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『死ねない痛み 完結』 作者:上下 左右 / 未分類
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  その9




「こっちだ」
 冬雲に俺の正体を知らされてからなんとなくある方向になにかを感じる。おそらくそれがあいつの居場所。そう確信していた。
 その気配を感じるほうに二人を案内する。
 そこは公園だった。昼間に俺が来て、秋月が消えた場所。
 すごいことになっている。こんな光景、見たことが無い。公園の電灯に照らされて、真っ赤なものが周りを支配している。地面だけではない。植物や遊具にいたるまでそれが付着している。この様にするのにいったいどれぐらいが犠牲になってしまったのだろうか。
 中に入るとさらにすごいことになっているのがわかった。周りには骨や人の一部がごろごろしている。しとめるのは、老若男女関係ないことだろう。通る人を片っ端に襲っているに違いない。
 すまない。俺があんなにバカなことさえしなければ……。
「やっほ〜霧斗。来てくれたのぉ」
 俺たちの足音しかしない公園にとぼけた声が響いた。
 昼間に話していた声と同じだが、今のあいつは敵でしかない。倒さなければならない敵なのだ。
 彼女は噴水を背景にしていた。雲から出てきた月明かりがはっきりとその姿を映し出した。
 その姿は、完全に元に戻っていた。顔や肌、声すらも元に戻っている。ということは、約十五年分のエネルギーを取り戻したということなのだろう。その笑顔だけを見ると昔の彼女と同じようにしか見えない。目が、真っ赤に輝いていること以外は……。
 まずいことになった。弱りきっていた先ほどでもあれだけのスピードを出すことができたのだ。エネルギーを取り戻した彼女との力の差はどれほどのものなのだろうか。
「あなたも私も同じ存在なのよ?一緒に楽しみましょうよ」
「!!」
 すぐさっきまで前から聞こえていた声が後ろから聞こえたことに驚いた。
 噴水にあった人影が消えている。
 振り向くよりも先に抱きつかれた。
やられる。そう思ったがそれ以上のことは何もされない。
「さぁ、あいつらをさっさと縛りつけちゃってさ」
 違う。姿や声が似ているからといってこいつは彼女ではない。秋月の姿をした化け物だ。本物の彼女はもういない。
「そうだ、お前は秋月じゃない!」
 腰にあるナイフを抜いて、後ろにいる化け物に向かって振るう。
 だが、そこにはすでに誰もいなかった。
 不思議に思いながら、周りを見てみると、また噴水の前にそいつは立っていた。
「交渉決裂か……。だったら!」
 ちょっとだけ寂しそうな顔をした後、すぐにそれが狂気を帯びた笑顔に変わった。それはこの世で一番恐ろしく、気味が悪い笑いのように思えた。
「下がって、霧斗君」
 俺の腕を冬雲が掴み、後ろへと引っ張る。
 それとほぼ同時に俺の頬に何かが飛んだ。それは血だった。血液が飛んでいるということはおそらく、冬雲が攻撃を受けたことを意味する。
 だが、俺は驚くこともなく冬雲の心臓を鷲掴みにしている秋月の胸部にナイフをむける。
 それを見ながらも、相手は口を釣り上げて笑う。まるで、そんなものが自分には当たらないと言わんばかりだ。
 遠くからすごい轟音が響く。その瞬間に相手の片腕はなくなっていた。
肩から先が無くなった腕からは血が噴き出している。それは冬雲を掴んでいるのとは逆の腕だ。
 そのことに気づいた相手は男を放り捨てて後ろに飛んだ。
「ちっ」
 吹き飛んだほうの腕は地面に落ちるとすぐに灰のようになって崩れ落ちる。乾燥したそれは風ですぐに消えてしまった。その灰も、おそらくは空気中で消滅してしまうのだろう。
 噴水の上に着地した彼女にもう一発弾が被弾し、爆発を起こした。今度は片足が消えて無くなった。
 足を失った彼女はバランスを崩し、噴水の中に落ちた。
 先ほどの彼女はすでに腕が半分ぐらいは再生していた。すぐに近づかないと足が再生して動き出してしまう。
 俺はすぐに相手の落下地点に向かう。
 そこでは足が再生し終えている秋月がいた。だが、そこからは動いていない。俺よりも先に到着していた冬雲によって動きを止められていた。
 体にはいくつもの銃痕があった。彼がショットガンで再生するごとに体中を打ち抜き、行動を不能にしている。
 チャンスだ。そう考えた俺は倒れている秋月にナイフを突き立てる。しかし、それは外れてしまった。刺さったのは肩だった。強引に相手が体をひねって急所への攻撃を回避したのだ。
「うぁぁぁ!!!」
 ものすごい咆哮をあげると、無理に立ち上がって冬雲の腕を掴む。そして、強靭な握力で握りつぶした。彼女はそれをそのままどこかへと投げる。彼が持っていたショットガンがそこに転がった。
 それを確認して、俺はできるだけ早く後退する。あのままじっとしていたらいつ殺されてもおかしくはない。急いで相手の攻撃範囲から逃げなければならない。
 だが、その行動は間に合わなかった。一瞬にして追いつかれて、首を掴まれた。ものすごい力で締めつけられてすぐにでも意識が飛びそうだ。なんか、これだけの力があるなら窒息させなくても、首を握りつぶすことも出来るんじゃないのか。
 どうしようもないと思った俺は、そんなことを考える。
 気持ちよくなってきた。ここまで来ると気を失う寸前という合図だ。
「やはり、あの時殺しておくべきだったのよ。十五年前のあの日にね」
 そう、十五年前に俺はこいつに殺されかけた。あいつが逃げ出した時。屋敷の者は全員襲われた。もちろん俺も例外ではなかった。彼女を殺せるのは俺だけなのだから子供のうちに殺そうとしたんだろう。
 だが、どうして生きているのかは俺にはわからない。予想ではあの二人が助けてくれたと思っているが。
 その時のことが鮮明に思い出せる。死ぬ前に今までのことを思い出すのはどうやら人間だけではないようだ。
「ゴホッ、ゴホッ!!」
 呼吸が戻った。急激に空気を取り込んだために咳が出る。でも、どうして俺は生きているんだ。彼女ならあのまま殺すことができただろうに。
「あっ、ああ……」
 信じられないことに彼女は泣いていた。
「私に霧斗を殺すことはできない……」
 頭を抱えて後ろに進む彼女は先ほどまでの者ではなかっった。それは本物の秋月だった。彼女が人食いとして目覚める前の人格。精神体となってまで俺に会いに来てくれたあの秋月だった。
 雰囲気がまるで違う。簡単にそれが彼女であることを俺は見抜いた。
 攻撃意識の消えた彼女を容赦も無く対戦車ライフルの弾が襲う。
 また片腕が吹き飛んだ。
 苦しむ彼女は今も涙を流しながらちぎれた腕を見る。そこからはすぐさま新しい腕が生えてきた。
「さぁ、早く私のことを殺して。私も長い間こいつを抑えることはできない」
「なにを言っているんだお前は。お前という存在がいるのがわかったんだ。そんなことができるわけないだろ!」
 こんな命のやり取りをしている間でも、彼女がまだ消えていないということがわかって俺はとてもよろこんでいる。
「このままじゃ、私はあなたを殺してしまうかもしれない。好きな女に自分のことを殺させる気?」
 涙を流しながら笑う彼女を見るのがとてもつらい。彼女なりの満面の笑顔なのだから見ないわけにはいかないが。
 できれば俺は彼女のことを殺したくはない。無理なことはわかっているのだが、このまま殺さずに彼女と共に暮らしたいと思っている。でも、彼女をこのまま放っておいたら町の人だけではなく世界中の人間が危ないのだ。俺一人の感情でやめるわけにはいかない。
「だが……、だが!!」
「それ以上は言わないで!!」
 なんか、前とは逆の立場になってしまっている気がする。
「あなたがこのまま私を生かしておいたらもう一人の私があなたを殺してしまう。そんなのは耐えられないの。だから……」
 本人がこれだけ言っているのに俺はなにをうじうじしていると言るのだ。俺にはやらなければならない仕事なのだ。俺にしかすることができないのだ。
 気が付けば俺も涙を流していた。それはものすごく悲しいことだ。愛する女を自らの手で殺さなければならない。
「言うのはこれで二度目だが、俺はお前に会えて本当によかったと思うぞ。今度は絶対に忘れない」
「私もよ、霧斗。今までありがとう」
 俺と彼女は最後に強く抱き合った。これから先、もう二度とこうすることはできないので、その分も抱きしめた。
 様子が変だということがわかったのだろう。夏森の狙撃は止んでいるのでゆっくりと別れを惜しむ。
 俺は抱き合ったまま彼女の心臓をナイフで突き刺した。赤いシミがどんどん広がっていく。
「さよなら。あなたが来るまでいつまでも待ってるからね」
 昼間と同じ最高の笑顔を残して彼女は跡形も無く消えてしまった。人間のように死体は残らない。先ほどの腕のように灰のようになって風によって吹き飛んでいってしまった。
 俺は水に浸かっているというのを忘れ、その場に膝をついた。さっき地面に落とされた時に水で服が濡れたので体が冷えてしまっている。
「うっ、ううう……」
 涙が次から次へと流れてくる。止めることができない。
 あまりの大きすぎる悲しみを味わうとなかなかそれを受け入れないというがあんなのはウソだ。俺の中には悲しみしかない。それ以外のものはまったく感じない。
 俺はあいつを殺してしまった。自分の愛した女を殺してしまった。
「秋月ぃぃぃぃ……!!」
 近所迷惑など考えずに思いっきり俺のことを愛してくれた女性の名前を大声で叫んだ。

 

 その10






 真夜中だというのに、町はにぎやかだ。ネオンの光に照らされてたくさんの人が道を歩いている。少女とも呼べる年の者から中年のサラリーマンまで年齢はさまざまだ。だが、俺に年齢なんかは関係ない。全員が全員うまそうな餌に見える。
 大きな町になればなるほど誰も使わない小道、裏路地と呼ばれるものが多く存在する。俺はそこに入っていく人間を狙っている。
 ちょうどいい奴らがいた。若いカップルなのだろうか。一組の男女が裏路地へと入っていく。男の緩みきった顔からなにをするのかわかる。今からあの二人は愛し合うのだ。あんななにも無い場所で。
 俺は口を釣り上げて笑った。
 こんなところでやらなくてもちゃんとした場所にいけばいいものを。まぁ、俺にとっては好都合だがな。
 獲物が突き当たりに到着した。今だ。
 俺はビルの屋上から飛び降り、その二人の前に着地した。
 驚いている二人を、声を出される前に殺した。人間というものは脆いものだ。首の骨が折れたぐらいで死んでしまうのだからな。
 今の俺は人の肉が食いたくてたまらない。別に物凄く腹が減っているわけではないが、とにかく食べたいのだ。人間が子供を産む気はないのに性行為を行うのと同じだ。ただ欲を満たすためだけの行為だ。
 まずは女のほうの肉を食べてみる。まだ死んでから間もないので肉を食いちぎった部分からは血が噴き出した。もちろんそれもできるだけこぼさないようにして飲みほす。初めて食べた人肉。柔らかくてうまい。
 それにしても、どうしてこんなにスルスル入っていくのだろうか。俺は骨を残すことなく全て食べてしまった。彼女の体重はおそらく四十数キロだっただろう。それをきれいに腹の中に収めたということになる。それなのにまだ食べたりないとまで感じてしまう。
 今度は男の方の肉を食べてみる。こちらは女を食べている間に少し時間が経っているので血が出にくくなっているが、それでも食いちぎった部分からは凄い勢いで流れ出している。こちらの肉はあまりおいしくない。味も最悪であるし、なによりも硬いのだ。今度から食べるのは女だけにしとくか。
 だが、今回は贅沢いえない。殺してしまった以上は食べないと面倒なことになる。せめて行方不明ということにしなければあいつらが、あの二人が俺のことを拘束しに来る。
 俺には血がベットリと付着している。口の周りは服でふき取ればいいが、その服にも大量の血が残っている。
 今日はこのぐらいにしておくとしよう。あまりことを急ぎすぎるとそれだけ大騒ぎになってしまう。できるだけ隠密に行わなければならない。
 そう考えた俺は、何も知ることのないにぎやかな町を後にした。

 俺は勢いよく起き上がった。それにより上にかけられていた布団がめくれ上がった。
 なんだ今の夢は。起きた今でもはっきりと思い出すことができる。俺が人ではない動きで飛び回り、人間を殺した。そして人間の肉を……。こんな夢を見るなんて俺も秋月のように意識を乗っ取られてしまうのだろうか。
 吐き気がした。だが、吐こうにも胃の中に何も入っていないのだから出てくることも無かった。
 そういえばここはどこなんだ。俺の見慣れない部屋。それほど大きくは無いがきれいに掃除してある。家具のようなものが一切なく、さっぱりとしている。
 どうして俺がこんなところにいるんだ。俺は確か公園で秋月を……。
 また吐き気がした。そうだ。俺は秋月を殺してしまったんだ。この手で。同じ人食いであるこの俺が。
 頭の中ではあれでよかったと思っているはずだ。なのに心の中では後悔ばかりが充満している。
 そんなところで、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「霧斗さん。起きてらっしゃいますか?」
 それは夏森の声だった。時計を見るとちょうど六時をさしていた。そういえば、これからこの時間に彼女が起こしてくれると言っていたな。本当にこの時間に来るようだ。勘弁してくれぇ。
 俺が答えるよりも早く彼女は入ってきた。そして、入り口の近くにあるスイッチで部屋の電気をつけた。真っ暗だった闇を真っ白な光が隅から隅まで照らし出した。まっ、まぶしい。
 夏森はテレビなどで見るようなメイド服を着て、きれいにたたまれた服を持っている。
「おや。着替えられたのですか?」
 見ると、俺はいつの間にか普通の服を着ている。彼女がこのようなことを聞くということは冬雲が着替えさせてくれたのだろう。まぁ、もしも夏森の性格がもっとひねくれていたら、この前の仕返しとかいって着替えさせられていたかもしれない。
「ああ、まぁな」
 俺は物凄く曖昧な答え方をする。自分でもよくわからないのだからそうするしかないのだ。
「なぁ、何で俺はここで寝ているんだ。確か俺は公園にいたはずなんだが?」
 恥ずかしいことながらあれからのことを全く覚えていない。噴水のところであいつの名前を叫んでいたところから。
「覚えていないのも無理はありません。一昨日、霧斗さんはあの公園で寝てしまったんです。そこを冬雲様が運んでくれたんです」
 そうか、俺はあの後眠ってしまったのか。あんなところで寝てしまうなんてよほど疲れていたんだな。
 んっ?今なんかおかしいところがあったぞ。
「一昨日ってことは、あれから二日も経っているのか」
「はい」
 不思議だ。いくら眠っていてあまりエネルギーを使っていないとはいってもやはり空腹は感じるものだ。なのに、今はそれを全く感じることが無い。
 夢のことを思い出してしまった。まさか、あれが現実の出来事だというのなら、この事態も納得できる。もうすでに栄養補給はすんでいるのだ。
 違う。あれは夢だ。俺はあんなことはしていない。
「まぁ、そんなことはいいさ。それよりも朝飯はできているのか?」
「はい、すでに準備は整っております。それでは食堂におこし下さい」
夢のことはきれいさっぱりと忘れて彼女のおいしい朝食を食べるとしよう。
 俺は夏森の後を歩く。悲しい事ながらさっきの部屋が屋敷のどこに位置しているのか、食堂にはどうやっていけばいいのかわからない。だから、今彼女を見失ったら俺はさまようことになってしまう。
 長い廊下を進み、階段を下りる。その先にはあの、地下へと続く通路があった。
「なぁ、あそこはもう必要ないんだ。埋めてしまわないか?」
 地下室はもう必要ない。これ以上彼女達のような人食いもどきを作る必要もないし、封印しておく相手もいない。むしろ、あんなものをいつまでも放置していたらいつどんな時になにが起こるのかわからない。
「そうですね。近いうちに行っておきます」 
 食堂にはすでに冬雲が新聞を読みながら座っていた。気のせいか、物凄く眠そうだ。
「おはよう」
「おはよう霧斗君。今日は早いねぇ」
「まぁ、本当は叩き起こされたんだけどな」
 夏森が台所の方へ行ったのを確認して小声で本音を言った。彼女には早起きする俺というレッテルを貼ったままにしておきたい。
「僕も同じようなものだよ。昨日は後始末でいろいろと大変だったしね。寝たのなんて三時だったのに……」
 目の下にクマを作りながら、彼は苦笑いをした。そんな時間に寝たのにこの時間に起こされるなんて気の毒にも程がある。睡眠時間三時間か。やるな冬雲よ。まぁ、適当な時間に昼寝でもしてくれ。
「でも、もっとすごいのは洋子ちゃんだよ。彼女はおそらく寝ていない。後始末を一番してくれていたからね」
「なぁ、さっきから言っている後始末ってなんなんだ?」
 彼も夏森も後始末とやらで睡眠時間を削ったらしいが、その内容がわからない。
「一昨日の公園があるだろ?あそこの片づけさ。さすがに一、二日じゃあれを元通りにできなくてね」
 彼らはあの夜と昨日を使ってあの公園を元に戻していたらしい。あの周辺を完全に封鎖し、砂や遊具を入れ替えていたらしい。殺された人達を全て行方不明者とするようにと会社の力を使って情報を隠蔽したりもしていた。
 吐き気がした。あの公園の光景を思い出したのだ。地面一帯が赤く染まり、その中心には返り血を浴び、真っ赤になった彼女が立っていた。
「冷めないうちにどうぞ召し上がってください」
 運ばれてきた料理を、全員で一斉に食べ始めた。前と同じように和食が中心だ。サラダのように少し違うものも混じってはいるが。
「霧斗君。君はいつ帰るんだい?一週間後とは聞いていたが、もうここに泊まる理由も無いからね。君の好きなようにするといいよ」
 そうだ。俺はここに住む予定はなかった。だが、今の俺はこの家にいて当然のように思ってしまった。
「いや、俺はここにいる。いや、ここにいなければならない。君たちの仕事はまだ終わっていないんだ」
 彼らは秋月を殺す時にあれが最後の仕事なのだといった。あの時はあえて否定しなかったが、それは間違いなのだ。まだこの世には俺という人食いがいる。いつ彼女のようになってもおかしくはない。もしも俺が戻った後でそうなってしまってはその町は壊滅的な被害を受けてしまう。だから俺はここに残らなければならないのだ。
 後は俺が死んでしまえば彼らの仕事は終了する。本当は俺が自殺でもできれば全てが終わって二人は苦労をしなくてもすむ。しかし、今の俺にそんな勇気が無い。死にたくないという気持ちが強いのだ。
「君がここに残ってくれるのはうれしいよ」
 夏森もその答えには無表情のままで頷いた。
「でもね。僕達は君がそうならないと信じているんだ」
 笑顔でそう言われても、物凄く困る。
 昨日の夢のことを思い出した。俺はおそらく人食いへの入り口に立ってしまっている。あの夢がその証拠だ。もしかすると、あれは夢ではなかったのかもしれない。もしもそうだったとしたら。
 そう考えると胃の中の物が逆流してきそうになる。
口を手で押さえ、必死に出てくるのを我慢する。
「どうしたんですか。口に合いませんでしたか?」
 俺は必死に首を横に振るう。
 心配そうな顔とすまなさそうな顔が混ざっている。
「違う違う。一昨日の夜のことを思い出してしまってね。心配しなくていいよ」
 本当は夢のことなのだが、もうちょっと様子を見てから話してもいいだろう。あれは自分が人食いとわかったことで脳が見せたものなのか、俺も秋月のようになる手前が見せた夢なのかわからないからだ。
「大丈夫大丈夫」
 俺にはもう食欲は無かったが無理やり胃の中に食べ物を詰め込む。あまり彼女に心配をかけられない。
「なぁ、ここまで来てもまだわからないことがあるんだが」
 一人だけさっさと朝食を済ませ、質問をする。何故この家に人食いというものが捕らえられていたのか、そして子孫である俺がどうしてその人食いなのか。
「それは僕のほうから説明しよう」
 彼もすぐに朝食を終わらせ、説明を始める。なんか、説明をするときは大体冬雲がでてくるような気がする。
 春道の人間は何人かに一人は人食いが生まれてきた。今までは一代に一人は確実に産まれていたのでその者が当主を務めていた。そして、一番最後に産まれたのが秋月。どうして苗字が違うのかはわからない。だが、確実に彼女は春道家の人間なのだ。
 当時、彼女が人食いとして目覚めた時には止める者がいなかった。だから彼と夏森はいろいろな実験を受けて今の体になってしまったのだという。暴れだした秋月を止めるために。
「なら、どうしてみんないないんだ。たしか人食いは寿命がほとんどないんだろ?」
「当主でも、やはり欲には勝てないということだよ。その時は完全覚醒する前に、みんな自殺をするか、子供に殺されていたんだ」
 子供が自らの生みの親を殺さなければならないなんて、ひどい話だ。
「逆に子供が目ざめてしまった時は、当主が殺さなければならなかった。彼女の時は、その関係が崩れていたんだよ」
 だから彼女だけは殺されることが無く長い時間生き続けていたのだ。
「彼女のように人格が残っているのは極稀なことだった。むしろ、そっちの方が不幸だったのかもしれない。自分が人を殺すのを止めることができないんだからね。だから彼女は、きっと君に殺してもらえてとてもうれしかったと思うよ」
 そういえば彼女は消えていくさい、とてもうれしそうだった気もする。あの笑顔は忘れない。
 俺がもしも人食いとして目覚めてしまったら、彼女のようにずっと幽閉されるだろう。もう、人食いが生まれることは二度と無いのだ。
「ありがとう。いろいろわかったよ」
 俺はお礼をいって席を立つ。
話が終わったのを確認して、夏森はすぐに全員分の食器をもって台所に向かっていった。
 後片付けを彼女に任せ、俺はがんばって自分の部屋まで戻った。相変わらず迷路のようになっていたが、さっきの道を逆に行けばそこにあった。距離としてそれほど遠くは無かったのだが、今までどうしてここに来ることができなかったんだ。実は俺って方向音痴なのか……。 
 部屋に戻った俺はベッドの上に横になった。何時の間に行ったのか、すでにシーツは変えられていて気持ちがいい。たった一つだけある窓からは真っ青な空が覗いていた。まるで、一昨日の出来事がウソであるかのように。


 その11





 そうだ。俺はあの夜、あいつを殺してしまったのか。
 のんびりとした中で思い返して見ると涙が自然と流れだしていた。新しいシーツを、涙が濡らしていく。すまない夏森。ちょっとしたシミができちまうかな。
 冬雲は彼女が俺に殺されてうれしかっただろうと言ってくれた。秋月も死ぬ前に最高の笑顔を俺に見せてくれた。だが、やはり俺は心に傷を負ってしまったのだろう。
 ――そういう時は人間を食うと気持ちがすっきりするぜ。
「!!」
 なんだ今のは。誰かが俺に話しかけてきた。周りを見ても誰もいない。じゃぁ、さっきの声は空耳……。
 ――残念だが空耳じゃねぇよ。
 また聞こえた。やはり空耳じゃない。絶対にこの声は聞こえてきているのだ。
「誰だ!!」
 やはり、部屋の中には誰もいない。ただ何もない殺風景な部屋に俺が一人いるだけだ。
 ――あんまり大きな声を出すんじゃねぇよ。思うだけで聞こえるんだからよ。
 どうやら、この声は俺の中から聞こえるらしい。なんなんだ、もの凄く嫌な予感がする。
『お前はいったい誰なんだ。俺の中でなにをしている』
 ――なにを馬鹿なことを言っている。俺はお前だ。春道霧斗だ。他の何者でもねぇよ。
 こいつが俺の名を名乗ったということはどうも多重人格という類ではないらしい。なら、いったい何者なんだ。
 ――俺が何者なのかなんてどうでもいいことだ。さぁ、人間を食べに行こうじゃないか。俺はもう腹が減って仕方が無いんだ。
『なにを言っている。俺は絶対にそんなことはしない。してたまるものか』
 だんだん頭が痛くなってきた。しかも、それは少しずつ強くなってきている。
 ――よくもそんなことが言えるものだ。お前はもう人間を食っているんだよ。お前も覚えているだろう?あの肉の旨さ、柔らかさ。最高じゃなかったか。
『俺はそんなことはしていない』
 そこまでいうと、今日の早朝に見た夢がフラッシュバックした。そうか、あれは夢じゃなくて現実……なのか。
 頭痛はさらにひどくなっていく。昔のことをすべて思い出した俺はもう二度と味わうことがないと思っていた痛みだ。あの時のものに似ている。
 ――さぁ、早く行こうぜ。
『うるさい。黙れ!!』
 ――今更怖気づいたのか?もう手遅れだっていってるだろう。
『黙れ黙れ!!』
 ――さぁ、今日も行こうじゃねぇか。
「黙れぇ!!」
 あまりにもその声がうるさかったので、つい声をだしてしまった。今の俺のほうがよほどうるさい。
「すいませんでした霧斗さん。すぐに出て行きますので」
 いつの間にか入ってきた夏森がそういって部屋を出て行こうとする。自分に対するものだと思ってしまったらしい。
 そんな彼女を何とか止めようとする。
「違うんだ。君に言ったんじゃない。すまなかった」
 こちらを向いた彼女は明らかに不機嫌そうな顔をしている。さすがに今のは怒ってしまったようだ。
「それで、どうして夏森はここにいるんだ?」
「私はただ掃除をしに来たのですがノックをしても返事がなかったものですから勝手に入らせてもらいました。その際に霧斗様が頭を抱えて苦しんでおられましたので何度も声をかけたんです」
 彼女って言葉が丁寧な時とそうでない時がある。それはそれで元に戻ってきているということなのかもしれないが、元々そういうものなのかもしれない。
 全然気が付かなかった。彼女が部屋に入ってきたことも、話かけられていたことも。
 そういっている間も表情は不機嫌なままだ。うわぁ、これは相当怒らせてしまったみたいだな。ありゃあ、いきなり黙れなんて言われたら誰でも怒るわな……。
「頼むからそんなに怒らないでくれよ。だから夏森に言ったわけじゃないって」
「それはわかっています」
 絶対わかってないな、これは。表情が変わってないし。
「じゃあ、いったい誰に言ったのですか?」
「いや、ただ単に嫌なことを思い出してしまってな。それでちょっと」
「そうなのですか。ならいいのですが」
 彼女の顔が元に戻った。どうやら許してくれたみたいだ。
 あんなことがいえるわけが無い。自分の中から声がするなんてな。ただの異常者にしか思えない。
 さっきの声は人を食べに行こうと言っていた。ということは、もしかすると俺は目覚めかけているのか、人食いとして……。
「それじゃあ、俺はちょっとこの屋敷の中を見ておくよ。掃除の邪魔になるだろうからな」
 ベッドから立ち上がった俺はドアに向かう。
「いえ、そこにいてもいいですが」
「俺がいないほうがゆっくりとできるだろう。あんまり汚れてはいないだろうけど」
 汚れるはずがない。今までこの部屋を使ったのは一日ずっと眠っていたのとさっきの数十分だ。よほどのことが無い限り散らかることはないだろう。
 彼女が思っていることはわかった。俺といろいろと話がしたい。そんな感じなのだろう。俺も彼女とはもう少し一対一で話をしてみたい。だが、今は無理だ。こんな精神状態ではまともな話なんてできるはずが無い。
 少し残念そうな顔をした彼女を見ながら扉を閉める。ごめん、夏森。
 さてと、今からひさしぶりに屋敷の探検をしてみようかな。昔にも何度か行ったことがあるのだが、あの頃は子供だったので隅から隅までというわけにはいかなかった。でも、今ならばできるに違いない。あくまでも、俺が迷わなければの話だが。
 まずは二階からだ。いったい、この屋敷にはいくつの部屋があるんだ。見渡す限り同じような部屋が並んでいる。よくホラーゲームやホラー映画で出てきそうな館そのものだ。ここに来る前は本当にあんなにでかい物が存在するものなのかと思っていたが、あるものなんだな。
 それにしても、親父はなにを考えてこんなにでかい屋敷を作ったんだ。明らかにでかすぎるんじゃないのか。
 まぁ、俺にそんなことはわかるはずもなく探検はまだも続いた。
 これでいくつ目だろうか。開いた扉の向こうには同じような景色しかない。ひとつひとつが高級ホテルの一室なみだ。俺が前に住んでいたアパートなんかとは比べ物にならない。ここ、アパートとかやったらかなり儲かるんじゃないか。
 最初のほうは同じように見えて、実は違うものがあるのではないかと期待してドアを開けていたが、それも次第に飽きてきて、最後の方は開けることなくただとおりすぎるだけになっていた。
 なんだか、家の中を歩いているはずなのに疲れてきた。こんなことになるなんて思わなかったぜ。
 二階は何もなかった。次は一階だな。
 なんだこのでかい扉は。
 そこには他の物とは明らかに違うドアがあった。飾り付けなんかもそうだが、それ以上に大きさが違う。おそらく一回りぐらいでかい。
 俺はそこを開けてみる。鍵はかかっていなかった。
 中は、まるで図書館を思わせるほどに本棚が並べられていた。それひとつひとつには隙間が無いほどに本が並べられている。
 親父が行っていた仕事に関するものだけではなく、心理学などといった普通の人は読まないような物も数多く存在した。
 中にはかなり古いものもあり、ページが破れかけているのも少なくはなかった。
 どうやら書斎のようだ。本棚の間には大きな机が置いてあった。親父が使っていたものなのだろうか。
 意外ときれいなものだ。ゴミや本などが散らかっているわけでもなく、埃すら落ちていない。まさか、この広い部屋を夏森が掃除しているのか。だとしたら、彼女の仕事量は物凄いことになる。俺たちの世話プラス屋敷の掃除。いつか当主としてがんばっているで賞でも贈ってやるとするかな。
 机の上にも何も乗っていなかった。引き出しにも何も入っていない。親父が死んだ時に、親戚が全部持って行ってしまったかな。
「おや、霧斗君じゃないか。こんなところで何をしているんだい?」
 俺が入ってきた大きな扉とは違い、隅のほうにあった普通サイズのドアから冬雲が入ってきた。
 突然の訪問者に驚いた。まさか、こんなところに彼が現れるとは思わなかったからだ。
「俺は屋敷の中を見て回っていただけさ。それよりも冬雲はどうして」
「ただ、これを返しにきただけ」
 手に持っていた分厚い本を俺に見せ、本棚に向かっていく。よくあんなに厚い本を読む気になるな。俺なんて一ページ目を読み始めただけで頭痛がしてくるな、きっと……。
 冬雲は本棚についている梯子を上り、本を元の場所に戻している。
 ふと、目を下にやった。そこには五十音順で本が並んでいるのだが、なぜかその一冊だけ題名が書かれていない。表紙に使われている紙も他のものと比べると新しい。
「なぁ、ここにある本って持っていってもいいのか?」
「別にかまわないよ。でも、汚したり破いたりしないでね。中には貴重な本もあるから」
 確かにな。これだけ古い本が多かったらそういうのがあってもおかしくはない。
 俺はその題名の無い本を手に取った。やはり、表にも題名は書かれていない。
「霧斗君。よかったら僕の部屋でお茶でも飲まないかい?茶菓子ぐらいなら出すよ」
「いや、せっかくだが遠慮しとくよ。冬雲の読書の時間を邪魔しちゃ悪いしな」
 見ると、彼が手に持っているのは「アサガオは君の手の中に」という本で、昔から今も愛読者が多い作品だ。日本にある何とか賞というのもとっており、知らない人はいないと言ってもけっして大げさではない。
 ちなみに俺は題名しか知らない。周りの人間は面白いと言うのだが、俺は読む気になれない。その理由はその莫大な内容量だ。本一冊が国語辞書と同じぐらいの厚さを持ち、それが十何冊もあるという長々編小説だ。そんなに長いものを書ける方も書ける方なら、読める方も読める方だな。
「なぁ冬雲、それって面白いのか?」
「とっても面白い作品だよ。読んでて泣けてくるよ」
 あれは確か、王の娘とレジスタンスの少年が恋をするという恋愛小説だったな。ファンタジーなのだが、本当にそれが面白いのか?
「君も読んでみるかい?」
「そうだな。また暇な時にでも読ませてもらうよ」
 こうは言っても、二度と読むことはないだろうな。そんなものを全部読むのにいったい何年間かかるんだ。
 部屋に戻ると、すでに夏森は掃除を終わらせてどこかへと行ってしまったみたいだ。本当に埃ひとつ落ちていない。シーツも変えられている。彼女は一日どのくらい働いているのだろうか。
 新しいシーツの上に寝転がる。洗いたてのいい感触がする。
 そして、手に持った題名の無い本を開いた。
 そこに書かれていたのは、人食いに関することだった。ほとんどは冬雲に教えてもらったものばかりだ。
 ページをめくっても、同じようなことが書かれている。ダメだ。こうも文字だけを見ているとやはり頭が痛くなってくる。
 がんばって最後まで流し読みをしてみた。だが、その中で新しく発見したことはひとつだけ。一度目覚めてしまったものは二度と元の人間として過ごすことはできない、ということだった。
「そんなことはない!!」
 俺は、思わずそれを壁に向かって投げつけた。ドンっという音と共に本がそのまま床に落ちる。
 そんなわけが無い。俺は今だってこうして生きている。彼女たちと共に生きている。
――本当にそうなのか。お前は本当に人間と同じ暮らしができるとでも思っているのか?
 いったいなんなんだこの声は。前と同じで俺の頭の中から聞こえてくる。
『またお前か。黙れ。そして二度と出てくるな』
 ――おいおい、自分に向かってその言い方はないんじゃねぇか。それに、俺はこれからもっと出てくる回数は多くなってくるんだぜ。今からそんなことを言っていたらこれから先頭がおかしくなっちまうぞ。
『うるさい。お前が出てきている時点で頭がおかしくなっているんだよ。お前の声という幻聴が聞こえる時点でな』
 ――大変な言われようだな。どうして俺のことを否定しようとする。これは紛れも無い真実なんだぞ。
『当たり前だ。認めろというほうが無理だ』
――さぁ、そんなことよりも早く人を食いにいこうぜ。俺は食いたくて食いたくて仕方がねぇんだよ。
『馬鹿をいうな、俺は絶対に行かないぞ』
 ――そんなことを言っても無駄だ。お前が寝ているときは心が空っぽだ。その時だけお前の体を動かすことができる。けっけっけ、今日の夜が楽しみだぜ。
『黙れって言ってるだろう!』
 俺はその声を黙らそうと、思い切り頭を壁にぶつけた。自分で頭を殴ろうとも考えたが人間、自分を攻撃する時はほぼ確実に力を抜いてしまう。こういうときは力いっぱいやらなければ意味が無い。
 あまりの痛さに意識が飛びそうになるが、がんばって持ちこたえる。あいつの言っていたことが本当なら、俺がここで意識を失えばあいつが出てきて町の人達を襲う。そんなことは許されない。
 今寝てはならない。あんなやつに好きにされてたまるものか。
 さっきの衝撃によりまだ頭がクラクラする。そんな状態でも無理やり体を起こし、立ち上がる。寝ていてはいつ意識が飛ぶかわからないからだ。
 廊下を歩いているだけでも倒れそうになる。
 今の今まですっかり忘れていたが、冬雲は元親父専属の医者だ。なにか頭痛薬ぐらいは持っているに違いない。
 無理な体を引きずるようにして一階に下りた。彼の部屋の場所は教えてもらっていないが、おそらくさっきの書斎の近くだろう。
 あった、あのでかい扉の向こうだ。あの男はたしか、部屋の隅にあるドアから入ってきたからきっとその向こう側だろう。
 勢いよくそのドアを開ける。


  その12



 向こう側からは強い光が差し込んだ。青々とした空が広がっている。
 そこは書斎ではなく外だった。俺はいつの間にか靴まではいている。いったいどうしちまったっていうんだ。
 さっき朝食を食べたばかりだというのになぜか腹が減っている。いや、腹が減っているわけじゃなくて食欲があるというのかなんというか。
 しかもなにか食べたいというものではない。ただひとつのものを。
 人間の肉……。
 一歩ずつ一歩ずつ確実に町に向かって歩いていく。早く、早く人肉を食いたい。
「霧斗さん。どこかにお出かけですか?」
 町に向かう途中、買い物帰りの夏森がいた。家には車があるというのになぜか歩いている。両手には大きな袋を持っている。
 俺は彼女がいることがわかっていながらも返事をすること無く通り過ぎた。そんなことよりも早くこの欲を満たしたい。
 彼女は何かに気が付いたかのように買い物袋を落とし、俺の体を揺さぶる。
「しっかりしてください霧斗さん。欲に負けてはいけません!!」
 彼女の言葉はほとんど俺には届いていない。
「うるさい、邪魔をするな!」
 あまりにも俺のやることを邪魔するので、彼女の腹部を思いきり殴った。だが、普通に比べて感触が無い。見てみると彼女の背中からは俺の真っ赤な握り拳が見えている。
 俺はそれに驚くことも無く手を引き抜いた。そこからは大量の血が流れ出した。
「……」
 彼女は無言でその場に倒れた。ただ、俺のほうを悲しそうな目で見るだけ。
 そんな夏森を無視して俺は町に向かう坂道を下りていく。彼女はあれぐらいでは死にはしない。そんなことをどこかで考えていたから何も感じなかったのかもしれない。俺はなんて嫌な奴なんだ。
 だんだんと歩くのが面倒臭くなってきた。さっさと向かうには跳んでいったほうが速い。
 そう考えると、俺は力いっぱい地面を蹴った。次の瞬間、町にある高いビルの屋上に着地する。自分にもこれだけの脚力があるのには驚きだ。
 この場所は確か数年前に廃ビルになってからほとんど人の出入りがなくなっている。隠れるには最適の場所だ。さすがの俺も馬鹿じゃない。ここに来る途中、夏森に見つかってしまった。今、目立った行動をとればあの二人が俺のことを捕獲しにくる。
 うまそうなドッグフードを目の前にして待てと言われている犬のような気持ちだ。ここを下りるとたくさんの獲物たちがいる。狩りたい放題だ。だが、それも我慢しなくてはならない。いくら俺の方が身体的能力が高いといっても相手は二人だ。それに殺すことができない。明らかにこちらのほうが不利なのだ。できるだけ会わないほうがいい。
 そんなことを考えながら俺は、夜になるのを待った。

 俺は目を覚ました。どうやらここで眠ってしまったらしい。空はすでに真っ暗だ。時計を見てみると午前三時ジャスト。よし、そろそろ行くとするか。今ならあいつらの目をごまかすことができる。
 下を見てみると、こんな時間だというのにまるで昼間のように明るい。
 若いカップルや仕事帰りのサラリーマンが多い。前に来た時とあまり変わらない。前に二人が俺に殺されたというのに何も知らずにいい気なものだな。
 ちょうどよさそうな女がいるな。こんな時間にたった一人で歩いていたらなにをされても文句は言えないぞ。口元がゆるみ、片方だけが吊りあがる。まるで、いつかのあいつのように……。
 彼女が地下駐車場に入った。
 俺もそれを追って一気に降下する。もちろん誰にも気づかれないようにだ。
 中に入るとすぐに女の姿を発見した。どうやら車の鍵を探しているらしい。鞄の中を探しまわっている。
 無防備な背中。俺はその女に一瞬で近づき、軽く首を捻ってやった。
 ポキッという音と共に力を失った体が地面に倒れた。首が人間では考えられない方向に曲がってる。目は見開かれ、だらしなく開かれた口からは唾液がこぼれている。本当にもろいな、この世には心臓を抉り出されても死なない奴もいるというのに。
 車のドアを無理にこじ開け、獲物が落とした持ち物を全て中に入れた。これは少しでも発見を遅らせようとする工作だ。
 女の襟首を持って、俺は公園にやってきた。ここが安全というわけではない。むしろ危険であるというのに、俺は来てしまった。何故なのかはわからない。もしかしたら秋月がここで食事をしていたのと同じ理由かもしれない。
 噴水の前、最も目立つ場所で俺は食事を開始した。腕、足、胴体、内臓、そして最後に頭。それらを全て骨ごと口の中にいれ、飲みこむ。あたりは真っ赤に染まり、まるでいつかの風景がそこだけ蘇ったかのようだ。
 俺はそれからも、ここを通る人間を次々と食していった。最初は女の方がいいと感じていたのだが、そのうち性別などどっちでもよくなり、ほぼ無差別に襲っていった。
 公園は前の人食いがしたような光景になっていた。砂は血液によって赤黒い土となり、噴水はペンキを溢したかのように真っ赤になっていた。
「霧斗さん。いったいなにがあったんです!」
 震えた女の声が俺の耳に入った。それは聞き覚えのあるものだった。
 我慢した苦労もむなしく、早くもこの二人に見つかってしまった。
 俺はすぐに声のしたほうを向く。そこは公園の入り口だった。そこに二つの人影があった。一人は白い着物、もう一人は黒い着物。両者はまるで歩く武器庫を思わせるほどの重火器を装着している。
「僕らには君がどれくらい苦しいのかはわからないけど、ならないでほしいとは望んでいたんだよ」
 男の声も震えている。
 邪魔な奴らが来たな。仕方が無いから町に身を隠すとするか。
 逃げるために俺は地面を蹴ろうとした。だが、その時にはすでに足がなくなっていた。遠くのほうで煙を上げた大きな重火器が見える。彼女のせいか。いつ考えても恐ろしいほどの腕前だ。
 瞬時に元に戻った右足。だが、本調子ではないらしく、あまり力が入らない。
 真後ろに気配があった。前のパターンではきっと冬雲が後ろにいるのだろう。
 力いっぱい前にジャンプし、俺の元々いた場所を見てみる。そこには予想通り彼が立っていたが、ナイフも銃も構えることなく本当に立っているだけだった。あの男はなにを考えているんだ。今は命のやり取りをしているんだぞ。
 勢いがありすぎて、靴は地面を滑る。
 後ろにはまたも気配があった。まだ態勢が整っていない俺は避けることができない。勢いが完全に無くならないうちに反対を向き、男の心臓に手刀をつきたてた。一撃で確実に相手の急所を貫いた。
 彼の胸と口から出た血、俺の顔を真っ赤に染めた。
 なぜか、男の顔は笑っている。
「今の君ならまだ戻ることができる」
 冬雲は俺の腕を取った。物凄い力で彼の方に寄せられていく。胸部に刺した腕を抜くことができない。心臓を突き刺された状態でよく普通に話せるな。
「貴方は確かに多くの人間を殺めてしまいました。しかし、まだ戻れる。いえ、私達は戻ってきてほしいんです」
 巨大な銃を背負い、夏森はこっちに向かって歩いてきた。その顔には涙が浮かんでいた。いつもの彼女からは想像もできない。
「さぁ、目を覚ますんだ霧斗君。また、僕達と一緒に暮らそうよ」
「私は、今まで生きてきた中でこの数日間が一番楽しかったです。この体になって初めて冬雲様以外の方と話しました」
 彼女は、冬雲を刺しているほうとは逆の腕を握る。こっちはやさしく、まるで包み込むような感じだった。
「元に戻ってくれ、霧斗くん!」
「元に戻ってください、霧斗さん!」
 二人のその言葉でやっと目が覚めた。
 俺は今までいったいなにをしていたんだ。人を殺し、その肉を食らって、終いには俺のことをこんなに言ってくれているこの二人を傷つけてしまった。
 冬雲に刺さっている自分の右手をゆっくりと引き抜いた。もう、冬雲は力を入れていなかったのでそれは簡単に動いた。
「すまない二人とも、俺はいったいなにをしていたのだろうか」
 夏森、冬雲、そして多くの人間の血が付着した自分の手を見ていると、その手に涙がこぼれた。
 そうだ、俺はあの声と欲に負けて人を襲ってしまった。人食いとして目覚めてしまった。
 俺が正気を取り戻したとわかったのだろう。二人の顔に笑顔が戻った。
「よかった。元に戻ったんだね」
 彼の胸の傷はすでに消えていた。
「それじゃあ、帰りましょうか」
 夏森はまだ涙を流しながら笑顔でそういった。
 だが、よし帰ろうというわけにはいかない。今は一時的に元に戻っているだけなのだが、いつまたこうなってもおかしくは無い。もう、この町にも、この二人にも迷惑をかけるわけにはいかない。
 すばやく冬雲の腰に装備されていたナイフを取ると、二人から離れた。どうやら正気に戻っても身体的能力は変わらないようだ。一瞬にして彼等との距離を空ける。
「なにをするんですか、霧斗さん?」
「来るな!!」
 こっちに来ようとする二人に止まるように指示する。
「二人の言ってくれたことはとてもうれしかった。こんな俺を見ても一緒に暮らそうって言ってくれてとてもうれしかった。だが、やはりそれはできない!」
「そんなことないよ。僕達は君の事を二度と目覚めさせたりはしない」
「確かに、二人なら俺のことを抑えていてくれるかもしれない。できればこのままの生活を続けたい!」
 俺はさらに言葉を続ける。
「でも、俺は数十人の人間、お前達二人、そして秋月までもを殺してしまった。そんなに重い罪を背負って生きていくなんて俺には到底できない」
 ここまで俺のことを支えてくれていた彼らを俺は傷つけてしまった。今までどうりに接することなんてできない。やはり、俺のほうが遠慮がちになってしまう。
 そして、愛すべき女すらもこの手で……。
 左手は強く拳を握りすぎて爪が皮膚に食い込む。そこからは血が流れ出て、渇いて真っ黒になっている血の地面の上に落ちた。
「ダメです、やめてください!」
 夏森が俺の命令を無視してナイフを持っている手を押さえた。そして、いつの間にか冬雲までもが近づいており、反対側の腕を拘束された。
「お前らこそやめろ。止めるんじゃない!」
「君こそ馬鹿なマネはやめるんだ!」
「うるさい。いいから放せ!」
「そういうわけにはいきません」
「お前達には今まで大変な苦労をさせてきたな。これが本当に最後の仕事だ。これから二人は自由。俺が死んだ後、あの屋敷は燃やしてくれてもかまわない。あんまりないかもしれないが、家のものも好きなようにしてくれ」
 そういうと、二人の腕を切り取り、強引に引き剥がした。すまないな二人とも。これで俺が危害を加えるのは最後だ。
「やめてください、霧斗さん」
「やめるんだ霧斗君」
 できれば俺もそうしたい。だが、やはりそういうわけにはいかない。
 あの時、自分がもう戻れないと悟った時に自分から死んでいればこんなことにはならなかった。あの時にその決断ができればこんなに犠牲者を出すことも、二人を傷つけることもなかった。どんなにきれいなことを考えていても、自分がかわいかったのだ。他人を傷つけてでも俺は生きていたかったのだ。
 だが、決心がついた。いや、もうそうしなければならないんだ。
「俺はただ単に今までを生きてきた。でも、この数日間は俺も生きていて意味があるんだなと思ったよ」
 涙で二人の顔が歪んで見える。
 空には満月が浮かんでいた。この場所はそれほど光が強くは無いので星がちらほらと見える。きれいな空だ。俺のような奴が死ぬのにはもったいないほどのきれいさだ。
 夏森も冬雲もすでに腕は再生し終えている。だが、もう止めようとはしない。俺の考えをわかってくれたようだ。ただ泣きながら俺の行く末を見守っている。
「ありがとう、二人とも。俺も楽しかったよ。じゃあな」
 ナイフを両手で持つと、それを心臓のある位置に持っていった。月明かりによって刃が鈍く光る。
 そして、それを勢いよく心臓に突き刺した。先ほどの銃による攻撃の時とは違って物凄い痛みが体中を走った。
 だんだん視界が霞んでいく。
 そんな中、俺が最後に見たのは涙を流しながら笑う二人の姿だった。

 俺は今日も目を覚ました。
 部屋はいつもとなんら変わりは無い。毎日のように夏森が掃除をしにきてくれているからかな。
 窓から入ってくる風がシーツを揺らす。あの日、俺があの二人と戦った日の昼間もこんな青々とした空だったな。
 不思議だ。この体になって食欲、性欲はなくなったのだが、睡眠欲だけは残っている。人生、わけのわからないことばかりだったんだな。
 あれから、俺の中からの声は聞こえない。今思えば、あれは俺が自分の欲を肯定するために作り出した幻想の声だったのかもしれない。だとしたら、人食いでなくなった俺には聞こえるはずが無い。
 あの夜、公園に行ったのも心のどこかで二人に見つかって殺されたいと考えていたのかもしれない。あんな精神状態で、よくもまぁそんなことを考えていたものだな。さすが俺だな。
 部屋のドアがノックされた。
「入りますよ、霧斗さん」
 俺が返事をすることなく彼女は入ってきた。あれからけっこう年月が経っているというのにまだこのようにして入ってくる。
 俺のことは完全に無視しながら掃除を済ませると、すぐに出て行ってしまう。
 今の俺の姿は誰にも確認することができない。たとえ、秋月の精神体を見ることができたあの二人でさえも見ることができない。
 俺はあの時間違いなく死んだ。人食いは人食いでしか殺せないというのなら、人食いである自分を殺すことができるということだ。 
 だが、世の中には不思議なことがあるものだ。精神体というのは本体がないと存在することはできない。だが、俺はこうしてここにいる。誰にも確認されることもなく、誰にも見られることもないが、存在しているのだ。まさか、幽霊という奴なのか……。まさか、本当にテレビのようになっちまうものだな。
 違うといえば、この体になっても空を飛ぶことができない。やはり、テレビなんかは全て妄想が作り出したものなんだな。まぁ、本当のことなんて誰もわからないか。
 やはり少し迷いながらも食堂に向かった。そこではあの二人は食事をしていた。
「あの日からちょうど十年目か……」
 全く老いというものがみられない。俺が死んだ日とまったくかわらない。むしろ、夏森は感情が表に出てくるようになって若くなったようにも見える。前までは、無表情のせいでちょっと年上に見えていたからな。やはり、とても百歳を超えているとは思えない。きっと、俺も生きていたらかわらなかったんだろうな。
「霧斗さんが死んでから早いものですね」
 まったく。俺が死んだら二人は自由だって言ったはずなのに、いつまでたっても出て行こうとはしない。しなくていい事はするくせに、聞いてほしいことはしないからな、この二人は……。
 この家とは違って町は大きく変化した。秋月の時と同じように俺が殺した人達も全て隠蔽してくれた。まぁ、数日の間に百人近くの人間が消えたとあれば普通なら逃げ出してしまう。だが、それは小さな村などの話だ。ここまで大きく発展した都市ならそんなことも無く、今までと同じように生活している。
 変わったのは町並みだ。十年前とは違ってこの屋敷の周りにも家が立ち並びだした。高層ビルが多い中、この屋敷だけがういている。
「ねぇ、今日はひさしぶりにどこかに行かないか?」
「そうですね。たまには町に出てみるのもいいでしょう」
 近頃この家には親父の元会社からいろいろと物資が送られている。それらのほとんどは食料やなんかなので、二人が外に出ることはほとんど無い。
 彼女の表情は前よりも堅さが無くなり、自然に笑うことができるようになっている。後は、あのしゃべり方さえ何とかなれば彼女も普通の女の子なんだけどな。
 俺はいったいどうやったらあの世に行くことができるのかわからない。だが、それが心配になることはない。少なくとも、あの二人が死ぬまではその必要は無い。俺には見守る義務がある。あの二人をあんな体にしてしまった春道家の当主として、最後の仕事を果たさなければならない。
 彼らは食事を終えると、出かけるための準備をする。冬雲は外に行くにも関らずボサボサ頭に白衣を着ている。おいおい、その服だったら戦闘用のあの黒い着物の方がまだマシだと思うぞ。この十年間、全くそれは変わらない。
 だが、それとは正反対に夏森は俺が生きていた時にはみられなかったような服を着ている。上は真っ白な薄物で、膝と同じ長さのスカートをはいている。
 この二人が街中を歩いてたら、真っ白じゃないのか?
「洋子、行くよぉ」
「良太様。もう少し髪を整えたらどうですか?」
「いいじゃないか、街に行くだけだろ?」
 お前はいったい、どういうときに髪を整えるんだ……?
 あの日以来、彼女は冬雲のことを良太と呼ぶようになった。冬雲は夏森のことをちゃん付けしなくなった。これは、新しい気持ちでこれからの生活を始めようという心の表れだ。
「それでは霧斗さん、いってきます」
「それじゃあ霧斗くん、いってくるよ」
 この二人は、もしも俺がここにいなかったらどうするきなんだ。誰にも聞かれることが無いんだぞ、その言葉……。俺の名前をいちいち言わなくていいって。
 彼女達が出ていった後は誰の声も聞こえることが無い。静寂だけがこの屋敷を支配する。周りにはいろいろマンションが並んでいるが、どういうことか道だけはあまりできていないので車が通る音すら聞こえない。 
 何もすることはないが、今日も長い一日が始まろうとしていた。 
 
 
 

 
2005/05/10(Tue)19:12:06 公開 / 上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは〜。ついに最終回を迎えて感激している上下です。
うれしいのなんのって、うれしいですよ。しかも凄く。これもどれも読んでくださったみなさまのおかげです。

え〜、次回からは今までのものの修正版をだしたいと思います。そのときはまた、読んでくださるとうれしいです。
それでは、またいつか会いましょう
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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