- 『未来が見えるU〜交差する二人の『私』1〜2』 作者:ゆうき / 未分類
-
全角0文字
容量 bytes
原稿用紙約枚
この世界は『黒』で覆われかけている。『黒』は次々と他の『色』を吸収――侵食して、やがて漆黒の色へと染めていく。それはまるで透明な水に、黒い絵の具を落とした時のようだ。水は何も抵抗できず、『黒』にされるがまま。
それがこの世の全ての人々に広がったら、この世界は終わりだ。だってそれは、人々の心の奥底にある欲という欲が理性を突き破り、本能の赴くままに行動するということなのだから。その中では、法、秩序、慣習などはまったく助けにならない。弱者は虐げられ、強者が弱者の血肉を食い尽くすことだろう。
まさに生きる――『死』の地獄。
私の役目は、そんな『死』の地獄から、『黒』から人々を救い出すことだ。
――いや、厳密に言えば、人々を救うというよりは、『黒』をこの世から『削除』することが私の役目か。まぁ、どっちにしろそれが、結果的には『黒』以外の人々を救い出すことになっているのだ。
喧騒に満ちた繁華街。そのサウンドは、車の排気ガス音と、人々の嘲笑。
大人は疲れた顔をアピールするように曝け出し、若者は迷惑を顧みず道端に座り込み、くだらない話題に熱中して卑俗な笑いを浮かべている。私は横目でその光景を見ながら、隙間を縫うように歩いていく。
彼ら――座り込んでいる若者の色は、『紫』八割の『黒』二割。まだ許容範囲内だ。つまり世間で言う、不良には怖くてなることができない半端な奴らというところだ。
こういう奴らはいつまで経っても、中身がスッカラカンで、『黒』とは別の意味で処理に困る。『削除』するには、『黒』が少ないし、生かすにしても、『紫』じゃ大した人物にはならない。
――ちなみに、人にはそれぞれ『色』があり、自分の知らない間に他人へと発せられている。
普通の人には、それを見ることはできないが、私にはそれを見ることができ、その人の性格を見抜くことが出来るのだ。例えば『赤』だとすぐに熱くなる人、『青』ならば、心の広い人などのように。
ただ、注意してほしいのは、原色の色そのものを持っている人は少ないということだ。ほとんどの人は『赤』に少し『青』が混ざっていたり、『青』に『黄』と『緑』が混ざったりしている。
それはつまり、性格に二面、三面とあることを示している。原色の人には一面だけの性格しかない。所謂裏表のないというやつだ。
だが、原色の人には、他の人と違って特殊なところがある。
――『色』の入れ替えだ。
それはある一定のこと――つまりとてつもないショックなどがあると、大きく人格が変わってしまうということだ。『青』の人が急に『赤』になったり、『黄』の人が『緑』になったりと人によって千差万別だ。自覚できる人はほとんどいない。
だから傍から見ると、二重人格とか狂人とかと見られることが多い。
ちなみに、人は誰もが最初は『白』で、五歳ぐらいからじわじわと他の色に染まりだす。
……と言ってもまぁ、この頃はいろいろな物に感化されて、ころころと変わるから、決定的に色が決まるのは十歳くらいからだ。そして最近の若者は、一番役に立たない『紫』になる傾向にある。
『紫』は性根が悪く、今がよければそれでいいというような色だ。現在では若者の三割くらいを占めている。私としても、これは頭痛の種だ。本当にどうしようもない。
私は思わず嘆息した。
その時、道に座り込んでいる若者の男が私に目を向けた。金髪で、髪の毛の下にある頬のニキビが別の生き物のように動いている。にんまりとした表情で、私の側へと歩み寄ってきた。
「ねぇー、君ぃ一人ぃ? 暇なら俺らと遊ばねぇ?」
やたらと語尾を伸ばした口調。イントネーションもめちゃくちゃ。『紫』で、典型的な馬鹿のようだ。
私は無視して、歩を進めようとしたが、その若者は逃さないというように私の左手を掴んだ。汗に濡れた手が気持ち悪い。
「ちょっとー、無視しないでよぉ。こうして出会ったのも運命なんだしぃ。絶対ひどいことしないからさ、ねっ」
そう言って、男が私の身体を舐めまわすように見つめた。まったく言葉と行動が矛盾している。ふと気づくと、私は男を含めた若者たち五人に囲まれていた。一様に下心丸見えの下品な表情を浮かべている。
「そんな警戒しなくていいってー。こいつらは俺のダチだし。皆紳士だぜぇ」
男が私の左手に力を込めた。どうやら、私にはイエス・ノーの権利はないらしい。
――自分勝手。自己中心的。
少々腹が立ってきたので、私は掴まれていない右手で男の顔面に裏拳の要領で、思いっきりぶつけた。そして男が一瞬怯んだ隙に、左手を離させると男を睨みつけた。無言の冷たい視線の圧力。女性のこの行為ほど怖いものはないだろう。男が鼻を押さえたままよろよろと後退した。
他の若者たちも呆気にとられている。私は踵を返すと、取り囲んでいる若者の間をくぐり、歩き出した。男に握られた左手をハンカチで綺麗に拭き取る。まったくの時間の無駄だった。こんなことをしているうちに、『黒』が人々を不幸にしていなければいいが……。
「おい!! 女、ざけんなよ!!」
唐突に背中に怒声が届いた。首だけを動かして見てみると、私の左手を握った男が、醜い表情でこちらを睨みつけている。
ふ、と、私は目を見開いた。男の『紫』が『黒』に侵食されていっている。彼の友人も同様だ。どうやら、私に軽くあしらわれたのが、引き金となったらしい。
私も人が目の前で『黒』に染まっていくのを見たのは、これが初めてだ。今まで見てきたのは、すでに染まりきってしまった人たちだったのだから。
――でも、これでやっと『削除』を敢行できる。
「このクソ女!! 冷めた態度で見下しやがって!!」
男が唾を飛ばしながら、吼えるように言った。思わず肩をすくめる。
……冷めた態度はもとからなのだが。まぁ、ここで言っても無駄だろう。
私は歩を止め、男たちと向かい合った。深呼吸をすると、両足を少し広げ、彼らをじっと見据える。
瞳に力を込めた。
「何だ、こらぁ。今更謝っても――」
突然男たちがビクッと身体を震わせた。口を金魚のように、パクパクと動かしている。必死に身体の異変を他の人に伝えようとしているようだが、声は一つもでない。周りの通行人もちらりと一瞥はしていくが、関わりたくないというように、すぐに目を伏せて通り過ぎていく。
男たちの目が恐怖で揺れた。
――彼らの身体はもう、私の物。
私はちょっとした優越感に浸りながら、視線をそっとすぐ近くにある七階立てのビルに移した。そして彼らに優しく語りかける。
――行きなさい。楽にしてあげる。
私の言葉に、男たちが兵隊のように一列になり、足並みを揃えて歩き出した。何事もなかったかのように、私の横を通過していく。私は、そんな彼らの背に、真摯な眼差しを送った。
これから旅立つ者たちへのせめてものはなむけだ。私は彼らがビルに入っていくのを見届けると、くるりと背を向けた。
やがて何かが地面に落ちて、潰れていく音が五回私の背中に聞こえた。
「また寝とるか、梶谷優!!」
「あいたっ!?」
自分の名前と共に、鈍い痛みが頭を走った。まるで雷が直撃したみたいだ。両手で頭を押さえながら、上体を起こすと、目の前に眉を吊り上げている数学の木田先生がいた。右手がグーに握られている。
どうやらさっきの衝撃は、ゲンコツを喰らわされたものらしい。
「あっ、……おはよーございます」
「何がおはようか!! 毎度毎度寝よって!!」
その言葉を合図に、ガミガミと説教が始まった。木田先生は数学なのに、国語の教師以上に説教が長く、しかも恐ろしいほど難解な言葉を使うものだから、聞いてて眠たくなる。
……それにしても、さっきの夢(夢にしてはえらいリアルだったけど)は案だろう。
街並み的にはよく知っている所だったし……。『予知』なのかなぁ。
あとで、上田に話してみよう。
「説教してる側から寝るなっ!!」
「あいたーっ!!!!!」
再度雷が頭に落ちてきた。その私の声に呼応するようにクラスで割れんばかりの爆笑の渦が巻き起こった。
放課後。蒼く澄み渡る空の下、私は親友の多田雪絵といっしょに下校していた。雪絵は、長い髪とくりくりっとした瞳がチャームポイントの同級生である。その雪絵がニタニタと笑みを浮かべていた。
「さっすが、優! 怒られている側から寝るなんて、優にしかできないよ!」
雪絵はマシンガンのように早口で言うと、ケラケラと笑った。私は思わず唇を尖らす。
「また、新たな汚点を増やしちゃったなぁ。数学の成績まずいかも……」
「いいじゃない。可愛さ余って……ってやつで。まぁ、優の場合は余りすぎだけど」
雪絵がトントンと肩を叩いた。
「慰めるのか、馬鹿にするのか、どっちかにしてよ」
「どっちかねっ。分かった、馬鹿にします」
私は「もうっ」と雪絵を突き飛ばした。雪絵が意地悪そうに舌を出す。二人の間に、笑い声が上がった。
いつもの日常茶飯事の光景。でもちょっぴりと変化した光景。
雪絵が私の手に触れた。その途端、雪絵が今日一番の微笑みを浮かべる。
「おっ、優姉さん。悩み事があるようですねぇ。上田君に会いたくて仕方ないようですな」
「こっ、こらぁっ」
雪絵が奇妙な声を上げながら走り出した。私もその後を追って走り出す。
――そう、これが今までと少し違う光景。
雪絵は私の『予知』の能力を知り、彼女自身には『全知』という触れた者の本質を知る能力があるのだ。前者は私が直接教えたのだが、後者のことは驚かされた。
かつて私の『想像の具現化』という能力で別世界を創り出した時、その世界では『能力者』と呼ばれる人たちがいて、互いに戦っていたのだが、まさか現実の世界でもその『能力者』の人たちがいるとは思わなかった。
しかも別世界の『能力者』と、現実世界の『能力者』は人物が一致している。
つまり、別世界で起きたことが、現実世界でもそのまま反映されていたのだ。
まったく頭が痛くなる。
ただ、現実世界では、別世界ほど戦いは起きていないようなのだが、能力者はたくさんいる。これじゃいつ争いが起きてもおかしくない――と私は考えていたのだが、驚くことに、すでに私以外にも能力のことに気がついている人がいて、争いが起きないように、ちゃんと能力者の組織を作ってトラブルが起きないように、日夜活動していたのだ。
そしてその組織――シュヴァルツのリーダーは呂布の能力の持つ神島隆平。
これには心臓が飛び出るほどビックリした。別世界で強敵だった人が、現実世界では皆を守るために活動しているのだもの。そしてその拠点は上田がバイトをしている、コンビニだ。そこでは、上田、神島以外にも、能力者の人たちが何人もいる。
それで、今では私と雪絵は組織に入り、能力者の人たちが困らないように、日夜(放課後と休日)活動しているのだ。
コンビニが見えてきた。今日も仕事の始まりである。私は走りながら、心に喝を入れた。
〜2〜
『微笑う』という行為を忘れて久しい。
今の私は無表情という仮面を被った死神。『黒』に染まった人たちを排除するのが仕事。報酬は『黒』が絶命する時の悲鳴、呪詛、嘲笑。
……我ながら笑えない冗談だ。こんなことを考えているから、『微笑う』ということを忘却してしまうのかもしれない。
夜の帳も降りた黄昏の余韻を残す公園。私はひっそりとベンチに座っていた。私の視線の先には、幸せな時間を過ごしている仲睦まじい高校生のカップルが、青く塗装されたベンチに座っている姿があった。
二人は互いに肩を寄せ合い、尽きることのない話に笑顔という花を咲かせている。その光景は中世ルネサンスの聖母子像を思わせる尊厳さに加え、言葉に言い表せない何か、『光』が窺えた。
見ている人は、思わずその二人の姿に、自然と笑みが零れることであろう。
――彼らの色は『光』。それは他のどんな色よりも数少ない色だ。
『光』は『黒』と対極の立場にあり、その性格も逆である。『黒』が人を蝕み、食い殺すのと違い、『光』は人々を救ってくれるのだ。
もちろん救うといっても、私のように『削除』という行動をするわけではない。『光』はそっと人々の間に入り込み、他の人に自分の『光』をお裾分けする。お裾分けされた『光』は、人々の『黒』の部分を浄化し、明日を生きる希望をくれるのだ。
そんな何事にも換えられない素晴らしい色なのだが、逆にその分『黒』にも狙われやすい。
今通り魔などで殺される人の半分は、『光』なのだ。
だから、私は『黒』を少しでも早く『削除』していかなければならない。いくら『削除』しても『黒』は途切れることなく現れ、毎日が大変だが、彼ら――『光』の笑顔を見ると、私の疲れもあっというまに消えるのだ。
私のしていることは間違いではないのだと改めて確信をする。
……ふいに気がつくと、知らず知らずのうちに私は微笑みを浮かべていた。
頬の筋肉が固まっていて、なかなかきつかったけど、心が洗われていくようで心地よかった。
――彼らの光に満ちた将来を分けてもらえたような気がした。
私は腰を上げた。『光』を守らなくてはいけない。私は彼らに向かって小さく一礼をすると、その場をあとにした。
夜の闇に溶け込んでいく中、私の瞳には彼らの『光』の残像が輝き続けていた。
また夢を見たなぁ……。私は何となく心の中で呟いた。
「……梶谷さん」
憂いを含んだ声が聞こえる。私はその声に答えようとした。が、身体は私の意志に反してまったく反応しない。というか、私の身体という実感がない。
感じるのはふわふわとした浮遊感。まるで、私の意識がどこか遠くへ飛んでいってしまったようだ。もしも、今白い髭を生やしたお爺さんが、「ここは天国だ」と言ったら、私は考えるまでもなく、納得し、信じるであろう。
だがそんなお爺さんは出てくることはなく、やがて私の意識はゆっくりと降下し始め、いるべき場所へと戻っていく。
液体と気体の中間のような私の意識は、帰るべき場所――身体へとたどり着くと、神経の一本一本を縫うように染み込んでいった。それが足の指先にまで至った時、私はすっと重力というものを感じた。
そしてそれと同時に、手足を自由に動かせるようになった。
少し身体が、ギチギチとギブスをはめたように痛んだが、我慢できないほどではなかった。
「梶谷さんっ」
さっきよりも逼迫した調子の声が聞こえた。答えなければいけない。
「はい」
声が出るか心配だったが、言葉は素直に淀みなく出た。それから心の中で一、二、三と数えると、上半身を勢いよく起こした。少し頭痛がする。目の前には、上田が心配そうな顔つきでこちらを見ている姿があった。
そこで私は初めて、自分が机にうつ伏せになっていたことに気がついた。
「どこか体調でも悪いの? 呼びかけても、死んだように動かないし。もしそうなら、今日は早く帰ってもいいよ」
前髪の隙間から見える上田の瞳が、不安げに揺れている。形の整った眉が、微妙に歪んで、私のことを本気で思ってくれていることを知らせてくれる。
私は頭の中に残っている頭痛を意識しないように努めて、出来る限りの笑顔を作った。
「ううん、大丈夫。ちょっと夢を見てただけだから」
「夢?」
上田が怪訝そうな顔をした。別に強調して言ったわけではないのだが、『夢』というワードが頭に引っかかったらしい。
一瞬言ようか言わないどこうか迷ったが、上田にはあまり隠し事をしたくなかったので、話すことにした。
私が見たことをそのまま話すと、上田はさらに眉を顰めていった。腕を組んで、じっと目をこちらに向けている。口ははさまない。
話を終えると、上田は右手を顎に当てて何やら探偵がトリックを考えるような仕草で黙考し始めた。こちらからは話しかけづらいオーラが漂っている。上田の私に接する態度としては、今までにないことだ。
上田の能力である沖田総司を覚醒させた時の圧迫感とどこか似ていた。
立ち上がって行動することすらも、上田の邪魔になるような気がしたので、私は手持ち無沙汰に付けっぱなしになっているテレビに目を向けた。
時刻は夜七時を表示している。テレビは、全国で起こったニュースを中年の女性アナウンサーが機械的に念仏を唱えるように呟いていた。
――登校拒否からの自殺、通り魔が現れて三人を刺す、高速道路で玉突き事故……。
事件は毎日尽きることがない。人が生まれ死んでいくように、事故も発生し、やがて忘れられていくのだろう。自分で思ったことなのだが、悲しくなる。
――午後三時頃、中州のTKビル屋上で、若者が五人飛び降りるという事件がおきました。
目撃者によると、彼ら五人は何かに取り付かれたように迷いも見せず、屋上まで行き、こちらの静止も聞かずに飛び降りたということです。また遺書は見つかっておらず、また遺族などの話からも、自殺などありえないということから、警察は事故、麻薬の面からも見て捜査を進めると共に――
耳を疑った。そしてそれと同時に、背筋に冷たいものが這い上がっていくのを感じた。
……あれは夢ではなく、現実なの?
頭が真っ白に染まっていく中、私は上田の顔を見た。
――上田の顔も同様に凍り付いていた。目を剥いて、テレビ画面に釘付けになっている。
「……神島さんに、相談したほうがよさそうだ。俺たち二人だけで解決するには、事が大きすぎるな」
そう言うと上田は腰を上げ、私を促した。慌てて私も立ち上がる。
上田が真摯な眼差しで見つめていた。
「どうやら、千里眼の能力も出てきたみたいだね」
続く
-
2005/06/01(Wed)22:27:27 公開 / ゆうき
■この作品の著作権はゆうきさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
小学校の時の漫画のネタと、ガク○、マリスミゼ○ Moi dix mo○s、ラファエ○の音楽から作品を創りあげているゆうきです。
最近はちょっと体育祭の練習とかで忙しいので、更新が遅くなりますが、どうか気長に待ってくれると、作者としても嬉しいです汗 一週間に一度は更新したいと思います。それでは、読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。