- 『独りよがりな片想い【読みきり】』 作者:夢幻花 彩 / 恋愛小説 恋愛小説
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原稿用紙約14.05枚
女の子に生まれた事を心から後悔する、そんな恋だった。
指先が、かくかくと震える。この電子的な文字だったから通じないけれど、もしこれが手紙や電話だったらきっと彼にも届いてしまうだろう。だけどそれは付き合い始めて半年にもなる私たちに不似合いな感情。だから、一生懸命に隠す。まるでなんでもなくて、まるで普通で当たり前だと言わんばかりに。幸いメールの短い文章は自分でもびっくりするくらい落ち着いているようにさえ思えた。
『一次関数のグラフを使った三角形の面積の求め方、ちょっとよく判んないから教えて欲しいな』
送信。すぐに返事は来た。
『いいよ。今そっちに行くから』
たったこれだけの素っ気無い会話に、小躍りする自分がいる。友達がこの様子を見たら何ていうだろう?きっと皆呆れる、特にバカップルで有名な美佐だったら嘆くに決まってる。だけど私はこれだけで倒れそうな程に嬉しい。ほら、現に今めまいがして世界がくるくる回ってる。嗚呼、何て幸せなんだろう。
本当にベットに倒れこみ、慌てて立ち上がる。折角綺麗にアイロンをかけたスカートに皺が付いてしまう。すっきり纏め上げた髪の毛だって。彼が着くまでに後もう少しある。コーヒーメーカーはセットしたし、甘くないサブレだって焼いた。さて、後は何して待っていよう……?
部屋に差し込む光が、ピンクで統一された私の部屋をきらきらと輝かせてくれた。
彼――学年でも指折りの秀才、仲西 遼に恋をしたのは、なんと八年も前、六歳の時。考えてみると凄いと思う。十四年の自分的にはそれなりに長い人生の半分以上も私はこの人を想い続けていたのだから。そして、その人が今私の彼氏でいてくれるのだから。振られる事を前提にした告白。むしろきっぱり振られて、ちゃんと綺麗なままこの恋に一つの終わりを付けたかった。
けれど、
「今は別にそういう関係持ちたい人とかはいないけど」
そう言われた時、
「私は……遼くんとそういう関係持ちたいな」
私の中で何かが弾けた。それは、
「私は遼君の事好きだよ?今は駄目って、じゃぁ――」
「……美希」
破滅的で強引、独りよがりな片想いの始まり。
「私じゃ、駄目?」
チャイムが押された音がして、私は急いで玄関に向かう。ほんの少し微笑んでいる用にも、無表情にも思える見慣れた彼の姿がそこにあった。
私は出来る限りの平静さで彼を招き入れる。玄関にまでぷーんとコーヒーの良い香りがする。
「先に部屋行ってて、コーヒー持ってくるから」
「俺も運ぶから」
「ありがとう」
もう何度も来ているせいか慣れた手つきで彼はコーヒーをカップにいれる。私は普段面倒臭がってインスタントしか飲まないのに彼が来るときは妙に張り切って美味しいコーヒーをちゃんと淹れている、彼はそんな事全然知らないだろうな。それどころか、彼の前ではいつも完璧で可愛い女の子を装っている。いつだって冷静で、取り乱す事なんてない、遼君に相応しい女の子。心理セラピストになる為に、臨床心理を独学で学ぶ傍ら学校の勉強だってちゃんと頑張って、ピアノもそこそこ、料理も出来て学校の先生の信頼だってある、そういう女の子を演じている。
実際はどうだろう?確かにピアノも弾ける、料理も出来る、クラス委員長や代表も一杯やってるから先生に信頼だってされるだろう。心理学の本も持っていて、普段の生活の合間にかなり必死に独学をしている。彼となんとか釣り合える程度には成績だって上げた。けれど、それは無理をして創りあげた虚像。「私」という嘘。
本当は馬鹿みたいに弱くて、いつも不安で淋しくて、怖がりだった。ちゃんと遼君を好きなのに、先輩から無理に付き合おうと言われるときっぱり断りきれなくて沢山の人と付き合ってしまった、そんな汚い私を覆い隠す為の仮面だった。
それでもきっとその事で彼との間に亀裂が入る事は無いのだろう、そう思っている。何故なら彼は私を信じてくれているから。例えば友達の彼氏と噂になろうと。実際は破滅寸前の友達とその彼氏の間を取り持っていたのだけど。その時だって私が弁解する前に「あの二人の間、取り持ってたんだろ。そういうの頼まれると断れないだろうし」
――御明察。
本当は、不安なんてとうに消えてくれたって良いんだろう。彼はそんな事だって冷静に捉え、的確な答えを導き出す。例え私が過去に先輩たちと付き合っていた事、その他を知ったとしたって冷静に彼なりの方法で答えを導き出す。そして、彼は優しい。だから私を冷たく突き放したりなんてしないに決まっている。
だけど私は彼に本当に好きだと思われていない事を知っている、だから不安は、消えてくれない。この恋は私がどうあがこうと「独りよがりな片想い」でしかない。
「だから、Iは絶対的に0になるだろ?つまりこの式はこうなる訳だからここに代入して後は普通に計算すれば良いんだって」
「あ、そっか」
彼の顔が横にあるというだけでどきどきして、判っている事すら混乱の渦の中に落ちていく。いつもの事だった。貴方の傍、それだけで。
こんな時間が、何よりも大好きだった。時がこのまま止まってくれれは良い、私には他にも大切な時間があって、大切な物がある。けれどこの幸せはどれにも変えられない。もし今悪魔が私の前に現れて、幸せを奪っていこうともこれだけは絶対に手放したくない。他の大切なものすべてを引き換えにしたって。そう本気で思えるほどに……
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冬も終わりに近づいた、そんな日だったのは、鮮明に覚えてる。多分ずっと、忘れられない。
私は久しぶりに彼と逢える約束をして、はしゃいでいた。ピンク色のフレアスカート。特に彼が清楚な服が好き、とかそういうのじゃないけれど、何となく彼はカジュアルな私よりは清楚な私の時の方が一瞬こっちを見た時の表情が少しだけ優しい気がする。
ドット柄のインナーに、白のカットソーを合わせて。綺麗なラインのブーツ。ちょっと悩んで、ピンクのファーコートを着た。下に降りると珍しく早く彼が居た。私は時計を見る。約束していた時間から考えると早すぎるくらいだ。まだ30分も前なんだから。
「あ……おはよう、待たせちゃって、ごめんね」
「別に、今来たトコだし。いつもこんな早くでてきてんの?」
「ん、今日はたまたまだよ、いつもは私もギリギリだもん」
完璧に嘘だ。今日はちょっと遅かったくらい。ひどい時になると一時間は待っている。
「……そっか」
並んで二人歩き出す。彼の歩調は少し速くて、私はそれに必死で付いていく。そういえば昔からあなたの歩く早さ、変わらないね。
こんな時の彼の横顔は綺麗だった。ちょっとだけ上にある彼の横顔。どんな芸能人とも違う、そんな感じの顔立ち。それは決して整っていないわけじゃない。ただ甘いマスクだとかそういうのとはかけ離れていて、だけど笑顔は物凄く優しくて格好良くて。たまに私が難しい問題を解けた時、その笑顔でくしゃくしゃと頭を撫でてくれた。嬉しくて泣き出しそうなあの感覚。思いだすだけで胸が一杯になる。
やがてすぐにいつも二人で入るファーストフード店が近づく。食べたい物を適当に選んで窓際のテーブルに座り、ぼんやりと外の景色に見入った。天使の羽のようにふわりと雪が舞い落ち、世界が色を変えていく――なんど見ても綺麗だと思う。木の枝に雪はつもり、白い華を咲かせていた。
「あのさ、」
突然彼が口を開き、私は少し驚いた。大抵、この沈黙を破るのは私だったから。彼との沈黙は始めは良くとも耐えられなくなっていき、終いには作り笑顔を浮かべながら必死に話しかける。彼のぼうっとした冷たい表情が、私には手の届かない所にあるような気がするせいで。けれど当然のように嬉しかった、何?そう聞こうとして、
「今年受験だよね」
ざわり、嫌な予感が押し寄せる。
「別れよ」
「え……?」
彼はいつもとまったく同じ、その優しさのままに、私に言う。まるで、数学を教えてくれる時、好きな本の話をする時、映画監督について語る時、すべてと同じ色のまま。
「そろそろ受験だし、別れよ」
どうして?
「あ……そうだね」
私、迷惑かな?
「お互い志望校のレベル高いもんね」
志望校、バラバラになちゃったんだよ?
「この一年は頑張んないとだもんね」
せめてあと一年、一緒に居て?
「じゃ、今日で最後、かな?」
淋しい、
「数学また聞きに行っても良い?どうしても判んない時とか」
淋しいよ。
私ね、ずっとずっとあなたが大好きだったの。ずっとずっと、大好きだったの。
いつもと同じリズムで店を出た。さっきの話なんて嘘のように。私は笑顔を張り付かせ、彼はほんの少し微笑んでいるようにも、無表情にも思えるあの顔で。今日が最後のデート。デートだからといって、他のカップルのように街を歩いたりした事なんて無い。勿論今日だって。私は彼の行きたいところに行って、いかにも楽しそうに笑う。彼に私の行きたいところに付き合ってもらおうだなんて思ったことも無い。もう二度と、彼は私の行きたいところを知る由も無いのだろう。
あっという間に時間は駆け抜けていく。気付いたら私の家の前まで来ていた。足がふらふらして、倒れてしまいそうだった。
「じゃ」
「うん、さよなら」
また、そう言わなかったのは私にできる精一杯の抵抗だったことに、彼は気付いただろうか?
にっこり微笑んで手を振った。彼が見えなくなるその瞬間までは。
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カラオケ。友達を無理やりに誘ってでてきたものの、何となく気が重かった。皆今日のメンバーは私が振られた事を知っている。まるでお通夜のような顔をして神妙に頭を垂れているのだ。私は、暗い空気を取り払おうとして、無理に明るい曲を選曲する。今暗い曲を歌ったら私まで泣き出してしまうだろう。明るい曲、にしても多分感動できちゃうような曲は危険だ。そう判断し、「さくらんぼ」を選曲した。私の十八番。
元気に歌い始め、私は思っていたよりも楽しそうに歌えている自分に気付いた。周りもなかなか楽しそうにし始めた。ったく、単純、そんな事を思いながら、サビに入る。
と、
唐突に涙が溢れ出してきた。ちょっとまって、なんでこの曲で泣かないといけないの、こんな明るくて元気な曲で私は泣いてるの。止まらない、涙が止まってくれない。
明るい伴奏に、唖然とした友達の表情。その中で私はどうしようもなくぐしゃぐしゃになって泣いていた。『もう一回!』可愛いフレーズが、私の中で色を失い形が変わっていく、それが怖かった。
崩れいく世界の中で私はまた、『さくらんぼ』を歌える日が来るのだろうか、ぼんやりと思った。
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2005/03/27(Sun)08:46:29 公開 /
夢幻花 彩
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■作者からのメッセージ
何故連載モノではなくこんなのを書いたのか、もし疑問に思う人が居たとすれば私は校答えるしか無いでしょう。
「スランプです、スランプ〜♪」
……そこで怒らないで下さい、事実本当なんです、10年もモノカキやってて初めての。それもネタ切れとか文章が浮かばないとかその他じゃないんです。「ネタ決めた、文章も纏めた、さぁ我が指よ文字を打て!」と命令すると(え)「嫌です」と全力拒否。だからこれは文字通り「指鳴らし」。っていうかこれあまり創作でも……こほんっ(汗)
酷評よろしくです。