- 『GUITER』 作者:紅茶 / 未分類
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都会の片隅、明かりがチカチカ点滅する暗い路地を一人の女性が歩いています。
彼女の名前は千春。ちょっと背の高いOLです。
千春は疲れていました。社内で起こったイザコザの中心に彼女がいたからです。
だから早く家に帰ってゆっくり寝よう、彼女はそう思っていました。だから近道をするために、この暗い路地を歩いていました。
そんな千春の耳に音楽が聞こえてきました。
電灯の下にエレキギターを弾いている少女がいます。
少女の歌は彼女の心の奥深くまで染み込んでくるような、優しいメロディに乗せた歌でした。
千春はついついその歌に聴き入ってしまいました。
「すごくいい歌ですね」
千春は少女に言いました。
「あ? あんた今、この歌が聞こえたのか?」
少女の口から発せられた声は、男のしゃがれた声でした。
「あ、ひょっとして、女だと思ってた? やっぱなぁ。これだから女顔だと困る……」
「でも来陽くんのそのアンバランスな声と顔、私は好きですよ?」
今度はさっき歌っていた少女の声が聞こえてきました。
「え、ええ?」
「私たちの歌を聴いてくださってありがとうございます」
「喋った……ギターが?」
少女の声で歌っていたのは、ギターなのだと千春は混乱しながらも理解しました。
「ふふふ。驚かれたでしょう。私の歌が聞こえた方は全員、今の貴方と同じ反応をなさいます」
「きこえたって、どういう……」
「コイツの歌はな、ある特定の人間にしか聞こえないんだ」
「特定って?」
「幸が訪れる方か、魔が訪れる方にしか私の歌はきこえないのです」
「えっと、これから幸せになれる人か、不幸になる人のどちらかってことですか?」
「――そうなります」
千春は黙り込みました。今日会社で起きたイザコザを思い出したからです。
「…………」
「ですから、用心なさってくださいね」
千春が去って後。
「なんで嘘ついたんだ? ソレイユ様」
来陽はギターに向かって尋ねました。
「来陽くん。あの方には、ああ言ってあげた方が彼女の為でもあるのです」
「幸せになれるんですよって言ってやれば喜ぶんじゃないのか?」
「それもそうですが、彼女はある問題事の中心でもある彼女が幸せそうに振舞うのは、なかなかいただけないでしょう? それに簡単には喜べないでしょうし。ちょっとした意地悪だと思って下さい」
「そんなもんかね。……神様ってのはよく分かんねえなぁ」
「さて、もう一度やりましょう。今度は弦をしっかり押さえること、リズムに合わせること、そして来陽君の癖の誤魔化して弾かないように気をつけて弾いてくださいね」
「……はいはい」
夜は、ゆっくりと更けていきます。
ここは千春の勤める会社。
千春は今一番会いたくない人物と会わなければなりません。
つり目の係長が自分を睨んでいると思うと、彼女は胃がキリキリしてなりませんでした。
「春日くん」
係長の男が怒鳴りながら、千春を呼びます。
「はぃ……」
消え入りそうな声で返事をした千春は、恐る恐る係長の方へ向かいます。
「なんでしょう?」
係長はイライラした調子で言いました。
「昨日は……すまなかったね」
「え? あ、はい……」
「それと、部長が今度始まるプロジェクトに君を使いたいと言っていたよ。はやく行って来い」
千春は何がなんだかよく分からないまま部長の所へ向かいました。
「ふ〜ん。こんなモンなのかねぇ」
「彼女はこのプロジェクトをきっかけにこの職で成功するようです」
「そうかい。そりゃめでたいね」
来陽とギターは会社の窓の外から千春の様子を見ていました。学ラン姿の来陽の背中にはケースに入ったソレイユが背負われています。
「そろそろここを離れないと、学校に遅刻しますよ?」
「ソレイユ様が飛べばすぐなんだけどな」
「ダメです。今だってビルの5階まで飛んでるんですからね」
「けち」
「もう透明化が解けます。降りますから歩いて学校まで行きますよ」
「分かったよ。ソレイユ様」
来陽とソレイユは最後にもう一度千春を見ました。
千春は満面の笑みを浮かべていました。
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2005/05/22(Sun)22:53:53 公開 / 紅茶
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■作者からのメッセージ
はじめてこちらに投稿させて頂きます。
この話は去年くらいに思いついて、最近ちゃんとした形になりました。