- 『狼少年 【読みきり】』 作者:夜行地球 / ファンタジー ファンタジー
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全角8019文字
容量16038 bytes
原稿用紙約28.05枚
トントントン、という階段を上る音で僕は目を覚ました。
ガチャリという音と共に部屋のドアが開く。
「浩二、早く起きなさい。遅刻するわよ」
『私、怒ってます』というオーラを撒き散らして、お母さんが登場した。
「今、何時だと思ってるの? もう七時半よ」
七時半か、それは確かにマズイな。
そう思ったものの、体がベッドから離れる事を拒否する。
今日は学校には行きたくありません、と脳に必死にアピールしているみたいだ。
そういえば、口の中も何だか錆びた鉄の様な味がする。
よし、決めた。
今日は一日休養を取ろう。
今時の小学生は忙しすぎるんだよね。
ゆとり教育なんて嘘っぱちだ。
「何だか熱っぽいから、今日は欠席する」
僕は無念さが溢れ出るような声で言った。
それを聞いて、お母さんは僕のおでこを手で触る。
その三秒後、ふぅと溜め息を吐いて、ペチリと僕のおでこを叩いた。
「下らない嘘を吐くんじゃないの。熱なんてないじゃない。早く起きて朝ごはんを食べなさい」
何だか仮病がばれてしまったみたいだけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「ちゃんと体温計で計れば熱があるのが分かるって。だから、体温計持ってきてよ」
「体温計の温度なんて、お母さんが見てない間にいくらでも誤魔化せるでしょ。無駄な抵抗はやめなさい。それに」
お母さんが軽く笑って続けた。
「浩二は嘘を吐いている間、耳がピクピク動くのよ。自分ではどうやら気付いてないみたいだけれど」
そんなバカな。
僕は慌てて耳を触った。
けれども、耳は全く動いていない。
それを見て、お母さんはさらに笑う。
「やっぱり嘘だったのね。この程度の引っかけに騙されるんて、まだまだ甘いわ」
くそ、純真な子供を騙したな。
僕は着替えてから五分で朝ご飯を口に詰め、家を飛び出た。
口が塞がっているから、『行ってきます』なんて言えやしない。
走りながらモグモグと口を動かす。
『走りながらの食事は消化に悪いので、良い子の皆さんは決して真似をしないでね』というテロップが頭の中でくるくると回り続ける。
ところで、何であの手のテロップは『良い子の皆さん』にだけ注意を促しているんだろう?
悪ガキは少々痛い目にあったほうが良い、というメッセージを暗に伝えているのだろうか。
そんな無駄な事を考えながら、小学校の校門を通り抜けた。
そして、ちょっとした異変に気がつく。
飼育小屋の周りに生徒が十数人集まっている。
普段なら飼育小屋の周りには飼育委員の生徒くらいしかいないのに。
ニワトリのケッコー君は一夜にして人気者にでもなったのだろうか。
真相を確かめるべく、飼育小屋に近づいた。
飼育小屋の中は、どす黒い赤色と散乱した白い羽で埋め尽くされていた。
どんな惨事が起こったのかは一目瞭然。
ただ、その赤色と白い羽の元の持ち主の姿が全く見あたらないのが、幸運と言えば幸運だった。
中途半端に残っていたりしたら、口から入れた朝食を口から出すような失態をさらしてしまったかも知れない。
一体誰がこんな酷い事をしたのだろうと考えること数秒。
犯人がすぐに分かった。
犯人は僕だ。
飼育委員という立場を利用して、放課後に飼育小屋の鍵を開けておいたんだった。
そして、夜中に学校に忍び込んで、ケッコー君を殺した。
今朝の目覚めが悪かったのは、夜更かしをしていたせいだ。
学校に行きたくなかったのは、この状況を見たくなかったから。
そんな事を度忘れするほど、今朝の僕は寝ぼけていた。
キーン、コーン、カーン、コーン……
始業のベルに追い立てられるように飼育小屋を後にして、僕は六年三組の教室に向かった。
先生がケッコー君殺害事件について語りたい、と言ったために一時間目の理科の授業は中止になった。
先生が四十五分をかけて熱く語った内容は、要は次の三点の繰り返しだった。
ニワトリといえども意味も無く命を奪う行動は悪である。
君達はこのような行動を起こすような人間にはなってもらいたくない。
学校の周辺で不審者を見かけたら、無闇に騒がずに先生達にすぐ知らせること。
三十秒もあれば十分に話せる内容だ。
けれども、先生の話を冗長というのは少し気が引ける。
先生は確かに熱意を持って、本気で語っていたから。
ただ、それが僕の胸を打たなかったっていうだけの事。
一時間目が終わるとすぐに、小林武彦が僕の机に近づいて来て、
「なあ、飼育小屋のニワトリを殺したのって、どんな奴だと思う?」
と言った。
その質問は、学年一の秀才にしては実に平凡なものだった。
「真面目に答えて欲しい? それとも面白い答えが欲しい?」
という僕の質問に、武彦は真面目くさい顔をする。
「もちろん、真面目に答えてくれ」
そう言われても、『僕みたいな奴だと思うよ』なんて言えないしな。
「よし、それならお答えしましょう。ニワトリ殺しの犯人は、ずばりオオカミです」
武彦が呆れた顔をした。
「お前さ、ふざけんのもいい加減にしろよ。いくら自分が狼少年だって言われてるにしても、『オオカミが来た』なんて出来の悪すぎる嘘だぜ」
「いやいや、本当だって。僕が嘘言った事ある?」
「ああ、数え切れないほどな」
親友にしては酷い言い方だ。
「ねえ、何話してんの?」
渡辺貴美子が顔を覗かせる。
「浩二が今までに嘘を言った事が無い、みたいな大嘘をかましてたから、嘘つくなって突っ込んでたところ」
それを聞いて、貴美子が顔をしかめる。
「ええー、ひどーい。そんな事を言ったの?」
貴美子ちゃん、君だけが僕の理解者のようだ。
「浩二君が嘘をつかないなんて、猫が『三回まわってワン』するくらいにありえない事なのに」
前言撤回。どうやら、僕の信用はほぼ皆無らしい。
「ちょっと待ってよ。僕が何時、どんな嘘を言ったって言うのさ」
貴美子はちょっと考え込む素振りをしてから、指を折り始めた。
「先週の金曜に『僕は本気を出せば百メートルを八秒台で走れる』って言ったでしょ。先週の水曜は『オタマジャクシはナマズの孫だ』って言ってたし、先々週の火曜には『砂糖を天日に二日間当ててると塩になる』って言った。それから……」
続けようとする貴美子を慌てて制止する。
「ちょっと、ストップ、ストップ! 最初のはただ見栄を張っただけだし、二番目と三番目は普通冗談だと思うでしょ。そんな嘘に誰も騙されたりしないんだからさ」
そう言うと、貴美子はぷうっと口を膨らました。
「ううん、私は騙されたもん。おととい、お塩が無くてママが困ってたから、二日間天日に当てておいたお砂糖を渡したら、物凄く美味しくない料理が出来上がっちゃったのよ」
それは、ただのお馬鹿さんだろ。
そもそも、君のお母さんは味見をしないのか?
「私は被害者なの。謝って欲しいの」
「悪かったよ、今後は軽率な発言には気をつける」
何か理不尽なものを感じつつも、僕は謝罪をした。
「うん、よろしい」
貴美子は満足そうに頷いた。
何かが間違っている気がするが、もう気にしないことにした。
武彦がポンポンと僕の肩を叩く。
「浩二、俺にも謝罪をしなさい」
「何でだよ。さっきも言ったとおり、僕は嘘をついてない。ケッコー君を殺したのはオオカミに間違いないんだから」
武彦はやれやれと言わんばかりに首を振った。
「いいか、浩二。日本で『オオカミを見た!』なんて言っても信用されないに決まってるんだ。一応教えてあげるけど、ニホンオオカミは一九〇五年に絶滅したし、エゾオオカミも一八九六年に絶滅したんだ」
そんな事は言われなくても知っている。ここ埼玉県に現れる事が出来るとしたら、北海道限定のエゾオオカミなんかじゃなくて、本州に生息していたニホンオオカミだって事も。
「でもさ、何年か前にニホンオオカミの写真を撮ったって書いてある新聞記事があったんだってば」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、武彦は溜め息をついた。
「あのな、そんなん偽物に決まってるだろ。野犬か狐が、偶々それっぽく写ったってだけだよ」
「そんな事分からないじゃないか! もしニホンオオカミが本当に生きていたとしたら、どうするのさ?」
興奮する僕に対して、武彦はいたって冷静なままだった。
「その時は……そうだな、『俺は間違ってました』っていう張り紙を背中につけたまま学校中を逆立ちで回ってやるよ」
僕と武彦の間にバチバチと視線の火花が散る。
その緊張状態を破ったのは、雰囲気のまるで読めていない貴美子の声だった。
「でもさー、ニホンオオカミがいるっていう事を浩二はどうやって証明するつもりなの?」
それを聞いて、武彦が軽く頷く。
「そうだよな。少なくとも俺は写真程度では信用できないぜ」
そこまで言われて引き下がるようじゃ男じゃない。
「ああ、分かった。それなら君達に本物のニホンオオカミを見せてあげようじゃないか。日時は三日後の深夜零時、小学校の校庭に来たまえ」
小学生が深夜に家を勝手に出るなんて荒業は、出来ないに違いない。
だから、いくら僕が本物のニホンオオカミを見せようとしても、彼らはそれを見に来れないのだ。
ふふん、どうだこの高等戦略は。
見事だとは思わないかね、明智君。
戦わずして相手に敗北感を与えることが出来るのだから。
さあ、彼らの意気消沈した台詞を待つことにしよう。
『ごめん、その時間はちょっと無理だ』
『私も無理っぽい』
『え、困るよ。そう言われても、その日のその時間じゃないと見せられないのに』
『そうか、それなら仕方ないな。今回は俺の負けで良いよ』
『なに、勝ち負けじゃないさ。お互いを信じるって事が大事なんだからさ』
『……浩二』
なんて、青春ドラマまっしぐらな、さわやか三組ばりの展開が待っているに違い無い。
ヘイ、カモン。
しかし、その予想はあっさりと覆された。
「三日後か……父さんと母さんが従兄弟の結婚式に出掛ける日だな。帰ってくるのがその二日後で留守番は俺だけだから、見に行けそうだ」
なんとも都合のよろしい事で。
「私も、その日は結婚記念日でパパもママもお泊りだから、眠くならなければ絶対に行けるよ」
おいおい、君は確か一人っ子だろ?
箱入り娘を家に置いて二人でお泊りって、かなりおかしくないか?
ふう、設定日時を少し間違ってしまったみたいだ。
違う日時に訂正しようかと一瞬思ったが、すぐにそれを否定した。
何故だか知らないけれど、この二人は変更した後の日程でも来れそうな気がしてきたからだ。
言うなれば神の思し召し。逃れることは出来そうに無い。
「分かった。二人とも寝過ごすなよ」
そして、最後に笑って付け加える。
「良い事を教えてあげる。ニホンオオカミってさ、気分が良いと『三回まわってワン』をするんだ。運が良ければそれも見えるかもしれないよ」
呆れたように僕を見る二人の視線が妙に痛かった。
◇◇◇
あれから、三日が経った。
武彦にも貴美子にも予定の変更は無かったようで、二人揃って『今日の夜は楽しみにしているよ』なんて言ってきた。
小学生は九時には寝なきゃ駄目だぞ、という夏休みの教頭先生の暴言に今なら賛同できそうだ。
時刻は午後十一時四十五分。
良い子はとっくに寝てる時間だ。
僕はそっと窓を開ける。
冷たい空気が頬を撫でた。
「さて、どうしたもんかな」
約束を忘れた振りをして、すっぽかすというのも一つの手だ。
二人しか残っていない友人を失う結果になるだろうけど。
「んー」
小学校六年間を通して友達ゼロってのは流石にマズイ。
「元は自分が言い出した事だしな」
僕はおもむろに来ていた洋服を脱ぎ捨てる。
うう、寒い。
押入れから折りたたみ式の金属製はしごを取り出す。
家を抜け出す為の必需品だ。
神の思し召しによって自宅に両親が不在の二人とは違って、僕は家族に気付かれないように家を出なくてはいけない。
何だか不公平な感じがする。
窓からはしごを下ろし、軽く押して強度を確かめる。
ギコ、ギコ……
うん、大丈夫だ。
僕は音が出ないようにそっとはしごのステップに足を乗せる。
「ひぃっ……」
あまりの冷たさに大声を上げそうになる。
危ない、危ない。
こんな所で失敗してたら笑うに笑えない。
細心の注意を払いながら一歩ずつはしごを降りていく。
「よーし、到着」
庭に降り立った僕は、小さくガッツポーズをした。
それにしても寒い。
ガチガチと歯が鳴り出す。
三月の夜に素っ裸で外に出るのはやはり無謀だ。
空を見上げると、綺麗な満月が僕を見ていた。
明るさ、丸さ、色、どこをとっても申し分ない。
僕は血が昂ぶってくるのを感じる。
ドクン……
血は知っている。
ドクン……
月の魔力を知っている。
ドクン、ドクン……
そして、満月を見るたび思い出す。
ドクン、ドクン……
自分が一体何であるか、どうあるべきか。
ドク、ドク、ドク……
全てを思い出した血は次第に身体を変えていく。
ドク、ドク、ドク……
歯は牙に、手は前足に、体毛は剛毛に。
ギシ、ギシ……
背骨が悲鳴を上げ、骨格が変わる。
ミシ、ミシ……
か弱い二足歩行のヒトから。
ギリ、ギリ……
華麗な四足歩行の狼へ。
グルルルル……
僕は歓喜の声を上げかける。
やっぱり狼になった時の感覚は最高に爽快だ。
四日前に変わったばかりだけど、満月の日は格別。
外国には満月の夜しか狼にならないっていう同類達もいるらしいけど、その気持ちも分かる気がする。
ま、あの人たちは部分的にしか狼にならないらしいけど。
追い詰められてヒトに姿を変えた僕の先祖達とは出自が違うから仕方ないか。
四本の足をフル回転させて小学校へ向かう。
風を切って走るのが最高に快感。
今なら絶対に百メートルを八秒台で走れるはずだ。
狩るモノとしての自尊心がうずく。
狩るモノ、か……
ふと、ケッコー君の姿が頭に浮かんだ。
アイツには悪い事をした。
ちょっと狩りをする気分を味わう為に、命を奪ってしまった。
狩りの瞬間は最高に気分が良いだろうと思っての浅はかな行動。
飼育小屋は狭すぎて、獲物を捕らえるのは楽勝過ぎた。
獲物は全て平らげたけど、生の肉は美味くなかった。
ニワトリはカーネルおじさんのところで食べるに限ると再認識。
狩りをするのは初めてだったけど、アレで最後だろう。
学校の校門が見えてきた。
しっかりと柵に鍵がかかっているけど気にはしない。
僕は走っている勢いを利用して、ぴょんと柵を飛び越えた。
着地もバッチリ。
僕は辺りを見回した。
校庭には小さな人影が二つ並んで立っている。
二人とも寝坊はしなかったみたいだ。
僕はそっと二人に近づいていく。
いち早く僕の存在に気付いた貴美子が声を上げる。
「え、オオカミ?」
その声を聞いて、武彦は疑い深そうに僕を見つめる。
「んー? 犬じゃない?」
馬鹿言っちゃ困るよ。
僕は武彦にずんずんと近づいていく。
次第に武彦の顔に驚きの色が浮かんでいくのが分かる。
僕との距離が二メートルになった時、武彦は呟いた。
「ほ、本物だ。本物のニホンオオカミだよ……」
「武彦君、本物見たことあるの?」
至極真っ当なツッコミを貴美子が入れた。
「うん、剥製だけどね。一応現存するものは全部見たよ。父さんのコネを使って」
おいおい、かなりのマニアっぷりだな、と軽く呆れる。
「まさか、本当に生きてるなんて思ってなかった……浩二はなんでまだ来て無いんだよっ! 自分が見せるって言ったくせにっ!」
武彦は興奮で鼻息がかなり荒くなっている。
ガルル……
僕は此処だよ、と言おうとして、自分がいま喋れない事に気付く。
僕の声を威嚇と勘違いして、二人は軽く後ずさりをした。
まずい、まずい。
僕は慌てて寝転がり腹を見せる。
二人は僕の意図を察してくれたようで、徐々に近づいてきた。
「良く見ると、結構可愛いね」
貴美子が僕の背中を撫でる。
無礼な奴だな。
良く見なくても十分チャーミングだぞ、僕は。
まあ、背中が気持ち良いので許してやろう。
「こいつは何処に棲んでるんだろう? 近くに大きな森なんて無かったはずだし……」
武彦は一人で思い悩んでいる。
僕の住んでる場所なら、お前も知ってるだろ?
何回も遊びに来た事があるし。
僕はむっくりと起き上がった。
二人を少し驚かせてやろう。
小さな円を描くように、僕はテクテクと歩く。
一周目。
二人は不思議そうな目で僕を見ている。
二周目。
ちょこっとだけ目が回ってくる。
三周目。
僕は精一杯可愛らしく吠えた。
「ワン」
武彦の顔が驚愕に染まる。
「ありえない、絶対にありえない」
そう言いながら、すとんと腰を抜かした。
対照的に貴美子は大はしゃぎ。
「すごーい。浩二君てば本当の事言ってたんだ」
自分もその場で三回まわって、『わう』とか言って跳ね回っている。
さて、これだけやれば十分だろう。
帰ろうとした僕の視界に朝礼台が映る。
うーん、最後に一つだけ。
そそくさと走り寄って、ちょこんと朝礼台の上に乗っかった。
大きく息を吸って空を見上げる。
やっぱり綺麗な満月だ。
僕は静かに口を開いた。
「アオーーーーーーーーン」
僕は此処にいる、という遠吠え。
意味を解する同類は近所にいやしないだろうけど。
空に浮かぶ満月だけが、僕ら三人を静かに見守っていた。
◇◇◇
次の日、僕は痛い頭をさすりながら学校に登校した。
「あー、やだ。まだ痛いよ」
昨日の晩の僕の遠吠えを理解する人はかなり身近にいた。
親愛なる僕の両親。
結局、あの遠吠えは完全なる自殺行為だった。
昨日の事だけじゃなく、数回の夜のお散歩の前科までばれてしまった。
拳骨付きのお説教は朝まで続き、おかげで僕は睡眠不足だ。
教室に入ると、武彦が逆立ちをして僕を待っていた。
「あれ、何してんの?」
武彦はしかめっ面をしながら答える。
「約束しただろ。逆立ちしながら学校を一周するって」
良く見ると、その背中には『俺が間違ってました』と書かれた紙が張られている。
「あれ、それって『僕が本物のニホンオオカミを見せたら』っていう条件付じゃなかったっけ?」
武彦が怪訝そうな顔をする。
「何言ってんだよ。昨日の夜、実際に見せてくれただろ? 浩二は来なかったけどさ」
「え? 僕は何もしてないよ。昨日の夜は寝過ごしちゃったんだから。今日は二人に謝ろうと思ってたし」
両親にきつく言われた。
正体は絶対にばらしちゃいけないって。
ニホンオオカミは絶滅したと信じられている方が安全だって。
「じゃあ、アレは何だったんだよ。絶対にニホンオオカミだったんだぜ」
武彦は納得いかなそうな表情をしたまま逆立ちを止めた。
「そんなの、ただの見間違いだよ」
「いーや、俺の目に間違いは無い。ニホンオオカミは絶滅してないんだ」
強情な武彦に思わず苦笑する。
「そんな事言ってると、狼少年だって呼ばれるよ。僕みたいに」
「言いたい奴には言わせておくさ。浩二だって、そんな渾名は気にしてないんだろ?」
武彦は僕の顔を見てニヤリと笑う。
何だか自分の心を見透かされているようで、僕はおどけて答えた。
「ああ、むしろ気に入ってるくらいだよ」
僕はまだまだ幼くて、男だなんて言えやしない。
今の僕を表すには、『狼少年』で十分だ。
さて、狼男になれるのは、一体いつの事だろう?
<終わり>
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2005/03/05(Sat)17:11:48 公開 /
夜行地球
■この作品の著作権は
夜行地球さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
最初に思いついた感じからは大きくずれた作品になってしまいました。長さは微妙だし、オチも無し。苦笑いしてくれれば十分です(笑)
ただ、ニホンオオカミがどこかで生きてれば良いな、ってのが作者の言いたいことです。
それでは、一言で良いので感想・ダメだし・批評などをしてもらえると、作者は尻尾を振って喜びます。