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『甲冑兵戦記 休幕「天使達の黄昏 前編」』 作者:ギギ / ファンタジー ファンタジー
全角27819.5文字
容量55639 bytes
原稿用紙約81.6枚

第7幕


 リュンを地下に残して執務室を出たフィアナは、階段で2階に上がりテラスに出て夜風に当たっていた。
 西風がそよぎ、フィアナの解いた髪が柔らかく戯れる。冬が終わり、少しづつ暖かくなってきたとはいえ、陽が落ちるとまだまだ肌寒い。
 グランの西にそびえる天を支える霊峰『カレート山』とその稜線からこの時期時折降りてくる冷たい空気は、この地方独特の物で俗に『神の吐息』と呼ばれている。
 何度かこの冷気が降りてくる時期を過ぎると、雨期になり、やがて短い夏がやってくるのだ。グランの人々はこの『神の吐息』を肌で感じることにより、暖かさと同じくゆるんでくる気持ちを引き締めるとともに、神のお膝元に生きているという誇りを実感するのである。
 フィアナはテラスから夜のラウド・パセの通りを見やる。
 通りは幾分人通りが少なくなった物の、まだお祭り気分の人が朝まで飲むつもりなのか、未だ開いている店探しさまよい歩いてるのが見える。空に浮かぶ三日月と通りに設置されたガス灯の明かりが、そんな人たちの影を石畳の上に踊らせていた。
 フィアナはこのテラスから望む夜のパセ通りの風景が好きだった。通りの脇に等間隔で設置されたガス灯が、道に沿って王宮へと続いており、その先にうっすらと照らし出される城の上に三日月が浮かんでいる。それは何ともロマンティックな風景であった。
 そんなお気に入りの風景を眺めながら、しかしその目に悲しみの色を浮かべつつ、今は無き父に問いかける。
「お父様・・・・・・ あたしに出来るかな?・・・・・・ もし出来たとしても、あたし・・・・・・ きっと壊れちゃうよ?」
 そう言って手すりに両腕を手すりに持たせ、フィアナは顔を伏せた。それは先ほどリュンを木刀で叩きのめした凛とした強さは微塵も感じない、普通のか弱い女の子の姿だった。
 少ししてから顔を上げ、何気なく右に視線を移すと、そこには手すりに吊り下げられたプランターと、それに植わっている数本の花が目に入った。中央にピンク色の小さな鈴のような蕾がいくつも集まり、その周りを大きな葉っぱが蕾を包み込むように囲んでいる。この地方にこの時期に咲く『グランソワ』という花だ。蕾のふくらみ具合からいって明日、明後日には咲きそうな感じだった。  
 フィアナはそれをただじっと眺めていた。そして自分が幼い頃この世を去った母の事を思い出していた。


『お母様、このちっちゃいのがいっぱい付いてるお花はなって言うお花なの? 』
『これはね、【グランソワ】って言うお花よ。とっても可愛いでしょう? 私の大好きなお花なの』
『ふ〜ん、あたしも可愛くてすき〜! 』
 幼いフィアナはそう言って花を摘もうとする。それを見ていた母は優しくフィアナを諭す。
『積んではダメよ。お花が可哀想でしょ? 』
『え〜っ、フィアナお部屋に飾りたいんだもん』
『お花だって生きているの。それに摘まずに見て楽しめば、お花が散っても、来年また綺麗なお花が咲いて私たちを楽しませてくれるのよ? 』
『ふ〜ん。わかった、フィアナ見るだけにする。ねえお母様、このお花、なんかお母様みたい』
『ん、? なぜかしら? 』
 母が首を傾げた。
『だってこのお花、葉っぱが沢山のお花を抱っこしているみたいなんだもん』
『そうねぇ、そう見えるわね。』
『お母様は国中の人たちみんなに優しいでしょ? だからそう思ったの』
 そう答えるフィアナに、母は優しく微笑み頭を撫でた。
『この国はね、昔からいつも戦の多かったの。西に一番近い国だから仕方がない事なのだけれど・・・・・・ それで一番犠牲になるのはいつも下々の人たちばかり。でもみんな一生懸命街や村を直してまた同じ土地で暮らしているでしょう? なぜだか分かる? 』
 フィアナは少し考えてから母に答える。
『う〜ん、わかんない』
『皆、自分が生まれたこの国が大好きだからよ。だから戦争で壊れても一生懸命直して暮らしているの。私もそう。この国とこの国の人たちが大好き。だからこの花のようにみんなを包み込んであげたいといつも思っているわ」
 そう言って母はフィアナを膝の上に載せた。そしてにこやかに小さな我が子の顔をのぞき込みながら続ける。
「よく民は国が無ければ生きては行けないって言う者が居るけど、でも本当は・・・・・・ 生きて行けないのは私たち貴族の方なのよ。だから私たち貴族には民を守る義務があるの。恐くても、嫌でも、たとえ命を落とすことになっても、貴族に生まれたからには国民を守らなければならない。それが貴うき者、【貴族】なのです。だからフィアナ、民を守り、民の気持ちが分かる人になりなさい。」
 そう言って母はまた幼いフィアナの頭を何度も優しく撫でるのだった。


 当時、幼かったフィアナは母の言った意味を半分も理解出来なかった。恐らく母も自分が理解出来るとは思っていなかっただろう。きっと母は自分に話して聞かせると同時に己に言い聞かせていたのではないか――― そう思えてならない。そして今のフィアナには母の言った事の意味と、その気持ちがよく解るのだった。
「そう言えば・・・・・・ グランソワの花言葉って何だったかしら?」
 プランターのグランソワを眺めながら、フィアナはそう呟いた。
「【博愛】、差別なく全ての人に捧ぐ無償の愛・・・・・・ だったと思う」
 そう後ろから声が掛かり、驚いて振り返った。声の主はリュンだった。「少し寒いな」と言いながらフィアナの隣まで行き、同じように手すりに寄りかかって通りを眺める。
「でもちょっと運動したから、熱冷ましにはちょうど良い」
 とリュンはフィアナに笑いかけた。
「リュンさん、花にも詳しいのね」
「いや、全然。ただこの花にはちょっと思い出があってね、それでたまたま知っていただけさ」
 少し眉を寄せてリュンが答える。ちょっと歯切れの悪い言い方だった。
「それより、クレモンドさんから一通り事情は聞いたよ。これからフィアナが何をしようとしているかも・・・・・・ 」
「そう・・・・・・ 」
 フィアナはテラスの手摺りに持たれながら素っ気なく言った。そして2人とも同じようにテラスから見える夜の通りの風景を眺める。立ち並ぶ家々の窓からこぼれる明かりと通りのガス灯の光が幻想的な風景を演出していた。
「ここからの風景は良いね。夜のパセ通りのガス灯、それに沢山の窓の明かり。綺麗だなぁ。眺めていると何となく気分が落ち着いてくるよ。ちょっと肌寒いけど」
「そうね。昼間の景色も良いけど、夜も良いわ。一人で落ち着きたい時なんか良くここからこうやって通りを眺めるの。少し冷たい空気も頭を冷やすのには丁度良い。あたしのお気に入りの場所よ」
 フィアナはそう言って風でばらけた髪を落ち着かせた。
「あの窓の一つ一つにそれぞれの生活、それぞれの幸せがある。東西戦争でこの国の人達はいつも犠牲になった。そして5年前の【グランの乱】。それでもこの人達はこの国で生活している。みんなこの国を愛しているから・・・・・・ そしてあたしも。家は取り潰され貴族階級は剥奪。屋敷も人手に渡り済む場所も無くなった。それでもこの国を出ようとは思わなかったわ」
 リュンはフィアナの話を無言で聞いていた。
「グランの乱の時、王弟派の貴族はこぞって籠城戦を主張。市民を盾にするつもりだったのよ。父は反対しヒュンメル様に平原で戦うよう申し立てたの。結果【ルーランの戦い】で王弟派と3国連合軍は大敗。でもこの国は残ったわ。戦いには敗れても国と国民は守れた。父もこの国を愛していたのよ。確かに皇帝に弓引く事は大罪よ。でも、あたしは最後まで民を守った父を誇りに思っている」
 謀反人故に表だった賛辞を受ける事はないが、グラハルト・カイエンは死しても尚グランの国民に人気があった。また生前の武勲、騎士の鏡とも言える行動から【ゲラール・ドウ・ゲラールス】(騎士の中の騎士)と呼ばれ国内外での騎士達からも尊敬の念を受けていたのである。
「その父の子であるあたし達が、民を巻き込む争乱を起こすわけにはいかない」
 決意を語るフィアナは、辛さと悲しみをが入り交じった表情を浮かべていた。そんなフィアナの様子を黙って見ていたリュンはこう問いかけた。
「実の兄を殺してでもか? 」
 そのリュンの問いにフィアナは答えなかった。ただ黙って通りを眺めている。
「フィアナが全てを背負わなくても良いんじゃないかな。血を分けた兄弟を討つのは辛いだろう。何も自分たちだけで解決しようとしなくても、もっと他に方法が・・・・・・ 」
「何が分かるの・・・・・・ 」
 リュンの言葉を黙って聞いていたフィアナがぽつりと呟くように言った。
「貴方に何がわかるのよっ! 貴方なんかにあたしの気持ちが分かる分けないわ! 」
 フィアナは振り返って喚いた。
「あたしだって兄様を討つなんてしたくないっ、これしか思いつかなかったのよ。何回も兄様を説得したわ。でも駄目だった。どんなに叫んだってあたしの声は届かなかった――― 仕方ないじゃない、あたしがやるしか。妹であるあたしがっ! あたしは、あたしはっ・・・・・・ 」
 最後は涙声になりそれ以上言葉を繋ぐことが出来なかった。リュンを睨む瞳には涙がにじみ、それはやがて溢れて頬を伝っていった。ずっと押さえていた感情は関を切ったようにあふれ出した。そして今のフィアナにはその勢いを再び押さえ込む事が出来なかった。
 声を殺し、必死に涙を堪えようとするフィアナをリュンは無言で見つめていた。肩を振るわせてしゃくり上げるその姿は、先ほどリュンと対峙した面影は欠片もなく、まるで親とはぐれて泣く幼い少女そのものだった。
 リュンはゆっくりとフィアナの震える肩に腕を回して、そのまま抱きしめた。フィアナは一瞬 ビクッ と肩を振るわせたがそのままリュンの胸に顔を埋め、今度は声を殺すことなく泣いた。
 リュンはフィアナを抱きしめたまま少し垂れ目気味の目を細め、無言で夜空に浮かぶ三日月を眺める。それは何となく過ぎた昔を懐かしむ様な仕草だった。そしてどことなく寂しさを感じさせる瞳だった。
「ごめんなさい。あなたに当たる事じゃ無いわね。つい押さえが利かなくなっちゃった」
 しばらく泣いて少しずつ落ち着きを取り戻したフィアナは、リュンの胸に顔を埋めたまま詫びた。 
「いや、俺の方こそごめん。余計な事を言った・・・・・・ 」
「人は・・・・・・ 深く関わってしまった物事からは逃げられない。どんなに辛くても、最後まで見届けなければならないの。それは妹のあたしでなくちゃならない。それが兄弟の責任なんじゃないかな・・・・・・ 」
「――― そうだな」
 リュンは静かに答えた。なぜか少しだけ悔しさを含んだ声で―――
「泣いて少しすっきりした。声を上げて泣くなんて何年ぶりかな・・・・・・ なんかいいなぁ、こういう時誰かがこうしてくれるのって」
 リュンは抱きしめていた両腕の力を緩めようとしたが、フィアナがそれを拒んだ。
「もう少し、もう少しだけこのままで居させて・・・・・・ お願い」  
 フィアナはそう言ってリュンの背中に両手をまわした。リュンはそれに答えるように、再びフィアナの肩を優しく包み込むように抱く。
 そして重なり合う2人を夜空に浮かぶ三日月の明かりが照らし、テラスの床に柔らかな影を落としていた。
 そんな二人を窓影から見つめる影があった。宿に戻ってきたユウヒである。
 彼女は宿についてすぐ2階に上がり部屋に向かう途中、偶然テラスに出るリュンを見つけ声を掛けようとしたが、テラスにフィアナが居たのが分かり、とっさに窓影に身を潜め2人の様子を伺っていたのだった。覗くつもりは無かったが、愛する男のことが気になる自分に歯止めが利かず、罪悪感を抱きながらも一部始終を見てしまったのだ。抱き合う2人を目撃してしまったユウヒは酷く狼狽していた。
(これはどういうこと―――っ!)
 まるで奈落に落とされた様な気分である。そして酷く自分が惨めな気持ちになった。足が震え、その場にしゃがみ込んでしまいそうになるのを堪えながら、ユウヒは足取りもおぼつかないまま自分たちの部屋に向って歩いていった。


 少し時間を戻す。リュンが出ていった後の地下室。
「親父殿、大丈夫ですか!? 」
 マウザー驚いた顔でがクレモンドに問いかけた。続けてロキも信じられないといった様子だ。
「親父殿があんな一方的な負け方をするなんて、信じられない! 」
 クレモンドは床に落ちていた木刀を拾おうとしたが、手が痺れていてそれを持ち上げることが出来なかった。痺れと共に鈍い痛みを感じる。骨にひびぐらいは入っているかもしれない。クレモンドの代わりにマウザーが木刀を拾い上げた。
「一体どんな力が加わったら樫製の木刀がこのような姿になるのだ? 」
 持ち上げた木刀は、柄の少し上から、まるで内部から爆発したように外に向かって開いており、剣先は粉々になって床に木片を四散させていたのである。状況を知らない者が見れば、それが元は木刀だった事がわからないだろう。 
「恐るべきガーナ【闘気】よ・・・・・・ 咄嗟に同じくガーナ【闘気】を練り、受け流してもこの有様だ。まともに受けたら儂は右腕も失っていただろうな」
 クレモンドは静かに答えた。それを聞き、ロキはおそらくマウザーと同じ疑問をクレモンドに投げかける。
「あのリュンって男は一体何者なんだ? 」
 その問いにクレモンドは少し考えこう言った。
「まだわからん・・・・・・ が、もしかすると我々はとんでもないカードを手に入れたのかもしれない。切り札と成り得るカードをな」
 2人はそのクレモンドの言った事の意味が良く分からなかった。恐らくクレモンドはリュンの正体に薄々感づいている様子だ。しかしそれがこの計画にどのような影響を及ぼすというのだろうか。
「明後日の試合、とりあえず装着者は決まった。あの者ならばガストーンに勝てるやもしれん。それに賭けてみよう」
「確かに。俺も奴相手にあの男がどのような闘いをするのか興味が出てきた」
 マウザーは腕を組みながらそう言った。そしてその言葉にロキが続く。
「なら俺は明日早速大会本部に行って着装者変更の手続きをしてくる」
「いや、それは甲冑兵との仮契約を済ませてからだ。いくら剣の腕が良くても相性が合わなければ甲冑兵は動かないのだからな」
 クレモンドはロキの言葉にそう返した。
(とはいえ、一流の剣士はどんな機体でも仮契約をすることが出来る。問題は何処まで機体との【同調】を高めることが出来るかだが、コレばっかりは着装してみないとわからん・・・・・・) 
「明日朝、契約を試してみよう。それを確認してから、ロキは大会本部に走ってくれ」
「わかった、任せてくれよ親父殿」
 調子よくロキが答える。幾分興奮気味だ。そんなロキにマウザーが横合いから釘を差す。「調子に乗って正体を気取られるなよ。お前はいつも一言多いからな」
「いちいちつっこむな。大丈夫だよ、そんなに馬鹿じゃないさ」
「明日からは忙しくなりそうだ。2人共もう少しだ。頑張ってくれ」
 クレモンドのその言葉に2人は無言で頷いた。 


 一方、フィアナと分かれたリュンは自分の部屋に戻って来ると部屋にはユウヒが帰ってきていた。「戻っていたのか?」とユウヒに言いながら窓辺にある椅子に腰を下ろした。 ユウヒは「今さっきね」と答え窓枠にひじを突いて外を眺めているリュンを見つめていた。平静を装っているがリュンが何を考えているのか気が気ではない。そんなユウヒの視線に気が付きリュンが何気なく問いかける。
「んっ? どうした? 」
「えっ、? べっ、別に難でもないわ。しょっ、食事は済ませた? 」
 不意に問われ、ユウヒは慌てて狼狽している事を誤魔化すためにどうでもいい事を聞いた。
「ああ、なかなか戻って来なかったから先に済ませちゃった。悪かったなぁ・・・・・・ お前もしかしてまだか?」
「あっ、あたしも済ませてきたから気にしないで」
 ユウヒはそう言ってベッドの上に腰を下ろした。実は夕飯は食べていなかったのだが今は何も喉を通りそうにない。リュンは「そうかぁ」と呟き、また外を眺めている。
 ユウヒは砂術師である。その気になれば当人に気づかれることなく、ログル【読心】という術で他人の心をいとも簡単に覗くことが出来る。だがもし覗いたリュンの心の中にフィアナを想う気持ちがあったなら、それを知ってしまった自分はどうなってしまうんだろうか・・・・・・ そう考えると恐くなり術を使う事が出来なかった。自分がこんなにも弱く、臆病な人間だったのかと思うと同時に、自分の中にあるリュンへの想いが深い事を改めて感じていたのだった。
 そんなユウヒの葛藤を知ってか知らずか、リュンはのんきに話し始める。
「さっきさぁ、フィアナに泣かれちゃってさ。参ったよ・・・・・・ 」
「―――っ!」
 ユウヒは目の前が真っ暗になる気がした。鼓動が早くなるのが自分でも分かる。
「あんまりボロボロ泣くもんだから思わず抱きしめちゃったよ」
 とリュンは何でもなさそうに言う。ユウヒはかろうじて「そっ、そう・・・・・・ 」と答えるが言葉が続かず黙ってリュンの言葉を待つ。
「別に抱きしめたことに深い意味は無いんだ。何となく張りつめた様子だったから、気の済むまで泣かせてあげようって思ってさ・・・・・・ 」
 そしてリュンは事のいきさつをぼんやりといった様子でユウヒに説明する。フィアナの兄の事、フィアナが何をしようとしているかという事。ユウヒはリュンの説明で大体の事は分かったが説明の途中から自分の中で様々な思惑が交錯する。
(大体は分かった。でもなぜ抱きしめた事を私に話すのかしら? )
 リュンが隠さずに話してくれることは嬉しい。だが、隠す必要が無い相手と思われていると言うことは隠されることよりも悲しい事ではないか。確かに自分はリュンと結ばれるとは思っていない。それはとうに諦めていたことであり、自分の想いを隠しながら今までやってきたから、そう思われても仕方がないと自分でも思う。しかし理屈で分かっていてもどうにもならないのが恋心というものだ。自分も涙を見せながら想いを告げる事が出来るなら、どんなに楽だろうと考えると酷く惨めな気持ちになってしまうのだった。
「貴方に何が分かるの? って言われたよ。実の兄を討つ妹の気持ち・・・・・・ 確かに俺には分からなかったんだ。だから5年前・・・・・・ 」
 リュンはため息混じりにそう言った。それは寂しそうな声だった。そのリュンの声に思惑の渦中にあったユウヒの思考は現実に引き戻された。
「リュン――― 」
 リュンは最後まで語らなかったが、その先はユウヒもよく分かっていた。その事についてリュンは未だに多くは語らない。
「フィアナが言ってた・・・・・・『物事に深く関わってしまったらそれを最後まで見届けなくちゃならない』って。 昔、ヒナタにも同じ事言われたのを思い出してさ」
 ヒナタ―――
 その名を聞いた途端、ユウヒの心の中に今までとは別の感情がわき上がるのを感じた。それは複雑な感情だった。ヒナタはユウヒの双子の姉で5年前の【王弟戦争】で命を落としていた。
 そしてリュンの妻だった女性である。
「姉さまが・・・・・・ 」
「まるで母親が子供を諭すような、そんな感じでさぁ」
 そう言ってリュンは通り見つめていた目を細めていた。


『リュン・・・・・・ 人は深く関わってしまった物事から目を背けてはいけない。貴方にはどんなに辛くても最後まで見届けなくちゃならない責任があるのよ・・・・・・ 』
『ああ、わかったよヒナタ。だから・・・・・・ 俺を置いて行くなっ』


 ヒナタは妹の自分から見ても美しかった。双子なので顔は自分と同じなのだが、たおやかな性格で内面から溢れてくる女らしい愛くるしさがそう見せるのだろう。幼い頃からお転婆だった自分とは正反対であったと思う。誰にでも優しく、そして誰からも愛されていた女性でありユウヒもそんなヒナタが大好きで憧れていたのである。
 リュンもそんなヒナタの優しさに惹かれたのだろう。ヒナタもリュンをとても愛していた。そして自分も・・・・・・ ユウヒは幼い頃からヒナタがリュンを好きだったことは分かっていた。少女から女性になる頃には同じ人を好きな女としてヒナタを見るようになっていた。だが同時にヒナタには絶対に敵わないだろうと思っていたのだ。だからもしヒナタがリュンと結ばれるなら自分はおとなしく身を引こうと考えていた。
 リュンがヒナタとの結婚を決めたと聞かされた時、ユウヒは動揺したが仕方ないとも思った。自分はヒナタとは違うのだ。幼い頃から意地っ張りでリュンを突き放した態度ばかり取ってきたのだ。今更姉のように振る舞うことなど出来はしない。それは昔から分かっていたこと。だから【砂術師】になったのではないか。結婚が決まったことでむしろ諦めがつくというものだ。と自分に言い聞かせた。 
 だが、結婚して間もなくヒナタはこの世を去った。
 そのときの事を思い出すとユウヒは死んでしまいたくなる衝動に駆られる。姉の死を知った時の感情は決して悲しみだけではなかったからである。憧れであり、大好きだった姉が亡くなったことは悲しい。だがユウヒの心の奥底でリュンの心を奪った存在が消えたことを喜んでいる自分が居ることを確認してしまったからだった。
 ユウヒは自己嫌悪に陥った。自分はなんて浅ましい嫌な女なんだろう。そう思うと気分がどんどん悪くなっていった。ユウヒはその事を忘れようと【王弟戦争】に参戦し荒れに荒れた。【雷帝】と言われ始めたのはこの頃からだった。だが砂術による雷撃で40騎の甲冑兵を吹き飛ばしても気分は晴れなかった。
 自分はリュンに愛される資格なんて無い。いつしかユウヒはそう考えるようになった。
 それが真正面からリュンに求愛できない最大の理由なのである。
 それでもまだ未練がましく何時までもリュンの側に居たいと願ってしまう自分が時々凄く情けなくなってくる。だけど1度で良い、愛する一人の女性としてその腕で強く抱きしめてほしい・・・・・・ そう思う度に天国にいる姉に心の中で詫びるユウヒなのだった。
「俺はヒナタを守ってやれなかった。全ては俺の甘さから招いたことだ。幸せにするって誓ったのにな」
 リュンはため息混じりにそう呟いた。
「ヒナタ姉様は・・・・・・ きっと幸せだったと思う」
(たった数年でもリュンの妻として生きられたのだから・・・・・・)
 ユウヒはそう心の中で付け加えた。
「ユウヒがそう言ってくれると少しは救われる気がするよ。ありがとう」
 そう言ってリュンはユウヒに微笑みかけた。ユウヒはこの笑顔を見るたびに忍ぶ恋の決心が揺らいでしまう。
「それで・・・・・・ 明後日の大会予戦に出ることになった」
「そう・・・・・・ えっ!? 」
 さらりとリュンに言われ、ぼんやりとリュンを見つめていたユウヒはそのまま聞き流しそうになったが慌てて聞き返す。
「だから、大会予戦に着装者として出場することになったって言ったの。なんか雇ってた傭兵が逃げちゃって困ってるんだって。それで俺が代わりに引き受けることになったってわけさ」
 ユウヒはあきれて声も出なかった。先ほどの動揺から一転、わなわなと怒りがこみ上げてくる。
(あれほど出がけに面倒なことに首をつっこむなと忠告したのにこの男は―――!)
「あんた何考えてるの!? ばれたらどうするのよ! そもそも甲冑兵はどうするの? あんたの【牙炎】は本国に置いて来ちゃったのよ。」
「クレモンドさんの甲冑兵があるからそれを使ってくれって。たしか・・・・・・ 【パル・ド・モーラ】って奴だ。有名な業物だぜ? なにしろクレモンドは【隻腕の虎】の異名をとる剣士だからな」
 リュンは少し興奮気味に話す。「そういう問題じゃ・・・・・・ 」と言いかけるユウヒを制してさらに続ける。
「しかも相手はアルガイム傭兵騎士団団長、デイル・ガストーンの駆る【ダウロビーネ】だ。昼間見たけど良い騎体だった。楽しくなりそうだな〜」
 リュンは目を輝かして言う。そんなリュンを見てユウヒはもう何を言っても無駄だと悟りため息を突く。
(試合とはいえ、一歩間違えれば死ぬかもしれない闘いなのに、まるで子供のようにはしゃいじゃって。一体何考えてんのよ・・・・・・ )
「まったく、あんたって人は本当に先のこと考えずに行動するんだから。どうせ止めても無駄ね。仕方ない、リュンが負けることは無いと思うけど、とにかく無茶だけはしないでね。借り物の甲冑兵は業物って言ったって【牙炎】とは違うんだから・・・・・・ それとバレないように! わかった? 」
「わかってるよ、上手くやるって」
 リュンは笑顔でユウヒに答えた。
「本当に大丈夫かしら。あんたと居ると老けるのが早くなりそう・・・・・・ 心配しすぎでね」
 ユウヒは苦笑混じりにそう言った。
「う〜ん、なんだかんだ言って、やっぱり俺はユウヒが居てくれないと困るなぁ」
 リュンのその言葉にユウヒは頬を赤らめた。それを見られまいと立上り後ろを向いてベッドのシーツを直す。
「もう、勝手なことばかり言わないでよね! 」
 口ではそう言っても、口元が綻んでしまうのをどうしても直せないユウヒであった。
「それとさ・・・・・・ 実は・・・・・・ 」
 とリュンがぼそぼそとしゃべり出す。そして昼間有り金を全部【闘券】で擦ってしまったことをユウヒに説明しだした。その内容によって、ユウヒ顔が照れのある緩んだ顔から鬼の形相に変わるのに、さしたる時間は掛からなかった。この後、リュンの話の終わりを待たずしてユウヒが怒りを大爆発させたのは言うまでもない。
 その様子は、ぐうたらな駄目亭主に文句を言う恐妻と言った感じの夫婦喧嘩そのものの様に見えた。




休幕 【天使達の黄昏 前編】


《―――本日は当劇団にお越し頂きまことにありがとうございます。これにて当劇、【甲冑兵戦記】第1部終了となります。お客様に於かれましては長らくのご静聴、感謝いたします。これより一端休憩を挟みまして、引き続き本編第2部の開演となります。再演までの間、ロビーに冷たい物をご用意しております故、どなた様もご遠慮なくご利用下さいませ。なお、第2部の再演は○時となっております。演中の御退室は他のお客様のご迷惑になりますので定刻の5分前にはお手洗いなどお済ましになり、お席にお戻りになりますようお願い申し上げます―――》

―――あっ、これはこれはお客様、先ほどはお耳汚しいたいまして・・・・・・
―――第1部はいかがでございましたか?
―――そうですか。それはようございました。これで私もお話をした甲斐があったというもの・・・・・・
―――こちらに冷たい物も用意してございます。ささっ、どうぞご遠慮なさらずに。
―――そうですか・・・・・・ お気に召しましたか。フフフッ いやこれは失礼。私めはもう長いことこの仕事をしております故、それはもう様々なお客様を見てきました。中にはお叱りを受けることもしばしばありますが、やはりお褒めのお言葉をいただけると、つい口元が緩んでしまいます
―――ああ、用語が分かりにくいと・・・・・・ 確かにこの物語は色々と複雑な用語が頻繁に出てきますからな
―――お客様、プログラムはお持ちですか? 
―――ええ、それです。その後ろのページの・・・・・・ そこ、そこです。こちらに簡単な用語集が載っておりますのでこちらをご参考になさってくださいませ
―――いえいえ、再演まではまだ時間がございますので
―――えっ? 早く続きが見たいと? そこまで熱心にご鑑賞していただけるのは大変嬉しゅうございますが・・・・・・
―――やれやれ、お客様はまことにせっかちでございますな。演劇は活動写真とちがって役者がその場で演技いたしますのでお休みを頂戴しないととても終幕まで持ちません。
―――これもお客様により良い演技をお見せするためとご理解いただきたいのですが・・・・・・
―――えっ? またでございますか? また私めに再演までの間、語りをやれと・・・・・・
―――はぁ、確かに今は手が空いておりますが・・・・・・
―――・・・・・・ 仰る通り、お客様をつなぎ止めるのも客席係の勤めかもしれませんな
―――分かりました。語りましょう。私にも長年勤めた客席係としての意地がございます。なんとしてもお客様には気分良く終幕までご鑑賞遊ばしていただかなくてはなりません。
―――ふむ・・・・・・ さて、どの話をいたしましょうや・・・・・・ そうだ、あの話にいたしましょう。あれならばこれからの話の筋に影響しないでしょう
―――えーっ、それでは、僭越ながら語らせていただきます。不慣れ故の雑言は、平に平にご容赦のほど・・・・・・


―――これは、遠い昔の話にございます。天を支える霊峰カレートとアディスの神話にまつわる物語。
 遙か古代から時を連ねて語り継がれる神話はどれも荒唐無稽なおとぎ話のような物ばかり・・・・・・
 ですが時として神話は起こった事象を明確に伝えていることもございます。『真実は物語より奇なり』という言葉もございますが、これからお話しいたします物語はまさにその事実が神話を上回る様相を呈しているのでございます。
 このお話はある者が見ている夢でございます。夢と言っても遠い昔に見た事の記憶の断片であります。この者の記憶を通して、貴方はこの世界に起きた出来事の真実を知るでしょう・・・・・・
 事の発端はある一隻の船が遭遇した事故でございました。大きい、まことに大きな船であります。甲板から眺める艦橋はまるで城のようでございます。この船は奇妙な形をしておりまして、船体は不可思議な薄い雲のようなガスに包まれ、その全容を窺い知ることは叶いませんが、その様子は雲の上に浮かんだ大きなお城がそのまま前に進んでいると言った感じで皆様が思い描くような船本来の形とはかけ離れております。
 この船は普通の船にあらず。大海原を進む船ではなく、夜空を彩る星々の海を渡る摩訶不思議な船でありました・・・・・・



 長い鉄の壁が続く廊下を進んでいく・・・・・・
先ほどから赤い光が明滅し、耳障りな警告音が廊下に響き渡っている。
それが何を意味するのか分からない者でも、何か良くないことが起こりつつあることは容易に察することが出来る。そんな音と光だった。
その廊下をさらに進んでいく。途中何度か曲がり角を曲がる。
壁の両側には、何カ所かドアがあったが、それらには目もくれず、一気に先に進んでいく。
進むスピードは、大人のほぼ全力疾走に近い。
だが、走っているわけではなかった。
実体ではなく、意識だけが存在し、長い廊下を猛スピードで進んで行くのだ。

―――ああ、またあの時の・・・・・・

意識の主は、この『意識の疾走』を以前に体験していた。

―――前の時より鮮明に感じるのは・・・・・・ 恐らく私が近くに居ることで、アレの波動がより強く私の意識に干渉しているのだろう。何しろアレはもう一人の私なのだから・・・・・・

 意識はやがて一枚のドアに突き当たる。そのまま減速もせずにドアにぶつかると思った刹那、視界は急に開けた。
 そこは大きな部屋だった。天井は高く、ひな壇のようになった部屋でこの場所からは部屋全体が見渡せる。部屋の前方には窓が幾重にも連なり、その窓の外の様子は暗い夜の闇を映し出していた。段の下では何人かの奇妙な服を着た人々が、床に備え付けられた席に座って皆何かの作業に没頭している。その様子はどことなく慌ただしかった。
 そのひな壇の一番上場所に、その様子を眺める2人の人物が居た。一人は中央に備え付けられた席に腰を下ろし、もう一人はその傍らに立ち、前方の窓を見つめている。
「どう思う? コルドー」
 席座って足を組んでいた男が、傍らに立つ男に声を掛ける。白銀色の長い髪揺らせ、前を眺める瞳もまた髪と同じ銀色だった。そしてその背中には同じ色をした鳥の翼の様な形の大きな羽が数枚生えており、起用に畳まれて座席の背もたれに預けていた。よく見ると部屋にいる人は大きさや数は違えど全て背中に翼がある。
「わからんな。今解析させているから、間もなく何らかの答えが返ってくるはずだが・・・・・・ 」
 傍らに立っている男が答える。このコルドーと呼ばれた男は座っている男とは違い、こちらは金髪に金色の瞳。そして数こそ銀髪の男より少ないものの、同じくその背中に数枚黄金の翼を生やしていた。
「一端艦隊を停止させるか・・・・・・ 副官としての意見は? 」
「どうかな・・・・・・ ただでさえ集結ポイントに到着する予定時間がぎりぎりなんだ。我が軍の最新戦艦であるこの艦が僚艦揃って 『道に迷って遅れました』 では上が納得しないだろう」
 その言葉を聞いて、銀髪の男は座席の肘掛けに頬杖を突いてため息をする。
「確かに・・・・・・ 司令部のご老体達は五月蠅いだろうな。やれやれ、敵と戦う前に戦う相手が居るんだから皮肉なもんだ」
「俺はこのまま先進した方が良いように思えるが、艦隊の安全を考えると一概には言えん。帝国の技術の粋を集めて建造されたこの最新鋭戦艦【クィーンカレート】を敵と一戦も交えずに沈めるわけにはいかない。それこそ笑い話では済まなくなるからな」
 そう言ってコルドーは座っている男の肩に手を置いた。
「どちらにしても、艦隊司令はお前だシルヴァス。どうするかはお前が決めろ。俺はお前の指示に従うまでだ。そもそもお前は一度決めたら人の意見なんか無視して突っ走るんだから俺の意見など聞かなくても良いだろう」
「いやいや、副官の意見は尊重しないと・・・・・・ でもお前は俺の考えていること先読みして行動してくれるから助かっているんだ。ホント良い副官をもったもんだ」
「見え透いた事を言うな。だいたい何年お前と付き合ってると思う? 少しは事後処理をする俺の身にもなってくれ」
「俺も少しは反省しているんだ。悪いと思っているよ」
「大いに反省しろ」
 コルドーは憮然とした態度でシルヴァスに言った。シルヴァスは肩をすくめてこう返した。
「努力するとしよう」

―――そう・・・・・・ 全てはここから始まった。いや、本当はもっと以前から始まっていたのだな、コルドーよ
 かつて私の有能な副官であり、もっとも信頼できる親友だった男。そして我が全てを賭けてでも倒さねばならない不倶戴天の・・・・・・ 敵!


「統合審議処理型AI管制システム【マザーズ】の解答が来ました。結果は航路エミュレート時におけるシステムエラーと断定されました」
 正面の女性オペレーターが指令席に向かって報告する。
「エラー? 【マザーズ】自体がエスコートしてか? 最新のシステムもいい加減だな」 コルドーが不満そうに言った。シルヴァスはオペレーターに聞き返す。
「【レグールの3姉妹】はなんて言ってるんだ? 」
「【レグール・アルビオン】、【レグール・ドミニオン】共にシステムエラーを主張。【レグール・センチュリオン】のみ、23%の人為的操作の可能性を示唆しています。【マザーズ】は姉2人の意見に重きを置いた様ですね。内訳をそちらに転送いたしますか? 」
「頼む」
 シルヴァスは短くそう言うと、座席の前にあるコンソールに指を走らせた。
「気まぐれ三女は蚊帳の外、って訳か・・・・・・ 無視しても良いんじゃないか? 」
 コルドーはシルヴァスに問いかけた。
「2割越えだぜ? 過半数は行ってないにしても23%っていう数字はおかしくないか? 」
「確かに多い気もするが・・・・・・ 気にしすぎじゃないか? 何せ彼女は気まぐれだからな。しかし技術開発局の連中、なんだってこんなまどろっこしいシステムを採用したんだ? 」
「なんでもアリントン・マザーズ博士が提唱する【マザーズAI理論】を元に博士が直接開発したシステムなんだと」
「あの帝国マリオンアカデミアきっての天才と言われるマザーズ博士か? 」
「そっ、博士の理論によると3種類の全く性格の違う学習型人工知能で別々の視点から情報を分析し意見を出し合わせ、それを吸い上げ審議にかけてマザーAIが結論を導き出す。これによってより正確な情報分析、柔軟性のある作戦の立案、信憑性の高い未来予測などが出来るんだとさ。画期的なシステムらしい・・・・・・ う〜ん、やっぱり考えすぎかなぁ」 シルヴァスはモニターに映った転送されてきた審議結果の内訳を見ながら答えた。
「つまりこういうことか? テーブル挟んで3人のワガママ娘が言いたいこと言って、最後に母親が意見をまとめる・・・・・・ それってなんか家族会議みたいだな」
 コルドーは呆れた声で呟いた。
「まぁ、天才の考えることはよくわからんよ。とにかくこの艦にはそういった最新技術が惜しみなく使われているって事。そんでもって重要なのはそれが使えるか否かだ。開発の概念や採用の動機なんて使う側の俺たちには関係ないさ」
 シルヴァスはそう結論づけた。そして「一応記録しておこう」と先ほどの審議データを保存してコルドーの方を向いた。
 そのとき、ゴォォォォンッ と言う音と共に艦橋が揺れた。コルドーがよろめきシルヴァスの椅子にしがみつく。
「―――何が起こったっ!?」
 シルヴァスが叫ぶ。それと同時に、一瞬止まっていた艦橋内の人間達が慌ただしく動き出し、再び警告音が鳴り響く。そして女性オペレーターの声が飛ぶ。
「空間変異膨張です。発生ポイントは・・・・・・ 至近ですっ! 艦隊の真下、約6000テラクルス!」
「なんだと!? 」
 シルヴァスは息を飲んだ。すぐさま傍らのコルドーが指示を飛ばす。
「艦内に非常事態宣言発令! 後方の【リトル・ボーン】、【金剛】、並びに【ラ・カルカータ】にも警告を発しろ! それと本星の作戦本部に連絡っ、急げ! 」
 コルドーの指示が終わらない内に数人のオペレーターがコンソールに指を走らす。
「映像を出せるか? 」
 シルヴァスは「了解」というオペレーターの声を聞きながら天井に目を向けた。天井部分は丸いドーム型の映像板になっている。白い天井がすぐさま暗くなり船外カメラからの映像が映し出された。そこに映る映像は真闇と言える真っ黒な宇宙空間であった。
「続いて【デジタルマッピング】を被せます」
 オペレーターの声と同時に細かいマス目の網のような線が映像板に現れる。平面的な網の丁度中央部分がへこんで、周りにある網を徐々に引き込んでいくような動きを見せていた。
「近すぎる! 艦隊に回避運動をっ―――! 」
 とシルヴァスが言いかけるがオペレーターの声にかき消される。
「指令! 僚艦の【金剛】が重力場に捕まった模様! 船体を包む【ジルトリノ粒子】が引きはがされていきますっ! 」
 天井の映像の隅に、小さい枠が現れて僚艦である【金剛】の様子が映し出される。船体を包んでいる銀色の雲のような煙が、船体の下の方に吸い込まれていき、徐々に船体が剥き出しになっていく様子が見える。
「―――っ! 金剛に通信できるか? 」
 シルヴァスは拳を握りしめながらオペレーターに聞いた。
「駄目です。金剛だけでなく他の艦や、本星との連絡も取れません! 恐らく空間の歪みによる強力な電磁波の影響かと思われます! 本艦の通信設備全てが目下使用不能ですっ! 」
 女性オペレーターの悲痛な叫びが耳に届き、シルヴァスは映像を睨む。映像板に映る【金剛】の船体に亀裂が走り、今度は船体表面の装甲が引きはがされていく。それを見ながら横に立つコルドーがシルヴァスに言う。
「シルヴァス、天頂方向に艦隊の回避運動を取らせるんだ。本艦が動けば他の艦も習うだろう。」
「【金剛】を見捨てろと言うのかっ!? 」
 シルヴァスは向き直り、今度はコルドーを睨む。その言葉にコルドーは怒鳴り返す。
「あれでは救出は不可能だ! 諦めろ! ぐずぐずしているとこちらも危うい。お前には艦隊全体の安全を最優先させる義務があるだろうっ! 」
 コルドーのその言葉を受け、シルヴァスは悔しそうにまた映像板に目をやりながら指示を出す。
「機関出力最大で天頂方向に回避運動! 最大船速でこの空域から離脱せよっ! 」
 シルヴァスがそう指示を出した瞬間、再び大きな音と共に艦橋が揺れた。
「第2機関部で爆発! 【ミュータン】が増殖暴走していますっ! 第2機関部、機関停止っ!」
「くそっ! 今更こんな時に―――っ! 」
 その報告を受け、コルドーが舌打ちする。その報告は、先にシルヴァスが指示した最大船速が出せないことを意味している。さらにオペレーターの悲鳴のような報告が艦橋に響き渡る。
「膨張変異中心に空間湾曲を確認っ! 」
 それを聞いてシルヴァスの顔色が変わった。すぐさまコンソールを操作し、艦内放送の直接回線を開いてマイクに向かって怒鳴る。
「まずいっ! 各員、直ちに対衝撃防御姿勢をとれっ!! 」
 傍らに立っていたコルドーも素早く一段下の自分の席に着き、座席のベルトで体を固定している。
「空間湾曲時の衝撃波来ますっ! 本艦到達まで、約20秒後!」
 続けて他のオペレーターからも悲鳴のような報告が飛ぶ。
「【金剛】に続き【ラ・カルカータ】の船体破壊を確認。衝撃波によって大破した模様ですっ! 」
 シルヴァスは言葉を失った。【金剛】、【ラ・カルカータ】両艦には合わせて約5000人の乗組員が乗船していた。その全ての命がこの一瞬に失われてしまった。しかも本来の目的である敵との交戦によってではなく事故によってである。シルヴァスは心の中で両艦の乗組員の無念さを思うと共に、死んでいった同胞達の冥福を祈った。
「3・・・・・・ 2・・・・・・ 1・・・・・・ コンタクトっ! 」
 オペレーターのカウントダウンの後、 ドンッ と言う音と共に今までとは比べものにならないくらいの衝撃が艦橋を揺らし、破壊音とそれにまさるほどの悲鳴が艦橋を支配した。シルヴァスの後頭部に鋭い痛みが走った。痛みを堪えつつ、艦橋内に溢れる騒音を聞きながら、自分が暗い宇宙の闇に飲み込まれていく様な感覚を味わい、やがて意識を失った・・・・・・


 シルヴァスは目覚めると艦内の自室にあるベッドに横たわっていた。傍らには船医と女性オペレーター一人が控えていた。シルヴァスはいつも自分の健康管理に口うるさく注意するこの船医が苦手でいつも逃げ回っていたが、この時ばかりは目が覚めて見知った顔を確認し安心した。
「お目覚めになられましたか。これで一安心ですな。」
 船医は傍らにあるモニターを見ながらシルヴァスに言った。
「不覚にも気絶してしまったらしい。面倒掛けて済まなかったな」
 シルヴァスは上体を起こしながら船医に礼を言った。
「なんのなんの、閣下の強靱さには感服いたします。私は何もしていません。ほとんど自力で回復なされたのでございます。何処か痛むところとかはございませんか? 」 
 その船医の言葉にシルヴァスは肩や腕、足など動かして確認してみるが特に痛みは感じられなかった。強いて言えば頭がボーっとしているぐらいだ。船医にそう告げると「目覚めたばかりですからな。時期にすっきりするでしょう」と言う答えが返ってきた。
「俺はどのくらい眠っていたのだ? 」
 シルバスは続けて船医に聞いてみた。
「5日でございます、閣下」
「5日もか!? 」
 シルヴァスは驚いた。自分ではせいぜい1,2日だと思っていたからだ。
「えっと・・・・・・ 貴官は? 」
「ラウド第7艦隊【クイーン・カレート】AI管制課第2技術部所属、ミンクス・スウェイン准尉です」
 当惑しながらも、船医の後ろに控えているオペレーターに状況の報告を促した。
「我が艦はあの後、空間変異から最大船速で離脱を試みましたが第2機関部の事故もあって離脱が叶わず、空間湾曲の衝撃波に捕まりました。この衝撃により第3、第4機関部も破壊され航行不能となりました。ですが運良く艦はそのまま空間湾曲で出来た空間のひずみに落ち込み、別宇宙に転移したと思われます」
「残った僚艦の【リトル・ボーン】はどうした? 」
「通信不能のままロストしました。確認は出来ていませんが、恐らく・・・・・・ 衝撃波で破壊されたと思われます」
 言葉の最後の方を少しトーンを落としてスウェインが報告した。シルヴァスはそれを聞きながら肩を落としてため息をついた。
「艦隊は敵と戦わずに壊滅か・・・・・・ 最新鋭の艦を旗艦とする帝国の精鋭艦隊が、皮肉な物だな」
 スウェインはそのシルヴァスの言葉に、何も返さずに報告を続ける。
「その後、我が艦は転移先にある惑星の引力に引かれ不時着したようです。衝撃波によりメインブリッチ、ならびにサブブリッチの操舵システムが破壊されたことにより艦の制御が【マザーズ】に移行。残った第1機関と緊急天舵用のブースターで何とか着陸に成功した模様です」
「我々は【マザーズ】に助けられたと言うわけだ。もう馬鹿にはできんな・・・・・・ それで何人死んだ? 」
 シルヴァスは言葉を修正してスウェインに聞いた。
「生き残った乗組員は、閣下を含み、負傷者を合わせて326名です。出港時の我が艦の乗員数は4370名ですので・・・・・・ 」
 「もういい」とシルヴァスは手を挙げて彼女の言葉を遮った。犠牲者の数など聞きたくなかったし、どうせおのずと分かることだ。今はこれからどうするかを考えねばならない。そう考えて気持ちを切り替えることにしたのだ。そしてふと親友のことが頭をよぎった。「そうだ准尉、あいつは? コルドー副指令はどうした? 彼は生き残っているのか? 」
「ご健在です。副指令はかすり傷程度の軽傷でしたので、閣下の代わりにすぐに生き残った乗員をまとめ、現在は自ら惑星探査指揮をとっていらっしゃいます」  
「そうか・・・・・・ 」
 シルヴァスはその報告を聞き安堵した。空間のひずみで別宇宙に飛ばされてしまったのだ。本星からの救援が何年先になるか見当も付かない。それまで未開の惑星で生きていかなければならなくなった我々にとって、親友の冷静な判断力は是非とも必要だとシルヴァスは感じていた。
「会って直接話がしたい。これからのことも決めねばならん。マラン船医殿、よろしいか? 」
 シルヴァスは船医にそう聞いた。
「閣下のことですから? どうせ止めても行かれるのでしょう。まぁ、これと言って異常なさそうですし大丈夫でしょう。ただくれぐれも無理はなさらぬよう、念をおさせてもらいます」
 マラン船医はため息を吐きながらシルヴァスに外出の許可を出した。シルヴァスは「すまない」と短く船医に詫び、スウェインを伴って部屋を出ていった。
 艦内は不時着したものの、【ミュータン】を動力とするメイン機関は無事だったようで電力供給は安定しているらしく、照明、空調などの設備は問題なく稼働していた。
 動力元の【ミュータン】とは、ある一定の電磁波を与えると増殖し、そのときに強力な核反応を起こし莫大なエネルギーを生み出す液状物質である。増殖をするたびにエネルギーを生み出すので動力源は無限に供給される訳で、これを機関として利用した場合その機関は老朽化して壊れない限り、半永久的にエネルギーを供給することになる。
 ただ【ミュータン】は増殖スピードと核反応のバランスが肝で、一度暴走すると連鎖反応で大爆発を引き起こす恐れが有り扱いが難しく、本来ならばエネルギーの安全供給は不可能なのである。
 ところがこの【ミュータン】を【ジルトリノ粒子】と言う粒子で包むことによって、反応暴走を制御することが出来るのだ。しかもそれにより熱核反応を小規模にすることができ、機関を大幅に小型化することに成功した。
 【ジルトリノ粒子】は元々自然界にはない粒子で極めて特殊な特性が2つあり、1つはこの粒子はエネルギーや電磁波などを封じ込める性質を持っていた。この粒子が散布された大気中や宇宙空間では電波などが伝わりにくく、濃度によってはレーザー、ビーム兵器と言った光学エネルギー兵器は途中で霧散してしまい全く役に立たなかった。彼らの恒星間戦争では、この性質を利用し戦闘前に空域に撒いて通信を遮断したり、戦艦の装甲を高濃度の粒子で包んだりしてあるため、有質量弾による艦砲射撃か機動兵器による直接近接攻撃が主流になっていた。
 シルヴァス達は破損していないエレベーターを使い、艦の甲板に出た。大気中に含まれる有毒なガスや放射線などは調査済で問題無しとの報告だった。外に出たシルヴァスは驚いた。
「これは・・・・・・ 」
 外は光に満ちていた。濃密な酸素を含んだ大気で空は青々としており、緑の森が目の前に広がっていて遠くに稜線が見える。シルヴァス達の故郷である本星ではもうほとんど残ってはいない自然の植物が表す緑の光景は、シルヴァスの目に眩しく映った。
「かなり原始的な惑星です。我が本星【惑星アディス】の太古の姿に酷似しています」
 呆然と景色を眺めるシルヴァスの傍らでスウェインが報告する。そのまま振り返ると【クイーン・カレート】の艦橋部が見える。第1艦橋のあたりは雲か掛かっており、ここからでは被害が確認できなかった。
「まるで山のようだな・・・・・・ 」
 シルヴァスは艦橋部を見上げながら呟いた。改めて大きな船であることを実感する。
 その艦橋部に掛かった雲の下を、大きな鳥のような影が、いくつか飛んでいくのが見えた。しかし鳥にしては形が変である。この惑星特有の飛翔生物かと思いシルヴァスは目を凝らしてその影を追うとどうやら違うようだった。それはシルヴァスも良く知っている物だった。
「E.A【エレメンタル・アーマー】・・・・・・ 」
 シルヴァスは呟いた。空を飛翔するその物体は銀色の鎧を纏った人間だった。背中の翼をはためかせてシルヴァス達の遙か頭上を旋回している。
 E.A【エレメンタル・アーマー】とは、彼らの主要機動戦闘装備でミュータンを動力として機動する機械式甲冑である。後頭部にある小型の学習型コンピュータ【M・レグール】と装着者の脳と直結させて機体制御行うと同時に装着者のバイタルコンディションも管理する。甲冑内にはミュータンが封入された人口筋肉が張り巡らされ装着者の力を数百倍に引き上げることが出来る。甲冑の表面を覆う6枚の特殊装甲は放射線を100%カットし、宇宙空間、水中などの特殊環境での戦闘も可能であった。
 また機体動力機関である【ミュータン機関】に使用するジルトリノ粒子を甲冑外に放出し表面を覆う事によって艦船と同じく光学エネルギー兵器を無効にすることが出来た。加えてE.Aを装着したアディス人は、機関を最大出力にすると音速を遙かに超えるスピードで移動する事が出来るため有質量弾による狙撃は不可能に近く、このためE.A同士の戦闘は剣、戦斧、重棍と言った原始的な戦闘方法となった。
「このような未開の惑星を探査する上で何が起こるか分からないとの事で副指令が使用許可を出しました。現在副指令の指示の元、生き残りから50名を選抜して調査隊を組織し、各方面に探査を行っています」
 スウェインは甲板を歩きながら報告する。歩きながら彼女の背中にある4枚の羽が時折何かに反応したように小刻みに動くのを見ながら、シルヴァスは彼女の後に続いて歩く。 不意に奇妙な感覚襲われ、自分の背中にある羽も何かに反応しているように小刻みに動いているのが分かった。
「お気づきになられましたか? 」
 そのシルヴァスの違和感に気づき、スウェインが声を掛けた。
「ああ、なんか背中の【リマール】が反応している。まるで【E.フォース】を使う直前のようだ・・・・・・ ジルトリノ粒子か?」
 ジルトリノ粒子は空気中に散布すると、彼らの【リマール】と呼ばれる羽から放たれる思念波に反応して様々な現象を引き起こす。これがこの粒子の2つ目の特徴で、この力をアディス人は【E.フォース】と呼んでいた。
「はい。惑星全体に拡散するのはあと5日ほどかかります。この星の大気との相性がいいようで、本星とは比べ物にならないくらいの反応を示しています。シルヴァス閣下の【リマール】ではかなりの力を発揮するでしょう。閣下が目覚ましい回復を見せたのもこのせいかもしれませんね」
「なるほど・・・・・・ 」
 確かに先ほどから【リマール】に感じる反応は今までに感じたことのない感度の良さだった。シルヴァスはどのくらいの【E.フォース】を操れるのか試してみたくなる誘惑に駆られる。
 そんなことを考えながら歩いていくと、だだっ広い甲板の先に野戦用の指令ボックスが見えてきた。その前に金色の甲冑を着た人物が見える。その人物は何人かの同じく甲冑を着込んだ人間となにやら話していたが、シルヴァス達が近づいて来るのを確認し、話を中断してこちらに近づいてきた。【E.A】を装着したコルドーだった。
「シルヴァス! もう出歩いて平気なのか!? 」
 本来なら副指令であるコルドーはシルヴァスに敬語を使わなくてはならないが、シルヴァスがそれを嫌い、指令本部や他の将帥がいない場合は敬語は使わないようコルドーに言ってあった。この2人の関係は艦隊でも知らない者は居ないくらい有名で、トップ2人がこんな感じなので【ラウド第7艦隊】はとかく規律にルーズな艦隊として司令本部には認識されていた。
「ああ、もう大丈夫だ。面倒かけたな」
「何を言う。お前の面倒は今に始まった事じゃないが――― 無事で何よりです。司令官閣下」 
 そう笑ってコルドーは右手を額にかざして敬礼する。陽光に照らされた黄金色の甲冑が眩しく輝いていた。
「よしてくれっ、お前にそれをやられると背中が痒くなる」
 シルヴァスは背中の【リマール】を振るわせてしかめ面をした。
「それよりコルドー。これからどうする? 」
 シルヴァスがそう聞くとコルドーは難しい顔をして腕組みをしながら唸った。
「本星への連絡もとれん。念のため衛星軌道上に連絡衛星アンテナを打ち上げて本星との連絡を取ろうと試みたが駄目だ。距離が遠すぎるらしい」
「ということは救援は期待できないか・・・・・・ 諦めてここで生きていくしかない訳だ」
 そう言ってシルヴァスはため息をついた。
「ああ、船の損傷を見ただろう? あれでは再び飛ぶのは不可能だ。もっとも生き残ったのが不思議なくらいだからな・・・・・・ 」
 コルドーは艦の後方を眺めながら呟いた。艦の後部に有るはずの機関部はそっくりえぐり取られ見る影もない。艦底部は半分以上地面に埋没し不時着時の衝撃を物語っている。
「幸いココの大気はジルトリノ粒子の浸透率が高い。本星アディスの10倍以上だ。恐らく俺やお前の【リマール】ならその気になればこの惑星の天候さえ自在に操れるだろう」
 それを聞いてシルヴァスは息を飲んだ。【E.フォース】の力は【リマール】の大きさや数に比例して強力になる。アディス人の【リマール】は個体差もあるが、どの人も成長に従ってある程度は大きくなる。さらにその人のもって生まれた才能にもよるが知力や精神力、肉体など、それぞれ鍛えることによって大きさや形、数なども変わってくる。つまり立派な【リマール】を持つことはアディス人にとって、力や地位の象徴としてとらえられており、アディス人共通のステータスでもあった。
 シルヴァスの背にある14枚の見事な【リマール】は、大きさもさることながら枚数もアディス人としては群を抜いており、それだけで彼の力の巨大さを表していると言えた。
 もっとも彼の場合、本人の潜在的な才能にプラスして血統も良かった。彼の家は元々彼の所属する銀河帝国【グランス帝国】の王家に名を連なる名門で、その当主は白銀色の美しい【ジル種】と言われる極めて珍しい【リマール】を持つことで有名な家であった。
 コルドーの家もシルヴァスの家より格下だが、代々皇帝の側近として帝国に仕える名門で、こちらも珍しい黄金色の【リマール】を持つ【バル種】の血統だった。
「そうだ、シルヴァス。先ほど調査隊の一組が知的生命体を発見し捕獲に成功した。これだけの生態環境が整った惑星だ。居ても不思議はないと思ってはいたが・・・・・・ 見るか? 」
「本当か!? どこだ? 」
 シルヴァスは驚いて聞き返した。
「こっちだ。お前・・・・・・ 見たら驚くぞ」
 コルドーはそう含みを帯びた感じでシルヴァス達をボックスの中へ案内した。
 野戦ボックス内は3部屋に分かれていて一番奥は負傷兵などを治療する簡易的な医療スペースがあった。手術用のベッドが2つ並んでおり、奥のベッドの上に少し大きめのガラスケースの揺り篭の様な形をしたカプセルが置いてあるのが見える。大小様々なチューブやコードがそのカプセルに接続されていた。
 シルヴァスとフィアナはそのカプセルをのぞき込んで驚いた。
「こっ、これは・・・・・・ !!」
 そのカプセルの中には自分たちの膝ぐらいのサイズの小さな人間が横たわっていた。
「俺も驚いたよ・・・・・・ 【レプラカント】だ」
 コルドーが静かに答えた。
「昔、【トラビス星系】で発見された奴とは明らかに別種だ。あれは4本足で歩く獣の様で知力は対して高くはなかった。だがこの【レプラカント】は2本足で歩く。しかも見ろ。ちゃんと服を着て道具まで携帯している。明らかに高い知性を備えている証拠だ。これは大発見だぞ」
 コルドーの言う通り、衣服を纏い、よく見ると腰に剣の鞘のような筒を下げている。背中の【リマール】を除けば外見上はシルヴァス達アディス人とほとんど変わらない姿形をしていた。
「捕獲したと言ったが、殺してしまったんじゃあるまいな? 」
「いや、死んではいない。眠っているだけだ。捕獲と言うよりも保護と言った方が正しいか。渓流の脇で死にかけているのを見つけて拾ってきたらしい。性別は雄・・・・・・ いや男性と言った方が良いな」
 コルドーは微妙に修正して答えた。確かにここまで自分達アディス人に似ているとそう呼ぶ方が自然な気がするとシルヴァスは思った。
「皮膚の一部と体液のサンプルから遺伝子の解析をかけてみたんだが、驚いたことに姿形どころか大まかな体組織の構造は我々とほぼ同じだ。」
 サンプルの解析結果を記したレポートをシルヴァスに渡しながらコルドーはさらに続ける。
「寿命はこの星の恒星周回周期を1年としてみた場合、大体50〜70年前後。これは我々の約6分の1程度と非常に短命に思えるが、彼らの着衣や道具から推測される文明レベルでは医療技術の水準もそう高い物ではないだろうから一概にも言えんな」
「環境適応能力を示す因子の数値が高いな。別の環境によってこの生物がどのように進化するのか興味深いところだ・・・・・・ 」
 シルヴァスはコルドーから渡されたレポートに目を走らせながら言った。
「その辺は俺も興味があるが、明確な自我を持った生物をおいそれとモルモットとして扱う事はできんだろう? 」
「それもそうだ。繁殖力も高いな。我らの本星では出生率が3割を割ったというのに・・・・・・ 羨ましい限りだな。」
 シルヴァスはため息混じりに呟いた。そしてレポートをコルドーに返し、カプセルをのぞき込みながらこう続けた。
「我々アディス人は進化の限界に達しているという学者もいる。もっとも我らは遙か昔からこの【レプラカント】の様な”自然進化”ではなく、遺伝子操作による”人工進化”を繰り返してきた生物だ。俺やお前、その他全てのアディス人は今や人工授精でのみ誕生し疑似胎カプセルから生まれてくる。飽くなき闘争を繰り返し、過酷な宇宙環境に適応しうる肉体を得るために半ば無理矢理の進化を強要してきたのが我々だ。そもそもそれが進化と言えるのか? 」
 そう言ってシルヴァスはカプセル内に眠る小さな人間を見つめる目を細めた。コルドーにはそれは遠い昔に失った物を懐かしむ様な仕草にみえた。自分たちの遺伝子の奥に眠る生物本来の忘れ去られた本能がそうさせているのかもしれなかった。
「この生命体の数や生息地域、種族や文明の大きさなどは目下の所調査中だ。この男の回復を待って、彼から情報を引き出しても良い。言語の違いは当然有るだろうが、この【ジルトリノ粒子】の浸透率の高さだ。【念話】での意志の疎通は容易なはず。彼からの情報収集と調査結果が出しだい比較的穏和だと思われる種族から接触を図ると言う方針でかまわないか? 」
 コルドーの言葉にシルヴァスは我に返った。
「ああ、それでいこう。なるたけ刺激せず、友好的にこちらから共存を持ちかけよう。」 コルドーの考えはシルヴァスの考えと一致していた。どれだけ相手がこちら側のことを理解出来るか分からないが、他に良い方法が思いつかなかった。
「E.Aの格納庫はほぼ無傷だ。惑星探査のため50機の稼働許可出した。お前の意識が戻らなかったので副指令の権限を行使させて貰ったよ。幸い【マザーズ】を始め【レグール3姉妹】も無事で、残った【ミュータン機関】の管制も順調のようだ」
 これからこの惑星で生きていくのに対して、莫大なエネルギーを半永久的に得ることの出来る【ミュータン機関】と、それを管理出来る船のシステムが生き残っていることは朗報だった。
「それはありがたいな。しかし良く無事だったもんだ」
「女はしぶといと相場は決まっている」
 珍しくコルドーが冗談を言った。二人は顔を見合わせて笑う。その様子を見ていたスウェイン准尉は冷ややかな視線を投げかけながら咳払いをすると、2人は肩をすくめるのだった。
「俺はもうすぐ調査に行ってる連中が戻ってくるのでそれを待つ。後で細かい打合せをしたいんだが、3時間後ぐらいでかまわないか? 」
 とコルドーが言った。大まかな方針が決まったが、具体的な事は他の者達と協議しなくてはならない。その前に2人で細かなことを話し合った方が良いだろう。
 2人は話ながら野戦ボックスを出た。スウェイン准尉も後に続く。
「じゃあ俺はその間、艦内の被害状況でも確認しているか」
「病み上がりなんだ、無理するなよ? 」
「ああ、そうさせて貰う。悪いが引き続きここの指揮を頼む。【レプラカント】が意識を取り戻したら連絡をくれ。俺も直接話がしたいからな」
「わかった。じゃあ3時間後」
 そう言ってコルドーは軽く敬礼した。シルヴァスも同じく敬礼してその場を離れ、艦内チェックするべく、甲板ハッチに歩いていった。
「あの、シルヴァス指令。実はちょっと気になることがありまして・・・・・・ 」
 艦内に入ってすぐに、後ろに付いてきていたスウェイン准尉がシルヴァスに声を掛けてきた。その声に少し深刻そうな響きがあったので、シルヴァスは振り返り不思議そうにスウェインを見た。
「あの事故の前・・・・・・ 暗礁宙域に侵入してしまった行路エミュレート時にあったエラーの件、指令は憶えていますか? 」 
「ああ、憶えている。それがどうかした? 」
「実は私、あの時のエラーが気になって調べてみたんです。だって【センチュリオン】の人為的操作の可能性が2割を越えているなんて変だと思ったんです。AI管制課の私にとって見過ごせない数字ですから」
 そう。あの時シルヴァスもそう感じたのだ。それで気になって審議データをバックアップに保存したのを思い出した。
「それで? 何か解ったのか? 」
 シルヴァスがそう聞くと、スウェインは視線を落とし少し考えていた。何か迷っているように見えたが、意を決したようにシルヴァスの目を見つめ話し始めた。
「【マザーズ】の過去のアクセスログを本星出港時まで遡って調べてみたら、出港時に不可思議なアクセス記録が2件ありました。【マザーズ】及び【レグールの3姉妹】の【アルビオン】、【ドミニオン】は記録が削除されていましたが【センチュリオン】だけが消えずに残っていました。恐らく【センチュリオン】が削除を拒否して保護をかけたようなんです」
「また彼女の気まぐれが出たのか。扱いにくい女性だが、そのおかげで消されずに済んだわけだ・・・・・・ それで? 」
 そう言ってシルヴァスはスウェインに話を続けるよう促した。
「それで、その・・・・・・ アクセス記録があったセクターは行路エミュレートの計算条件を司るセクターなんです」
「なんだと? 」
 シルヴァスはそれを聞いて驚いた。行路エミュレートは様々な条件を元に計算される。艦隊の進路を決める羅針盤のようなもので、艦隊運用をする上で非常に重要なウエイトを占める。作戦内容、軍機密に抵触する内容を盛り込むわけであるから厳重なセキュリティが掛けられているのである。そこにアクセスするパスコードを知っている人間は限定されてしまうのであった。
「この艦でそのパスコードを知っている人間は3人しかいません。一人は艦隊司令である閣下。もう一人は航海長であるメルダース大佐。ただ大佐はあの事故で死亡していますので確認が出来ません。そして残る一人は・・・・・・ 」
 スウェインは最後の名前をあえて言わなかった。いや、言えなかったと言う方が正しい。
 アクセス・パスコードを知る最後の人物。シルヴァスには言わなくともわかっていた。
「そんなはずはない! そもそもあいつが、コルドーが何故そんなことをしなければならないんだ!? 」
 シルヴァスはつい声に怒気がこもってしまった。だがそれは親友が疑われた事に怒った訳ではなかった。なぜならスウェインから不正アクセス箇所を聞いた瞬間に、シルヴァスが一番最初に頭に浮かんだのが親友の顔だったからである。シルヴァスはそれをスウェインに悟られるのを恐れ、無意識にきつい口調になってしまったのだ。
「理由は解りません。ですが、そう考えないとつじつまが合わないんです。メルダース大佐はあの時、エラーが納得いかず、AI管制課にクレームを言ってきているんです。第一、不正に行路計算を操作して何の得があるのかという疑問は大佐にも当てはまりますし、そもそも真っ先に疑われるのは大佐なんです。そんな人がそんなリスクを犯してまで実行するとは思えません」
 そのスウェインの言葉にシルヴァスは沈黙する。確かにスウェインの言う通り、この場合メルダース大佐の可能性は薄い気がする。だが、だからといってコルドーがやったという確たる証拠が無い以上彼を犯人と考える事はシルヴァスには出来なかった。そもそも動機が全く解らない。
「それに・・・・・・ 」
 スウェインがごもったように呟く
「それに機関部の事故が起こった時、私は艦橋で副指令のすぐ下の席にいたのですが・・・・・・ その報告を聞いて、あの時副指令は『今更、こんな時に!』って言ったんです。これっておかしくないですか? 」  
その問いに、シルヴァスはあの時の状況を思い出していた。
 そう――― 確かにそう言った。今にして思えばおかしな発言だった。今更とはどういう事なのだろうか? あの事故もコルドーが引き起こした物なのだろうか? だとしたらその目的はいったい何なのだろう・・・・・・
 考えれば考えるほど解らなくなっていく。浮かんでは消える様々な憶測が脳裏をよぎっていく。そしてそのどれもが、コルドーが犯人であることを前提にして考えている自分に気付いてシルヴァスは愕然とする。彼は自分の親友だった筈だ。
「――― 准尉、この話は私以外に誰かにしたか? 」
 シルヴァスは彼女の瞳をを見つめながら静かに聞いた。
「いえ・・・・・・ 閣下が最初です」
「そうか・・・・・・ 」
 スウェインのその答えを聞き、シルヴァスはため息と共にそう言った。そして
「准尉。このことは誰にも言うな。我々は漂流者だ。生き残った我らはこれからこの未開の惑星で生きて行かねばならない。私を含め、皆不安を抱えたまま今ここにいる。そんな状況の中でこのような話が皆の耳に入れば内部分裂を引き起こしかねない・・・・・・ いいな、くれぐれも他言無用だぞ? 」
 シルヴァスの【リマール】ザワッと震え、静かな廊下にその音が反響して響いた。その音を聞きながら、スウェインは何か不吉な物を感じつつ静かに答えるのだった。
「・・・・・・ わかりました」
 その答えを聞いたシルヴァスは何も言わずに振り向き、静かに歩き出した。その後ろ姿を見ながら、スウェインは何か罪悪感に似た感情に駆られながらも、思い出したようにまたシルヴァスの後を追うのだった。

―――― このあと、私はこの時のことをどれほど後悔したことか・・・・・・ この時、コルドーを問いただし、彼を排除していれば・・・・・・ 
―――― 私は気が付かなかった。彼の心の奥底にある感情・・・・・・ 長年に渡り、彼の心に染みこんでいった感情・・・・・・ それほどまでに深い憎しみを私に抱いていて、尚私の部下として、友として、側にいたのか?
―――― 全ては私の甘さが招いたことだ。私が撒いた種は、私の手で刈り取らねばならない。それが、今も尚私が存在する理由・・・・・・

2005/06/18(Sat)15:00:14 公開 / ギギ
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■作者からのメッセージ
お久しぶりの更新で忘れられているかもしれない と不安なギギです。
試験、愛機(PC)の改装、飲み? などイベント盛りだくさんでなかなか更新できませんでした。(泣 見捨てないでくださいね(号泣&哀願
さて、今回は休幕です。サブタイトルに『天使達の黄昏』などというベタなもんがついていますが、あくまで甲冑兵戦記です。これってSFじゃんって思うかもしれませんがFTです。(言い切っちゃった 汗 書いててやっぱり止めれば良かったかなと思いつつ
またよく分からない用語が氾濫していて作者もよく分かっていなかったり(オイ 本編に出てくる【リマール】【レグール】【カレート】などの単語も出てきておりますが、余計解らなくなってしまった。
でもこの設定は一番始めに考えていた物でどうやって書こうかと思案していました。後編では甲冑兵や砂術がどのようにして生まれたのかという話も出てきます。他にも銀王の存在理由、【天啓】東邦と西邦の闘いの発端などなど。これで少しでもこの世界を知っていただければ良いなぁと・・・・・・  
これの後編をやった後、本編第8幕となります。ちょっと長いインターエピソードとなってしまいまして、スイマセンがおつき合い下さい
ギギでした
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