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『傍弱無人 〜改〜』 作者:もろQ / ショート*2 ショート*2
全角1755文字
容量3510 bytes
原稿用紙約5.35枚
 「あ、おはよう」
その朝も私の頭は真っ白だった。ただ眠たいだけなのか、とも思った。曇った寒空の先に古びた校舎が在る、坂道。おはよう、と味気ない返事をして、その子を追い抜いた。

 窓には灰色の雲を裂いた、青い空が見えている。一番隅に座る私は、雲の裂けていく様をぼうっと見ていた。
 空を飛んでみたい、それは小さい頃からの夢だ。あの遠く広い空を一度でいいから飛んでみたい。それは、最高の自由だと信じて疑わなかった。今なら、あの雲と雲の間をすっと突き抜けて、その向こうに見える、大きくてまぶしい太陽に手を差し伸べよう。私がその経路を、ゆっくりと目で追えば、全てが可能になる気がした。
 だけど、それは不可能だった。世界は私を縛った。この教室も、先生も、友達も、窮屈な制服、首にしかと巻き付くリボン、そしてもしかしたらこの命自身も、全てが私の自由を妨害した。私が欲しいのは自由のみだった。翼を持ち、爽快に天を駆けるような自由が欲しかった。
 終業のベルが鳴って、私は席を立った。

 私は目を開けた。いや、まだ閉じているかもしれなかった。世界は闇に包まれたままだったから。
「ここは…………」
体は寝起きのようにだるいのに、なぜか頭は冴えていた。
「死の世界だ」
闇のどこからか男の声が答えた。私はまだぐったりとしている体を起こし、男の姿を捜した。しかしそれは真っ暗な空間に完全に溶け込み、肉眼では到底見つからない。そこで私は尋ねた。
「死の、世界………? あなたは…………誰?」
「俺は死の番人だ。いいか、これからお前を『選択の間』へと連れていく。お前が天国へ行くか地獄へ行くかを審判するための部屋だ。黙ってついて来るんだ。ほかにも死者はごまんといる。お前一人相手に長々としている暇は…………」
姿の見えない男の声を聞きながら、私は考えていた。死……………? 私は、死んだ…………?
 いや、そんなはずない。

 私は自由を望んだ。空を飛びたいと思った。私は終業のベルを聴いた。学校の屋上に上り、灰色を割った青空を覗く。そして次の瞬間、私は硬いアスファルトの上に体を寝かせているだけだった。
 
 記憶の波がどっと押し寄せてきた。私の心臓は重い水圧に負けて、呼吸を乱しはじめる。私は落ちた? 落下した? 何故? 私は飛んだ。ただ飛びたかった。望んだ。それだけ。それだけ。私は死んでない。死んでない。死なない。私は死なない。死にたくない!
 「………こんなの………じゃない」
「何っ?」
「こんなの、自由じゃない。私は飛びたかっただけだよ。どうして私が死ななきゃならないの。死ぬことは自由じゃないのよ。むしろ、私を束縛するわ。こんな、暗い場所で。どこに連れていくの? どうして? なんで私を縛るの?! どうして自由にしてくれないの?! みんな私の邪魔をするの?! みんな消えて!! あなたなんかいらない。私は自由になるんだ!!」
私は泣き叫んだ。闇の中で空をつかんでも、両手は何にも触れない。全てが私にとって不要だった。ただ唯一、翼以外は。

 「……強制はしない」
男の声がつぶやいた。
「そこまで言うのなら、我々は何も言わない。出ていくのなら勝手に出ていけ」 
声は刺々しく響いた。私はその方の暗闇を睨んで、
「……………行く」
「但し」
声が轟いた。
「お前の肉体は既に死んだ。それは変えられない事実だ。つまり、お前の魂が生きたまま戻っても、肉体は動かせない。それでも構わんのなら、だ」
私は無言で立ち上がった。暗闇の中をゆっくりと歩き出した。私は何も考えずに、果てのない闇の向こうへとただただ歩いていった。
 その時、遥か後方で男が言った。
「ああ、人間の勝手なことよ」

 目を開けると、私は大勢の人に囲まれていた。大声で泣きじゃくる人、悲しげな顔をする人。大勢の頭の影から、太陽が照りつけていた。白く暖かい、差すような陽光。私はまぶしくて、右手で目を覆おうとした。しかし、腕の感覚はなかった。
 その時、私は悟った。体は既に死んでいる。それでもまだ、あの空を飛んでみたいと思う自分が居る。人間は、こんなに多くの人に支えられながら生きているのに、いつまでも自分の欲望に依存してしまう。人間は、弱いと思った。
 太陽が照りつける。眼から涙があふれてきた。
2005/03/14(Mon)12:00:54 公開 / もろQ
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昔の作品を書き改めて持ってきました。
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