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『御話しましょ』 作者:リュウ / 未分類
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>記念すべき来客者の訪れに


 あら、いらっしゃいませ。
 ……ふふ、怖がらないで。此方へいらっしゃいな。
 さあドアを閉めて。そう、そして此処の椅子に腰掛けて。……大丈夫、古いけど造りはしっかりしてるから。座った途端ペシャリなんて事は無いわ。

 先ず最初に、貴方に伝えておかなければならない事があるの。
 実は、ね。
 貴方が、この『家』に来た一億人目のお客さんなのよ。
 ……其れが何か、って顔をしてるわね。ノリが悪いなあ。一億人目よ? い、ち、お、く、に、ん、め。解る?

 ということで、何かプレゼントを用意しなきゃね。
 え? プレゼントは事前に用意して置くものだって? まあいいじゃない。そんな事一々気にしてたら、頭からタンポポが生えてきちゃうわ。
 プレゼントねえ……プレゼント、一億人目のお客さんに相応しいプレゼント……そうだ。
 決まったわ。貴方へのプレゼント。

「この『家』への二週間滞在許可。……よし、最高ね。」

 そうと決まれば手続きを取らなきゃ。ほら、もっと喜んで。笑顔えがお。
 ここに二週間も居れるなんて幸せね。
 何せ此処は―――そして私は―――




>輝く青と茂る緑についての談議


「海は嫌いなのよ、私。」
「何でですか。」
「何で、って……そう言えば、何でだろう。」
「聞かれても。」
 なんでだろうなんでだろう、と真剣に頭を抱え悩みこむリエに、僕は噴出しそうになるのを必死で堪えた。そんな事をした日には、にっこり笑顔で脳天チョプが降ってくる事間違いなしだ。
 そこまで考えて、この環境に早くも馴染みつつある自分に驚く。
「もしかしたら、海は眩しいから嫌なのかも知れないわね。」
 ―――僕がこの『家』に二週間滞在する事(羽目?)になって、今日で3日目。
 今僕の隣で腰掛けたソファに体を埋め、ウンウン唸っている女の人……つまりリエ、の唐突な行動と脈絡の無い会話にも大分ついていけるようになった。
 今回は例外として。 
「大体何で行き成り海の話になったんです。」
「何と無く、話題が欲しかったの。」
「は?」
 話題よわ、だ、い。その口振りに馬鹿にされた様な感想を持った僕は、ムッとして「話題ですか?」とそのまんまを聞き返した。
「だって貴方、ずっと壁を見てるだけだったから。」
「僕が? そんなにボーッとしてました?」
「それはもう。」
 大きく頷いたリエに、僕はちょっと微笑む。
「要するに、相手して欲しかったんですか。」
「そんな感じね。」
 この人は何時もこんな調子だ。そして僕はその調子に何時も踊らされている。

 ―――ちりちりちりん。

 其の時、おもむろに『家』のドアが薄く開かれた。
 外の酷く明るい光が、ほの暗い室内に細い線を引く。
 そのドアは人一人入れる位の大きさまで開けられ、ピタリ、と止まった。
 昨日と同じ、光景。
「あら、いらっしゃいませ。」
 昨日と、否、僕が此処へ来た時と、全く同じ呼びかけの言葉。
 それでもその声に事務的な硬さは無く、どこまでもどこまでも甘い、柔らかいこえ。例えるなら、母親の温もりを持った其れ。
「……ふふ、怖がらないで。此方にいらっしゃいな。」
 そして人は声につられ、誘われるように僕等の目の前に姿を晒す。
 ―――お客さん、だ。今日で10人目の。
「ほらほら、貴方は退いて。お客さんが座るんだから。」
 酷い、と文句を垂れながら僕は向かいの方のソファに移動した。必然的にリエと向き合う形になる。
 お客さんは戸惑いを隠せない表情で、でも警戒はしていない瞳で、リエの招く手に呼び寄せられソファに腰を下ろした。
「……私、ユウ。……そう、ユウって呼ばれてました。」
 そう呟いたお客さん―――薄茶色の長い髪の毛が印象的な、僕と同年代くらいの少女は、何かを確認するようにユウ、ユウ、とその名詞を重ねる。
 何かの呪文さながらに。
「ユウ、分かったわ。ユウちゃんで、いいわね。」
 問いでは無く、同意を求める口調で、リエは微笑む。少女―――ユウちゃんは、微かに目元を緩ませて笑い返した。
 まだ幼さの残る、でも綺麗な笑みだった。
「私はリエ。この『家』の主よ。」
 よろしく、と差し出されたリエの手が、ユウちゃんの華奢な手を掴む。半ば強引な握手の様な気もするけど、ユウちゃんは今度はハッキリと笑った。
 何と無く蚊帳の外に放り出された気がして、僕は慌ててしゃしゃり出る。
「ぼ、僕はシュウ。14歳、AB型。よろしくっ。」
 言い終え一息ついてから、僕は失言に気づき咄嗟に口を押さえた。年齢はともかく血液型なんて、苦笑交じりに僕を見つめるリエの蒼い瞳が、そう語っている。
「……私も14歳、でもO型なの。こちらこそ、よろしく。」
 笑いながらユウちゃんの差し出した手が、白けかかっていた場を何とか繕ってくれた。
 ―――ほの暗いこの部屋には、窓が無い。
 ただ、高い天井に電球がぽつんとひとつ、吊り下げられているだけだ。
 その中でも、ユウちゃんの紅く煌く瞳の色は見て取れた。
 前のお客さんにも、その前のお客さんにも宿っていたこの煌き。
 これは、「さて、何を話しましょうか?」
「……」
 僕の思考はリエの高い声で遮られる。全く、この人は。
「あの、」
「何かしら? ユウちゃん」
 リエがユウちゃんの顔を覗き込み、問う。ユウちゃんは視線を逸らして良いものかどうか図りかねている様で、行き場を無くした指が心許無く彷徨っていた。
「……私、死んだんですよ、ね?」
 窓の無い部屋の空気が、寒くも無いのに凍りつく。
 ぴしぴし、
 ぴしぴし。
「……そうね。この『家』に訪れてきた、という事は。」
 多分、貴方は死んでしまったのね。
 冷えた空気に、言葉に成らなかった其れを含ませて、リエは告げた。
「……そうですよね。」
 諦めでは無い、絶望では無い、でも、受け容れた訳でも無い。
 そんな声音で、ユウちゃんは小さく口を動かした。
 冷気で、凍えてしまいそうだ。
「そうだ。……ユウちゃんは海と山、どっちが好きですか?」
 何とか話題を変えようと、僕は先程のリエの発言を思い出して、言葉を投げかける。
 しんと冷えた部屋に僕の声が響いて、ぱしり、と冷気にひびが入るのを感じた。
「え、……山、かな。」
「ほうら、やっぱり。私も山派よ。」
「……何で貴方がそんなに得意げなんですか。」
「多数決ね。海派はシュウひとり。山派は私と、ユウちゃん。山の勝ち。」
 クスクス、とリエは笑った。実に可笑しそうに楽しそうに。
 もしかしたら、喜んでいるのかも知れない。
 女の子の来訪なんて、久しいものだったから。
 ―――それは、喜ぶべきものでは無「シュウは何で、海が好きなの?」
 ……また遮られた。
「何で、って。というか、別に僕は海が好きな訳じゃ無いんですけど。」
「あ、そう。中立国なのね。」
「話が変な方向に向かってますよ。中立は兎も角、国は無いでしょう。」
「じゃあ、中立人?」
「喧嘩売ってるんですか。」
 漫才の様な僕等の会話に、ユウちゃんはくっくっと喉を鳴らして笑う。薄茶の髪を揺らして、細い肩を揺らして、わらう。
「……私、山に住んでたんです。」
 ぽつり、と独白の様に転がった言葉に、僕とリエはすっと口を閉じた。乗り出しかけていた身を再びソファに預け、ユウちゃんを視界の端に入れるに留めて。
 ユウちゃんの独白を邪魔しない様に。慎重に。
「先住民?」
「え?」
「……リエ、言葉の言い回しっていうものを覚えた方が良いですよ。」
「そう? 勉強しておくわ。」
 ユウちゃんは何事も無かったように目を閉じたリエに、困った様な視線を投げかけようとして、止めた。
 僕も其の方が良いと思う。うん。
「……田舎でした。すごく、田舎でした。田んぼがあったんです。家でお米作ってました。お店に売るんじゃなくて、私達が食べるんです。」
 ほかほかと湯気を出す白いご飯を思い浮かべて、そういえばお腹が空いたなあと僕は思う。
 太陽の光さえ分からなくなってしまうこの『家』の中で、外界と繋がるドアの向こうを見やった。
 今、外は晴れているんだろうか。
 そういえば自分は、本当にあのドアからこの『家』に入って来たのだろうか。
 思い出せ無「ええ。お米はおいしいものね。私も好きよ、とても。」
 ……僕は心の中で、盛大な溜息をひとつ、ついた。
「おいしかったんです。すごく。おいしかったんです。楽しかったんです。田舎でも、田舎だから。学校も、楽しかったんです。」
 ぜんぶ、楽しかったんです。すごく。
 繋がれていない言葉が連なり、漣の様に僕等に跳ねる。
 束の間、無音が部屋を泳いでいた。
 まるで何かの整理をつける如く。
 息をすぅと吸って、ユウちゃんは、
「白いご飯。ほかほかの布団。あおい、空。夕暮れ、とか。」
 詠う様に。
「おばあちゃん、おじいちゃん、母さん、父さん、姉さん、サヨ、―――あ、妹です。」
 言葉が踊る。
「ふっるい、校舎。壊れてた屋上のドア。薬品臭い保健室。木のにおいがする教室。」
 魂が、
「方言丸出しの友達。近所の犬。黒い野良猫。無駄に高くたかく生えてた竹の林、」
 ―――宿っていく。
 ふ、とリエが閉じていた瞼を開けた。澄んだ青空の瞳が真っ直ぐに僕を射る。僕も、射返す。
「……とか。」
 詩が終わる。ちかちかと、電球が遠慮したように瞬いた。
 何に? ユウちゃんに。違う、この詩が終焉を迎える事に。
「山が好きなんです。」
 故郷が好きなんです。
「だいすきなんです。」
 とてもとても。
 鋭い刃の様なリエの視線が僕から離れ、けれどユウちゃんに向けられる事も無く。蒼が揺れ、泳ぐ。
 何を戸惑っている?
 何を恐れている?
 貴方の役目は、これで終わり。
「……ユウちゃん。」
「……はい。」
 リエは緩慢な動作でドアを指差した。ユウちゃんが、また僕が、この『家』に訪れる全てがくぐる其れ。
 そのドアがリエの指の動きに合わせて、やはり緩やかに、開かれる。
 開いてゆく。 
「―――あの、」
「ユウちゃん。」
 先程よりはきっぱりと。けれども未だ揺れる目で。
 リエは、ユウちゃんを見据える。
「また、『御話しましょ』」
 ぱ、とドアが全快になった。その向こうを、僕は見ようとして、顔を伏せる。
 眩し過ぎて、何も見えない。僕には、見えない。
 部屋が一際明るい懐中電灯で照らされた感じだった。きらきら、光が壁に反射して零れ落ちる。これは、太陽の光なのか。これが、太陽の光なのか。
「はい。」
 先程よりは決然と。けれども未だ怯えた声で。
 ユウちゃんは、ドアを見据える。
「ユウちゃん、……またね。」
 僕だけがひとり置いていかれそうで、早口に別れを告げた。もう会う事の無い『またね』。
 ユウちゃんは微笑んでこくりと頷いただけで、それからソファを立ちドアをくぐり抜けるまで、何も言わなかった。
 なにもいわなかった。
 ただ、光に照らされたユウちゃんの横顔を見た。先程よりは決然と。けれども未だ怯えた瞳が。
 微かに、濡れているのを見た。
「……まぶしい、」
「そう。」
「眩しい。閉めてくれませんか。」
「ええ。」
 リエの指が宙をなぞる。ドアは古そうな割に音も無くぱたりと閉まった。
「……山が、好きなの。」
「さっきも言ってました。」
「何でかしらね。」
「さっきも悩んでました。」
「そう。」
 ちりちりちりん。閉まった反動で鈴が小さく鳴り、響いた。
「……海が眩しすぎるからじゃ無いですか。」
「そうかも知れないわね。」
2005/05/03(Tue)21:17:43 公開 / リュウ
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■作者からのメッセージ
はじめましてのリュウと申します。
『御話しましょ』、読んで下さってありがとうございます。一応短編として書いていたんですが、意味不明過ぎるので、多分続くと思いま……す……。(汗
日本語が心底好きです。綺麗に使えるようになりたいです。
こんな初心者ですが、感想批評ありましたらバシバシお願いします!
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