさなくなってしまうし。他に何か要因があるはず、土地は大丈夫、ここはむしろ通りが良い程。では何か、一体何が問題なのか。上手く働けば仕事の大詰め段階にまで入る事が出来る。こんなこといつでも出来ると甘く思っていたのが私の間違いか。否、でも確かにいつでも出来るはずだった。魔術減少の擬似結界があるとも思えない。魔術組合は私に仕事を求めたし、私もそれに応じた。よって大きな問題は無い筈。魔術行使による疲労に伴う体力気力の減少はそれほど問題でもない。それでは二度目に感じた防壁のようなものが問題か。小さかったからそれほど警戒はしていなかったが、何か異質な存在であったのか。否、そもそもあれは防壁だったのだろうか。今まで私はあのような波形は見たことが無いかもしれない。否、どこかで見たことがあるかもしれない。でもそれがどこだったかは詳しく思い出せない。しかしあれほど独特な波形となると逆に自分の才能に気付いていない素人の軽い暴走によるものかもしれないし、何より負の感情が前に出ていた。となるともう始まっているのかもしれない。否、それにしては気配が小さすぎる」

 いや、矢張り第4課に相応しい人物なのかもしれない。いくら魔術師とは言え、息継ぎも無しにここまで言い抜くのは異常というか異様というか。ショートカットの髪を一度撫で上げ、もう一度気合を入れるように溜息を吐く。その髪の毛の色は、銀色だ。
 銀の世界。彼女は、魔術師の中でそう揶揄されている。恐らく銀色の髪の毛が原因だろうが、その呼び名を彼女はあまり好ましく思っていないようだ。整った顔立ち、細い顎、すっと通った鼻梁、そして金色の瞳。肌が白いため、銀色の髪と相まって金色の目が浮かび上がるようだ。
 それがなぜ、銀の世界と呼ばれるのだろう。どちらかと言うと、金色の印象が強いように思われる。

「あぁったく、雑音多過ぎ。八百万の神とはよく言ったもんだよホント」

 ブルブルと頭を振り、再度脱力したような顔を見せ、その場に寝転がる。考えてみればシュールなものだ。上下左右コンクリートで固められた部屋で、この国にはそぐわない銀の世界が、部屋である正四角形の中央で仰向けに寝転がっている。まったくの無防備さで、手を広げ、大の字に寝転がる。
 銀の世界の名前はそこそこに有名である。18歳という魔術師としては若過ぎる年齢もその原因だろう。


 銀の世界は埋め尽くす 君の世界を私の世界を
 銀の世界の行く所 銀の平原 銀の星空

 私の世界は塗りつぶされて 私は薄れ 消えていく
 銀の世界はカラカラと 渇かぬ喉が渇いたと 静かに叫んで溺死する

 青い空海陵辱されて 私の世界はカラカラ笑う
 銀の世界にサラサラと 流されてしまう私の世界

 銀の世界がカラカラ笑い
 私の世界がしとしと涙
 私の世界がとられたと
 銀の世界にとられたと

 銀の世界はカラカラと 渇かぬ喉が渇いたと 静かに笑って溺死する


 とまぁ、こんな詩まで出来上がっている程なのだ。まぁ、物凄く知っている人は少ないだろう。ある一部の情報網でしか捉えられていない情報の1つ。恐らく彼女の能力に関する言葉が含まれているのだろうが、この情報を流した人間は酔狂な人物のようでこんな言葉でしか情報を残さなかったのだ。

「あぁったく、ちくしょー。何でこう上手くいかないんかなー」

 そんな詩まで出来上がっている程なのに。

「くっそー、日本なんか来なけりゃ良かったー!」

 そんな詩まで出来上がってる程の人物がこんなんで良いのだろうか? いや、普通良くない。断じて良くない。絶対に良くない。イジメ、かっこわるい。

「ところでさー、アンタ誰ー?」

 その問いは、天井に向けられていた。
 金色の瞳は確実に『俺』に向けられている。もう、ばれている。
 俺は天井を蹴破って着地する。着地位置は正四角形の端、上半身を起こした標的までの距離は約7メートル。右手に所持していた刃渡り7センチ程の短剣を牽制に投擲し、組み伏せるために突撃する。俺の得意な事は、接近してからの攻防。本来なら逃げる事及びヒットアンドアウェイの戦い方が最も得意なのだが、このような状況では致し方ない。
 魔術師相手にこの距離なら、どうにかなる。

「アンタ」

 言葉と共に右手だけで短剣を弾く。
 馬鹿な、いくら魔術師とはいえ、肉体強化は自己にはかかりにくいはずだ。今の投擲に手加減は無い。どこか得体の知れない存在、俺はそれに立ち向かう。例え死ぬ事になろうとも、それが私の仕事。左手に持つ刃渡り20センチ程の片刃刀を眼前にかかげ、踏み込む。
 相手までの距離は約3メートル。次の一歩で俺は魔術師の頚動脈を切り裂く事ができる。頭の中で魔術師の血が飛び散る想像をしながら、その一歩を踏み出した。
 相変わらず魔術師は上半身を起こしただけの無防備な状態。いける。

「誰よ」

 その思いは、初恋の如く砕かれた。

 動かない。体が、動かない。後数センチ切り込むだけでこの魔術師を殺すことが出来るのに、動かない。俺は、左手と左足を踏み込み、首筋に傷をつける僅か手前で停止していた。重力も何も感じさせない停止。俺の周りだけ、世界が全て停止しているようにも思えた。
 あぁ、何かもう駄目だ。
 駄目ったら駄目だ。最初っから逃げとけば良かったんだよね、うん。今日は偵察だけだったのに、ここまで来ちゃった俺が悪かったよ畜生。しがない下っ端の俺がよく頑張ったよ、こんな化け物無理だよ無理無理。








「俺の名前は坂崎ミコト」

 何か、取り敢えず問いに答えてみる事にした。

「暗殺者だ」

 でも、魔術師に圧倒的に負けて、暗殺者の自信失った気分。











 no.2 吸血鬼and一般人







 時刻は5時28分、私は混乱していた。
 えぇと、これは一体どうなっているんだろう。あれ、頭が上手く働かない。いや、まじでどうなってるんだろう。えっと、えっと、これは一体どうなってこうなってるんだろう。えぇと、ありえないんだけど。え、無力なこの私にどうしろと? 神様が試練を与えてくださったとでも言うのかこの惨状を。いやホントありえないんだけど。

「キシミ」
「何」
「取り敢えず落ち着こうか」

 帰り道で一緒になった飯味が私の肩に手を乗せ、落ち着いた声で私を諫める。そうだ、こんなに慌てるなんて私らしくない。いや、こんなに慌てるだなんて小学2年生の時に喧嘩してる男子を止めようとした所、腕を振り払われたので腹が立って殴り気絶させた時以来だ。うん、白目むいてぴくぴくいってた世にも恐ろしき顔に比べれば今の状況なんてどうってことない。
 冷静に今の状況を見よう。まず、ここは私の家だ、OK。次に、玄関を上がった時に違和感を感じた、OK? そして、居間を見るとぐちゃぐちゃになっていた、NO。断じてNOである。独り暮らしの私の聖域、居間をぐちゃぐちゃにするなど、切腹モノである。しかも介錯無しの完全ガチンコの切腹だ。

「えぇと、ひゃくとうばんする?」
「あー、ちょっと待って。もう少し落ち着く」

 居間へと入る廊下で突っ立ったままも何かと思ったが、飯味だし別に良いだろう。てか、妙に飯味が落ち着いてるのが腹に立つなぁもう。実を言うと私の家には法に触れるものが有ったり無かったりするので警察は呼びたくない。でも、状況が状況だしなぁ。それに、犯人は私が中世ヨーロッパ式の拷問にかけない限り気が済まない、警察に渡すなど生温いのだ。

「OK、取り敢えず警察はちょっと待とう」
「OK」
「次に、状況を理解する」
「OK、ボス」
「これは簡単に考えると空き巣にあったと考えるべきか?」
「YES、ボス」
「次にどうすれば良いと思う?」
「取り敢えず何が盗られたか確認すればいいかと」
「OK、それでいこうか」

 何か、飯味が落ち着いてて私が未だ少し混乱しているという事がしゃくだが、そこはスルーしておこう。いや、それにしてもぐちゃぐちゃだ。これをぐちゃぐちゃと言わずして何をぐちゃぐちゃと言う。弁当箱をバトン代わりにクラス対抗800メートルリレーをしてもこれほどぐちゃぐちゃにはならないだろう。
 私の家は純和風家屋で、本来ならば掘り炬燵に片付けていない急須。そして食器の入った棚が12畳程の居間に鎮座していただろう。だが、今の居間の状況は酷いものさHAHAHA、と洒落も言えない程に悲惨なものだった。
 炬燵の台はひっくり返され、食器棚からは食器が雪崩落ち、食器棚本体は炬燵へとダイブしている。段々落ち着いて考えてみると、片づけが非常に面倒ですよ奥さん。何せ落ちた食器は大量のガラスのコップ。それがひっくり返された台にジャストミートしているではありませんか。部屋中、ガラスやら何やらが散らばり、畳へと突き刺さっていた。

「飯味」
「ん?」
「片付け手伝ってくんない?」
「えー」

 飯味は不平の声を挙げると、他の部屋見てくるよ。と、薄情にものんびりとした足取りで廊下の奥へと歩いていく。酷くない? と普通に思うが、私って吸血鬼だし普通じゃないねと納得し、スリッパを履いた足で居間へ踏み入れる。スリッパで畳を踏むのは外道だ邪道だ棘の道だという持論があるが、この場合はそうも言っていられないだろう。
 この部屋には大切なものがあるから。この部屋には、誰にも渡してはいけない大切なものがあるから。

「無い」

 自分で呟いて、絶句する。何か、いつものように軽口を叩きたいが、叩けない。冗談ではない。あれは絶対に失くしてはならない。だって、あれがなくては私は死んでしまうかもしれないのだから。
 再び軽いパニックに陥りそうだった頭を自分で軽く叩く。軽く叩いたつもりなのに、握り拳で物凄く痛かった。

「キシミ、他の部屋は大丈夫だったってお前どうした。突発性生理か」

 その頭の痛みに思わず蹲って頭を抱えていると、後ろから飯味の声がした。普通ならもっと心配してくれるでしょうがとか考えたが、私って吸血鬼だし普通じゃないねと納得し、すぐさま悪態を吐いた。

「うるさい、これはつわりだ」
「そうか、それは悪かった。今度酸っぱいもの持って来よう」

 何だか、飯味には勝てる気がしない。痛みの引いてきた頭を摩りながら立ち上がり、飯味に向き合う。飯味は、私が吸血鬼だと知っている唯一の友人だ。恐らく事態は理解しているだろう。何故我が家が襲われ、居間だけが荒らされたのかを。

「で、あれが盗まれたのか」
「何ていうか、その通り。心当たり無い?」

 ある訳が無いだろうが。自分でそう脳内突っ込みを入れておいた。

「あるけど?」
「は?」

 思わず、変な声が出た。目の前で、だから何か? と首を傾げる飯味を丑の刻参りでじわりじわりと弱らせたくなる。時折、飯味が分からなくなる。飯味は嘘を吐かない、つまり本当の事を言っているのだろうけど、何故知っているのか。飯味は、私みたいなのとは違う、一般人のはずだ。
 しかし、時折彼女は一般人の限界を超えているように見える。否、私みたいな吸血鬼とつるんでる時点でもう一般人じゃないのかもしれないけど。
 それよりも、その心当たりはどのようなものなのか……。











「彼女の名前はルヴィリア・チゼット」

 聞いた事のない外国の名前が飯味の口から紡がれる。

「魔術師だね」

 いや、それよりも飯味お前何者よ。














 To be continued...

 
2005/06/09(Thu)02:30:53 公開 / 炎天下9秒
■この作品の著作権は炎天下9秒さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

 はい、no.2更新です。
 今回は再び登場吸血鬼。そして彼女は一体何者なのか。謎が謎を呼び謎を読んで更に謎を呼んで結局謎のまま終わらないように気をつけたいと思います。

 さぁて、ここからどう展開するか、おおよそNO PLAN!
 つまりそこのあなたも次回に影響を与える事が出来るのです…!
 とか言ってみましたが、結局色々指摘頂けると幸いなのです。

 コメディベースにシリアスなど絡ませるのが目標。全体的にシュールな雰囲気を醸し出せたら成功です。
 今後色々と頑張って展開させていきたい思いますので、どうか生温い目で見守ってやって下さい。


 >>京雅さん、3度目の感想ありがとうございます。
 一歩間違えば置き去りにしてしまうかも。うはぁ、的確な指摘ありがとうです。過去にそんな経験有り。そして気付いた、CMっぽく無いじゃない! 今後もう少しCMチックにしていかなければ…!

 >>clown-crownさん、3度目の感想ありがとうございます。
 私の書くものは大まかな所と細かい所が曖昧とよく指摘される次第です。3と見せかけて1のトリック、モデルは乙一さんの短編小説ですね。勉強にナリマス。カモフラ流石です。もっと感想書いて下さい(オイ

 >>羽堕さん、3度目の感想ありがとうございます。
 まぁ今回の視点は今一浅かったかもなぁ、と思ってみたりもしてます。色々と物語りを展開させて行こう、そして逝こうと思っておりますので、今後ともよろしくです。

 >>Rikorisさん、感想ありがとうございます。
 次回は簡易感想ではなく、生の声をお聞かせくださると私はもう凶器乱舞ですよ。包丁とか振り回しますよ。

 >>影舞踊さん、2度目の感想ありがとうございます。
 笑い所欠乏。これは私にとって酸素欠乏症と同等なまでに辛い症状です。そして、今回から段々と人物を絡ませて絡ませて絡ませほどけなくなりました。
 あ、ネットポリスさーん、ここですここ。

 >>甘木さん、3度目の感想ありがとうございます。 
 ハハハ、私が重い感じの小説が書けると思うてか! と無意味に威張ってみたりします。世界観は、やっぱりはっきりさせたほうがいいのかなぁ……。
 何はともあれ生温くをモットーに頑張っていきます。

 >>有栖川さん、以後よしなに。あぁあぁああ、軽妙とか言ってもらえたのに今回は何かえらくダークな思考の持ち主が主観となってしまいましたヨ。色々な登場人物を絡ませて話を作っていきたいと思ってます。ここからが本番だぜぇとか言ってみたり。


※誤字訂正の為更新
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