- 『不思議の国のピエロズ 0話〜1話』 作者:鴉 / 未分類 未分類
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原稿用紙約10.6枚
不思議の国のピエロズ
0.意味の無い防音ドアと幽霊街
三月三日、雛祭。女の子の宴、一応戸籍上は女である俺だけど、俺なんて一人称使ってる時点でほぼ無関係だ。(過去五回男に間違えられたことがある)ていうか雛祭でキャアキャア言うような性格でもないし。そんなわけでいつもどうり学校へ行く。普通の日常。
鬱陶しく、つまらない授業を終えて、室内じゃ着るのを禁止されているウィンドブレーカーを当たり前のように羽織る。先生の言う事は無視。教科書が目一杯入った制鞄(ランドセルの皮の重さを考えると、はるかに軽い。ちなみに小学校は去年卒業した、卒業式は足がつって辛かった)を肩に引っ掛け、教室と同じく三階にあるブラスバンド部部室へと足を運ぶ。
自分で言うのもアレだが、俺はこの部が大好きだ。特権を挙げていくと
@冷暖房がついている。もちろん理由はある。真夏の懇談、極力静かに演奏しなければならない。真夏に防音ドア閉め切って人工密度の高い部屋で演奏したら全員御陀仏だ。……確かめたことは無いけど。
A合奏の時以外、ほとんど顧問は上がってこない。てことは漫画読もうが菓子食おうが携帯いじろうがやりたい放題ってこった。大きな楽器も多いので死角、物陰はたくさんある。ちなみに顧問も校則に関してはやたら寛大、「部室でパーティー」を先生に許可取りに行っても普通にOK出すし、OG(オールドガール、この部活の卒業生)の差し入れとかも普通に部室で飲み食いしてる。
B何より部員達、嫌いな部員は一人も居ません(俺にとって、だけど)クラスがクソ最低な分、やたらと部活が楽しいです、このためだけに学校行ってます。アイム ハッピー。
まぁ、大雑把に挙げるとこんな感じ。そんな幸せ部室に着くと……何か変だった。
ほとんど意味の無い防音ドアの窓を見ると中は真っ暗だった。まだ誰も着いてないのかな、とも思ったけど違った。だってドア半開きだし。このドアはちょっとボロ過ぎてブラバン以外完璧には閉められない。絶妙な力の入れ具合と角度が必要なのだ。この季節は部室の暖房から送られる温もりを逃がさぬ為にドアは絶対キッチリ閉めるように先輩から言われている。だからこのドアを開けたのは――異端者は、排除すべし。
鞄の中から一番殺傷力のありそうな物(社会のぶっとい教科書)の背表紙を確認する。オーケイ、破れ無し、十分硬い。それから廊下を確認する、緑色の上靴、同学年だ。名前が書いてあるけど上靴の色と同化して読めない。……洗ってんのかな、こいつ。
武器の形を整える。(こうしないと威力が出ない。ちなみに教科書の開く所だけで立てる位整ったらベスト。)ゆっくりとボロいドアへと近づく。端から見たらさぞ異様だろう、教科書を片手に鬼の形相でドアに忍び寄る性別不明の体操服生徒。
ドアの窓の向こうをじっと見ていると何かが動くのが分かった、あの辺りは……畜生、俺のチューバ(金管楽器、馬鹿でかい)付近じゃねぇか。しかも背格好から男。待ってろよ、女と先生しか足を踏み入れたことが無い(昔は違ったらしいけど、この部員は全員女だ。)禁断の地に足を踏み入れた罰を、この俺が直々に下してやる!!
戦場に踏み込む兵士の思いでドアを蹴破る、目下の敵に飛びかかろうと
世界が、ブラックアウトした。
モスグリーンの体操服を着た十歳前半の子供が道路に横たわっている。道路のど真ん中に倒れているがゴーストタウンのようなこの町では車に轢かれる心配も無い。そう、まさにゴーストタウンだ。車も無ければ人もいない、猫もいない何もない。そのくせ明かりだけは煌煌と世界を照らしていた。
子供の手がピクリと動く。するとそれに反応するかのように長い前髪の下のまつげが持ちあがった。
「あー…」
うめき声ともつかない声をあげると子供は状態を起こした。髪の毛に何故かついている砂が体操服の上にバラバラと落ちる。すると子供は自分の小汚い格好に気づいたのか、慌てて立ちあがり砂を払い落とす。
「……どこだ、ココ?」
砂を大方払い落とすと子供は辺りを見まわす。街頭と信号だけが動きを示す世界、それを子供が一言で表すなら「死」だった。
交番もある、郵便局もある、コンビニもマンションもある、はるか向こうに何かのモミュメントも見える。けれど「生」というものが無いのだ。…背筋に寒気が走った。
「ホントに、何も無い…。」
とりあえず、道路から退いてモミュメントに向かって歩道を歩く。けれども道を行く者が居ないのなら、それは道ではない。
何となく、原子力発電所がイかれたら辺り一帯はこんな風になるんだろうな、と思った。
(けれども、俺は原子力発電所爆発に巻きこまれたんじゃない。)
歩くことによってボーっとしていた頭が動き出す。
そう、子供はただ部室に足を踏み入れただけだ。そしてそのまま気を失った。持っていた教科書も無い、が、これは夢じゃない。
そう、夢じゃない。夢だったらこんな感覚はありゃしない。
マンホールから出てきた腐乱した手が、自分の足を掴む。こんなリアルな感覚なんて、あるうる訳が無いのだ――。
1、ナイトメア ビフォア クラウン
左足を掴んだ手は離れない、振り解こうともがいてもその力は強く、そうこうしている間にももう一本の手が膝小僧を掴む。関節を掴まれたことで、もがく力は弱くなり、更に這い上がってくるモノに対しての恐怖で萎える。マンホールと噛み締めた歯がガタガタと音を立てる。もう駄目だと思い、声にならない悲鳴が口からあふれ出た。堅く目を閉じる、心の中で叫ぶ。どうか命だけは助け
ガタン、と唐突にマンホールの蓋がアスファルトにぶつかる音がした。助かったのかと思って恐る恐る目を開ければ腐乱した両腕はどこにもない。半開きになったマンホールからは湿った風が吹き上げていた。
湿った風だけではなかった。
湿った風と共にあふれ出る、腐った臭いと何百、何千もの蟲。種類が頭に浮かぶ余裕さえ無かった。蟲達の波はアスファルトの道路も街頭も全て飲み込む、外に出れた悦びから歓喜の声をあげる。ギチギチギチギチ、蟲達の宴。
ヂリッと手の甲に痛みが走った。驚いて見やれば、黒くテラテラと光るムカデが鮮血を美味そうに啜っている。
自分の身体が視界に入る、そこで子供は初めて叫びをあげた。モスグリーンの体操服は、いや自分は、街頭に照らされ光り蠢くソレに包まれていた。恐怖と絶望と驚愕が入り混じった叫び、大きく開いた口から羽虫が飛び込んでくる。同時に飛びこんで来た腐臭にむせかえる、舌が踊り羽虫が潰れる、きっと気色の悪い色合いであろう体液が口の中に飛び散る。飛び散った体液が喉を流れ、胃に到達する。体液と腐臭が混じり、胃が痙攣するのが分かった。思わず屈み込みその場に嘔吐する、曲がった身体に蟲が潰される、その感覚に更に嘔吐する、歪んだ視界の中、弁当に入っていたアスパラガスが見えた。更に吐き続けた、吐きながらも地面を転げまわり蟲を潰す。首から上に這い上がって来た蟲は手で掻き毟るように払い落とした。
獣のような、叫びをあげた。
ほぼ全身が吐瀉物に汚れた頃、もはや出てくる物は胃液と汗と涙だけだった。辺りには潰れた蟲達が転がっていた。まだ動いているモノも居る。だが勢いが衰えたとはいえ、マンホールからはまだ蟲があふれ出ていた。
色んな事を同時にやって、更に身体中が蟲にやられて満身創痍だった。が、とりあえず子供は立ちあがり走り出した。どこへ行こうなんて思っていなかった。ただ本能のままに走り出した、逃げ出した。
「生」が全く無かった街には今、生き物が溢れかえっている。もう何も考えられない頭でひたすら走りつづけた。靴の裏で命を踏み潰す音がした。腐臭はまだ臭っていた。
蟲が全く見えなくなっても走り続けた、もう三時間は走っている。蟲が見えなくなったのは四十分前だ。それでも走り続けた、ひたすら走り続けた。後ろにある街は既に見えない、今は何時の間にか迷い込んだ森の中を走っていた。腐臭に混じった松の匂いが心地よかった。
いつまでも走っているかに見えた子供、しかし人間には限界がある。子供はまるでスイッチが切られたかのように倒れこんだ。一度止まると立ちあがれなかった。真夏の犬のように息をした、肺がキンと痛んだ、身体中から悪臭がした。
しばらくして息が落ちつくと柔らかな眠気が襲ってきた。悪臭も気になったが今は眠りたかった。目を閉じて眠ろうと
強烈な腐臭がした。
閉じかけた目が見開かれる、整った息が乱れ始め、記憶がフラッシュバックした。
(あの時、マンホールの蓋は落ちただけだった……。じゃあ、腕は?腐った腕はどこへ行った?思い出せない。どこへ、どこへ行ったんだっけ。ど
そこで思考は強制終了される、かわりに汚れた口からうめき声が漏れた。
うつ伏せになった子供の首を腐った手が締め上げていた。何だか良く分からない色になった元モスグリーンの体操服の背中には、しっかりと握り締められた手の形の手形がついていた。朱肉のかわりに血と腐った肉片を使った手形だった。
「……が…っ……」
口から泡が吹き出た。薄れていく世界の中で、子供は不気味に笑うピエロを見た。
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2005/03/04(Fri)20:00:21 公開 / 鴉
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■作者からのメッセージ
人によっては気分を悪くなされるかもしれないことを、お詫びいたします。
ちょっと短いかな、と思ったけど割とびっしり書いているので大丈夫かな、と思い更新してみました、いかがだったでしょうか?あ、題名は「ピエロの前の悪夢」になります。カタカナ…
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