- 『 追いかけっこ Vol 1〜2』 作者:北 / 未分類 未分類
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全角6473文字
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原稿用紙約18.2枚
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「いや、ですから……」
呆れて力のない声が司会者マイクから発せられたが、それはすぐに総理達の質問攻めで掻き消された。
まったく、こいつ等はこんな初期段階の説明で何時間取らせる気だ? 本当にこいつ等は時間を食い潰す才能があるらしいな。元はと言えば防衛庁トップの琴芝が同じように総理達の無能さにて梃子摺るのを見て、有能な琴芝(ことしば)先輩は捜査に加わり、まだまだひよっ子の自分がここの相手にしていた方がいい。そんな事件の早期解決を望んでやった事なので、あまり大きな事は言えないがこいつ等の無能さは普段の仕事の何十倍ものストレスが溜まる。確かに普段はこんな専門用語や世界情勢について無知でも構わないが、こういう時はせめて防衛庁長官ぐらいは理解していて欲しいものだったが、この局の誰かが必死に書いた文章を国会でただ棒読みしているだけの長官にとってはとても理解し難い現実なのだろう。それを仕事柄視聴で読み取る事ができたが、かえってそれが空しい日本の平和ぼけを突き付けられた気分だった。確かに研修所で習った様に、日本とアメリカが対等に居られるのは表の世界だけなのかもしれない。そんな考えが頭を埋め尽くしていると、
「牧人(まきと)君……だったかな? この間接的支配とはこの場合どういう事なんだ?」
総理がじっとこちらを見詰めながら言う。瞬時に事務的な表情に切り替え、手元の資料を2、3回捲った。「この場合ですと、韓国軍は実質的に米軍が指揮を執っています。米軍の海兵隊武装偵察部隊が先頭に立ち―――」
「その海兵隊……なんとかというのはどういう部隊なんだね?」
突然総理の裏返った声で横槍が飛んだ。キーボードを操作し、再び防衛庁の待ち受け画面からCG処理された朝鮮半島を映し出そうとした手が思わず止まる。資料に明記されているはずですが? と言いたくなる、頭が熱くなる衝動を抑えるのに精一杯で、自分が今どんな態度を示しているのかはわからないが、きっと最悪だろう。「牧人君……?」と無能な総理が心配そうな声を上げる。その声で一同に気まずい空気が一気に流れ込め、沈黙が会議室を木霊した。総理の隣の秘書官と警察庁長官がお互いの顔を見合わせ、うんざりした顔で二言三言話しているのを一瞬目に据えてから、じっとこちらに真摯な視線を向けている里中内事本部長に視線を固定する。答えてやれ、と言っている様にも、無視して話を続けろ、とも取れる瞳には何処か琴芝先輩を思い出させた。それに何を感じたのか自分でも分からないが、とにかく里中だけに判るように軽く頷くと視線を総理に戻した。
「……時には偵察、時には戦闘。そう思っていただいて結構です」
マイクを通し、はっきりとした口調が会議室に流れた瞬間、終わらない重い空気が多少取り除かれた事を感じさせた。何の苦悩の表情も見せず呆気ない声で、「そうか、有難う」と言った総理の声は呟く程度の大きさだったが、牧人にははっきり聞こえた。訳も分からず腹から湯気が出てくる様で、先程から頭の中で鳴っている警告のサインが危険のサインに変わり、湯気の代わりに熱い塊で体が支配されるのを感じた。その、今までにない位の熱くなった自分が表情に表れたのか、「では、ここからは私が進めさせて頂きます」と内事本部長が頭下げながら前に出てきた。軽くざわめきが起こったのを内事本部長は無視するように牧人に近づいてくる。作り笑顔のまま、「君は捜査の方に加われ」と牧人の横を通る時に内事本部長が微かに呟くのを聞き取った。急速に自分の愚かさに気付き、せっかく内事本部長が自分を励ましてくれたのをぶち壊した挙句、総理が礼を言っただけで激怒しそうになった自分に憎悪が刺したが、ここにいる資格はないなと内心呟き、部屋を出て行った。浴びるかと思った一同の視線は司会席に立った里中に集まり、自分が大きな失敗をした事を改めて悔やんだ。牧人が出て、自動扉が閉まる直前には内事本部長の明るい、はきはきとした口調の声が聞こえて、会議が再開したのを教えていた。
※
「そろそろだ。君の答えを聞かせてくれんかね?」
壊れかけた耳にはよく響くノイズと共に先程の甲高い声が聞こえた。もう30分経ったのか……。それが最初の感想で、最初のように恐怖や孤独等の感情が感じられないのは一層、自我が崩壊したという証拠だった。ちらりとマイクに視線を向け、「何が?」と自然に口にしてしまう。
「……よっぽど参ってる様だな。現代の高校生、いや、普通に暮らしている市民には耐え難い苦痛なのは分かる。しかし、それを終わらせる為には君の協力が必要だ」
相変わらずの甲高い声だったが、なぜか今回は多少の人間らしさがある声に聞こえた。それがどんな感情だかよくは分からないが、悲しんでいる様だった。しかし、そんな事は気にせず、まるでそこに居るかのように、監視カメラを憎悪の目で見つめる。監視カメラでこちらの反応を見ているのか、しばしの沈黙の後、「お前らはなぜこんな事をする? ……お前らは俺が狂ったと思うかもしれないが、俺は正常だ! いや、前より冷静に物事が見える!」と宏樹が急に、狂った様に泣き叫ぶ。それを見て「壊れた」と思ったのか、マイクからは何の返答もなく、黙ったかと思った瞬間、「君の選択が60億人の命を左右するからだ」と背筋が凍る様な声が聞こえる。耳を澄まさなくても、はっきりと暗く深い恐怖の感情が言葉から感じ取れた。即座に背中が震え上がるのが分かり、宏樹は思わず無表情の顔が引きつるが分かった。怯んだのも一瞬、今までの無表情が咄嗟に困惑に変わり、どういうこと!? と叫ぶのを遮るかのように、「ウラノス……通称リバイバル( Revival)計画。ウラノス計画とも呼ばれているが、それは情報流失を防ぐ為のカバーだ」と琴芝が言う。世の中の掟を言うかの様に平然と言った言葉が一瞬、悲しそうに言っている様に聞こえたのは気のせいだろうか。宏樹は真剣に琴芝の話に耳を傾けていたが、心の中では自問していたが答えは出なかった。
「君はその最重要機密情報が入っているだが……」
「やっ…めろ!!――」
突然マイクからの音声が切れた。ぶっという鈍い音と共に複数の声。何か揉み合う音も聞こえ、言い争って途絶えた。これらが分かれば、向こうが言う一般市民にも何が向こうで起こったか分かった。恐らく、言い過ぎて無理矢理止められたのだろう。だが、そんな事はすぐに忘れなければならなかった。
――60億人の命!? 一体どうなってんだ? そんな重大なもんだったのか。やばいな……。普通に机の上に置きっ放しだ。でもあいつらもそれぐらいは見付けただろう。じゃぁ俺に用事って……一体なんだ?
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乾いた空気が喉の奥を超え、脳天まで渇かせてしまった。散々痛めつけられた右手はぴくりとも動かない。どうして俺が? どうしてここに? どうして連れてきた? そんな考えは気付くと消え去り、渇きと苦痛を耐えるだけに全神経を集中させるしかなかった。
ここに連れ込まれて、恐らく2時間程度。時が進んでいる事を教えてくれる物は一切なく、あえて言えば体内時計、とでも呼ぶべきだろうか。感覚だけで時間を予測するしかなかった。
今いる所を見回すと、窓もなく全体が石垣で出来ており、寂びれた百年前の牢獄の様で長い間使われなかった面影もあるが、扉だけはIDカードによる遠隔識別式であり銀行の金庫のような扉だ。その扉を見詰めると真新しい銀色の表面が自分を写してくれる。そこに写る自分の顔は恐ろしいくらい無表情で、額と頬には黒く啜れていたが微動だにしなかった。体が鉛みたいに重く動きの一つ一つが遅く、自分の精神が完全に崩れるのを分かっていながら止める手段も気力もない。これがどんなに辛く切ないのかは実際体験しないと分からないものだな、と少し大人気に崩壊しかけた思考から導き出していた。
「うぅ、うぅ」と気付けば見っとも無い声で泣いている。膝を地面に付け、まるで何かにひれ伏す様に。乾ききった体のはずだが、涙は止まらずに溢れ出てくる。普段と違うのは、悲しみや痛みから涙が溢れた訳ではなかった。色々な張り詰めた感情が収まり切らなかった結果、涙として溢れ出てくるのだった。その様子はこの部屋の一角にある監視カメラから見えるはずだった。恐らく監視カメラからは何とも無様な姿が映し出され、それを見ている人間は表に出さなくても内心笑っているだろう。高校生にもなってこんなに泣いているのだから。しかし今の宏樹にそんな事を考えている余裕はなかった。完全に人権を無視し、こんな所に監禁し監視カメラや些細な音も監視できる様に、集音機で監視。しかも連行する途中自分に銃まで向けた。最初は用意周到で悪質なドッキリかとも考えたが、ここまでやればその考えも捨てるしかない。
「……少しすっきりしたかな」
その言葉までもが自然出てきて、ここでの言葉一つ一つ監視されている事を忘れていた。まだ涙が溢れ出てきているが自分の心では一応ある決心が付いた。だが、相変わらず自我は崩壊したままで、自分の一世一代の決意をすぐ諦めようとしてしまった自分を必死で励ました。頑張れ……。負けるな! この程度でくたばる様な人生は歩んでないはずだ。大丈夫、絶対帰ってやる! 落ちて行く自分を止めるので精一杯だったが、腹の空腹は残された感覚が教えていた。何か苦い液が喉を刺激するのを耐えながら、勢いよく仰向けに倒れた。こうしていた方が神経も自我を支えるのに集中できるし、体力回復や怪我の回復にも動かない方が断然良いと判断しからだ。しばしの間食い入るように天井の一点を見詰めていた。頭の中に様々な感情や思いが駆け巡ったが、どれも自分で制御しているものではなく、自然に出てくる物ばかりだった。
そんな自分にまた涙が溢れてきそうなのを必死に堪えていると、
「初めまして、宏樹君」
不意に天井に備え付けられたスピーカーから聞こえてくる感情のない声に、自然と身構えてしまった。心臓がどくんと大きく打つのを感じながら、「私は琴芝という者だ。……いきなり君をこんな所に連れてきてすまない。だが、君が我々の要求に素直に答えてくれたら、こちらも素直に君を解放するつもりだ」と続けて聞こえた声には、その音自体以外には何も感じ取れない機械的な声だった。気付くと、心の底から恐怖という寄生虫が体全体に侵食していくのがわかり、その感情が孤独に変わり襲われている。その孤独から逃げようと、立ち上がり思いっきり鉄の扉を叩いた。
「おいっ! 出してくれよ! ……くそっ! 出せ!」
喉がはち切れそうぐらいに叫び、手が赤く腫れ上がりそうな勢いで叩いたが、無論反応はなかった。もしかしたら扉が厚すぎて向こうに届いてないのかもしれない。心が大きな衝動により、前より傷んだ事を感じながら、「くそ野朗……」と監視カメラに向かって呟き、その場に腰を下ろした。勢いよく、仰向けになった時少々背骨を打ったがその痛みは訪れなかった。その感情は粉々になりかけた心が阻んでしまったのだろう。そう思いながらも思考回路に大きな穴が開いてしまったかのように、孤独と苦笑以外の感情は感じない。自分が壊れかけているのを苦笑するしかなく、それが唯一の逃げ道だったが、時折孤独感がそれを容赦なく消し去る。そして気付くとまた苦笑している自分がいる。そんな不安定な心境に追い討ちを掛けるかのように、「君にも考える時間が要るだろう? ……とは言っても残念ながら我々にも時間はないのでね。……30分後にまた……」と語尾に、初めて感情を残したようだがそれは途轍もない恐怖感で今の宏樹には辛い言葉に聞こえた。叫んで何もかも忘れたい衝動も抑えられず、「くっそっ! くっそ!」と何度も宏樹の苦痛の叫びが牢獄内だけを轟かせた。
※
「どうだ、いい気持ちはしないだろ?」
まるで楽しんでいるかのように言った澤田忠志局長の声が会議室に響く。少しむっとしたが、「えぇ……結構きついです」と仕方なく事務的な口調で答えた。局長の隣に姿勢よく立っている秘書官が軽く苦笑いしているのに、ちらりと視線を向けてからパソコンのディスクに大画面で、サブジェクaが叫びながら扉を必死で叩いている監視カメラ映像に目を向けた。その狂い様は何人も、何回も見てきている。
初めて見たのは北海道の山奥に極秘に設けられた研修所だった。仲間の1人が教官の命令で街に出た時、数人の暴力団関係者に拉致させる。そして、これまた山奥の拷問所に連れ込み、仲間の名前や研修所の場所を喋るまで男達の暴力や拷問が続き、口を割った時に初めてその研修が終わる。ようやく真実を告げられ、研修所のやり方に失望する者も少なくないが、決して辞められない。一度研修所の場所やその実態を知ってしまえば常に政府の監視に付く事になるし、仮に諜報員を辞めたとしても政府極秘公認の施設で働く事になる。そんな不理屈な世界に身を置いているからその時の恐怖がよく分かる。暗く湿った、腐敗臭が入り混じった世界と通常の世界を行き来するが故に、お前達は強くなる。それが教官の言葉だったが、自分はちっとも強くなれていない。戦闘や諜報員としての素質、技術では防衛庁ドップと言われているが、精神面では毎日が一杯一杯で未だに、人生で溜まりに溜まった疲れが取れていない感じがしている。
「琴芝君、ちょっといいかな?」
澤田局長が手招きをしながら、扉の所に寄りかかっていた。昔を思い出していた思考もその言葉でどこかへ飛び去り、なんだろう? と思いながら澤田局長と廊下に出た。辺りを見回し誰もいない事を確認すると、「斉藤宏樹、と言ったね? あの少年を拷問する事はできないのか?」その言葉で思わず、琴芝の表情が引きつった。研修所で顔が引きつったら動揺しているとばれる。そういう時は腹に力を込めろと叩き込まれた事を忘れてしまった。心の疲れが生んだミスか……と内心に呟き、澤田局長の目を強く見返した。今年で58歳になる澤田局長は髪の毛も白髪で、薄くなって来ている。中年太りで太った腹には、脂肪が筋肉を押し込め占拠しているようだった。眼鏡を掛けて、まるで田舎の警察署長のような風貌の澤田を説得するのは容易と考えた。
「そんな……局長。何を言っているんですか! あの子はまだ18歳ですよ? 本当ならここに監禁されるのだって可笑しな話だ」
思わず、少し強くなってしまった声に澤田局長は慌てて辺りを見回す。確認し終えたのか、ふぅと安堵の溜め息をつき、「しかし、在日CIA工作員が彼にディスクを託したのならば、彼は何か知っているのでは?」と焦った口調で言う。何にも分かっていないくせに、と表情に出ていないか不安だったが、琴芝は局長の空しい反論を完璧に封じるべく、面倒と思いながらも再び局長に説明を始めた。
「ただの一般市民に何を話せるのです? この事件がそんなレベルの物ではないとご存知でしょう? それ位は、我々よりも情報面も技術面も高いCIAならば当然です。虚像の平和慣れした日本の一部ででも、そのような事が漏れれば市民は騒ぎ出します。いくら負傷した工作員と言えど、一瞬で判断出来るはずです。まぁ……だからこそ、あの少年に託したんでしょうけどね」
また強く言ってしまった声に、もう澤田局長は辺りを見回す様子もなく淡々と聞いていた。思わず熱くなってしまったなと遅いながらも少し後悔した琴芝は、何か反論を言おうとした局長を遮るように、「話が逸れましたが、絶対あの子の尋問は行いません」とひどく穏やかに言った。気まずくなった雰囲気を察して最後に、「それでは……」と局長の顔も見ずに言い、廊下を歩いていった琴芝の背中はいやに小さく見えた。
「まだ……あの時の事を引き摺っているのかな?」
澤田局長は怪訝そうな顔で、遠くなって行く琴芝の背中に呟いた。
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2005/04/15(Fri)19:53:18 公開 / 北
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■作者からのメッセージ
人間という物は恐い生き物です……。5,6日書いてなかったら此処まで落ちてしまいました(苦笑 今回は本当に申し訳ないです。正直、こんな作品を更新してしまって皆様に失礼はないか!?と思ってしまいます。何を伝えたいかさえも分からないと思いますが、ご感想を書いていただければ幸いです 指摘、自分ならこうする等、どんな感想でも構いません
今回からは、重くなったのでプロローグを消しました