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『I am SEAL’s soldier [〜■24]』 作者:貴志川 / アクション アクション
全角28656.5文字
容量57313 bytes
原稿用紙約89.2枚



 ヘリはゆっくりと、オレンジ色の世界の中を飛んでいた。今までの死線をかい潜る、瞬間瞬間に『死』を覗き込みながら走り抜けるような時間すべてが、ただの作られた映画だったとでも言えば納得が行くのだろうか。そんな感傷に浸れる程の穏やかな時間が流れていた。
 ヘリに乗る男達は一言も口を開かなかった。彼等は、あるいは戦い続けていた時間を、あるいは覗きこんだ『死』を、あるいは……傾いた夕日によって影になって見えない、しかししっかりとつむられた目の奥でそれを、それらを描いていた。
 男達の中ので一人、ジョンは自分の肩を握りしめ、そこから垂れ流される血を止めようとしていた。しかしそれは徒労に終わり、血は止まる気配を見せない。このまま流れ続けていたら、まともに生きてはいないだろう。
「…………」
 しかし彼の頭の中には死の恐怖などなかった。いったい、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。本土で言われるがままに訓練をし、言われるがままに輸送機に乗り、言われるがままに銃をとり、言われるがままに……殺した。
 どこで間違っていたのだろう?
 殺した時? 銃を握った時? 輸送機に乗った時? 訓練をしていた時?
 それとも、『兵士』になった時なのだろうか。
 彼の心は迷っていた。
 視線を動かす。
 エイバーがいた。それは死体でしかなかったが、ジョンにはある種の確信をもってそれがエイバーに見えていた。
 エイバーをヘリに乗せたときのジェームズの言葉が頭を離れない。
「待て、待て待て待て。なんだ、その『棒』は」
 事実、それは見る者にとってはただの二本の布つきの『棒』でしかなかっただろう。そしてさらによく見ればそれは『棒』なんて曖昧な代物ではなく、人間の体を構成する内の脚部。……つまりちぎれ飛んだ体から残った『足』であるとわかっただろう。
 だからジョンははっきりとした口調でジェームズにいった。
「エイバーだよ」

 エイバーの隣にはマーチンが倒れていた。開いたままだった瞳はジョンによって閉じられている。
 しかし穿たれた肺の穴は閉じられることはなく、生々しく放射状に広がる血の跡。その中心には穴。血を必死に止めようとしたが、無駄だった。もし、俺が応急手当の仕方を知っていたら……考えても変わる事は無いのに、無意識の内に頭の中に潜り込んでいるその感覚。そしてあの時俺は
 ――あんなふうになるのは嫌だッ!
 体から走り抜ける『死』への恐怖心。言い訳にならないそれでマーチンを嫌悪の対象としたことに罪悪感にもにた暗い、沈澱のような感情が抱えきれないほどうずまいていた。
「ジョン」
 体を抱えて縮んでしまったジョンにマクがゆっくりと手をかけた。
「止血しよう……一人じゃ無理だ」
 ジョンは素直に頭を縦に振ろうとした
「(…………!?)」
 しかしその途中で頭の芯を握り締めらたような涙の本流が襲って来て、どうしようもなく奥歯を噛み締めた。
 顔を片手で覆ったり、奥歯に当たる頬を引っぱったり、拳をふとももにたたき付けたりして、しかしそのすべては完全に無視されて目からは涙が流れ出ていた。
「……ぐ……ぅ……ぅ」
 押し殺した声は聞こえないフリをして、マクは傷跡を押さえ込んだ。傷痕から流れでる血が止まるように、これ以上『死』に近づかないように、ゆっくりと重心をかけていく。
だが、傷跡が無くなることはないだろう。
 マクはまた顔を伏せた。
 低い鳴咽の声が耳につく。
 操縦旱を握るジェームズも
 開いたドアから足を投げ出したカールも
 銃を握り締めたまま黙るブライアンも
 操縦席の後ろによりかかったケントも
 黙ってその嗚咽を聞いていた。
 伏せた顔は恐怖や悲しみに支配などされてはいないことにマクは気づいていなかった。 ただ、数ある理由のうちでいったいジョンはなんのために泣いているのだろうと思っていた。いや、誰のため、なのかも知れないとも
 ジェームズは握った操縦桿に力を入れることは無かった。ただ、目前にせまったキャンプの駐機場を見つめながら、自分の戦いは終わったのか、と自問していた。数分前まで戦場に立っていた後部座席の彼らになんといえばいいのかわからなかった。彼は銃すら握っていないことを悔いていた。
 夕日がヘリを照らし、そしてその夕日によって照らされたカールの顔はなんの表情も浮かべていなかった。唯一、なぜ落ちるのは自分ではなかったのだろうと考えていた。
 銃を握り締めたブライアンには夕日は相変わらず当たらなかった。だから、考えていたことを中止することは無かった。すなわち、『今まで何をしていたのだろう』と。考えても考えてもそれは答えとして出てくることは無く、今まで当たり前のように感じていた『行動の理由』を模索していた。
 ケントは薄ぼんやりとしてきたそこで銃弾をもてあそんでいた。その行動に意味が無いことも知っていて、だからこそ彼は銃弾をもてあそんでいた。なぜかはわからないが、それをしていないと自分というものがどうにかなってしまうのだと思っていた。頭には自分の撃った弾丸で自分が地面に落下していく映像がフラッシュしていた。実際にはそれは先ほどまで戦っていた屋上での映像だが、彼の映像には民兵の顔が自分になっていて、そして彼はそうではない、アレは敵の顔なんだ。とまた銃弾をいじった。
『キロ23アンド24、スーパー64着陸する。』
 そうやって思考ばかりが頭を走り抜けていた彼らにはジェームズの無線の声なんて「音」としても認識しなかった。


 ヘリから降りた瞬間に救護兵と居残り組みの兵士に囲まれて、キャンプの中の救護室に放り込まれた。
「ジェームズ伍長だな、どこをやられた?」
 いきなりぶしつけに質問されても返す言葉が無い。そうこうしている間に軍医に服を剥ぎ取られ、体の各部を念入りに調べられた。そして体になんの異常も無いのを確認するとそいつは酷く怒った様子で
「忙しいんだ。見てわからないのか? よそに行け」
 とベットから俺を突き落として、隣のベットでうめく兵士に語りかけた。
「アルバーノ二等兵だな、どこをやられた」
 話しかけられた兵士はただ、体を動かすことができずうめくだけだ。汗が顔中にあふれ、眼球が飛び出すのかという勢いで軍医を見ていた。軍医は先ほどと同じように彼の意思など無視して服を脱がせていって、股間の横の太ももの銃創を見つけると無造作にその穴にガーゼを押さえつけて上から体重をかけた。
「んがああああああああーーー!!」
 その瞬間兵士は獣のような叫び声を上げて先ほどまでとは打って変わった動きで体を反射的にビクリと天井に跳ね上げた。俺は突然のことに体を緊張させて身を後ろに引く。
しかし後ろにあったベットに進路を立たれて立ち止まってしまう。そんな俺の前でまるでシュプラッタ映画のように血が、ボタボタと生々しい音をたててベットから垂れ流れた。
「動脈を直接圧迫して止血するんだ。体を抑えろ」
 軍医はすぐに回りにいるメディックたちに指示を出し、今度ははさみの様な……後で聞いた話だとそれは切るものではなく挟んで止血するものらしかった……ものを銃創の中に突っ込んだ。
「んぐゲあああああああああああーーー!!」
 そして次の瞬間には、それこそもう、獣のそれと細部の違いも無いだろうと思われるほどの叫び声が彼の咽の奥から響いた。兵士は口を限界まであけて、さらに目をひん剥き、天に自らの咆哮を響かせるように上半身を激しくベットの上を上下させる。あばれる彼をメディックたちは無理やり押さえつけて、軍医はさらに奥へとはさみを押し込んでいく。 そしてはさみが僅かに身動きするたびに兵士は叫び声を上げて痙攣する。目は内部の毛細血管が切れて真っ赤になり、口はさらにあけられて人間とは思えないほどだった。
 と、はさみが半分ほど埋まった瞬間、彼の体がバタリとベットに落ちた。
「――ッ、気絶した。起こせ、脈拍が下がるぞ」
 軍医の言葉に従ってメディックは奥から水を持ってきて気絶した兵士の顔にかけた。
「――ッ!! んぐがああああああああああーーーーー!!」
 さらに上がる咆哮。またもベットの上で彼はもだえ苦しみ始めた。
「殺せぇぇぇぇぇぇーー! 殺すんだッ! 殺してくれえええーー!!」
 声には何か液体状のものがこみあがっていた。直後に彼は口から血を吹き出した。その血がメディックたちに降りかかる。
 一瞬悲鳴を上げるメディックたちへ怒声が飛んだ。
「力を抜くなッ! こいつが死ぬぞ!」
「神よ! ああ、神様あああーーッ! なんで俺を……なんで俺を生んだんだッ! 死なせてくれッ! 死なせてクレエエエッ」
 さらに何度も、何度も体をベットに叩きつける。そしてそれを行うたびに血が回りに飛び散って、メディックたちに降りかかる。しかし今度はメディック達も手を離すことは無く、彼の体はさらに押さえ込まれた。それでも彼は体を動かそうと目を見開き、口を限りなく限界に近づけてひらき……
 俺は延々と続くその光景に耐え切れずに吐き気を覚え、体をなんとか反転させて逃げるようにその救護所の外へ出るために走り出した。
「ママッ……ママーーー!!」
「止めろぉぉッ! 助けてくれ! 死じまうぅぅぅぅーーー!」
「モルヒネを……頼む……!」
 初めて気づいたことだったが、振り返ってもそこには同じものがいくらもあった。どこもかしこも悲鳴と血で占められていて、どこにも逃げ場が無かった。まるで、そう、さっきまで自分達がいた『戦場』と変わらないことに気づき、体が僅かに震え始めていた。
 
 戦場とはそうか、こうなのか。戦いとはそうだ、こうなんだ。『死』や『痛み』と引き換えに何かを……俺にはそれがいったい何なのかわからないが……何かを得ることなんだ。俺達は、ここに倒れる彼らは、その『何か』のために銃弾をかすめて、殺して、殺されて、痛み、苦しみ、発狂したのか。
 それはいったい、なんために?
 戦争を起こした奴らが、戦争をしようと叫んだ本土の、国の奴らがここまでして得るものってなんなんだ? 平和か? 幸せか? 
 俺達の平和は? 俺達の幸せはどうなるんだ? なんで苦しまなくちゃいけない! 元は、お前達がッ! お前達が「戦おう」と言ったのに! 俺達は死んでッ! 狂ってッ! 殺してくれと叫びッ!
 いったい何のためにッ!!

 そこから出た後も体の震えは止まらなかった。俺は肩で息をして、震える体を自分の両手で覆うことで少しでもあっためようとした。でも、無駄だった。体の芯から直接にじみ出るそれは、体温なんて稚拙なものではあっためられるようなもではなかった。
 顔中から吹き出た冷や汗が、アゴを伝って地面にしみを作った。
「ジェームズ?」
 驚いたように出されたと思われるその声に、しかし俺は返事をしなかった。それどころではなかった。体の震えを抑えるので精一杯だった。
「ジェームズ、しっかりしろ。俺だ、ジョンだ」
 肩を掴まれても震えは収まらなかった。歯を食いしばり、何とかそいつの顔を見ようと目線を上へと必死に上げる。
 そしてそこにあったのは確かにジョンの顔で
「…………どうして泣いてるんだ」
 その動揺した顔で、初めて俺は自分の頬を伝う涙に気づいた。

■20

 救護室から聞こえる怒声と悲鳴から逃げるために、その場から離れたジェームズとジョンは、とにかく静かな方へと向かっていた。
 当然ジェームズの目に涙などなく、ジョンも泣いていることはなかった。そのかわり玉のような汗が浮かび、ジョンは痛々しく血の滲んだに包帯を肩に巻いていた。

「あー……なんだ」
 と、不意にジョンが言いにくそうに口を開いた。
「なんだ?」
「いや、何と言うか……ありがとうよ」
「……何が」
 少し彼は言い淀み、しかしすぐに顔を上げた。
「降下した時に……ヘリの中で安全に座り込んでるお前らにムカついてた」
 その言いようにジェームズはチラリとジョンを見た。彼は立ち止まり、ジェームズと目を合わせた。
「だから、助けに来てくれたことには感謝してる。お前らだけ逃げてもよかったのに」
「…………ああ」
 ジェームズはそのまま黙った。なんだ? 何かここで頷いてはいけない気がする。違和感がある。理由はわからないが、その感情に何と返せば良いのかもわわからず、やはり曖昧なままに頷いていた。
 そのままキャンプ中央部へとうろついていた時、異様に兵士達が集まっている一画を見つけた。そこは兵士たちのコミュニケーションなどに使われたりする広い区画で、最初にフィリップ達歩兵がここで装備を整えていた場所だ。
 そしてその中でも真ん中や、端にあるいくつかの机に兵士達が群がっていた。
 机にはハンディの無線機が置かれていて、そこから耳障りなノイズ音と共に怒声が響いて来る。
『C2! ハンビーとLAVがダウンだッ、横転したッ! どうすればいい!?』
 必死な怒声に、落ち着かせようとしているのかC2のゆっくり、はっきりとした声が重なる。
『……OKロル23、落ち着くんだ。本部からの中継を通す』
『C2! そんな余裕はない! 早く助けに行かないと』
『ロル23、落ち着くんだ』
 そこに今度は野太い声が重なった。別の兵士のようだ。
『おいッ 生きてるぞ、あそこだ。手が見えてる』
『マジだ……軍曹ッ! 自分が行きますッ! RPGをひきつけて』
 その瞬間頭の中が真っ白になった。その声に聞き覚えがあったからだ。先ほどのあやふやな怒りの感情のようなものではない。確実に、絶対に知っている声だ。
「フィリップ……?」
 そうだ、この微妙に少年のような声を、自分は生きてきて一人からしか聞いたことが無い。ましてやそれは元々同じチームの男、訓練や訓示を通して……拘束的で……絶対的な『友情』で結ばれた人間ならなおさらだ。
「なんだって? フィリップ?」
 フィリップとジョンは面識がある。同じ歩兵部隊だから当たり前だが、ジェームズほど知り合いという口でもない。程よく仲がよい。その程度の存在だったが。……確かに今の声は聞いたことがある。しっかりと頭の中で「だれだ」と認識することはできなかったが、フィリップといわれれば確かにそうかもしれない。
 「ロル23……戦犯者確保部隊……。海兵隊がレンジャーと同じ土台で戦えるかよ……」
 ジェームズは久しぶりに言葉らしい言葉を発した。一言も口をきかずに無線を囲む兵士達がジェームズを見た。そしてその血に汚れた迷彩服を見て一瞬息を詰まらせる。
「あんた……『ミクスド』で出た奴らか?」
 驚いた様子の、そのうちの一人がジェームズに話しかけた。ジェームズは黙ってうなずき、そして勧められた椅子に腰をかけた。
「あんたもか」
 ジョンに気づいた男が包帯を見ながらつぶやいく。ジョンはそれに肩をすくめて答えた。
「そうだ。もう帰ってきちまったがな。キロ24部隊で上から敵のど真ん中突っ込まされて」
 包帯に残る血の跡を叩いて。
「逃げるときにグレネード投げてな。そいつが一片だけ飛んできてグサリ。マヌケだろ?」
 ジョンは自嘲的に鼻で笑ったが、周りは誰も笑わなかった。深刻そうな顔をして彼の顔と、包帯に滲んだ血の跡を見つめる。
 しばらくして、先ほどの男が口を開いた。
「ショックかもしれないが今までの状況を教えてくれないか……俺達は無線くらいしかまともな情報が来ないんだ」
 ジョンはまた、笑った。今度は自嘲でもなんでもなくて、ただおかしいから笑った。
「そりゃ俺達も同じだぜ。無線片手に何叫んでも誰も助けに来ないし、おまけにアレはしろ、コレはしろ。混乱しなかったのが」
 一瞬逡巡して
「……とにかくまともに生きて帰られたのが不思議なくらいだ」
「それでも話は聞きたい。現場の状況がわからないんだ」
 男はなおも食い下がった。ジョンはジェームズを見たが、何も言わずに無線を聞いていた。
『バカ野朗ッ! 勝手に出ようとするんじゃ……』
『でもこのままじゃRPGで一発……』
『ロル23、撤退だ。目標の建物まで戻って態勢を……』
 そんな彼を周りの兵士達は奇異や、いたわりや、どうすればいいかわからない顔で見ていた。
「状況、か」
「そうだ、できる限りでいい……頼めるか?」
 一瞬、二人の男の顔が浮かんで消えた。彼らのことをどう話すべきか。ひどく鮮明すぎるその記憶が頭の奥から自然に引き出され、まるでその場にいるような錯覚が見えた。
 ヘリによって起こされる砂塵にまぎれる銃光、しかし決して隠れることはない銃声と怒号、さらに鼻につく……踏み入れてはならないと叫ぶ思考が起こすツンとした異臭のような感覚。そのすべてがリアルに再現されて、そして腕の中には
……マーチン?
 死んでいるのか。そう思った瞬間に彼の目が見開いて、ジョンはビクリと体を震わせた。
――生きてたのか!?
 声にならない、しかし口からははっきりとしゃべる感覚がある奇妙な言語で話しかけると、彼はまったく表情を変えずに……無表情と言うにはあまりにも『感情的すぎる』その表情で彼は口を開き、弱弱しくジョンに話しかけた。ジョンはその声を聞こうと必死になり、耳に神経を集中させ、そして

「大丈夫か?」
 先ほどの男が彼を覗き込んでいた。……どうやら瞬間的にぼうっとしていたらしい。頭を振った。なんだかよくわからないが、さきほどの『パニック障害』とは違うまた何かが彼の体を支配していたらしい。自分ごとながら、大丈夫だろうか。
「大丈夫だ……大丈夫。できる限りなら、話す。俺も話す」
 男は心配そうな顔をしていたが、「よし」とうなずくと、男は後ろにいた仲間に
「悪いがギルバードを呼んできてやってくれ」
 と話した後、ジョンに向き直った。そして会話を聞いていたらしい彼の周りにいた男たちが、無線機へ向けていた椅子をジョンへと向けた。
「頼む」
 それを開始しろ、という意味にとったジョンは自分に向かっているかなりの人数の兵士達の顔を見た。期待か、それとも絶望か、表情や目は口ほどに物を語ると言うらしいが、確かにそうだった。別に聞きたくもない感情を、実に雄弁に語ってくれる。
「……最初は俺達は主道の制圧に向かった。だけど敵が多すぎて」
「どれくらいだ?」
 椅子に座った兵士が聞いた。
「わからねえ。とにかくゾンビーどもみたいにいた。上から見たらまるで絨毯みたいだ。百人とか千人とかの問題じゃない。とにかく街一つを埋めるほどの多さだった」
「……それで」
「俺達は全部隊主道を包むように5ブロック下がった。距離的にはバラバラだったけど、物陰に隠れることが重用になるから」
「無線の通りだ」
 ぽそりと一人がつぶやく。
「だけど敵が多すぎて、制圧どころじゃなくなった。ジリケツまで追い込まれて、俺達以外の奴らは皆ヘリで撤退した。それから、そうこうしている内に第三部隊が突入してきて、混戦になった」
「お前達はどうしたんだ?」
「俺達は位置的に回収が一番最後になってた。ヘリは他の仲間を回収した後迎えにこようとしてたらしいけど、撃たれすぎてダメだったらしい」
 男が眉を寄せた。
「撃たれすぎた?」
「降下するまでにRPGとAKにやられたらしい。詳しく聞きたかったらジェームズに聞くんだな」
 男の視線がジェームズに向く。ジェームズは動じない。相変わらず無線に集中している。
「彼はパイロットなのか」
「そうだよ、もっと明るい奴で有名だったんだけどな」
「そうか……君たちは元々『本土』から来た兵士だったのか」
「そういうアンタは誰なんだ」
 男はおや、と不思議そうな顔をした。「そうか、まだこちらの話はしていなかったな」とつぶやくと、服の袖にある記章を見せるように腕をジョンの前に出した。それは赤い矢じりの中にグリップの大きな黒い短刀が縫いこまれていた。
「デルタか?」
「そうだ。俺はデルタのケリー少尉だ。よろしく。周りの奴らは居残り組みもいるがな」
「なんだって? 少尉?」
 ケリー少尉は右手を差し出した。ジョンは一瞬その肩書きに驚いて、手を出す前に敬礼しようとしたが、ケリー少尉にそれを止められた。素直に右腕を要求されて、おずおずと
ジョンは自分の左手をその手に重ねて、荒々しく振られた。
「俺達が来ていれば君たちにこんな苦しい思いをさせずには済んだ……新兵だったんだろ?」
「ああ……いや、そうであります、サー」
「本来ならもっと経験者を豊富にするはずなんだが、極秘作戦だかなんだかでな。大きく動けなかったらしい。だが、俺達が来れば大丈夫だ。もう実践は十分積んだ者ばかりだし……公式、非公式は問わないしな」
「非公式?」
 ジョンは首をかしげた。非公式? 俺達の作戦が、と言うことか? 初耳だ。というか今までの作戦は「カフジ掃討」作戦ではなかったのか、テレビ中継までされる作戦が非公式なのか?
 ケリーはうなずいた。
「そうだ、知らなかったのか? 今お前達が行ってきたのはカフジ掃討作戦を隠れみのにして、アメリカ独断で戦犯者を逮捕する任務だぞ。多国籍軍はカフジに行ってる。」
「なんだって? 俺達は聞いてないぞ」
「おそらく、教える必要がないと思ってたんだろう。聞いたところでチンプンカンプンか、恐怖を植えつけるだけだ。助けがないんだから…………不利になるばかりだろう?」
 そのもっともらしい意見にジョンは一瞬頭の中が真っ白になり、直後にもの凄い怒りの本流がこみあがってきた。なんだそれは、だったら何のためにか知ることもなく、仲間達は死んでいったというのか。エイバーも、マーチンも、自分達が何のために戦ったのかも知らされずに、『上』の奴らの勝手なご都合主義のために死んだって言うのか? 
「冗談じゃない……」
 ん? とケリーはジョンを見て、その顔が怒りに朱色に染まっていく様子になんともいえない感情に襲われた。おそらく彼の頭の中は、どす黒い感情に支配されているのだろう。初めての実践で感情が高ぶっているのもある。だが、そのどす黒い感情の中心にあるのは、『仲間』という人として存在していた者が、まるでただの駒であるかのように扱われて死んでいった事への怒りだろう。
 その気持ちがよくわかるのは、自分も兵士だからでもあるし、ベテランとして乗り越えてきた『仲間達の死』のおかげでもあった。
「……兵士って言うのは『効率』や『都合』で動かされる。感情や一時の感傷に流されれば、それは今度は『仲間の死』へと直結するからだ」
「…………」
「陳腐な言葉だが、覚えて置いて損は無い」
 と、ケリーの言葉にかぶさるように声が響いた。
「仲間を見捨てれるようにか?」
 ケリーとジョンがその声へと振り向くと、そこにはジェームズがいた。ジェームズは無線機から目を離さずに、まるで無線機に話しかけるかのようにつぶやいた。
「いざという時、命令を優先するのか? その言葉に従って、頼って。本当にそれで仲間が助かると思ってるのか?」
 ケリーはその目が酷く純粋なのに気づいた。ジョンのようにどす黒い感情が見えたりすることはなく、しかし奥にはそれ以上に扱い方がわからない感情があるかのような、そんな目だ。
「……思っている。軍はこの世で唯一、人間の命を『数』として比較して、価値を決めることができる区画だからだ」
「いいや、そんな都合のいいところじゃない」
 ジェームズはまた、言葉をかぶせた。
「少なくとも、あんたらの経験してきた戦いと俺達の戦いはまったくの別物だ。あんた達は一生経験することができない戦いだ。味方を救うための方法を聞いても、作戦を遂行するための命令が返ってくる。まるであそこで戦っている連中全員が『初心者』みたいだ。戦い方なんて、ないに等しい。なんと言ったって、ジョン達は一度、作戦本部から見捨てられてる」
 ジョンが驚いたように眉を寄せた。ケリーがそれに習う。
「見捨てられた? ……それだけ切羽詰ってたって事じゃないのか」
「そうかもな。切羽詰ってるから、『感情や一時の感傷に流されてはいけない』……だろ」
「…………」
 ケリーは黙った。なんと返せばいいのかわからなかったわけではない。ただ、戦場には戦場の、兵士には兵士の、それだけの理屈や自分の納得のさせ方があるからだ。たとえ自分の『それ』が彼に通じることがなかったとしても、それは哀れむものではない。怒るものでも、反抗するものでも。
「エイバーは!?」
 突然、キャンプの外から兵士が大声を上げて走ってきた。顔は悲壮にゆがみ、今にも倒れこむのではないかと思うほどだ。
「ギルバート一等兵。君たちと同じ歩兵隊だろ、知ってるよな。エイバーの友人だそうだ。君たちの部隊にエイバーがいたんじゃないか?」
 ジョンは一瞬体を震わせた。小さくではなく、一気に、そして僅かない間だけ、ブルッと。そんな彼の胸ぐらを、ギルバートは思いっきり掴んで、力任せに前後にがたがた動かした。
「頼む、教えてくれ。エイバーはどうしたんだ? 一緒にいたんだろう!?」
「…………」
「どうしたんだ!? アイツは俺のガキのころからのダチなんだッ! どこにいるんだ!? 知っているんだろう!?」
「エイバーは死んだ」
 ジョンは無表情な顔で、唐突に答えた。
 その唐突さに、ギルバートは一瞬ほうけた顔になって、え? と間の抜けた声で聞き返していた。
「エイバーは死んだ」
 ジョンは彼に繰り返した。
「エイバーは、俺と仲間たちを守るために体を敵にさらして……RPGを直接撃ちこまれて死んだ。今は、死体安置所だ」
 ジョンの言葉に、少しの間だけ固まっていたギルバートは、しかし次の瞬間には全身から
 力を抜いて、ジョンの胸ぐらからも手を離していた。
 どさり、とヒザをつき、目を何も見えていないかのように地面に落とす。それと同時に、彼は死体のようになんの声も、感情も告げないまま、動かなくなってしまった。
「…………クソ……なんで奴が……」
「ギルバート、行こう。死体安置室に行って本人かどうか確かめないと」
 彼はそのまま、仲間の兵士に連れられてキャンプから出て行った。
 後には、静かな、僅かに吹く風の音だけが残る。部屋の隅に垂れかけてあった、誰かの十字架のアクセサリーが、その風に揺れていた。


「俺達は、三十分後にでる」
 ケリーは言った。
「君たちは『戦場の兵士』となった。だから、これ以上背負い込んで、戦うこともない」
 ケリーは言った。
「俺達は三十分後に出る」
 そう、言ったのだ。
「もし、戦う気があるのなら、装備を整えてきてくれ」
 もしかしたらそれは、ジェームズが何度も肌に感じた、死神の言葉だったのかもしれなかった。
 

■21


 ジェームズはヘリの中にいた。

 光が消えて真っ暗になった操縦席で、遠くに見える街を臨んでいた。真っ黒だったヘリの整備はすでに終了しており、今にでも飛びたてる準備はできている。

 後ろを覗けば、今だこびりついたままの血や、転がったままの銃弾が見て取れるだろう。内部の洗浄まで行うことはできなかったらしい。時間的な問題、と言うよりは感覚的、そして状況的に、と言う問題だろう。飛ぶかどうかもわかりはしないヘリより、すぐにでも戦う準備のできているデルタのためのハンビー……といったところか。

「…………」

 この状況、どう考えても混乱しているとしか考えられなかった。

 いい加減な作戦に、貧弱な武装、使用した新兵、そして混乱したら必死になってデルタを呼び、今までの新兵達に頼ることなくデルタのために動き出す。
 まるで間近に迫ったテストに慌てる学生のようだ。いかにも、『稚拙』で『ガキ臭い』。どうなっているのか。


『冗談じゃない』

 ジョンは、マーチンの死体を前にしてつぶやいていた。

「また、あんなところへ? 地獄のほうがまだマシだ。マーチンや、エイバーが死んだのに」
「…………」
 遺体安置所で彼らはベットの上に横たわる死体の前に、椅子に座っていた。周りにも同じようにベッドで死体が転がっており、緑色のビニールの袋に包まれている。
「……マーチンは、肺をやられたんだ……たぶん、エイバーと同じように身を乗り出しすぎたんだと思う。敵が、異常なくらいいたから」
「…………」
 彼らの会話は会話として成立しておらず、ほとんどジョンが一方的にマーチンの死因を話しているだけだった。だが、それでもジョンはまったく違和感を感じることがないのか、話し続けている。
「しばらく悶えてて……何度か何か叫んでたけど、全然何言ってるかわからなかった。少したってから、やっと俺は止血することに気づいた。止血してる間もマーチンは何か言い続けていて、それを聞き取ろうとした時にはマーチンはもう死んでて……」
 次第に彼の話は文法が支離滅裂になっていたが、ジェームズは特にそれを指摘する風でもなく、ただ、黙って聞いていた。言いたいことがないわけではない。聞きたいことがないのでもない。聞くよりも、話の先を知りたいからだ、とジェームズは思っていた。
 ジョンのほうは、苦しそうにうめきながら言葉を発していた。まるで口からだす言葉の数々が、鋭いとげを持っていて吐き出すたびにのどの奥に痛みを伴うかのような、そんな表情だったのをジェームズは覚えている。
「よく、わからねえんだ……こんな顔してんだから、まだ生きてるとしか考えらんねえよ。エイバーだって、最初は死んだことがわからなかった。さっきまで口を効いていた奴が、ただの二本の足になってたんだから」
「…………」
 そのままジョンは黙り込んだ。ジョンはもう混乱したり、泣くことはなかったが、表情は崩れ切っていた。マーチンはいったい何を思って死んだのだろうか、苦しかったのだろうか、恐怖しかなかったのだろうか、血は、憎しみは――

 ジェームズも同じ様に黙っていた。だが、彼の心にあるのは全く別の感情で、ひいては彼の目線の先にあるのも全く違っていた。
 彼の視線の先にあるのは白い肌を持つ男ではなく、褐色の肌を持つ男。α―1でもっとも勇敢な男。
 ――エドワード……か
 彼自身はそれが幻覚だということを知っていたし、目の前にいるのがマーチンということには気付いていた。
 それでもそれがエドワードに見えてしょうがなかった。
 ゆっくりと手を伸ばし、顔に触れてみた。冷たい感触しかなく、肉の弾力がなくなっていた。押した場所がへこんだまま、元に戻らない。
「…………死んだのか」
「……え?」
「……死んだんだな、奴は……」


 なんとなく、訓練時代を思い出した。本土での話だ。
 入隊してすぐの頃。その頃俺達に『α―1』なんてごたいそうな名前は与えられてなく、全員ただの『プライベート(二等兵)』だった。俺達は並み居る『プライベート』達に混じった普通の兵士だった。
 ある日俺達は訓練で砂漠へと連れていかれた。それこそまさに海みたいにでかくて、遠くを見ても茶色い砂以外何もないような砂漠だ。
 与えられたのは一班一つの双眼鏡とコンパス、それに地図に、一人一つのレーションと水筒。信じられないことだが、一晩すごすのにそれだけの装備しか与えられなかった。昼間は四十度は超えて、夜はマイナスの温度へと表情を変えるこの世界でそれだけとは、イカれてるとしか思えなかった。
 俺達……この後には『α―1』と呼ばれることになる四人の合衆国兵士達は他の兵士達と同様、砂漠のど真ん中にヘリでほうり込まれて無線機でいつものように怒鳴られた。
『いいかッ! 協力して、ブリーフィング通りC地点へ向かうんだッ! わかってるなッ
! 無線で救援要請をする時は要請した奴が脱落することになるぞッ! 協力だぞッ! 忘れるなッ!』
 協力も何も。
 その訓練は仕組まれていた。
 考えればわかることだ。およそ生きては帰れる状況じゃない。C地点はスタート地点から二百キロ先。一日で歩ける距離じゃなく、さらに言うなら水が絶対的に足りなかった。
『ジェームズ……大丈夫か!?』
 結局四人の内で一番最初にねをあげたのは俺で、砂漠のど真ん中で倒れてしまった。俺はみんなへの申し訳なさと、自分が兵士として役立たずだということに打ちひしがれていた。酷く鼻の奥がツンとして、もしかしたらあの時俺は、泣きそうだったのかもしれない。
 ガキ臭い感情かもしれない。それでも俺は悔しかった。同じように入隊し、同じように訓練をしてきた奴等と同じ土台にたって、それでも俺はそこからたった一人、全員の足を引っ張りながら落ちたのだ。
『白豚野郎は口ばっかりでひ弱だから嫌だぜ』
 そんな俺にエドワードは、なんだかんだと文句を口にしながら自分の水を俺に分け与えてくれて、さらにフィリップも
『潮時だ……そろそろただ飯生活にも蹴り付けたかった頃だったしな』
 と水を俺に頭からかけてくれて、リチャードが無線を使った。もちろん俺はそれを止めようとしたが
『俺は別になりたくて兵士になったわけじゃない。エドワードが誘ったから仕方なくなったんだ』
 とあっさりと断られてしまった。
 それが優しさだったのか、ただの自己欺瞞だったのかはわからない。ただ、確実にいえることは、その訓練は絶対に全員で合格しようと誓った訓練で、そんな一言であきらめれるほど簡単な感情で構成されていたわけじゃなかったはずだ、ということだ。奴らだって、いや、奴らこそ悔しくてたまらなかったはずだ。この訓練を逃せば次に昇格するチャンスは全部なくなってしまうのだから。俺達はずっと役立たず、半端者の汚名を着せられたまま軍で生活することになるか、それとも『また』ゴミかすのように街をうろつくしかなくなるのだ。


 水をもらって俺が少し落ち着いた頃、ヘリは夕方、スタートから十二時間後に現れた。二百メートルほど先のヘリの後ろで、夕日が優しく、力強く黄昏れていて、綺麗だったのを覚えている。酷く、目に焼け付いているから。
『よぉし、競争にしようぜ』
 最初に行ったのはエドワードだった。
『ヘリに最後に着いた奴が救援要請したバカ、ひいては脱落者ってわけだ』
 調子者のフィリップがその案に乗り気になって
『ついでにそいつが倒れたって事にしよう』
 と笑顔で提唱した。それにやっぱりリチャードが噛み付いて
『いい加減な事言って殴られても知らないぞ』
『いいからいいから……んじゃ、俺先行するから』
『あッおいッ! 卑怯だぞ!』
 と言う訳で俺達は走りだしたわけだ。もちろん、俺が止めることなんかできなかった。それだけ奴らには勢いがあったし、それ以前に俺には罪悪感から奴らと口を利く気にはならなかった。水を分け与えてもらって、少し落ち着いただけに。もっと頑張れたじゃないか、と俺は俺自身に攻め立てられていた。
 汗で体に張り付く服。重い装備、砂漠の熱気は下がるどころか上がる一方で、まるで風呂の中に延々と浸かっているようだった。
『――ッ。……ハァ……ハァ……』
 熱い。
 ノドが焼けるように熱かった。
 呼吸が先行しすぎて上手く空気が掴めない。ひゅうひゅうと肺とノドが音を立てていた。
 だが、そんなことにはお構い無しで三人はエドワードを先頭に俺の前を走っていた。
 エドワードはまさに驚くほど速く走っていて、そのすぐ後ろをムキになってフィリップが追いかけている。そしてリチャードもその後ろを軽い調子で。
 未だに頭がぼんやりする俺は、息を切らしながらさらに後ろを走っていた。
『……ハァ……ハァ』
 最初にヘリについたのはエドワードだった。
『フーアーッ! 俺が一位だ!』
 坂になっていて奴の姿は見えなかったが、奴の喜ぶ声だけは聞こえた。
『うるせぇー! 順番なんて関係ないんだよ!』
『両方うるせぇよ……』
 続いてフィリップとリチャードの声。
 あぁ、やっぱり俺が最後かよ。と俺は上半身を垂らしながら坂を上り切った。
『……ハァ……ハァ……』
 違っていた。
 三人はヘリの前で立ち止まっていた。
『早くならべよ』
 エドワードが言い
『アチィ……早く日蔭にはいりてぇ』
 フィリップが一人ごち
『ていうか、絶対ジェームズが最後になるのわかってたろ』
 とチャールズが呆れていた。
『何してんだよ……』
 よくわからないうちにジェームズは三人に引っ張られてヘリの前に立たされた。
『いくぞ、せーーのッ』
 フィリップの合図と共に、俺たちはヘリに一斉に倒れ込んだ。俺は肩を掴まれてしょうがなくだったが
『…………』
 ヘリの床の冷たさが妙に心地よく、何とも言えない達成感があった。
『ああー面白かったッ!!』
 フィリップがでかい声で叫んだ。奴は体を仰向けに倒して、ヘリの天井を眺めていた。いや、もしかしたらその鉄の空の先、夕焼けに美しく映えた空を眺めていたのかもしれない。
『面白かった? 暑かったの間違いだろ?』
 リチャードはもう完全にやりきったという顔をしていて、なんとでもなれと体を放り出していた。エドワードも同じように笑って、寝転がっていた。
『よし、また今度来ようぜ』
 ヘリがそんなだれた俺たちを乗せて、ゆっくりと離陸し始めた頃。フィリップがうそぶいた口調で言って、服を引っ張った。
『今度は薄着でな』

 俺は床が冷たくて、気持ちよくて、気分がいいまま、いつの間にか笑っていた。ごめん、悪かった、そう言いながら笑った。人は不謹慎だとか、誠意がないというかもしれない。それでも、あのときの俺達にはそれで十分だった。
 妙に居心地がいい、そう思ったから、『α―1』の兵士になったのだ。


 結局、訓練は元から失敗するように仕組まれていたものだと知ったのはその次の日で、俺達は生き残ろうとする力と、結束力を評価されてSEALの訓練プログラムに参加が決定した。


「なにも間違ってなかったよな」
 そうだ。間違ってなかった。全部、よかった。間違った思い出なんかない。一人で最高の場所を目指すんじゃなくて、全員で目指したい場所へと俺達はむかったんだ。それは、正しくなかったかもしれないが、間違いなんかじゃなかったはずだ。


「ジェームズッ! 俺はいかねえぞッ!」
 死体安置室でジョンは俺に叫んだ。
「俺はもう二度と、あんな場所にはもどらねえッ!」
 俺はもうほとんどそこから出ようとしていて、ジョンとはかなり離れていたからそれを聞く気にはならなかった。最初からそんなことを期待してジョンに『戦場に戻る』と言ったわけではなかったから。俺はジョンには何の未練もなかった。ただ、ここにいて生きることも確かに間違った選択ではなかったから、俺は誘わなかったし、諭そうとも思わなかった。
「死ぬ気かよッ! デルタも来たし、もういいじゃねえかッ! 俺達はもう戻らなくていいんだよッ!」
「そうじゃねえだろッ!」
 それなのに俺はいつの間にか叫んでいた。俺はこのとき、『非情になりきれない男』を連想していた。自分はどこまでカッコ付けで、他人なんてものに縛られているのかと、相変わらず俺は俺自身に失望していた。
 それでも口は勝手に動いた。
「お前も軍人だから、だから『感情に任せて無駄なことはしない』のか!? それじゃあ俺たちは結局ただの『駒』じゃねえかッ! 俺たちには感情がある、思い出があるッ! なのにお前はそれを捨てて、投げ出して、ここで座り込むのかよ!?」
「…………ッ」
 ジョンはよくわからない顔をしていた。それはそうだろう、言った本人だって全然何を言ってるのか理解できていないんだから。
「…………俺は約束した。また、来ようって。だから俺は戻る。俺たちの約束を守るために俺ができることは、今はそれしかないから」
 それでも、口は動いていた。


 ヘリはもう、飛びたてる。
「ジェームズ、ジョンはこないよ」
 後ろには、先ほどからつらつらと現れていたキロ23の隊員達……マク、ブライアン、ケントが乗っていた。さらに先ほど死体安置室でエイバーの『二本の足』を確認していたギルバートとか言う兵士も。
 口を開いたのはマクで、彼の手には狙撃用のライフルが握られていた。
「…………別に奴を待っているわけじゃない」
「そうか? だったらもう出たほうがいい。グリーンラインは出てる」
 ブライアンの言葉に、ジェームズはしばらく黙ってから、操縦桿を握った。そうだ、期待なんかしてない。だから、ただ操縦桿を握って戦場に向かえばいいはずだ。
『…………キロ23、スーパー64、テイクオフ』
『OKスーパー64、グリーンライン。グリーンラインだ』
 ヘリのプロペラが駆動する。ゆっくりとその回転数は増していき、そしてそれはジェームズの思ったより早く上昇可能までの回転数に達した。
「……いくぞ。舌を噛み切るなよ」
 ヘリは地面からゆっくりと離れた。そしてそれとはまるで対照的に一気に空にその身を飛ばしていく。
 急流のように地面が流れ、そしてキャンプは見る見るうちに小さくなっていく。緑色のテントは闇にまぎれてその色を静かになくしていく。デルタの戦闘準備をしていたハンビーも、なにもかも。色を失った闇の中にまぎれていった。
 ヘリは戦場へと向う。


 間違ってなんか、ない。そうだ、間違ってなんか…………



■22


 手に持っていたコーヒーを机におくと、その黒い液体はキャンプの微振動を受けて小さな波紋をつくった。この振動は……? いや、この音は自分が歩兵隊だった頃に聞いたことがある。何度も。
「…………」
 ヘリか。どうやら最後の回収部隊が帰ってきたらしい。……たしかスーパー64とかいう部隊だった。無線機から察するに手酷くやられたようだ。しかしこれでやっと第二部隊全員が帰還したことになる。一段落着いた、といったところか。
 少将は小さくため息をつき、コーヒーを口に含んだ。先ほどからずっと敵に集中していたため、咽が渇ききっていた。そしてキャンプの中とはいえ、ここの温度も並ではなかった。汗が噴出して、画面を汚したり、それを拭いたりと下らないことに時間をかけることが多くなり、そしてその分焦りが大きくなる。考えばかりが先行して、どうにも冷静でいられない。
 だが、飲み物を飲むと、いくらか平静に戻ることができた。なんとか思考を戻し、現状況の問題点を思考する。
「……大尉、状況を説明できるか? 把握しきれている範囲でいい」
 やはり問題なのは作戦状況が上手く掴めないことか。極所的に作戦を指揮しているために全体の状況が読めないのだ。もっとも、それは自分だけの感覚ではないかもしれない。そう少将は思っていた。そしてその予想は大方当たっており、目を向けると、大尉は眉を寄せていた。
「すみません……状況を掴むのを忘れていました。地図にわかっていることを書き直します」
 大尉はもう一度、新しい白地図を広げた。
 真ん中の主道に、下から上へ青のペンを引いていく。その先の十字路を右に曲げて、直後に×を打った。
「第三部隊は何とか主道を抜けることに成功しましたが、目標へと続く十字路を右、つまり東へ曲がったところ、その内、ハンビー一台とLAV戦闘車一台が」
 十字路を曲がらず、直進の先にある健造物から赤い線を×印へ引いた。
「十字路を直進した先、鉄骨上の建造物からRPGの攻撃を受けて横転。救助許可要請を受けましたが、それは棄却して第三部隊はとりあえず目標の建物で第一部隊と合流させました」
「戦犯達はどうしてる? あれから動きは?」
「それなんですが……」
 大尉はまたペンを握り、今度は十字路を右に直進して、すぐのところにある目標の建物に丸を打った。そしてその向かいの建物の後ろの道から上へ……つまり北へと線を引いた。しかし二ブロック程進んだ所で丸を打つ。
「ここで停まっています」
「なぜだ? 囮か?」
「二時間前にこの車から男が出てきました……民兵達に突然統率が出たのも、おそらくその男が指揮をしているからではないかと。現場の兵士達からも同じ様な格好をした男の報告が」
 少将は小さく、短く溜息をついた。右手を額に置いて、首を左右に振る。
「どちらにせよ、車の中はもぬけの空か……」
「いえ、映像を確認してみましたが、一人以外の戦犯者達は揃っています」
第一、車は二台ありますし。と大尉は一人ごちながらペンで二つ丸を書いた。
「……何で逃げない?」
「わかりませんが、攻勢に出れているから、こちらをなめてかかっているのか……どちらにせよ、逮捕を優先しましょう。我々の首が飛びますよ」
 大尉はニヒルに少将を見て、そして自分でコーヒーを注ぎに抽出機へと向かった。……彼は酷くのんびりしている。兵士達には作戦を優先させているというのに。

 しばらく思考を作戦に傾けていた。
 ただ考えていても、それは予想でしかないため、結局はなんパターンもできるだけで最終的には予想外のことか、予想通りでも失敗する。そんなようなことが続いていた。
 どうするか。少将は机の上の白地図に指を走らせる。主道をぬけ……曲がったところを襲撃……救助できずに目標に撤退……現在は目標の建物で待機中……
 動かなくては何も起こらない。ただ、延々と戦闘が続いて兵士達が死んでいくだけだ。少将はふと、マウンドに一人立つピッチャーを思い浮かべた。それはハイスクール時代の自分の姿であり、その頃の最高の思い出といっても過言ではない。あの頃はそれが自分の中における一番楽しいことで、そればかりに熱中していた。
 だが、試合となると精神力が測られる。たった一人で何人もの期待を背負い、そして何より、『終わるまでそこから降りることができない』
「…………クソ」
 落ち着こう。
 ここはまず、任務をどうすれば終わらせることができるか。それだけを考えるんだ。
 とにかく戦犯達を逮捕しない限りはこの任務は終われない。まさか、これほどの大敗をきして何も収穫はありませんでした。などといえるはずがない。状況が最悪だからといって、放棄は許されない。
 民兵達の動向を考えよう。
 最初は主道になんの統率性もなく集まり、戦闘を開始した。老若男女問わず、数は大体……四千人ほどか。テクカルを使用してハンビーを攻撃しだしたのもこの頃。最初の第二部隊の攻撃にはRPGは持ち出しこそすれ、それほど大きな武器は持ってこなかった。ということは奴らのねぐらと作戦が展開されているあそこではかなりの距離があるということか。
 いや、それがわかったところで何の解決にもならない。
 現在奴らは向かいの建物の屋上、そして建物内部に潜伏している可能性がある。下手に動けばそこから集中攻撃を受けるだろう。
 位置的には南の建物に兵士が、北の建物に民兵が道路を挟んでそれぞれ潜伏して睨み合っている。その道路にハンビーは横付けされていた。……これは失敗だった。ハンビーに乗るためには敵に身を曝すことになる。
「大尉、ハンビーの位置を変えるように指示を出してくれ」
 コーヒーをついでいた大尉はその声に慌てて少将に返事をする。
「あっと……イエッサ」
 少将が見ると、彼はクッキーを手に持っていた。……何をやっているのだか、理解の対象外だ。どっちなんだ? 逮捕したいのか、それとも興味がないのか。どちらにせよ、戦場の兵士達のことを考えている行動とは思えないのだが。
 大尉はそのまま無線に向かい、口を開いた。
「C2、目標で待機している者にハンビーを建物の後ろへ移動させるように伝えてくれ」
『……了解、本部』
 少将は衛星からの映像を見る。ハンビーは四台。LAV戦闘車が一台だけしかない。正直、この数で戦闘を行うなんて無謀以外のなにものでもないような気がした。
 とにかくハンビーに乗るとしても、入口からハンビーの影へ隠れるためには東へ二十メートルはある。その間をどう抜けるかが問題だ。映像からは見えないが、向かいの建物からドアは狙われているだろう。
『C2、この状況ではできるかどうか難しいそうです。部隊を編成し直さなければならないと』
「……少将」
「わかっている」
 少将は白地図を指でなぞった。兵士達の潜伏している目標の建物……敵の建物……車……ハンビー……
 そうしてなぞっている内に、ふと、指が停まった。
「……ここだ」
「え?」
 大尉が見ると少将の指は目標の建物の後ろ、しかしそれほど離れていない場所にある高い建物で停まっていた。
「部隊を二部隊に分けて編成。片方の部隊をここまで後退させて、屋上から敵の建物へ攻撃をしかける。敵を引き付けて、その隙にもう一方の部隊がハンビーに乗り込む」
「え……でも、ハンビー部隊はどうするんですか?」
「そのまま戦犯者の確保へ向かわせろ」
 大尉は一瞬停まって、その言葉を再考した。そしてその思考の先にあった結果に気付いたとき
「…………!!」
 その手に持ったコーヒーを少将の立っている机に置く。そしてその動きをすれば必然的にそうなるように……少将に詰め寄った。
「そんな事をしたら、死にます」
「…………」
「そんな事をしたらハンビー部隊は孤立するに決まっているじゃないですか。人数だって、限られているのに」
 少将は大尉の目を無表情に覗き込んだ。大尉はその目を逆に睨み付けて返す。
「後退したって、後ろの建物に敵がいたらどうするんですか。ハンビー部隊はなんの援護もないまま敵地に乗り込むことに――」
「君が言った事だ」
 眉を寄せて少将が言葉を被せた。
「任務を優先するんだろう。私も、軍人とはそういうものだと思う」
「……いいましたが」
 少将ははっきりと、大きくため息をついた。
「命令復唱せよ。大尉。上官の命令だ。いつまでもコーヒーばかり飲んでないで、軍人らしくしたらどうだ? 兵士には命令を優先させて、自分はコーヒーばかり飲んでいるようじゃ示しがつかないと思わないのか」
 大尉はぐっと息を詰まらせた。これでは先程と全く逆だ。俺が『非情になりきれない男』のようじゃないかッ! 
 少将はそんな彼に呆れたように口を開いた。彼は一体いつまで『格好つけ』の『ガキ』なのだろうか。
「英断だよ。どちらにせよこのままでは負ける。これは『戦争』だ。もう人が死ぬか、生きるかの問題ではなく、作戦が成功するか、失敗するかの問題だ。格好を気にしている場合じゃない」
 大尉はその言いように眉を寄せた。不快そうに口を開く
「自分は格好など――」
「じゃあお前はどちらなんだ。任務を最優先にする『非情な策士』のつもりか? それとも兵士達を守る『血の通った熱血漢』のつもりか? ……役柄を演じたいならミュージカルでも開くんだな」
 少将はそう言うと、大尉を無視して白地図へペンで線を引いた。さらにセリフも書き込んでいく。『後退→攻撃』『移動→確保』その注意点に当たる事も書いていく。
 ちらりと大尉を見ると、彼は顔を真っ赤にして同じところに突っ立っていた。
「…………あなたは」
 口を開いたが、しかし少将は無視した。彼の事は嫌いではなかったが、あまりに過ぎる。
 大尉は無視をしたことにさらに腹をたてたのか、少将の前へ回った。
「俺も、アンタも……軍法会議にかけられる。そしてこの大敗の責任をとらされるんだ! 軍人でなんかいられなくなるぞ!」
「…………」
 少将は驚いたように顔を上げた。それを見て、大尉は満足そうに笑った。 
さらに少将は眉を寄せ、……そして笑った。
「今更そんなクソみたいな事を考えていたのか。何を言ってるんだか。死刑だよ、私も、そして君も。この戦場に別れを告げたときがこの世に別れを告げるときだ」

 そう、そうだ。
 あとは昇る先が天国か、地獄かぐらいの差だろう。
 もっとも、自分の腰に拳銃があったのなら、その先すら自ら決めていたのだが。

「C2、作戦を開始せよ……大尉、お前は生きてる内にコーヒーでも飲んでいればいい」

■23


「エドワードが、死んだ?」

「……俺の目の前で死んだ。まちがいない」
 避難場所となった目標の建物の中でフィリップとチャールズは向かい合って座っていた。
 時効はすでに夕方を越えて、日が沈んでいる。建物の中は狭く、真っ暗とは言わないまでも暗闇が支配する世界となっていおり、暗闇はリチャードの顔をも暗く、その艶かしくも狂おしい身の中へと半分沈めていた。
「頭を弾が貫通したんだ。……多分、罠だったんだ。あそこの」
 リチャードは向かいの建物、民兵達が潜伏する少し背の高い建物を指差した。
「屋上から撃ってきたんだ。俺とエドワードは道路を警戒していたから、そこに敵がいるのがわからなかった」
 フィリップは頭を振った。なぜかはわからないが、次の瞬間には猛烈な吐き気が自分を襲って来ていた。酸っぽい味と、生臭い臭いが咽の奥から湧き上がってきて、どうにも抑えようがなかった。奴まで死んじまった。あの、勇敢で、強い男が! どうして! また行こうと言ったのに。また、この四人でと……!
 フィリップは顔を片手で覆った。涙を流すように、低く、咳込むような鳴咽を響かせる。しかし、涙は流れなかった。鳴咽だけがノドの奥からはい出てくる。そしてそれが吐き気の正体だとなんとなく理解したとき、彼は泣けない事に少なからず自分に失望していた。
 リチャードはフィリップのその様子に、顔を背けた。とてもじゃないが直視などできなかった。フィリップの混乱と悲しみが自分のせいだと思うと、後悔と自責の念が体を激しく圧迫していた。いや、圧迫なんてものじゃない。体を力任せに闇の中に押し込むような、そんな感覚だ。そして、闇はひどく冷たかった。
「すまない……俺のせいだ。俺がクリアをださなければ、俺がアイツを無理矢理にでも止めていれば……アイツは――」
「どうしようもなかった」
 フィリップが片手を額に当てたまま、呟いた。
「え?」
 聞き返したリチャードには、彼の顔が見えなかった。フィリップの顔もまた、暗闇に飲み込まれていた。もっとも、もし彼の顔がはっきりと見えていたとしてもリチャードはまともに彼を見ることはできなかっただろう。嗚咽は収まっていたが、彼の顔は本当に、悲しみに崩れきっていたからだ。もし、そんな顔をリチャードが見ていたのならば彼は更なる後悔の念で闇にしつぶされていただろう。
 しかし実際には、もれるように入ってきた月明かりによって薄ぼんやりとフィリップの輪郭が見えるだけだった。彼は顔を天井に向けていた。

 ……いや、もしかしたら彼はその『砂』にまみれた天井のさらに上、闇に染まった空を眺めていたのかもしれない。

 フィリップはつぶやくように言った。
「……どうしようもなかっただろう? お前に何ができた。身代わりになって俺が死ぬ、とでも言うのかよ? できねえよ、そんなこと。俺たちは神様って奴に見放された人間なんだ。それが奴の運命なら、何者も奴が死ぬのを止めることができなかっただろう。だから、諦めるんだ。俺達には、奴を助ける事なんてできなかったんだ」
 フィリップの言いようは酷く投げやりだった。まるで、もうそのことがどうでもいい、とでも言うかのような態度だった。
 リチャードは反発心のような、不条理なことに対する不服従感情のような、複雑な怒りを腹の底に感じて、顔を硬直させた。ぎゅっと握りこぶしを作った。なんだよ、なんでもっと責任を感じないんだ。エドワードが死んだんだぞ。もっと、後悔することがあるだろう。
「そんな事言ったって……」
「都合よく悩むなよ」
 フィリップは言葉を被せた。
 彼はそのまま黙った。ゆっくりと天井に手を伸ばし、その土と血にまみれた手を天井へと……もしかしたらその先の夜空へと……向けた。そして何かを掴み取るように握りこみ、それを力なくまたもとの場所へとだらりとたらした。
「悩んで、お前は救われる。……何も解決しないの、わかってるだろ? どうしたら救えたかなんて関係ない」
 リチャードはうっと息を詰まらせて、フィリップを見た。
「自分を救う為に悩むのは……止めろ。そんなの、卑怯だ」
 フィリップの顔は闇に完全に飲み込まれていた。表情なんて見えない程狂おしく、闇にコーティングされる。しかし、だからこそリチャードは救われていた。
 彼は戦場に来て初めて『悲しい』と感じていたから。エドワードが死んで、だから二度と軽口を叩き合うことも、笑い合うこともできず、あの『約束』だって、一生果たされることがないんだと初めて気がついた。心の芯でいつも、絶対的で、そして永遠に続くと思っていた温かな血の流れる何かが消えうせてしまったような、そんな気がした。
 陳腐な表現だが、そう、それは彼の心にしっかりと、そして大きな空洞を空けていた。そこに触れるだけで自分という存在がその瞬間空虚になってしまう。そして気がつかないうちに無意識にそこへ手を伸ばし、自らを傷つけるような。

 ……なんで

 なんでだよ? なんでお前は死んじまったんだ? 神様! 何故俺ではなく、奴を死なせたんだ!
 なぁ、エドワード。お前、幸せだったか? 生きていて、幸せな時があったか?
 なんで俺はお前に言わなかったんだろう。俺はお前に救われてばかりだ。
 あぁ、エドワード。

 お前、死んだのか。

 だから、俺はこんなにも『悲しい』のか? 戦場に来て、怖い事ばかりだった。初めてだよ。
 『悲しい』なんて。

「フィリップ、リチャード。来い」
 二人が沈痛な暗闇に何も言わずに黙りこくった時、奥からいかつい顔の中年の男が現れた。リチャードがぼんやりと彼の名前を口にする。
「ジャクソン大尉」
「ここでは軍曹だリチャード。デルタ部隊が来るまでに一仕事できるそうだ」


「いいか、二分前にC2から連絡が入った。任務再開だ。よく聞けよ」
 ジャクソン大尉はそれほど広くない建物の中で、中央に当たる机に地図を広げている。汗と砂で汚れきったそれに数十人の男達が集まっていた。皆、迷彩服に血がこびりついていた。
「今から30分後にデルタが合流して、あの」
 正面のドアをさす。
「ドアの先にある敵の建物に突入する。地図だとここだ……そうだ、この建物の北」
 ジャクソンは指を地図の上に這わせて手早く説明していく。
「デルタが来るまでに俺達を二部隊にわける。一部隊がこの建物の裏のドアから出て、道路を横断。先にある三階建ての建物に入り、屋上まであがる。そして敵の建物へ一斉攻撃だ。その間にもう一つの部隊がハンビーへ移動。そのまま戦犯者確保へ向かえ……いいか?」
 大尉が周りの兵士達に目を配る。全員黙って地図を覗き込んでいたが、奥から一人が体を押し込んで来た。……エバンスだ。
「ちょっと待ってくれ……悪いな、通してくれ。……ありがとう」何人かぬくと、彼は裏のドアを指差した。
「あそこから出た後に撃たれたらどうするんです?」
 大尉は彼を見て、しばらく考えた。無線を手にした。
「……C2、上空からCポジションを確認してくれ」
『了解ユニット』
 しばらくすると『敵はいない。オーバー』との通知が雑音混じりに響いた。大尉は肩をすくめた。
「これでいいか?」
「ユニットってのは?」
「新しい名称だ。後で一括で説明する……他には」
「向こうの建物に敵が回り込んでいたら?」
 今度は一番前に陣取っていたウィルソンが呟いた。大尉が唸る。
「それなんだが……一つ作戦がある。裏から回る部隊をさらに二部隊に分ける。先発隊と後発隊だ。先発隊が先に潜入。内部の敵を一掃してから後発隊が潜入する」
 エバンスが大尉に口を挟む。
「……二部隊に分けるのはなんだ?」
「『保険』だ。先発隊が失敗したら後発隊がグレネードをぶち込んで突入するんだ」
「冗談じゃない……先発隊は捨て駒かよ」
 ウィルソンが肩をすくめるのに、大尉は睨んで……憎しみや怒りではなく、焦りからだ……返した。
「捨て駒ではない。失敗してもらってはこまるんだよ」
 エバンスはあきらめたようにため息をついた。
「……やるしかなさそうだ。ハンビー部隊も、孤立するだろうし、どの部隊も貧乏クジだ。……やるしか、ない」
 大尉は頷いた。そうだ。その通り。
 どのクジを引いてもすべて外れなのだ。どうあがいたって、俺達は『命を賭けなくてはならない』。

 なんて一方的で、不利な賭けなのだろうか。大尉は少し、口元を緩めた。

「軍人の言葉を忘れるな。『アメリカの為に、家族の為に命をかけろ』そして」
 スッと大尉は息を吸い込んだ。

「『命令には、逆らうな』」


■24


 ジャクソン大尉は銃を握り、裏口に身を貼付けさせた。
「敵の建物をAポジション、この建物はB、裏の建物がCだ」
 周りで同じように壁に張りついている兵士達と、建物中央に待機している兵士達、そして正面のドアの周りに張り付いている兵士達にわざわざ無線を使って伝えた。音は極力避けたい。
「先発隊がユニット1、敵の建物に向かう部隊をユニット2、後発隊がユニット3。移動する順番通りだ。わかるな」
 ハンドシグナルで各部隊の隊長にあたる人物達がそれに応えた。

 音がしない空間が続いた。虫が泣く声が僅かに響き、砂漠特有の、夜のみの冷たい冷気が辺りに漂った。それは兵士達の肌に触れていき、そのままその場に沈み込んだ。体が冷えると、それとは対象的に心臓が激しく動き回る。ここから出た時、死ぬかもしれない。冷たい冷気がそれを予感するように部屋に満ちて……

「……行くぞ」
 ドアが僅かに開かれた。



 扉を盾にして、月明かりに照らされた通りを左から正面へと素早く確認する。何も無い。ただ、静かな静寂と冷機が流れるだけだ。
 ゆっくりとドアを押し開ける。今度はドアに体を貼付けた。
 ハンドシグナルで『カバー』を合図すると、建物内で銃を構えていた仲間が頷く。
 そして一気に身体を反転させた。
 ドアごしでは見えなかった右側がはっきりと見えるようになる。それと同時にユニット1の数名が動く。銃を構え、眼球だけを左右に動かし、すぐに身体を元の位置に戻した。同時に仲間も。
「…………」
 ハッ、と短く息をはき、親指を立てた。クリアだ。しかし再度ハンドシグナル『走って向かう、援護セヨ』
 もう一度身体を外に出し確認すると、ジャクソン大尉は体を小さくさせながら向かいの建物、目標となるCポジションに走る。
 Cポジションの建物は一階に沢山の吹き抜けの窓があり、右端には木製のドアがあった。窓から狙われたら、向こうでカバーしている仲間が撃つ前に、自分は終わりだろう。
 そのまま走る。
 来たら伏せる。来たら伏せる……西部劇のガンマンのようだった。


 建物に張り付いたジャクソンはそっと銃を構えた。ドアへと。
 来たら、俺が撃つ。
 引き金にかけた指が痛い程緊張していた。

 ――撃てるのか?

 わからない。

 緊張の連続だった。いつ自分が『途切れてしまう』のか、その恐怖が頭をよぎる。

 

 震える男がいた。
 目の前で自分と同じようにしゃがみ、そして震える。
「……大丈夫か」
 かなり悩んだが、声をかけることにした。静かな建物の内部に、自分の声が響く。
「…………」
 それに反応して、周りの兵士達が自分を見た。隠密作戦なのだ。少しの物音も気に触るのだろう。現にフィリップもこちらを見て首をふっていた。
 それでもリチャードは話しかけた。前の男は明らかにおかしかった。まともじゃない。息を荒くして、胸を押さえ付ける。まるで呼吸する事を忘れてしまい、必死に思い出そうとしているかのように。
「……!!……!……」
「しっかりしろ、自分の息を吸うんだ……だれかビニールの袋を持っていないか?」
「……ホラ。リチャード、声をだしちゃダメだ。静かにな」
 ユニット3の救護兵から、包帯を包むビニールの袋を受け取ると、それを呼吸のおかしい仲間に渡した。
 それを口に押し付けてやると、男は自分の呼吸を自分で吸い、そして少しづつ落ち着いて来た。やはり過去吸だったようだ。
「…………」

 ――……?

 男の様子はそれでもおかしかった。呻くことはなくなったが、それでも体は震えたままだった。
「…………おい」


「…………」
 無言で建物の中を調べる。右へ左へ。銃を向けて。
 心臓が跳ね上がる。上がり続けている。自分の心音が、外にもれていないだろうか? 不安になる。
 階段があった。部屋の奥。
 広い部屋を横断して、反対側へ回らなければ昇れない。
 もしこの中に敵がいるのなら、おそらく、敵は侵入した自分達に気付き、移動の拠点となる階段周辺に防衛線を張っているだろう。
 つまり、この部屋。
 ハンドシグナル『カバー&ゴー』。
 仲間は頷いた。
 それを見て、ジャクソンはフッと息を吐き出す。

 ――死にたくは、ない
 ――死ぬのは、怖い

 それでも、いくしかないのだろう。

 銃を構えた。そっと部屋の中に入る。
 左の壁は一直線で階段に繋がり、部屋の空間は右へと広がっていた。ちょうどロの文字の左側を延ばしたような形だ。
 そこに足を踏み入れた。
 部屋には中央に机がある。隠れるなら、そこだろう。そこに銃を向けて、さらに一歩進んだ。


「…………」

 ――クソッ

 ――クソッ、クソッ、クソッ

 ――なんでこんなことになっちまうんだ!!

 こめかみに銃口が当たっていた。

 ジャクソンは立ち止まり、震える目を、横に向けた。
「…………」
 そこには、自分と同じ様に緊張に身を震わせる赤褐色の男がいた。
 心臓が、高鳴る。



『ユニット1コールユニット2、ジャクソン大尉が撃たれた。ジャクソン大尉が負傷。繰り返す……』
 一番先頭の仲間がサッと手を上げた。
 ハンドシグナルで『カバー&ダッシュ』……先に走る仲間をカバーし、そして目標にダッシュする。敬礼で返した。『了解』だ。
 そして仲間は走り出した。一人、また一人と。
 先程のあの、震える男も走っていった。大丈夫だろうか。しかし人の心配をしている場合では無い。
『ジャクソン大尉は右肩を負傷。命に別状はな……おい! 敵だ撃て!』
 大尉は無事なのか。しかしそれはなんの助けにもならない。中では混戦になっているらしく、外からでも銃撃の音が聞こえる。
 Cポジションの建物の壁に張り付くと、通信兵がすぐに無線を手に取った。
『ユニット1、応答しろ、聞こえるか? ユニット2だ、援護にきている』
 響くのは単純な炸裂音だけで、雑音すら無線機からは返ってこなかった。通信兵は首をふる。
 先頭の仲間がハンドシグナルをした『前部カバー、後部ラッシュ(突入)』。
「いくぞッ! ビビるな!」
 ドアを蹴破って後部部隊の仲間が突入する。リチャードも、震える男も。
 銃を左右にふる。敵は見えない。

 バガッ

 思わず首をすくめた。銃撃音だ。奥から聞こえた。
「俺がカバーだ。ウット、行け」
 先頭をきっていた男が身を引いた。いや、先にいきたくないから言ったわけではないだろう。この状況なら、立ち止まる方が危ない。
 ウット、というのは震えていた男のことのようだった。
「待ってくれ、この男は――」
「いいんだ」
 と、突然男が口を利いた。驚いて彼を見たが、相変わらず震えるばかりでそれ以上は口をきかなかった。



 ゆっくりと歩く。
 発砲音はさらにひどくなっていた。
 男の心臓は吐き気がする程高鳴っていた。理由は彼自身わかっていない。待機していた時に突然心臓が跳ね上がり出したのだ。どうなっているのか。

――ハァ、ハア、ハア
 また、呼吸がおかしくなってきた。止めてくれ、このままじゃ、俺は……どうにかなっちまう!

 部屋があった。入口の死角に身をしゃがませる。
 ハンドシグナル『カバー』を仲間に伝える。
――ハア、ハア、ハア
 カチャカチャと音が響いた。一瞬どこで音がしてるのかわからなかったが、手元をみるとすぐにわかった。
 震えていたのは自分の手元だった。
 その腕をいきなり掴まれる。
「ウット……やばいぞ、足音がする……」
 リチャードだった。言われた通り耳をすますと、カツカツという足音がした。

――ハア、ハア、ハア

「行く……俺が行く」
 銃をにぎりしめる。このままいくしかない。座っていても、死ぬんだ。

――ハア、ハア、ハア
――ハア、ハッ

 体を反転させて部屋に銃を向ける。
 誰もいなかった。向かいに階段がある、小さな部屋だ。机がある
 隠れてる……のか?
 歩き出す。

 カチャ

「!!」
 背後から音がした。
 今まで自分が隠れていた場所と反対側、外から見て逆に死角になる位置に、人影が見えた。
「(しまっ――)」
 その光景が見えた瞬間、すべてのものがスローモーションになった。


 ――ハア、ハア、ハア
 歩き出す人影、その手には

 ――ハァ、ハァ、ハァ
 銃が生光る。

 ――ハァ、ハァ、ハァハァ
その銃口の先は、リチャード



 ――ハッ


 銃声がまた、響いた。


「大尉!! クソッ! なんてことするんだ!」
 気付いた時には、ジャクソン大尉が倒れていた。後退させようとしていたのか、もう一人、兵士が付いている。そこに仲間が群がった。
「大尉、しっかりしてください!」
「クソッダメだ。肺をやられてる」
「うぅ……ぐぁがぁ……」
 ユニット2の部隊長がウットに歩み寄って来た。そして胸倉を掴み上げる。
「ウット! なぜ撃った! ウット!」
「う……あ……」
 ウットの体の震えは止まらなかった。なんてことだろう、敵だけではなく、味方までその手であやめてしまった。
 もう、ダメだった。
 ウットは部隊長を突き飛ばした。部隊長が信じられない、という顔で尻餅をつく。
 今やウットの感覚はクリアだった。すべての声が耳に滑り混んでくる。
「大尉……しっかりしてください! 意識を保って!」
「止血だ! 早くしないとこのまま死ぬぞ!」
「誰か……誰か包帯を持って来てくれ、モルヒネだ、クソ、血圧がさがっちまう……!!」
 その輪の中心でしゃがみ込んでいたリチャードは、どこか違和感を感じた。どことはわからないが、おかしい。
 立ち上がった。ゆっくりと振り返る。なぜかはわからない。ただ、その空間だけ時がゆっくりと流れているように感じた。
「…………ウット?」
 ウットが立っていた。右手を上げる。敬礼していた。
 そしてその左手には

 ――!!

「ウットやめろ!!」

 バガッ!


 まるで冗談の様に金色の弾丸がウットの頭を貫通して、血が尾を引いて空中に飛び散った。液体の飛び散る音が耳の奥に押し付けられる。

 左手に自らの拳銃を握って、ウットは倒れた。


2005/05/18(Wed)21:44:45 公開 / 貴志川
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■作者からのメッセージ
 やっと更新。よかった。なんとかスランプ脱出かな(汗 しかし「ブラッキーでハイな…」を書いてるときとテンションがまったく違うからちょっと混乱したり。
 えー今回は屋内戦の恐怖みたいなのを書いてみたくて書きました(いや、もちろんプロットに沿ってますけど→汗過多)どうでしょうか、上手く表せているでしょうか? かなり不安です ハハハ…スランプ明けだし
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