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『夜明けのカルチャトーレ』 作者:覆面レスラー / 未分類 未分類
全角8692.5文字
容量17385 bytes
原稿用紙約24.15枚
 
 T 第三節 ペルージャ戦 〜昼下がりのファンタジスタ@


 
 緑の天然芝で覆い尽くされた広大なピッチが、二十二人の選手達の熱に燃えている。スタジアム全体が陽炎にほのめき、透過された満員の観客席が歪んで揺れていた。ピッチ脇にあるパルマの控えベンチ傍らの陸上競技用レースサークルでアップを開始していた翔太には、それがまるで別世界での出来事のように感じられ、途方にくれて立ち尽くしていた。監督に交代を告げられるまで心臓が高鳴ることはなかったのだが、いざ自分があれほど立ちたい、プレーしてみたいと願っていたセリエAのピッチを眼前にし、プレーする姿を想像しながら奮える心を抱えてアップを始めると途端に足が小刻みに震え始めた。
 掌で二三度叩いてみるが治まってくれそうに無い。それどころかより一層激しくなった気がした。胃の奥底からも熱いものがせりあがって来ている。それにつれて、手が悴み、頭が上手く働かなくなっていく。
 これではいいプレーなどできそうにない。
 翔太は緊張と怯えと期待と焦燥に押しつぶされて、ともすれば卒倒してしまいそうになっていた。依然サポーターの強烈な応援と罵倒による悲鳴がスタンド中を渦巻いている。特に熱狂的なパルマサポーター、パルマニスタは狂乱状態にあった。
 今節の対戦相手ペルージャに同点にされ、落胆も冷めやらぬままの局面、パルマのアタッカンテ、ジラルディーノが二枚のディフエンダーに挟まれながらも強引に放った、ゴール右隅下を突く地を這うようなシュートがペルージャのGKシーフォの体勢を崩しながらも懸命に差し伸べたキーパーグローブに阻まれて、惜しくもゴールポスト脇を掠めるように通りぬけていったところだった。後半の時計は今三十七分を回っている。
 試合の天秤がほぼ釣り合っている場合、攻撃側のみならず、守備側も形振り構わずせめぎ合う時間帯だ。攻撃側は、何とか勝ちゲームにしようと全員攻撃を展開し、守備側は点差0を守りきって逃げ、引き分けに持ち込もうと全員守備を展開する。
 追い風はパルマに吹いていた。チーム力で勝り、ホームゲームである条件が、試合終了が刻一刻と近づいている場面で、顕著に現れ始めていた。
 主審がコーナースポットの旗を指し示す。それによって、プレーが一旦途切れる。
 パルマ、ペルージャ、両チームの選手が小走りでペナルティエリア内、より好ポジションを得ようとして、フォーメーションの各ポジションを無視して、各々のポジショニングを取り始める。その間に監督から、副審に交代が告げられ、とうとう翔太の出番がやってきた。ナンバープレートを持った線審が、ピッチの傍に寄っていく。
 
 『OUT 9 → IN 18』
 
 スタンドにパルマサポーター総員の期待が込められた咆哮が轟き渡る。ペルージャサポーターに差し向けられていた罵声が失せ、歓喜の叫びや口笛が、スタジアムの片側隅から押し寄せる波のように駆け巡った。
 紫と黄色、二色刷りのサポーターフラッグが大きく揺れる。
 翔太との交代を告げられたFWソレンティーノがベンチに向けて駆け寄ってくる。翔太は、未だ収まらぬ震えを押し殺すようにウィンドブレーカーを思い切り脱ぎ捨て、地面に放り出した。その下からは次第に紫と黄色、二色刷りのユニフォームの背中に燦然と輝くナンバーが現れる。
 
 『18』

 先節に引退した、『最後のファンタジスタ』の尊称を持つロベルト・バッジォと同じ背番号だった。
 翔太は、目の隅を掠めるサポーターが放つ照明弾の眩しさから目を逸らし、ふと空を見上げる。秋空は綺麗な青色に晴れ渡っていた。遠い故郷の方角、東の空に浮かぶ太陽が、鮮やかに二色グリーンで描かれたピッチに大きな影を落としていた。
 ソレンティーノがピッチのサイドライン上で翔太が来るのを待っていた。翔太はしっかりと地面を踏みしめながらベンチ脇を離れ、ピッチに向けて駆け寄っていく。
 ベンチ前を通り過ぎようとしたとき、カルミニャーニ監督に声を掛けられた。
「翔太、君にできることはただ一つだ。分かるな」
 流暢なイタリア語だったが、翔太にも何とか聞き取れた。
 十六歳のときに、リーガエスパニョーラ所属クラブ、マラガの二軍に当たるBチーム、所謂サテライトに在籍していた翔太は公用語のスペイン語を習得していたので、文法構造が近似しているイタリア語も何とかこなすことができた。
 翔太はその言葉に、しっかりと頷く。
「ファンタジスタ――セリエにしか必要とされていない、その才能が輝く片鱗を見せてくれ」
 そう告げると、翔太の肩を叩き、スーツの襟元を正しながら、カルミニャーニ監督はベンチに帰っていった。その後姿を見送りながら翔太は監督の言葉を反芻していた。
 ファンタジスタ――どこか甘美な響きで自分とは懸け離れた存在だと思っていた単語が目の前にあって、それを自分に差し出される。『ファンタジスタ』という単語が途方もない存在のように思えた少年時代もあった。だからこそ、今、その名称で自分が呼ばれているという事実に酷く違和感を覚えた。
 その――ぼくがファンタジスタという人種なら一体何が出来るのか。
 初舞台に震える足で、緊張に凍結した頭脳でぼくにどんなプレーができるというのか。
 曖昧に感情がまとまらないまま、ソレンティーノの前に立った。ソレンティーノとすれ違うようにして、ピッチへの一線を越える。緑の芝と、模様が描かれた緑の芝。わずかの違いが、大きかった。利き足を踏み入れた瞬間、爪先から波紋が広がるかのように、深緑と緑で構成された模様が果てしなく広大に続いているように見えた。
 そのままもう片方の足も踏み入れようとすると、ソレンティーノにゆっくりと肩を抱きすくめられた。
「ショータ。君も一端のカルチャトーレならピッチに立つことを恐れるな。カルチョってのは恐怖に萎縮した奴から喰われていく。怪物の上で踊るようなもんだ。プレーするまえから、そんだけビビってりゃいい食い物にされるぞ」
 翔太の震える肩をしっかりと抱き、幼子に言い聞かせるように声を潜めそう言うと、彼はおどける様に両手を広げ翔太の目を見据えた。
「ピッチに立った時から、君はファンタジスタという束縛からは解放されている。純粋な一介のカルチャトーレになってしまうわけだ。アタッカンテ、チェントロカンピスタ、ディフェンソーレにしたって同じだ。カルチャトーレなら全力で挑め。年齢も実績も、ピッチに一度出てしまえば関係無い。持ち込めるのは、技術、経験、肉体、そして何よりも勝利への執念だ。翔太の尊敬している偉大なロビー(ロベルト・バッジォの名称)も、同じグラウンド内に立ってしまえば一介のカルチャトーレにしか過ぎない」
 翔太の知らない単語が幾つか頻出したが、それでも言いたいことは分かる。翔太は小さく頷いた。
「カルチャトーレの価値は、その試合の度に生まれ変わる。生き残れる者と、蹴落とされていく者。幾らミスをしようとも、それを最高のカタチで仕返してやれば必ず、生き残れる」
 ソレンティーノがそこまで言ったとき、審判が翔太に向けて早く来い、と促すようなジェスチャーをした。
「長くなりすぎたな、すまん」
 最後に翔太の背中をポンポンと叩きながら送り出すと、彼は汗でびしょ濡れになったユニフォームを脱ぎながらベンチに帰っていく。
 翔太はペルージャのペナルティエリアを見つめると、両足をピッチに踏み入れ、柔らかな緑の絨毯の上を駆け抜け出した。心なしか、足が軽くなっていたような気がした。
 震えは完全に止まっていた。

 カルミニャーニ監督は、元気に駆け出し、小さくなっていく翔太の背中に踊る『18』の数字を見つめながら遠い目をしていた。手塩にかけ、自らの手で育て上げた若きカルチャトーレをピッチに送り出すときは、オフシーズンにローマから列車でやってくる、数日たてば故郷に帰っていく孫の姿が重なってみえた。一個として自立したプレーヤーが、手を離れ、ベンチとフィールドという声しか届かない断崖絶壁の向こう側、遥かにに隔たれた場所で、自分の魂を受け継いだプレーをする。
 それはこの上も無い楽しみだった。
 特に翔太は格別だった。たまたま趣味の旅行で立ち寄っただけの日本であれほどの才能に出会えたことは、まるで天啓としか思えなかった。初めて彼のプレーを見た瞬間から、彼のボールさばきに惹かれてやまなかった。自分もサッカー経験を長年積んだお陰で、選手を見る目にはそれなりに自信がある。とある有名なスカウトのように、数分ボールを持ち、プレーしている姿を見れば才能の有無の判断ができる、といったレベルの物ではないが。
 それでも翔太はそんな自分にもはっきりと分かるほどのオーラを放っていた。
 そして、それが『ファンタジスタ』という人種であることに気づくまで、それほどの時間は要しなかった。
 
 翔太がピッチを走り抜ける姿はパルマニスタにとって大いなる興奮を呼び覚ました。後半四十分に投入された背番号『18』――『ファンタジスタ』と呼ばれる存在が、追い風吹くパルマに与える影響は大きかった。カルミニャーニ監督の秘蔵っ子である藍原翔太の名が、前日、ピンクの紙面で有名な全伊最有力のスポーツ新聞『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙上を賑やかしていたせいだ。熱狂的なパルマファンで無くとも、彼の名前は知っている。だが、一度もセリエ公式戦でプレーが披露されたことがない。完全なる秘匿にあった選手が今日、とうとうベールを脱ぐのだ。
 新聞紙上で、監督自身から、システム4-4-2を、翔太を出場させた場合に限り、トップ下を含め4トップをイメージした4-2-3-1にチェンジする、と明言した影響も大きかった。彼一人のためにフォーメーションをチェンジする必要がある。逆に言えば、彼にはフォーメーションを変えても出す価値がある。
 パルマファンはそう受け取った。
 残り五分、ロスタイムを入れても十分に満たない時間。サポーターが翔太のプレーにより逆転弾が生まれるのを期待し、盛り上がるのは否が応にも当然だと言えた。

 翔太の評価はこの一試合で大きく決定される。そう言っても過言ではない、デビュー戦。
 苛烈なタイムリミット、十分――時が今、刻まれ始めた。



 U 第三節 ペルージャ戦 〜昼下がりのファンタジスタA



「ショータ、おれより二試合遅れのトップチームデビュー戦だな。良いトコ見せろよ」
 選手が密集し、入れ替わり立ち代り好位置を奪い合っている相手ペナルティエリアより少し下がり目の位置にポジショニングをしていた翔太に、翔太より二つ年上でイタリアサルディーニャ島出身の右サイドハーフのジェンナーロが声を掛けてきた。
 今日も肩まである金髪が風に揺れ、太陽の日差しに反射して煌いている。
 ジェンナーロは冬のメルカートでリーガエスパニョーラの強豪クラブ、マドリッドの下部組織カンテラからパルマのカルミニャーニ監督に見初められ引き抜かれた若き逸材である。
 経済難のパルマが困窮を脱するために新オーナーを募集、運よくイングランドの有力実業家が九十一億でパルマの利権を買い取った。新オーナーはそれなりにサッカー界について理解があり、かといって現場にまで立ち入って指図をする人間でもなかった。チームへの改革を大胆に発足させ、その一環政策によって監督の権限が大幅に増えた。本来のセリエスタイルとは違い、イングランドプレミアリーグのように監督自身がフロントサイドに立ち、欲しい選手をオーナーに直訴、要求できるようになったのだ。
 これに『』監督は小躍りして喜んだ。シーズン中、監督の手足となって各国それぞれに配置され、飛び回っていたテクニカルディレクター、ディレクターの下で働く十数人のスカウターがリストに上げてきた数千人の中から更に選び出された数十人を、一人一人、オフシーズンの間、趣味の旅行も兼ねて自らの目で確かめることができるようになったのだ。
 雛鳥が大空を羽ばたく翼を得たようなものだった。
 スペイン、エスタディオ=グランチャコ、カンテラでのミニゲームを数試合見学し、レアル・マドリッドのディ=スティファノ会長にレンタル移籍を申し込んだという旨を翔太は聞き及んでいた。幾つかの噂もまことしやかにパルマサポーター同士のネットワーク、インターネット掲示板でやりとりされている。彼が若き日のアルゼンチン、そしてレアル・マドリッドにおいてバンディエラとなったストライカー、ディ=スティファノが後継者に選んだ人物であるという噂。その実力は、テクニックが重視されるリーガから戦術が重視されるセリエに舞台を移されたところで何ら変わらない輝きを放っている。サイドからのセンタリングが多少荒く、ディフェンス面に置いても元オフェンス系ポジション出身ということもあってか拙い面が見られるものの、それを補って有り余るほど絶対的な突破力、卓越した技術、幅広い視野を持っていた。
 スペインに居た頃テレビ中継で幾度か見た、ベティス両サイド、スピードのホアキン=サンチェス、テクニックの選手を足して二で割ったカンジだと、翔太はおぼろげながらに思っていた。そして、そのオフェンス力は既にACミラン所属のブラジリアン、カフーと比較してもなんら遜色無い域に達しているとも思っていたが、こちらは偉大な先達に失礼にあたると思ったので口には出さなかった。
 右サイドをジェンナーロが抜群のドリブルテクニックで駆け上がる。
 ペルージャのトレスボランチの一角を担うメシーナとの一対一、右に重心を傾けながら、左に小さくドリブルを入れる。が、それはフェイクだった。メシーナが右、左、一度づつ身体を反応させてしまい、開いてしまった両足の間をコントロールされたボールは真っ直ぐすり抜けた。ジェンナーロはメシーナの脇下から潜り抜け、メシーナは置き去りにされ、後ろにかかりすぎた体重に耐えられず尻餅をついた。
 あっさりと勝敗が決まる。
 その間に、パルマのボランチ、ドナデルがジェスチャーでジェンナーロに中央にボールを折り返すようにアピールする。それを横目で捉えながら、メシーナのカバーに左サイドバックのクラヴィッチがついた。この時点でジェンナーロに三つの選択肢が出来る。
 ドナデルに折り返し、中盤からゲームを組み立てさせる。
 ドナデルに折り返した後、クラヴィッチの脇をそのまま走りぬけワンツーパスを貰う。
 このままクラヴィッチをドリブルで抜き去る。
 クラヴィッチの位置まであと十数メートルほどしかない。ジェンナーロは刹那に思考する。一度、ドナデルに折り返す可能性について。ドナデルにワンツーを貰うというゲーム展開はクラヴィッチが元センターバックであることからして、あまり得策ではないだろう。恐らく、ドナデルに折り返した後、そのまま走り抜けてもきっちりマンマークされるはずだ。なら、ドナデルに中盤から展開させるか――これも「No」だ。ドナデルは身体を張って勝負するタイプの走り屋的なボランチが本分であり、創造的なパス運びがそれほど上手くない。一度攻撃に転じたこの形勢に置いてドナデルに渡してしまえば、攻撃のリズムが崩れる可能性がある。
「…………」
 ジェンナーロの金髪が駆け抜ける風に乗って揺れる。クラヴィッチのディフェンス領域は寸前に迫っていた。自分自身の手のみによってこの状況を打破することを選んだジェンナーロは直後、この日、最高のドリブルテクニックを披露する。リーガエスパニョーラを代表する技術を見せ付けるように。
 ジェンナーロがふと目を中盤のモルフェオに向けて逸らす。クラヴイッチも瞬間、それを目で追うが、それでもジェンナーロの足捌き、身体から目と意識は離さない。クラヴイッチの目的はここで攻撃の意図を断ち切るのが目的であったため、無理をしてドナデルへのパスまでカットする必要が無かった。ドナデルに渡れば、速攻のリズムが緩やかになる。守るほうとしては、そちらの方が有難い。ここでクラヴイッチに課された使命とはジェンナーロの単独突破を阻止することだ。
 クラヴイッチの眼光が鋭く光る。ジェンナーロは不敵に笑みを浮かべる。二人のお互いの領域、抜こうとする領域と、止めようとする領域それらが触れ合い摩擦を起こした。
 ジェンナーロの右足が一歩前にでてドナデルへのパスを送る形になる。クラヴイッチはそれを視認しながらも最期まで気を抜かない。それが必ずしもパスを送る足になるとは限らないからだ。それが、そのままキックフェイントとなり抜き去られるかもしれない。クラヴイッチはジェンナーロの行き先を通行止めするかのようにしっかりとカバーリングする。やがて、パスの形をしていたジェンナーロのインサイドからボールが放たれる。軌道先はドナデルを目標に向かっていた。
 クラヴイッチは先ほどジェンナーロがドナデルに視線を送っていたのを見ているがために、それが伏線となってジェンナーロからドナデルに糸で繋ぐようにパスされたボールに目を送ってしまう。その瞬間ジェンナーロがクラヴイッチの視界の隅に消える。クラヴイッチがボールの行き先を確認した後、ジェンナーロが居るはずだった空間に目を送ったが、そこにはもう誰も居なかった。
 ジェンナーロはクラヴイッチから目が切れ、自らの姿が死角になるタイミングを狙って自らが放ったパスボールに向かって跳んでいた。その角度、ほぼ直角。パスボールだと思われていたそれは綺麗にジェンナーロの左足インサイドに収まっていた。クラヴイッチが必死に残った足でサイドステップし、ジェンナーロのボールにスライディングを入れようとするが、ジェンナーロは軽やかに空中を舞い、それをかわすように円を描きながら反転していた。右サイドのスペースには最早誰も居なくなっていた。ジェンナーロの単独疾走を許したペルージャはサイドに大きく開いたスペースが埋められないことを悟ると、一人をジェンナーロのマークに回し、他の選手がペナルティエリアを固めにかかる。
 ジェンナーロはそれを見て、次のプレイ――センタリングを上げるか、それとも自ら切れ込むか、どちらかの可能性について思索しようとしたが、フリーでペナルティエリア付近に駆けて来る翔太の姿を捉えた時にはもう次のプレイは決定していた。
 ジェンナーロはそのままドリブルのスピードを落とさず、サイドを抉る。スタジアムの熱に当てられた誰もが、そのままペナルティエリアサイドからニアー、ファー、はたまたグラウンダーのセンタリングが、中央に陣取る長身フォワードのジラルディーノ、若しくはカウンター覚悟で攻撃参加しているディフェンダー、フェラーリに合わせられると思っていた。ペルージャのディフェンダーは未だ三人しか戻れておらず、数的には二対三。パルマの方が人数は少なかったが、これは攻撃側においては多少有利な数字である。誰もが、危険なのはペナルティエリアの中だけだと思い込んでいた。
 そして、ペナルティエリア脇の存在を失念する。
 本当の危険人物がそこに居た。
 次の瞬間――創造は想像を超越する。
 ペナルティエリアサイド深くに到達していない浅目の位置からフリーでボールをキープしているにも関わらず唐突にジェンナーロがパスを放ったのだ。それも、中央の二人に合わせるのではなく、グラウンダーで、ペナルティーエリアにすら届かない位置に。誰が居るのかと目線を送った先には翔太が居た。瞬時にペルージャ側のペナルティーエリア内に居る三人のディフェンダー、そしてキーパーはミドルシュートが放たれると予測し、身構え、身体を張る覚悟でシュートコースを中央に密集する形で身体を寄せる。
 だが、ミドルシュートは撃たれなかった。
 ジェンナーロから送られた正確で速いフィードを、翔太は時が止まったかのように、シュートを狙おうとしていた足で自然に跨ぐ。誰もがその姿に目を奪われていた。あまりにもナチュラルで滑らかな動作に意表を突かれていた。そして、その翔太の『跨ぐ』という行為は連鎖反応を引き起こしていた。ボールはただ跨がれただけでなく、シュートを撃とうと振り上げていた足の逆、軸足に使われた左足の爪先に軽く触れらていた。ジェンナーロから送られた鋭角なパスの角度はペナルティエリアの線をなぞる、緩やかな角度に変化する。ボールは緩やかに速度を落としながら誰も居ないスペースにてんてんと転がる。総員の目はボールの行き先にしか向けられていなかった。そこに、左サイドから駆け上がってきた左サイドハーフ、ブレシアーノの姿が間隙を突いて現れた。完全に開ききった斜め四十五度のシュートコースをなぞる様に直線的なシュートが放たれる。ディフェンダーは元より、キーパーでさえも反応できずに、ボールはネットを突き破るかのように大きく突き刺ささる。
 翔太を除いて攻撃に絡んだ全員がパルマ、ペルージャ関係無しに、呆けたように立ち尽くす。
 刹那の静寂。
 直後、どぉぉぉぉぉ、と観客席が大きく沸いた。
 ブレシアーノがコーナーポストに向けて駆け出した。それを追い駆けるチームメイト。
 その中で、ジェンナーロは大きく腕を振り上げながら、翔太に駆け寄り押し倒した。

 ロスタイム三分――
 主審が天高く手を翳し、試合終了を示すホイッスルを高らかにスタジアムに響き渡らせた。

2005/04/01(Fri)23:01:23 公開 / 覆面レスラー
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■作者からのメッセージ
恋モノをUPする予定だったのですが、半年前に書いたサッカーモノのデータを見つけてしまったので懐かしさと共にUP。今手を加えると、当時の自分が持っていたいいとこ、悪いトコ、両方消えてしまいそうな気がしたので、ほとんど手を加えておりません。。。が、そのせいで、割と選手、チーム状況がバラバラだったります。。。次回別作品UPの時は、より完成度とクオリティの高い作品をUPできたらなぁ、と考えております。。。(文字色を変化させた作品とかも面白そうですね)
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