- 『どんぐりな日常』 作者:clown-crown / ショート*2
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どんぐりな日常
我輩はどんぐりである。
名前がどんぐりだ。
決して木に生(な)っている訳では無い。その分類で言えば我輩は犬である。コーギーである。
団栗眼(どんぐりまなこ)だから、そう名付けられた様だ。我輩の目は大きく、愛らしいのである。
犬の習性に違わず、我輩も群れを形成している。無論、我輩が大将である。たった二匹の群れではあるが。此れから規模を大きくしていく所である。
丁度良い所に、群れのもう一人がやって来た。
紹介しておくとしよう。今、我輩に朝食を献上したのが、マキ 二十一歳 雌である。歳の割には美人であるが、従者の癖に馴れ馴れしいのが玉に瑕である。今も我輩の許可を得ずに頭を撫でようとしている。
今回だけは、高級銘柄おにうまのドッグフードに免じて、不問に付してやろう。
所々海綿(スポンジ)のはみ出した、此の洋長椅子から眺める景色は格別である。
見える景色は総て我輩の縄張りだ。
先ずは、此の洋長椅子のある居間。
三つあった洋長椅子は総て我輩の牙の前に下った。海綿がはみ出しているのは、その戦果である。然し、あの骨を噛み砕く事が中々出来ない。敵は徹底的に攻め滅ぼすことが我輩の信条である。何時か、あの鉄の骨を引き千切ろうと思う。昨今、歯形を付ける事に成功しているので陥落は近いだろう。
右手に見えるのが寝台である。
其処で毎晩、マキと寝るのである。マキは眠りに就いたまま我輩を内臓破裂させようとする時があるが、其れよりも頻繁に我輩がマキの上で寝ている事があるのでお互い様だ、と寛容な態度を示している。
寝台より高い位置にあるのは出窓である。
今、マキがいる所が勝手場である。
平気な顔をして勝手場に立っているが、マキは鼻が利いているのだろうか。生臭くて、とても佇んでいられる場所ではない。匂いの元は、あの枯葉色の屑篭である。色彩からして匂うのである。
縄張り内の戸を全制覇しようと意気込む我輩であるが、後一つの所で達成出来ずにいる。
立ち塞がるのは冷蔵庫の戸である。正確には冷蔵庫の戸は戸では無い様である。けれども完璧主義者である我輩は、其れも突破しなければ気が済まない。鉄の骨に並び、此れもまた我輩当面の課題である。
出窓の窓掛けが波打った。
縄張り内の風向きが変わって、屑篭の臭気が此方に漂って来る。その臭気には耐えられない。我輩は別の場所へと避難する。
通り抜ける脇には便所の戸がある。
此処も注意すべき場所である。三日に一度臭くなる。マキは便秘であるからだ。便秘でなければ、もっと臭くなる日が増えるそうである。
永劫、マキが便秘である事を願うばかりである。
玄関には木が生えている。観葉植物である。
鉢植えである上、模造の植物である。マーキング行為には相応しくない。然し、そうであっても本能からの欲求は生まれるものである。其の命令は絶対である。幾度か試み、引っかける事に成功している。其の度にマキは怒るが、大将が従者の命に従わなければならない道理は無い。此れからも我輩は本能の赴くままに行動するであろう。
他にも、我輩が吼えてもマキは怒り出す。
オーヤサンが来て、縄張りを奪いに来るからだそうだ。我輩よりも大きな身体をしているというのにマキは臆病だ。オーヤサン等とやらが来ても、我輩が追い返してやるから堂々としていれば良いのである。
辿り着いたのは脱衣所である。
マキの残り香がするので、此処は我輩のお気に入りの場所である。
此の奥は風呂場である。
風呂場の戸は折り畳み型の戸である。戸の真ん中に体当たりすれば簡単に開ける事が出来る。
我輩は風呂が好きである。他の犬は風呂嫌いな者もいるが、其れはマキの様に優しく身体を拭いてくれる、献身的な従者がいないからだと推察する。
我輩は幸せ者である。
然し、我輩が風呂に入る時には、マキは決して風呂に入ろうとしない。
我輩の身体を拭く時、服を着ているのである。着衣など我輩の信条第一条に於いて言語道断である。其の信条は我が身に於いてのみであるのでマキの着衣については黙認しているのだが、我輩にはマキの心情が理解し難い。
マキは服を着る事を半ば必然と捉えている様である。信じられない事であるが、マキは一日をほぼ着衣で過ごしている。動き難くは無いのだろうか。そもそも邪魔であろうに。如何とも理解し難いものである。
そんな疑問もつい先日、払拭された。
我輩はマキの湯上がりの姿を見てしまったのである。マキの胸は張っていた。其れはもう巨大に膨れ上がっているのだ。それも、其の大きな胸は左右二つしか付いていないのである。実に合理から外れた、奇怪な胸である。あのような胸では人前に露出する事など躊躇われる筈である。
我輩は納得すると共に、マキを可哀相だと心底同情した。
さて、此処までが我輩の縄張りである。
立派であろう。
立派過ぎて問題がある。余所者が侵入してくることである。其れだけなら未だしも、マキを誘惑している。マキも満更ではない様子なので始末に負えない。
其の雄は清明という。
清明が来るとマキは慌てた様に御茶を出そうとする。我輩が清明を必死に威嚇している時に、である。暢気なものである。清明は余りに頻繁にやって来るので我輩も少々疲れた。停戦協定を持ち掛けようかと思案している。完璧主義の我輩にしては珍しいことである。
縄張り内への進入を許可する代わりとなる、此方の条件を考えた。清明が我輩の群れに入ることである。其れはマキと番(つがい)に為る事を認める意味もある。我輩の群れは小さい。マキが清明にとられてしまうのは口惜しいが、群れを大きくする為にも子作りは欠かせないのである。
我輩がマキを孕ませれば良い、と思うだろうか。
出来る事なら我輩は直ぐにやっている。マキの胸が膨れているから伴侶として気に入らない訳では、決してない。其の程度で嫌うのなら、我輩は群れの大将になる器ではない。底が知れていると言うものだ。問題はもっと根本的な部分にある。
其の問題とは、
我輩も雌なのである。
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2005/05/24(Tue)00:29:15 公開 / clown-crown
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■作者からのメッセージ
みなさんこんにちは。
はじめましてのおともだちもいるかな。くらうんくらうんです。よろしくね。
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このお犬様のなわばりは、わたしのへやによくにています。わたしには【どんぐり】も【清明】もいないけどね。ひとりでくらすのってつらいんですよ。たまに、なきたくなるときがあります。
まえのネコのおはなしをよんでくれた、こころのこいびとさんたちへ。つぎは、ながいおはなしをかくっていったけど、まっこうからせいはんたいのショートショートになっちゃいました。ネコのおはなしをかいたらどうしても、お犬様のおはなしをかきたくなっちゃったの。ごめんね。
さいごまでよんでくれたしんせつなおともだち、ありがとう。そのしんせつしんをわすれないうちに……
「感想くれ」(男声)