- 『夜は眠らない [序〜三夜+直春]』 作者:トロヒモ / 未分類 未分類
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全角8782.5文字
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原稿用紙約28.3枚
夜は眠らない
〜 序夜 〜
夜の本当の姿って、なんなのか分かるかい?
夜は不思議な力を持っている。
希望を与えたり、夢を見せたり、一人の時間をくれたり。
その反面……
自虐、決裂、破壊を与える。
夜の本当の姿をアナタは分かるかい?
俺は、木製の机とマンガがたくさん詰まった棚のある自分の部屋で、いつものように起床した。起きて最初にやることは、俺の子守り歌代わりに、昨日の夜から鳴らし続けているコンポの音楽を消す事から始まる。
寝ぼけながら部屋を出て、一階につづく階段を歩いた。一階に着くと、すぐ西側にある洗面所に行き、顔を洗う。顔を洗っても、やっぱり眠い。欠伸も出る。
洗面所の鏡に映る自分の顔は目が細く、髪はボサボサで、唇はカサカサだ…。
それら全てを自分なりに、かっこよく極める。支度を終えると、登校時間ギリギリに間に合う時間になる。朝飯を急いで食べて、自転車に乗って高校に行く。これが、いつもの俺の朝の日課だ。
教室の席に着くなり、隣の席で、俺の親友の益田 大地(ますだ だいち)が話しかけてきた。
「昨日、雛女の可愛い女の子見かけたから見に行かねぇ?」
雛女とは、私立雛守女子高等学校の略称である。俺の彼女もそこに通っている。俺は大地に、俺の言い分を教えてやることにした。
「大地よ〜く聞けよ、俺には彼女がいるから、他の子には興味は無い」
大地は悲しい顔をして、俺にしがみついてきた。
「じゃあ、隼人の彼女に頼んでくれよ〜」
俺は、大地が最初から、それが狙いだと気づいて、大地を俺から力づくで、取り外した。
「大地、いい加減にしろよ。」
ほぼ毎日の大地のこのような行動に、俺は怒った。大地はすねて、そっぽを向いてしまった。
どうにかして、大地の機嫌をなおす為に話しをもちかけた。
「おい大地。夜ってなんで暗いのかな?」
頭にあった、気になっていた事が無作為に出てしまった。
「知らねぇよ、そんなこと。」
まだ、すねていた大地は、俺の方に顔すら向けずに言ってきた。
今の俺の頭の中は、大地の事より、なんで、こんなフレーズが出てしまったのか、の方が気にかかっていた。
思い当たる節が無いこともない、しかしそれは夢の会話のはずなんだ。
「なぁ、隼人。さっきから何だまりこんでんだ?」
大地の声で俺は、現実に引きもどされた。
「なんでもない。」
大地は、そんな俺を気遣ってか、気遣ってないのか分からないが、近くのお好み焼き屋に久しぶりに行こうと言ってきた。けど、断ってしまった。なぜなら夢の事が気になって、しょうがなかったんだ。
夢で何があったんだ?
けど、これは夢の事では無かったんだ。昨日の夜に実際に俺が体験した現実の事。
なぜか忘れていた夜の話し。俺は今……思い出す。
〜 一夜 〜
俺の頭には、一人の男が映っていた。夢にしては、なぜか昨晩の事が思い出せた。
昨日の夜は1:20分頃に、テレビを見終わり、寝たはずだった。
そこからの記憶は、今朝は無かったから、夢だと思い込んでいたんだ、と気づいた。
けど、実際には、黒尽くめの男が、俺の前に現れた時間だったんだ。
なんで、こんな重要な事を忘れていたんだ…。
5月23日 AM1:24
「さぁ〜て、寝るか」
俺が寝ようと、近くにあるリモコンでテレビを消して、目をつむった。
少しすると、上から声が聞こえた。
「おまえが南雲 隼人(なぐも はやと)だな?」
俺の名前を呼ぶ声がしたので、目を開けて、声のする方を見た。
そこには、俺の上を浮いていて、全身真っ黒の男がいた。暗闇で見えにくいはずだけど、俺の目には、くっきり姿が見えていた。
「そうだけど、あんた誰? 」
黒尽くめの男は、片手に持っていたカバンから一枚の紙を取り出して、俺に差し出してきた。
「それならば、この書類に目を通してもらおうか。」
俺の言うことを聞いていなかったかのように、平然とした顔で書類を渡してきた。しかたなく書類を受け取った俺は、書類を読んだ。内容は、<治療を受けますか>の八文字だけだった。どんな意味なのか謎に包まれていたけど、なぜか、その時の俺は承諾しますと書いていた。その紙を、黒尽くめの男に渡すと、男は一言だけ残して、暗闇の中に姿を消した。その一言……。それが<夜は、なぜ暗いのか>だった。
放課後になると、俺の体は無意識のうちに職員室に向かっていた。聞くつもりは無かったけど、不思議と体が動いたんだ。職員室に入ると俺は物理の先生に訊きに行った。
物理の桑田先生は、俺に丁寧に教えてくれた。桑田先生いわく、地球は自転していて、太陽の陰になると暗くなる、そして、オルバースのパラドクスという定理に基づいて、無限の星が存在する。しかし、その星の大半は地球から遠い為、夜は光を失い暗くなるそうなのだ。
俺は、桑田先生にお礼を言い、職員室を出た。なんだか訳が分かんなかったけど、一応スッキリした気分で外に出た。
外は肌寒く、鳥肌になった時のようにゾクゾクと体が震えた。空はもうすっかり暗くなっていた。寒いから急いで自転車に乗って家に向かった。
家に帰る途中、胸が急に痛くなった。最初の時は我慢できる程だったけど。自転車をこぐにつれて痛みは激しくなってきた。俺の体中は痛みで汗が滝のように流れだし、手足の痺れで感覚がなくなり、自転車のバランスを崩し倒れた。
痛みが更に酷くなると、意識が朦朧(もうろう)とした。このまま目をつむると死ぬと思い、必死で耐えた。でも、この痛みから解放されるなら、それでもいいかな、と愚かな考えも、ちらついた。
そんな時、微かな声が聞こえた。必死に目を凝らし、顔をあげた。そこには昨日の黒尽くめの男が立っていた。何か言っているようだが、もう俺の耳には聞こえなかった。そして俺の意識はそこで消えた。
〜 二夜 〜
痛みは急に始まった。
消えることの無いその痛みは、段々と強まるばかり。
発汗、痺れ、震え、痛み、
気力を奪う、胸元の悪魔は、日々成長する。
悪魔はアナタを蝕み続ける。
痛みが死より恐ろしく感じようと、アナタは死ねない。
アナタの夜は死ぬ事さえ、許してはくれないのだから。
漆黒の闇の中から、大きな音が鳴り響いた。その音に反応して瞼(まぶた)を開けた。久しぶりの光との接触で視界は暗く、視点はぶれていた。すぐに、目が慣れてきた。目の前には、俺の彼女の水嶋 好実(みずしま このみ)が、そそくさと地球儀を、棚の上に戻していた。
「ごめん、起こしちゃった? 」
好実は、地球儀を片付けると、隼人に近づき、言い訳をしていた。
大きな音の原因は、俺が小さい頃、父さんにねだって買ってもらった地球儀が棚から落ちた音だった。
好実が着ている、白い上着が、俺の目に、最初に入ってきた。久しぶりに「白」を見た気がした。当たり前だ、丸3日も寝続けていたんだ。
体を起こそうと腹筋に力を入れた、反動で胸に衝撃が奔った。
「いっ! 」
好実は、痛がる俺を見て、手で俺の背中を支えてくれた。
「大丈夫? 」
「あぁ」
好実は、他の人とは違う。他の人なら、「無理するな、もう少し寝てろ」とか言ってくるだろうが、好実は俺がやりたい事を止めようとはしない、必ず、陰ながら支えてくれる。そんな好実が好きだ。そして、少しドジなところも…。
「私、お母さん呼んでくるね」
隼人を起こした後、好実は、部屋を出ていった。
隼人一人になった部屋は、一気に静かになった。静まりかえった部屋からは、隼人の胸の鼓動だけが、音をたてていた。
その音を、聞いていると、今生きていると、実感できた。正直、嬉しかった。だけど、胸の鼓動を聞いていると、3日前の胸の痛みを、思い出しそうで恐ろしかった。
急に、胸の事が気になり、胸に巻いてある包帯を、ゆっくり解いていった。包帯を取り終えて、自分の胸を見た。
そこには俺の目を疑うような光景が映った。心臓の上になにやら、唐辛子のような形の出来物があった。それに触れる勇気は、今の俺には持ち合わせていなかった。
とりあえず、冷静になろうと深呼吸を一回した。出来物を見ないようにして、包帯を丁寧に巻いた。ちょうど巻き終わった時、好実が、俺の母さんを連れてきた。
母さんは、俺の顔を見るなり、心配そうな顔になった。
「もう、起きてても平気なの? 」
「あぁ」
平気なはずが無い、こうやって自然にしているのでさえ、精神的にも肉体的にもピークがきていた。ただ、それ以上に、好実にも、母さんにも心配かけたくは無かったから…、ただそれだけが、精神を繋ぎとめていた。
好実は、そんな俺の心を読みとったかのような行動をとった。
「お母さん、まだ起きたばかりなので、私帰りますね。」
好実は、椅子の上に置いてあるバッグを取り、隼人の母にお辞儀をした。
「もう帰るの?」
隼人の母は、好実を見て言った。
「はい、お母さんも隼人君を、一人にしてあげてくださいね。」
好実は、俺に小さく手を振り、部屋を出て行った。母さんも、後を追うように部屋を出て行った。好実の気遣いが、すごくありがたかった。
そして、再び静まり返った部屋で、俺は、部屋の窓を右手で開け、雲一つ無い、青く澄んだ空を眺めた。
「いつも、ごめんなさいね、好実ちゃん」
玄関で、隼人の母は、好実に挨拶していた。
「いえ、気にしないでください。」
好実は、玄関のドアを開けて、外に出た。
「暗い雲……、雨が降るのかな」
好実も、空を見上げていた。
ようやく一人になり、隼人は眠りについた。
それから何時間たったか分からない、ただ分かることは、俺の目の前に、黒尽くめの男が立っているということ。
黒尽くめの男は、冷たい表情で、紙袋を差し出してきた。
「これは?」
「それは、イレフォルムという薬だ」
説明によると、飲むと胸にある出来物の侵攻が一時止まるらしい。効き目は5時間、1日二回以上の服用は禁止らしい。
「本題に入らしてもらう」
黒尽くめの男は、急いでいるのか、せっかちになっていた。黒尽くめの男は、自分の事を医者といい、なにやら、この胸の出来物を取り除いてくれるという。それを聞いた俺は、神様は、見放さなかったと心から神様に感謝した。
ただ、条件が三つあるらしい。一つ目は、病気が治るまで、黒尽くめの言う事に従う。
二つ目は、自分の力で治すこと。最後に、これからある、普段と違う出来事の記憶は、直った時に消えてしまう。という事であった。疑問に思う事は、多々あるが、その中で<自分の力で治す>という所…。
「自分で治せ、と言ったけど、お前が治してくれるんじゃ、ないのか?」
隼人は、黒尽くめの男に聞いた。
「私が、お前を治す訳ではない、私は、お前をサポートする事にすぎん。」
黒尽くめの男は、どうやら、俺を治してくれる訳ではないらしい。
「でも、何をしたら治す事ができるんだ?」
質問をすると、黒尽くめの男は、俺の額に手を当てて、意味の分からない言葉で何か唱えだした。段々と声が聞こえなくなり、体の力が勝手に抜け出した。目の前がぼやけてきた。
気づくと俺は、知らない部屋にいた。
全てが真っ白で、広く、ベッドがたくさん並んでいるだけで、他の家具や、物は何一つ無い奇妙な部屋だった。
すぐに、此処が病院だと思った。それなら白くても、ベッドがたくさん在っても、俺が此処(病院)に運ばれている事も、不思議ではない。ただ一つ、不思議に感じたのは…
俺以外の患者が誰もいないという事だ。
〜三夜〜
白い部屋でアナタは一人
アナタの前に、黒衣の医者が現れた。
黒衣の医者は、一つの希望を提示した。
希望を手にするには
アナタは「未知」という橋を渡らなければ、ならない。
黒衣の医者は助けてはくれない
アナタの力で渡らなければ意味が無いのだから。
俺は、白い部屋のベッドの上で、脱出する方法を考えていた。窓は一つも無く、鍵がかかっていると思われる、ドアが一つだけ。考えているだけじゃ、埒が明ないから、結局、ドアを強引に開ける事にした。
白い部屋のドアには、予想通り、鍵がかかっていた。強引に開けようとしても、開かなかった。
それでも必死にドアを開けようと努力していた時、向こう側からドアが開いた。
予想もしてなかっただけに、ドアに強く頭をぶつけ、バランスを崩しこけた。
「ん!? なんで、そんな体勢で寝てんの?」
ドアを開けた奴は、黒い白衣?を着た、150cmくらいの背の男だった。
俺の体勢は、お尻を突き出し、うつ伏せにのびていた。 恥ずかしさで、顔が熱くなり、このまま気絶しているフリをして、やり過ごそうと思ったけど、恥より、脱出を選ぶことにした。
「誰だ、お前?」
恥ずかしさに、耐えながら、静かに起き上がった。
「ぼくぅ〜、ぼくぅは、ねぇ〜、ここの医者をしている、ムルドといいますぅ〜」
ムルドという医者は、これから俺が、しなくてはならない事と、訳を説明してくれた。
この胸にある出来物の名前は、[マーブル]と呼ばれ、おれ以外には見えないらしい。
そして、マーブルが何故、俺に取り付いたのか、という質問にも、ムルドは答えてくれた。マーブルは、そもそも心の病気を、治してくれるもの。
しかし、病気を放置していると、マーブルは暴走を始めてしまう可能性が、あるらしい。そして、今、それが俺の体に起きている。
マーブルを取り除く方法は、あるらしいが、ムルドは知らないらしい。
俺は、知らないうちに、自分の心に傷を負い、マーブルに取り付かれていた。治る希望が、あるのなら、やってみようと思う。俺は、ムルドにそう告げた。
「じゃ〜あ〜、ここの施設を案内して、あげる〜よ〜」
ムルドに案内してもらう事になった俺は、白い部屋を出た。
部屋を出ると、目の前には、先の見えない程、暗く長い通路があった。その通路を、ムルドと歩いていると、向こう側から黒尽くめの男が、やってきた。
「つきとく〜ん」
ムルドが「つきと」と呼んだ男は、俺をここに連れてきた張本人である。男は、俺を見るなり肩を叩いてきた。
「何度も話したが、自己紹介は、まだだったな。俺の名は、赤村 月徒(あかむら つきと)だ、よろしく頼む」
月徒って人は、俺に、院長室に行けと伝えると、引き返して歩いていってしまった。
俺と、ムルドは院長室に向かうことになった。
俺は、自分より20cm以上小さい、ムルドの背中を見ながら、頭の中では、急な出来事に理性でどうにか処理しようとしている俺がいた。あたりまえだ、こんな体験、した事も、聞いた事も無いんだからな。
そんな事を、考えていたらムルドにぶつかった。
「なんだよ?急に止まんなよ。」
「ん?あ〜、ごめ〜ん〜、でも〜、ここが〜いんちょうしつ〜」
「ここが!?」
俺の左隣りには、真っ黒な壁に映える、白い扉があった。
ムルドがドアをノックすると、中からは、男の声が聞こえた。
「ドアは開いているから、入っていいぞ」
ムルドがドアを開けた時、机越しに座っている男がいた。男の目は、俺の心中まで見透かしそうなくらい、透き通った目で、俺を見ていた。
「君が、新しい患者の隼人君だね?」
男は、笑みをうかべながら、聞いてきた。
「そうだけど、あんた誰?」
男は、懐に手を入れ、名刺を取り出して、俺に差し出してきた。俺は、それを受け取り、内容を見た。そこには、院長 矢吹 奏介(やぶき そうすけ)とだけ記されていた。今時、会社の住所も、連絡先も、会社名すら書かれていない名刺なんて見たことがない。それに、院長と呼ぶには、若く見える。俺が見るに20代後半ぐらいだろう。
「隼人君に、これからやってもらいたい事があるんだ。」
院長先生は、俺にある男を、助け出してほしいと言ってきた、当然、何が何だか、分からない。でも、院長先生が言うには、俺の病気を治すには、鍵を手に入れなくては、いけないという事。それを持っているのが、その男(ターゲット)らしいんだ。
聞かされたターゲットの情報は、<岸本 直春(きしもと なおはる)35歳 罰一(奥さんが引き取った、娘が一人)元ここの医者>急な話しに翻弄された俺だけど、この人を助け出すことによって、病気が治ると思うと、自然とやる気が出てきた。
「サポートに、月徒を付ける。分からない事は月徒に聞いてほしい」
また、あいつかぁ〜と思いながら、院長先生にお辞儀をして、部屋を出たら、そこに、月徒って奴がいたので、驚いて腰が抜けそうになった。
月徒って奴は、最初に会った時と同じような、冷たい目つきで、俺を見下していた。
「来い」
その、たった一言で、俺の背筋が凍るぐらいの緊張が奔った。
この緊張感に負けまいと、平然とした顔をきめ込んでるものの、内心、息苦しい。
月徒って奴の後を、付いていくと一つの部屋があった。
中には、シャッターのような物が、あるから、おそらく出口であろう。俺は早速、外に出ようとした時、月徒って奴に止められた。
「止まれ、話しがある。」
月徒って奴は、俺に一言こう聞いた。<夜が暗い理由は、分かったか?>と、俺は、桑田先生から聞いた事を話した。あいつは、こう言った。<いずれ、分かる>と。
俺の答えは、間違っているのか?自分に問いかけた。
「いくぞ」
「お、おう…」
俺と、「夜」との物語はここから始まるのだから。
[ 岸本 直春編 @]
〜直春の夜〜
今でも感じる、アイツのぬくもり。今でも見える、アイツの笑顔。
そして、全てを、俺から奪ったのは、俺の心に潜む、悪魔達。何故アイツを、守ってやる事が出来なかったんだ。今更思いつめても、現実は変わらないのに…。
街の明るい街灯の光が、届かない程、暗くて、狭い路地裏にあるフェンスに寄り掛かって、俺は、昔の事を悔やんでいた。
少しばかり昂る気持ちを、落ち着かせる為に、身に着けている、茶色のコートの裏ポケットから、タバコを一本取り出して、口に銜えた。俺は、タバコに火を点けなくても、銜えているだけで、落ち着く。時計を持ち歩かない俺に、暗く染まった空だけが、ようやく夜になったと知らせてくれた。
空を見上げていた、俺のコートのポケットから、携帯の着信音が鳴った。
携帯をポケットから、取り出して名前を見ると、そこには林 京介(はやし きょうすけ)と書いてある。幼馴染だ。
電話に出ると、落ち着きのある声が聞こえる。
「よ、元気にしてたか?」
「まぁな」
「そうか、そりゃ、良かったよ。「なお」が、離婚して、仕事辞めたって聞いて、心配していたんだ」
そう、俺は、ほんの半年前までは、仕事もしていたし、妻も娘もいた。
「京介にまで、心配かけてすまなかったな。」
「水臭いぜ、いつでも俺に相談しろよ。どうだ、これから一杯?」
「いや、遠慮しとく」
「そうか…、なにかあったら、本当に相談しろよ。」
話し終えると、携帯をポケットにしまって、再び空を眺め始める。
アイツが、俺と出会ったのも、この場所だった。だから、俺はこうしてたまに、此処でアイツを待っていたのかもしれない。
俺の仕事は、(*)裏の仕事だっただけに、アイツ等の事に気を使っている暇がなかった。だから、アイツは俺に愛想を尽くして、出ていった。そんな事ぐらい分かってる。
信じていた。
それだけに辛かった。
悔しかった。
今はもう、何もする気になれない。
愛していたアイツの為に働いた仕事も、何もかも。
――「知ってる?岸本さん家の奥さん、出て行ったそうよ」
――「娘さん、可哀想にねぇ、まだ小さいのに」
――「浮気かしら? 」
周りが、どんな事を言っても、信じないし信じられなかった。アイツが、俺の前から消えてしまってなんて。
アイツは生きているんだから、また何処かで会えるかもしれないな。
無理やり、そう思い込んで、街灯の明るい通りの方に歩いていった。
点々と続く、街灯の光が、一本の線状に見える。その線に沿って歩けば、アイツに会える。
しばらく光を見ながら歩いていると、何かにぶつかった。
「あぁ?」
光を遮る、デカイ男が立っていた。こんな寒い夜に、タンクトップを着ている。
「あ…すいません」
デカイ男を、避けて歩き出そうとした時、後頭部に鈍い衝撃が奔った。
頭を押さえながら、俺はデカイ男を見ると、片手に拳を作って、笑みを浮かべている。
デカイ男の周囲にも、仲間と思われる男が、4,5人。
そいつ等に殴り蹴りされている間も、俺は、アイツの事を考えていた。
「このオヤジ、金たいして持ってねぇぞ」
今の俺は、殴られようが、財布を取られようが、気にはしない。
「おいっ、見ろよ。このオヤジ殴られて笑ってるぜ。キモッ」
仕事をやっていた頃は、よくこんな輩共を助けてやったもんだ、アイツも、俺が人を救うごとに喜んでくれた。だから、率先して仕事もしてきたんだ。
医者は、どんな事があっても、人を救う者であって、傷つける者ではない。
それが、アイツが俺に言ってくれた、応援の言葉。でも、この事だけは……
「このオヤジ、高そうな指輪してるぜ!盗っちまおうぜ」
許してほしい。俺が傷つけてしまう事を…。
俺は、アイツとの約束を破り、手を出してしまった。
アイツと俺の婚約指輪。アイツとの思い出の一つ。
「このオヤジ〜!よくもやりやがったな」
その時、俺の前に一人の青年が現れた。
続く。
(*)政府に認められていない、公にされない商売の事。
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2006/01/08(Sun)22:28:16 公開 / トロヒモ
■この作品の著作権はトロヒモさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
投稿遅くなってスイマセンでした。
あいてる時間が、本当になくて(汗)今、書き終えたばかりでして……。
「岸本 直春」編のスタートです。次回では、隼人との絡みが入ってくる展開になります。今度も、遅くなるかもしれないのですが、どうぞ大目にみてほしいです。
感想や指摘ドンドン待ってるので、よろしくお願いします。
ゅぇさんの説明の、おかげで「字下げ」が、なんとなくだけど分かりました。ただ、書き方の方が、まだ理解できてないので、もっと詳しく教えてほしいです。よろしくお願いします。