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『五色の心 [白と緑]』 作者:風時 / 未分類
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ねぇ、僕の桃色。僕だけのものだよ。

















「のそーりのそーり」
 なんかウゴウゴしてる桃色な髪の生物が僕の横でわけのわからない言葉を発して芋虫のように前進している。
「たかしちゃんもやるのー。のそーりのそーり」
 しかもなにやら僕にもやれ、といっているような気がする。気付かない振りしておこう。っていうか結構面白い動きだから見ているだけなら問題ない。うん。
「たかしちゃ――ん」
 呼んでいるような気がする。気のせいだ。読書しているから空耳が聞こえるんだな。向こうの世界にはまりすぎて。そうなんだな。
「……うぐうぐ…、たかしちゃんの意地悪。あたしちゃんがこんなに呼んでるのに…」
 ついには泣きまね。でも僕は読書をしている。…気にしない。こいつは演技が上手いんだ。僕は絶対に気にしちゃだめだ。いつもだまされるんだから。
「たかしちゃんはあたしちゃんのことなんて嫌いになっちゃったんだね、あたしちゃんのことなんて本に書いてある一文字にも敵わない存在なんだね。…あたしちゃん、かなりショック。泣いちゃうもん。あたしちゃんもたかしちゃんのこと嫌いになるもん!」
 そんなことを言って、ついに本気で泣いてしまった。…仕方ない。僕は桃色が泣いているのを見るのが好きじゃない。
「僕はそんな動き、したくないんだよ」
 僕が声をかけると、桃色生物が僕の背中にのしかかってきた。
「ふふ、嘘泣きだよー。そうやってあたしちゃんを心配してくれるたかしちゃんがいっちばん好きなんだよねっ」
 にこにこ。そうだ、こいつは感情の激しい振りをして実はただ演技が上手いだけなんだ。…なんで僕はいつもだまされるんだ? さっき、同じこと思ったような気がする。学習能力、僕無いのかな? ま、いっか。
「そ」
 僕はまた本に目をずらす。その気配を察知してか、桃色が僕の目を塞ぐ。
「何するんだ」
「ほっといたらたかしちゃん、また本に目をやっちゃうでしょ? あたしちゃんだけを見てくれるように目隠しっっ!!」
 いや、目隠しとかお前さえ見えねーよ。
「あたしちゃんはたかしちゃんがダイスキだからねっ。それだけは絶対覚えてなきゃダメなんだからねっ」
「へぇ」
 気の無い返事を返してみた。
「…そんな返事イヤっっっっっ」
 怒られた。ついでに背中に鈍い痛み。蹴ったな。
「痛い。じゃあどういえばいいんだよ」
 よっ、と桃色が目から手を離した。そしてやたら芝居口調でこういった。
「鈴、お前だけが唯一無二に僕を愛してくれる存在だ。そんな存在が俺は好きだ!」
 いつから僕はそんなに熱い人間になったんだ。一人称、俺だし。僕、自分のことを俺なんて言ったこと無い。
「そーいったら、あたしちゃんが返す言葉は決ま」
「へぇ」
 僕は桃色が何かを言い終わる前に言葉を無理やり言葉を挟んでみた。
「…なんであたしちゃんの話を無理やり邪魔するの!」
 ちょっと怒った。可愛いかもしれない。
「いつも言うだろ。同じこと」
 ほっぺたがぷくっと膨らんだ。怒ってる。うん、可愛い。ぷくっと膨らんだほっぺたを潰したい衝動に駆られるがそれは後一歩ととどまる。それをやってしまうと変態っぽくなってしまう。
「でもあたしちゃんの話はさえぎってほしくないの!」
 あ、そう。という言葉をたまには飲み込んでみることにした。怒る顔も好きだが喜んで笑う顔も好きだ。
「………僕の唯一無になる存在、鈴、そんな鈴が僕は好きなんだ」
 さっき、こんなこと言ってたなぁ、と思い出しつつ言ってみる。みるみる桃色の顔が明るくなるのがわかった。…ちょっと、面白い。
「あたしちゃんは絶対にたかしちゃんを離さない! あたしちゃんは、たかしちゃんだけを愛し、たかしちゃんも、あたしちゃんだけを愛することをここに誓う。よって、あたしちゃんとたかしちゃんは夫婦なのっっ」
「却下」
「え――――――!!」
 悲鳴。狭い僕の家で大声出されるのは辞めてほしい。ほら、足跡が聞こえる。僕の部屋の前で止まるさ。

コンコン

戸が叩かれる。まぁ、来てくれる人は僕の嫌いな人じゃないから良いんだけど。どっちかというと好きな人。
「入るぞ」
 りりしい声とともに超漆黒色した超ショートヘアーの美人なお姉さんがやってくる。凄く日本人らしい。というかなんか、くの一なイメージ。
「…やっぱり鈴嬢ちゃんだったか」
 はっとため息をつく。鈴と霧さんは全く持ってあわない。っていうか仲悪い。霧さんに鈴を紹介したのも、鈴に霧さんを紹介したのも僕なんだけど。
「あーー、またきた、霧おばさん」
 僕が止めるまもなく霧さんにおばさん呼ばわり。まだ二十代中盤なのに。僕からみれば霧さんはまだまだいける口だね。年上専用ってわけじゃないけどやっぱり年下よりは年上が良いな。さっぱりとした感じの若く見える霧さんは僕の好みのタイプじゃない、と否定は出来ない。まぁ、ストライクゾーンではないけど。
「ジャリンコが人におばさん呼ばわりするのは早いんじゃない?」
 顔が引きつる霧さん。…僕は何もしてないのにこの二人に両挟み。霧さんはわからないけど、桃色は僕が霧さんを好きだと思ってる。好きなわけじゃないけど。それに別にまだ僕は鈴の持ち主じゃないんだけど。鈴は僕のものだけど。
「ジャリンコだってー!! 使う言葉が古いよおばさん♪」
 こういう口げんか、はっきり言って桃色は強い。多分霧さんが弱いんだろうけど。僕が桃色に負けない、ってことはそうなんだろう。鈴、お願いだから霧さんをキレさせるなよ。心の中で呟く。霧さん、怒らせたら結構怖い。
「あれ? 今でもジャリンコって言葉、使うの知らなかったの? とんだ常識はずれだね」
 確実に青筋が立ちつつある。僕の部屋でこんな激しいバトル、しなくたって良いのに。できれば外でしてほしい。ま、無理な願いだけど。
「常識はずれー? …今時そんな浴衣着た超ショートカットの良い年したおばさんの方が確実に常識はずれだと思うんだけどねー」
 桃色はにーっこりとした作り笑顔で出来得る限りの毒舌の嵐。霧さんが懐に手を伸ばす。…乱闘はやめてほしいな。
「鈴嬢ちゃん、死にたい?」
「えへへ、たかしちゃんの前であたしちゃんが死ねるなら悔いは無いけど、でもあたしちゃんが死ぬ前にたかしちゃんが死なない限りあたしちゃんは死にたくなーーい。それにあたしちゃん、まだたかしちゃんと夫婦になってないんだもん。おばさん、何で今そんなこと聞くの?」
 よくわからねーよ。理由が。それに…、最後の質問はヤバいなぁ。
「…そう、そんな死にたいんなら、あたしが殺してやるよ!!」
 あ、キレた。懐に伸ばしていた手には手裏剣が握られている。…今日は短剣じゃないんだ。桃色鈴は舌をべーっと出して腰からベルト代わりに使っているチェーンを抜き取る。………僕の部屋、壊れそうだなぁ。ま、いつものコトか。
「鈴嬢ちゃん、やる気かい?」
「霧おばさんがあたしを殺そうとするからですー」
「ならやったる…よ!」
 あ、手裏剣投げた。桃色がふと体をそらして避ける。狭い家の壁に刺さる。…この部屋、壁薄いけど隣の部屋まで貫通してないかなぁ?
「飛び道具なんて危ないんだからー」
 そういいながら今度は鈴がチェーンを霧さんの手首に巻きつけようとするが霧さんが手首の変わりに持ち直した短剣をチェーンに持っていかせる。
「あやや…!」
 誰かの名前のような悲鳴を上げてチェーンの先についた短剣を避けてそれを武器として霧さんに刺そうとする。
 それも霧さんは見事に避ける。…しかし、3畳の部屋でよくもここまでの攻防戦を繰り広げられるな、僕にダメージ無しで。
 そのとき、霧さんの手首から鮮血が迸った。畳に血が広がる。違うことを考えていた僕にはそのときなにが起こったのかはわからなかったけど、比較的いつものことだ。
「へへ、あたしちゃんの勝・ち☆」
 にっこにこで言う。僕は桃色を無視して霧さんの処置を始める。まずは止血。薄い傷だからハンカチのような厚めの布を押し当てれば大丈夫。血が止まったら今度は消毒をして簡単に包帯手当てをする。あー、でも見事にリストカットみたいな傷がつくもんだ。急所を狙える戦闘能力の高さは、流石に鈴、というところだろう。霧さんだって剣道二段の強さを誇っているけど狭い部屋の鈴には敵うはずがない、か。
「たかしちゃん! なんであたしちゃんを構わずに負けた霧さんを助けるのーっっ!」
 無視。
「たかしちゃんてばっっ」
 無視。一生懸命最後の手当てを終える。もちろん霧さんも鈴に無視だ。
「たかしちゃーーん!」
 あ、泣きそうになってる。けど無視。
「たかしちゃん、あたしちゃん泣いちゃうよ、いいの?」
 すっごく良くないけどいーや。たまには。
「…たかしちゃんの、バカァ…!」
 あ、ついに泣き出した。後ろから嗚咽が聞こえる。僕の大切な桃色がなく声なんて聞きたくないけど今日は別にそこまで機嫌が悪くない。
「たか。うるさいから泣き止ませて来い」
 幾分冷静になった霧さんが言う。…命令されたら断れない。
「鈴」
「…ッヒ…たかしちゃんの、バ、バァカァ…!!」
 派手に泣いている。可愛い。可愛い鈴は大好きだ。僕はそっと鈴に近づいて後ろから抱いてやる。
「ほえっっ!?」
 桃色の髪をびっくりしように振り乱して拒否する。何故だ。っていうか髪がこそばゆい。
「たかしちゃん、ダメなの、たかしちゃんがはぐなんてダメなの、ダメダメなの!」
 暴れる。泣き終えたようだが僕は逆らわず離してやる。すると今度はくるっと振り返った鈴は僕に抱きついてくる。そうか、鈴は抱かれるより抱くのが好きなんだ。
「たかしちゃんだーーいすき」
「僕は嫌いだけど」
「あたしちゃんがたかしちゃんを好きだからそれでいーの♪」
「あっそう」
 僕は鈴から離れてまた霧さんの治療に専念し始める。桃色は満足したように霧さんの血が付いたチェーンを磨く。鈴最大の武器だ。
「悪いな、たか」
 …霧さんに謝られた。謝るのは鈴のはずなのにあいつは謝ろうともしない。…待て。
「鈴」
 ぱぁっとした笑顔で後ろから僕の肩にのしかかる。
「な・ぁ・に☆」
 …いや、星はいらねーよ。
「霧さんに謝れ」
「えーーーー!!」
 だから悲鳴は辞めてくれ。
「何で何で何でー? あたしちゃん悪いことしてないよ!」
「傷、つけただろ」
「あ……、ごめんなしゃい」
 ちょっと困ったように謝る。こういう風に潔いところが好きだ。
「…まぁ、私もちょっと感情的になったな。悪い」
 仲直り。まぁいつものコトだけど。
「でも霧姉さんにたかしちゃんはあげないからねーっ」
 とか言いながらベーッと舌を出す。…僕から見たら可愛い表情なんだけどなぁ。
「たかはお前のものじゃないだろう」
「あたしちゃんの物っ」
「それは違う」
 ついに口を挟んでしまった。
「はぅぅっっ!」
 何だその反応は。
「僕はお前のものじゃない。でも鈴、お前は僕のものだ。わかってるね?」
 鈴にはにっこり顔でコクリコクリと二度頷く。わかってるならいいんだけどさ。
「…お前のその独占欲、私は脱帽だよ」
 霧さんが呟く。…僕は聞こえない振り。


 しばらくすると霧さんは帰っていった。まだ読んでいない本があるそうだ。僕も霧さんから借りた本、まだ読み終えてないな。結構面白いのに。
「そういや鈴、お前どうして来たんだ?」
「用も無くて来ちゃダメー?」
「いや、別にいいけど、お前なら」
「ふふふ、本当はあるよー」
 先にその用事を言え。
「とーっても大事な用件なのっ」
 だったら早く言えよ。
「あのねあのね」
「うん」



「……………たかしちゃんここから出たいでしょ?」
「いいや」
「やっぱりそうだよね、嫌だよね」
「嫌、ち」
「だよねだよねっ。だったらね、だったらね、これからたかしちゃんはあたしちゃんと一緒に住むのですっっ!!」



 僕は訂正をするのも忘れていた。「いいや」を「嫌」に聞き取られたのも「嫌」って言ったのは嫌じゃないって意味で「嫌」って言ったのを訂正するのも忘れていた。
「…僕がなんで鈴と住むんだ?」
「いいじゃん、そのうち一緒に住むんだから☆」
 そういう問題かよ。
「あ、あ、でもね。たかしちゃんとあたしちゃんだけじゃないんだよ」
「何人?」
「あたしちゃんとたかしちゃん入れて五人」
「男女比は」
「男の子二人の乙女三人なのですっ」
「誰」
「たかしちゃん、とおるちゃん、るいっち、あさぴょん」
「誰だよ」
「えー、多分たかしちゃん知ってるよ?」
「正式名称でお願いできますか?」
「うー、良いよ。まずは宝田孝ちゃん。もちろんたかしちゃんのことね。それからそれからー、知己竜ちゃん。これはとおるちゃんね。同じ小学校だったはずなんだけどなーーー」
 僕が小学校を卒業したのは四年前。確かに知っているはずだ。
「あ、でも竜ちゃん小学校一年生の入学式の次の日にアメリカに転校したからもしかして知らないかも!」
「絶対知らないな」
「そして、あたしちゃんこと周防鈴! たかしちゃんの未来のお嫁さんになるべき最高最上の最年少少女!」
 …僕と同じ年だろうが。
「で、で、るいっちが、狩野涙禾ちゃん。通称るいっち。あたしちゃんの大切な大切なオトモダチでコスプレマニアの天才さん」
 凄い子だなぁ。でもコスプレってことはロリータとかやるのかな? …だったら嬉しいかもしれない。
「で、東條浅葵。通称あさぴょん。あたしちゃんあさぴょん好きじゃなーい」
 …あぁ、アサキか。
「あんなクールな子嫌い。っていうかたかしちゃんの雰囲気の似てるよね。…あれあれ?そういえばたかしちゃんとあさぴょんって同じガッコじゃなかったっけっっ! ハイスクール!」
 …変な英語。
「まぁ、同じ高校だよ。お前は高校、行かなかったんだもんな」
「あたしちゃん勉強嫌いだもーん。ガッコ行かなくても就職は四歳のころから決まってるしね☆」
 確かに。お前ほど将来がはっきりしている十六歳なんて滅多に居ないだろう。まぁ、僕の桃色は特殊で以上でおかしいだけなんだけど。それは僕もアサキも同じ。類は友を呼ぶって言うし、多分その竜っていう男も涙禾っていうか女も似たような感じなんだろうな。
「たかしちゃんもあたしちゃんと同じ場所で全然働けるのに」
「僕は鈴ほど戦闘能力は無いよ」
「補佐能力のプロじゃん」
「それしか出来ない、の間違いだね」
「ふふ、でもこれで五色そろったね」
「五色?」
「まずはあたしちゃんの桃色」
 それだけ髪が桃色ならそうだろう。服もピンクがやたらに多いし。
「で、たかしちゃんの白」
 …まぁ、何時も白装束で髪の色まで普段は脱色してる僕が桃色のことをとやかく言えないか。
「で、で、アサぴょんの緑」
 …珍しい遺伝子変異の緑色の瞳。あわせて染めた緑色の髪。
「だったらとおるちゃんの黒」
 大方いつも黒装束なんだろうな。僕の逆か。
「それならもちろんるいっちの青」
 青い服でも着ているんだろうか。
「あ、るいっちは常に爪が青くて服が青くてメイクが青くてカラコンで蒼いんだよ」
 結構な変人だ。
「へぇ。たしかに五色だ」
「でもねでもね、あたしちゃんはもう一色欲しかったの」
「何色?」
「イエロー」
「あぁ、確かに。足りないといえば足りない色だ」
「…髪が黄色な人なんて」
「居ないよ」
 遮ってみた。だけど今度は鈴が怒らなかった。ちょっと残念。

「あれ、ところで僕承諾したっけ」
「うん」

 したらしい。…ま、いっか。霧さんと離れるのは辛いけど別にここが良いってわけでもないし。霧さんにならいつでも会えるだろう。まぁ他の住人なんか話した回数も指が軽く余ってしまう。零の人さえいる。
「ほら、行くの」
 僕は少し考える。
「…僕はここにいるよ」

 しばらく桃色は黙っていた。そして何か口元でぼそぼそと呟くと僕にいつものように抱きついてきた。
「たかしちゃんダーイスキ☆」
 …いや、それはわかっているんだけど。
「だから…」
 何故にかなりな衝撃が背中に走るのでしょうか。
「……拉致るのです☆」
 最後にみた桃色の笑顔は最高に可愛かった。


















たかしちゃん。白はたかしちゃんの色だよね?


















 目が覚めたとき、僕は見たことも無いところに居た。天井はそこまで高くなく、全く持って広い部屋の中心に寝そべっていた。僕のアパートではない。僕のアパートはもう少し広くて、もっと荷物がいっぱいあったはず。壁は薄く、床も薄く、天井は低かったけど。それに床が畳ではなくフローリングだった。…やっぱり僕のアパートじゃない。
「あ、孝君、おはようございます」
 聞きなれない声。桃色の声でも霧さんの声でもない。誰だ?
 ゆっくり体を起こしてふと横を見ると、見慣れぬ白衣娘がいた。しかも眼鏡。なかなか可愛い。っていうか可愛い。ストライクゾーンじゃないか。ただ特殊なのが真っ青な瞳にやたら強い青色のメイク。そしてところどころにつけている青色のエクステだ。ショートボブの髪にやたら多い青色は彼女の目の色と合っていてそれもなかなかだと思ったが。
「…僕は君を知っているかな」
「多分知らないと思いますよ」
 にっこりとした笑顔で言われると心臓の鼓動が早くなる。やっぱりこの子、タイプだ。
「なんで君は僕の名前を知ってるのかな?」
「私の親友に聞いたからです」
 にこにこにっこり。
 やたら笑顔な子だなぁ。ちょっと怖くなってくるぞ。
「その親友って、僕にスタンガンとか向けてここまで拉致って来た人?」
「そうですね。そしてそれを作った張本人が私です」
 にこにこにっこり。
 …こんな可愛い子が…。ちょっと残念だった。
「じゃあ、もしかして君が涙禾ちゃんかな?」
「そうです。是非、涙禾、とお呼びください、孝君」
 孝君、なかなか新鮮な愛称だ。…何故皆僕を苗字で呼ばないのだろう。まぁ、そんなこと堂でも良いか。
「じゃあ、涙ちゃんがいいかな。呼びやすい」
「はい、それで結構です」
「聞きたいんだけど、何歳?」
「えぇと、十七です」
 年上。まさにストライクゾーンピッタシ。っていうかどんぴしゃ。いや、ここではそういう問題じゃないな。
「あの、桃色…、じゃなくて鈴は?」
「あぁ、鈴ちゃんなら出かけました。竜君を拉致るっっ! とかと意気込んでましたけど」
 …犯罪行為に手を染める中学生、とかって新聞載らなきゃいいけど。
「ところで孝君」
「何?」

「…役割、何ですか?」

 さっぱり意味が分からなかった。役割…? なんのコトだろう。
「どういうことかな?」
「私は根本的に癒し。ただ傷を治したりするだけなんですけど。あと武器作成、情報操作の役割です。孝君は?」
 ……あいつ、一体何をやらかす気で五色集めたんだ。
「多分あいつは僕を補佐に使おうとして、だと思う」
「…補佐、ですか。…どんな?」
「まぁ、たとえばそうだね、君が情報操ったとしよう。その操った情報を僕が鈴のためにその情報を最大限に生かす。それが基本的にやること。他には、まぁ鈴のボディーガード。後方からの援助。そういう感じ。あいつが何をしようとしてるかは知らないけど多分僕のことはそのうちわかるよ」
「じゃあ、浅葵と言う方は…?」
「…アサキは根本的に作戦立て。頭脳明晰な彼女にはそれが適任だと思う。あとは、前線に出てのナイフ使いかな」
 そう。アサキも、鈴も、もちろん僕も幼少の頃の小学校が同じ。あの学校入学できた、ということも竜という少年も、もちろん、戦闘要員としての才能が認められたんだろう。
「涙ちゃん」
「何でしょうか?」
「…小学校は、桐朋小中学校ではないよね?」
「えぇ、もちろんです」
「何処出身かな?」
「…わかっているんじゃないですか?」
「スタンガンなんて作れる、といえば、清祥学園、ってところかな」
「ご名答、ですね。そしてもちろん竜君も、ですよ」

 僕らが住むこの世界には、知られていない学校が、一つや二つ、否、十や二十はあるだろう。その中でも秘密事項として扱われている名門学校が二つある。戦闘能力、そしてそれを駆使する頭脳を鍛える学校、行く行くは海外の軍隊エリート、もしくはその学校の教師、そして群を抜いて素晴らしい者は、その学校の組織に組み込まれ、法外な仕事を請け負うこととなる。その学校が『桐朋小、中学校』。もう一つの『清祥小、中学校』では青少年の健全な育成。なんてことを基にしているが中に入るとスパイ活動、ハッキング、クラッキング、そして法外な武器の作成を教わるためにある学校だ。ここを卒業した生徒の半数以上は組織の機械操作担当、もう半分が裏の世界で生き抜く犯罪者となっていく。その二つの裏名門の生徒五人集めて、桃色は一体どうする気なんだ?
「涙ちゃん」
「なんでしょう?」
「鈴が何しようとしているかは知ってる?」
「ええ」
 知ってるのかよ。
「多分知らないのは僕だけだと思うから聞いておく。僕らは何をするんだ?」
「サバイバルゲリラバトル、ですね。上手くいけば、私も、もちろん孝君も、そして他の三人もCECDCに入れるのですから。私としては大賛成ですね。あの組織なら、人を蘇生させることくらい簡単に出来るでしょうから思いっきり出来ますし。私の武器も精一杯使っていただけそうですしね。…ただ私得意の情報操作の意味があまり為さないのが少々の不満ですが。……私が活躍するのは入ってからのようですね。孝君は、A隊希望ですか?I隊ですか? 意外とM隊とかですか? 私はS隊かM隊、もしくはH隊希望です」
 ……知らない単語の縷々と並んでいた。もしこれが耳で聞くわけではなく、書いてあったとしても僕にはわからないだろう。特に裏組織や裏世界の情報は、清祥ではどうか知らないが、最低でも僕の通っていた桐朋、そして普通の公立高校では全く持って教えてはくれなかった。もし教えてもらっていたら、卒業後はまっすぐそちらの道に堕ちていたかもしれないが。…そう考えると教えてもらわなくて良かったような気もする。僕は桃色と生活するために生きているんだ。桃色の就職先がボディーガードと完全に決定した以上、最低でも僕が裏の世界に入るわけにはいかない。桃色がいたから僕は桐朋に入ったのだから。僕だけが陽の当たらない道を歩くわけにはいかない。風当たりの強い陽の当たる道を一人で歩かせるわけにはいかないし。それよりもさっぱりわからない。
「……ごめん、ちょっといいかな?
「はい、何でしょうか?」
「…CECDCって何?」




 絶句。
 涙ちゃんがここまで表情を堅くする。もしその表情から声が聞こえてくるとしたならば「何故知らないの?」という感じだろう。
 そんな有名なことなのだろうか。
 しばらするとやっと我を取り戻した涙ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「本当に、知らないんですか?」
「うん」
「本当のホントですか?」
「うん」
「嘘ですよね?」
「うん」
「あ、やっぱりそうですか!」
 あ、間違えた。つい乗りで「うん」と答えてしまった。……ま、いっか。
「いや、本当に知らないんだよ。CECDCって何なのかな?」
 涙ちゃんの表情がまた変わる。眼鏡を掛けている上に結構なポーカーフェイスだからわからなかったが、類ちゃん、驚いた顔が結構可愛い。その上、ポーカーフェイスと見せかけて結構表情がころころ変わる。…桃色ほどじゃないけど。
「…わかりました、本当に知らないようなので説明しますね。
 CECDCとは、犯罪組織撲滅委員会、名門潰しの略です。

 …………。

 しばらく待ってみたが次の言葉がやってこない。もしかして説明終了なのかな?
「それだけ?」
「ええ」
 あっけらからんと答えられた。
「じゃあ、CECDCとは具体的に何をやるの?」
「そうですね…。Aでは暗殺、IではPW解析など、それからMではマシン、まぁコンピューターとか制御装置とかをハッキングしたりクラッキングしたり、そんな感じです。それからSがスパイ。進入操作、ですかね。それからHが癒し、です。傷を治したり病気を治癒したり。それぞれの頭文字の部署でやることは変わります」
 なるほど。……ん? 犯罪組織撲滅委員会、名門潰し…、名門!?
「もしかして名門潰しって、あの二校を潰すのが目的?」
「ええ、そうですよ」

 僕が卒業したあの中学校について、少し語ってみよう。いけ好かない先生やら偉そうな先輩、そして何かかんかおかしかった同級生、そして桃色、アサキ。全てを語れといわれて即興にぱっぱと語れないくらいの素晴らしい頭脳は持っていない僕だから上手くはいえないが、嫌いだったな。面白くなかった。
 桐朋中学校。小学校と中学校が同じ敷地内にある。一応学校として存在しているくらいなのだから勉強はもちろんしている。…軽くだが。
 授業の殆どは実践訓練が多い。戦闘能力を高めるための学校だろう。まさしく。しかしその実態を知る親は殆どいない。完全寮制のこの学校で全てを秘密裏に勧めていくことなど至って簡単。そして中学校の卒業間際。ここであったことの一切を外に洩らさない、という誓いを立てさせられる。僕も然り、だ。その誓いを破ることなどお茶の子歳々だが後々が怖い。あの学校は集団組織であるわけであり、またの名を暗殺学校、と呼ばれている。桐朋中の生徒は教師に従順である。実際、教師と生徒ではかなり力量が違う。教師ももちろん桐朋中のOB、OGである。そこで受けた訓練について詳しくは語れないが、それぞれにあった武器を探し、それをプロのエキスパートと呼べるまで訓練していく。鈴はそれがチェーンだった。アサキはナイフ。そして僕は……
「孝、君?」
 不審な目で僕の目を覗く。
 僕はどれだけ長い間余計なことを考え込んできたんだろう。あからさまな不審な眼差しから考えるにかなりの時間だったのだろう。
「あぁ、ゴメン。なんでも無いんだ」
 確かになんでもない。ただの独り言、ただの独白だ。
「ところでそのサバイバルバトルって一体な」




「ただいま到着―――っっ。流石にとおるちゃんは一人じゃ無理なのーーーっ」




 やったら高い良く知る声。今の台詞から考えるに竜、という人を拉致って着たらしい。多分僕と似たような手法でだろう。……抱きついては居ないはずだ。
「たかしちゃんたかしちゃん、手伝って手伝って」
 繰り返しに繰り返し。言われる間も無く僕は手伝う。玄関に青年…、否、少年が倒れていた。僕よりもちょっと上だろう。
「…お前、担げるだろ」
「抱っこだったりおんぶだったりしたら簡単だろうけどけどー、抱っこは抱きつき、おんぶは抱きつかれ。たかしちゃんが怒るじゃーーん」
 確かにそれは怒るかもしれない。なら仕方が無い。僕が少年の足を持って部屋の中に連れ込む。そして僕が寝ていた部分に寝かせる。……ちょっと起きてきたときの表情が楽しみだ。僕も性格悪くなったのかな。
「ふふふ、まさか涙ちゃんとたかしちゃんでちゅーとかしてないよね?」
 するかよ。
「えへ、ごめんなさいね、鈴ちゃん」
 えと、待て。
「エーーーーーっっ!! るいっち、るいっち、あたしちゃんにもちゅーしてなの、ちゅーしてっっ」
 何故だ。
「あたしちゃんだってたかしちゃんとちゅーしたいけどちゅーしたいって言ったら怒るからなのっ。だから間接チュー」
 心読まれた。…その前に辞めてくれ。
「いいですよ」
 良くねーよ。
「ホントッ!? んーーーー」
 目を瞑って唇差出やがった。僕の目の前で桃色の唇なんて奪わせない。…たとえ相手が女の子でも。
「鈴ちゃん、冗談ですよ」
 腰を浮かして鈴を救おうとしたところで笑いながら制止の声。
「ふふふ、よかったー。あたしちゃん以外とちゅーとかしちゃだめなんだからねー」
 にっこりにこにこ極上の笑み。天使のようだ。……桃色が倒した死体のような竜、だかという人が居なければ。
「に、し・て・もっ」
 てってとてってとと竜、だかという人の頭の上に立つ。

「おーーーきーーーろーーーーーっっっっ」

 何故。何故今こんなに巨大な声を出されなければいけないのか。っていうか桃色の何処にこんな声がだせるんだろう。考えさせられるよ。まぁ、ここはどこなのかもさっぱりだけど防音効果くらいはあるんだろうな。……まさかお隣が怒ってやってきたりはしないだろう。僕のアパートのようには。鈴は涙ちゃんと一生懸命竜、だかという人を起こそうとしている。それを横目に見ていると


コンコン


 まさか…………、苦情?
 僕が玄関に近づいていくとき、鈴の呟きが聞こえた。
「あさぴょんかなぁ…」
 鈴のトーンが下がった。鈴の勘は当たる。それは正しいのだろう。
 僕がマンションの玄関らしき扉を開けると、そこには異常遺伝子の少女、浅葵ことアサキがいた。
「よう」
 声のトーンは低いテンションの鈴よか低い。
「ここで、いいんでしょ」
 疑問、というより確認。僕はとりあえず頷く。仲が悪いわけでは無いけど素晴らしく良いってわけでは全く無い。
「周防、あたしん部屋、何処」
 あまり機嫌のよろしくなさそうな声でちょっと低めの鈴に聞く。
「あさぴょんの部屋はこの隣の部屋―。『浅葵』って書いてるからわかるよ」
「ども」
 そういってさっさと荷物を置きに言ってしまった。

「今のがあさぴょん? かーえーじゃん」

 聞きなれない、アサキよりもまだ低い、というか男性の声が聞こえた。僕の声じゃない。…ということは竜、だかって人か。
「お、君がたかしちゃんか。呼びづらいな」
 それもそうだ。
「たーくん、でどうだ?」
「拒否」
「……じゃたっちゃん」
「無理」
「たかっち」
「不可」
「じゃあたー兄」
 …無言で否定してみた。
「お、良いのか。じゃあたー兄な」
 …………肯定の意味に取られてしまった。ま、いっか。
「じゃあ僕は君の事をなんて呼べばいいのかな?」
「あ、僕はとーちゃんで」
「嫌」
「…竜で」
「竜か、良い名だね。そう呼ばせてもらうよ。…一応聞くけど同じ年で清祥卒業だよ、ね?」
「あ、何だ知ってんのか。そうだよ。…ただ俺はたー兄よか二つ下。…つまりまだ中二。清祥学園在学中」
 ………すげぇ。中学生がここには居る。犯罪、では無いはずだ。
「ふふふ、とおるちゃんともるいっちともあさぴょんともあたしちゃんとも皆と仲良いんだね、たかしちゃんはっっ」
 あ、テンションが元に戻ってる。
「じゃあ、一応居間に集まって、作戦会議―――!!」
「はいっ」
「作戦会議って何だよ、つーかここ何処?」
「僕も良くわからないんだけど、説明してくれる?」
 僕と竜がわけわかんない顔でいると鈴は「ふふふ」と笑いながら言った。

「ふふふ、面倒だから会議中に暇があったらねー」

 さて、僕と竜は説明してもらえるのか。乞うご期待! …なんて雰囲気じゃねーだろ。


















 俺が黒? …まぁ黒は好きだけど。


















「たー兄たー兄」
やっぱり僕より少し上に見える二歳下の少年が声を掛ける。…まず僕より年上っぽいというのは身長とファンションだ。…黒装束とは聞いていたがこんなにスタイリッシュな黒装束は黒装束と呼んでいいのだろうか。ピッタリとした感じの黒い皮のズボン、そしてハイネックなトレーナー。そして軽く羽織っている短めのジャケット。…カッコいい。髪も僕みたくただ切っただけ、というよりはう腰眺めで前髪が目にかかる。そして少しだけ立たせるようにしているカッコ良い髪形だ。僕には出来そうもないけど。
「…たー兄?」
 返事もせずに考え込んでしまった。いけないいけない。
「何?」
「俺さぁ、何も出来ないんだけど」
 ……えと? 何が出来ないんだろう。
「俺さぁ、清祥中の二年じゃん。実践訓練うけんの、今年からなんだよねー。つまり俺は何の役にも立たないってコト。で、俺は何すりゃ良い?」
 何故それを僕に聞くのか。作戦係はアサキのはずだ。僕じゃない。しかも先ほど何も出来ないと言われてキレてたのは誰だろう。
「アサキに聞いてくれよ。僕は作戦担当じゃない」
「あーちゃんこえーんだもん。すーとかは何考えてるかよくわかんねーし。るーはるーで敬語で『はいー、そちらの方はアサキさんにでも聞いてくださいね』とか超笑顔で言うんだぞ? …たー兄しか相談できる相手がいないじゃねーか。」
 あぁ、そういうこと。しかも竜、地味に声真似が上手い。
「小学校の頃の専門は?」
「吹き矢と針」
「たとえば?」
「ツボっつーのかなぁ。急所を狙って針とか吹き矢を撃つ。それくらいしかできねーよ。他の技は本当にこれから」
 二年、か。僕とは逆だ。小学校時代に全ての実戦経験は終え、中学校から知識だった。やっぱり知識が優先か、実践が優先か、学校によってかなり違うのだろう。
「遠距離タイプ、だね」
「俺?」
「うん」
 ちょっと考えてる。後ろでこそこそやるよりは前線で戦いたいのだろう。
 ところでどうしてこんなことを僕と竜で話しているのかというと、話は少し遡る。ここに鈴や涙ちゃん、そしてアサキがいない原因もそこにあるのだから。








「あたしちゃん達はね、CECDCの試験にうけるのですよーっ」
 広い居間にあった大きめのちゃぶ台くらいの高さの机を囲んだ作戦会議は、鈴のそんな一言から始まった。僕の右隣が桃色。反対に緑。緑の左に青。桃色の右に黒。五色が向かい合って話し合っている。
「CECDC!? んな俺無理だよ! 在学中だぜ? 今」
「とおるちゃんの事も何とかするから任せときなさい☆」
 ズビッと親指を立ててウィンク。僕から見たら可愛らしい表情だけど竜の気持ちもわかる。任せておけないだろう。
「鈴さん……、って呼びづらいな、すーでいい?」
「良かったり良かったり」
 一回で良い。
「じゃあすー、どんな試験なんだ?」
「それは私が」
 そういう説明関係は涙ちゃんが担当するらしい。
「簡単簡潔に言ってしまうとただの『戦闘』ですね。情報を駆使し、作戦を多様し、武器を操って敵を倒す。それだけの話です」
「ふーん」
 竜は納得したらしい。…僕は納得しないけど。
「鈴、ちょっと良い?」
「何何? たかしちゃん」
「何処でやるの?」
「外だと思うよ」
 そりゃそうだろう。
「詳しい場所で言うと、北海道の山地です。中央にある石狩山地。その広い空間が私たちの戦いの場面です。もちろん石狩山地の中でもかなり範囲は絞られています。十勝岳、という山の山域のみ、となっております。流石に東京の大都会で大っぴらに出来るものではありませんので」
「…北海道かぁ、旨い牛乳飲めるな」
 そういう問題かよ。
「ねぇ、そこであたしはどんなことすればいいわけ」
「アサキさんは作戦立て、それから前衛でのナイフ。それから私の治癒の補佐をしていただきます」
「理に敵ってるね。で、周防。あんたはどんなことが出来るの」
 抑揚がかなり少ない言葉使い。特に機嫌が悪いわけではない。いつもこんな感じだ。
「あたしちゃんはチェーンとナックルしかできないよ。あたしちゃんは前衛でチェーンを利用した攻撃と、素手での打撃しか不可能なのー」
 アサキが納得したように自分用のパソコンにデータを打ち込んでいく。かなり速い。
「たかしは分かる。中陣トラップ補佐」
 僕はゆっくり頷く。確かに僕のできる最大のことだ。
「それから、涙禾は情報操作と武器作成、同じくして癒し。ってところか」
「ええ、その通りです」
 にっこりと頷く。
「そっちのガキは、見た目からして足手まとい」
「なんだと!?」
 竜には言うことが無いらしい。もともとアサキは呂律の回る毒舌饒舌の嵐を持った美少女だ。それと同時に竜はかなりの口下手らしい。それでいて気性が荒い。クレイバーには扱いやすいタイプだろう。
「俺だって出来る!」
「へぇ、そう」
「………これでも清祥の学生だぞ」
「あたしは桐朋のOG。文句ある?」
 竜は何もいえなくなった。
「あんたにも役割は作っといてあげるからあたしに任せといて」
 一時静まる。確かにそれだけ切れ味のある言葉でザクリザクリと竜の心を傷つけたらいくら竜といえども喋らなくなるだろう。
「と、とにかくですね、わからないことは聞いてください」
 沈黙を破ったのは涙ちゃんだった。こういう険悪なムードは嫌いらしい。
「僕、全てが良くわからない」
 とりあえず素直に言ってみた。
「だろうねだろうね、あたしちゃんよりも全然、本当に全然裏の世界に精通してないんだもん。桐朋卒業生のくせにー。確実に闇の世界に行く気ナッシングもナッシングだよねっ。何もなしっ☆」
 「ふふふ」と含み笑いで微笑む。…はっきり言って僕のことをけなしているようにしか感じられない。
「で、たかしちゃんのわからないことって何なの? 多分あたしちゃん答えられるよー」
 桃色がちょっと移動して僕の背中によしかかる。髪の毛が頬に触れてくすぐったい。まぁいっか。
「まず1つ目は鈴。なんで就職決まっているのにも関わらず裏の世界に行こうとするんだ? 僕はお前に何処までも着いていくって行っただろ。お前が堕ちるなら俺も堕ちるけどお前がわけも無く裏に行こうとするのは僕が止めなきゃいけない」
「ふふふ、そんなこと気にしてたの? たかしちゃん。あたしちゃんはね、たかしちゃんと一緒に裏に行きたいんだよ。でもたかしちゃん、あんまり裏の世界好きじゃないでしょ。だからあたしちゃん本当は一人でその就職先に決めようと思ってたんだけど、やっぱりあたしちゃん一人じゃ嫌だったから、皆と、そしてたかしちゃんと一緒に行きたかったの。……裏の方へ」
 なるほど。お前は裏と表、表を選んだけどやっぱり闇に行きたかったのか。…そりゃあ、あれだけの才能を褒められ続け、洗脳され続けた鈴が表の世界に行くとは考えづらい。…僕の考えミスだったか。僕は鈴のやりたいようにやらせたい。それが僕の意思。……もちろん僕の目が届く範囲で。
「他には無いの?」
「あるよ」
 即答だった。こんな一つどころじゃない。もっと、もっとたくさんある。
「どうしてこの五人を選んだんだ? …わざわざ清祥の在学生なんか呼ばなくてもお前の仲良くて腕のいい友達がいるよな? ……それに、鈴とそう仲良いわけじゃないアサキまで」
「たしちゃんは、このメンバーが史上最強になると思わない??」
 それが答えらしい。他は何も言わずに笑っている。
「最強かもしれない。…でもわざわざそんな名門殺し、なんて呼ばれてるところに、その名門の学生なんか呼ばなくても」
「そこの学生が居なきゃダメだったんだよ。あたしちゃんだってそんな素晴らしく情報に富んでるわけじゃないもん。その学校に関する最新情報が欲しかったんだよ。…あさぴょんはこの世界に住んでる高校生の中で最高の知性と戦闘能力、運動神経がズバ抜けていると思ったのー。たかしちゃんと幸せに過ごすためなら私情なんかはさんじゃダメだんだとおもうんだねっ」
 そうあもしれない。僕と鈴、そして親友らしい涙ちゃんは抜きにしても残りの二人は「情報源」と「勝つため」の人。そう、鈴にとって僕以外は「それだけ」の人。……涙ちゃんもそれを和歌って付き合っているのかもしれない。
「他は他は?」
「一番聞きたいこと、CECDCはどんな仕事をするところ?」
「それはさっき、私が説明したと思うのですけど」
 控えめに涙ちゃんの声が入る。
「あ、いやそれじゃなくて『名門潰し』について聞きたい」
「ふふふ、いーよ、あたしちゃんが」
「あたしが説明する」
 鈴の言葉を遮ったのはアサキだった。
「周防、あんたの話は回りくどい。こういう単純そうで複雑な奴にははっきりさっぱりした回答を与えなきゃだめなんだよ」
 ……与えなきゃ、って、単純そうで複雑な、って、酷くないですか? アサキさん。
「あたしちゃんがたかしちゃんには説明するの!」
 キッとした目でアサキを見るがアサキは冷たい目で鈴を見る。少し構える鈴に目をあわせずにその前にいる僕と目を合わせる。
「名門潰し。これは至って簡単。ただあの学校を無くそうとしているだけだよ」
 簡単すぎてよくわからない。
「もう少し説明すると、名門学校の組織を潰そうとしているんだよ。あの組織は警察の裏に回ることすらある。一般には広まっていないけどあの学校の存在は公然の秘密。政治家も、警察も、何かあって手詰まりになると決まって『桐朋』やら『清祥』に依頼してくる。……つまり、悪いことしてる奴らにとってはその存在が『邪魔』ってこと。わかった?」
 良く分かった。……で、そんな組織にその『桐朋』やら『清祥』卒のまだまだガキな奴らが入れるのか。
「入れるよっ、もちろん」
 言葉に出していなかったのに。いや、出てたのかな?
「組織に加入しなきゃあたしちゃんとかたかしちゃんとかは凄い戦力になるんだよ。ただでさえあんな辺鄙な場所に合格できるような頭脳と戦闘能力を誇っている子どもたちだよ。しかもその中からその組織に入れる子を決めるんだから、その前でそっちのグループに引き込んでおけば組織の戦力不足。それと同時に組織に攻め込んでいける、っていう寸法なんだね」
 納得。つまりそこに鈴は行きたいわけだ。
「そこに入るのって、大変なの?」
「うん、大変だよー。だってだって、サバイバルバトルで勝ち残らなきゃダメなんだもんっ。組織を潰すためには、その組織に『入れなかった』子じゃなくて、その組織に『優遇される子』が必要なんだよ。だからそこで勝ち残れないような子は必要ない、ってわけなんだよね」
 かなりなるほどだ。それほどでもなきゃあの名門学校はつぶれない、と言う感じだ。
「たー兄」
「ん?」
「どうでも良いけどまだ中学生の俺より知識が無いってのはヤバいんじゃないか?」
 言われてしまった。
「たかしちゃんは仕方無いもーん。だってまずそっちの裏世界に興味が無かったんだよ。ずっと僕と一緒に表に行けるように退学届けを何回も出したくらいだよ」
 そうなのだ。僕は意外と学校に目をつけられていた。鈴とともにだが。鈴とのチームなら何でも出来ただろう。…鈴とセットでなくても僕の補佐能力はどんなチームにでも使える能力だったことは、自他共に認める事実だ。鈴は僕がいなきゃ修行さえやらないとごねったぐらいだか。……まぁそれは僕の能力ではなく僕の人柄、に関するほうだが。だから僕は鈴が表に世界に戻ると決めた時、ほとんど引っ張り込まれていた闇から必死に抜けてきたのだ。退学届けだけは受理されなかったが、高校も普通の公立に行くことが出来た。
「ほぇー。あんな良い学校、辞めようとしてたんだー、たー兄」
 良い学校なのかな。僕にはよくわからないけど。
「まぁ、僕からの質問はこれくらい。結構納得した部分が多かったよ」
「ふふふ、たかしちゃんの役に立てたー☆」
 なにやら嬉しそうにニコニコ笑っている。
 すると今度はアサキが立ち上がりPCに何かのデータを打ち込みながら話を始めた。

「じゃ、あたしは部屋に戻って計画、立ててても良いでしょ。…周防。手伝いお願いできる。それから涙禾は武具作成を今からヨロシク。できれば軽くて薄くて切れ味の良いナイフ一本と長めで腰から抜くタイプの短剣が一本。それから小さな投げナイフが欲しい」
「お手伝いー? 嫌じゃないよー。 あ、あ、あ、あ、あたしちゃんも欲しいなっっ、えとね、えとね、凄く長め、って言ってもそうだね、3m27cmがベストかな?? の出来れば黒のチェーン。それからそれから、今度は1m満たないくらいの、82cmが良いんだっっ、チェーンっ☆ それから、素手にはめる皮製のグローブ。甲に鉄を仕込めるのがベストなのですっ」
「俺も俺も。なるべく鋭い針、10cmのを120本。それから20cmを50。それから毒の調合が出来るならそれも2缶くらい」
「毒の調合は僕が。それからお願いしたいのは金属製の籠を5。ガスはあるから、後は護身用の銃を3丁とスタンガン2くらい。あ、銃弾はいらないよ。僕もそれくらいならオリジナルできるし」
「じゃあ薬剤系は全てたかしに任せればいいな。一応ここに必要な薬剤をリストアップしたやつ、印刷しとくから後で取りに来て。涙禾のは今渡す」
「わかりました、じゃあ今から浅葵さんの部屋にいけばいいんですね」
「うん、じゃ、あたしと鈴と涙禾は失礼させてもらうよ。薬剤系の取得は竜に任せる。調合はたかし。以上、終了」

 手っ取り早くちゃっちゃかと指示を送るとアサキは部屋に戻っていく。
「待ってよー」
 急いで鈴もアサキの後についていく。涙ちゃんもペコリと僕と竜に頭を下げてアサキの部屋に向かった。






 そして話は戻って僕と竜で会話をしていたということなのだ。
「にしてもたー兄」
「何?」
「薬剤なんてどうやって手に入れるんだよ」
「あぁ、インターネットだよ。今時ならなんでも手に入る。ただ、今更手に入れる意味もないけど」
 僕がそういって立ち上がると竜も立ち上がって着いてきた。
「は? どういう意味だよ」
 僕は自分の荷物を一旦置いた部屋に行く。多分ここが僕の部屋になるのだろう。家具、買い揃えなくちゃな。
「殆ど持ってるよ。それくらいの材料なら」
 軽く竜に説明しつつ、黒いかばんを開く。……鈴がわざわざ持ってきたんだろう。僕の道具たちを。危ないから触るな、って言ってあるんだけどな。
「これ、マジかよ………」
 竜が絶句した。

 これが、僕の秘密道具たちだ。


















武器作成ですか? 私の得意技ですよ

















「これが武器リスト。OK? かなりの量だけど、一人で平気?」
「はい、なんとか。……孝君と竜君をお手伝いに貸していただいてよろしいですか?」
「そこらへんは任せる。なんとかよろしくね」
「わかりました、では」
「るいっち頑張ってねー」
 そういう声が聞こえて涙ちゃんが部屋から出る気配。……と言っても僕には気配なんてわからないからドアから出てくる音と足音が頼りだけど。
 僕は竜に一つ一つ薬品の説明、劇薬の説明をしながら思考の端で違うことを考えていた。
「なぁ、たー兄。硫酸ってんな危険?」
「これは硫酸といってとても危険な薬品で、強い酸性を持ってるんだ」
「へぇ。で、酸性だったらどんなに危険なんだよ」
「で、これが硝酸化カリウム。これは強いアルカリ性。触るなよ」
「おい」
「こっちが水銀。長期戦だったらこれが一番だ。じわじわとダメージを与える」
「たー兄」
「次は」
「たー兄!!」
 僕はやっと呼ばれていたことに気付き我に返る。
「何?」
「何回呼ばせる気だよ」
「僕が気付くまで」
「じゃあ今ので良いんだな…、って違う!」
 ノリ突っ込みをして欲しかったわけじゃないんだけど。ま、いっか。
「僕もそろそろ向こうに行ったほうが良いみたい」
「呼ばれた?」
「いや、涙ちゃんが出てきた」
「薬品リスト?」
「うん。行ってくる」
「いってらー」
 そういって僕は立ち上がると竜はこっそり僕の秘密道具に手を伸ばした。
「……触ったら皮膚が溶けるやつもあるから…、触らないほうがいいよ」
 竜は慌てて手を引っ込めた。ちょっとビクビクしてる。……なんか面白い。まぁ僕はそんな竜を後目に部屋を出る。隣の隣の隣の部屋だ。僕の部屋は右から2番目。アサキの部屋は一番左。鈴の部屋を越えて涙ちゃんの部屋を越えてアサキの部屋の前へ。
 ノックを2回。
「たかか」
 何故分かる。
「たかしちゃーんナイスタイミングだねっ」
 にこにこ笑いながら扉を開くのは鈴。アサキはちょうど何かをプリントアウトしているところだった。
「結構な薬品がいりそうなんだよねー。あたしちゃんもいっぱいあってビックリしちゃったよ」
「あたしもだ。思ったよりも結構ある」
「僕の持ってるだけで足りたら一番良いんですけどね」
「あたしちゃん黒いかばん持って来たよ☆」
「あれは触るな、って言ってたのに。お前、青いかばんは持ってきてない?」
「あれだけは重すぎて持ってこれなかったんだよね。あたしちゃん一人だったから」
「じゃ、僕はあれを取りにいくよ」
「たか、何はいってるやつ?」
「爆薬たち。鈴の持ってきたは硫酸とかカリウムとか、液体系と固形態オンリーだからね。薬莢とかも無いし。青いかばんには入ってるんだ」
「わかった。なるべく早く帰ってくること。あとお供をつけさせて」
「誰がいい?」
「あたしちゃんがいいんだとおも」
「いや、ガキにしときな」
「えー、なんであたしちゃんじゃなくてとおるちゃんなの!?」
「周防はあたしと作戦会議の続き。涙は武器作成に忙しい。残るはガキ」
「…あさぴょんが一人で立ててるよーなもんじゃんっっ。作戦会議なんて!」
「簡単に言えば周防だとたかが逃げるような気がするんだよね」
 ぎく。
「ガキなら大丈夫。あたしがあのガキの詳細情報は持ってるから」
「ありゃ、あさぴょん調べちゃったの?」
「そりゃあね」
 何の話をしてるんだ?
「周防がただそこの学生ってだけで選んだわけじゃいのははっきりわかったよ。別に二年じゃなくても戦闘能力のある奴を選んでもいいはず。なのにあのガキを選んだ。理由がわからなかったよ。あたしをちゃんと選ぶ目を持ったあんたがわざわざ二年のガキなんかを選ぶ理由がわからなくてね。それでさっき調べたんだ」
「ふふふ、たかしちゃんより格下のただのおこちゃまなんて呼ぶ必要ナッスィングーっっ。で、で、いろんな条件を見事にこなすのがとおるちゃんなんだよねっ。だってとおるちゃん、ある意味最高最強の戦士だよっ」
 誰の話をしているのかさえわからない。その「ガキ」と「とおるちゃん」は「竜」で良いのか?…あいつは自分が何も出来ないといってたはずだけど。
「ま、ガキがついていけば逃げることは無理だな」
「いくらたかしちゃんでも不可能だねっっ」
 これでも逃げ足には自信あるんだけど。
「ま、早く帰っておいで」
「いってらっしゃーいっっ☆ たかしちゃん愛してるっっ!」
 抱きつかれて頬にキス。……悪い気分じゃない。
「じゃ、僕はこれで」
 そういって僕は扉から出る。僕がでて戸を閉める。そして廊下を歩く。
「……竜。いったい…?」
 ちょっと考えてみるが一向にわからない。ヤバい奴なのか? 戦闘能力はそこまで無いんだろう。アサキの言葉からは分かる。でも僕の格下じゃない。自慢じゃないけど僕の成績は進学就職に困らないくらいだった。運動・学力・戦闘。全てにおいて上にいた。鈴のように戦闘が、アサキのように学力がズバ抜けていたわけじゃないけど並より上で卒業した。もちろん鈴も学力以外はパーフェクトに良かった。アサキに関しては全てに関してずば抜けていたのは言うまでも無い。
「多分、涙ちゃんは良いんだよな。鈴の親友やってられるような人なんて滅多に居ない」
 そこで僕の部屋の前についた。
「まだまだ子どもの竜。あいつは…? そこまでずば抜けて頭が良さそうでもないし。戦闘能力に関しちゃこれからだろ。……運動? だからなんだよ。運動なんかが出来たってオリンピックとか出なきゃ全く意味無いことだね」
 そして扉を開く。竜が僕の持っている紙に視線を向ける。
「それ? 依頼された物って」
「うん。それより竜。ちょっと出かけるよ」
「え、何処に?」
「僕の元住居」
 そういって僕はその紙を黒い鞄の上に置いて僕は扉から出る。竜も付いてきた。

「竜。たかを逃がすなよ」

 隣の隣の隣の部屋あたりからアサキの声。……念には念を、かよ。
「合点承知の助!」
 今時じゃねー。
「何たー兄。逃げようとしてんの? 俺からは逃げれねーよ」
 不敵な笑み。さらにわかんなくなってきた。
「じゃ行くか」
 僕はそ知らぬ顔で部屋を出る。
「何取りに行くんだよ」
 なんか向こうの部屋でも説明したことを再度説明するのは面倒だ。
「物」
「……そりゃあ人じゃねーだろうな。もっと詳しく教えろよ」
「動かないもの」
 いや、中には動くのもいるけど。
「いや、物だったら動かないだろ」
「とりあえず黙って」
「ひでーなぁ? たー兄。親友だろ?」
 いつから親友になったっけ。僕の記憶力が悪いのか?
「ま、いーや。とにかく行く」
「合点承知の助!」
 竜、はまってるのか? そのフレーズ。
 気にせず僕は靴を履いて外へ出る。そしてダッシュ。

「あ、たー兄!!」

 後ろから竜の声。
「待てよ!」
 待たないよ。
「俺からは逃げ出せないよ」
 背後から聞こえる声。え、背後…?
 マンションの廊下をかなり速いペースで走っているはずだ。……背後…?
「俺の脚はかなり速いぞ」
 隣でにっこり笑う竜。……僕が玄関から走りだした時は靴さえ履いていなかったのに。僕の足は遅いわけもない。いや、速いほうだ。
「100m10秒台に敵う? たー兄」
 にぃっと笑う竜は最早前で止まっている。僕もたまらず止まる。
「なるほど。……運動神経抜群系?」
「へへ、こう見えても歴代生徒の中でもトップクラスでね。特にこの足。今んとこ俺より速い奴を経験したことは無いね」
 こういうことか。確かに鈴ならまだしもこんな速い奴は無理だ。靴をしっかり履いていないでこのスピード、か。紐も解かれて踵を踏んでいる状態であのスピード。……やたらだな。
「たー兄も速いな、まぁ、俺ほどじゃねーけど、へへ」
 100m10秒台に敵うやつなんて滅多にいねーよ。
「で、たー兄の家はどっち方面?」
「あっち」
 指差してみた。間違いではない。
「詳しくだよ」
「そうだな。ここからまず北に261歩ほど歩いたのち右に間が手16歩目の曲がり角を左に曲がる。そこから1027歩歩いた先に青いアパートがある。そこから」
「そういう詳しくじゃねーよ」
 突っ込みのプロだな。
「ま、歩数とかは大体だけどそれくらいじゃないかな。ただ歩いていくのはちょっとだるい」
「あぁ、なら俺に任せて。ほれ」
 後ろを振り向くと4台のバイク。一つはサイドカー付き。
「これは?」
「バイクの色がそれぞれの色。ってことは、俺は黒、だな。つーか炎の紋様とか入れるなよなー。漆黒一色が良いつったのに」
 端に白いバイクがある。何故か逆さ十字架が入っている。……間違いなく鈴やアサキ、間違っても僕の趣味じゃない。竜も文句を言っているということは……、涙ちゃんの好みか。サイドカーは青色。バイクの運転は出来ないらしい。僕らの中で法律的に運転できる年齢は涙ちゃんだけなんだけど。
「たー兄、もちろん運転できるよな」
「確認もせずに準備したのかよ」
「もち。出来る前提で」
「出来ない」
「あっ!?」
「出来る」
「どっちだよ!」
 ……最高の玩具だ。
「出来るよ。それくらいのことなら」
「そりゃそーだろーなー」
 そういいながら黒い、もちろん炎の紋章いりのヘルメットを被る。僕のにヘルは着いていない。変わりに白いコートと頭に巻くらしい鉢巻。………ノーヘルで行けと。しかもこれを着れと。もちろん僕は捕まりたくないからアサキのヘルメットを借りる。白いバイクに緑のヘル、しかもナイフの模様はぞっとしたけどまぁ気にしない。
「じゃー、行くかぁ、たー兄」
「ナビは僕がやるから付いてきて」
「合点承知の助!」
 三回めは流石に飽きてきた。
「足では敵わなかったけど…」
 そう思っていきなり飛ばしてみた。バイクの運転ははっきり言って自信ない。上手いのは鈴だ。サイドカーも真ッピンクな鈴のバイクについていた。
「たー兄、何飛ばしてんだよ」
 ヘルメットから声が聞こえる。
「これ、通信機付き?」
「もち、バイクにもヘルにも発信機付き」
「何でそんな物騒なものがこのご時勢にあるんだよ」
「るーが作ったんじゃねーの? ま、俺は良くしらねーけど」
 確かに。機械操作科だったら一流に出来るだろう。そしてかなり飛ばしたバイクにも付いてこれる腕前。……運動関係のスペシャリスト、それで学生。そして鈴がからかって面白い奴の3拍子がそろってるな。そして決して僕より格下じゃない、か。特殊なわけではないけどかなりのラッキーな特性ってわけかな。
「あと10分くらい走るから舌噛まないようにあまり喋らないほうが良いよ」
「たー兄だって喋ってるじゃん」
「僕はなれてるんだよ」
「俺だって慣れてるよ」
 そりゃそうだ。僕は返事もせずにバイクを飛ばした。もちろん竜は付いてくる。

もうすぐ僕の家の前。……霧さんいるかなぁ?


















あたしが指示を出す。ちゃんと聞いて。

















 竜と二人、青く少し古びたアパートについた。……正直、かなりボロい。管理人は居ないが一応僕のとなりに住んでいる霧さんが管理人職を請け負っているので、家賃は霧さんに払う。……つけ、何万になっただろ。そんなことを考えながら僕の部屋がある二階へと脚を勧めた。竜は物珍しげにキョロキョロと周りを見ている。
「こんなボロッちいとこ初めて来た…」
 とかぼそぼそ言っている。ぎしぎし言う渡り廊下も階段も全てが恐怖の対象らしく少し声を上ずらせている。
 部屋についてドアに手をかける、が開かない。仕方なく僕は鍵を開ける。ここの鍵はピッキングなんかしなくても扉を一回思いっきり叩くと開いてしまいそうな(本気で開くが)鍵である。鍵はかけてもかけなくても同じようなものなので僕はかけない。ただたんに盗られるが一つも無い、ということでもあるのだが。しかしかかっていたのは鈴の思いやりだろう。……あいつに思いやりなんかあるのか?
 とりあえず部屋に入る。竜は畳の部屋にかなりびっくりしたらしく
「今時アパートで畳張り!?」
 とか何とか言ってかなり喚いていた。……だからここ、壁薄いんだってば。
 ほーら渡り廊下を歩いてくる音。……あれは今日の朝か? あの時からずいぶんな時間が経ったような気がするけど。
「たか、今度は何だ」
 入ってきた霧さんは綺麗な黒のショートヘアーを軽く風に遊ばせ、黒の切れ長な瞳で僕らを見つめ、薄い唇で言葉を喋っていた。いつもの霧さん。だけど懐かしい霧さん。青い浴衣の袖に紅く染まった部分がある。朝の戦闘のせいか。
「たー兄、誰?」
 竜が不思議そうに霧さんを見ていた。そういや竜も黒紙のショートにキリッとした目をしてる。なんか、被る。
「僕の部屋の隣に住んでいる、まぁ一応大家さんである霧さん。何時も世話になってる人」
 そこまで言って今度は霧さんを見る。
「こっちのガキは桃色、じゃなくて鈴の友人で先ほど僕が友達になった人です」
 なんとなくこの二人の視線に火花を感じる。何故だろう。じーっと見つめ合っているが『見つめ合っている』ってよか『にらみ合っている』という表現の方が確定的に似合うだろう。
「てめぇ、俺に被りやがって」
「あたしの真似をしてるのはそっちだろ」
 僕から見たら結構霧さんて被りまくりだよ。黒な竜に被ってるし口調はまさにアサキ調。服装の浴衣はコスプレな涙ちゃんぽい。………確実に気性が荒くて素直なのは鈴っぽい。そして僕の隣の部屋に住んでいる、ボロ屋住み。……被りまくってるな。
 僕がそんなことをのほほんと考えている間も竜と霧さんのにらみ合いは続いている。……まぁ僕は気にせず青い鞄を探そう。
「たー兄、この黒い俺に被るねーちゃん、年齢は?」
「このガキ、あたしに聞けばいいだろ聞けば」
「口調まであーちゃんと被らせんじゃねーよ! お前はパクり魔だなっ」
「誰? あーちゃんって」
「浅葵姉ちゃんだよっ。浅い葵って書いてあーさーきっ。で、あーちゃん」
 いや、霧さんは知らないよ。
「……もしかして東條浅葵…?」
 僕は物置に伸ばしていた手を引っ込めた。そして未だ靴も脱がずに玄関にいる霧さんを見た。
「アサキを知ってますか?」
「まぁ。義理の妹知らなきゃおかしいだろ。あたし東條霧だし」
 しかも姉妹かよ。なんで霧さんの苗字がアサキと同じだって気付かなかったんだろう。……つーか僕、今まで霧さんの苗字知らなかったよ。
「あーちゃんの姉さん…?」
 竜の声が軽く上ずっている。……緊張か?
「一応そうなるだろうね。腹違いの娘どうし。仲良くは決してなかったけど」
 腹違い……。アサキの家もやっぱり特殊な事情有り、ってわけか。
「で、なんであたしの妹とたか、そしてそのガキが知り合いなんだろうねぇ」
 ちょっとにらむような瞳。確実に怪しがっている。いや、確かに怪しいだろうな。僕は同じ高校だからまだしも中学二年生、まぁ僕より年上には見えるけど今まで僕の友達でもなかった人が何故かいきなり妹を『あーちゃん』と呼び、その上僕とは知りあいに。……それより霧さんって、アサキが桐朋に通ってたこと知ってるのかな?
「俺とあーちゃんとたかは一緒に住むことになっ」
「僕とアサキは同じ高校の仲なんですよ。こいつは鈴がらみで仲良く」
 少しばかり慌てて竜の口を塞ぐ。やっかいなことになったらこまる。必要最低限のことは言わない。
「ふーん、なるほど。アサキって高校何処行ってる?」
 ……普通の公立高校の何処に行ってるかさえ知らない。……なら小学校中学校のことは伏せられているんだろうな。
「僕と同じ、公立高校ですよ。一応アサキに許可は取っていないので学校までは言わないでおきます」
 ふーん、と霧さんは軽く頷く。
「ところで霧さん、桐朋中学って知ってますか?」
「桐朋中学? ……ここらの学校か?」
 やっぱり知らないんだな。知らないなら言わないべきだろう。
「ここらへんの学校ですよ。ちょっと聞いてみたかっただけです」
 この質問にも軽く流す。大して興味は無いようだ。
「ほろほろいいはろ」
  口を塞いだ竜がむごむご取れと言おうとしている。……まだなんか余計なこと言いそうだけどまぁいっか。とりあえず僕は取ってやった。
「やーっと呼吸できた」
 鼻まで押さえていたらしい。そりゃあ苦しかっただろう。竜は僕に耳打ちした。
「なぁ、あーちゃんのねーちゃんってあーちゃんの本性知らねーのか?」
「うん、多分」
 そういうことなのだろう。だから桐朋のことも知らなかったし、僕と知り合いだということも知らなかったのだろう。
「ってことは何だ? 鈴嬢ちゃんとも浅葵は知り合い?」
 頷くことはかなりためらわれたけど結局は頷いた。…嘘はよくない、嘘は。
「上手くやってる?」
 ………さて、どうしようか。頷くべきか否か。重要なところだな。
「仲良しこよし、ってわけじゃねーけどそこまで仲悪い、ってわけじゃねーな」
 まぁ、そうだ。悪くないこと言うじゃん、竜。
「ふーん、やっぱりあたしとは違うってことか」
 ……僕としてはどうして鈴と霧さんがそこまで仲良くないのかわからないんだよな。
「あたしにとって鈴嬢ちゃんが敵だから浅葵にとっても鈴嬢ちゃんは敵だとあたしは思ってたんだけど」
 間違ってはいないけど、何故敵なんだろう。
「鈴嬢ちゃんみたいにこの世界に甘ったれた子ども、っていうか何でも上手くいくー、みたいに思ってるガキとかって嫌いなんだよね。しかも地毛じゃなくあんな色に髪を染めている時点であたしにとっちゃ苛々の元凶だね」
「えと、アサキも緑ですよね? 鈴ほど奇抜ではないですけど。それに僕も特殊な色だと思うんですけど。確実に地毛ではないですし」
 ちょっと黙った。やっぱり鈴の性格が気に入らないのかな。
「浅葵は仕方無いんだよ。瞳の色に合わせてだから。黒髪に緑の瞳だと、やっぱりやたら違和感を感じるんだよな。だから、じゃないかな。……たかのはあの鈴嬢ちゃんの真似だと祈っている」
 ……祈られたよ。
「俺は? 一応染めてるんだけど」
 竜も染めて……、地毛何色だよ。
「俺は地毛も黒、でもなんか色に深みが足りなかったから墨汁をかけてしばらく置いてたら良い黒光りする髪になったぞー?」
 ……いや、まず染める意味無い。
「ガキ、お前あたしの妹と仲良くないだろ」
「怖い、あーちゃんは」
 そういやさっきも言ってたな。『怖い』って。そんな怖いかなぁ。
 僕が一人でぽつぽつと考えている間に“土足”で霧さんが僕の部屋に入り、男では丁度良いくらい、約175くらいだろうな。おっと、僕の身長はそれ以下だけどあんまり考えるなよ。一応気にしてるんだ。まぁ、平均くらいの身長の竜の目の前に向かって歩いていく。女性の中でも長身な霧さんは丁度竜と同じくらい。浅葵はかなり高いからな。今のメンバーの中では一番高い。モデルのような身長。多分180近くあるんじゃないかな。あのヒールだかっていうのを履くとやったら高くなる。涙ちゃんは僕よりも10cmくらい低い。まぁ女の人の中では平均くらい、鈴はやたら低い。小学生並だ。そんな小ささも可愛いんだけど。
 竜と霧さんで視線が交錯する。二人の距離はどんどん近くなる。あと30cmで鼻と鼻がぶつかるだろう。危機を感じてか竜の足が一歩、また一歩と下がっていく。広めの僕の部屋だが霧さんのあのペースだともうすぐ壁にぶつかる。気迫の差は格段に、いやレベルが違う。
「あたしの妹が怖い…? ならあたしは?」
 にっこり笑いながら近づいていく。剣道の足の動き、すり足で着々と間を詰める。竜の肩が壁にぶつかる。もう下がれない。
「怖く、ねーよ」
 軽く震えたその声では確実にその強がりが見え見えだろう。戦闘技術の基本である殺意の回避も習ってないようだ。格闘技をやってる人に対して敵意、殺意で勝とうとしても普通は勝てない。その意識をそらす方法さえ習っていない。どころか自分自身でその意識を高めている。そういう質疑応答は相手に余裕を持たせるのに。何も言わないほうがまだましだ。
「妹の場所に、案内してくれる?」
 ………意外な台詞だった。僕に言ってくれたら即効教えるのに。でも今霧さんは僕を見ていない。見ているのは、標的、竜だけだ。
「あーちゃんに本拠地は誰にも教えるな、って言われてるからな。無理むーり」
 ……あれ? 声の震えが。消えた。
「その足運び、剣道だね。間合いの詰め方、それから敵意。かなりの使い手、段持ちだね、おねーさん。んーん、無色のねーさんだね」
 表情にも余裕。基本の受け流し、ちゃんと使っているみたいだ。
「昔、剣道やった経験は?」
 霧さんが少し動揺する。竹刀も、棒も、何も持っていないのにそれだけで自分が剣道をやっていることを知った。事前知識も無しに。……一般の人だったらかなりビビるだろう。まぁ、僕らには普通だけど。特に知識を優先する『清祥学園』だったら当たり前中の当たり前、ってところか。僕は最初わからなかったけど。何の格闘技だろう、ってところまでしか不明だったね。剣道があんなに危険なものだって知識もなかったし。
「んー、でもだからって袖に隠している短剣は使わないでね。俺まだ戦闘能力は低いんだから。たー兄に手伝ってもらわなきゃいけなくなる」
 袖に伸ばしかけていた手を止める。微かに見えた瞬間にわかったのだろう。……運動神経のプロフェッショナル、動体視力もかなりのものらしい。
「霧さん、そこらへんで。竜に傷つけるような素振りを見たらいくら霧さんと言えど立ちはだかってしまいます」
 僕が竜の味方としてうながす。僕の部屋を壊したくない。僕は補佐担当だから鈴のように軽い怪我を負わせるだけなんて不可能だろうし。
「そゆこと、霧ねーさん、だったね。無色のねーちゃん。あーちゃんには会った、って伝えておくよ」
「……お前ら、何者」
 竜はにっこりとして言った。追い詰められた格好ではあったけどその表情はいたって余裕たっぷり。どちらかというと追い詰める側の表情。
「正義の敵? ……正義の対義語は悪じゃないからな。別に俺らが悪ってわけじゃない」
 俺ら、って僕もかよ。
「俺らはまぁ、五色戦隊、ガキレンジャー!」
 ……竜だけだろ、ガキって言われてるのは。
「あ、でも俺らに赤って居ないからリーダーがいねぇ! 困った!! やっぱり俺しかリーダーは居ないかぁ…。熱いおハートを持って戦うヒーローは」
 黒が良い奴って良いのか? ……良いのか。あ、でも正義の敵ってことは正義の味方ってわけでもないんだよな。…確かに、これから警察とかのバックについてる組織を潰しに行くんだからそうか。
「それよりなんで霧さんが無色なんだ?」
「だって霧ねーさん、俺に似てるしてあーちゃんに似てるしすーに似てるしるーに似てるし、何よりたー兄に似てるだろ」
 何。僕だけは共通点を見つけられなかったのに。
「何色にもなれる人。無色だろ?」
「僕と何処が似てるんだよ」
「そのうちわかると思うから言わないどく」
 気になるじゃねーかよ。
「とりあえずたー兄、帰ろうぜ」
 ……ま、いーか。
 竜が霧さんの横を通り過ぎる。僕は物置から青い鞄を取り出して玄関へ向かう。

「待て」

 制止の声。霧さんだ。振り向きもせず後ろを向いたまま僕と竜に問いかける。
「正義の味方の敵、か。……お前たちにとっての正義は?」
 …意に叶った質問。頭切れるなぁ、霧さん。流石アサキのお姉さま、ってところか。
「俺にとってもの正義は俺、俺の敵は俺の欲望。だから俺の敵を止める奴は俺が潰す。…なんかかなり矛盾してる気がする」
 いや、矛盾も何もよくわからねー。
「そうか。たかは?」
 あれで納得ですか? 僕にも、聞くのか。
「僕にとっても、正義、ですか。難しいですね。…言うなれば、鈴ですかね。僕にとって鈴は全てです。そしてその敵が僕。鈴を自由にさせない。けれど、鈴の思うとおりに。って、僕もよくわかりませんね」
 自分でも後半はわけ分からなくなってきた。まぁいいや。それが僕だね。
「いや、わかったよ。たかにとっての正義が鈴。たかにとって鈴が全て。なるほどね」
 そういうと霧さんは振り返って笑いもしない無表情で僕らにこう言った。

「なら、お前らの敵を潰して来い。それでこそ、あたしの前に立ちふさがった二人だろ?」

 なんか良い言葉なんだろうけど僕ら霧さんに立ちふさがった記憶は無い。
「おうっっ!」
 竜はノリノリで返事してるし。…まぁ良いか。
「鈴の前に立つ敵は、僕が倒しますよ」
「だからお前の独占欲には脱帽だってば」
 そこでやっと霧さんは笑顔を見せた。やっぱり霧さんも笑顔が一番だね。…鈴の笑顔を超える笑顔は見たことないけど。
「ほら、とっとと散れ。しばらく一人にさせてよ、あたしを、な」
 ここ、僕の部屋なんですけど。しかも一人にさせる理由がよくわからないんですけど。
「俺らの、完勝って感じだな」
 ……………………?
 竜と霧さんではつながるところがあるらしい。
「じゃ、僕らはこの辺で」
「浅葵によろしく」
「俺に任せろっっ!」
 霧さんは僕の部屋の中に座った。…ま、いっか。
 僕は青い鞄を持って部屋から出た。竜も少し遅れて出てきた。やたら紐の多い靴だから履くのに時間がかかるんだろうな。
「無色のねーちゃん、良い奴だな」
 最初の台詞とは全く違う台詞。ま、霧さんを嫌う奴なんて滅多に居ないだろうな。…いや、僕の近くに一人居るけど。あいつは特別で特殊だ。僕の桃色は。
 軋む階段を下りて僕らは自分のバイクへ進み、ヘルメットを被る。

……また、あのマンションへ帰る。帰ったら、自分の仕事を終えなきゃな。

















鈴嬢ちゃん、そろそろたかを離さない?


















 さぁ、ついに僕は戻ってきてしまった。化け物達が住まう場所へ。後ろには化け物館、作戦係の犬とでも言って良いだろう。名前はトール。彼も化け物と言って良いほど素晴らしい脚力を持っている。動体視力も滅茶苦茶良い。それに比べて僕は化け物と言われるような不思議な能力は持っていない。強いて言うならばその化け物の住まう館の主人に愛されることくらいだろう。いや、その主人を操る力と言っても過言ではない。僕は主人に愛されている。桃色ヘアーの戦闘能力の化け物に。
トールは我が家のようにトントンとその館のガラスの自動に開く扉に向かっていく。…まぁ、自分の家なのだろう。早く入れ。そんな僕の思惑を裏切りなかなか中に入らない。早く入ってくれ。僕はバイクを磨く振りをして逃げ出すタイミングを探っていた。しかしトールはなかなか中に入らない。僕はトールを足でまくことなど不可能だ。あの運動能力には敵わない。さぁ、化け物館からどのように逃げ出すか。
 言い訳のバイク磨きも終えた。
「まだおわんねーのかよ」
「終わってないよ」
「十分じゃねーか」
「まだまだだよ」
「どれくらいかかる?」
「半日はかかる」
「嘘吐き」
「ばれたか」
 誤魔化してまだ磨いてみたが、無意味だったらしい。
「あーちゃんに怒られるだろうが。中入るぞ」
 遂に無理やり姫抱っこで持ってかれてしまった。
「竜! 下ろせ、下ろせ! 誰かに見られたら…!」
 ちょっと、っていうかかなり恥ずかしい。いや、本当に勘弁してくれ! そう思い暴れるがなかなかトールの手は厳しい。ってかかなり強い。手を解けない。
「こうでもしなきゃたー兄全然、いや絶対中に入らず逃げるじゃん!」
 何故かにっこりにやにやしながら走ってエレベーターに乗り込む。
「もー下ろしていっかなー」
 そう言って下ろす。僕は急に下ろされて焦ったが誰かに見られていないかが気になりついキョロキョロとしてしまう。エレベーターの中、つまり個室で他に誰も居ないというのに。
「へへー、たー兄軽いなぁ」
 にこにこしながらそういう台詞言うのは辞めてくれ。
 ふと現在何階にいるのかを確かめる。4階。止まるらしい。だけど誰も居なかったから竜が扉を閉じる。…結局逃げられないままに化け物が住まう屋敷に僕は戻ってきてしまった。…館といってもマンションの一室、そう、僕がスタンガンで拉致られた例のあの部屋なのだが。っていうかあの部屋、何階だ?
――到着、シマシタ。1、カイ、でス。
 付いたらしい。機械の声が教えてくれるらしい。……行きはエレベーターつかってなかったからな。………いや、待て。1階?
「お、ついたついた。エレベーター乗ってみたかったんだよなぁ」
 扉が開くと…、僕らがさっきまでいたマンションのエレベーター前だった。
 よく考えてみると、僕は飛び降りた記憶も階段を下りた記憶も無い。走ったら玄関に居た。
「…………竜」
「何だ?」
「もしかして1階だったりする? 部屋」
「そうだけど?」
「玄関って1階?」
「当たり前だろ! 1階じゃなかったら2階から飛び降りろってか? うわー! たー兄面白!」
 いや、僕が言いたいのはそういうことじゃないんだけど。
 竜は思いっきり腹を抱えて笑う。黒く長い前髪が竜の笑いとともに揺れる。…こう見ると竜も格好良いか。まぁ、僕のただ伸ばしっぱなしよりも竜のようになんかしゃれた格好良い服装や髪形をしたほうが最低でも格好良く見えるんだろうな。キリッとした一重の瞳はいろいろな表情を持ってくるくると回る。笑っているときの瞳が本当に楽しそうだ。
「竜、エレベーター乗ったのって意味ある?」
 分かっていても聞いてみた。
「ん? ねーよ」
 大当たり。乗ってみたかっただけか。…竜らしいや。
「106号室、106号室、と」
 軽く奥まったところにある部屋を開ける。さっきも見た風景が広がる。

「遅いよー、たかしちゃん!!」

 聞きなれた声が耳に入る。落ち着くその声。
「たー兄だけかよー、俺もいってたんだぞ?」
 竜がずかずかと靴を脱いで入る。まるで自分の家のように…、ってこれと似た表現はもう使ったか。これ以上は使えないな。
「たか、逃げようとしたんだろ」
 …お見通し。っていうかよくよく聞くとアサキの声、霧さんによく似てるなぁ。
「うん、似てる」
 つい口に出てしまった。会話になってない。うん、ミスだな。
「似てる? …姉貴にでも会った?」
 …………。
 何故分かるのですか?
「あぁ、会ったぞー。あーちゃんにヨロシクー、だってさ」
 とりあえず僕も部屋に入り鈴の横に座る。鈴とアサキは居間で何か打ち合わせをしていたらしい。何かフォーメーションのようなものをかなり大きな紙に書いていた。B1くらいかな。
「何処で姉貴と?」
 アサキが持っていたペンをことんと机に置くとアサキの正面に座る竜に聞く。
「たー兄のアパートの隣の部屋に住んでた」
「時代錯誤の霧おばさん!?」
 ………鈴が身を乗り出した。鈴の前で霧さんの話は出したくないんだけどなぁ。霧さんの話になるとキレるんだよなぁ、僕の桃色。
 そういや涙ちゃんがいないな。あぁ、そういや仕事をしてるんだっけ。かなりの量だったから大変だろうなぁ。僕もやらなきゃ。
「たかしちゃんっ、何でわざわざ霧おばさんに会うの? 何で何でー!?」
 僕の首に抱きつく。いや、絞めているつもりなのだろうが抱きつかれている感じがする。
「隣だからね。隣なんだから気付かないわけは無いと思うんだけど。あの部屋、広いけど壁薄いし。あの壁の薄さの割に家賃高いんだよな、あそこ。そういやここの家賃って一人当たり」
「話をはぐらかさないでよっ、たかしちゃんっっっっ」
 半分キレぎみらしい。…たく、竜め。
 いや、これも逆ギレというところか。
「なんであさぴょんのねーちゃんだって分かったの? 結構話てたんでしょ? たかしちゃん、あたしちゃんと以外話をしないでっっ!」
 さて、この独占欲は困った。何で僕が鈴以外と話してはいけないのだろう。僕は桃色が僕以外を見ないという自信があるからほっとくのに。
……もしかして僕の桃色は僕のことを信頼していないのかな?
「なぁ鈴」
「何? たかしちゃん」
「僕のこと愛してる?」
「愛してるから言うの!」
「なら信頼してる?」
「信頼しちゃってるからなのっ!」
「なら僕が桃色以外を愛すると思う?」
「そんなこと有り得ないのっっっっ!!」
「なら僕は鈴以外を愛さないんだろ? ならいいだろ」
 そういって僕は青い鞄を持って立ち上がる。あまり桃色を怒らせたくない。後で暴れられるのも面倒だ。
「………たかしちゃん。その質問はずるいよぅっっっ!」
 叫んでいるが無視。竜が付いてきている。あの空間に漂う修羅場の空気がいやなのだろう。…本当はわざわざ霧さんの話をだしたこの黒いガキを修羅場においておきたくらいだけど。
「たー兄、すー怒ってるぞ?」
「霧さんの話したらキレるんだよ」
 部屋に入りながら言う。
 僕の部屋には机がまだ無い。…仕方ないか。
 新聞紙を床に二、三枚敷く。その上に青い鞄を開く。中には火薬と薬莢の空がある。数種類の火薬をこの薬莢にこめる。それが銃弾となる。
「これが火薬かぁ。種類、結構あるんだな」
「はい、手袋。素手で触ると皮膚に危険な薬品も多いから」
 伸ばそうとしていた手を引っ込めて手袋をはく。やっぱりまだ火薬なんかは見慣れないんだな。僕の秘密兵器たちはまだまだかなりあるみたいだけど。僕もそこにある手袋をはく。…何故4組もあるんだろう。ま、いっか。ゴム手も2組ある。…ま、いっか。まずは薬莢の数を数える。軽く800はあるな。うん、300の200の100の100の50の50かな。
「まずは銃弾? 作る奴」
 薬莢を握りながら答える。…作る気なのか。
「まずはね」
 そういいながら僕は無言で銃弾を作っていく。まずは火薬を中心とする普通のもの。これは僕には至って簡単シンプルなものである。銃弾は先端にリード・コアと呼ばれる錘のようなものがある。それによって飛距離を伸ばす。普通拳銃にはいれないが僕のようなかなりの遠距離を拳銃で飛ばし、尚且つそれなりの力もある場合のみ、そんな方法もありなのだ。ただ少し発射スピードが鈍る。そして重要なのはブレッド・ジャケット。ここ次第で銃弾の強度が変わる。通常使われるのは鉄が多いが僕は銀を使う。やっぱり致命傷を与えやすいのは鉄よりも銀だ。それで銃弾は完成だ。ここから拳銃弾にしていくには、薬莢の中に火薬をつめ、その上に信官と呼ばれる発射台をはめ込み、最後に銃弾、まぁ僕らの世界じゃブレット・コアと呼ばれる銃弾をしっかりと装着する。それを終えてようやく、拳銃弾だ。大体この作業、1つに対して約20秒そこそこ、といったところか。慣れていないものでも3分もあれば1つは出来るだろう。まぁ、拳銃弾だけなら、の話だが。僕はこれから致命傷を負わすことのできるこの拳銃弾の他に捕虜用の拳銃も作成しなければならない。それに竜の針に利用するしびれ薬などの毒、プラスして僕の罠に不可欠な、あの薬がなければならない。さぁ、これから僕の仕事がはかどっていく。…さすがに竜に構っている暇はないかもしれないな。
「俺もなんか手伝いたいんだけど…」
 僕が一つ目を作り終え、薬莢に詰めているとき、竜はこう言った。
「危険だからダメ。僕は良いから涙ちゃんの方を手伝ってきていいよ」
 僕は薬莢から目も話さず、つまり竜のことを一瞥もせずにせっせかと仕事をする。よし、ようやく一つ完成した。この感じで行けば今日中に通常拳銃弾300くらいは終わるかな。
「あ、そうだ」
 僕はここで涙ちゃんに頼もうと思っていたことを忘れていた。
「なぁ竜、涙ちゃんに、僕の銃の一つを自動小銃のセミナーオートマチック抜きにして、って言っておいて。あと安全装置も取り払って出来るだけ小型に。それと1つ、ボルトアクションライフルも欲しいってよろしく」
「自動ドアのオートマック抜きの安全保障無しの子が良い、それともう一つアクションドラマも欲しい…?」
 さて、どれだけ間違っていただろう。っていうか僕今、ちゃんといえてたよね?
「あ、ここに書くよ、自動小銃のセミナーオートマチック抜き。安全装置無しで出来るだけ小型化。それとボルトアクションライフル一つ」
 手近に合った髪にいつも持ち歩いている万年筆で書き込む。そこまで達筆じゃないなぁ、僕の字。鈴の字よりはマシか。でもさっきの作戦用にアサキが自筆で書いた字、上手かったなぁ。
「これをるーに渡せばいいのか?」
「うん、よろしく」
 書き終わった紙を竜に渡す。そして僕はそのまま銃弾作成に戻る。まだまだ仕事は山積みだ。これからまだまだ作らなければならない。
「じゃ、わたしてくるわ」
 そういって僕の背後にある扉を開け、竜はいなくなった。

 さて、ここからが僕の本当の仕事。
 竜も居なくなったし、僕しか作れないあの銃弾を作るべきだね、今のうち。
 さっさと作らなきゃな。竜にも涙ちゃんにも、アサキにも見せられない僕だけの銃弾を。

「……ん?」

 僕がそれを作ろうと青い鞄の中から、プルトニウムと呼ばれる薬品を出したときだった。何かドアの外に誰かがいるような気がする。竜が帰ってきたのか? …いや、多分涙ちゃんの仕事を手伝って…、るよな。うん。
 気のせいか? 僕は気配なんて読めない。なんかいるような気がするだけ。だけど、何か人の気配を感じる。何か気付かせようとしているみたいな。
「誰?」
 声をかけてみる。もし鈴だったら絶対に部屋に入れられないが。いや、誰だったとしても、だ。今から作ろうとしている爆弾は危険すぎるから。
「あたしだ」
 凛とした声。アサキ?
「どうしたの?」
「一応簡単な作戦会議を終えた。周防もいるし、一応やることも無い。周防は疲れたらしく寝にいった。お前のところに行かず」
 あぁ、確かにアサキから見たら特殊かもしれないなぁ。何時でも僕べったりな鈴が何も言わずに、僕に近づこうともせずに部屋に帰るなんて。…まぁ、説明する必要も無いか。
「僕が作業しているときはそうなんだよ」
「ふーん」
 あまり信用していないような返事。…誤魔化しだとバレたかな?
「入って良いか?」
 さて、ここで僕は思案する。これから作るミニ形爆弾作成はちょっとばかり危険すぎる。いや、これが実際に爆発するとするならば、この部屋の僕だけでなく他の部屋も確実に終わる、か。ん、汚染されるのはこの部屋だけかな? いや、熱と風と炎で壁は消えるか。窓とか割れたら大惨事だけど…。どっちにしても関係無しと。鈴の部屋は僕の隣。…少しでも遠くにさせるべきかな。アサキの部屋で寝てもらうか。鈴だけ助かればそれで良い。
「アサキ、鈴をアサキの部屋に寝かせて」
「…何の話だ?」
「そしたら部屋に入って良いよ。っていうか部屋に入らなくてもアサキの部屋で寝かせて」
「よく、わからないけど、まぁわかった。移動させてくる」
「ヨロシク。多分、っていうか絶対まだ寝てないから」
 そういって僕は放射線同位体、それも95%以上濃縮させたプラトニウムをビンに入れて持ち歩く。知ってる人もいると思うけど、プラトニウムは、例のあの武器を作るときに欠かせないものだ。
「うぐうぐ眠いよぅ」
「あたしの部屋で寝な。たかからの伝言だよ」
「あさぴょんの部屋で? たかしちゃん、なんでー??」
「今ここにたかはいないから。ほら、ゆっくり寝な」
「うん、おやっすー」
「おやすみ」
 どうにか鈴をアサキの部屋まで移動させることに成功したらしい。足音が僕の部屋へとやってくる。ノックが響き、僕の部屋のドアが開く。
「そういやガキは?」
「涙ちゃんの手伝いに行かせた」
「それは賢明」
 そういいながら扉を閉じて僕の据わっている正面に座り、新聞紙の上に広げている薬品をざっと見る。
「拳銃弾、作ってたんじゃ…? …この劇薬、見たこと無いし」
 プラトニウムを指差して言う。確かにあの学校でも選択で爆薬作成を選ばなければ習わないようなものだもんな。
「これはプラトニウム。何を作ろうとしてるかわかる?」
 青い鞄のカかには3つの魔法瓶も入っている。とりあえずそれも出す。あとはTNT高性能火薬と呼ばれるやたら炎が燃え上がる劇薬と電気式起爆装置。あとは鉛と強化プラスチックと番線とアルミ箔。それだけあれば、出来る。青い鞄と黒い鞄からそれぞれ必要な物を取り出す。
「一体名に作ろうとしてる?」
 眉間にしわを寄せる。わけがわからないんだろうな。
「小形爆弾。以上」
 そう言って僕は至極丁寧に出来るだけ、僕が出来るだけ細かく丁寧にゆっくり落ち着いて慎重に冷静に作業を始める。流石に最早手に震えなんかは来ないけど、実際この火薬たちは扱いを失敗したり少しでも摩擦で熱を生じたが最後、確実に爆破し得る。その爆弾の威力は半端ではない。さぁ、僕の独壇場へ。
 まず魔法瓶の口を切り落とす。これは金属用の鋸を使えば簡単。その中から内枠を取り出す。そこにプラトニウムを7kgほど入れる。そしてそれをバーナーで700℃ほどに焼き上げる…、がそれはかなり厳しい。マンション内では出来ない。それはベランダにもって行き、外でガンガン燃やす。最初はちゃんとした釜でなきゃ出来なかった焼き上げも今じゃ高性能なバーナーなんかも自作できるようになったし。うん、確かに僕は進化した。
 焼き上げると次は内枠の長い方の真ん中に三ヶ所番線の頭が入る程度の穴を開け番線を5ミリ入れて固定する。これは誰にでもできる簡単な技術かな。しかし、あくまでも懇切丁寧慎重に、だ。今度は内枠を戻して外枠との間に融かした鉛を詰め込む。もちろんこの作業もベランダで。…っていうか一人ひとりの部屋にベランダが着いてるって…、かなり高級な部屋だな。ま、庭みたいなもんか、各部屋からベランダに出るとここにつながる、ってところか。
「なぁたか、もしかして」
「多分、それであってるよ」
 僕は集中力を極力減らさないように返答する。アサキの考えていることは間違いではないだろう。アサキならそろそろ気付くことだ。プラトニウムの時点で気が付いてもおかしくない。
 さて、そろそろラストスパート。内枠の内径にあわさる形で3kgのプルト君を焼き固める。…たく、1個作るのに何時間かかるんだよ。たく。もはや3時間くらいかかってるんだろうな。冷ましている間に銃弾作り。僕ってこんなに仕事好きだったっけ?
後はツッカエ棒まで起動側プルト君を挿入して、TNTを一杯まで注ぎ、起爆装置をセット。起爆電線を外にだし、強化プラスチックで全体をコーティングしたら完成。僕はそれを出来るだけ揺らさないように、そっと部屋のすみに置く。空は暗くなりつつある。夏の今だ、そう簡単に暗くはならないだろうけど。
「…まったく、お前は凄いな」
 急にアサキに褒められた。変な感じだ。アサキと僕は仲良いわけじゃない。普段軽く言葉を交わすくらいだからなぁ…。
「何で?」
「お前、あれは小さな核爆弾じゃねーか。このマンションだったら軽くつぶれるくらいの」
 やっぱり大正解。…流石アサキだなぁ。
「だから周防を移動させたんだろう?」
 そこまで計算されてるなんて。なんか僕の完敗だな。っていうか核兵器の材料と作り方をアサキが知ってたのが一番驚きなんだけどね。
「それよりたか、腹、減らない?」


 ん? 急に話が変わった。一体どういう風の吹き回しだろう。
「だから、空かないならまだ作らないけどもう空いてるなら作ろうと思ってね」
「僕は結構空腹かな」
 実際さっきから腹の虫が鳴っている。うるさくてうるさくてうるさいくらいに。
「じゃ、作ってくる。周防って作れる? 飯。出来れば手伝って欲しいから。涙はダメだからね」
 涙ちゃんってダメなんだ。なんかメイドの服とか来て出来そうな雰囲気をかなりのかなりの持ってるのに。
「かなり上手い」
「……意外」
「だろうね。僕は何をすればいいかな」
「食器の準備」
 地味な仕事を任された。アサキはそっと立ち上がる。
「じゃ、よろしく」
 そういって出てく。僕も出てく。…鈴を起こすのは僕の仕事かな。多分狸寝入りしてるだろうけど。とりあえずアサキの部屋の前でノック代わりに声をかける。
「鈴、入るぞ」
「たかしちゃんっっ!」
 …狸寝入りさえしてなかった。僕が扉を開けると、まさに飛び込んできた。まぁ鈴くらいの慎重なら簡単に支えられるけど。鈴の桃色の髪をそっとなでる。
「根元、黒くなってきたな」
「嘘っっっっ!!!!」
 慌てて飛びのいてアサキの部屋の壁にかけてある鏡を見る。…よく考えたらここはアサキの部屋なんだよな。うん、アサキらしい。部屋は緑色に統一。ベットカバー、机マット、絨毯、机、鏡のふち。そして壁紙まで深緑。…ほぉ…。僕の部屋は壁が白かったからそれが普通だと思ってたら、それぞれの色、か。……ん? じゃあ竜の色は真っ黒……、疲れそうな部屋だな。後で覗きに行こう。
「ホントだーーーっっ! うわぁぁぁっ。あたしちゃん激涙っっっ!! なんでもう!? なんでもう!? まだ大丈夫のはずのはずっ。そんなに日数経ったっけ? ううんううん、ちょっと前染めたもんっ。あぁ! あの時しっかり脱色しなかったからかなぁ? 上手く染まらなかったからかなぁ!? どっちにしても最悪最悪っっ! たかしちゃん、この黒いとこ絶対見ないでねっっっっ!」
 そういえば鈴が一生懸命染めてたっけ、ちょっと前。僕も少し手伝った。僕は毎日脱色用クリーム(本当の使い方は毎日徐々に髪から色を抜きたい方専用)を縫ってるから桃色みたいになることは有り得ないけど桃色は抜いて染めなければいけない。僕のクリームを使っていたら桃色の部分さえ消える、ってわけだよな。うん、色にポリシー持ってる人は大変だ。ま、僕もこの白髪……。しらがと読まないこと。はくはつだから。この白髪にはかなりの思い入れとポリシーがあるけど。絶対この色はやめない。
「ねぇねぇたかしちゃん、染め直したほうが良いかな?? あたしちゃん染色液も脱色液も今回持ってきてないのっっ」
「脱色のクリームなら僕あるけどさすがに桃色の染色液はないな」
「うぁぁぁぁぁ! でも、黒よりは白の方がいいよねっっ。なんかピンクのプリンみたいだもんねっ。キャラメルなんて乗せないっっ! たかしちゃん、貸してねっ」
 ピンクのプリン…。いちごプリン…? でも苺のプリンには苺ジャムだよな。うん。多分そうだろう。
「使いすぎないならいいよ」
「やったーっ!」
 飛び跳ねるようにして喜ぶ。…ふわりとゆれる髪の毛先まで可愛い……。僕の桃色、本当に、毛先も髪の一本まるごと、爪の皮1枚までも僕のものだよ。
「…たかしちゃん?」
 不思議そうな顔できょとんと僕を見る。その大きめの、偽の瞳も大好きだ。本当の黒い瞳の鈴も好きだけどやっぱりピンクが僕の鈴だよな。うんうん。
「たかしちゃんてばっ」
 腕を掴んで揺さぶられてやっと我に返った。……僕の独占欲、本当に強いかもしれない。つい鈴のことを考えてその思考がとまらなくなってしまった。こんなのはかなり久しぶりだな。
「たかしちゃんっっっ!」
 遂にちょっと怒って蹴られた。鈍痛、ってよりも鋭い痛みだ。……つま先か
「何?」
 ちょっと痛かったから厳しい声。…まぁ、僕が悪いんだけど。
「あたしちゃん、どうすればいいの? あたしちゃんまだ寝ないよ。っていうかここで寝ても良いの?」
 僕は少々考えこむ。僕の傍でなら大丈夫だけど…。やっぱり見張りが必要かな、僕の。
「たかしちゃん、一緒に寝てくれる?」
 うん、そうしよう。鈴を寝かせるにはそれしかない。
「いいよ。ただ添い寝はしないから。ちゃんと寝ろよ」
「一緒に寝ようよっ」
「一緒に寝たら無意味だろ」
「たかしちゃんが近くにいれば大丈夫っ!」
「そんなこと何時あった。ちょっと前、横で寝ていた僕の心臓にナイフ刺そうとしたのは誰だ」
「……あたしちゃんです」
「1週間前、お前がうとうと寝てるとき、僕の後頭部を裏拳で殴り、卒倒しそうにさせたのは誰だっけ」
「…………あたしちゃんです」
「そして昨日、添い寝してやった結果首を絞められ殺されそうになった僕を殺そうとした犯人は」
「あたしちゃんですっっっっ!!!!」
 ちょっと逆ギレされた。実際こいつの寝室は檻のようなところだ。こいつは寝るとき半径10m以内に人がいるとそいつを殺そうとする妙な寝癖がある。多分中学校でそんな訓練受けたんだろうけどそれを抑える方法を覚えていない、ということだろう。中陣で構える僕は受けていない授業、選択前陣ってところか。普通の家はどこでも、そう、マンションでも一軒やでもやたら大きな場所でなければ絶対こいつの半径10m以内に入る。普通に考えてこいつを止めるには絶対に脱出できない空間か、止める奴がいなければいけない。
「わかった? ここはせいぜい半径2mくらいだ。完全にお前の射程位置。僕がいなきゃ鈴は仲間を殺すよ」
 鈴はぐっと黙り込んだ。まぁそりゃあそうだろう。口下手な鈴だ。僕には勝てない。竜はさらに弱いけど。ただしつっこみは冴えてるよなぁ…。
「うん、わかったよ。でもたかしちゃん、絶対あたしちゃんの傍にいてね?」
「もちろん。お前とは地獄の底でも宇宙の果てでもいつでもどこでも一緒にいるさ」
「フフフ、あたしちゃんてばたかしちゃんを独占できちゃうっっ!」
「お前を独占するのは僕だけだよ、桃色」
「わかってるのーっ フフフっ」
 嬉しそうににっこりと鈴が笑う。やっぱり僕の桃色、日本で世界で銀河で宇宙で3次元で全次元で可愛い。
「じゃ、鈴はアサキの料理、手伝って」
「うん、たかしちゃんがそういうならっっっ!」
 走って部屋を出て行った。アサキの隣の部屋――つまり涙ちゃんの部屋――では工具の音が響いている。頑張れ。手伝いはしないけど。

 さて、僕も僕の仕事。……まずは食器準備。なんか下っ端の仕事だよ。
 さて、今日の夜は銃弾を作りながら鈴の見張り。頑張るか。
2005/05/21(Sat)22:24:43 公開 / 風時
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■作者からのメッセージ
[白と緑]続編です。この章長いなぁ…。(汗 ちなみに銃弾の作り方、核爆弾の作り方は本当です。しかし銃弾は作れますが、核爆弾はかなり放射能の密度の高いプラトニウムしかダメだそうで、日本には沖縄のアメリカ軍基地にしかないんだそうです。作るためには盗むしかないのですが孝はどうやって手に入れたんでしょうねぇ?(待
辛口、アドバイス、感想、全てよろしくお願いしますっ!!

>甘木様
具体的な情報…っっ!実は私、拳銃について本当によくわからなくて一生懸命調べながら書いたので、主人公の知識に私が負けています(汗 具体的な情報ですね、頑張って調べながら書きますっ。…あ、やっぱり短いですか。(何

>京雅様
いえ、あの、結構行き当たりばったり書いてるのですが…(汗 緻密、と言うほどの計算は一切ありません(笑 色々な方のアドバイスを受けて、少しずつ良くなっていければなぁ。と思います。完結した際に、書き方を全て修正統一したいと思っております。

>clown-crown様
感想、有難う御座います。
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