- 『甲冑兵戦記 第6幕』 作者:ギギ / ファンタジー ファンタジー
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全角58630.5文字
容量117261 bytes
原稿用紙約173.35枚
おや、お客様どうなさいました?お席を立たれて…
―――えっ?お帰りになる…それはまたどうしてでございましょう?
―――なかなか幕が上がらない?開演してからまだ5分と経っておりませんよ?
これはまたせっかちなお方でございますな。
演劇という物は開幕までに少々準備がございますので…
―――はぁ、作用でございますか…
しかしこの町にいらしてこの劇をご覧ならずにお帰りになられるのは、ちともったいのうございます。
残念ながら券の払い戻しには応じかねます故…。
―――解りました。お客様には特別に幕が上がるまでの間、私めがこの物語のさわりの部分だけこっそりお話しして差し上げます。
その上でお帰りなさるかどうかを決めてくださいまし。
それからでも遅くはないでございましょう?
―――あっ、そうでございますか。お聞きになると。ありがとうございます。ただし、このことは他の人に申されては駄目でございますよ。くれぐれもご内密…
―――えっ、私でございますか?申し遅れました。私めは当劇団の客席係でございます。
名前は…いえ、私の名前などどうでもよいのでございます。私などの名前よりも舞台に立つ役者たちの名前をお見知り置きくださいませ。
それでは、恥ずかしながら語らせていただきます。お聞き苦しい部分もございますが、なにぶん不慣れでございますゆえ、平にご容赦のほど。
―――想像してくださいませ…
緑の草原を緩やかな風が渡り、稜線の向こうに天を貫くように霊峰カレートと呼ばれるそれは大きな山がそびえ立っております。
頂上付近は常に雲に吸い込まれ山の全貌をうかがい知ることは叶いません。
この地方に伝わっておりますアディス神話なるものでは、大昔その頂に神が降りてこの世界を想像したとされていまして、熱心なアディス教信者は朝と夕方の1日2回、この山に向かって祈りを捧げるのでございます。
さて、この物語の舞台でありますミヤマ大陸の丁度中央に位置するこのカレート山を境に、東を東邦(ラウド)。西を西邦(ミウド)と呼ばれております。
東邦と西邦は互いの文化の違いから、長い間争いを続けておりましたが、今からおよそ50年前、カレート山を取り巻く稜線、カレート連峰を境に互いの領土に侵入しないことを条件に戦を止めたのでございます。
その後、東西の邦境での貿易はあるものの、この『カレートの誓い』と呼ばれる条約はその後50年もの間破られることなく現在に至っております。
物語の始まりは東邦でも最西端、グランという国の邦境にほど近い街道(バルード)。
このバルードというのはですな、西邦との戦争時に物資の補給路に使われた街道でございまして、今では西邦の文化を運ぶ商行路として使われております。
そのバルードを馬で行く2人の旅人の姿がございました―――
第零幕 序章
「ちょっとリュン、この分じゃグラン・カーレに着くのは夜になっちゃうわよ!」
前を行く馬上の人物が振り返り後ろの人物に声を掛ける。
年の頃は20歳前後と言ったところで、まだ顔に幼さが残るが、整った顔立ちで飾れば誰もが振り返る美女になるだろう。
口元に紅を引くこともしてはいないドすっぴんなのだが、それがまたこの娘本来の美しさを出している。
後ろで結わいた豊かな黒髪を前に垂らし、ふくよかな胸の隆起の上で揺れ、艶やかな光沢でその存在感を周囲にアピールしていた。
そして皮を鞣した上着からすらりと伸びた手足は野生動物のようなしなやかさがある。
「はあ…。しっかし、カレート山は高けぇなぁ〜。この辺りまで来るとその高さが良く分かるな。まさに神様がおわす霊峰だ…ウン、ウン」
自分の言に自分で納得したように頷きながらリュンと呼ばれた男が答える。
歳は前を行く娘と同じくらいでこちらも黒髪。しかしこちらは娘とはうって変わり、あまり手入れをしていそうにない髪は、それに素直に答えるがごとく、まるで藁を束ねたようであった。
馬の鞍には野営用の荷物となにやら棒のような物に荒っぽく布を巻き付けた物がくくりつけられている。
娘と同じように皮の上着をなのだが、時折その隙間から銀色の繊維が覗き、陽の光に反射している。
顔立ちは一応整っているのだが、2枚目とは言い難く、タレ目のせいか全体的に寝ぼけているような印象をうける。
さえない3枚目といったところか。
「あんた人の話聞いてる?少しペースを上げましょうって言ってるの。」
娘が馬を隣に寄せてリュンの馬に合わせる。
「どうでもいいけど、そのふざけた馬の乗り方やめてくれない?なんか見ていて腹が立ってくるから…」
リュンという若者は後ろ向きで馬に乗っていた。右足を組んで馬の背にのせ、両手を合わせて頭の後ろに回して上半身を馬の首に預けて寝そべっていた。
垂らした左足で器用にバランスを取っている。
「何をそんなに焦って居るんだ?ユウヒ」
娘の文句にも全く意に介さずリュンが言葉を返す。
ユウヒ。これが娘の名前だった。
歩くたびに動く馬の首に合わせてリュンの頭が前後に動く。確かにおちょくっている様に見えなくもない。
「あんたも少しは焦りなさい!この辺りの夜盗の中には甲冑兵を所有している奴も居るって宿の女将も言ってたでしょう!」
「甲冑兵かぁ、そいつは物騒だなぁ…でも、グラン・カーレに入るのは暗くなってからの方がいいと思うんだけどなぁ」
「―――なんでよ…」
ユウヒの形の整った左眉がつり上がる。
リュンはゴソゴソと懐をまさぐり、折り畳んだ紙切れを取り出しユウヒに手渡した。
「昨日のパズの町で見つけてさ、記念になるかな〜って思って持って来たんだけど…」
受け取ったユウヒは怪訝そうな眼差しをリュンに送り、紙切れを広げそこに書かれた事を読んで絶句した。
「なっ…なにこれ!」
――――――――
盗賊リュン・パーサーとその相棒ユウヒ・グレース
右の者を捕らえた者に1500ラウズを進呈。生死を問わず。
ただし、生かして捕らえた者はさらに500ラウズ増額し2000ラウズとする。
リュン・パーサー特徴
乱髪でタレ目。全体的に寝ぼけた顔立ち。無計画にして無鉄砲。絵に描いたうつけ者を地で行く男
ユウヒ・グレース特徴
容姿端麗の美女。しかし、せっかちでヤキモチ焼き。沸点が低く切れやすく凶暴。
――――――――
読んでいるユウヒの肩が小刻みにふるえている。
「全く頭にくるよなぁ〜」
ふてくされたようにリュンがつぶやく。
「な…なお、ユウヒは怪しげな術を使い男を誑かすので心するべし。グッ・・グランシス帝国王宮管理官付き国領巡視団団長…」
「いや〜俺も腹が立ってさ〜。たったの2000ラウズだぜ〜?せめて10000ぐらいにしないとハクが付かないよな。ハクがさ。」
ユウヒが持っていた紙を引き裂き、もの凄い形相で睨みながら喚いた。
「そんなもん付けてどうするのよ!そもそも怒るところ違うでしょーが!!」
形の良い眉が縦になり、流し目をされたら普通の男なら骨抜きになりそうな目は完全に三角に変形している。
「なんなのよコレ!手配書じゃないの!何で私が賞金首になんなきゃならないのよ。意味わかんない!」
「だってさ、お前好きな職業選べばって言ったから…1回なってみたかったんだよなぁ、おたずね者って」
のんびりといった口調でリュンが言う。
「あんた馬鹿!?おたずねされちゃってどうすんのよ。第一賞金首は職業じゃないでしょ、職業じゃっ!最っっ低。何考えてんのよまったく、どうしてあんたはそうなのかしら。馬鹿で無計画で無鉄砲で…ああ、なんか頭痛くなってきた。天国の父様、母様、そちらに行くのはそう遠くないかもしれません。」
手を額に当て、天を仰いだ。怒りすぎて軽いめまいを起こしたらしい。
「う〜ん、良く俺を分かってるじゃないか。さすがはユウヒ…でもそこまで言われるとなんか照れるな。」
「け、な、し、て、ん、の!照れるな馬鹿っ!もう知らないっ、ここで野たれ死んじゃえ!」捨てぜりふを吐いて馬の腹を蹴り、ユウヒは走り出した。
「ちょっ、ちょっと待てよユウヒ!何でそんなに怒るんだ!?お〜い!」
リュンも慌てて前に向き直り、馬を走らせる。
「凶暴ってのがマズかったかな?やっぱりアルに文面頼んだのが失敗だったな…」
少し見当違いなことをつぶやきながらユウヒの後を追う。
追いかけて来るリュンの馬蹄の音を背にユウヒはさらに馬を加速させた。
「…せっかく2人きりで楽しい旅が出来ると思ったのに…リュンの馬鹿!!」
乗り手の怒りに呼応するがごとく、馬はぐんぐん加速して東邦最西端であるグラン国の首都グラン・カーレに向かってバルードを疾走していった―――
―――このグラン・カーレに向かう2人の若者は一体何者なんでございましょう。話に出てきた”甲冑兵”なるものも気になってございます。そもそもこの甲冑兵とはですな…
―――おっと、開幕を告げるベルが鳴りました。そろそろ第一幕がはじまりますので私めの話はここまででございます。後は本編をご覧いただきたいのですが…
―――あっ、ご覧になって行かれる、そうでございますか。ありがとうございます。
―――えっ、私も一緒にでございますか?…
しかし、大変うれしゅうございますが、やはりお断りさせていただきます。
他に仕事もございますし、私はこの物語の筋を全て知っております。加えて私めは話たがり屋でございまして、きっとこのお話しをつまらない物にしてしまうのでございます。
―――おっ、幕が上がり始めましたな。私めは裏方の仕事もがざいますので、この辺で失礼させていただきます。
―――ええ、私めは物語の終わり頃、また戻って参りますよ。
それでは開幕でございます。どうぞごゆっくりご鑑賞あそばしませ…
第1幕
グラン・カーレの都市城壁がおよそ半クー(約1.5km)先に見えてきたのは、ユウヒの予想通り辺りが薄暗くなってからのことだった。
2人の言い争いから2回の小休止を挟み、幸い夜盗に襲われることもなくここまでたどり着いた。
ユウヒはあれ以来すっかり機嫌が悪いらしく小休止の間も必要最低限の言葉しか発せず、時折リュンの口から漏れる軽口にも全く耳を貸さない様子だった。
ユウヒの怒りの原因を作った張本人であるリュンは、根本的に怒りの原因を取り違えており、なんでそんなに怒るのか分からないと言った様子で、それがかえってユウヒの神経を逆撫でていた。
ユウヒは確かに怒ってはいたが同時に内心喜んでもいた。
日頃ほとんど2人きりで過ごすことのないだけに、このような喧嘩でさえこの上なく楽しく思えてくる。しかし自分の気持ちを素直に表現できず、ついリュンにきつく合ったってしまうのだった。
彼女はリュンを愛していた。
もちろん彼女はその気持ちをリュンには伝えていない。はたから見れば彼女の態度から容易に察することが出来るのだが、当のリュン本人はその事に全く気づいていない。
しかしユウヒはその秘めた思いを決してリュンには伝えないと心に決めていた。
今更という気恥ずかしさや、素直になれないという性格的な問題もあったが、それ以上の問題が彼女の前に越えることが困難な壁となって立ち塞がっていた。
手を伸ばせば触れられる、その吐息さえ肌で感じる事の出来る距離にいながら、果てしなく遠い存在。それが彼女から見たリュンなのだった。
2人が町の入り口に着いた頃にはすっかり暗くなっていた。
グラン・カーレは城塞都市になっていて町の廻りには高さ30クール(約9m)の城壁で囲まれており、入り口は東西南北4つ。それぞれ大きな城門が設置されている。
現在2人が着いたのは東門(ラウド・ミュール)だった。
門の両脇に身の丈 20クール(約6m)の青い鎧を纏った巨人の像が1体づつ、地面に剣を突き立てた姿勢で立っている。
「あれ? 『ウログラス』じゃないか。グランの正式甲冑は『影光』じゃなかったっけ? 」
リュンが巨人の像を見ながらユウヒに声をかけた。
「そうだけど……別に変な事じゃないでしょ。ウログラスは多く出回っている甲冑兵の一つですもの。」
たいして気にした風もなくユウヒが馬を降りながら答える。
この巨人の像は生ける鎧、「甲冑兵」と呼ばれる戦闘兵器である。
人間で言う胸から腹に掛けて着装漕という操縦席があり、そこに人間が潜り込んで操縦する事になる。
甲冑兵を操る人間は着装者または契約者と呼ばれる。
これは初めて操縦する際にその機体と契約してはじめて操縦することが出来ることからそう呼ばれる。
先ほども述べたが甲冑兵は生きていてそれぞれ自我があるのだ。
自我といっても喋ったりする明確な物ではなく、感覚的には馬などに近い。
その機体との相性が合えば契約が成立し晴れて所有者となる。馬に例えたが、まさに馬が合うといったところだ。
操縦といっても着装漕には座席はなく、着装者の体が入る窪みがありそこに体を納めると上に上がっていた胴当てが降りてきて体が固定される。手や足も同様に防具のような物で固定される。正面には甲冑兵の目から見た映像が投影される映像板と機体の状態を示す計器が2,3個並んでいるだけだ。
着装漕の頭頂部、丁度操縦者の頭の上に、レグール(星石)と言われる直径5cmくらいの透き通った緑の水晶のような石が埋め込まれている。
この石が甲冑兵の全機能を司っていて、着装者の手足にはめられた防具に模した伝達具から伝わる人間の動きを忠実に機体に再現させる。
そう、甲冑兵は「乗る」のではなく「着る」のだ。
動力源はミュータンと呼ばれる青い液体を機体の後頭部から補給し、それを全身に張り巡らされた結筋管に流し循環させることにより動かす。
「遅閉めの東門だから大方どっかの中古甲冑兵を配置して居るんじゃないの? 」
「そうかなぁ……それにしては綺麗な甲冑だな。鎧も剣も使った形跡がないし……」
リュンも馬を降り、近づいてしげしげと真っ青な巨人を見上げる。人間で言う丁度胸に当たる部分に、三日月を象ったグラン国の紋章が赤く描かれている。
「門に立たせるから甲冑を換装したんでしょ。そんなことより早く手続き済ましちゃってどっかで夕ご飯にしましょうよ。あたしもうお腹ペコペコ。」
夕飯という単語に反応してリュンも振り返る。その言葉で先ほど感じた違和感はこの男の頭の中から追い出されてしまったらしい。
「それもそうだな。俺もめちゃくちゃ腹減ってたんだ。」
そう言うと、早足で入都の手続きの列へ並び始めた。
「全く、現金なひとね……」
ユウヒはため息を一つ付き、リュンの後に続こうとして不意に振り返り、青い甲冑兵を見上げ、独り言のように呟く。
「……間違いなさそうね。知らせてないけどリュンは何かを感じ取った。さすがは…・・」
何かを言いかけたが、最後は言葉を飲み込んだ。
物言わぬ甲冑兵の面覆いを付けた顔を見つめるその整った瞳には、なにか強い猜疑の色が伺える。
ユウヒは先ほどはとぼけていたが、リュンが感じた漠然とした違和感の正体を知っていた。そしてこのウログラスと呼ばれる甲冑兵がココに立っているという事実を正確に分析していた。
彼女はそれを調べるためにリュンの旅に同行したのだ。
―――本気なのね。でもそんなことはさせないわ。私が絶対……
「おーい、ユウヒ次だぞ〜! 」
列に並んでいたリュンが呼んでいる。見るともう前の人が手続きを終えようとしていた所だった。
「お前だって腹減ってんだろ〜、早く来いよ〜。 」
「ちょっと! そんなおっきな声で言わないでよ、恥ずかしいじゃない! 」
ユウヒが文句を言いながらリュンの横に並んだ。廻りの人はクスクスと忍び笑いをしている。年頃の娘に対して、デリカシーの欠片も持ち合わせてないリュンであった。
「まったく、鋭いんだか、鈍いんだか……」
「鋭い?……なにが? 」
不思議そうにリュンがユウヒの顔をのぞき込む。鼻のすぐそばまで顔を近づけて来るリュンに、ユウヒは狼狽した。
「なっ、何でもないわよ。ほっ、ほら、呼ばれたわよ。」
顔が赤くなっているのを自覚していたユウヒは、それをリュンに悟られないよう、さっと踵を返して受付に向かった。
ユウヒは荷物の中から鑑札を出し、受付に渡す。
「リュン・パーサー。男、年齢25歳。職業機織り職人……ユウヒ・グレース。女、年齢26歳。同じく機織り職人と……」
入都受付の官吏は、渡された鑑札に記載されている事項と本人達を見比べて確認した。
それらしくしているだけで、本当は鑑札に記されている国証印が本物であるかどうかを見るだけなのだが、単調な作業なだけに時々旅人をからかい半分で対応していた。
中には賄賂を受け取っている者もいると言う噂だ。
「ふむ……なんか引っかかる……」
鑑札を見ながら、官吏はもっともらしく呟いた。
「なにがでございますか? 」
ユウヒが聞き返した。
昼間、リュンが持っていた手配書の事が頭をよぎったが、すぐに違うことが判明した。
官吏は鑑札を渡したユウヒに舐めるように視線を這わせた。若くて美形なユウヒを見て、なにか卑猥な想像を頭の中で巡らせている。そんな表情だった。
「その鑑札は本物でございますよ。ちゃんと国証印だって押してありますし……」
「そうではない。…誰がそう申した。それにわざわざなんでその様なことを申すのだ? 偽物と言ってないのにことさら本物を強調する……怪しいな……」
官吏がユウヒを睨む。凄みを聞かしているつもりだろうが、ユウヒは全く動じない。しかしユウヒは芝居がかった声を出した。
「そんな……言いがかりにございます! 」
「言いがかりとはなんだ。無礼な奴め! これは別室で吟味せねばなるまい。」
官吏が席を立った。
―――年頃の若い娘に目を付けていちゃもんを付け、吟味と称して別室でいかがわしい事 をする魂胆ね。下手に付いていったら何をされるか分かったもんじゃない。きっと この手で何人もの女を毒牙にかけてきたんだわ……許せない!
「……分かりました。」
ユウヒはそう答えて立ち上がった。
「えっ、取り調べ行くの? 」
意外そうにリュンがユウヒに聞いた。
「大丈夫よ。何も悪いことしていないんだもの。すぐ戻ってくるわ。」
そう言ってユウヒはリュンにウインクをした。そして官吏と一緒に、奥の部屋へと消えていった。
受付にはもう一人の官吏とリュンが残った。そしてもう一人の官吏が独り言のように呟いた。
「気の毒にな……」
「ええ、本当にお気の毒で……」
リュンも同じく呟く。
「んっ、どういう意味だ? 俺はあんたの連れのことを言ったんだぞ。」
「えっ、ああ、そ、そうですよね。心配だなぁ……」
慌ててごまかすリュンを官吏は怪訝そうな顔で見る。確かに端から見ればおかしな会話であった。
「まあいい。それよりあんた脇に避けといてくれ。あんたの連れは時間が掛かるからな。よし、次の者、前へ……」
と言いかけたとき、奥の扉が開き、ユウヒと先ほどの官吏が出てきた。外見から見る限りでは入る前と変わらない様子だった。そして何事も無かったように自分の席に着いた。
「……おい、ずいぶん早いな……どうした? 」
隣の官吏が小声で耳打ちする。
「ん、……何がだ? ああ、この方達の事か。うん、特に疑わしい所は無かった。俺の勘違いだったようだ。あっ、ユウヒ殿、リュン殿、お待たせいたしました。入都を許可します。ようこそグラン・カーレへ……」
先ほどの高圧的な物言いとはうって変わり、まるで官職のお手本と言えるような丁寧な言葉で通してくれた。隣の受付官吏もまるで人が変わったような相棒を見て、驚いてる様子だった。
「ありがとうございます。それではリュン行きましょう。」
そう言ってユウヒは馬の手綱を引きながら町の中に歩みを進めた。あっけにとられたリュンも慌ててその後に続く。
「ユウヒ、お前奴に何をしたんだ? 」
隣に並んでリュンがユウヒに問いかけた。ユウヒはニコッとして腰袋から小さなガラス小瓶を取り出した。中には緑色の砂が入っている。
「ちょっとね、彼の記憶を操作したの。今の彼は初めて役職に就いた使命感に燃える新人官吏よ。まぁ、少し色を付けて置いたけど。」
「なるほど……」
「術の効果は2,3日ってとこ。」
「お前にしてはずいぶん軽い刑じゃないか。」
リュンは以外そうに聞いた。ユウヒはああいう輩はもっとも嫌いなタイプで、報復には容赦がなかったからだ。リュンも人の弱みにつけ込むのは好きではないが、ユウヒの罰には、なにもそこまでやらなくとも、と思うのだった。
「それだけで済ます分けないじゃない。私はそこまで甘くはないわ。」
―――やっぱり……
「暗示を掛けたの。彼の真相心理の奥の方に。術が解けてまた良からぬ考えを起こしたときに発動するようになっているわ。」
ユウヒはにんまり笑みを浮かべる。
「彼が事に及ぼうとするとね、フフッ、彼男として完全に役に立たなくなるのよ。『フラン』(魅了)って『砂術』の応用でね、脳に焼き付けたから一生解けないわ。」
お転婆娘がいたずらを仕掛けた時のような笑顔だったが、その内容とのギャップが激しいだけに、リュンの背中に冷たい物がは走った。少しだけさっきの官吏に同情した。
「おまえな……私事でそんなに簡単に『砂術』使って平気なのか?教戒に縛られているんじゃなかったっけ? 」
ため息混じりにリュンが言った。
『砂術』(さじゅつ)とはカレート山付近で採取される『レグ』(星砂)と呼ばれる緑の砂を媒体に、超自然の力を引き出す術の事で、これを使う者を『砂術師』(さじゅつし)と呼ぶ。
術が引き起こす事象は、レグと他の触媒を組みあわせて発動させる事により様々なバリエーションが存在する。
ただし、レグを持っていれば誰でも術を発動出来るわけではなく、長年の精神修行と素質によって初めて砂術をコントロール出来る。
摩訶不思議な超自然の力を行使する砂術師ではあるが、決して万能ではなく複雑な法則や所属砂術師組織の『教戒』という色々な戒律に縛られており、おいそれと術は使えない事になっている。
ユウヒは砂術を操ることのできる数少ない砂術師なのである。
「あら、自己防衛手段として行使しているんだもの教戒には抵触しないわ。」
ユウヒはさらりと言ってのけた。
「自己防衛って言ったって……なんか屁理屈ぽいな……」
「俗人にはそう聞こえるかもしれないけど私たちには大事なの。それにあんな世の女の敵をのさばらして置いたら被害者が増えるだけでしょ?これは立派な社会貢献よ。」
物は言い様である。
「くだらない事で時間食っちゃった。さ、馬預けて食事に行きましょ。あ〜、良いことしたらさらにお腹空いた。ご飯ご飯〜♪ 」
ユウヒは上機嫌で夜の町に乗り出していった。
そんなユウヒの後ろ姿を眺めながら、リュンは男としてユウヒだけは敵に回したくは無いと、心底思い天を仰いだ。
夜空には綺麗な三日月が恥ずかしそうに薄雲に隠れてそんな2人を覗いていた。
三日月を象ったグランの紋章。
リュンはふとそんなイメージを連想させた。
「三日月の都か……風流だねぇ。」
と、のんきに呟きながら歩き始めた。
しばらくしてその三日月が完全に雲に隠れてしまった。
それはこれから始まるこの国を発端にした大きな災いを暗示しているかのようだった。
やがてそれは火種となり、大陸全土を揺るがす動乱の幕開けとなることを、2人はまだ知るよしもなかった。
第2幕
グラン・カーレの町は各門より中央に向かって伸びた大通りがあり、東門通りをラウド・パセ『東の陽光』。西門通りをミウド・ロッテ『西の山』。北門通りをパウド・ロウ『北の風』。そして南門通りをスウド・ロマ『南の雲』と呼び、それぞれ門の名前と意味にちなんだ名前が付いて町の中心にある王宮に繋がっている。王宮の廻りには堀があり、跳ね橋によって町と繋がっている。
町は4本の大通りと王宮を中心にして円を描くように敷設された3本の道によって4区画に区切られていた。
城壁側からそれぞれ商業区、工業区、居住区、国政施設区と4つに分かれている。
中央に行くに従って、居住区では身分が高く、その他の区は重要施設になっていく。
街の人口は7千人弱で、これは東邦の都市の中では大規模な部類に入る。
リュンとユウヒが入都した東門に続く通り、ラウド・パセと西門通りミウド・ロッテは主に商業が盛んであった。
ラウド・パセは夜であるのに明るく、人通りは多かった。それもそのはずで、通り沿いには等間隔でガス灯が設置してあった。
ここグラン・カーレの地下には巨大な天然のガス溜まりがあって、そこから銅管で街の大通りや街の各所に配管し、街灯を整備してあるのだ。この時代では画期的な技術である。
このため、このグラン・カーレは『月明かりの都』とも呼ばれていた。
「ロマンチックな街よね・・・・・・ 」
街灯の明かりに照らされた石畳の通りを歩きながら、ウットリと言った感じでユウヒが呟いた。
門近くの厩に馬を預けて、2人は食堂を探しながら並んで通りを歩いていた。彼女にとってリュンと2人で夜の街を歩く事が嬉しくてたまらないと様子であった。
通りには大小様々な商店が軒を連なり、客足を自分の店に向かわせるべく努力している。露天商も多く出ていて、あちこちから胃袋を刺激する魅惑的な臭いが立ちこめて行き交う人を誘っていた。
「う〜ん、アレもうまそう・・・・・・ いや、あっちの串焼きも肉汁がこう・・・・・・」
リュンは夜の街にウットリしているユウヒとは対照的に、鼻をくすぐる臭いの誘惑の虜になっていて、廻りをキョロキョロとせわしなく見ながら、今夜の夕食選定に没頭している。
「困った。どれも、これも食べたくて、決められん・・・・・・ 」
「・・・・・・ あんたってムードを壊す天才ね、まったく。・・・・・・ 涎拭きなさい、涎」
「お前だって腹減ってんだろ? そろそろどっか入ろうよ。もう腹減って死にそ・・・・・・ 」
リュンはお腹を押さえてユウヒに言った。今にも倒れそうな勢いだ。
「あ〜あ・・・・・・ はぁ、なんで・・・・・・ 」
――こんな人好きになっちゃったんだろ・・・・・・ 手ぐらい繋いでくれたって良いじゃない!・・・・・・
ユウヒは声にならない呟きを胸の中でつき、ため息を吐いた。
「わかったわ。ココなんかどうかしら? 『パセの安らぎ』亭、・・・・・・ グラン産の地鶏を使った鳥料理が絶品・・・・・・ あら、宿泊も出来るのね。値段もそこそこだし・・・・・・ ねえ、ここにしましょうよ」
ユウヒは丁度、2人の立ち止まった右手にある店を選んだ。
店は値段の割に3階建ての石造りという立派な店構えで、入り口の左右に龍の彫刻を施した柱があって訪問者を迎えている。
入り口の左側に手書きの先ほどユウヒが読んだ看板が立てかけてある。
「鳥料理か・・・・・・ いいねぇ、グラン産地鶏は有名だもんな。よしっ、ココにしよう」
2人は店の戸を潜って店内に入った。
店内は夕食時ということもあってか結構混んでいた。
1階は広い食堂で2階まで吹き抜けになっている。奥にはカウンターがあり、その先は厨房になっているらしく時折大きな声で女給達が取ってきた客の注文を復唱したりしていた。
カウンターの上には2階の廊下があって、両側には緩い弧を描いた階段が2つあるのが見える。おそらく宿は2階なのだろう。
2人は宿の手続きは後回しにして、食事にするため、とりあえず開いているテーブルに腰を下ろした。すると程なくして若い女給が注文を取りにやってきた。
「いらっしゃい、お2人さん。ここらじゃ見ない顔ね。旅の人?」
年の頃はリュンやユウヒと同じくらいで、長めの髪を束ねて後ろで結んでいる。少し濃いめの化粧を施し、ふっくらとした赤い紅を引いた唇は豊かな愛情を想起させる。
胸元をすこし大きめに開いた上着は、胸の谷間を強調していて男性客の心をくすぐる目的が有るのだろう。
驚くほどの美人ではないが、見る者を引きつける魅力がある娘であった。
リュンも自然に胸元に目が行ってしまう。
「ああ・・・・・・、今着いたんだ・・・・・・ うぐっ! 」
リュンが突然呻いた。
リュンの一瞬の視線の動きをユウヒは見逃さなかった。テーブルの下で向かい合ったリュンの向こう脛をつま先で蹴ったのだ。
品書きを渡しながら不思議がる女給に、何食わぬ顔でユウヒが対応した。
「着いたばかりでお腹空いちゃって。旅の途中はたいした物食べていなかったから・・・・・・ お勧めは何かしら?」
「そうね・・・・・・ もも肉の香草焼きなんかどう?10種類の香草と特製スパイスを利かせた当店自慢の料理よ。スープにするのも良いけど、なんと言っても焼いたのに限るわ。グラン鶏のおいしさを一番堪能出来る食べ方ね。香草を使ってるから旅の疲れも吹っ飛んじゃうかも」
聞いてるだけでお腹が空いてくる娘の明るく丁寧な説明で、ユウヒも無性に食べたくなってしまった。
「じゃあそれを2人分頼むわ」
「それと・・・・・・ サラダと、チーズ入りの堅焼きボスク(パン)ってところでどうかしら? これで値段の割にはボリュームあるわよ」
続けて娘はサイドメニューも選んでくれた。こういう客が多いのか、手慣れた感じで次々と選んでいく。
「そうね、お任せするわ。」
「じゃあ決まりね。お酒はどうする?」
「それは結構よ。そうね、おいしい水をいただけるかしら?」
「わかったわ、ちょっと待っててね、今持ってくるから・・・・・・」
注文を取った紙を握り、女給の娘はは早足でカウンターに戻っていった。途中何度かなじみらしい客の追加も頼まれ、にこやかに客に対応している姿はとても好感が持てる。この店の看板娘と言った感じだった。
「なによ、デレ〜っとして胸元なんかチラ見しちゃって。いやらしい・・・・・・ 」
まだうなってるリュンを睨みながらユウヒが言った。
「少しは加減しろよ・・・・・・ だいたい変な目で見てないって。あんな服着ているんだから嫌でも目に入っちゃうだろ」
「どうだかね〜 可愛い娘だったもんね〜 」
ユウヒが軽蔑の眼差しを送ってくる。こういう話ではリュンには分が悪い。ユウヒに勝った試しが無かった。それに一瞬みとれたのも確かであった。
「お前な・・・・・・ なんだ、妬いてるのか?」
冗談で言ったリュンだったが、ユウヒは本心をズバリと言い当てられ顔を赤らめた。
「ばっ、馬鹿言わないでよ、何であんたなんかにヤキモチ妬かなきゃなんないのよ! 」
「じょ、冗談だよ、そんなに怒ること無いだろ・・・・・・ 」
そこに先ほどの女給が、水と堅焼きボスクを持ってやってきた。
「旦那さん、こんな綺麗な奥さん怒らしちゃだめよ。でも喧嘩するほど仲が良いって言うわね。羨ましいわ。」
どうやら2人を夫婦と勘違いしたらしい。
「お2人さん見てると私も早くいい人見つけて結婚したくなっちゃうわ」
「い、いや俺たちは夫婦じゃなくて、その・・・・・・ 幼なじみって奴で・・・・・・」
少し照れながらリュンは女給に説明する。
――フフッ、照れちゃって、かわいいじゃない。
ユウヒは照れ隠しに頭を掻くリュンの姿を見て、溜飲が下がっていくのを感じた。なんのかんの言いながら、所詮は惚れた方の負けである。
「なんだ、そうなの? とっても息が合っているみたいだったから、あたしてっきりそうなのかと思っちゃった。ごめんなさいね」
女給はユウヒに向かって言った。
「ううん、気にしないで」
ユウヒはすっかり機嫌がよくなっていた。女心は山の天気と同じで、コロコロ変わる。リュンでなくとも男には理解できない永遠の謎だった。
「ところで、お2人さん、どこからいらしたの? 」
「ミスルムからさ」
リュンの答えに女給は驚いた。
「へぇ〜、わざわざ『帝都』から大会見に来たって訳? 」
「・・・・・・ 大会?」
「えっ、大会見に来たんじゃないの?」
女給は意外そうに聞いた。
「・・・・・・ 私たちは反物の買い付けに来たの。こっちのは質が良いから向こうじゃ良く売れるのよ。いつも運んでくれる人が病気で倒れて困っちゃって。それじゃあ観光も兼ねて行ってみようってことになったんだけど・・・・・・ 大会って? 」
「じゃあ本当に知らないんだ。五日後から始まる甲冑兵闘技大会の事よ。いつもは2年に1回開催されるんだけど、5年前の内乱でしばらく中止になっていてね、やっと今年から再開されることになったのよ」
「へぇ・・・・・・ それでこんなに人が多いのか・・・・・・ 」
テーブルに置かれた堅焼きボルクを取りながらリュンがつぶやく。
「ええ、しかも今回は『御天主様』まで見に来るって言うじゃない。そりゃ人も集まるわよ。ねえ、お2人さんは帝都に住んでるんでしょ? 『御天主様』には会ったことある? 」
女給は目を輝かして言った。
「御天主さま? 」
「『銀王』様よ、ディア・アルメス・カルバート6世皇帝陛下に決まってるでしょ」
ディア・アルメス・カルバート6世は東邦24国のうち、このグランを含めた10カ国を属領に持つ、東邦最大の国、グランシス帝国現皇帝である。
5年前、即位の折り、それを不服とした王弟ヒュンメルは、主立った家臣と共に謀反を起こした。その内乱の舞台になったのが、このグラン国であった。当時このグランを統治していたのが王弟ヒュンメルだったのだ。その内乱は『グランの乱』と呼ばれる。
国主側は直ちに討伐に乗り出した。
数的に圧倒的に不利だった王弟派だったが、この混乱に乗じて隣国である『グリフス国』『ドルキア国』『ストーリア国』の3国が王弟派に荷担し、その見返りに領土拡大を狙った。
そして、王弟派は国主の妻である王妃を人質に取り、国主に王座を返上するよう迫った。
対策を練るべく国主側は一時進軍を停止せざるを得なくなった。
両軍はこのグラン・カーレの東に位置する『ルーラン平原』でにらみ合う形となる。
そのとき、功を焦ったドルキアの指令官が前線に王妃を連れだし、国主側を恫喝した際、誤って王妃を殺害してしまったのだ。
美しく、誰に対しても優しい王妃は帝国内でも人気が高く、帝国民はこの悲劇を大いに悲しみ、王妃の死を悼んだ。
5年経った現在でも、帝国内各地で催される『グランの乱』の演劇で、この『ルーランの悲劇』の場面では、未だ多くの観客が涙すると言われている。
この悲劇をきっかけに国主側は全帝国軍の半分を討伐戦に投入。王妃の弔いに燃える国主側は圧倒的な強さを見せ、瞬く間に王弟派は鎮圧された。その後王弟は処刑された。公式には自害となっている。
その後、カルバート6世はすぐさま王弟派に荷担した3国に派兵、わずか1年で3カ国を平定し、その属領を現在の10カ国としたのだった。
「カレート山の頂上まで行って『天啓』を得たとかで『半神』におなりになったんでしょう? それで長い髪が毛先まで白銀に輝き、『銀王』と呼ばれるのにふさわしく、眩しいくらいに美しいって噂よ。おまけに凄い美形でまさに神の使いって感じ。恐れ多い事だけど、あたし一度で良いからご尊顔を拝見したかったの・・・・・・ 」
女給は恍惚とした表情で2人に言った。
「いくら帝都に住んでいるからって、私たち一般都民が皇帝陛下に会えるわけ無いわよ。でも私、10カ国平定記念のパレードで陛下を遠くから見たことがあるわ。確かにあなたの聞いた噂通り、眩しいくらいの美しい白銀の御髪がそよ風になびいていたわ」
「いいなぁ・・・・・・ あたしも絶対大会・・・・・・ と言うより、銀王様を見に行くんだ・・・・・・ 」
リュンは甲冑兵闘技大会には興味があったが、女二人の憧れの銀王話について行けない。一人堅焼きボスクをほおばっていた。
「ところで、ここ泊まれるんでしょ? まだ部屋は空いてるかしら? 実は着いたばかりで、まだ今夜の宿を決めていないのよ」
「そうなの?・・・・・・ う〜ん、どうかしら、一昨日辺りから泊まり客が増えているから・・・・・・ そろそろお肉も焼けてる頃だから、運んでくるついでに聞いてくるわね」
そういって娘はカウンターの方へ行き、今度は階段を上がって2階に消えていった。おそらく空いている部屋を確認しに行ったのだろう。
程なくして、料理を盆に載せて女給が帰ってきた。
「お待ちどおさま。当店自慢のグラン鶏もも肉香草焼きで〜す。どう? なかなかボリュームあるでしょ? 味も保証付きよ」
女給は自慢げに言い、料理を手際良くテーブルに並べる。とたんにテーブルを香草とスパイスの絶妙な香りが支配した。
皿の中央にもも肉を乗せ、廻りに荒っぽく切ってただ煮ただけの野菜が取り囲んでいるだけという盛りつけと言うには何ともシンプルすぎる見栄えだが、逆に表面にこんがりと焼き目の付き、そのつなぎ目から肉汁が滴っているもも肉をより一層引き立てていて、食する者を魅了していた。
たしかに大きさも彼女の言う通り、ボリュームもあり食べ応えがありそうだ。
「いや、ほんと旨そうだな」
リュンは今にもかぶりつきそうな表情で、テーブルの料理に顔を近づける。ユウヒもみっともないからやめなさい、とリュンに注意するが、先ほどから鼻を擽る臭いに反応してお腹が鳴っていて、女給に聞かれないかとヒヤヒヤしていた。
「それと・・・・・・ お二人さん同室でもかまわない? やっぱり混み合ってきていて、1部屋しか空いてないのよ」
「えっ!?」
ユウヒが狼狽して声を上げる。
「いや、でもそれはちょっと・・・・・・ ねぇ・・・・・・ 」
ユウヒは照れながら、曖昧にリュンに同意を求めて促した。ユウヒにとっては嬉しいような、恥ずかしいような、複雑な心境である。しかし、そんな乙女心を全く分かってないこの男は、ケロっとした顔でこう答えた。
「えっ? 俺は気にしないよ。だって旅の途中、何度も野営用の寝袋で隣同士グースカ寝てたじゃないか。大体幼なじみに変な気なんか起こさないから大丈夫だって。お前も気にするなよ」
―――なによーっ、女として見てないその言い方! 照れるぐらいしてくれたって良いじゃない!・・・・・・ さっきの夫婦と勘違いされたときの照れは何だったのよ!
「何よ、失礼ね! グースカなんて寝てないわよ! 寝袋に入っていくらも経たぬうちに鼾掻いてたのはあんたでしょうが! あたしなんかいつ夜盗に襲われやしないかって常に警戒しながら寝てたのよ! 」
そんな2人を羨ましそうに眺めながら、女給は2人の口喧嘩に割って入った。
「まあまあ、どっちみち部屋は1部屋しかないんだから・・・・・・ それで、どうするの? 他をあたる? 」
怒りが納まりきらない様子のユウヒだったが、諦めたようにため息をついて答えた。
「・・・・・・はぁ、確かに仕方ないわね。お願いするわ」
「じゃ、決まりね。あたしはフィアナ。部屋係も兼務してるのよ。この時期人手がたりなくって。お二人さん名前は・・・・・・ 」
「ああ、私はユウヒ。こっちの朴念仁がリュン」
まだ怒ってるらしく、言葉に刺があるユウヒだった。その仕草にフィアナはクスリと笑いながら言った。
「フフッ、じゃあユウヒさんとリュンさんね。・・・・・・ リュン?、不思議とどっかで聞いたような名前だけど、気のせいかしら?・・・・・・ まっ、いいか。しばらくの間宜しくね。ようこそ『セパの安らぎ亭』へ・・・・・・ じゃ、あたし宿泊の手続きしてくる。食事が終わったらお部屋に案内するわね」
そう言ってフィアナは去っていった。
2人は本格的に食事に取りかかった。空腹だったこともあってか、料理は2人の旅の疲れを幾ばくか癒し、不機嫌だったユウヒも次第に怒りが薄れ幸せな気分になっていった。
そして十分に料理を堪能した後、2人はフィアナに案内され、2回の客室に入った。
部屋にはテーブルが1つに椅子が2つ。あとはベッドが1つあるだけだが、それだけでスペースの半分を占めてしまう狭い部屋だった。
正面に南東に面したテラスに繋がる窓が一つあり、セパの通りを見渡せるようになっていて、天気の良い朝には、気持ちの良い陽光が差し込むであろう事が想像できる間取りだ。値段の割には良い部屋であろう。
「朝は朝食が用意で次第呼びにくるわ。それじゃ、ゆっくり休んで旅の疲れを取ってね。お休みなさい・・・・・・ 」
そう言ってフィアナは1階に降りていった。
「さてと、寝るとするか・・・・・・ 」
リュンはそう言って荷物の中から野営用の寝袋を取りだし床に敷きだした。それを見てユウヒが慌てて言った。
「ちょっとリュン、ベッドはあなたが使っていいのよ。私は砂術でどこでも寝れるんだから。なんなら、空中で寝ることだってできるわ。」
「女のお前を差し置いて、男の俺がベッドを使えるか? それにさっき言ってたろ? 野宿ではゆっくり眠れなかったって。俺は床で寝るよ。なに、外に比べれば雨風凌げるし寒くもないんだから天国さ」
リュンはそう言って、ハハッと笑った。ユウヒはリュンのその言葉が、自分の心の奥に心地よく染みていくのを感じていた。
他人から見れば些細なことかもしれないが、自分を女として扱ってくれて、さらに自分の体のことを気遣ってくれる。そんなさりげないリュンの優しさが、たまらなく嬉しかったのだ。
「でも・・・・・・ あたしが勝手に着いてきた訳だし・・・・・・ 」
ユウヒは尚も遠慮する。しかし一緒に寝ようとは、彼女性格からして口が裂けても言えないのだった。
「いいって、しつこいなぁ・・・・・・ 俺はもう寝るぞ。その代わり明かりはお前が消してくれよ。」
リュンはそう言って、さっさと寝袋に入ってしまった。
「・・・・・・ うん。ありがと・・・・・・ 」
ユウヒはそう言って明かりを消そうとした。すると、疲れていたのか早くもリュンが鼾を掻き始めた。
「相変わらずね。でも・・・・・・ 優しい人ね、リュン・・・・・・ 」
そう言うとユウヒは、何か思い付いた表情をしてから毛布を引きはがし、体をくるんでリュンの隣に横になった。
寝心地の良いベッドよりも、多少堅い床の上でも愛する男の隣の方が、ユウヒにとって一番心地よい場所なのだった。
「お休みなさい。リュン」
そう言ってユウヒは部屋の明かりを消し、リュンが寝ていることを確かめたうえで、その頬に軽くキスをした。
それは、普段素直になれない自分ができる精一杯の愛情表現であった。
一方、客室を後にしたフィアナは階段を降りてカウンターの奥にある厨房に向かった。
厨房には3人の男が料理を作っている。
鍋の前に立っていた男の横を通り過ぎて、さらに奥の執務室へ向かう。
立ち入り禁止の文字がドアに表示してあり、フィアナのような女給が入ることは許される場所ではないのだが、不思議なことに誰も注意しない。
フィアナは何の迷いもなくドアを開き中に入った。
部屋には本棚が並び、中央には応接セットが一式。奥には大きな事務机と、その後ろに金庫が置いてある。
机には大柄の男が1人座っていて、入ってきたフィアナに声を掛けた。
「フィアナ様、あの2人連れは何者です? 食事の時もずいぶん話し込んでおられたようでしたが・・・・・・ 」
年の頃は40を過ぎた辺りと言ったところか、顎髭を蓄え一見宿屋の頑固親父と言った感じで、およそ女給に敬語を使うタイプの人間には見えない。
それにフィアナに声を掛けるその目には、鋭く光るものがあった。
「別にたいした話ではないわ。ただの世間話よ。ただ、帝都から来たっていうんで気になったの」
「帝都からですか? まさか帝都からの密偵ではありますまいか? 」
「今のところはなんとも言えないわ・・・・・・ 反物の買い付けって言ってたけど、それは恐らく嘘ね・・・・・・ 」
フィアナは髪を解き、ソファーに腰を下ろした。
「では、やはり・・・・・・ 始末いたしますか? 」
男の目に緊張が走った。
「先走らないでクレモンド。もう少し様子を見ましょう。無理に一部屋空き部屋作って泊まらせてあるんだから。正体が掴めないと手の打ちようが無いでしょ。ただ、泳がせておくけど監視は怠らないで頂戴。」
フィアナはきつめの口調でクレモンドと呼ばれた男に告げる。自分の考えを曲げない、強い意志が感じられる声音だ。
「分かりました。ただ、時期が時期です。用心せねばなりませんな」
「分かっている。でも片っ端から人を殺めるわけにはいかないわ。」
「・・・・・・ 確かに。・・・・・・ フィアナ様、兄上様は・・・・・・ ヒューム様は本当にやるのでしょうか? 」
フィアナは少し考え、クレモンドに言った。
「・・・・・・ ええ、兄はやるでしょう。あの人は銀王に対する復讐心で生きているもの・・・・・・ 」
そう言ってフィアナは唇を噛んだ。そんなフィアナを見るクレモンドの顔には、深い悲しみの色が浮かんでいた。
「なんとしても兄を止めなくては・・・・・・ たとえ兄と差し違えてでも・・・・・・ 」
「・・・・・・ 討てますか? 兄上様を?・・・・・・ 」
そのクレモンド問いにフィアナは答えなかった。
――― その役だけは私が引き受けます。フィアナ様に兄殺しをさせるわけにはまいりません。
沈痛な趣で両手を組み、思い詰めた目で一点を見つめるフィアナを眺めながら、クレモンドはそう心に誓うのだった。
不意に、フィアナが思い出したようにクレモンドに問いかけた。
「ねえクレモンド、さっきの2人組何処かで見覚え無い? 偽名かもしれないけど、リュンとユウヒって名前なんだけど・・・・・・ 」
その問いに少し考え、クレモンドが答える。
「・・・・・・ はて? とんと記憶にはございませんな」
「そう・・・・・・ 誰かに似ていると思うんだけど・・・・・・ 思い出せないわ。やっぱり気のせいかしら?」
「フィアナ様がそう仰るなら、やはり密偵、あるいは帝国政府要人では・・・・・・ ? 」
「かもしれないわね。まあいいわ。どっちみち正体が分かればおのずと分かる事だから」
そう言ってフィアナはこの話を打ち切り、立ち上がった。
「じゃあ、私は女給の仕事に戻るわ。まだ片づけが残っているから」
「申し訳ありません。フィアナ様にその様な事をさせるとは・・・・・・ さぞお恨みかと存じます。亡きお父上にあの世でなんとお詫びをいたしたらよいやら・・・・・・ 」
クレモンドは申し訳なさそうにフィアナに頭を下げた。
「何言ってるのよ。もう慣れたわ。それに貴方には感謝しているの。家が取りつぶされて、こんなになってまで私たちに付いてきてくれているでんすもの。恨みなんてこれっぽっちも感じてないわ」
フィアナは笑顔で答えた。そんなフィアナの姿に、クレモンドの心はわずかだが癒されていくのだった。
「じゃ、行くわね。ああ、それといいこと、ここを出たら貴方はお店の主人。私は女給。この数日は日雇いの人間も雇って居るんだから忘れて敬語なんて使っちゃ駄目よ」
そう言ってフィアナは執務室を後にした。
一人残ったクレモンドは思い詰めた様子で椅子から立上り、ドアに鍵を掛けた。そして書棚から一冊の本を引き出す。すると音もなく書棚が横に移動して隠し扉が現れた。
その扉のノブに手を掛けて止まり、こう呟いた。
「・・・・・・ 今は亡き我が君、カイエン様。フィアナ様は良いお方に育っておいでです・・・・・・ もとより私の命、無い物と思っておりますが・・・・・・ フィアナ様がヒューム様を討つ。それだけは命に替えても避けねばなりません。この不肖クレモンドの不忠義、どうかお許し下さい。」
クレモンドは、そう亡き主君に詫び、悲しみと後悔に表情を曇らせながら扉の向こうに消えて行った。
第3幕
明くる日、その日は朝からいつになくパセ通りは沿道に人が集まり、賑わいを見せていた。
まだ夜も明けぬ頃から、1組、2組と沿道に場所取りの人が集まりだし、通り沿いの早開けの店が開店する頃には、大勢の市民が沿道に集まっていて、皆思い思いの格好で通りの門の方から来る「何か」を待っていた。
リュンとユウヒは、そんな通りの光景を、店の1階で少し遅めの朝食を取りながら眺めていた。
「はのひとはちは・・・・・・ はにほはってるほ? ・・・・・・ゲホッ」
リュンは食後のお茶を運んできたフィアナに外の騒ぎを聞いてみたのだが、口の中にボスクをいっぱい詰め込みながら喋っているせいで何を言っているのかまったく聞き取れない。しかも詰め込みすぎで、どうやら喉につかえたらしい。
「誰も取ったりしないんだから、もうちょっとゆっくり食べたら? みっともないったらありゃしない・・・・・・」
そう言ってユウヒはため息を付く。言われた当の本人は卓に置かれたお茶を奪うように取り、喉につかえたボスクを無理矢理胃に流そうと悪戦苦闘中でユウヒの言葉は耳に入って無い様子だ。
そんな二人の様子にクスクス笑いながらフィアナが答える。
「今日の午後から大会の予戦が始まるの。それでその予戦に出場する甲冑兵が、このセパ通りを行進して会場入りするのよ」
どうやらリュンが何を言っていたのか理解できたらしい。
「それを見物するためのこの騒ぎって訳か・・・・・・ 」
何とか窒息死を免れたリュンが、納得したように答えた。
「別に行進して会場入りしなくても良いんだけどね。ほら、甲冑使いって目立ちたがり屋が多いじゃない? それに”流れ”の参加者も居るからね。目立って仕官しようって輩も多いのよ」
「なるほどね・・・・・・ まぁ、帝都の大会でもそんな連中はごまんと居るからな」
「各国の団体戦は無いから帝都の大会のような派手なパレードじゃ無いけど、何機もの甲冑兵が行進していく様は結構迫力有るわよ〜。日頃娯楽が少ないから、みんなが熱くなるのも無理無いわよ」
確かに沿道に集まった市民の数を見る限り、フィアナの言う事もうなずける。ましてや久々の開催となればなおさらだろう。
「内乱終結から5年経ったとは言え、みんな不安なんだと思う。だからこんな事でも便乗して景気を付けようとしているのよ・・・・・・ 」
そう言いながら、店の入り口の向こうに見える騒ぎを眺めるフィアナの瞳は、幾ばくかの寂しさを含んでいた。
「そうね・・・・・・ 彼らにしてみれば、上の都合で戦争が始まって、犠牲になるのはいつも民である自分たち・・・・・・ こんな事でもなきゃやってられないかもね」
ユウヒも通りに目をやって呟いた。通りには先ほどよりさらに人が増えた様子で、沿道はかなりの混雑になっている。掻き入れ時と思い店を出そうとしていた露天商達は、あまりの混雑ぶりに商売にならないと判断してか、早々に店を畳んでいるのが見える。
「あたし、もうすぐ朝の仕事片づくから、表の行進見物しに行こうと思ってるんだけど、リュンさん達、一緒に見に行かない?」
リュンとユウヒは二人で顔を見合わせて、少し考えてからユウヒが答える。
「う〜ん、午前中に問屋廻りするつもりだから・・・・・・ リュン、あんた行って来なさいよ。問屋廻りは私が行って来るから」
「そう? そうだな・・・・・・ それじゃお言葉に甘えて見物してこようかな」
―――別行動って訳ね。まあいいわ、誰かに尾行してもらおう・・・・・・ クレモンド!
フィアナは何気なく奥のカウンターに目をやる。カウンターの向こうに立つクレモンドは無言で頷いた。
「じゃあ決まりね。ユウヒさん、少しの間リュンさん借りるわねっ」
フィアナは何食わぬ顔でユウヒをからかう。
「だからっ! 私たちはそういう関係じゃ無いって・・・・・・ 」
少し頬を赤らめながら必死に否定するユウヒとは対照的に、リュンはフィアナの言った意味が分からないと言った様子で首を傾げ、最後のボスクに齧り付いていた。
「あはははっ、ユウヒさんわかりやす〜い。じゃ、店長、そういうことで。コレ片づけたら行ってきま〜す! 」
フィアナはカウンターの奥に居るクレモンドにそう宣言すると、空いた皿を片付け始めた。
「最低でも昼食の一刻前には帰って来いよ。うちにはお前を遊ばしておく余裕は無いんだからな!」
そう憮然とフィアナに言い放ち、クレモンドは奥に消えていった。
―――油断は禁物。ご無理なさいますな、フィアナ様・・・・・・
「は〜い、わかってま〜す!」
フィアナは元気良く答えた。
―――大丈夫よクレモンド。こんな華奢そうな優男・・・・・・ 油断してたって遅れは取らないわ!
「いやー、朝から食った食った」
その華奢そうな優男と心の中で評された男は、ボスクの最後の一欠片を口に放り込み、満足げに腹をさすっているのだった。
いったん部屋に戻ったユウヒは身支度を整えると、出がけにリュンにくぎを差す。
「いいこと、危ないまねはしないでよね。一応『影守』は残すけど、私が居ないんだから。くれぐれも面倒なことに首をつっこまない事! わかった!」
きつめの口調でリュンに言う。そのまるで保護者のような口振りにリュンが口をとがらせながら文句を言う。
「大丈夫だよ、いちいち子供扱いするなよ。ユウヒは心配性だなぁ・・・・・・ 」
「あんたの大丈夫が い、ち、ば、ん、大丈夫じゃないでしょ! 子供の方がまだ物わかりが良いわよ! あんたときたら、いつも先のこと考えずに動いて、めんどくさがり屋のくせに結局面倒な事に巻き込まれるんだから! 付き合わされるこっちの身にもなってよ! 全くあんたは無計画で、無鉄砲で、その上・・・・・・ 」
「あーっ、分かった、分かった。十分注意するし、自重するよ」
リュンはうんざりといった様子でそう答え、ユウヒの小言連続攻撃を遮った。
「それと・・・・・・ さっきフィアナが言ってたこと・・・・・・ 本気にしないでよね! 」
何となく口ごもった感じのユウヒの言葉にリュンは首を傾げながら答える。
「なんか言ってたっけ? いやースマン。朝飯旨くて夢中で食べてたからあんまり聞いてなかったんだよ〜」
―――少しでも、期待した私が馬鹿だった・・・・・・
がっくりとうなだれて、ため息をひとつ。
「何でも無いわ! それじゃあ行って来ます! フィアナと、な・か・よ・く・ね! 」 フンッ、と鼻を鳴らし、いきよいよくドアを閉めてユウヒは出ていった。ドアの衝撃で壁に掛かっていたカレート山の絵が ガクッ と傾く。 一人部屋に残ったリュンは、まるで嵐が過ぎるのを待っているネズミのように、首をすくめながら呟いた。
「しかし最近あいつ怒りっぽくなったなぁ。あんなんじゃ、絶対・・・・・・ 」
ユウヒが地獄耳であることを思い出し、リュンは慌てて最後の言葉を飲み込んだ。
―――絶対嫁に行けないぞ・・・・・・
心の中でそう呟き、自分もフィアナと出かける用意を始めるのだった。
表の通りに出たユウヒは、改めて通りの混雑ぶりに驚いていた。一人かわせばまた一人行く手を塞がれ、なかなか前へ進めない。とうとうユウヒはパセ通りを行くのを諦め、一本裏通りを行くことを決心して路地を曲がった。
「ふぅ、凄い混雑ね。仕方がない。ちょっと遠回りだけどこっちから行きましょう」
路地を曲がり、パセ通りの一本裏の通りに出る。裏通りはパセ通りと比べて人通りは少なかったが、それなりに通行人が行き交っている。裏通りと言っても、そこそこの道幅が有り、朝から仕事に向かう人や、午前中の買い出しに向かう引き車などが往来している。それは何処の街でも見ることの出来る風景であった。
やっとまともなスピードで歩くことが出来る事に満足したユウヒは、街の中央に向かって歩き始めた。
大通りほど綺麗に整備された町並みではないが、似たような住宅が建ち並び、通り沿いに店が並ぶ。午前中特有のすがすがしい空気が、表通りの熱気に当てられたユウヒの肌に心地よく、爽快な気分になってくる。
廻りの景色を眺めながら歩いていたユウヒだったが、不意に立ち止まり、懐から街の地図を出して目を落とす。自分の現在地を確認している様子だった。
―――店を出てから等間隔で付けてきているわね。人数は・・・・・・ 恐らく二人。尾行技術はお粗末だわ。ほっておいても問題なさそうだけど少々鬱陶しい・・・・・・ そろそろ巻こうかしら?
ユウヒは見ていた地図を懐に仕舞い、いかにも目的地を確認したといった風で、路地を左手に折れた。左手の人差し指と中指の間に小さなガラス小瓶が握られている。右手にはいつの間にか黒い手袋がはめられ、鳥の羽を一枚手にしていた。右手で小瓶の栓を抜き、中の砂を撒きながら素早く印を切る。そして砂術発動の為の呪言を呟く。すると足下から小さなつむじ風が巻き起こり、羽が舞い上がる。次の瞬間、ユウヒの姿が霞のごとく消えてしまった。リ・マール『転移』と言う砂術である。
下位のリ・マラ『小転送』(単物質転送)ならともかく、リ・マールの様に複雑な元素構成の生命体を別の場所に転移させる術は、比較的高度な砂術であり、高い精神集中と複雑な呪言詠唱を必要とする。それを歩きながら、造作なくやってのける所に、ユウヒの砂術師としての技術の高さが伺える。それもその筈で、ユウヒは彼女の属する組織で、『組織開闢以来の天才術師』と言われ、長に次ぐ実力を有する高位砂術師なのであった。
すぐに二人の男が、ユウヒの曲がった路地に姿を現す。しかしユウヒが居ないことに気づき慌てた。
「おい! 居ないぞ! 何処に行った!? 」
「そんな馬鹿な・・・・・・ 確かにこの路地に入ったんだ! 俺はちゃんと見たんだ! 」
「間違いないんなら何故居ないんだ!? 」
「わかんねぇ、わかんねぇよ・・・・・・ 」
二人の男は当惑しきった顔で今曲がった路地の入り口を見、そしてセパ通りに繋がる出口を見る。二人はフィアナの店の厨房に居た男達だった。
「またパセに出たのかもしれん・・・・・・ 」
「馬鹿言え、あそこまでどんなに急いで走ったって、俺たちが曲がるまでに出れるわけはねぇ!」
「気づかれていたか・・・・・・ とにかく、もう少し良く探そう。ロキはセパ通りを頼む。俺は元来た道を探す」
「わ、わかった」
男達はそう言って二手に分かれ、路地を出ていった。
果たして・・・・・・ ユウヒは路地の向かい、石造り4階建て集合住宅の煙突の上に立ち、二人の様子を眺めていた。およそ遠目に見、会話など聞こえる距離ではないが、砂術によって、視力、聴力を増幅したユウヒにとっては、造作もなく見聞きすることが出来る。
「フフッ、私を尾行なんて甘い甘い。私は風・・・・・・ 風は感じることは出来ても、見ることは出来ないわ・・・・・・ 」
そして煙突から飛び降りる。足が離れた瞬間、またしてもユウヒの体は消えていった。
その頃、リュンはフィアナと二人でパセ通りの混雑の中を、中央に向かって進み、少し坂になっている所の中腹に若干の隙間を見つけてそこを陣取った。幅広いパセ通りを長く見渡せるなかなか良い場所である。
「凄い混雑だな・・・・・・」
やっと落ち着いた場所に来て、リュンが一息を付いた。フィアナも同じような感じで答える。
「ほんと・・・・・・ 凄いわね。でもここならよく見えるわ。・・・・・・ そろそろ来る頃ね・・・・・・ 」
そう言ってフィアナは通りをのぞき込む。すると辺りの群衆がざわめきだした。
ズゥン・・・・・・ ズゥン・・・・・・
重苦しい音と共に、辺りの地面が地震のように揺れる。その音が近づいて来るに連れて、規則的な機械音も聞こえてきた。そして大き鎧を纏った巨人が通りに現ると、沿道の観衆から どっ と歓声が上がった。
背の高さは、ちょうど道沿いにある3階建ての集合住宅と同じくらいで、ごく一般的な甲冑兵のサイズである。
甲冑兵には今現れた大きさの他に、一回り大きいサイズの重甲冑と、少し小さめの軽甲冑があり3種類に大別される。重甲冑は動きが鈍いが、装甲が厚く、力も強い。反対に軽甲冑は装甲が薄く、全体的に軽く作られていてスピード戦闘を信条とする。今現れた中量級甲冑兵は、その2つの種類の丁度中間に位置する機体で、パワー、スピード共にバランス良く作られている万能機的扱いだ。重・軽甲冑兵は両者ともどちらかに偏った調整で、乗り手を選ぶが、この甲冑は扱いやすく、大陸ではもっともポピュラーな甲冑である。 最近でこそ、このように3種に分類されるが、大昔はこの中量級の甲冑兵しか存在しなかったと言われている。
リュンは先頭を歩いてくる甲冑兵を見る。頭は丸みを帯びた兜を付け、頭頂部に羽根飾りが付けられている。顔は面覆いがが被さり、その奥に生き物を思わせる目が、キョロキョロとあたりを伺うように動いているのが見える。胸から胴にかけて、青銅色の甲冑の縁に金色の模様があしらってある。剣が装着されている腰回りは、何枚もの装甲板を組みあわせた上に、キラキラ光る鱗状垂れが付いていて、観衆の目を引きつけていた。全体的に派手なイメージの機体だった。
不意に胸の装甲板が開き、中の騎士姿の男が顔を出す。結構2枚目の色男で、どこぞの公子様という印象の男だった。
その男が沿道の観衆に手を振ると、詰めかけた観衆の中の若い娘から黄色い歓声が上がった。
「これはまた立派な機体だ。さぞや有名な工で作られた機体だろうて・・・・・・ 中の騎士様も有名な騎士様なのだろう」
リュンの隣に立っていた中年の男が腕組みをしながら呟いた。
「ほんと、立派な甲冑兵ねぇ〜 ねえリュンさん」
フィアナも隣の男に同意して、歩いていく甲冑兵を眺めながらリュンにも同意を促す。
「う〜ん、多分違うよ。あの装着者も恐らく流れだな・・・・・・ 」
「えっ、そうなの?」
「何ぃ? おい兄さん、なにを根拠にそんなことが言えるんだ? 」
二人と全く反対の意見を言ったリュンにフィアナと隣の親父が顔を向ける。リュンは全く動じず、目を細めて甲冑兵を見ながらこう続けた。
「まず、機体の稼働音。ミュータンと冷却水を循環させる心肺ポンプの音が不規則だ。筋結官に『溜まり』が出来ているんだろう。箇所は恐らく・・・・・・ 右足の膝裏だ。左足に比べて足の運びに若干の遅れがある。あの子、あまりちゃんと整備されてないな。」
いつになく真面目な顔でリュンが答える。そしてさらに指摘箇所を上げていく。
「一般の人にも分かりやすい点を上げると・・・・・・ フィアナ、あの子の目を見てごらん。」
そう言われてフィアナと親父はもう一度甲冑兵の顔を見る。
「あの子の目、さっきからキョロキョロとせわしなく動いているだろう? あれはこういう状況に慣れていないのさ。そして左手。剣の鞘に掛けている。騎士が剣の鞘に手を掛ける意味を思い出してごらん」
二人とも左手に注目する。確かにリュンの言う通り、左手が剣の鞘に掛かっている。
「本物の騎士ならこんなお披露目の席では絶対にしない。装着者が伝達具から手を抜いているから機体の自然動作なんだろうけど、甲冑兵は馬と同じ。日頃の癖が結構出るもんなんだ。恐らく常日頃から周囲を警戒しながら生活している男なんだろうな。」
「なるほど・・・・・・ 」
親父が感心したように唸る。
「機体は外装をいじっているけど『バリューン』が原型。中の素体は恐らく『トゥモル甲商』製だな。機体年齢は動作の滑らかさからいって30年前後。ただ、いじっているのはどうも外だけみたいだな。甲冑も色んな機体から流用している。肩当てが『トリオス』。籠手が『ケルフィー』。脛当てと胴当ては『烈風』・・・・・・ でもあれじゃバランス悪いだろなぁ」
確かによく見ると、何となく何処かで見たような部位ばかりだった。
「見てくれだけ良くして、大方、仕官目当てに派手な飾りで目立ちたいんだろうけど、あれじゃ5分と戦えないよ」
―――この男、ただ見ただけで、ここまで情報を洞察出来るのか・・・・・・ さっきまでとはまるで別人のようだわ。やはりただ者ではない・・・・・・
フィアナは今までのリュンに対する考えを一部修正して、先ほどとは違った目でリュンを見る。
「いやいや、兄さんの眼力には恐れ入った。しかし詳しいねぇ〜。おたく、この辺じゃ見ない顔だけど・・・・・・ 旅の人?」
親父は感心しきった様子で話しかけてきた。リュンも持ち上げられて気分が良いらしく、機嫌良く受け答えた。
「ええ、『ミスルム』から昨日着いたんです。仕事で来たんですが、闘技大会が有るって聞いてつい仕事を忘れて見物に来てしまいました」
「ハハハッ、兄さんも相当病んでいるクチだね。そうか、帝都からか、そりゃあ目が肥えているだろうて。いや、儂も大好きでな、しかし女房の奴はどうもコレがわからん。一発大金当てれば考えも変わるんだろうがな・・・・・・ 」
「『闘券』ですか・・・・・・ 」
甲冑兵闘技大会は政府公認の賭けの対象になっていて、闘券とは勝敗を予想して賭ける金券の事だった。大穴が当たれば一攫千金も夢ではない。
「そうさ、だから兄さんみたいに的確な情報はとても参考になる。なぁ、兄さん、次の機体はどうだい?」
「ああ、アレはですね・・・・・・ 」
リュンは親父との会話に夢中になっていた。フィアナはそんなリュンを見ながら、一人考えにふけっている。
―――しかし、この男は一体何者なのかしら? このとぼけた感じは演技なの? とても騎士って感じには見えないけど、さっきの指摘は甲冑を着たことがないと絶対出来ない推理だし・・・・・・
「おっ、あれは・・・・・・ 結構強いと思いますよ」
リュンの声にフィアナは我に返り、通りを見る。丁度5番目の機体が行進してくるところだった。焦げ茶色の甲冑であちこちに刀傷があり、前を行く甲冑と比べて少々簿らしく映った。機体を飾る装飾はほとんど無く、籠手や肩当てなどは、分厚く頑丈そうで、恐らく剣が使用不能になった際、殴ったり、体当たりなどを想定しているのだろう。最初に来た甲冑兵とは対照的で実戦向きと言えた。
そして腰に携えている剣が特徴的だった。大きく反り返った幅広に刀身で、『斬曲刀』と呼ばれる。東邦ではあまりお目にかかれない武器である。
「あの薄汚れた機体がか!? あんな機体が本当に強いのかい? 」
親父は少し納得がいかない様子だった。
「元は『トリオス』だな。相当いじってあるけど機体の音も調子がよさそう。しっかり整備されていてバランスも良い。他の機体より少し高い音がするでしょう? 恐らく瞬間的な瞬発力を高めるために、筋結管を高強度な物に交換していて、それ用に心肺ポンプの圧力を高めに調整してあるんだ。凄いことするなぁ。確かに膂力は2割増しぐらいになるだろうけど、じゃじゃ馬で使いにくいだろうに・・・・・・ 使いこなせる自信があるからなんだろうな。何気ない足の運びも、大胆だが隙がない・・・・・・ 」
目を輝かしてリュンが説明した。リュンの熱っぽい説明に、親父も興奮気味に頷いている。
「あの機体、確かに強いわ。有名な機体ですもの・・・・・・ 」
リュンの説明を黙って聞きながら甲冑兵を見ていたフィアナ言った。
「フィアナ、あの甲冑を知っているの? 」
リュンと親父がフィアナを見た。フィアナは甲冑兵を見ながら続ける。
「腰の斬曲刀、胸に剣を抱く女神の紋章・・・・・・ あたしも見るのは初めてだけど、あれはアルガイム傭兵騎士団。それも団長デイル・ガストーンの駆る『ダウロビーネ』よ・・・・・・ 間違いないわ」
「おお!あれが・・・・・・ 」
親父が歓喜の顔で呻く。闘券購入に有力な情報を得て、頭の中で早くも儲けている自分を想像している様子だった。
「俺も聞いたことがある。かなりの腕利きが揃った傭兵団で何処でも引っ張りだこらしい。ただ、団長が変わり者で、気に入った仕事しかしないって噂だ。」
「ええ、破額の大金積み上げても首を縦に振らなかったと思えば、数千ラウズで仕事を引き受けて見たり。確かに変わっているみたい。一体どういう基準で選んでいるのかしら? 」
「人とは違うところに価値観を見いだしている人物らしいね、そのガストーンって団長は・・・・・・ でもさぁ、フィアナやけに詳しいね」
「えっ!? あっ、ああ、お店に来るお客さんに聞いたのよ。うちにはそういう関係のお客さんも時々くるから・・・・・・ 」
唐突に聞かれ、フィアナの顔が一瞬険しくなる。しかしすぐに平静を装って誤魔化した。
「なるほど・・・・・・ それもそうだね」
リュンはさして気にした風もなく、また通りに目を向けた。フィアナはあれこれ詮索されなかったことで安堵する。しかしココに長居をしては、またいつぼろを出すとも限らないと判断し、リュンの腕を少し引っ張りながら声を掛けた。
「ねえリュンさん、あたしお昼の買い出しがあって・・・・・・ その・・・・・・ ちょっと付き合ってくれると助かるんだけど・・・・・・ 」
「え、そうなの? 俺は別にかまわないよ」
その答えに、フィアナは感激したように喜び、リュンの腕に抱きつく。
「ほんとう? 嬉しい! お客さんにこんな事頼むの凄く失礼だと思ったんだけど、うち人手が足りなくて・・・・・・ ごめんなさい」
フィアナはさも申し訳なさそうにリュンに言う。その姿は、誰でも助けてあげたくなるような愛くるしさがあった。
「なんの、なんの、おやすいご用さ。それじゃ、俺たちはこれで・・・・・・ 」
リュンはそう言って隣の親父に別れを告げる。
「なんだ、もう行くのか? もっと色々聞きたかったんだが・・・・・・ 仕方ない。いや、良い情報を貰ったんだ、良しとするか。兄さん、ありがとうよ!」
親父はまだ名残惜しそうだったが、そう言ってまた廻りの観衆に混じり、通りに歓声を送っていた。
リュンとフィアナは、熱気と歓声に満ちたパセ通り後にして、買い出しのために裏通りに抜ける路地に入っていった。
第4幕
―――コツ、コツ、コツ・・・・・・
石造りの階段を降りる足音が寒々と響く。
大きく螺旋状に設計された階段の壁も、階段の踏み面と同じく石造りでひんやりした空気が来訪者を迎えていた。所々苔生していて長い間使われていなかった階段だと言うことを窺い知る事が出来る。事実この階段は何世紀もの間使用されてはいない。
ここはグラン・カーレの中心部にあるグラン王宮の地下である。歴史のある古い城には大体何処の城にもこのような地下施設が存在するが、そのほとんどが牢獄などに使われているもので、このグランの王宮にも例に漏れずその様な施設が存在する。
しかしこの階段は、そのさらに下層に向かって造られている。現在王宮内でこの階段の存在を知っている者は、皆無であった。それもその筈で、この階段の入り口は砂術による封印が施され、廻りの壁と何ら変わらない完璧に偽装されていて封印を解く方法を知っていない限り侵入する事はもちろん、その所在さえ知ることが出来なかった。
何故か?―――
入り口を封印し偽装を施す・・・・・・ そんなことをする意図はだだ一つ。人に知られたくはない、もしくは知られてはならぬ物がこの先にあるということ。
知られたくない物ならば完全に潰して仕舞えばよい。そうしないのは再びこの場所を使用する目的があるということに他ならない。
そう――― このグラン・カーレの王宮の地下には、ある重大な秘密があった。
階段は筒状に上に抜けている構造で、天井部は天窓からはいる陽光を、鏡を幾重にも反射させて明かりを取り込む工夫がしてあり、先ほどまでの階層では日中の今の時間なら階段を降りるに支障はなかった。
しかしさすがにココまで降りてくると、日の光も強さを弱め、足下が見えにくくなったようで、足音の主は携帯してきたランタンに火を灯す。
ランタンに照らし出された階段は、今まで降りてきた階段と全く同じの筈なのだが、頼りないランタンの光によってその表情が大きく変わって見える。階段はまだ下に続いていて、暗い闇の中へと吸い込まれてる。
まるで瞑府まで続いていそうなその階段は、一度降りたら二度と生きては出られないんでは無かろうか・・・・・・ 気の弱い者なら引き返して仕舞いそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。
だが、足音の主は躊躇無く、また下を目指して歩みを進める。その足取りは何度かここに足を運んだ事があることを物語っていた。
―――コツ、コツ、コツ・・・・・・
しばらく降りていくと、階段が終わり、少し大きめの通路に出た。天井が高く、連続したアーチ状なっていて、たいして長くない通路の突き当たりに大きい扉のような物がぼんやり確認できた。
ランタンを前にかざしてさらに歩いていく。どうやら突き当たりの扉の向こうが、この人物の目的地らしい。
―――カツーン、カツーン、カツーン・・・・・・
通路を歩くと足音が変わった事に気づく。よく見ると先ほどの階段と違い、壁も床も石造りではない。少々汚れてほこりっぽいが、磨き上げられた大理石の様にも、滑らかな鉄の様にも見える、何とも不思議な材質だった。暗くてよく見えないが、恐らく天井も同じ材質の物なのだろう。
扉の前に立ち、ランタンを左の壁に向ける。見ると、壁に拳大の半球形の物体が埋め込まれている。その人物は、左手をその球体に当てながら口を開いた。
「アルバーン!俺だ、『げいと』を開けろ!」
男の声はそれほど大きな声ではないのだろうが、天井が高いせいもあってか反響し、通路中に響き渡った。程なくして、何処かで フィーンッ と静かに機械音が聞こえてきた。そして今度は プシューッ! と勢い良く蒸気が抜けるような音がしたかと思うと、目の前の扉が横にずれていった。
扉が開くと、男は中の光景に思わず声を漏らした。
「ほう・・・・・・ これは・・・・・・ 」
扉の向こうには光が満ちていた。暗がりを歩いてきた者には眩しく感じるくらいの光量だ。男は手に持っていたランタンを消し、迷いもなく中へと進む。先ほどまでは暗くて良く見えなかったが、声や体つきから判断して年齢は30歳前後なのだろうが、癖のある頭髪は年齢に不似合いな白髪であった。装いは白を基調とした服装。騎士の出で立ちで、髪もさることながらその顔には鼻から上を覆う白い仮面がはめられ、異様ともいえる雰囲気を醸し出していた。
仮面の男が入ると、今入ってきた扉がひとりでに閉まっていく。そこは外と同じような造りの通路だった。だが、昼間の地上のように明るい。ランタンやガス灯などとは全く別種の光だった。アーチ状の天井内部から放射される光が透過され、通路にまんべんなく照らされていて、まるで通路自体が光りを放っているように見えた。
通路の奥には、また先ほどと同じように、突き当たりに大きな扉と、両側に、人間大の扉があった。男は向かって左側の扉に近づいていった。その扉には、奇妙なことに、取手やノブなどが一切無い。通路の壁から少し窪んでいることでかろうじて扉であるだろう事が判断できる。その扉の中央、丁度目の高さに、文字と思われる模様が刻まれている。しかしこれが文字であるなら、見たこともない文字である。当然男は読むことは出来ない。そして男がその扉の前に立つと、来訪者を待っていたかのように、音もなく上に開いた。
中は外と同じ材質の内装をした個室になっていた。壁を埋め尽くさんばかりの棚には古めかしい本や巻物、石版、その他何に使うかさっぱりわからない道具や品物が、所狭しと陳列されている。
「これは白仮面卿、ようこそ我が書斎へ。丁度良かった。今お伺いするつもりでしたので・・・・・・ 」
部屋のほぼ中央にある読書机に腰を掛けていた男が、入ってきた人物に声を掛けた。年齢は仮面の男と同じぐらいだろう。痩せていて栗色の髪が肩まで伸び、顔は少し青白い。およそ肉体労働とは無縁な生き方をしてきた感じで、おもにこのような書斎に耽って読み物や研究に没頭しているようなタイプである。
男の羽織っている深紫色のローブは東邦で広く布教されている『アドーラ教』の僧衣である。アドーラ教はアディス神話が元になっており、霊峰カレートに近いここグラン・カーレに総本山があった。
「フンッ、ここには俺とお前しかいないのだ。ヒュームで良い・・・・・・ 」
仮面の男は感情の薄い冷ややかな瞳で一瞥し部屋の主の許可を待たずに、机の前の椅子に腰を下ろした。この仮面の男こそフィアナの兄、ヒュームであった。
「何度来ても奇妙な場所だ。落ち着かなくてどうも好きになれぬ・・・・・・ 」
言いながらヒュームは首の後ろにある紐を解き、仮面を外して素顔を露わにした。
「今が昼なのか夜なのか分からなくなってくる。まるで異界に迷い込んだ様な気分だ。こんな所に何日も詰めて、貴様も物好きなことだ」
仮面の下から現れたヒュームの顔は、出で立ちに勝るとも劣らぬ異様さを呈していた。
左側は品の良い顔立ちで、目と口元がフィアナに似ている。だが反対の右側の顔は目を覆いたくなるような惨たらしい傷があった。右眉の上から目を跨ぎ、右頬に掛けて何かで裂いたような深い切り傷があり、当然右の眼球はその役割を果たすことは無いであろう。
そしてその周りの皮膚は火で炙られたように酷く爛れ、その範囲は顔の4分の1を閉めていた。左側の顔の造形から判断して、傷を負う以前は品の良い貴公子として貴婦人からの注目を集めたであろう事は容易に想像できる。なまじまともな左側の顔が整っているだけに、そのギャップが激しく、より凄惨なイメージを見る者に与えていた。
「いつ見ても痛々しいですな・・・・・・ お労しい・・・・・・ 」
そう言いながらも、男の顔には何の感情も表れてはいない。
「心にも無いことを言うな、アルバーン。お前が他人にそんな感情を抱くなど、有りえんことだ・・・・・・ 」
ヒュームは冷ややかに言い放つ。そう言われた本人も全く動じていなかった。
「我が術をもってすれば、傷はおろか光を失った眼球でさえ・・・・・・ 」
このアルバーンと呼ばれた僧衣の男は実はアドーラ僧ではない。この国での彼の肩書きは『王宮付主任計創師』(おうきゅうつきしゅにんけいそうし)といい、一般には省略して『計創師』と呼ばれる。政、財政、軍事に至るまで、王に様々な相談を受ける相談役で、軍師のような者と考えてもらいたい。
そして『術』と言っていた・・・・・・ そう、彼は『砂術師』であった。しかし王宮内でそのことを知るのはヒュームしか居ない。
「そして私もお前の操り人形になるのか? ここの国主のように・・・・・・ 願い下げだ。他人の駒になる気はない」
吐き捨てるように答える。
「いや、滅相もない・・・・・・ 」
と答えるが、全く恐縮した様子がない。またヒュームもそれを咎める訳でもなく続ける。
「・・・・・・ それにこの傷は私が私である為の証でもあるのだ。鏡を見るたび、傷に触れるたび、そして疼くたびに銀王への恨みを思い出させてくれる・・・・・・ 」
そう言ってヒュームは指先で傷を優しく撫でる。それはまるで恋い焦がれる思い人の唇に触れる恋人のような、愛おしさを感じさせる仕草だった。憎しみとは、その大きさ、想いの強さに比例して、恋慕に似た感情を人の心に穿つのだろうか・・・・・・
アルバーンはそんなヒュームの様子を、感情の絶えた目で見つめていた。
「それよりアルバーン。例の件はどこまで進んでいる? この場所が機能していると言うことは、『封印』は解けたのか? 」
そして健在な左の目でアルバーンを捕らえ、ヒュームは唐突に聞いた。
「現在、この『遺跡』の機能を復活させるまでは開封に成功し、『玄室』まではたどり着きました。ですが・・・・・・ その先が問題です。」
「問題とは? 」
「『玄室』に通じる扉が強力な結界に守られていて、近づく事が出来ません。」
「砂術はどうした? 自慢の秘術とやらでは結界一つ突破出来んのか? フンッ、貴様が日頃大層誇張している術の力も、眉唾ものと見える・・・・・・ 」
ヒュームは歯に衣着せぬ物言いでアルバーンを罵る。アルバーンは怒った風もなく苦笑して答える。
「フフッ、これは手厳しいですな・・・・・・ 確かに我が術を持ってしても突破は不可能。試してみましたが効果はありませんでした。先ほど部下の術師3名に砂術を施し、強行突破を試みましたが、扉に近づいた瞬間、塵になりました。また貴重な高位術者が尊い犠牲になりましたな。これで15人になりますか・・・・・・ 」
言葉とは裏腹に、何の感慨もなくアルバーンが答え、ヒュームが息を飲む。先ほどは皮肉く罵ったが、この痩せた貧弱そうな男と、その部下達が操る数々の超自然な力をヒュームは良く知っていたからだ。今挙げた3人の術者は、彼の手の者の中でもかなり高位の術を操る者達だ。ましてやアルバーンが直々に援護して術を施している。そのもの達を一瞬に塵に変える結界とはどのような物なのだろうか・・・・・・ そしてそれほどまでに強力な結界に守られた物とは一体如何なる物なのか・・・・・・?
「我々が知る結界とは根本的に違うようです。ここまでの結界とも違います。恐らく『玄室』の扉を別の力でこじ開けるのは、現在の我々では不可能でしょう」
アルバーンは冷静に結論づけた。
ヒュームは少し考え、椅子から立ち上がった。
「扉を見たい。案内しろ」
「分かりました。案内いたしましょう・・・・・・ こちらへ」
そう言ってアルバーンは部屋を出る。その後にヒュームが続いた。
部屋を出て通路に出ると、先ほど入るときに見た、突き当たりの大きな扉の前にやってきた。先ほどヒュームが入ってきた扉と同じく、脇の壁にこぶし大の丸い玉が埋め込まれており、アルバーンはそれに手を触れてなにやら呪文のような言葉を繰り返す。
少しして、先ほどと同じく静かな機械音が聞こえ何処かで蒸気の抜ける様な音がする。すると扉は重苦しい音を立てながらゆっくりと左右に開きだした。
2人は中へと進んだ。
扉の向こうはガランとした大きな空間が広がっていた。ここも先ほどの通路と同じく、まるで地下であることを忘れてしまいそうな光で満ちていた。
部屋はかなりの広さで、甲冑兵が100騎ほど保管できそうな広さで天井も高い。壁や天井、床は外と同じ材質で出来ている。床には所々、とうの昔に機能しなくなった、何に使うか分からない機械が放置してあり、高い天井から伸びた腕のような物が何本かぶら下がっている。
左右の壁には2箇所づつ、今入ってきたのと同じ造りの扉があるのが確認できた。各の扉に、形の違うなにやら大きく文字のような模様が彫り込まれている。
足を止め、しばらく部屋の様子を見渡し、前を行くアルバーンに声を掛けた。
「ここは、何のための部屋なのだ? 」
アルバーンも足を止めて見渡し、ヒュームの質問に答える。
「恐らく甲冑兵の保管庫だったと思われます。古い文献を調べましたところ、その様なことが書かれてありました」
アルバーンはさらにこう続けた。
「当時の彼らの言葉では、ここを『はんがあ』と呼んでいたそうです」
「ほう・・・・・・ 『はんがあ』・・・・・・ 不思議な響きだ。倉庫とかの意味なのか?」
「さあ、詳しいことはわかりません・・・・・・ ただ、この場所での修理や大規模な改修なども行えたようです。床に放置されている機械や、天井からぶら下がっている腕などは、そう言った目的で使われていたみたいです。今は機能しませんが・・・・・・ 」
アルバーンはあまり興味がなさそうに答えた。
ヒュームはアルバーンの説明になるほどと思う反面、何となく釈然としない。そしてその原因を考えているうちに、ふとあることに気が付く。今抜けて来た通路もそうだが、アルバーンの居た部屋は別にして、ここは全てが大きい。先ほど部屋の大きさを測るのに甲冑兵を用いたが、ここは全てが甲冑兵のサイズで造られていた。
この部屋が、かつて甲冑兵の格納庫として使用されていたのなら、この部屋が大きいことは疑問ではない。だが、全ての扉やその奥に続いているであろう通路を甲冑兵サイズで造る必要が何処にあるというのだろう・・・・・・
ヒュームのそんな疑問を見て取れたのか、アルバーンが続ける。
「お気づきになりましたな・・・・・・ そうです。この遺跡は全て甲冑兵で使用することを前提に造られております。先ほどの部屋のように人間サイズの場所もありますが、後から改装されたような痕跡が見受けられます。先ほどから私が使用している壁の球体も、恐らく後から付けられた物でしょう」
「どうも腑に落ちぬな・・・・・・ 全てを甲冑兵のサイズに合わせる必要が何処にあるのだろう・・・・・・ 」
「分かりません・・・・・・ まだ目を通してない古い文献も残っております。調べていく内にその辺りの疑問にもお答えできるかと・・・・・・ 」
「フンッ、まあ良い。古代人の考えなど我々には関係無い。ようは貴様の解読した伝承通り『アレ』が有るかどうかだ。本当に貴様の言う通りの物ならば、我々の計画に是非ともほしい。それどころか、あわよくば我々が皇帝に取って代われるやもしれんからな・・・・・・ 」
そう言ったヒュームの口元に不適な笑みが浮かんでいた。そんなヒュームの様子を感情の絶えた瞳で眺め、話が終わったと判断したアルバーンは、無言できびすを返し先に進んだ。
二人は部屋を横切り、部屋の突き当たりにある大きな扉の前にたどり着く。先ほどと同じく、壁の球体に手を触れてアルバーンが呟くとこれまた同じく機械音と共に扉が開く。中は少し小さめの部屋だった。小さいと言っても、甲冑兵5〜6機は納まりそうなサイズである。そして奇妙なことに、今入って来た扉以外他に扉のない行き止まりだった。
怪訝そうな顔でヒュームが呟く。
「おい、どういう事だ?」
その問いを予想していたアルバーンは 少々お待ちを と言いつつ、扉横の球体に手を触れて扉を閉じる。程なくして機械音と共に部屋全体が振動し始めた。
ヒュームは体に奇妙な浮遊感の様な物を感じ、動揺した。
「なっ、なにが起こったのだ? 」
「ご安心下さい。この部屋全体が下に向かって移動しているのです」
「部屋全体が・・・・・・ 」
「階段、梯子などに変わる非常に高度な昇降方法ですな。階段もあるのですがなにぶんサイズが大きいので。我が術で一気に『転移』も出来るのですが、この装置をご覧になるとこの文明の技術水準の高さが伺えるかと思いこちらを選びました・・・・・・ そろそろ着きます」
そう言うと、部屋の振動が徐々に小さくなり、やがて静かになった。そして キーンッ と言う澄んだ音がして、扉が開いた。そこは先ほど見た上の保管庫の丁度半分くらいの広さがある通路であった。左右に大きな丸柱が均等に配置されて奥へと続いている。
丸柱の上部に丸い出っ張りが2個づつ付いていて、それが光を放っているが、先ほどまでの場所とは違い、少し暗い感じがする。それでも松明やランタンなどといった光とは比べ物にならないくらい明るい訳で、暗いと言うより先ほどまでが明るすぎて、それに目が慣れてしまったと言った感じだ。
2人は部屋を出て先に進む。通路の明かりが変わったせいもあってか、何となく神聖な空気がヒュームの頬にあたる感じがした。
通路の突き当たりに壁の半分を占める大きな扉がある。恐らく左右に開かれるであろう扉の中央に、日輪を象った紋章が彫り込まれており、それを囲う様に4つ、さらにその外側に6つ、計10個の透き通った水晶のような石が埋め込まれている。
前を行くアルバーンは、一番扉側の柱にさしかかった時点で立ち止まった。
同じくヒュームも立ち止まり、アルバーンに訪ねた。
「どうした? 」
「ここから先が結界領域です。これ以上は進めません。」
「結界だと? なにも無いではないか? 私には何も変わらぬように見えるが・・・・・・ 」
納得がいかないといった様子で前に出ようとするヒュームを制し、アルバーンが続ける。
「肉眼では確認できません。少々お待ちを・・・・・・ 今証拠をご覧に入れます・・・・・・ 」
そう言いながら、アルバーンは懐から一本のペンナイフを取り出し、無造作に前に向かって放って見せた。すると、投じられたペンナイフが一瞬空中で止まり ブンッ という音と共に空気が震えたかと思うと次の瞬間、塵と化し、さらさらと床に落ちていった。
それを見ていたヒュームは声も出なかった。一体どうやったらそんなことが可能なのか見当も付かない。それと同時に背中に冷たい物が走る。もしこの場にアルバーンが居なければ、自分は間違いなくこの結界に足を踏み入れていたであろうと思ったからだ。確かに彼の言う通り、肉眼では全く分からない。
「実験の結果、生物であろうと、このような物質であろうとこの通り、一瞬で塵となります。砂術で考えられる全ての対抗術を施しても同じ結果でした。まだ試してはいませんが、恐らく甲冑兵でも同じでしょう。先ほど私が言った『根本的に違う』と言った意味がおわかりいただけたでしょうか? 」
アルバーンは淡々とした口調で言い、ヒュームに同意を促す。ヒュームはまだ信じられないといった様子で、床に堆積した塵を見つめる。
「近づく物は無差別に塵に変えてしまう。どのような原理なのか全く分かりませんが、これほど完璧な防御結界は他に無いでしょう。今のところ八方塞がりですな」
「貴様ら砂術師の使うリ・マール『転移』はどうだ?」
「試みましたが無理です。リ・マールは転移先の空間にある物や人物などを予め探知し、場所を確定した段階で始めて行使できます。あの扉の向こうは、探知しようとしてもどういう訳か念が弾き帰ってきます。リ・マールどころかフレコグ『念透視』すら出来ません」
さして残念な風でもなく答えるアルバーンの口調に少し苛立ちを憶えるヒュームだったが、先ほど塵となるところであったのを止めて貰ったこともあり、堪えることにした。
「やはり、奴をココまで連れてこなくてはならぬか・・・・・・ 」
ヒュームは苦々しく呟いた。
「まあ良い。どのみち捕らえる計画ではあるのだ。奴の目の前で『アレ』を我が物とし、その上で『アレ』を使って奴を八つ裂きにするのもまた一興・・・・・・ 楽しみが増えるという物だ・・・・・・ クククッ」
そう言ってヒュームは乾いた笑いを発した。
「だがアルバーンよ、奴が素直に口を割るとも思えん。貴様は引き続きこの結界を解除する方法を調べるのだ。良いな? 」
「分かりました・・・・・・ 」
アルバーンは軽く頭を下げた。
「帰りは我が術でお送りいたしましょう。あなた様のお部屋でよろしいですか? 」
「ああ、そうだな。頼むとしよう。良い報告を期待している。」
そう言ってヒュームは懐から仮面を取りだし、顔にはめる。
「ご期待に添うよう、努力いたしましょう。」
アルバーンはそう答え、『レグ』の入った小さな小瓶を取り出し栓を抜く。いつの間にか握られていた羽とそれをヒュームの周りに撒きながら、短く呪言を唱え印を結ぶ。程なくヒュームの足下から小さなつむじ風が巻き起こり、羽が舞い上がったかと思うと、ヒュームの体が霞のように消えていった。リ・マールの術である。
一人残ったアルバーンは、ヒュームのいた場所にキラキラと舞う砂を眺めながら呟いた。
「クククッ・・・・・・ 復讐に燃える貴公子か・・・・・・ 俗人とは申せ、哀れな事よ。せいぜいこの砂のように、我が手のひらで舞うが良い・・・・・・ お前など、我が計画の・・・・・・ いや、我が主の駒の一つにすぎんのだ」
そして振り返り、誰も居無い筈の空間に声を掛ける。
「邪魔者は居なくなった。そろそろ出て来てはいかがかな? 」
通路にアルバーンの声が響いた。しばらくすると、入り口から数えて2つ目の柱の陰から、緑色のローブを羽織った人物が姿を現した。頭までローブをかぶっているので、ここからでは顔までは分からない。
「なかなかに見事な隠行ですな。この私が先ほどまで分かりませんでしたよ・・・・・・ 何処の組織の方です? 」
そのローブの人物は、アルバーンの問いに何の反応も示さず、無言で立っている。
「まあよい。雰囲気からして同業者のようですし、そうであるならどのみち喋らないでしょうからね。だが、黙って帰らせるほど、私も甘くはありません・・・・・・ 」
アルバーンの言葉を合図に、彼の左右に2人、ローブの人物の後ろに3人。先ほどまでは何もなかった空間に、スーッ と人間が現れた。まさに湧いたという表現がぴったりな現れ方だ。その人間達は5共揃って赤いローブを被り、その顔は全くの無表情であった。
「我が部下達です。彼らは『導師』ではありません。いずれも我が『門徒』です。貴方も術者ならばこの意味が分かりますね。」
ここで、少し砂術について説明しよう。
砂術は大きく分けて2つの体系に区別され、一つを『門』、もう一つを『導』または『道』と言う。さらに『門』には風門、火門、地門、水門の4つ。『導』には陽導、月導、星導、木導、鋼導、外導の6つの術派に分かれ、これを『四門六導』(しもんりくどう)と呼ぶ。 これは世界を構成する事象であるとともに、この世界では、人は天に召されるとき、生前の行いによって六導のいずれかの道を通り、四門を潜って天に向かうと信じられていた。砂術はこの構成原理に基づき組み立てられた術で、全ての砂術師はそのどれかの術派に属していて、それぞれの術派によって扱う術が異なる。
『導』に分類される術派に属する術者を『導師』、『門』の術派に属する術者を『門徒』呼びそれらを束ねる各術派の長を『導元』『門主』と呼ぶ。これはどの砂術師組織も変わらず統一されていた。『導』の術は比較的安易に修得でき術の力も弱く、呪い的な術が多いが、『門』の術は高等で術の威力も強く、門主ともなれば天変地異に匹敵する強力な術も行使できる。
『門徒』と『導師』の人口比率は術の難易度もあって圧倒的に『導師』の方が多いが、力の差は歴然で『導師』が百人束になっても『門徒』の術一撃で塵となる。まさに『導』と『門』では天と地の開きがあるのだった。
アルバーンの言った意味はそう言うことなのである。
ローブの人物はそんなアルバーンの言葉にも全く動揺を見せなかった。恐怖で口も利けないのだろうか・・・・・・
「何処の組織の方か分かりませんが、仕方がありませんね・・・・・・ 」
アルバーンのその言葉を合図に、背後の3人が、素早くレグの入った小瓶を取り出し栓を開ける―――その刹那、まず右後方、一番早く瓶の栓に指をかけた術者の足下に ゴトッ と何かが落ちた。
その術者が怪訝な顔で足下に視線を落とす。
それは小瓶を握りしめた自分の右腕だった。
遅れて体が縦横無尽にバラバラと切断されていく。一瞬にして今まで人間だった物が、血だまりの中に崩れ落ち、細かく刻まれた肉塊と化した。
他の2人は、初めの術者が腕を落とされたと同時に術に入り、『浮遊』(カルーフ)という術で空中に退避する・・・・・・ が瞬時に先の術者と同じ運命を辿った。この間、瞬きする間の出来事だった。
辺りに血臭が漂い、普通の人間では、何が起こったのか全く分からないであろうこの事象を、アルバーンは瞬時に理解する。そして始めてみせる動揺した顔でこう漏らした。
「こ、これは『風太刀』(ガ・フュール)・・・・・・ 風術か!? 」
ここで始めてローブの人物が言葉を発した。
「フフッ、こちらこそ舐めて貰っては困るわ」
女の声である。その人物が顔を上げ、明かりに照らされた顔が露わになる。ローブの下から現れた顔は、先ほどパセの裏路地から忽然と消えたユウヒであった。
アルバーンの横に控えていた2人の術者がレグを巻きながら印を結ぶ。手に嵌められた手袋から火花が散ったかと思うと、術者の目の前に複数の人の頭ほどの火球が出現した。次の瞬間、それが一斉に放たれた矢のようなスピードでユウヒに向かって飛んでいった。 ユウヒはその場から一歩も動かず、左手を胸の高さに持っていき、掌の構えを取る。
「『風守』(ダラウフュル)・・・・・・ 」
ユウヒは静かにつぶやいた。すると飛んできた火球はユウヒの目の前で、見えない壁に遮られるように、右へ左へと弾かれ消滅していった。数にして23発の火球弾は、ユウヒの前髪の先端すら焦がす事は叶わない。
「無駄よ。空気が存在する限り風は生まれる。風を制すると言うことは空間を支配するに等しい。この部屋の空気は私の支配下にある・・・・・・ 『念風』フェ・ラムー! 」
続けざまに術名を呼び、構えた左手の中指と小指を曲げ、手首を内側に捻る動作をする。
腕にまとわりついたレグがキラキラ光りながら周りを舞い、その向こうに口元に薄い笑みを浮かべたユウヒの美しい顔が、まるで聖母のように見えた。
2人の術者は横に展開し、距離を取って印を結ぶ――― いや、動けなかった。足にまるで見えない大蛇に巻き付かれたような感覚が襲い、いくら動かそうとしても微動だにしない。2人は困惑した表情で足下を見るがどうにもならない。
その瞬間、体の回りに旋風が起こり、2人の体が見る間に捩れていく。手拭いを絞るような要領で、骨格が砕ける嫌な音を立てながらくるくると都合5回、身体が回転した。そして最後に首が捩り切れて床に転がる。続けてまるでボロ雑巾のようになった体が崩れ落ちた。
あっという間に5人の術者、それも四門に属する門徒を肉塊に変えたにもかかわらず、ユウヒは終始動かず、涼しい顔で立っている。その美しい口元に、薄く笑みを残しながら・・・・・・
その圧倒的な力の差は、術者でなくとも容易に察することが出来るだろう。
「すばらしい・・・・・・ 四門の中でも特に難しい風術をここまで操るとは・・・・・・ 門主、それもとびきりの腕ですな」
アルバーンは本気で賞賛した。彼の言う通り風門は四門の中で、もっとも修得が難しいとされていたからだ。そして風門に属する術者は他門に比べて少なかった。
「我が組織『奇跡の砂塵』に属する術者がこの遺跡に入り、ことごとく連絡を絶った。貴方の仕業ね。何処の組織? 何が目的なの? 」
アルバーンの褒め言葉を無視してユウヒが質問する。
「『奇跡の砂塵』・・・・・・ たしか東邦最古の砂術組織。そうか・・・・・・ 貴方があの『雷帝』ですか。5年前の王弟戦争でドルキア軍右翼の甲冑兵40騎を、雷撃一撃で消し炭に変えたとか・・・・・・ そんな方がこんな美しいご婦人だったとは以外ですな」
「質問に答えたくないのならそれでもいいわ。細切れにおなり!」
そう言ってユウヒは右手を上げた。持っていた小瓶からレグが風に舞い、空気の見えない無数の刃がアルバーン目掛けて音もなく飛ぶ。『風太刀』ガ・フュールの術である。ユウヒはアルバーンの死を確信した。
だが――― 突然アルバーンの足下の床にもの凄い炎が広がり、凄まじい熱風が巻き上がった。ユウヒの放った必殺の刃はその熱風に煽られ軌道がそれ、天井付近で霧散する。
一瞬ユウヒが驚いたように目を見開いた。
「ククッ、門主が相手なら私も本気を出させて貰いましょうか!」
「超高熱の炎でガ・フュールを防ぐなんて・・・・・・ やるわね。貴方も門主でしょ? 印を結ばずに術を使えるのがその証拠。」
そう、門主クラスになると、ほとんどの術を印を切らずに行使できるのだ。
「ただ・・・・・・ 術から感じる波動が変ね。この得も言われぬ違和感は何?・・・・・・ 貴方まさか!? 『誓い』を破るつもり!」
「フンッ、東邦人は堅いですな。50年前の約定を律儀に守る事に何の得が有るというのです?」
アルバーンはつまらなそうに鼻を鳴らし答えた。
「まさか、西が絡んでいたとは・・・・・・ また戦端を開くつもりなの? 」
「フフッ、答える理由はありませんな」
アルバーンは素っ気なく答え、手に持った小瓶からレグを撒き術を発動させる。
始めて感じる術の波動にタイミングが掴めず、ユウヒが後退した。
「無駄です。『炎土蛇』(ガルヘルド)!」
アルバーンの両腕から炎の蛇が出現した。その蛇はもの凄い速度でユウヒに襲いかかる。ユウヒは瞬時に『風守』(ラダウフュル)の術を発動させ、ユウヒの周りに風の防御壁が展開する。鉄壁の風の盾には如何なる攻撃も無力の筈だった。
だが、その炎の蛇は風の壁の手前で軌道を変え、床に吸い込まれるように消えてしまったのである。一瞬ユウヒは眉を寄せ、怪訝そうな表情でアルバーンを見る。術を誤ったのかと思ったが、アルバーンは余裕の表情だった。その表情からユウヒはその意味を瞬時に理解した。
「クッ、しまった!」
ユウヒが叫んだ刹那、彼女の足下に熱風が巻き起こる。そして床から先ほど消えた筈の2匹の炎蛇が現れ、彼女の体に巻き付いた。
「きゃあぁぁぁ――――!!」
ユウヒの体が一瞬にして炎に包まれ彼女の絶叫が部屋中に木霊した。美しく整った顔立ちは、無惨にも高熱に炙られ溶けていく。しなやかな野生動物を思わせる健康的な肉は骨から剥がれ落ち、炎の固まりとなって床に黒い染みを残して、やがて残った骨さえも灰と化し崩れていった。
ユウヒを食らいつくした2匹の炎蛇は、満足げに震えながら火の粉を巻き上げて霧散していった。
しかしユウヒを葬ったはずのアルバーンは意に添わぬ様子でつまらなそうに呟いた。
「フンッ、凝った消え方をする・・・・・・ これだから女という生き物は好かぬ・・・・・・ 」
見ると、いま炎に包まれ焼き尽くされた筈のユウヒの灰が跡形もなく消えて居るではないか―――!
そう、先ほど焼かれたユウヒは本体ではない。砂術によって想像された砂人形だったのだ。ご丁寧に『幻夢』(フラムス)と言う術で焼かれる自分の幻影まで投影させていた。
確かに始めに5人の術者と対峙したときはユウヒ本人だった。ではいつの間に入れ替わったのだろうか? アルバーンも炎蛇が巻き付いた時点で始めて気が付いた訳で、それまでは全く分からなかったのである。
「しかしあの女、たいした腕だ・・・・・・ 『金王』様、この任務、おもしろくなってきました。クククッ」
そう言ってアルバーンは乾いた笑いを吐く。やがてそれは高らかな高笑と変わるのに、さして時間は掛からなかった・・・・・・・
第5幕
王宮の地下にある遺跡でアルバーンと死闘を繰り広げていた筈のユウヒは、王宮の北庭に隣接した倉庫に居た。
この倉庫は外見を招宴王宮施設に偽装されており、外から見れば倉庫とは分からない造りになっている。
彼女はアルバーンの炎蛇が床に吸い込まれた瞬間に素早く砂人形と入れ替わり『転移』リマールでココまで飛んで来たのだった。
「西の者に遅れを取ったと思われるのはシャクだけど仕方ないわね。でもこの次会ったときは見てらっしゃい。必ず八つ裂きにしてやるから――― 」
ユウヒはそう心中で誓うのだった。
「それにしても凄い数ね。ざっと200騎は有るわね」
頭を切り換え、誰も居ない倉庫を見渡し呟く。大きな倉庫内は甲冑兵で埋め尽くされていた。
「帝国に提出されている数のおよそ倍。申告漏れって数じゃないわね。でも帝国に本気で喧嘩売るなら少なくともこの10倍は必要だわ・・・・・・ 」
ユウヒはまるで立ったまま眠っている様な青い甲冑兵の群れを見ながら言った。ココに保管されている甲冑兵は全てグラン正式採用の甲冑兵『影光』ではなく、東門ラウド・ミュールで見た『ウログラス』と言う機体で、しかも全て傷一つ無い新品だった。
帝国の従属国は例外なく保有甲冑の数、採用甲冑の機体名を帝国政府に正確に申告する決まりになっていて、これを破ると重い処罰が下され、また甲冑兵の保有数を制限したりしていた。
これにより帝国は従属国の戦力を把握しているわけで、申告数と実数に大幅な差異があるとそれだけで謀反の疑い有りと取られかねないのだ。
従属国の謀反に対して常に目を光らせて置くことは、宗主国としては当然の事である。帝国の統治はそれほど厳しい物ではなく、国の政に関しても有る程度は各の国を統治している国主に任されていて帝国法に抵触する事ではない限り細かく報告しなくても良い。
しかしこと軍事面に関しては迅速、正確に申告しなくてはならず、保有戦力の隠蔽や申告漏れなどは厳しく取り締まられていた。
5年前の『グランの乱』に端を発した『王弟戦争』からは、その確認に半年に一度、帝国政府から監察員が訪れて実情を視察する決まりになった。
「影光の『バロン甲機』は帝都ミスルムに工房が有るから大口の発注があればすぐに帝国の知るところとなる。そこで『トレント国』にある『トゥモル甲商』製の『ウログラス』にした訳か・・・・・・ あそこなら運河を使って船で運べるから秘密裏に手に入れることが出来る。考えたわね」
トレントは東邦の南に位置する国で、帝国の次に大きく国力もある国だった。海に面しているので海運業が盛んな国であり、首都ザムールは海上都市と呼ばれている。
現在の国主であるハザド・ドラクーンは野心家だが計算高い男で、執拗に勝つ算段をしてから腰を上げると言う。かの国にとって帝国は”目の上のたんこぶ”的な存在であるが、帝国と正面切って戦うことは避けていて5年前の『王弟戦争』でも静観を保っていた。
「グランの何処にそんな金が有るのかと思っていたけどトレントが肩入れしているのは間違いなさそう。でなければこんなに大量の『ウログラス』が他国に流れるのを黙って見ている訳は無い。規模から考えて、他にも協力国がいるかもね。おまけに西も絡んでるとなると、あの計算高いハザドが仕掛ける気になったのもうなづけるわ・・・・・・ これは早急に対策を練る必要があるわね」
恐らく帝国に戦を仕掛けても勝ち目は薄。ならば内部から揺さぶりを掛けて混乱させ、他国と手を組んで領内に攻め込むつもりなのだろう。
だが――― ユウヒはさらに考えを進める。
西邦が絡んでいるとなると、国の利権問題だけでは済まなくなる。東邦圏全体の問題に発展し、50年前に休戦した『東西戦争』が再び勃発しかねない。
休戦前の戦いでは、現在の帝国の前進『グランス国』初代銀王であるディア・シルバス・カルバート1世の呼びかけの元、国家間の利権に関係なく国同士が手を結び西邦と戦った。しかし現在では当然当時の国主は皆世代交代し自分の国益以外に興味が無い者が多い。
比べて西は古来から『ミウデゥ帝国』が西邦圏のほとんど全域を支配しており、黄金王『ゴルディア』の権制の元、まとまった軍事行動が可能であると聞く。
もし今、本気で西が『カレートの誓い』を破棄し攻めてくるとなれば、東邦圏の苦戦は必死である。西邦の東邦侵攻が何時であるかは分からないが、そう遠くないのなら、すぐにでも東邦の意志を一つにまとめなければならないのである。
「唯一の救いは、初代より不在であった銀王が現在の帝国に居ると言うこと・・・・・・ 『アレ』の存在も西にかぎつけられていたとは――― 迂闊だったわ。ただ、あの封印は陛下ご自身でなければ解除できないはず。とりあえずは安心だけど・・・・・・ 」
ユウヒはしばらく立ち止まって美しい切れ長の眉を寄せ考え込む。
はたして、『銀王』とは如何なる存在なのであろうか? なぜそれが救いなのだろうか? そして『アレ』とは何の事なのだろうか―――
「ここで考えても埒があかない。いったん支部に戻ろう。残して来たリュンも気になるけど宿に戻るのは夜になっちゃうわね。・・・・・・ 一応『陰守』は付けているけど、また面倒なことに巻き込まれてないでしょうね・・・・・・ 」
一瞬嫌な考えが頭をよぎったが、それを振り払い、ユウヒは『転移』リ・マールでいづこかへ消えていった。
西に大きく傾きかけた太陽が、少しづつ赤みを帯びた光を名残惜しそうに投射する空に、激しい剣戟の音が響き渡る。
その音が響くたびに、それに呼応するかのごとく怒号のような人々の歓声が木霊する。 円形の闘技場を囲うように設置された客席に空席はなく、それどころか立ち見の観衆が続出する超満員で、会場全体が異常なほどの熱気で包まれていた。運良く席を確保した観客も、その熱気に当てられ立ち上がって拳を振り上げ声の限りに声援を送っている。座って観戦している者は誰一人として居なかった。
闘技場の中央では、身の丈20クール(約6m)ほどの鎧を纏った2人の巨人が、お互い手に握った剣を振り上げ、火花散る死闘を繰り広げていた。
このミヤマ大陸でで古くから使われている最強の戦闘兵器、甲冑兵である。
もうかれこれ半刻ほど戦っているが、お互いに有効な打撃を与えられず、その鎧に浅い傷を増やしていった。
ブンッ――――
深い緑色の装甲をした甲冑兵が横凪に剣を振るう。が、相手である赤い甲冑兵がひらりとかわし、空しく空を切る。体制の崩れた隙をを付いて、今度は赤い甲冑兵が懐に剣を突き入れる。
ガシッ!
貫かれたかと見えたが、緑の甲冑兵は間一髪体を右後方にずらし、赤の甲冑兵の剣を肩当てで受けた。上段から振りかぶった斬激ならともかく、肩当ては元々装甲の厚い部位である。突き程度では表面に浅い傷を残すだけだった。
ましてや赤い甲冑兵は緑の甲冑兵の二周りほど小柄で『軽甲冑兵』と呼ばれる機種で、機体名を『ケルフィー』という。このタイプの甲冑は他の機種と比べ膂力が弱く、早さを稼ぐため装甲を薄くし軽量化を図っていてスピード戦闘に特化した機種である。肩当てごと相手の腕を切り落とす力は持ち合わせてはいない。早い動きで敵を翻弄し、隙をついて相手の懐に潜り込み、関節や甲冑の継ぎ目など比較的装甲の薄い急所を突くと言う攻撃方法が基本だ。
対して緑の甲冑兵は、一般的に広く大陸で出回っている『中量級甲冑』よりも一回り大きい『重甲冑兵』と呼ばれる機種で『アントニス』という機体名である。この機種は先の赤いケルフィーなどの軽甲冑兵とは対極に位置し、動きは遅いが膂力は中量級と比べ2、3割り高く、これの斬激をまともに食らえば、装甲の薄い軽甲冑など甲冑ごと真っ二つにされてしまうだろう。甲冑の肉厚も3倍の厚みがあり、大抵の攻撃は避けずとも弾いてしまう。
全くの正反対の機体同士が対戦しているこの闘いが、この甲冑兵闘技大会予戦初日の最後の試合である。
突きをかわされたケルフィーがすぐさま後退して距離を取る。しかし、飛び退いたとたん左膝が ガクン と沈みバランスを崩す。見るとケルフィーの左膝の関節から緑色の液体が勢い良く噴き出し、赤い装甲を汚している。
赤いケルフィーは試合の初め頃、アントニスの剣をかわし損ない、膝の関節を痛めていたのだった。何とか直撃はかわしたものの、刃がかすった際に関節の筋結管に亀裂が入っていたのだろう。何しろ相手は重甲冑兵である。かすっただけでもただでは済まない。
「ちぃ、しまった! 」
ケルフィーの着装者が着装漕内で舌打ちする。
アントニスの着装者はその隙を見逃さない。すぐさま上段に振りかぶり、一気に間合いを詰める。
「貰ったぁ――――! 」
着装者の叫びが拡声器を通して場内に響き渡る。裂帛の気合いとともに、アントニスがケルフィーに斬激を振り下ろした!
ガキィィィィンッ!
体制を崩しながらも、ケルフィーは何とかアントニスの剣を受け止める。だが、重甲冑兵の強力な一撃をまともに正面から受け止め、もの凄い衝撃が着装漕を襲う。ケルフィーの着装者は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受け、一瞬意識が真っ白になる。すぐに痛みを伴った腕のしびれを味わい、正気を取り戻す。今の衝撃で正面の映像板の横にある筋結管内の圧力を示す計器が吹っ飛び、その破片で瞼を切ったようで目元に血がしたたり落ちてきた。しかしそれをぬぐう暇は無い。
根本で受けた事も幸いして剣を折られる事は無かったが、アントニスはそのまま力任せに圧力をかけてくる。
元々力の弱い軽甲冑、しかも左膝からかなりの量のミュータンを出血した赤いケルフィーにアントニスの圧力を押し返す力は無い。
場内の観衆の声が一気に高まる。―――潰せっ! 殺せっ! 口々にそう叫び、それと同時に拳を頭上に振りかざす。
「この勝負、俺の勝ちだ!」
アントニスの着装者は着装漕の中勝利を確信し、残忍な笑みを浮かべる。そして観衆の声に後押しされ、さらに剣に力を込めた。
一方、ケルフィーは関節を軋ませ必死に圧力に耐える。が、ついに左膝が地に着き、機体各所から白い水蒸気の煙が立ち上る。今までの戦闘での全力運転と、この圧力に抗う事で心肺機と筋結管に負荷がかかり、機関の冷却が追いつかず冷却水が蒸発しているのだ。このままでは数分もしない内に全機能が停止し動かなくなってしまう。
しかも剣を握る手首がカタカタ震え、徐々に下がっていく。今までアントニスの攻撃を剣で流すようにしてかわしてきたがこの一撃はまともに受ける形となったため、手首に相当な負担が掛かり関節にかなりの遊びが出ている。軽い軽甲冑の最大の泣き所でもある。
「クククッ、素直に負けを認めずとも良い。このまま甲冑兵ごと真っ二つにしてやろう・・・・・・ 貴様も愛機と共に死ぬるは本望であろう」
アントニスから狂気じみた声が静かに流れる。
「それはどうかな? 」
その時、ケルフィーの左手首から勢い良く潤滑油と蒸気が噴き出し、アントニスの目に直撃した。
「なにっ!」
アントニスの着装漕がいきなり闇に包まれる。甲冑兵が目をやられ映像板が消えてしまった。眼球に異物が入ったことにより、甲冑兵が目をつぶってしまったのだ。事故のように見えるが、ケルフィーはわざとやったのだ。恐らく手首に噴射装置が隠されているのだろう。これは明らかに反則である。
こうなってはもう眼球を外して洗浄するか、運が悪ければ新品に交換しなければならず、どちらにしてもこの場では致命的な損害である。眼球を保護するガラスの保護覆いもあるが高価で、戦ならいざ知らず、なかなかそこまで装備して試合の望む甲冑兵は少ない。アントニスはたまらず顔を手で覆い後退した。
「ひっ、卑怯な! 」
アントニスの着装者は故意であることを悟り、ケルフィーに向かって叫ぶ。だが、そんなことが無駄だと言うことも良く知っていた。
観衆は完全にアントニスの勝ちを信じていたが、一気に形成が逆転した事により興奮が最高潮に達する。アントニスに賭けていた者は悲鳴に近い声で、ケルフィーに賭けていた者は両手を上げて奇怪な叫び声を上げる。中には反則だと叫ぶ者も居るがそれは全てアントニスに賭けた者で、もし逆の立場ならば 良くやった と賞賛していたであろう。
「さっきの言葉をそっくり返すぜ。愛機と共にあの世に行きな! 」
そう言ってケルフィーはアントニスの闇雲に振り回す剣を軽くかわし、握った剣を脇腹から上に向かって突き刺した。その部分は腰の動きを妨げないよう、装甲が薄くなっており、それは装甲の厚い重甲冑でも例外ではなかった。そしてその剣先はアントニスの心肺機関を突き破り着装漕に達した。
アントニスの着装者は、暗闇の中から光と共に現れた大きな剣先が、自分の体に突き刺さるのを奇妙に見やり、不意に口から大量な血液を吹きだして絶命した。彼にとって不思議とあまり痛みが感じられなかった事がせめてもの救いだった。
赤いケルフィーが剣を引き抜くと、まるで糸を切られた操り人形のように、アントニスが仰向けに地面に倒れた。ケルフィーが剣を掲げて、自分の勝利を観衆にアピールする。すると観客席がどっと沸き、紙吹雪のように紙片が舞う。緑のアントニスに賭けていた闘券だ。そんな中で、死亡したアントニスの着装者を悼む者は誰も居なかった。
古より伝わる魔道と鍛冶の結晶、大陸最強の戦闘兵器である生きた鎧。甲冑兵には人の魂の根底に眠る闘争本能を揺さぶる魔力が備わっているのかもしれない。
決着が付くと、この国の正式採用甲冑兵である『影光』と呼ばれる中量級甲冑兵が2綺、アントニスの背中の装甲を引き剥がしにかかる。内部にいる着装者の安否を確かめるためだ。少しして着装漕の内部の様子が確認できる隙間が出来ると作業が中断され、そのまま機体は会場から運び出されて行った。
どうやら着装者の死亡が確認されたらしい。
戦闘終了後、闘券の売り上げの一部から勝者に報酬が支払われる。しかし予選での出場者に払われる賞金額は少なく、戦闘で傷ついた甲冑兵を修理するには全然足りない。
甲冑兵の修理、調整は『甲冑鍛冶師』(かっちゅうかじし)と呼ばれる専門の技師が必要となる。どこかの国に所属している騎士などは子飼いの鍛冶師を伴い試合に臨むが、一般の流れ甲冑使いはそのたびに整備場にに入れて修理しなければならず、この修理代が馬鹿にならない。勝ったは良いが修理代が払えず次の試合を棄権するなんて言う出場者も少なくない。
だが勝者は敗者の機体を自分の物に出来る決まりになっていた。勝者はその機体を売って足りない分の修理代に充てることが出来た。確かに試合で傷ついた機体であるから、壊れて動かなくなった機体がほとんどだが、全ての部位が壊れている訳ではないので解体して『部品』として売ることが出来るのだ。中でも甲冑兵の機体制御を司る最重要部品である『レグール』は高値で取り引きされる。
つまり試合では自分の損傷は勿論のこと、いかに相手の機体へのダメージを最小限に押さえて戦闘不能にさせるかも重要になって来るという訳だ。
もっとも、国家所属の騎士は別にして、流れの甲冑使いが甲冑兵を失うということは、生きる糧を失うことに等しい。勝った相手は負けた相手の恨みを買う事は必死で、大会出場者の中には試合後に不振な死を遂げる者が多かった。赤のケルフィーが着装漕を狙ったのは、他の部位に損傷が少なく相手を倒す事。そして後々の遺恨を残さない。そう言った2重の事情があるからなのだった。
”とどめは必ず刺せ”という戦場訓はここでも同じということだ。
勝った方のケルフィーも、不意に片膝をつく。先ほどの左膝のダメージが限界に達したのだろう。結局自力では動けずアントニスと同じように影光に肩を借り会場を後にした。
会場の観客が、有る者は上機嫌に満面に笑みを浮かべ、またある者はため息と共に闘券を撒き捨て、思い思いに席を立ち始める頃、客席から試合の終わった闘技場を途方に暮れて眺める男が居た。
リュンである。
「まいったなぁ・・・・・・ 」
少し青い顔してリュンが呟いた。右手には闘券の束が握られている。あれからフィアナの買い出しに付き合ったリュンだったが、予戦が気になり一人で闘技場に来ていた。
第一試合で見ただけで機体の状態を推理する例の特技を使って見事予想が当たり、調子に乗って賭けまくっていたのだが、先ほどの本日最終試合で所持金を全てアントニスに賭けてしまい一瞬に一文無しになってしまったのである。
「どう考えても絶対にあっちが勝つと思ったのに、まさか負けるとは思わなかった・・・・・・ やっぱり戦と同じで何が起こるか分からないもんだなぁ・・・・・・ 」
とのんきに呟いた。
「―――って、言ってる場合じゃなかった。ユウヒになんて言おう。怒るだろうなぁ・・・・・・ はぁ、どうしよう」
ため息をつきながら手に持っている闘券の束に目をやる。一瞬にしてただの紙切れとなってしまっただが、未だに捨てられず未練がましく持っているのだった。
しかし、いつまで持っていようとも、これが勝ち札に変わるわけでもない。仕方なく紙くずを清掃しにきた係員の持っている袋に投げ入れとぼとぼと歩き出した。
「まぁ、なくなっちゃった物はしょうがない。後はなるようにしかならないよな。あいつだって宿代くらいは持ってるだろうし、何とかなるさっ!」
そう都合の良いことを言いながら気を取り直し、一路『パセの安らぎ亭』に向かうべく、闘技場を後にするリュンであった。この切り替えが早い所がこの男の本当の特技であると言える。しかしこの後、そんな都合の良い解釈をユウヒがするわけはなく、この件で怒りが大爆発する彼女に対面する事になるのだった。
宿に戻ったリュンはユウヒの戻って来るのを待っていたのだが、どうにも待ちきれず先に一人で夕食を取った。
しかし食べ終わってもユウヒは戻ってこない。仕方なく部屋に戻って待っていたのだが、時間が経つに連れて先ほどの闘技場の負けの事をどうユウヒに説明するかで頭が一杯になってきた。
日頃無計画でのんきなリュンだが、怒ったときのユウヒの恐ろしさを知っているせいか、どうにも落ち着かず、気分転換にまた下の食堂に降りていった。
食堂はもう食事を取る客も居ないらしく綺麗に片づけられていてがらんとしていた。
仕方がないので部屋で寝てるかと思い、引き返そうかと思ったとき、ふと見るとフィアナが厨房に入っていくのが見えた。なにやら思い詰めた表情をしながら早足で厨房の奥に向かっていった。
声を掛けようとするがリュンには全く気づいていない様子だった。フィアナはそのまま厨房の奥にある扉の向こうへ消えていった。
「フィアナ、どうしたんだろう・・・・・・ 」
リュンはそう言いながら不思議そうにフィアナの姿を目で追っていった。
第6幕
フィアナは厨房の奥にある例の執務室に入った。
部屋に入ると、壁にある本棚の本を一冊取り出す。すると本棚が横にずれて、裏から隠し扉が現れた。扉を開けると地下に続く階段があり、フィアナはその階段を降りて行く。
階段を降りた所にまたドアがあり、それを開けて中に入ると、そこはちょっとした会議室になっていた。
中には3人の男が先に席に着いているのが見えた。クレモンドと朝ユウヒを尾行していた2人の男だった。フィアナはテーブルの前まで来ると、席にも着かずにクレモンドに叫んだ。
「いったいどういう事なの? 説明して頂戴!」
フィアナはテーブルに手をついて返答を待つ。勢い良くついた為テーブルの上に載せてあったランタンが派手な音を立ててはねた。
クレモンドは組んでいた腕をほどき、肘を着いて両手を顔の前で合わせる際に、左手に嵌められた黒い皮の手袋が キュッ と乾いた音を立てた。
「我々が雇った甲冑使いが仕事を降りると言ってきました。」
「それはロキから聞いたわ。私が聞いているのはその訳よ! 」
フィアナは立て続けにクレモンドに問う。どうしても納得がいかない様子だ。
「同じ組みにあのアルガイム用兵騎士団団長、デイル・ガストーンが居ます。次は間違いなく彼でしょう。」
クレモンドは悔しそうに答える。そこへ横から同席している男の一人が口を挟む。
「どっちにしろ、奴が相手なら、あの程度の腕じゃ3分と持ちはしない」
「だからって・・・・・・ 」
フィアナはなおも文句を言おうとするが、男の言ったことも正しいだけに二の句に繋げず押し黙る。
「他を雇うか・・・・・・ ロキ、この中じゃお前は面が割れてないんだ。やってみたらどうだ? 」
クレモンドの右側に腰を掛けていた男が向かいの小柄な男に声をかける。ロキと呼ばれた男は青い顔をしながら慌てて首を振る。
「じょっ、冗談じゃない。無茶言うなよマウザー。俺が甲冑兵苦手なの知ってるだろっ! 奴相手じゃ3分どころか『竦み』で動けなくなっちまう」
「確かにそれもそうだ」
短く刈られた頭を掻きながら、彼はため息混じりにそう言った。マウザーは彼の名である。
ロキの言った『竦み』とは、着装者の恐怖が甲冑兵に伝わってしまい動けなくなってしまうことである。本人に自覚症状が無い場合が多く、心の底にある潜在的な戦いへの恐怖心に甲冑兵の意志が反応してしまい起こる症状で、初陣の着装者によく見られる。戦いへの緊張、自分が殺されるかもしれない恐怖や人を殺す事への躊躇いなどで文字通り『竦んでしまう』わけである。
初めて訓練を開始する軍馬が歩かなくなってしまうのと同じような物と考えてもらった方がわかりやすいだろう。
「そこまで言うならマウザー、お前が変装でも何でもして出れば良いだろう? 俺なんかよりよっぽど上手く戦れるだろうに」
「出来ればやっている。だが向こうにはヒューム様がいらっしゃる。俺の変装なんか一発で見破られてしまうさ。何せ小姓だったんだからな」
マウザーとロキはともに戦災孤児だったが、クレモンドに拾われそれ以来、クレモンドの家来として仕えていた。クレモンドが野に下った今でも彼を慕い、そばを離れることなく仕えている。2人にとってクレモンドは主人であり、師であり、また親父でもあった。「あたし達の目的は王宮に潜り込む事。1回勝てば王宮の『暁の杜』での本戦に出場出来るのよ。そうなれば何の疑いも持たれずに王宮に入ることが出来る筈・・・・・・ 招待選手が出場しない予戦程度では、負けない傭兵を選んだはずなのに、よりにもよってあんな男が同じ組に居るなんてっ!」
フィアナは唇を噛む。
フィアナは兄の計画のほぼ全容を把握していた。それを知った彼女は何度か引き留めようとしたが、兄の決心は固く改心させることはかなわなかった。「別に帝国のためではない。父が愛したこの国を、その子であるあたし達の都合で、再び戦火に巻き込む事は出来ないわ。」そうフィアナはクレモンドに言い、兄を討つ決心をしたのだった。
兄は白仮面卿として王宮内に潜伏していると言う情報を掴んだフィアナは、どうにかして王宮内に入る事を考えていた。そこへ5年間休催していた甲冑兵闘技大会が今年復活すると言う話が転がり込んできてそれを利用することを思いついたのだった。
大会本戦は王宮内にある『暁の杜』と呼ばれる特別闘技場で行われる事になっていて予戦を勝ち抜いた出場者には期間中に限り、王宮に出入りする権利が与えられる。もちろん観戦のため、市民も闘技場に入ることは出来るが、入り口での厳重な身元確認や検査などがあり不審者は入場することが出来ない。
ましてや王宮内部の警備を担当している近衛騎士団の団長の白仮面卿は兄ヒュームである。フィアナ達が身元を隠して入場することは不可能だった。
そこでフィアナ達が考えた計画は出場者として、王宮内に潜り込むと言うものだった。 大会では出場甲冑兵1騎につき着装者1人と最大5人までの支援要員を1組として申請出来る決まりが有り、コレに目を付けたのだ。
甲冑兵は前にリュンも言っていた通り、まめに整備する必要がある。この整備は日常の簡単な物で有れば1人でも十分可能だが、戦闘後の補修や修理が絡むと到底一人では無理である。仮に筋結管を損傷し交換しなければならなくなった場合などは、装甲を外してその部分のミュータンを抜き取って止血し、駄目になった筋結管を取り外すなど、大がかりな作業になるため専門の鍛冶師2人がかりでも半日は掛かってしまう。
国同士の戦では傭兵でさえも従軍鍛冶師達による処置を受けることが出来るが、闘技大会ではそんなものが居る訳は無く、全て出場者側で賄わなければならない。国家の推薦状を携えた招待選手の騎士なら子飼いの鍛冶師を連れてきているし、直接本戦から出場出来る権利を与えられている為、ほぼベストな状態で試合に臨むことが出来る。
しかし予戦からのスタートとなる一般参加の出場者が勝ち進むには、連戦に次ぐ連戦で痛めた機体をいかに戦える状態に保つかと言うことも重要になってくる。その様な理由で鍛冶師を含めた5乃至6人程度のチームを組み試合に臨むのが慣例となっていた。
この鍛冶師を含めた整備人員にも当然検査対象になるが、人員よりむしろ持ち込む機材や部品等が厳しく検査されるため、人員の検査は書類提出による身元確認で済まされており、その内容はおざなりだった。
フィアナ達はこの整備人員として王宮に入る予定だったのだ。
「フィアナ様、別の潜入方法を考えてはいかがです? 大会の警備で手薄になっているところが有るやもしれませんし、今回が駄目でもまた次の機会を狙うと言うことも・・・・・・ 」
クレモンドはそうフィアナに提案する。しかしフィアナはその言を完全に否定する。
「兄様はそんなに甘くはないわ。手薄になったと見せかけて侵入者を罠に掛けることぐらいはやってのけるでしょうね――― それに次は無い。明後日には銀王自ら大会を観戦しに来るのよ。兄様がこの機会をみすみす見逃すと思って? 」
その言葉に他の3人も押し黙る。みなヒュームを知っているだけに、フィアナの言ったことは憶測だけでは無いことがよく分る。
「―――では、新たな着装者を探すほか有りませんが・・・・・・ 明後日までに探せますかな? 」
今度はフィアナが押し黙る番だった。「それは・・・・・・ 」と言いかけて言葉が続かず悔しそうに俯いてしまう。だが彼女は妹として、どうしてもやらねばならぬのだった。
それを見かねたロキが気分を変えフィアナを励ます。
「こうなったら悩んだってしょうがないじゃないですか。明日は朝から手分けして引き受けてくれる着装者を探しましょうや。なに、きっと見つかりますって! 」
「そうだな。お前の言う通り、今更悩んだって詮無きことだ。我々には他に選択肢は無いのだから」
マウザーもロキに賛同する。そんな2人にフィアナは胸が熱くなるのを感じた。
「二人ともありがとう。でも、ごめんなさい。こんな事に巻き込んでしまって・・・・・・ 」「今更何言ってるんです。親父殿とフィアナ様の為なら、苦になりませんよ。それに今日あの女を見失った汚名挽回の良い機会。必ず探して見せます」
ロキは調子よく胸を張って答えた。それを見てわずかだがフィアナの唇に笑みが浮かんだ。
「フンッ、調子の良い奴だ」
とマウザーが横やりを入れた。だがマウザーも同じ決意を胸に刻んだ。
そこにそんな様子を黙ってみていたクレモンドが「静かに!」と小声で呟く。人差し指を口元に持っていき、声を絞る仕草をする。そのままテーブルに立てかけてあった剣を持ち、足音を殺して部屋の扉に近づき静かに取手に手を掛けて一気に扉を開いた。
「うわっ! 」
扉の向こうにいた何者かが、派手な音を立てて室内に転がり倒れてきた。恐らく扉に耳を当てながら寄りかかっていたであろうが、急に支えがなくなりバランスを崩して勢い良く転び床におでこを強打した。
その人物とはリュンであった。
「痛っぅ―― まともに打ったっ・・・・・・ 」
リュンはおでこを手でさすりながら呻いた。床に打ち付けた部分が赤く腫れている。食堂で酷く慌てたフィアナを見かけて気になり後をつけてきたのだ。
「リュ、リュンさん!? こんなところで何してるの!? 」
転がり出てきたのがリュンだとわかり、驚いたフィアナが叫ぶ。他の3人は警戒しながらリュンを睨む。
「貴様何者だ! ここで何をしていた! 」
マウザーが怒鳴った。
「いや、別に悪気は無いんだ。ただフィアナが凄く困った顔してたんで気になってついてきたらなんか話し声が聞こえたんでつい・・・・・・ 」
リュンはそのまま床に座り込んですまなそうに言った。
「何処まで聞いた!? 返答によっては生かして返すわけには行かぬ! 」
「何処までって・・・・・・ 多分全部だと思う」
凄みを利かしたマウザーの問いにあっさりと答える。この男、自分の置かれた状況が全く理解出来ていないらしい。のんきと言うか、大物と言うかどちらにしてもこの男らしいと言えなくもない。
「お前、状況分かってるのか? 普通誤魔化したりしないか? 」
ロキもあきれて言う。
「だって・・・・・・ 誤魔化したって結局駄目でしょ? 」
「そりゃそうだが・・・・・・ 親父殿、どうします? 」
ロキがクレモンドに問いかけた。
「他で喋られてはやっかいです。口を封じるしか無いでしょう・・・・・・ 」
マウザーはそうクレモンドに言った。クレモンドは「いたしかたない」と呟きながら左手に提げた剣を鞘から滑り出す。抜き出された刀身がランタンの炎に照らされ鈍い光を放っている。
すると―――
5人以外に誰も居ない筈の部屋に、クレモンドとは別の、複数の殺気が沸き起こった。
微か――― ほんの微かな気配である。剣の達人でも気のせいかと思えるほどの・・・・・・
この中でこのわずかな殺気に気づいたのはクレモンドただ一人である。彼は周囲に目を配るが4人以外見あたらない。最初リュンかと思ったがどうやら違うようだ。だが、長年戦場で培った彼の感覚が感知した殺気は気のせいでは無いと確信する。無意識に剣を握った手に力が入った。そのとき―――
「思い出した!」
そう言ってロキが懐から一枚の紙切れを出した。それはリュンがグランカーレに来る途中、ユウヒに見せた手配書だった。
彼の言葉で殺気が急速に引いていった。
「たった1500ラウズで手配なんて笑えるから話の種に今朝官場から一枚持ってきたんだ。コレあんただろ? 」
「・・・・・・ 一応」
リュンが渋々と言った様子で答えた。
「盗賊リュン・パーサー・・・・・・ あんた盗賊だったのか。しかし安い懸賞金だな。一体何やったらたった1500足らずで手配されるんだ? まぁ、手配する方もする方だが」
マウザーもあきれてリュンに問いかける。1500ラウズと言えば日雇い人足の半日の稼ぎぐらいである。
「う〜ん、それは俺もよく分からないんだけど・・・・・・ 」
少し困った顔でリュンが答える。そもそも手配される本人が何の容疑か分からないとは普通に考えてどうにも理解できない話であるが、この男の場合だと妙に納得できる感じがするのは何故なのだろうか。
「密偵ではなさそうですな。しかし・・・・・・ どういたしますか? 」
クレモンドはフィアナに言った。ただクレモンドは先ほどの殺気といい、まだこのリュンという男には何かあるように思えてならなかった。
「―――そうだ。リュンさん。あなた甲冑兵に妙に詳しいけど、使えるの? 」
「ああ、国では馬代わりに使っていたけど」
一同が驚く。甲冑兵はあくまで戦闘兵器である。いくら大陸に広く普及しているとはいえ、おいそれと個人所有出来る品物ではない。
「ハハッ、馬代わりってあんた、どこぞの御曹司か? 」
ロキが疑いの眼差しで冗談ぽく言った。
「死んだじいさんの残した機体なんだ。ちょっと古いけど一応『業物』で、『東西戦争』にも参加した子なんだ」
リュンが少し自慢げに言う。先ほど1500ラウズで馬鹿にされたのがちょっと悔しかったらしい。
「ほう、それは凄い。これは本当に御曹司って訳だ」
クレモンドが感心する。『業物』とは一般に普及している大量生産機と違い、甲商から素体を工房に入れ、『甲匠士』と呼ばれる専門の仕立屋が騎士の注文に応じ、甲冑の意匠から機体調整までを一貫して手作業で仕上げたこの世でただ1騎の特注機体である。高名な甲匠士が手掛けた機体は芸術品とまで言われ、当然莫大な費用がかかる訳でクレモンドが感心したのも当然と言えた。甲冑使いにとって一度は手にしたい一品である。
「お袋は俺が小さい頃死んじゃったし、親父も病でコロッと・・・・・・ 親父より長生きしたじいさんもその甲冑兵残して5年前にぽっくり逝っちゃって今じゃその子が俺の唯一の身内ってわけさ。誰も使わないんじゃかわいそうだろ? 」
リュンはさらりと言った。つまり天涯孤独という訳だがあまり寂しさを感じないのはこの男の脳天気な雰囲気がそう感じさせるのかもしれない。
「――― 業物の甲冑兵を持っているのが嘘か本当かは別にして、確かにこの人の見識は確かよ。朝一緒にパレードを見に行って、機体を見ただけで着装者の癖や機体年齢、おおよその膂力なんかを言い当てるんですもの・・・・・・ いいわ、ちょっと試してみる。ねえロキ、そこの模擬刀2つ取ってくれない? 」
フィアナはそう言ってロキに木刀を手渡してもらい、一本の柄を座っているリュンに差し出した。
「リュンさん、あたしと試合ってくれない? 嫌とは言わせないわよ」
「ええっ! 」
リュンが驚く。いやリュンだけではなく、他の3人も一様に驚いた顔してフィアナを見る。「ちょ、ちょっと待ってください」と言うクレモンドの言を制し、フィアナが言う。
「この人、盗賊って言っても悪い人ではなさそう。密偵ではないと分かったら殺すことは無いでしょう? でもどのみち聞かれてしまっては素直に返すことも出来なくなった。ならば協力して貰うわ。丁度甲冑兵の使い手も居なくなったわけだから、もし腕が良ければ拾いもんでしょ? 試してみて剣が駄目でもこの人の眼力は役に立つわ。はい、受け取って」
そう言ってリュンに無理矢理木刀を持たせると、リュンから数歩距離を取って向き直り、持っていた木刀を正眼に構える。
一般的な構えだが隙が無く剣先の振れもない。良い師匠について長年鍛えなければこの構えは取れないだろう。
「まっ、待ってください。それなら私がやります。なにもフィアナ様がそこまでしなくとも・・・・・・ 」
慌ててマウザーが止めに入る。だが、
「自分で確かめたいの。大丈夫よ、私はクレモンドの弟子なんだから。ねえ、クレモンド? 」
と言って構えを解かずリュンの立ち上がるのを待つ。「しかし・・・・・・ 」となおも止めようとするマウザーの肩にクレモンドの手が掛かった。
「フィアナ様は一度言い出したら聞かない頑固な所がある。やらせてみよう。それにお前もフィアナ様の剣の腕を良く存じておろう。大丈夫だ、師匠の私が言うのだから間違い無い」
クレモンドにそう言われ、渋々マウザーも引き下がり2人から離れる。ロキもそれに習って場所を空けた。
一方試合を挑まれたリュンの方はようやく立ち上がったものの、未だに構えずただおろおろしてフィアナに言う。
「ちょっと待ってくれよフィアナ! 俺は剣は苦手なんだよ。甲冑兵だってただ好きなだけで戦いは・・・・・・ 」
「問答無用! いくわよ! 」
そう叫んで一気に間合いを詰める。「わわっ! 」っと慌ててリュンも木刀を構えるが、フィアナの構えとはうって変わり、何とも情けない腰の引けた構えだった。
初太刀は上段からの一刀。リュンはそれを木刀の中程で受ける。フィアナは初太刀を防がれたと見るやすぐさま太刀を返し、そのまま流れるような動作で横凪に一閃を振るう。まるで風のような早さであったが、リュンは闇雲に木刀を振るいコレも何とか受けきった。しかし誰の目にもマグレの防ぎであるのは明かである。
初太刀に続けて2の太刀も防がれたフィアナはここで一端引き距離を取った。
(今のを防がれるとは思わなかった。なんかマグレっぽいけど、目が良いのかしら?)フィアナは心の中で呟く。
「痛ててっ、手がジンジンする! 女の子とは思えない威力だな」
早さ、鋭さもさることながら、一撃一撃が重い。フィアナは早さを最大限に生かし、遠心力と体重を乗せて攻撃してくる。大振りになるが、持ち前の素早さと反動ですぐに受けに回ることが出来るのだろう。
この時、また先ほどの微かな殺気がわき上がった。クレモンドは周囲に目を配る。どうも先ほどからリュンに合わせて気配が動く気がしていた。
リュンは今度はちゃんと木刀を構えフィアナと対峙する。しかしやはり腰が引け気味である。そしてなにやらぼそっと呟いた。それは誰にも聞こえない小さな声だった。
『手を出すなよ・・・・・・』
リュンはそう言ったのである。誰に対しての言葉なのだろうか・・・・・・?
そこへフィアナがまた飛び込んできた。
右から胴をめがけた一撃をリュンは後ろに引いてかわす。
「やっ―――!! 」
すぐさま剣先を引き、気合いと共に続けて突きを繰り出す。
胴への一撃を避けたリュンだったが、突きに来るとは思わなかったようで、慌てて木刀を構え直すがフィアナの木刀にかすっただけで、剣先が胸に命中し後ろに吹っ飛んだ。
「がっ―――、げほっ、げほっ!」
持っていた木刀を放り投げてひっくり返ったリュンは胸を押さえて咳き込みながら転げ回っていた。フィアナは思っていたより鋭く入ってしまったため、慌ててリュンに駆け寄る。
「ごっ、ごめんなさい! 大丈夫!? 」
「痛っ――― げほっ、何とかっ・・・・・・ あっ、あばらも折れてなさそうだ・・・・・・ 木刀がかすって上手いこと威力が落ちたみたい。大丈夫だ」
フィアナの手を借りてリュンが状態を起こす。その様子を見てフィアナは安堵の表情を見せる。そしてもう一度リュンに申し訳なさそうに誤った。
「あんな構えなのに上手く避けるから、ちょっと本気になっちゃった。手加減したつもりなんだけど上手く入っちゃったみたい。本当にごめんなさい」
すまなそうに頭を下げるフィアナにリュンは苦笑いをしながら答える。
「昔から目は良い方なんだ。逃げ足もね」
そこへ試合を見ていたロキが笑いながら言った。
「あんなへっぴり腰でフィアナ様と試合うなんて無謀もいいとこさ。俺の方がまだマシだぜ」
「確かに。ロキも剣技は苦手だがあそこまで酷くはない」
マウザーも同じようにリュンの評価をする。クレモンドは終始無言のままである。
「やっぱり着装者は明日探しましょう。リュンさんの事はとりあえず甲冑兵の調整でも手伝って貰いましょう。良いわね、クレモンド」
そう言って立ち上がる。続いてリュンもフィアナの手を借りゆっくりと立ち上がった。
「分かりました。じゃあ我らはこの者と明日からの打合せをしますゆえ、フィアナ様はお部屋にお戻り下さい」
そうクレモンドはフィアナに退室を促す。
「そう? それじゃあ私は戻るわ。あとお願いね。それと・・・・・・ リュンさんに手荒な真似は駄目よ」
そう3人に釘を刺す。
「それは無いですよ。ロキより弱いんですから」
「俺を基準にするなよ」
マウザーの答えにロキが文句を言う。その様子に安心したのか クスッ と笑みをこぼし、「明日は頼むわ」と声を掛け部屋を出ていった。
フィアナが階段を上がって行ったのを気配で確認した後、クレモンドが口を開く。
「さて・・・・・・ 」
クレモンドはリュンの方に向き直り鋭い目つきでリュンを見る。
「リュン殿とやら、私と試合って頂こうか・・・・・・ もちろん本気で」
その言葉に他の二人が驚いてクレモンドを凝視した。
「おっ、親父殿、何を・・・・・・ 」
マウザーはクレモンドが冗談を言っているのかと思った。しかしリュンを見据える眼差しは本気だった。
言われた当の本人であるリュンは慌ててクレモンドに断る。
「まっ、待ってくれ! 今の見ていただろ? あんたの弟子に歯が立たなかったんだぜ? 無理だよ、勘弁してくれ」
だが、クレモンドは落ちていた木刀を拾うと、目にもとまらぬ早さでそれを振るい剣先をリュンの鼻先すれすれの位置で止めた。寸止めである。
「やはりな・・・・・・ フィアナ様も居ないのだ。芝居はもうやめていただこう。」
剣先を鼻先で制止させたまま、クレモンドは静かに言った。
芝居? では今までのリュンは芝居だったのだろうか。はたして―――
リュンは微動だにせず、無言のままクレモンドを見つめる。
「止めると分かっていたのか? 」
そのクレモンドの問いにリュンはニコリと笑いこう返す。
「・・・・・・ 殺気が無かったからね。それにしてもいい腕だ。なかなかこの距離で寸止め出来る人は居ないよ? 」
それは子供のような屈託のない笑顔だった。
「親父殿、どういう事です!? 」
ロキが驚きの声を上げた。未だにクレモンドの行動が理解できないらしい。
「先ほどのフィアナ様の突き、儂から見ても申し分の無い一撃だった。あばらの1,2本折れていても不思議はない。だがこの者は傷を負った形跡がない。木刀をかすらせて威力を削ぎ、しかも剣先が胸に触れる寸前に後方に飛んで完全に力を殺した。派手に吹っ飛ばされたように見えたが違うのだ。確かに見事な一撃であったがフィアナ様の突きにあそこまでの威力は無い・・・・・・ よほどの達人でなければできん芸当だ。違うかな? 」
クレモンドはそこまで一気にしゃべり、剣を引いて構え直す。
「ご名答・・・・・・ う〜ん、ばれていたかぁ。我ながら上手く出来たと思ったんだけどなぁ」
この状況に場違いなのんきな物言いをしながら、先ほど床に放り投げた木刀を拾い上げた。
「試合っていただけるかな? リュン殿」
「やっても良いよ。本気じゃないけどね。でもさぁ、片腕では俺には勝てないよ? 」
そう言って右手で斜め下に木刀を構える。一見隙だらけの構えである。
「やはり気づいていたか。先ほどから感じる妙な気配も貴方の仕業ですか? リュン殿、貴方は一体何者です? 」
木刀の柄尻に手袋をした左手を添えながらリュンに問いかけた。クレモンドの左肘から下は義手だったのである。
「へぇ、あれに気づいてたんだ、凄いなぁ」
リュンは楽しくてたまらないと言った様子で笑いながら続ける。
「まぁ、とりあえず盗賊リュン・パーサーってことにしてくれよ。それより・・・・・・ 早く始めようよ。俺の方はいつでも良いよ」
そう言いながらもその隙だらけの構えを崩そうとしない。余裕の現れなのか? はたまた誘っているのか?
「本当に恐ろしい剣士は、その強さを決して表に出さないと言う・・・・・・ こう向き合ってみると、その意味がよく分かる」
クレモンドは木刀を構えながら、誰にともなくそう呟いた。その額にうっすらと汗が滲んでいる。
しばらくの沈黙――― そして
「いやぁぁぁぁぁぁっ―――!」
意を決したクレモンドが、かけ声と共にがリュンに向かって一気に間合いを詰め木刀を振りかぶった!
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2005/05/11(Wed)15:46:04 公開 / ギギ
■この作品の著作権はギギさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
やっと第6幕まで来ました。なかなか続くもんですなぁ と日頃熱しやすく冷めやすい自分でも感心している今日この頃・・・・・・
第6幕は当初偉く長くなり、バランスを考えて大幅にカットしました。(何やってんだか・・・)
今回はさぼり気味な主人公がやっとやる気になったのかな? と思わせる内容ですがいかがでしょうか?
さて次回第7幕では、フィアナとリュンが急接近!? ユウヒを交え、リュンを挟んだ三角関係に発展!(の予定・・・オイ) ガストーンの駆るダウロビーネとの決戦と、盛りだくさんです。乞うご期待!
それでは毎度の事ながら、批評、感想、愛の鞭。宜しくお願いいたします。
ギギでした。