- 『文化コミュニケーション』 作者:昼夜 / ショート*2 ショート*2
-
全角3526文字
容量7052 bytes
原稿用紙約12.9枚
お願いですから、私に近づかないで下さい。
◆
私は人間が嫌いなんです。だって私を嫌うから。
人間はおかしいです。だって自分たちだって生きていく為に何かを口にしている癖に、ライオンなんかがシマウマなんかを殺して食べちゃうと可哀相なんて言うから。
でも、私も人間なんです。
「長嶺さーん」
嫌いな人間の声で嫌いな人間な私は振り返ります。長嶺って言うのは私の名前です。苗字。ながみね。綺麗でしょう。
「これね、先生が渡してって言ってた」
ごくり。私の喉が唾を飲み込みます。聞こえませんでしたよね。うん、多分大丈夫。
今私が話している人は上野良子さん。よしこじゃなくってりょうこさんね。結構ふくよかで、つやつやの肌をしてる。嫌いな人間の中で三番目に好き。
「ありがとう」
私は気持ちを悟られないように笑顔でプリントを受け取ります。私が嫌われてるっていうのは、私の本質であって、学校での私や他人と接する私が決して嫌われてるわけじゃありません。
新入生歓迎会、か。プリントはポップな写植でアピールしています。
めんどくさいけれど、行かなくちゃ。ううん、本当は行きたい。
ごくり。
私にも一応友達はいます。でも名前も曖昧。興味がありませんから。
人間でいるための隠れ蓑なのかもしれません。私は人間ですよー、普通に友達とも喋ってますよー、って。ふふ、馬鹿みたい。
「優子聞いてる?」
ああ、聞いてませんでした。聞いてたよー、なんつって。
優子は私の名前です。優しい子。きっと私と嗜好の合う人には優しく出来るんだろうな。けれどきっといません。だから私は冷たいんです。
「もう〜、絶対聞いてない、あんたの肌の話だよ〜」
あらあら、すいません。
「肌?」
「そうそう、ものっすごい綺麗だよね、って話。化粧ほとんどしてないからかもしんないけど、ほら、こんなすべすべしてて」
友人B子ちゃんの指が私の頬に。ああ、やめて。あなたの指細過ぎるよ。
「たんぱく質と鉄分とカルシウムがいいのかも」
「なあに?」
「サプリメント」
私は鞄からサプリメントのケースを取り出した。
「ああね〜、あたしもやろっかな」
う〜ん、サプリメントが効くかは判らないですよ。
あ、目が合った。
教室で私と対角線向こうに座った和中勇馬くん。さらさらの黒髪。鋭い瞳。つやつやの肌。
ごくり。
すてき。嫌いな人間の中で一番好き。
「ちょっと、聞いてる〜?」
ああ、聞いてませんでした。
◆
和中くんとはあまり話したことがありません。
というか、私は気に入った人とはあまり話さないようにしています。
人間でいる為に。
きっと意味が判らないと思います。勘のいい方はもう私の嗜好にお気づきかもしれませんね。
でも気付かれたら、私の射程範囲外の方でも私は行動せざるを得ません。人間でいる為に。
とにかく、気に入った人が近くに居ると駄目なんです。
私のリミッターがいつか外れてしまいます。もう、既に外れかけているけど。
学校ではまだ人間で居たいんです。どうしてでしょう。和中くんに恋をしているのかな。
何て報われないの。
◆
「長嶺」
前身総毛立ちました。
「……はい?」
明らかに動揺してしまいました。だって和中くんが声をかけてきたんだもの。
「一緒に帰らない?」
「――はい?」
“YES”なのか疑問なのか曖昧な答え方をしてしまいました。でも断る理由はありましょうか。いや、あるんだけど。
人間の部分の私が一緒に帰りたがって居ます。
「嫌?」
さらさらの髪が頭を動かす度にはらはら動きます。きれい。それから、つやつやの……。やめてください。私は今こそ人間でいたいのです。
私は自分の考えを吹き飛ばす意味も込めて首を左右に振りました。
「やったね」
友人ABC子ちゃんがピースサインを私に出します。私が和中くんに恋してたって知ってましたから。恋してたことだけしか知らないけれど。
何だか緊張します。
靴もこんなに履きにくかったかしら。
「……ごめんなさい」
もたもたしてしまったので謝りました。
「何で謝る」
そんなに真顔で言われると困ります。
「あの、なんで帰ろうと思ったの、ですか?」
変な敬語になってしまいました。和中くんは照れ笑いします。
「帰りたかった、っつうか。俺、長嶺のこと好きなんよ」
うはあああ。顔が一気に熱くなりましたよ。
「あ、あの、私、顔赤くない?」
「赤い……俺も赤くない?」
「――赤い」
和中くんがくすくす笑ってます。私もくすくす笑ってしまいます。嬉しい。嬉しい。楽しい。ごくり。
ああもう、邪魔しないで。この人は違う。やめよう。
「返事はそんな焦んないから」
和中くんが背を向けます。
「…………」
私は何も言えずに後を追います。どうしたらいいのでしょう。私も好きなのに。
でも、ここで好きって言ってしまったら私たちは付き合うんでしょうか。それはどうしても避けなくちゃ。
他愛もない話をして私と和中くんは帰路を歩きます。
「今日、一緒に帰れるだけでかなり嬉しい」
本当に照れます。彼はこんなこと言う人だったんですね。
「ストレートなんだね」
「……照れるけど、今言っとかなきゃ後悔するし」
嬉しい。のに。
「でもね」
和中くんは私の声で少し赤みがかった顔をこちらへ向けます。
ごくり。
「どうした?」
ああ、もう駄目。やっぱり一緒に帰るんじゃなかった。
「長嶺?」
ほんのり赤い肌。くるくるした瞳。つやつや。きらきら。
ごくり。唾が溢れて止まりません。まだ私の家まであと十分程ありますよね。駄目だ、駄目だああ。
「こっ、ここまででいいよっ」
私の必死の懇願に彼は首をかしげます。当然だ。
「何で?」
「うんと、ええと、とにかくっ。いいの」
「……断るならはっきり断ってくれていいから」
捨て犬みたいな目です。ごくり。ああ、もう本当に駄目だ。もうリミッターが外れかけてる。
「違うの、私、和中くんが好きなのっ」
言ってしまった。
「ほ、ほんとに?」
私の様子がおかしいのでいまいち信憑性にかけるようです。でも、ほんと。好きなのはほんと。
「でも、でもね」
「でも?」
「私、きっとあなたと上手くやって行けない」
これもほんと。
「……よく解んないからさ、えっと、ほら、そこの公園でちょっと話でもせん?」
何てタイミングで公園があるの。(創作だから)昼夜とかいう人の突っ込みはいらないの。私はテンパってるの。
だって、そうでしょう? これ以上一緒にいたら。
「ほら」
さりげなく彼の手が私の手に触れました。
じゅるり。
リミッター外れちゃった。
「うわっ――」
もう、声出せないでしょう。声帯を先に食べることにしてるから。
大丈夫よ、見つかる前に全部食べてあげる。丁度お腹も空いてたの。タイミングよく公園があったからそこでゆっくり頂くことにするね。
う〜ん、男の子ってやっぱり重い。びくんびくん跳ねないで。運びにくい。
ぷりっ。
やっぱり、この肌は弾け方がいいと思ったのよ。
ちゅる、ちゅる。
はあ〜っ、この味がたまんない。一滴も零せない。
こりっ。
和中くんて運動部だったもんね。筋がほんと美味しいよ。
かしゅ、かしゅっ。
骨もいい歯ごたえ。人間って全部食べれちゃうから魚なんかよりすっごくいいわ。
それからデザート。
脳、脳味噌。のうう〜。
ぐしゃぐしゃ。おいしいいい。
もうびくびくしなくなったね。あ〜あ、零さないつもりなのにいつも地面には赤いジュースが広がっちゃうんだ。
ふう、私にもかかっちゃった。勿体無い。ちょっとくらい舐めとこう。
あ、涙出てる。
私は悪いの?
だって、そんな美味しそうな体を私に近付けるなんて、食べてくれって言ってるようなもんじゃない。
ごちそうが目の前にあって我慢できるほど私人間じゃないの。
私は悪いの?
だって、あなたたちだって他の生き物を食べて生きているんじゃない。
人間が一番偉い生き物だと思ってるなら大間違いなんだから。
偉い生き物なんていない。
醜い生き物ばかりよ。
◆
私には好きな人が出来ます。
それは食としての魅力なのか、異性としての魅力なのかはまだわかりません。
ただ、その人に近づいて、唾を飲み込んでしまったらきっとそれは食としての魅力なのね。
でも確かに好きだという想いはあるのです。
それを感じながら食べるのは辛いです。
だけど、私は食べることを辞められない。
◆
お願いですから、私に近づかないで下さい。
-
2005/04/14(Thu)03:04:55 公開 / 昼夜
■この作品の著作権は昼夜さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
ほんとはタイトル食文化コミュニケーションにしたかった昼夜です。ちょっと訂正したのでUPになりました。
なんてことでしょう。ショート書いてしまいました。
さあ、これでいよいよ物書きが停滞すると思われます。ロックを着々進めねば。
ていうか、かなり脱力感溢れる御話ですいません。ちょっとホラーですか?(聞くな
読んでくだされば感謝。批評・感想頂ければ狂喜乱舞。
これはコミカルさ重視でラフに書いたものなので、細かいところは甘いかもしれませんね。それでは。