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『と・い・き』 作者:liz / 未分類 未分類
全角1375.5文字
容量2751 bytes
原稿用紙約4.95枚
ポーン。

どこからか透明なピアノの音が聞こえてきた。綺麗な音色だな、と耳を傾ける。

ポーン。

たった一音だけ。だけど、とても耳に残る。どうしてだろう。心に残る。

私にとって、この一音が彼と出会うきっかけになった。




彼と出会ったのは、そう、とある旅先。小さな中庭のある邸宅で。私は知人の紹介でそれとなく訪れた旅先の邸宅に1ヶ月ほど仮住まいさせてもらうことになっていた。その邸宅は思ったよりも広く、プールもあり、中庭もあり、広い敷地にはテニスコートもあった。この邸宅の主は、人柄のよい老夫婦で、私を温かく迎え入れてくれた。広い家なので、家政婦を2人ほどやとっているという。私は、2階の1室を借り受けることになった。木の温もりが感じられる暖かな部屋。大きく取り付けられている窓辺からは、さんさんと輝く太陽の光が室内を明るく照らしていた。きちんとベッドメーキングされたベッド、机。ウォーキングクローゼット。全てに温かみが感じられる。
しばらく室内を見渡した私は、淡い水色に統一された室内の壁に、1枚の絵がかけられているのを見つけた。

「なんて、綺麗なんだろう。」

ただ、青く塗られたキャンパス。それが壁際にかけてあった。青。私は、こんなに綺麗な青を見たことがない。澄んでいて、深みがあって。今まで見たことがない。

青とは、こんなにも美しいものだったのだろうか。

私は、旅先で、大切な何かを発見したことを、ほほえましく思った。



初めてここの部屋に来て、1週間が経とうとしていた。ここでは、時がゆっくりと流れている。私は、言い忘れたかもしれないが、詩人であり、画家である。ここには、新しい詩集を作りに来た。窓を開けた。光とともに吹きそよぐ風は、私の心も体も癒してくれているようだ。

ここに来たのには理由がある。

私は、スランプに陥っている。

というのも、自然の声が聞こえてこない。私は、子供の頃から、自然の声が聞こえてくるたびに彼らの声を友達や、両親に語って聞かせていた。

「私ね
 たんぽぽさんの
 お話声が
 聞こえたよ!
 今年は
 泣き虫空さんが
 笑ってばっかりだから
 こっちは喉がカラカラになっちゃって
 大変じゃないか!
 タンポポさんもね
 愚痴ばっかり言ってないで、
 笑えばいいのに。
 て私が言ったら
 タンポポさんが
 目を丸くしたの!
 おもしろかった!」

子供の頃の私の詩集ノートは詩じゃなくて、おしゃべり。だけど、今の私よりもずっと、ずっと無邪気で。自然の声が聞こえてた。

目を閉じて、私は自然の声を聞こうとした。だけど、全然聞こえない。



今日も、私の真っ白なキャンバスに、言葉が描かれることはなかった。

次の日、私は、虚しさを抱え込みながら、中庭を散歩することにした。



ポーン。

空耳かな?

ポーン。

ピアノの音かな?私は、辺りを見渡した。そして、一音。間をおいて聞こえてくるその一音を手繰り寄せるかのように、音のするほうへ、近寄っていった。すると、そこは、私のいる建物の1階の窓の向こうから聞こえてくるものだった。私は、窓の向こうの人影を覗き込んだ。

一人の東洋人が真剣な眼差しでピアノと向かい合っていた。

私は、ピアノを真摯に引き続ける彼を、息を殺して見守った。

ポーン。

ポーン。

と、急に、彼は手を止め、こちらを振り返った。



2005/03/26(Sat)04:06:17 公開 / liz
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■作者からのメッセージ
短編です。いやー、短すぎるかもしれませんが、また書かせてもらいます。よろしくお願いします。
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