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『人魚姫』 作者:ゆうき / 未分類 未分類
全角1692文字
容量3384 bytes
原稿用紙約5.3枚
「王子の乗った船が、今日ここの海域を通るのね」
 人魚姫がそう言いながらティーカップを口に運んだ。この人魚姫は、その名の通り下半身こそ魚そのものだが、顔立ちは形容しきれないほど美しい。
「はっ、はい……。そうです」
 大王イカが恐縮しながら何度も大きく頷いた。どこか気の弱そうな印象を受ける。人魚姫が優雅な仕草で、側に控えているホタテの執事にティーカップを渡す。
「一国の王子なのだから、さぞかしかっこいいことでしょう。ここは一つ一計を案じましょうかね」
人魚姫が何やら妄想しながら独り言のように言った。
「あっ、あの…王子様だからといって、かっこいいとは…」
大王イカが小さな声で囁いた。
『ギロリ』
「すみません。もう言いません」





 それから人魚姫は一人、何やら暗い怪しげな場所に来ていた。海草が異常に繁殖しているこの場所は、普通の人、いや魚介類たちはあまり来ない所である。。昼間なのに、夜と錯覚してしまうほどの暗闇が待ち受けているからだ。
 だが人魚姫はそんなことを気にすることなくズカズカと進んでいく。やがて、悪趣味な木造の一軒家が見えてきた。扉には、髑髏の絵が塗ってあり、いかにも近づいたらぶっ殺すぞという雰囲気がかもし出されている。でも、やっぱり人魚姫は気にすることなく、ドアの前に行くと、二回ノックをした。しかし返事はない。ドアノブを回しても、鍵がかかっている。すると人魚姫のこめかみに青筋が何本も浮き出てきた。表情は穏やかだが、瞳には真っ赤な炎が燃えている。
 人魚姫は突然五十センチほどドアから離れると背を思いっきり反らし、その下半身の尾びれをドアに叩きつけた。一瞬にして、ドアがとてつもない勢いで開く。人魚姫はふぅと一息つくと、家の中へ入って行った。
「おばば!! いるのでしょう!!」
 人魚姫が大声で叫んだ。部屋の中は、水晶や魔法の本らしいものが散乱している。
「こっ、ここに…」
 人魚姫が声のした方へと振り向いた。そこには人魚姫の開けたドアの勢いによってペラペラになった、おばばの姿があった。
「何それ。えらいペラペラになってるわね」
「…あんたが潰したんでしょう」
 おばばが憎たらしく言った。だが、人魚姫にまったく意に介した様子はない。
「それよりおばば、お願いがあるの。今日の夜にとびっきりの嵐を呼んでちょうだい」
「一言くらい謝れよ」
「いいから言うこと聞けよ、ばばぁ」
「まったく最近の若者は、口の利き方が…」
 その時、愚痴を言っているおばばに人魚姫の尾びれが炸裂した。
「あのねーおばば。私あまり気が長くないからさ。気をつけてね」
「……ラジャー」
「じゃあ、嵐を呼んでね」
「……いいよ。では、その代わりにお主のその美しい声を……」
「……ばばぁ。返答しだいでは血を見るわよ」
「もちろんただでやらせていただきます」





 そしてその夜。王子の乗った船にとびっきりの嵐が直撃した。人魚姫の放った斥候から随時連絡が入ってくる。
「ひっ、姫様〜。王子様が南区域C点に落ちたそうです〜」
 先ほどの大王イカが息を切らせながら言った。人魚姫がばっと玉座から立ち上がる。
「やっと落ちたわね…。これで私は王子様と……ムフフ……」
 人魚姫は喜色を浮かべながら、ものすごいスピードで泳ぎだした。三分ほどで、南区域C地点にたどり着いた。すぐに、人魚姫の目にきらびやかな服を着た王子が苦しそうにもがいてる姿が目についた。
「今がチャンス」
 人魚姫がさらに加速して、王子のもとへと行く。人魚姫は優しく王子を抱きかかえると、喜びを抑えながら王子の顔を覗き込んだ。
「………」
 人魚姫が口から泡をブクブクと出した。その美しい顔が引きつっている。なぜなら、その王子の顔はこの世の顔とは思えないほどのものだったからだ。まさに人魚姫の顔とは対極である。そして人魚姫のこめかみにゆっくりと青筋が何本も浮かんできた。
 その直後、「にえー」という声と共に王子は天高く舞い上がり、奇跡的に舟に戻れたそうだ。そしてこの物語はかなり脚色されて、現代へと語り継がれている。


                完
2005/04/22(Fri)23:18:04 公開 / ゆうき
■この作品の著作権はゆうきさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ちょっと話に納得できずに、書き足したのを消しました。申し訳ありません。それでは、読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。
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