- 『戯言キャッチボール』 作者:ライ / 未分類 未分類
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原稿用紙約8.9枚
夕日が痛い。
―――あ、間違えた。夕日の色が目に痛い、だった。『夕日が痛い』だけじゃ意味が分かんないや。夕日が痛がってんだか、そもそも何処が痛いんだか。そんなどうでもいい事を考えたりしながら私は窓から身を乗り出した。横から吹き付ける風が「気持ちいーいッ!」……あれ、言葉に出てしまった。誰もいない教室をもう一回念入りに見回してから、窓の下へと視線を降ろす。中央のグラウンドでは陸上部、サッカー部、野球部。左側のテニスコートではテニス部。その端にはバドミントン部。テニスコートと逆方向にある体育館には多分、バスケ部とか?いずれにしても帰宅部の私には、今日出た英語の宿題くらい関係の無いことだ。
窓から顔を出したまま、私は空を仰いだ。冬と春の境目、三月。あったかいのか冷たいのかよくわからない―――ぬるい風が吹いている。時折強くなったりしながら。太陽は夕暮れの色に染まっていて、分厚い雲の丁度切れ目でキラキラって輝いている。生意気な。
でもそれも時間の問題だもん、と太陽に向かって目を細めて呟いてみた。どうせあとちょっとしたら周りの分厚くて暗い雲に隠されて見えなくなるんだから。そしてそのまま山の向こうに落ちて夜が来るんだから。幾分負け惜しみっぽくなったところで、私は廊下から聞こえる足音に気付いた。
「―――?」
振り向いてみたけど誰もいない。さっき見回した時と変わらず、教室は机と椅子が散乱しているだけで人影はなかった。私は窓から体を離し、薄暗い教室へと一歩足を進める。ギュッ。黒ずんだ私の上靴が床をつかみ……もう一歩踏み出してみた。ギュッ。もう一歩。ギュッ。もういっ―――
ペタ。
「……島津。何やってんだこんな時間まで」
上靴の音とは明らかに違う、しいて言えばスリッパが床を擦る音。それと同時に呼びかけられた拍子に、私は出しかけていた足を引っ込めてバランスを崩し、あやうく床にダイビングする所だった。すんでの所で咄嗟に手を伸ばし、右側にあった机にしがみつく。誰の机―――?ああ何だ、私のじゃない。
「島津っ?大丈夫か……?」
二度目の呼びかけに、そこでやっと私は声のした方を見やった。教室の扉付近に立っていたのはボサボサ頭の、着ているスーツがいっそすがすがしい程に似合わない男。元々丸い目を怪訝そうにますます丸めて、心底心配そうに私を見つめていた―――ああ、その目はやめて。気持ち悪いから。男なのにそんなクリクリした目してんじゃないわよこのオカマ!と、心の中で毒づくのは自由だ。
「……北原先生」
だが生憎現実は自由じゃない。立場上私は生徒、男は教師。しかも私の担任。最悪。どうしてこう現実っていうのは不公平の名の下に出来上がっているんだろう。神様なんて信じな―――いや、信じてます。昔母さんが言ってたんだ、神様は信じなくなったらいなくなるんだよってね。ずっと信じていれば神様はあなたの事をずっと見守ってくれるんだよって。あは、笑っちゃうねホントに。生まれてかれこれ十四年、ずっと信じ続けてきた神様、アンタがしてくれた事は何だった?ん?見返りを求めるな、と?何だソレ。
「島津、オマエ帰宅部だろ?一般生の下校時刻は過ぎてるんだから、早く帰りなさい」
不快。ああ不快不快。この島津怜様をオマエ呼ばわりなんてしないで。というか命令しないで。私だってこう―――何だ―――感傷に浸りたいときだってあんのよ!空気察しなさいよ!……さっきも言ったけど、心で毒づくのは個人の自由だ。
「……はーい」
少しだけ口を尖らして、そして不愉快なボサボサ頭を睨んで、私は良い子ちゃん返事をした。北原先生は私の視線に少しビクッとしたような顔をして、「……最近は不審者が多いからな。島津、チャリ通だろ?気をつけろよ」とボソボソ呟く。私は今にも動きそうな右手を精神力で押さえつけながら鞄を抱えた。今ここで自分の本能のまま動いていいよと言われたらどんなに楽だろうね。その暁には私の右手が北原先生、アンタの脳天にチョップをかましているだろうけどさ。決めゼリフは勿論「アンタ本当に男かァ!」。
そんな私の心中を察しているのかいないのか、今だに北原先生は教室の扉にもたれたまま動こうとしない。何となくこの人より早く帰るのが癪に感じて、私は鞄を肩にかけてから口を開いた―――
「―――島津、あのな、」
ってオイオイオイ。あやうく私とアンタの声がハモる所だったじゃない。危ない危ない。思わず歪みそうになった自分の表情を慌てて整えながら、私は平静を装って先生に返答をした。「ハイ?」……我ながら、良い子ちゃん返事上手いでしょ、私。なんてね。
北原先生は少し躊躇するようなそぶりを見せてから、改めて顔を上げて私に言葉を投げかけた。「島津、あのな」
だから何だってのこのオカマ教師。……「ハイ?」おうむ返しに返してみる。しかし北原先生は至極マジメな顔で続けた。
「オマエ、学校楽しくないんだろ?」
―――ああ、クソ。夕日が背中に痛い。
あ、間違えた。夕日の光が背中に痛い、だった。太陽は生意気な事にまだ雲の切れ目でうろうろしているらしい。往生際の悪い奴め。でもいい。夜が来ない日なんてないんだから。太陽、アンタはじきに姿を消す事になるんだから。とかそんな事を考えながら三十秒。ふっと視線を上げると生意気な奴はここにもいた……ボサボサヘアーの私の担任、北原先生。
律儀に視線を逸らそうともしないで、この人は私を見つめたまま動かない。だからやめてってば。その目嫌いなんだってば。何その人を信じきったような目。だから皆にバカにされてんのよ、分からないのそんな事も。大人のクセに無邪気なまるで子供みたいな目をしないでって言ってるのよ!私がとうの昔に落としてきたようなその目、返してよ!不公平よ!神様なんて信じな―――いや、信じてます。
「……何で、ですか?」
ああ本当は聞きたくない。変な意地なんか張らないで大人しくさっさと帰ってればよかった。グレーのチャリにまたがって、口笛を吹きながら太陽を目を細めて睨みながら、さっさと帰ってればよかったんだ!島津怜、一生の不覚。
「いや、いつも何か―――その、オマエの目、がな?」
目、が?
「人生諦めてるような感じ―――……って島津!?」
北原先生が言葉を紡ぎ終える前に私は教室を飛び出した。バタン!というマンガのような音とともに。ギュッ、ギュッ、ギュッ、私の鼓動を追いかけるように上靴と廊下が擦れる音がする。下駄箱までたどり着いたとき私の顔は酷いものだった。普段滅多に運動をしないから髪の毛はバサバサ、ちょっとの距離だった筈なのに額には冷たい嫌な汗。まるで何かのよく出来た物語のような展開に私はもうお手上げです神様。白旗あげます、ひらひらってね。今は風が丁度いいくらいに吹いてるからきっとよくはためくよ。
そこでふと視線を空に移してみれば、太陽はもう雲の奥へ奥へときえていて本格的に闇が訪れようとしていた。紫のような濃い青のような、複雑な色を成して最後には黒が空を覆い隠す。ザマアミロ、太陽の光ももう届きやしない―――
……そして?
ああそうだよね、バカバカしい。闇だっていずれ太陽の光に押されて消えていく。今太陽が闇に飲み込まれて去っていったように。―――ううん、飲み込まれたんでも去っていったんでもない。闇にバトンタッチしただけだ。当たり前、当たり前だ……瞬間、急に大声で笑いたい気持ちに襲われて私は正直困った。こんな所で爆笑してたらそれこそ挙動不審じゃない、あーやだやだ。何でこう上手くいかないかな。
不意にスリッパのぺた、ぺた、という音が聞こえてきて、私は慌てて靴を引っつかむと校舎から飛び出した。実に後味の悪い放課後の話。
家に帰ったら、顔を洗おうっと。
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2005/03/11(Fri)20:27:47 公開 / ライ
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■作者からのメッセージ
初めまして、ライといいます。
なんか鬱な主人公ですが……こういう短編は書きやすいです。一応見直したので誤字脱字は無いと思いますが……。
感想等ありましたらよろしくです。