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『戦場のピアニスト』 作者:もろQ / 未分類 未分類
全角2471.5文字
容量4943 bytes
原稿用紙約6.8枚
 舞台袖の綾乃は、期待と興奮で胸を膨らませていた。中学2年、6月の頃である。と、舞台から割れんばかりの拍手が聞こえる。今の演奏が終わったから、私の番は……………あと1人。

 両親に勧められてピアノ教室に通い始めたのは、綾乃がまだ3歳のときだった。最初は子供向けのコースで、同じくらいの子たちと一緒に遊び感覚のレッスンを受けていたが、ちょうど小学校に入りたての頃、今のような本格的なピアノのレッスンが始まった。
 彼女のピアノに対する情熱は、日増しに強くなっていった。早くに学校から帰ってきて、ランドセルを置いたとたん自室のピアノに向かうのが綾乃の習慣だ。毎週木曜日のレッスンから帰宅した後でさえも、毎日練習を欠かさなかった。もはや綾乃はピアノにぞっこんだった。リビングにいても寝室にいても台所にいても、綾乃の家にはいつでもピアノの音色が耐えなかった。両親も、娘の奏でる音色に夢と期待を膨らませた。
 ピアノへの大きな愛着が実を結び、5年生の秋、綾乃は全日本ジュニアピアノコンクールに出場、見事金賞を獲得した。両親の歓喜はひとしおのものではなく、特に母親は涙ながらに喜んだ。綾乃はとてもうれしかった。もちろん金賞受賞も、両親の笑顔もそうだが、何より自分がこんな大舞台で、大好きなピアノを弾けたことが一番の栄誉だと思った。
 
 自分の番が待ちきれなくて、綾乃はいつの間にか緞帳の端を持ってステージの方を眺めていた。観客席からは、絶えずフラッシュの光が飛び交う。ああ、今演奏しているあの人は、どんなに幸せなんだろう。ゆったりとしたワルツを聴きながら、綾乃はうらやましい気持ちになった。
 「綾乃ちゃん」
誰かが綾乃を呼んだ。声のする方を振り向くと、そこには少し大きな優しい顔のおばさんが立っていた。8年前から綾乃にピアノを教えてくれている、真田恵子先生だ。ワインレッドのドレスに、スパンコールがきらきらと光っている。
「先生とってもうれしいよ。綾乃ちゃんがこんな大きなステージでピアノ弾けるなんて。先生でもここまで来れないよ」
「そんなことないよ」
綾乃は笑った。
「うん。じゃあ精一杯がんばって。先生ちゃんと見てるから」
先生もそう言って笑った。綾乃は、先生の瞳がドレスと同じくらいに光っているのを見た。

 中学生になった綾乃は、さらにピアノを愛していった。習慣はずっと続けていたし、その能力もぐんぐん伸びていった。「ピアノに触れるから」と言う理由で、部活は音楽部に入った。綾乃はほとんど一日中ピアノを弾く毎日を送っていた。そしてある夏の日、母親が練習中の綾乃を呼び止めた。
「今度は大人の人と一緒の大会に出ようか」
全国大会。日本中のピアノ奏者が一度に集まって演奏するイベント。この大会でいい成績を納めれば、世界への道もぐんと縮まると言う。綾乃は目を輝かせてうなずいた。
 その日から、綾乃の練習は極めて激しいものに変わった。ピアノと勉強を両立させるのは意外と困難だったが、それでもなんとかやりくりした。休みの日などは自室に閉じこもり、朝から晩まで練習した。ひどい時には、練習中に眠ってしまい、鍵盤に頭をおいて寝息を立てていたこともある。両親はたいそう心配したが、綾乃は平気と言って練習に専念した。
 そんな日が続き、ある日、両親は校長室に呼ばれた。綾乃の全国大会出場の噂を耳にして、校長は嬉々としたらしく、なんと平日の『ピアノ練習休暇』を与えると言ってくれたのだ。両親は胸を撫で下ろし、これを受けて、綾乃もさらに身を入れて練習した。
 多くの人に支えられて、綾乃はいっぱいの愛でピアノを愛した。それに答えるように、ピアノも綾乃の思うように音を奏でた。綾乃とピアノは、ともに成長していった。そして、大会当日は近付いた。

 先生が立ち去る頃には、ワルツはすでにクライマックスに入っていた。綾乃は幸せでいっぱいだった。自分の奏でる音色で人を感動させられる。それを考えるだけで、身を震う思いがした。
 余韻がホール全体に響く。そして続けて起こる拍手の嵐。いよいよ私の番だ…………!! 綾乃の顔は希望に満ちあふれている。袖に帰ってきた男性が、綾乃とすれ違う。ゆっくり、しかし凛々しく、綾乃はスポットライトの当たるステージに歩いていった。もはや緊張はない。綾乃の心には夢しか存在していなかった。
 大きく息を吸って、両手の指を鍵盤に押し付けた。心地よい音が流れてくる。連続して起こる音色が、徐々に旋律となって、綾乃の幸せの空間を築き上げてゆく。頭の中は音符で満たされ、体ごと、心ごと、どこか知らない夢幻の国へ運ばれる気がした。幸せ。ただそれだけだった。

 しかし、メロディーは勢い良く開く扉の音でかき消された。驚いて暗闇を見ると、ホールの一番奥からぞろぞろ人の姿が入り込んできている。それらは素早くホール全体を取り囲んだ。客席から悲鳴が聞こえる。黒ずくめの男たちは銃を構えている。
 綾乃は突然の出来事に焦った。しかし、今は演奏中。せっかくここまで来れたのに、今さら演奏をやめることなんて、できない。綾乃は暗闇の上でライトを浴びながら、ひたすら音を刻んだ。
 日々の練習が仇となった。綾乃が一日中ピアノを弾いている頃、メディアはあるニュースで持ち切りとなっていた。『中近東のテロリスト軍団が日本に侵入?! 侵入地域は未だ不明、近日中に活動開始との声も』綾乃が聴くのはピアノの音だけ、当然そんなニュースが耳に入るわけはなかった………。

 舞台袖から黒ずくめが入ってきた。綾乃に銃口を向けている。指が速くなる。心臓の鼓動と速いメロディーがリンクする。待って。低音が重く響く。鼓動が速くなる。「綾乃ちゃん!」先生が叫ぶ。鼓動が速くなる。もう、終わる。銃口が近付く。「綾乃!」父親の声が轟く。待って。もう終わる。終わるから! 引き金に指がかかる。待って!! 終わるから!! お願い、お願いだから、最後まで弾かせて!!!

 血まみれの右手は、しっかりと、最後の音を刻んでいた。中学2年、6月の事である。
2005/03/15(Tue)14:17:52 公開 / もろQ
http://homepage3.nifty.com/moroQhiland/atlaction/
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■作者からのメッセージ
オチがかなり無理矢理に…………。
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