- 『エターナル 一章〜七章』 作者:ニラ / ファンタジー ファンタジー
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全角56997.5文字
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原稿用紙約164.15枚
――世界に憧れた少年…。
――世界に絶望した少女…。
――そして、再び世界の運命が崩れていく…。
――しかし、世界は崩れていく運命によって…。
――一つの思念を形作った。それは世界の終焉を早まらせていた。
――「世界は七つの玉を必要としている!!」
――叫ぶ者。
――七つの玉は分散し、何処かへと消えている…。
――玉に選ばれたものは七人…。
――地球の中心へと集まらなくてはいけない…。
第一章「神野八雲」
西暦二千九百年。地球、そして、全世界は変わってしまった。二千八百年に起きた「第三次世界大戦」によって。現代科学の発達した世界の戦争は、恐怖としか言い様が無かった。核。それは、簡単に半径五百キロメートルを吹き飛ばす兵器。それに対抗するための対核バリアー。そして、それを開発するために使われていくあらゆる自然のエネルギー。世界は荒んでいった。そして、二千八百五十年に、アメリカの核が暴発。そして、アメリカは全ての化学や知識を失った。それと共に、世界中に仕掛けられていたアメリカの核も爆発。世界は科学技術が衰え、そして、自然さえも失った。
それから、核から身を隠し、生き残った者達は、共に生きることを誓った。その時、世界は変わった。現実にはいないと思われていた。ゲームでしか存在しない
――神――
それは、全てがゼロに近い状態になった地球に祝福を与えた。その神は七人した。それから五十年、人々は七の神を「七大神」と言い、崇めた。その神が降りたときの言い伝えには、こう書いてある。
『炎の神は、朽ち果てた世界に生きると言う炎を付けてくれた。水の神は、枯れ果てた世界に命を流し込んでくれた。大地の神は、崩れ果てた世界を整えてくれた。雷の神は、世界に刺激を与えてくれた。風の神は、世界に生きるための息吹を吹いてくれた。…』
「あれ? ここから破かれて良く見えないな」
一人の黒いショートヘアーの少年は言う。服は半袖のフード付の上着を着ていて、白黒の物である。下は短パンで、靴は紐靴である。腰の辺りには木刀と思われる物が袋に入れてかけられている。
「もう、五十年前の歴史なんてどうでも良いじゃない。八雲君」
一人の八雲と呼ばれた少年の横には、指で丸を作り、「銭」を現している。彼女の服は少し長めのスカートと、上にはチェックの柄のトレーナー姿である。
彼女は八雲から「地球の歴史」と言う埃に満ちた本を奪い取り、そして投げ捨てる。それを見て、八雲は反射の動きで落ちる前に本をキャッチする。
「何をするんだよ!! 知香!! 歴史は大事なんだぞ!!」
知香は笑いながら「大事なのは今今!!」と言う。それを八雲は睨みつけながら見ている。
知香と八雲のいる世界は、二千九十年の世界。通称「ゼロ・グラウンド」と呼ばれているところで、四つに分けられたうちの一つの大陸「フウ大陸」である。日中暑い日ざしが大地を照りつけ、そして、雨のときには荒れ狂う風が吹き荒れる大陸で、五十年前の話からは「風の神」が守護していると言われている。この世界は二千八百五十年の核暴発、今では「リバイブ・グラウンド」等と呼ばれている事件のせいで、地核変動が起き、大陸は四つに分けられたと言われている。そして、何もかも失った人々を、神が再び守護、そして監視を行うと言うことを条件に、多大な自然と少しばかりの文明を各大陸に生み出した。そして、その四つの大陸に二つづつ神が祭られていると言う。大陸は「ライ大陸」「スイ大陸」「フウ大陸」「エン大陸」「ガイ大陸」と名づけられている。そして、その四つの大陸の真ん中にある幻の大陸には、残りの二つの神が眠っていると言われている。しかし、幻の大陸と言うだけにあって、誰も見たことも無いと言うのである。やはり、歴史上から何らかのトラブルによっていない存在にされた可能性もあると見ている。
この八雲の住む大陸は、砂漠が多く、村は各地に点々とあるだけで、そんなに大きくは無い。そんな中で唯一の森林地帯にある八雲の村は、涼しく、そして、砂漠風なども防げる所にある。そして、その村の北東に位置するのが、今二人のいる神の遺跡と呼ばれている場所である。しかし、何らかの影響で、昔は肉眼で見えたはずと言われた神は、姿を消している。その為に、賊などが宝を漁る事も少なくは無い。
「なあ、そろそろ戻らないか?」
八雲は飽きてきたのかストレッチをその場で始めながら知香に言う。そうすると、知香は肩をがっくりと落としながら静かに頷いた。
「賊が入るような場所なんだからさ、盗まれないよう高価なもんはきっと村が隠しちゃってるって」
元気付けようと精一杯言ったが、逆に睨まれて終わった。それを見て、八雲は「はぁ」とため息をつく。
遺跡を出ると、大きく見える太陽がまぶしく思える。自分の腹具合から良くと、二時間は篭っていたと思われる。紀奈は相変わらず肩を落としているが、八雲は後ろからぽんぽんと抜いた木刀で軽く叩く。知香は「もう!!」と勝手に怒り出し、怒りの矛先を八雲に向ける。そして、腹に向けて素早く拳を叩きいれる。瞬間的なことだったので、これには八雲も溜まらずゲホゲホと咳き込んでしまう。
「明日も探すのよ!! 目指せとレジャーハンター!!」
知香はそう叫ぶ。生まれ変わったこの世界には神が残していったと思われている財宝が各地に眠っていると言われている。その為、最近では「トレジャーハンター」と言うのもれっきとした仕事として始まっている。
「分かったから、とにかく戻ろうよ!! 盗賊とか、ジ・エンドとか出たらやばいよ!!」
八雲は焦りながら知香を押していく。八雲の言った「ジ・エンド」とは、地球が生まれ変わる前で言えば、テロリストの様な者である。彼らの集団は世界中の古代武器(この時代では銃器等)を手に入れ、ある目的の元に動いていると言うが、そのところは、実は誰も知らないと言う。彼らはテロリストよりもたちが悪く、気づかれてしまったら証拠隠滅のためどんな時でも人を殺す。それが奴らの手口であった。
「もう!! わかったわよ!! 帰りましょ」
知香はぷっくりと頬を膨らませながら八雲の前を歩いていく。八雲がため息をつき、そして知香を追いかけようとした時、後ろから馬鹿でかい殺気を感じ、木刀を抜いて振り返る。だが、誰もいなかった。八雲は、小さいときから叔父に古代刀術を教えてもらっているため、少しだけなら殺気なども感知できる。今は木刀を持っているが、真剣なら木を一刀両断で斬るまではあるので、知香を良く守っている。その守られている知香も、格闘術を教えられ、かじった程度なのだが、かじった程度とは言えないほど、一発一発の拳の破壊力はかなりのものである。しかし、そんなものを使うなんて程、世界は危険ではないので、やはり、使ったことは特にない。
突然、八雲の目の前が暗くなり、衝撃が来る。目の前には立ちすくんでいる知香がいる。どうしたのかと目の前を見ると、そこには、引き金の付いた鉄の塊を持った二人の男がいる。
「何? あれ…」
「とにかく隠れようよ!!」
八雲の問いに答えず周りを見渡した後、間髪いれずに知香は草陰に八雲を放り込む。そして、自分も飛び込む。
「何か音がしなかったか?」
「いいや、全然」
「そうか…」
男達は物音がしたという事で、辺りを探索し始める。ガサガサと草むらに手を入れて入念に探す。よほど大事なことを話していたのだろう。そして、陰に隠れて呼吸の音も防ぐためにお互いに口を塞いでいる。
ガサッ
知香の背後から手がにゅっと伸びる。あともう数センチ横ならば、確実に気づかれていただろう。それは、二人にかなりのショックを与えた。二人の心臓は高鳴りし、そしてその音は聞こえているかもしれないのではないかとまで思ったほどであった。
「気のせいだな…」
「おかしいなぁ」
「まあ、もしもの時はこの古代武器の『拳銃』とかいう奴でころしゃぁいいんだしよ」
二人は笑いながら奥へと消えていく。そして、それを確認した後、二人は草陰から出て、ほっと胸をなでおろす。
「もう帰ろう!! 絶対やばいって…、帰る振りしてまだ宝を取ろうとしてたんだろ!?」
「うん、私も今日は諦める」
目の前で二人は初めて「ジ・エンド」と言う組織の一員に会ったのだ。気が強い知香も流石に腰が抜けて、自分から早く帰ろうと言い出したほどであった。そして、辺りを警戒しつつ、二人はやっとの事で森を出る。
「じゃあな」
「気をつけてね」
二人は森を後にすると、お互い村の入り口から左右に分かれて走り去っていく。その後ろには、少しばかりの赤い瞳が走っていたのを知らずに…・。
八雲が家に帰ると、突然木刀が頭目掛けて振ってくる。八雲はすぐさま木刀を抜くと、向かってきた木刀を叩き払い、突きを繰り出す。それは見事に腹に当たり、相手は腹を抑えてしゃがんだ。それを見て八雲は、「じいちゃん、もう年だから…」と言いかける。すると、目の前の老人は「そろそろ免許皆伝か?」と笑いかける。しかし、腹の痛みは治まらないらしく、まだおさまえている。
「しかし、まだ家宝は渡せぬなぁ」
「いらないって。この世界は七大神に護られた世界なんだから、戦争なんて起きないって」
八雲は笑いながら靴を脱ぎ捨てると、キッチンへと向かう。「家宝は受け継がなければいけないんだぞ!!」と後ろから声をかける八雲の祖父。やはり、信じるはずは無かった。「ジ・エンド」でさえも、この世界に大きな戦いを起こした記録は無い。武器が役に立つなんて思えるはずが無かった。八雲はキッチンにある小さな袋に手を入れると、中から袋よりも大きいペットボトルを出す。この袋は、昔冒険家だった頃の祖父が「スイ大陸」に言ったときに持ってきた物だった。向こうの島では、生ものも冷やして保存することが出来るらしい。八雲の住む家の部屋は畳で出来ていて、広さは大体十畳位だった。そして、その部屋の一番奥に飾られている古代武器「カタナ」と呼ばれる家宝がある。しかし、このカタナは昔のものとは違い、ツバと呼ばれる部分の変わりに、丸い物をはめ込む穴がある。それが何なのか教えてもらったことも無いが、祖父はこのカタナの事を「風神様」と呼んでいる。しかし、このカタナの刃は黒く、斬るというより、叩くといったほうが良かった。全体が黒ずんでいて、そんなに宝といえないと思えた。
「今日はどこに行っていたんだ?」
「…」
祖父に尋ねられた一言。それだけは言えなかった。何故なら、遺跡の殆どはテロ組織「ザ・エンド」が管理しているために、入った者は死んでいるケースが多い。しかも、それだけならまだしも、村ごと潰されたと言うこともあった。やはり、ここで気楽に「遺跡へ行ってきた」等と言うことは出来なかった。
祖父は答えようとしない八雲をじっと見つめる。暫くの間、広い館中が静かになり、怖く感じる。八雲はこの場から逃げ出したいと考えるが、祖父の痛い視線のせいで、動くこともままならなかった。
「いや、今日は知香とぶらぶらしてきただけだよ…」
「知香ちゃんかぁ…って事は、遺跡に行っていたんだな?」
「いや、つれてかれただけ…。やば…」
祖父は笑いつつ勝ち誇ったような目を八雲に向ける。そして、胸倉を掴むと、自分の出せる最大音量の声を八雲の耳に集中させる。「遺跡に行くなと言っとろうがぁ!!」と言う声が八雲の耳を貫く。胸倉を離されると、八雲は耳を押さえ、祖父は胸を押さえて二人同時に「ゼェ、ゼェ」と息を切らす。八雲は耳を抓ったりして、感覚が麻痺している耳を起こそうと躍起になる。祖父は息を切らしつつ、話を続ける。
「お前は、わしの、大切な孫なんだ…。危ないことはよしてくれ…」
その言葉を片方の耳で聞きつつ、ゆっくりと頷いた。八雲が祖父の家に来た理由は、何一つ分かっていない。ただ分かっているのは、「捨て子」と言うことだけであった。昔は専らトレジャーハンターとして活動していた祖父が、森で見つけたらしい。それ以来、祖父は溜めた金で、八雲を育てたのであった。
「大丈夫、じいちゃん安心して。俺は絶対に死なないよ」
にこりと返すと、祖父は笑みを浮かべて涙を流す。それを見て、八雲は少しホっとした。
その直後、家の外から大きな爆撃音がする。それに驚き、そしてすぐに我に帰ると、八雲は靴に足を無理矢理詰め込み、戸を乱暴に開けて、走り出す。「待て」と声が聞こえたが、煙が立つ方向は確実に知香の家からであった。思い切り土を蹴り上げて進んでいく。途中転びそうになるが、何とか堪えてすぐさまスピードを上げていく。すると、もう一度爆撃音が空に響いた。そして、二つ目の煙が舞う。村の十字路に出た。この十字路を右に行ったところに知香の家はある。しかし、飛び込むのは危険と考え、背中にある木刀を抜き、曲がり角の壁に身を寄せて、ゆっくりと覗く。
「おいおい、お譲ちゃん!! 勝手に遺跡に入ったんだから罰は受けようぜ?」
そこには、赤い球のはまった腕輪をした、タンクトップの男がいた。右腕は無く、代わりにずっしりとした色を放つ鉄の筒が付いている。そこから弾丸が発射されているようだった。そして、その男の向こうには、知香がいた。所々掠めたのか、服が破れて白い肌から血がにじみ出ている。まだ男に屈してはいないようで、構えを解いてはいない。「そんな罰食らったら即死じゃないの…」とぼそりと言いつつ、微笑を浮かべている。
「意気がいいなぁ…」
男は鉄の筒を構える。そして煙が上がった刹那、知香は右に避ける。「何か」は知香を横切り後ろの民家に激突する。知香はすぐさま走り出す。土埃が舞う中を右拳を後ろに引き、勢いをを込めつつ男目掛けて飛ぶ。そして知香から飛び出た一つの綺麗な足が、見事に男の顔面に綺麗に叩き込まれる。その攻撃で一瞬怯んだ男に容赦なく、知香は着地した後、思い切り引いていた右拳をまっすぐ走らせる。それは腹にえぐりこむように綺麗に入り、男はよろける。危険を察知した知香は瞬時に後ろへとバックステップで後退し、動きを止めた。男の鉄筒は空を切った。
「お嬢ちゃんとかって余裕だと負けるよ…」
「お嬢ちゃん、攻撃が軽すぎるよ」
ふいに、背後から殺気が放たれた。気づいたときにはもう遅かった。キィィィ、と何かの溜まる音がしたかと思うと、白い半透明の球が見えた。「超硬度の風の塊を食らいな」と言いつつ、男の鉄の筒から放たれ、風圧と威力で知香は吹き飛ばされた。知香は八雲の隠れている壁に衝突し、がくりと首を項垂れる。「さて、そろそろ止めと行こうかね」と男は腕をぶるんと回し、歩み寄ってくる。そこに、木刀をしっかりと握り締めて八雲が飛び出す。
「ほう、もう一人のほうもいたか。丁度いい、このまま二人に止めをさして、風神が宿る古代武器とやらをもらっていくかな」
「だぁぁぁ!!」
落ち着く暇なんて無かった。冷静に敵を見極めて攻撃なんて出来るはずが無かった。当たり前だ。それが出来ていれば、今、この場で男の砲撃を軽く避けていただろう。今、八雲を支配しているのは「死と言う恐怖」だった。
大きな発砲音と共に見えない何かに接触し、八雲もまた同じ様に壁に叩きつけられた。瞬時に持っていた木刀で飛んできた衝撃をを防いだつもりだったが、結局細い枝の如く木刀は折れ、そのままの衝撃が八雲を襲って来たのであった。壁の破片と共に地面に落ち、這い蹲る。接触と壁にぶつかった事により、サンドイッチ状になり、腹に激痛が走り、口から鉄の味がする液体がこみ上げてくる。瞬間的に、それは勢い良く口から地面に吐き出される。
「どうだい? 結構効くだろ、風圧弾」
「どうだか…」
八雲は衝撃による痛みに堪えつつ、男に向けて言葉を吐く。ゲホゲホと再度血反吐が再度吐き出された。だんだんと歩み寄ってくる。駄目か、と目を瞑ったとき、不意に、後ろから気配がした。目を開けて、見てみると、そこには「切れないカタナ」を持った祖父の姿があった。カタナをしっかりと握り締めて、男を睨みつけている。
「誰だ?」男が尋ねると、「ただの老人じゃよ」と声が帰ってくる。男は鉄の筒を構えると、風圧弾を祖父目掛けて撃った。弾丸は祖父の腹部にヒット―――したかのように見えたが、気が付いたときには男の真後ろでカタナを男の左胸を貫こうとしていた。
「馬鹿が…こいつらがどうなってもいいのか?」
瞬時に風圧弾が八雲たちに飛ぶ。祖父は舌打ちをすると、走りこんだ。パチンと男は指を鳴らす。すると、風圧弾は消え去り、それは祖父の後ろへと移動、そしてロックオンし、勢い良く飛んで行く。それをカタナを一振りし、風の衝撃を凪いだ。「やるな」と男はもう一度打ち出す。それをしゃがんで避けると、地面を強く蹴り、走り出す。既に持っているカタナは振りぬける状態になっていた。一歩一歩近づいてくる祖父を見て、少しばかり男は動揺するが、鉄筒を構えて、連射する。祖父は見切っていたかのように少し横へと動き、全ての風圧弾をやり過ごしていく。完全に祖父の間合いに男は入った。祖父は右足を踏み出すと、共にカタナを振りぬく。カタナは男のわき腹にえぐりこむ様に入り込む。少量の血を口から吐いたかと思うと、太い腕で祖父を掴んだ。「ぐっ」と苦しがりつつも祖父はもがいて脱出しようとするが、年齢的にも、やはり力の差では男のほうが勝っている。鉄筒を祖父の左胸に構えると、ズドン、と風圧弾をはっしゃした。祖父は吹き飛び、持っていたカタナは一回転して八雲の目の前に落ちた。暫くの間、時間が止まったかのように思えた。
祖父はゼエゼエと息を吐きながら、八雲を見てにっこりとする。
「八雲、逃げなさい…早く…」
「じいちゃんを置いてけない…」
腹から走る激痛に耐えながら祖父へ声を荒げて言った。しかし、祖父は咳き込みつつ静かに言った。
「もう駄目そうじゃ…お前と違ってもう年を食いすぎた。一緒に暮らせそうに無い…。あのカタナはお前にやろう。だから、おまえだけでも…」
〜生きてくれ〜
そう言うと、にこりと笑い、そして目が虚ろになっていき、最後に祖父はどさっと頭が地面に付いた。左胸の辺りからは湧き出るように血が流れ、周囲の茶一色の地面を真紅に塗り替えていく。「あっけないなぁ…」と男は笑う。八雲はその笑みに激怒した。腹のズキズキする痛みを堪えて八雲は、立ち上がると、そばに落ちているカタナを手に取り、そして構える。木刀とは違い、重みが痛みに響く。それほどまでに重かった。しかし、カタナの重さだけではないと八雲は思う。
――お前はわしの大好きな孫じゃよ…
俺も、じいちゃんの事大好きだったよ…。
――まだ家宝はお前に渡せぬなぁ…
家宝なんてどうでも良かった。じいちゃんと平和に暮らせれば…
――お前だけでも…
じいちゃんもいなきゃ、俺は何もやっていくことが出来ないよ…
次々と映る祖父と暮らした思い出は、出ると共に、炎で焼かれていく。だんだんと黒く焦げ付いていく八雲の頭の中に残る祖父との記憶。男は八雲をみて嘲笑している。
「まだやる気か?」
「お前を絶対…、許さない!!」
八雲が叫んだ瞬間、男の腕にある球が光を放つ。そして、腕輪から離れると、一直線にカタナの丸い空洞へとはまった。そして、赤から鮮やかな緑へと色が変色する。それと共に、黒く、刃が無かった筈の部分が紫色に染まり、風を帯びる。真空の刃が装着されているようだった。
――使え。お前が望むなら、我はいくらでも力を貸そう
どこかから声がした。何故だろう。その声は聞き覚えがある声だった。「あんたは誰だ?」と空に向けて尋ねる。
――いずれ会うことになる…。そうだな、その時まで、「風塵刀」とでも名乗っておこう
「何だ!! その球を返せ!!」
男は八雲の謎な行動に切れて、走り出す。八雲が走り出そうと動く。体が羽のように軽くなり、ふわりと浮く。
「軽い…」
「何言ってんだ?」
男はカチリと鉄の筒をこちらに向ける。しかし、風圧弾は飛んでこない。男は少しばかり驚きの表情を見せていた。「腕輪の球がないせいなのか!?」と叫ぶ。
――なんでだろう…。この武器の使い方が理解できる…。いける!!
八雲は足でしっかりと地面を踏みしめ、「風塵刀」を振りぬいた。刹那、空気が切り裂かれて、真空の刃が一枚男目掛けて飛ぶ。同時に地面を削り、土埃を立てている。
「うわぁぁぁ!!」
男の表情は強張った。そして、それは真空の刃と接触した瞬間、赤い液体と共に吹き飛び、目はぐるんと白目を剥き、倒れた。振り切った状態で固まった八雲は、息を荒げる。真空の刃を出したとき、瞬時に疲労感が襲ってきた為であった。ぱたり、と八雲は地面に膝を付ける。一回深呼吸をすると、知香のほうを見る。
「知香!! 大丈夫か?」
そこに、知香の姿は無かった。知香は抱きかかえられている。村の者達は全て冷たい目線をこちらに向けている。
ひゅんっ
額に軽い痛みが走った。子供達が投げている。石だった。皮膚は破れ、そして血がぼたぼたと流れ出てくる。「出て行け!!」と声が聞こえる。
「どうして…」
「お前が遺跡なんかに足を踏み入れたからこうなったんだ!! お前のせいで、この村に被害が来たんだ!! この村から追放だ!!」
八雲は驚いた。これまでやさしくして貰った村の人たちが、自分に向けて殺気を放っている。村の者達は八雲を汚いものでも見るかのように立ち去っていく。村人は家に入ると、戸を全て閉める。幸い、祖父の死体はちゃんと墓に埋めるらしく、つれてかれていった。八雲はゆっくりと立ち上がる。立ち上がったとき、目には涙が浮かべられていた。
――どうして、こうなるの?
「どうして…どうして…どうして!!」
涙を流しながら、八雲はその場から、自分の家へと戻っていく。手に握られたカタナにはまる球が、一瞬笑みを浮かべるように光ったように見えた。
第二章「北野吹雪」
薄暗くなった部屋で、八雲はうずくまっていた。滴る雨の音と、カチ、カチ、と時計の針の動く音が鮮明に聞こえる。しかし、八雲は全く反応せず、ただ暗い部屋の中で、無言になっていた。数分経ったところで、雨の音が止み始める。八雲は立ち上がり、部屋の端にある押入れからショルダーバッグを出すと、家にあるお金の半分と、何かのときのための医療品を乱暴に詰め込む。「風塵刀」と言ったカタナは、やはり、もって行くしかないだろう。いや、これからの事を考えると、もっていかざるを得ないだろう。何故なら、「ジ・エンド」の者達はこのカタナを狙ってきたのだ。これ以上この村においておけば、また被害が出るだろう。そう考えると、少し不満だったが、カタナ置きにあった鞘にスルリと挿し、背中にかけるためにベルトを締めた。木刀を後ろに挿していたので、そんなに違和感が無かった。「風を使うカタナ」だけあって、軽さも中々で、あまり荷物にもならない。「さて、行くか…」と呟くと、目に付いている涙の跡をごしごしと取り、家をでる。外で、一度自分の家に向かってお辞儀をすると、走り出す。村の出口には、村人達が集まっていた。やはり、また怒鳴られるんだろうな。そう思いつつ、心を引き締めると、堂々と歩き出す。村人は何も言わない。真剣な表情でこちらを見ている。中には、申し訳なさそうにこちらを見ているものもいる。こちらは何も言う気は無かった。むしろ、何も言われない事が何よりの救いだった。村の出口を通過したところで、後ろから一言出た。
――すまなかった…
誰が言ったのか分からない。でも、涙が出そうになる。振り返り、ショルダーバッグに手を突っ込むと、一通の手紙を出す。そして、涙で目が潤んで見えないが、確かに村の誰かに私、「村長にお願いします」と言うと、八雲は走って言った。村人の目にも、少量の涙が浮かんでいた。
『村長へ、
いままでありがとうございました。やはり、僕が遺跡に知香を止めもせずに一緒に入ったのが原因です。それに、僕は遺跡の物を何回かもって行ってしまったこともあります。でも、知香は悪くありません。どうか、彼女だけは許してやってください。僕は、これから「ジ・エンド」の本拠地へと向かい、自分自身でこの村に対しての自分の考えた限りの罪を償おうと思います。そして、二度とこの村のような事が無いように、「ジ・エンド」にケリをつけてきます。安心してください。奴らが狙っているのは僕の持っているカタナです。なので、もう安心だと思います。さようなら。お元気で…
PS・祖父の財産が残っているので、それで村を立て直してください。
八雲
これを読んだ
とき、村長は号泣したと言う。やはり、八雲はこの村にいたほうがいい存在だった。例え、村を襲われたって良い。彼の笑顔が見れるなら、それだけで幸せだったと思える。村長は考えた。この村の事も大事だが、やはり、この村に住むものたちは何よりも大切だ。振り払ってはいけない。それが、今分かったのだった。
「皆さん、八雲が帰ってくるまで、彼の居場所を残してやりましょう」
それが、村長が村に伝えた言葉だった。激しい叱咤でもない。恨みの言葉でもない。ただ、彼のその純粋な行動が、村長の中にあった八雲の罪を拭い去ったのだと思う。
===============
「南にでも行ってみるかな…」
持ってきた地図を左手に、方位磁石を右手に持ち、方角を確かめながら八雲は呟く。既に帰る家は無い。そればかりか持ってきた金は雀の涙ほどしかない。切り詰めたとしてもせいぜい四日で尽きるだろう。やはり、節約の為に、途中通るかもしれない旅人を雇うなんて事も、さすがに出来ない。こちらには武器もあるんだし、出来る限り自分の力で行こうと思う。何も無い緑の草原は静かに風に身をゆだね、綺麗な音色を出している。空は太陽が地面を照りつけ、暖かく、そして気持ちいい日差しを当ててくれている。今まで自分から村の外に出たことが無かった事と、たった一人と言うことはあまり無かったので、新鮮な風景が目にしみた。
「外ってこんな感じだったんだ…」
「ちびっ子、何をしてるんだぃ?」
後ろから声がした。振り向くと、古ぼけた小さめの馬車にちょこんとおじいさんが一人乗っている。「南に行こうと思ってるんですが…」と八雲が言うと、「乗ってくかい?」と声をかけてくれた。優しく接してくれる老人に祖父の姿を見たのか、簡単に頷いてしまった。
「そうかい、じゃあ、後ろの荷物置き場に乗ってくれ」
言われたとおりに八雲は後ろへと乗り込む。中は思ったよりも広く、明るかった。でこぼこの地面のせいで、平らな床なのにもかかわらず、ぐらぐらと揺れているために、体重バランスをとるのは難しい。回りは幌で覆われた状態なので、突っ込んだりでもすれば、確実に賠償物だろうと思う。何とか座ると、話をかけづらい雰囲気を漂わせる旅人が乗っている。目を合わせないようにしながら、話の合いそうな人を探す。数人の中に、目立つ者が一人いた。薄い青色の短い髪をした少年だ。年は八雲の一つ上くらいだと思う。しかし、彼が発している雰囲気は、中々のものだった。少年は唾の無い西洋剣のようなものを持っている。少し小さめだが、振るえば簡単に大木を真っ二つに出来る。八雲の考えでは、そう思えた。
「君、何歳?」
突然、少年は話しかけてきた。戸惑いながら「じゅ、十六」と答えると「じゃあ、同い年か」と笑いかけてくる。うつむいていて分からなかったが、女性と思えてしまうほど綺麗な顔立ちだたった。声も、普通より高く、女声に近い。
「良かった」と呟く少年に「え?」と八雲は問いかけた。すると、「他の人に話しかけづらくってね…」とニコニコとしながら言う。やはり、一つ年上と言っても、雰囲気は、自分より幼い感じに思える。後ろから痛い視線がじっとこちらに向けられているのに八雲は気づく。ゆったりした気持ちになれたと思ったのに、気が付けばその視線で凍り付いてしまっていた。だんだんと痛い視線に慣れてくると、後ろからの視線は、二人の武器に行っているように思えてくる。
――おかしい、何で皆俺の風塵刀に目が行ってるんだろう?
暫く自分の頭をフル回転させる。そして、一つの言葉が脳に浮かび上がった。
『ジ・エンド』
しかし、思いついたときにはもう遅かった。瞬時に後ろからの殺気を感じ、鞘から振りぬくと、風塵刀を後ろまで振っていき、しまいにはガチン、と鉄と鉄の澄んだ衝撃音が辺りに広がる。痛い視線を放っていた者は、少年を抜いた旅人全てであった。そして、全員が剣を肩に置き、襲いかかろうと隙を待っている。八雲はギリギリとせり合いになっている男の剣を振り払い、幌へ風塵刀を突き立て、そして幌を破り外へと出た。ごろごろと着地がうまく取れずに転がっていくが、剣が真直ぐに顔面へと落ちてくるのに気づき、急いで空いている左手で地面を思い切り叩く。頬を掠り、一本の赤い線が出来たが、痛みは感じないので、剣を突き立てようと躍起になっている男に足払いをかけて転ばし、すぐさま起き上がる。
「あんた達、やっぱりこのカタナが狙い?」
そう問いかけてみるが、帰ってくるのは沈黙のみである。そして、しびれを切らしたようで、乗っていた旅人四人全員で飛び掛ってきた。風のカタナだとしても、やはり多勢に不勢であり、防ぎ切れそうも無い。後は風の力に頼るしかなかった。風塵刀を大きく振るい、風を切り裂く。しかし、何も起きない。大きな風切音がむなしく響いただけであった。
「どうして!?」
「よそ見してんじゃねぇ!!」
男達は大きく剣を振りかぶると、八雲目掛けて振り下ろした。風塵刀を攻撃を防ぐ為に構えるが、八雲と男達との体格の差は歴然である。知香ならば、もしかしたら抑えきれたかもしれないが、八雲にとっては無理に近い話であった。もう駄目か…。そう思った瞬間、何処かから声が聞こえた。
――水召「臨」
すると、地響きと共にだんだんとこちらに向かって地面にひびが入っていく。そして、振りかぶろうとしている男の前まで来ると、大きな半透明の棘が突き出し、男達の腕を貫いた。男達は驚きながら後ろへと飛びのく。すると、ひびの元と思われるところから、一つの影がこちらへと向かってくる。
「誰だてめぇ!!」
「悪いね、お前らみたいな輩に名乗るような名前は持ってない…」
なびく青髪、女性のような顔立ち。それは、紛れも無く先ほど馬車に共に乗っていた少年であった。手に持っているのは唾の無い少し細めの剣で、刃は鮮やかな青である。剣の先端部分には水色の水晶がはまっている。
少年は握り、何の構えも取らずにゆっくりと男達に向かって歩み始める。「死にたいのか?」と言われるが、何の返事も返さずに、ただ歩み寄っていく。「上等だ!!」男達は剣を握り締めると、一直線に走り出す。少年は無構えのまま走り出すと、男達と接触もせずに通り過ぎた。そして、土埃を巻き上げながら、スピードを下げて、止まった。
――水召『兵』
声が響いたかと思うと、男達の体が氷に包まれていく、それはだんだんと広がっていき、暫くすると、広がりは止まり、凍りついた箇所は静かにパリン、と砕け、雪のような氷の粉となって落ちていく。数秒たって、砕け散った箇所から血が噴出する。それを目の当たりにした男達の悲鳴が鳴り響いた。
「腕だけで止めてやっただけでも感謝しろ。もう一度向かってくれば、僕は本気を出して、貴様等を殺そう…」
一人の男が懐に残っている手を入れ、黒い鉄の塊を取り出す。握るところがあり、そして、穴が開いている。男は握りのところにある引き金を何度も引いていく。大きな音と共に、丸い鉄の塊が少年へとまっすぐと飛んでいく。流石に氷では防ぎきれないだろう。と八雲は思う。
――助けたい!!
無意識のうちに、八雲は風塵刀を振るっていた。それも、今度はしっかりと刀身は風に覆われていた。切っ先は空間を切り裂くかの如く、大きな轟音を立てて、耳の痛くなるような音と共に風の刃が飛び交う。それは見事に一つ目の鉄の塊に当たる。接触した刹那、辺りに強風が巻き起こり、遂には竜巻が少年の目の前で起き、風切音と共に飛んできた全ての鉄の塊を巻き込み、打ち出した男へと真っ直ぐに飛んだ。それは男達一人一人の額を貫く。そして、男達は白目を剥き、ばったりと地面へ倒れこんだ。
すぐに八雲の体に負担がのしかかる。気が付けば息も荒くなり、立つことさえも出来なくなっていた。それを見た少年は、手をゆっくりと差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう」
手を掴むと、足に神経を集中させて、何とか立ち上がる。風塵刀を支えにして、疲れを取るためにゆっくりと深呼吸を始める。そこに、少年が話しかけてくる。
「もしかして、風神に選ばれた方ですか?」
「ああ、そうだよ…。君は?」
「すみません、自己紹介が遅れました。僕の名前は「北野吹雪」です。スイ大陸から来ました
」
八雲は「自己紹介ありがとう」と息も絶え絶えに言うと、自分の名を名乗る。吹雪は戦闘時とは百八十度変化し、笑顔で八雲を見据える。そして、ゆっくりと手を握り、笑顔でよろしくとお互いに言い合った。
「八雲さんは何で旅に出たんですか?」
突然の質問だった。もごもごと口を動かしつつ、落ち着いて、吹雪に話す。
馬車も通らないので、歩きながら暫く吹雪は頷きながら、八雲が神に選ばれるまでの話に聞き入っていた。辺りは夜になりかけて、緑の木々が太陽に反射せず、森の鮮やかな緑は、暗い闇によって不気味さを出している。話に一区切りが付いた頃、二人は手分けをして周辺の木々を拾い集め、手際よく火をつけて眠れるような状態を作る。「今日は野宿ですね」と吹雪は残念だとでも言うかのように声を濁らす。偶然見つけた倒木をすこしばかりカタナで削り、座れる場所を確保する。八雲はバッグに入っている小さい鍋を火にかけて、夕食の下準備をする。もちろん、話はまだ続いている。
「じゃあ、THE・ENDを壊滅させる以外は、特にやることは無いんですね?」
「まあね、村追い出されたわけだから…。君は?」
「僕は…。話が長くなるかもしれないですが、いいですか?」
「良いけど…」
吹雪は静かに話を始めた。
※
スイ大陸は綺麗な水が流れるところで有名である。それに、唯一生の物を保存する方法も伝わっていて、新鮮な食材が多く手に入ると言うことで、「美食家の大陸」などとも呼ばれている。そんな大陸の海沿いにある大きな港町「ロングレア」。ここが、吹雪の生まれ、そして育ったところであった。普通の子供と変わらない無邪気な性格で、頭も良いし、得意の剣術は町でも一、二を競うくらいである。石畳の敷かれた清潔な雰囲気を漂わすこの町には、昔から「水の神」の加護を受けているといわれていて、それにより、何ヶ月かに一回、ジ・エンドが戦闘を仕掛けてくることもしばしばあった。吹雪の父母も、戦闘中に戦死した。しかし、この町は軍事も発達していて、古代武器に引けを取らない程、剣術や体術は一品だった。
「吹雪!! 船が帰ってきたぜ!!」
「OK、今行く!!」
友人に声をかけられ、聖堂の青い服を着た少年―吹雪―は返事を返し、手に持っている本を閉じて懐にしまうと、走り出す。石造りの為に、足音が綺麗に響く。辺りは黄や緑で塗られたアパートが何件もある。この町は大きいが、半分を港として活用しているため、共同で生活しているところが多い。一軒家はこの町には町長の家ぐらいしか思いつかないだろう。
港に船が帰ってくるのはいつものことだが、この港には一隻だけ違う漁のしかたの者がいる。その男は、吹雪の最も尊敬する人物で、名を「東野幸助」と言う。カタナや剣の扱いも町では軽く吹雪を抜いていた。決して追いつけないと思える者であった。彼は半年に一回戻ってきて、一週間の滞在の後、また半年漁に出る生活を続けていた。世界中の魚を収穫してくるので、この港町では食料が無くなったり、嵐によって食料が無くなる事は全く無かった。それだけ、ゆったりした町である。
「お帰り、幸兄ちゃん!!」
吹雪は駆け寄りながら声を上げて幸助の帰還を祝福する。船から下りてきた幸助と言う人物は、がっちりした体で、焼けた皮膚。どこから見ても漁師だった。「ただいま」と笑顔で返事をされ、吹雪もまた、笑顔になる。
「剣術教えてくれよ!!」
「大丈夫、大丈夫。安心しろ、教えてやる」
「やったぁ!!」
吹雪は手を高らかに上げて喜び飛び跳ねる。幸助はそれを見て笑い始める。そんな二人の間に、町長が割って入ってくる。「幸助君…来てほしい」と町長は真剣な目で幸助を見据える。状況を察知したのか、「吹雪、また後でな」と言うと、町長と共に町長の家まで歩いていってしまった。少しばかり残念な顔をしていると、船の上で広げられた網をふいに見た。程よく保存されていた新鮮な魚がビチビチと勢い良く飛び跳ねる中、青い輝くものを発見する。吹雪は訝しげに思いながら、魚を踏まないようにそうっと網の上を歩き、青い輝くものを手に取る。丸い水晶玉のような物で、手の平に十分収まるサイズであった。「何してるんだ〜〜!!」と吹雪は船乗りの一人に思い切り頭を叩かれる。そして、軽々と持ち上げられ、船の上から石畳の道路へと放り出される。「食料の上を平気で歩くな!!」とキツイ言葉が来て、追い出されてしまった。
吹雪は暫く、水晶玉をずっと見ながら町の道を歩いていた。はっと気が付き、辺りを見ると、町長の家であった。幸運なことに一つだけ閉められていない窓がある。他のところはカーテンが下ろされて、開ければ気が付かれるだろう。ゆっくり、ゆっくりとその窓まで近づくと、カチャリ、と窓を静かに開ける。開けた刹那、中から大声が響いてきた。
「ジ・エンドとこれ以上戦ってどうなるんです!!」
「そろそろ、奴らと決着を付けたいのでな…」
「しかし、もしもジ・エンドを倒したとしても、他の大陸にだって基地はあります!! やめてください!!」
幸助と町長は向かい合うように机を囲んで座っている。幸助は必死に説得しようとするが、町長は聞く耳持たず、相談に全くなっていない。そればかりか、反対する幸助を必要以上に冷たい目で見ている。幸助は「死人をこれ以上出したくない!!」と叫ぶが、町長は「犠牲によって、平和は成り立っているんだ」と言い返す。すると、幸助は静かになったかと思うと、ガタンと大きく立ち上がり、町長の家の扉を乱暴に開ける。「犠牲で成り立つ平和なんていらない!! ならばこんな町、滅びてしまえばいい」と幸助はセリフを吐く。外に出た時、吹雪は幸助に見つかってしまった。幸助は無言のまま、吹雪を引っ張り、自宅へと戻っていく。後ろから声が聞こえるが、幸助は聞こうともしなかった。
パシン!!
畳が敷かれた広めの部屋で、幸助と吹雪は木剣を互いに持って打ち合っている。今日は稽古をつけてもらう約束だったので、吹雪は来たのだが、いつも以上にハードであった。それは、やはり町長との話し合いのせいだと思う。
木剣と木剣の交じり合う音が部屋に響き、静かに消えていく。一、二、と打ち合っていくが、幸助の強力な打撃に吹雪は怯み、その一瞬の隙を付かれ、そして、吹雪の握っていた木剣が高く舞い上がった。二人ともぜいぜいと息を荒げながら、笑顔で「幸兄強いよ、やっぱ…」と言葉をもらす。幸助は笑顔で手をさしのべ、それを吹雪がパシンと強く握る。
「半年の間にかなり上達したな…」
「半年じゃぁそりゃ上達するさ!!」
幸助の言葉をおちょくるように吹雪は笑いながら言葉を返す。そりゃそうだ。と幸助は一本取られたと言った。そして、静けさが部屋を包み、静寂が訪れる。そして、暫くして、吹雪が起き上がり、幸助の方を見る。
「幸兄、昨日のこと、気にしないほうがいいよ」
「…分かってるんだが、やはり、犠牲を出したくない」
俺もジ・エンドを壊滅させたいが…、と言葉を呟く。それに、吹雪は返事を返す。
「やっぱりさ、犠牲があるから世界って成り立ってると思うんだよね。水は草木に潤いを与え、その草木は動物の食料となり、その動物は人間の食料となり、人間は死んだとき、土に返り、新しい命を育てるための養分になる。だからさ、犠牲の平和は嫌だけど、誰かがやらなきゃ始まらない。そんな事もあると思うんだ」
「…そうだな」
目を硬く閉じて幸助は静かに言う。そして、幸助は立ち上がると、「悪い、吹雪、俺行って来る!!」と言い残し、吹雪の返事も待たず、駆け出していった。吹雪は、どこに行くのだろうと考えつつも、稽古による疲れで、その場に熟睡してしまった。
起きたのは、大きな爆発音が響いたからであった。驚きつつも木剣を持って外に飛び出すと、町は崩壊状態へと変貌していた。すぐ側には、「銃」と呼ばれる古代武器を持った男達が数人立っている。そして、吹雪を見つけると、「いたぞ!! 打てぇ!!」と叫び、発砲音と共に鉛球が飛んでくる。危険を察知し、館にすぐさま入り、弾丸を回避する。しかし、近づいてくるような音がするので、木剣を構える。男達は館に入ってくると、すぐさま入り口の所で待ち伏せしていた吹雪は頭に真っ直ぐ木剣を振り下ろし、男を倒す。そしてもう一人が慌てているところを、入り口から飛び出し、転がるように走り出す。角を曲がったところで、誰かとぶつかった。幸助だった。銀色の刀身を放つ剣を手にし、吹雪を真っ直ぐ見据える。しかし、笑顔は無い。「幸兄、どうなってるの!? これは…」と叫ぶが、幸助からは殺気が放たれ、それは吹雪へと向けられていた。
「お前の言うとおり、やってみたよ…」
「何を?」
「町長の考えをジ・エンドに売った」
驚きだった。今まで町の為に動いてきた幸助は、ジ・エンドに町のことを売ったと確かに言った。それを聞いて、吹雪は三歩後ろに下がる。殺す気だ。確信した。彼はもう今まで一緒にいた「東野幸助」ではない。そして、「ふざけるなぁ!!」と叫び、木剣を構えて走り出す。しかし、剣が届く前にみぞおちに蹴りを入れられ、吹っ飛んだ。息が出来なくなり、吹雪はもがく。それを見ながら幸助はゆっくりと剣を振り上げ、そして吹雪に言った。
「あばよ」
幸助の剣は真っ直ぐ振り下ろされた。吹雪は意識が朦朧とする中、声が聞こえた。
――死にたくない
ならば戦えばいい
――勝てるわけ無い
ならば諦めればいい
――力がほしい
何のために?
――僕は親しい仲でさえも救うことが出来ず、結局闇の道に走ってしまった。もっと強ければ、力があれば、止められたかもしれないのに…
その言葉、本当だな?
――本当だ。誓う
ならば、私の力を使え。我は「水神」。お前の持つ水晶に宿る神だ。力を使いたければ、わが身名を叫べ。我の名は…
振り下ろされる剣を前に、吹雪の目に焔が付く。そして、大きく口を開き、水晶を取り出すと、叫ぶ。
「水召剣!!」
すると、水晶が青くまばゆい光を放ち、右手に握っている木剣の剣先にずぶずぶと入って行き、もう一度まばゆい光が放たれたかと思うと、青い刀身の剣が手に握られていた。
「吹雪、何だ? それは…」
「幸兄…、いや、幸助!! 僕がお前を倒し、そして、やっていることが間違いだと教えてやる!!」
吹雪は唸り声を上げながら幸助に向かって突っ込む。木剣よりもリーチが長く、そして軽い。これなら、幸助に教わってきた剣技を十分に生かせる。二人は剣を合わせ、鉄どうしの澄んだ響く衝突音を響かせる。しかし、手数では確実に幸助の方が上であった。何故なら、やはり何があっても吹雪に剣技を教えたのは幸助だからだ。何とか幸助の攻撃を防ぎ、後ろへと転進する。そして、構えを取り、どうすれば勝てるかを考える。すると、また声が響いてくる。
――どうすれば良い? どうすれば勝てる?
無に等しくなれ。そして、我が九つの力を貴様に授けよう。
――無? どういうことだ?
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』技の方法は無になれば分かる。
「無なる…こういうことか?」
吹雪は呟くと、構えを解き、がら空きの状態になる。それに、目まで瞑っている。「血迷ったか?」と幸助は叫び、突進してくる。
すると、頭にこの水召剣の使い方がどっと流れ込んできた。その中に、技の使用法もあった。それを試すために、情報どおりに叫ぶ。
「水召…『臨』!!」
そう叫び、水召剣を地面に突き刺す。すると、大きくひび割れが起き、幸助の前で止まると、一気に氷で出来た棘が噴出する。それをすんでの所で回避したが、その力の強大さに、幸助は、走り、そして消えていった。追いかけたかったが、幸助の裏切りと言うショックで、遂に腰が抜けてしまい、追いかけることは不可能であった。それから数時間後、幸助は行方不明となり、そして、生き残った町のものも、極少数であった。
※
「そして、僕は幸助を探すことと、この武器の意味を調べるために旅を続けています」
「大変だな…」
「いえ、世界には見たことも無い物がたくさんあるので、結構楽しいです」
吹雪は慌てて手を振り、笑顔を見せる。それを見て、何かを決断したかのように、八雲は声を上げる。
「そうだ、俺も付いていってやろうか?」
「え?」
「結局は、ジ・エンドを倒せば分かるかもしれないんだ。だったら、二人のほうが力強いだろ?」
それを聞いて、吹雪はウルウルと目を潤ませ、そして八雲の手を握る。「ありがとうございます!!」と声を張り上げて吹雪は言った。
「よろしくな。吹雪!!」
「ハイ!!」
気が付けば朝になっていた。何故か、その太陽が二人の出発をせかしているように見えた。神は何故武器を二人に渡したのか、幸助は何故裏切りを起こしたのか。謎は深まるばかりであった。
第三章「知香の旅立ち」
知香がぱちっと目を覚ます。そして、キョロキョロと辺りを見回す。自宅の自分の部屋のベッドの上だった。まだ少しばかり腹に痛みが残っているが、歩ける状態ではあった。ベッドから出て、寝巻き姿の自分を見た後、すぐさま部屋の隅にある箪笥を開けて、服を取り出す。今日は橙色のネックセーターと短めの赤いスカートを用意する。寝巻きを脱ぎ捨てると、ほっそりとした少女の体が現れる。いつも怪力で八雲を叩いているとは思えないほど細く、小さな手足である。それが、一体どこからあの力が出てきているのか、それがこの村の七不思議の一つでもあったりする。実は知香は、浜辺に打ち上げられていたのを見つけられ、この村に住んでいるので、何処か違う大陸の者と言われている。彼女はいつも首に琥珀がはめ込んであるネックレスを肌身離さず持っている。「これを持っていると落ち着く」と言っているが、八雲を殴ることで落ち着きを取り戻していると言っても良いだろう。
部屋を出て、右手にある階段を一段づつ下りて行く。頭には、あの後、どうなったのかだけが残っていた。階段を下り切ると、目の前に村長の姿が見えた。いつもと雰囲気が違った。ふっくらとしていた外見だった筈が、げっそりと肉が落ちて、眠っていないようであった。村長は知香の存在に気づくと、間髪いれず抱きついた。「ちょっと…、村長!?」と驚いて叫ぶが、知香の左肩が湿ってきていた。見てみると、村長はぽたり、ぽたりと涙を流し、そして、小さな声で「すまない…すまない」と呟いていた。
自宅の大広間で、知香と村長は話を始めていた。机の上には、二人分のお茶と、お菓子が置いてある。片方は既に片付いているが、村長の方のお茶は、涙が入って、薄まっているのが良くわかる。
「私は、彼に一番の責任があると思い、知香君が気絶して眠っている間に八雲君を追放した。しかし、その後に見つかった彼の手紙を見て、追い出したことを後悔しているんだ。」
「じゃあ、八雲君は追放されて、何処かへと行ってしまったんですか…?」
知香は目を丸くしながら問いかける。村長は静かにコクッと頷く。それを聞いて、知香は飛び上がった。そして、バっと立ち上がると、大広間の扉を力強く開け、そして廊下を歩いていき、階段を飛ぶように登って行く。後ろから村長が追いかけてくる。自分の部屋の扉の前に着くと、思い切り開く。「一体何を?」と村長は問いかけてきた。
「決まってる。八雲君を連れ戻す…。私が無理やり誘ったせいなんだから…」
「馬鹿いうな!! 狙いは彼なんだ。彼自身そう言い、出て行った。仕方が無いじゃないか!!」
荷物をまとめ始めていた知香はその言葉に反応し、くるりと振り返る。そして、村長のむなぐらを思い切り掴んで叫ぶ。
「じゃあ、この村が平和になったとします!! でも、その後八雲君はどうなるんですか!! ジ・エンドに捕まり、殺される。そして、狙われなくなった村は万々歳とでも言う気ですか? …ふざけないでください!!」
知香は村長の右頬に向かって大きく開いた右手の手のひらをぶつける。パシンと大きく何かの弾けるような音が広がる。知香の平手打ちを食らった村長は頬を手で押さえながら、知香の行動に驚き、目を丸くした。知香は唇を震わせて、言葉を次々と吐き続ける。
「犠牲で手に入れた物が平和なんて言えると思ってるんですか!? そんな平和…私はいりません!!」
知香の大きな咆哮と共に、外で大きな爆音が響きをあげる。遠くから聞こえたはずなのにも関わらず、ここまで焦げ臭い匂いが少量ばかりだが漂ってくる。この方向からすると…、と知香は呟くき、頭をフル回転させてこの村の地図を頭の中で思い浮かべる。そして、突然目を見開き、自分の部屋から飛ぶように出て、階段を降り、そして外へと飛び出る。知香が頭の中で完成させた想像通り、薄暗い煙の立つ方向は確実に「八雲の家」のある方角であった。しかも、その煙は八雲の家よりも範囲が大きく、周囲も巻き込まれているようである。焦りの色を見せながら、知香は「行かなくちゃ!!」と叫び、足に力を入れ、地面を強く大きく蹴った。
ドサッ
何かに引っ張られる感じがして、知香はバランスを崩し、しりもちを着いた。原因は知香の右腕を握る村長である。「行くな」と静かに、しかし眼には力を込めて呟く。知香は必死でその村長の腕を引き離そうともがくが、いつもは非力なはずの村長の手は、その時だけ、何故か強かった。
「話して!!」
「駄目だ…」
「八雲君がいないんだから、私が何とかしなくちゃ…」
知香の右頬に衝撃が走った。ジンジンと頬は痛みを発し、赤く染まっていく。知香は暫くの間放心状態になった。そして、はっと気が付くと、赤く染まっている頬に手を置く。村長を見ると、眼は再度力を込めている。しかし、口は笑い、体はぶるぶると震えている。
「知香、君は逃げなさい」
村長の静かな言葉。知香は首を横に振る。煙の立つ方向からは、村人達の悲鳴と打撃音が響き渡ってくる。「君は八雲君を連れて帰ってきなさい。ここで殺されてしまったら、八雲君を誰が探すんだい?」
「でも、この村が消えちゃったら…」
知香の頭にポン、と村長は手を置き、そしてゆっくりと撫で、「私は村長だ。私だって村を守れる。安心しなさい」と笑みを浮かべて言った。知香は少しばかり下を向き、眼を瞑る。そして、ゆっくりと首を縦に振った。それを見た村長は、ありがとう。と呟いて立ち上がり、知香を起こす。懐に手を入れるとそこから大きい布袋を取り出し、知香の手に握らせる。ジャリ、と金属の擦れる音が聞こえた。重みもかなりあり、中にある形からして、「金貨」だと理解した。「こんなもらえない」と知香が言おうとすると、村長は「それだけあれば旅も楽になる」と言い、再度知香の手を持ち、袋を握らせ、そして、知香から離れ、煙の方向へと走っていく。
「煙の立つ方向と逆の門へ行って見なさい。そちらの道からだと、一時間くらいで馬車が良く通る大通りに出ることが出来る。約束だ、必ず八雲君を連れ帰ってきてくれ!!」
こちらを向いていない村長に向けて、大きくお辞儀をした。そして、村長の言うとおりに逆の道へと走って行った。
※
村長は遂に煙の立つ場所に出ることが出来た。しかし、村長の口元には薄笑いが浮かべられている。八雲の家は轟々と火炎に包まれ、原型を止めていない。そして、その付近には、村の者達が手足を繋がれ、捕獲されている。村長の姿もある。そしてその側に、男性が一人と、女性が二人立っている。女性は金髪のロングヘアーで、静かな雰囲気を放っている。来ているものは緑のワンピースに、薄めの上着を着ている。もう一人の女性は茶髪、そして後ろで髪を止めている。服は短めのスカートに赤いジャケットで、右腕からは炎がメラメラと吹き出ている。口元はにやりと微笑を浮かべていて、「お帰り」と走ってきた村長に言う。男性は、走ってきた村長を鋭い眼で睨んでいる。黒髪で、スーツをビシッと着こなしている。
「遅かったな…まあ、彼女を予定通り旅立たせることが出来たんだ。良いだろう」
「おいおい、良いとは何だよ。これでも迫真の演技だったんだよ? 僕の凄さを見せ付けてやりたかったよ」
笑いながら、村長の体は、蒸発するかのように煙を上げて行く。そして、煙が消え去ったときには、一人の少年の姿になっていた。髪の毛は逆立っていて白髪で、黒いセーターと黒い短パンを着ている。四人の中での雰囲気や姿は一番薄気味悪く、例えて言うならば「悪魔」と言っていい感じさえする。
「そうそう、風神に選ばれた奴と水神に選ばれた奴、合流したみたいよ。滅、どうする?」
滅と呼ばれた少年は、う〜ん、と唸りながら考え始める。そして、何か思いついた様子で、手を打ち付ける。
「七人はまだ全て合流しそうに無い。ちょっとちょっかいでも出してみようかな? じゃあ留守番頼むね? 光君、紅ちゃん」
不適な笑いを浮かべながら三人に背を向けて滅は歩き始める。焼けて崩れた家は、焦げ臭い匂いを発している。そして、怯えながら四人を見ている村人達。その中から、滅は村長の胸倉を掴み、そして、「風使い君は何の目的で、どっちから出て行った?」と尋ねる。村長は口を全く開けようとはしない。それを見た滅は地面に村長を放ると、村長の腹を思い切り蹴る。
ドスッ
気味の悪い衝撃音と共に、やがてその痛みによって、村長は口から血を少量噴出す。「まだ言わない?」滅は村長に耳打ちする。しかし、滅から目をそらして、反抗を続ける。
「そう、じゃあ、ちょっとばかし痛めつけてやろうか?」
もう一度大きな打撃音が響く。途中途中骨が軋み、折れそうになる音が聞こえ、その度に村長は激痛に耐え切れなくなり、血を噴出す。しかし、それでも口を開こうとしない村長を何度も何度も滅は蹴り続ける。
ベキッ
何かが折れる音が大きく響く。村長の胸の辺りからだった。村長は声を決して発さないが、口を開けて、縛られた手を腹に当てる。
「痛いだろう? 嫌だったら彼の目的と出て行った先を良いなよ」
「知香…は無事にこの村を…出発したんだな?」
「ああ、安心しなよ」
「じゃぁ、お前らに話さなくても…良さそうだ」
「人質がいないって事? 馬鹿だなぁ、ここに沢山いるじゃないか」
滅は手を広げて縛られて捕まっている村の者達を指差す。しかし、そこで小さな声が一つ聞こえた。
――絶対話すな
それは、次第に大きくなっていく。そして、村人全てが一気に口を開いた。
「村長!! 言ってはいけない。私達なら大丈夫だ。例え殺されても良い。覚悟は出来ている」
「ありがとう…」
村長は痛みに耐えつつ、声を上げる。それを聞いた滅は村人達を睨む。そして、両手をギュっと握りしめた。
「僕は嫌いなんだよ、そういう風にかっこつける奴らが、覚悟が出来ただぁ? 良いぜ、だったら死にな!!」
滅の手が光に包まれていく。そしてそれは、思い切り捕まっている村人に向けて放たれた。その瞬間、村人は一瞬で蒸発するかのように消えて、服と繋がれていた縄だけが残った。
「全員殺してやるよ。塵ものこさねぇ!!」
次は両手を合わせて、大きな光球を出現させる。そして、それを村人全員に浴びせた。光が消えたときには、全ての村人がいなくなっていた。残っているのは、村長ただ一人である。
「私も殺せ」
「言われなくとも…」
ゆっくりと近づいてくる滅を見据えながら、村長は静かに笑みを浮かべる。そして、光に包まれる瞬間、心の中でこう呟いた。
――知香、八雲君、君達は私達の希望だ…
そして、村長の姿も、この世界から消滅した。
「気分が良いねぇ」
「じゃぁ、私達がここの始末しとくから、いってらっしゃい」
目の前で起きたことがまるで日常の一環だとでも言うような雰囲気で、少女―紅―と滅は話をしている。そして、お互いに手を振ると、滅は歩き始める。しかし、ふと何か気づいたように、立ち止まり、静かな雰囲気を放つ二人目の女性を見る。
「そうだ、あんたは拠点に戻っていてね、僕らの邪魔はしない事!! 良いね?」
滅は再度歩き始めながら静かに呟く。
――分かったかい?神様…
※
照りつける太陽の下で、吹雪と八雲は歩いていた。辺りは木々で囲まれ、方角も方位磁石が無ければ迷っているところだろう。地図どおりに行けば、彼らが目指している南にある港町に着くことが出来る。後二日四日はかかるだろう。
「まず、港町に行ったら船に乗ろう。他の大陸に行けば、ジ・エンドについて何か分かるかもしれない」
ジ・エンドの本拠地を崩そうと考える八雲は、フウ大陸には本拠地はないと見ていた。本拠地がある可能性が高いのは、古代遺跡が所々にある「エン大陸」か「ガイ大陸」のどちらかだと踏んでいる。それは吹雪も賛成だった。可能性が高いところにかけていったほうが、早く義兄に会えるかもしれない。そして、二人の意見は一致したのだった。
今いる所では、風が全く吹いていなかった。木々も揺れる気配は全くな無い。
その時、八雲は不意に全身に風を感じた。木々は揺れていない。涼しいと言う感じでもない。普通なら気のせいと思ってしまいそうな感触だった。しかし、何故か頭の中に村の人たちの顔が浮かんだ。自分を責めていたはずの村長が、笑っている。石を投げたり、罵倒した村の人たちが、笑っている。
目に涙が溜まってきた。村で何か起こったかもしれない。そんな不安が八雲の頭をよぎった。立ち止まった瞬間、吹雪の声が八雲に届いた。
「大丈夫ですか? どうしたんです? 涙なんて流して…」
「ううん、大丈夫。今吹いてきた風で目にゴミが入っただけ」
目を腕で乱暴に拭きつつ、吹雪に向かって言う。吹雪は少しばかり首をかしげて、「もうすぐですから、頑張りましょう」と声をかけた。それに頷くと、八雲は再度歩き始める。
――俺はもう、後戻りできないんだ。今更何を迷ってる。ジ・エンドを壊滅させて、また笑顔で皆と会うんだ。そしたら、皆きっと笑ってくれるよね? さっきの幻みたいに…
八雲の中で、何故か大きな期待と、決意の固さが力強くなった気がした。
※
知香は息を切らして走っていた。何のために走っているのかも分からなくなってきていた。しかし、立ち止まってはその決意と約束を思い出し、走り続けている。
――必ず八雲君を連れ戻してくる!!
それは足に力と体力を与え、地面を蹴る強さは次第に増していく。そればかりか、だんだんと走るスピードが速くなっている気さえした。
第四章「火炎少年」
周りはすっかりと暗くなり、木々の間からは冷たい風がしきりに吹いてくる。それを全身に浴びて、体中が冷える。しかし、それでも知香は走り続けていた。今でも立ち止まったら追っ手でも来るのではないかと言うことを考えてしまっていた。既に空には暖かい日差しが顔を出し、一日中走っている事に知香は気づき、流石に追ってはもう来ないだろうと、興奮している心を鎮めようと静かに深呼吸を一回する。心臓の早い鼓動が、段々と一定のペースに戻っていくのが分かった。
「一体、どこまで走ってたのかな?」
知香は独り言を呟きながら辺りをキョロキョロと見回してみる。しかし、周りは木々で囲まれているのだ。分かるはずも無かった。荒い息も段々と静まっていき、ゆっくりと呼吸が出来るようになってくる。それによって、新鮮な酸素が肺へと入り、頭の中がすっきりしてくる。そして、今自分がどこにいるのかもしっかりと頭で理解することが出来た。走り続けて約一日。知香は真っ直ぐ走ったつもりだが、果たして本当にそうなのか、それを必死に考えて、頭でゆっくりと整理し始める。
「北に行ったほうが良いと思うし、どうかな?」
知香は辺りの木々に視点を移す。そそり立つ大木の半分にコケがびっしりと生え、半分は木皮がはっきりと見えている。木々は日差しの当たるほうにはコケが生えず、逆に日の当たりにくい木の裏は湿ってコケがびっしりと生える。これは、八雲に教わったことなので確実だった。知香は、八雲が毎回聞かせる五月蝿い話に今回は少しだけ感謝する。とにかく、北に向かえば、遺跡があるはずだ。そう確信し、そして再び足を動かし始める。
知香はいつも村の裏口からコンパスを持って北に向かっていき、そして八雲と共に古代の遺跡へと出かけていた。その途中に、一般の馬車が通る道が有る事は、遺跡に通い始めた時点で頭にしっかりとインプットしていた。その為、そこからとレジャーハンターになる為に村をこっそりと出ようとしたことも何度かあり、途中捕まって、叱られた事もあった。
今になっては、そのせいで八雲は追放された。と知香は少しばかり俯く。やはり、まだ八雲の追放の責任が自分に有る事を気にしているのだろう。
しかし、そう甘いことは言ってられなかった。段々と公道に近づくにつれ、前後左右から小さい殺気が放たれてくる。女一人の旅だ。危険は確実にあるはず。そして、例え力のある知香でも、大人の男達に囲まれれば、もうひとたまりも無いだろう。知香はもしもの時の戦闘の為に、両手に付けている手袋をキュッと再度閉める。そして、周囲に気を配りながら、道に出た。すると、瞬間的にこちらに向けられていた殺気が消え去った気がした。やはり、気のせいだったのか、とホっと一息ついた時、丁度良く運搬用の馬車が通りかかってくれた。
馬車は三つに分類され、運搬、一般、そして貴族用に分けられる。貴族用はもちろん、乗るためだが、一般はほとんどが荷物を運ぶために出来ており、人も二・三人乗れるかどうかである。運搬用は荷物を置く場所と人の乗る場所が分けられている物で、声をかければ快く乗せてくれる(いわば、バスのようなものである)。
「すみません!! 乗りたいんですけど!!」
「どっちに向かうんだい?」
「とりあえず、港町までお願いします」
あいよ、の掛け声と共に、馬を止めてもらい、知香は後ろの幌を捲って中に入る。中にはそんなに人は乗っていなかった。赤髪で、槍のような武器を持った幼げな顔をした青年と、引き締まった筋肉で体を固めた男性が一人。ガタン、と音がして、再び馬車は走り出す。すると突然、知香に向けて赤髪の青年は声をかけてきた。
「…あんた、どこに行くつもりだ?」
声は少し高めだが。雰囲気は冷たい感じである。見た目的には熱血、と言う雰囲気が似合っていると思っていた知香はイメージのギャップに戸惑いつつ、「み…港町」と静かに答える。すると、赤髪の青年はスックと立ち上がり、不安定な馬車床に立つ。そして、持っている片刃の槍を持ち上げて、そして御者いるあたりに向けて勢い良く放つ。ブルン、と大きな風切音とともに、「ひっ」とおびえるような声が幌の向こうから聞こえてきた。
「二日で港町に着けるようにしろ」
「かしこまりました・・・」
「ちょっと、待って。何言ってるの!?」
赤髪の青年は、「何って、早く着けるように御者に言ってるんだ」と静かに笑みを浮かべて知香に言う。知香は「命令なんかするんじゃないわよ!!」と声を荒げていうが、赤髪の青年はやれやれ、と首を振り、知香の言葉を無視する。その態度に、知香は少しばかり頭に来る。そして、気が付いたときには手が出ていた。
ズンッ
赤髪の青年の右頬に強烈な右拳が入った。一瞬の間辺りが静かになった後、赤髪の青年は知香を睨みつける。
「あんたの為にやった事を、あんたは仇で返すのか?」
「私はそんなこと頼んでもいないし、言っても無い!!」
大きな声でそう言い切る。赤髪の青年は槍を持ち、ゆっくりと進む馬車から飛び降りる。知香がそれを見ていると、「来いよ」と声がかかった。知香もおめおめと引き下がれるわけでもなく、深呼吸を一回すると、勢い良く飛び降り、地面に綺麗に着地した。
「あんた、何の為に旅してるか知らないけど、殴られた仕返しはさせてもらうぜ」
「私だって、簡単にやられない!!」
二人は臨戦態勢に入る。赤髪の青年は槍を前に突き出し、知香は構えの型を取る。二人の間には風が吹き荒れ、そして過ぎ去っていく。風が静かに吹き止んだとき、戦闘は開始した。二人はほぼ同時に走り出し、知香は足に力を込めて勢い良く飛び上がる。それをみた赤髪の青年は槍を上に向けて大きく振り、そして、それと共に言葉を叫ぶ。
「その一!! 轟熱」
その言葉に反応し、槍から拳くらいの小さな火の玉が飛んでくる。下に落ちていくときに知香はそれを振り払おうとした。しかし、その火球に触れた刹那、大きな轟音と共に炎が火球から吹き出て、辺りに拡散し、大きな火炎の球と化し、知香の前進を呑み込んだ。
「きゃあああ!!」
全身から感じる高熱は、やがて大きな痛みとなって知香の全身を貫いていく。知香が重力で落ちていくと共に、炎もゆっくりと知香と共に降下する。もういいだろ。赤髪の青年は小さく呟き、指をパチンッ、と鳴らす。すると、知香を包んでいた炎は小さく身震いすると、消えてなくなっていった。
「ショックで気絶してるか…」
力なく倒れている知香を見て、赤髪の青年は脈を調べてから呟いた。そして、「とにかく、近くの町で休ませたほうが良い」と御者に向けて叫ぶ。御者はおどおどとしながらペコリと小さく頷き、そして二人で知香を運び始める。
「すみませんね。時間まだ大丈夫ですか?」
「…ええ、平気です」
中に乗っていたもう一人のがっしりとした男性に向けて赤髪の青年は笑みを浮かべて問いかけた。すると、男性の口からは体格に似合わない丁寧な言葉が出た。知香を寝かせると、赤髪の青年は御者の隣に座り、静かにため息をついた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ
あ、でも元々はお前のおどおど言葉のせいでこんな事になっちまったんだぞ?」
赤髪の青年は「まあ、大事にならなくて済んだからいいけどな」と笑いながら御者の顔を見て言う。御者は「す、すみません」と声を震わせて静かにお辞儀をした。そして、再び馬を走らせ始めた。
「の、乗っているも、もう一人の方にも後でしゃ、謝罪しておきましょうか?」
御者の問いかけに、赤髪の青年はゆっくりと首を横に振り、手に握っている片刃の槍に目を移す。そして、静かに語り始める。
「いや、あいつの目的は多分俺だ。まあ、最初にあった時点で殺気を隠しきれずにいたって事は、たいした奴じゃないだろ」
赤髪の青年はさらりとそう言うと、御者に馬のスピードを上げてくれ、と言う。御者は馬を鞭でピシャン、と叩いた。馬の足の動きは早くなり、だんだんと近づく町の姿も見えてきていた。それを見ながら、赤髪の青年は少しばかり苦い顔をしていた。
――もしも、あの男が俺に隠さずに殺気を放っていたんだとしたら、やばいな…。
※
知香は気絶している間、昔の夢を見ていた。
小さい頃から人と喧嘩をするのは結構好きなほうだった。家が古武術を教えているので、その為か、親の血統を継いでいるため、憶えは早いほうだった。そして、喧嘩を毎日のようにして、いつも生傷をこしらえては母に叱られていたのを、今でも憶えている。父は必ずにっこりと笑ってそれを見ていてくれた。六畳半の小さい頃の知香にとっては大きすぎる部屋で、毎日のように喧嘩に勝つために努力をしていた。一番最初の目標は「どうすれば無傷で相手を叩きのめせるか」だった。毎日のように考えに考え、そしてその時の対応なども、自己流にアレンジしては試し、そして失敗すれば傷が見つかり怒られて、そしてまた方法を考える。その繰り返しだった。
しかし、知香はやってはいけないことをした。毎日のように考えて出た何回目かの案だった。喧嘩時に、相手が攻撃を仕掛けたときに、逃げて、そして角で待ち伏せし、そして相手を討つ。と言うものであった。当時、それが知香にとって、一番の良い方法だった。それを何度か繰り返すうちに、ある日、父にそれが見つかったことがあった。父は少しばかり目を吊り上げていたが、何も言わずに知香の前を通り過ぎていった。
夜、知香は突然父に呼ばれ、そして武道館へと足を運んだ。そこには、武道着を着込んだ父が座っていた。いつものように笑っていた父はそこにはいない。部屋中に殺気が立ちこめ、そして、ぴりぴりした空気だった。小さいながらも、武術をかじっている知香にとっては、大変な圧迫感だったと思える。そして、知香が父の前に座ると、静かに声を出した。
「お前は、喧嘩をしているな?」
「うん…」
「なら、何故あのような卑怯な行動に出た?」
「え?」
知香は少し父の言った言葉の理解が出来なかった。父は喧嘩をしていたのに対して怒っていたのではないか、と思っていた。いつも笑っていても、やはり限界は来るものだ。そう思っていた。しかし、父は「知香のやった行動」について言った。そして、更に続ける。
「喧嘩なら、若い頃に何度したって良い。人其々好きなことはあるし、己の力をぶつけるのも悪くは無い。ただ…」
父はかっと目を見開き、そして知香を睨みつける。それに驚いた知香は少しばかり涙眼になる。そこに父の追撃が来た。
「お前のやった行動は、ただ人を傷つけるためだけの物じゃないか!! 喧嘩は、人を倒すためにあるんじゃない。自分の力を信じ、そして堂々とやるものだ。そして…」
涙眼になっている知香の頭に手を乗せ、笑みを浮かべる。知香は溜まらず大泣きしながら父の懐に飛びつき、そして涙を流す。それを、静かに父は頭を撫でていた。
「自分の信念を貫くための物は、決して卑怯なことはいけない。それを肝に銘じておきなさい」
知香は懐で涙を流しながら頷いた。そして、父はいつものように笑顔で知香を見ていた。
それから二年後、知香は六歳になった。その時、この村に引っ越してきたものがいた。世界を全て見たと言われている冒険家「神野信二」だった。もうかなり年のようだが、彼は世界中で有名だ。村ではそれが名誉でならない、と大きなパーティまで開いたほどだ。しかし、ちびっ子の者達にとっては、それはつまらないものであった。まだ飲むことの出来ないワインや、大人が美味しいと思える料理しかないからである。ちびっ子達はパーティを抜け出し、村の隅で暗闇の中遊んでいた。石蹴り、だるまさんがころんだ。色々とやっていた。その時、後ろから「ねぇ」と声がした。聞いたことの無い声だった。知香達が後ろを振り向いてみると、闇に説けるような黒髪で長髪の、同じくらいの年の少年が立っていた。背中には小さな木刀を差していて、うらやましそうに指を咥えて知香たちを見ていた。
「僕も入れてくれないかなぁ?」
知香はそれを聞いて、笑顔で頷く。それを見た少年は、にぱっと笑顔を見せて、近寄ってきた。「君の名前は?」そ
う聞くと、「僕、八雲、神野八雲!!」と元気良く帰ってきた。しかし、その時だった。村に初めてテロ組織「ジ・エンド」が攻めてきたのは・・・。
ゴゥン!!
大きな爆発音が村中に響き渡り、地面を揺らした。ちびっ子は知香に捕まって怯えている。中にはないているものもいた。しかし、八雲は違った。怯えるどころか、逆に爆音のしたほうをしきりに睨んでいる。そればかりか、木刀を抜くと、後ろの子供を守るように構えている。幸い、ちびっ子のいるところは村の隅のため、被害は無かったが、大人達は大被害を受けていたらしい。その中で、ジ・エンドを後退させるために戦ったのは、「神野信二」と「荻野夫妻」で、荻野夫妻は知香の親である。しかし、荻野夫妻はジ・エンドの銃撃が急所に当たり、母父共に、静かに息を引き取ったのであった。
「お父さん!! 何で死んじゃうの!? やだよ!! 起きてよ…」
静かに、父の入った棺桶には土をかぶせられ、姿を消していく。「埋めないで!!」と必死で叫ぶ知香を抑え、説得しようとする。しかし、それも無駄で、この日一日中、知香の無く声が響き渡っていた。
それから、知香は家から一歩も出ず、知香の姿を見たものは誰もいなかった。八雲は何度も知香の家の扉を叩こうとしたが、途中で諦めていた。会ったばかりで付き合いも浅いためか、何か言おうとしても、頭の中がこんがらがり、そして、思いつかないのであった。結局、来ては帰るの繰り返しだった。
「ねぇ、おじいちゃん」
八雲は信二に話しかける。部屋で座禅を組んでいる信二は、ゆっくりと目を開けて、「なんだい?」と優しく問いかける。八雲はうずうずと体を動かしながら、何か言いたそうにするが、言葉が見つからず、無言のまま時間が過ぎていく。
突然、信二は立ち上がり、 八雲をよっと抱きかかえる。
「良いかい? 八雲、どんなに大事なことを言っても、自分が思ったことでないと、人には伝わらないんだよ。お前は父と母のいない苦しみを知っている。だからこそ、八雲は知香君に伝えられる事があると思う。勇気を出して、全力で知香君を慰めてあげなさい」
八雲は祖父である信二の優しい言葉に、にこやかに笑うと、「行って来る!!」と元気に言い放ち、そして家を飛び出ていった。それを見ながら、信二は静かに笑っていた。
「八雲は、わしに似たみたいだなぁ…」
ガンガンッ
八雲は知香の家の扉を何度も大きく叩く。時々反応をしているみたいだが、結局は扉を開けてはくれない。それでもなお、八雲は扉を叩き続けた。
「知香ちゃん!! 開けて」
大きく叫ぶ。しかし反応は無い。仕方が無いので、八雲は扉を背に、座り込んだ。そして、静かに話を始めた。
「ねぇ、知香ちゃん。僕はまだ会ったばかりで、知香ちゃんのことはなんにも知らないけど、お父さんとお母さんがいなくなるのは、僕にも苦しい事だって分かるよ」
そのことを言ったとき、扉がバンッと大きな音と共に開き、そして八雲がふっとばされる。知香の顔は真っ赤で、しきりに八雲を睨み続ける。
「勝手な事言わないで!! 何で来たばかりのあんたにそんな事言われなきゃいけないの!? あんたには有名な信二さんがいるから良いじゃない!!」
そう怒鳴ると、八雲の胸倉を掴み、思いっきりひっぱたいた。辺りにパンッと大きな音が響いた。八雲の頬は赤くなるが、必死に涙を堪えながら、知香に笑顔を見せる。それを見て知香はまた腹が立ち、もう一度叩いた。そして、一気に知香の目から涙が押し寄せ、そしてその場でうずくまる。八雲は知香の頭をそっと撫でて、笑顔を見せる。目には涙が溜まっているが、それを拭き、そして話を続ける。
「僕は、捨て子なんだ。おじいちゃんに拾われたからここにいるんだ。お父さんとお母さんの顔を見たこともない。でも、それで悲しかった時もあったけど、今は新しい友達がいるし、優しく笑ってくれるおじいちゃんもいる。だから、大丈夫なんだ。だからね、知香ちゃんもきっと、お父さんとお母さんがいないけれども、まだこの村にはたくさんの友達がいるし、この村をお父さんとお母さんが守ってくれたから、知香ちゃんはいるんだよ。だから、元気にならなくっちゃ!!」
その言葉を聞いて、何故だろう。目から流れる涙の勢いが強くなった気がした。八雲の言ったことに意味は、ぐちゃぐちゃで良く分からなかったけれど、自分を慰めようと必死になってくれる人がここにいた。それだけで、胸が無性に苦しくなり、どんどん涙が溢れ続けた。
――私は何で、泣いてるんだろう?
――側に優しい人たちがいるのに、何で閉じこもっていたんだろう?
気が付けば、知香の周りには村の人たちが手を伸ばしている。そして、元気付けようとさまざまな言葉をかけてくれている。自分のせいで皆に心配をかけていた。そのことを無性に謝りたくなり、ガラガラの声で、一言小さく知香は言った。
「ありがとう」と…
※
「い…、おい!! 大丈夫か?」
知香はうっとうめき声を上げたあと、目をゆっくりと開ける。目に大量の光が流れ込み、目にしみた。目から頬の辺りまでに、暖かなものを感じた。水滴だった。しかし、冷たくない。熱かった。
「大丈夫か? 気絶しながら涙流してたぞ?」
「あんたは!!」
「落ち着けって。事情くらい説明させろよ…」
何処かの村の宿のようだった。その宿の一室で知香は休まされていたようである。そして、赤髪の青年を見て起き上がろうとする知香を押さえつけ、そして鋭い目を少しばかり笑みへとかえる。そして知香が落ち着いたところで話を始める。
「俺は、海野焦って言うんだけどさ。今は色々なところに言って旅をしてるんだ。この御者は俺の連れで、ちょっとおどおどしてるけど、決してさっきは脅してた訳じゃないぜ?」
それを聞いて知香は、「そうなの?」と声を小さくして、顔を赤くする。自分でも恥ずかしいと思っているようであった。それを見て焦は笑い顔を見せて、「大丈夫大丈夫」と知香の頭に手を置き、そして撫でる。知香はそれを見て、一瞬だけ、夢の中で見た八雲を思い出し、そして目に涙が溜まってきた。それを両手でふき取る。涙を流しているのを見て、焦は慌てならが「こういうの嫌か!? ごめんな」と声をかけてくれる。首を横に振って。嫌だったというわけではないと伝える。
「大丈夫。ただ、一度そういう風にやってくれた友達がいてね…」
「良かった…って事も言ってらんないんだよなぁ…」
焦の安堵の声の後、鋭い目で部屋の扉をにらんで言った言葉に、知香は少しばかり疑問に思うが、それはすぐに分かった。大きな衝撃音と共に、馬車に乗っていた大男が扉を破って入ってきたのであった。手にはふたつの鉄槌を手にし、「海野焦!! ここで命を貰い受ける!!」と叫んだ。焦はやれやれと呟きつつ、側に立てかけてあった槍を手にする。
「まぁ、一応つきあってやる。俺の武器「炎薙刀」は結構手ごわいぜ」
焦は軽やかな足取りで走り出した。そして大男の目の前で一度止まる。「馬鹿が!!」と大男は叫び、右の鉄槌を大きく振りかぶり、地面に落とした。しかし、そのときにはもうそこに焦はいなかった。大男の上空を飛び、そして真上から頭に向けて薙刀を振り落とした。しかし、それはもう一つの鉄槌で防がれ、反撃が来る。
「炎薙刀!! わが身を守る盾を出せ!! 『防炎』」
薙刀は刀身から火を噴出し、焦の前に円形の巨大な炎の壁を作り出す。鉄槌はそれを見事に打ち破るが、焦の顔には笑みが浮かんでいた。打ち破った炎は弾けて、突き破った鉄槌もろとも爆発で吹き飛ばした。大きな爆発音の後、焦げ臭い匂いがあたりを包んだ。煙が晴れたときには、うめき声を上げながら左手で吹き飛び、消え去った右手を押さえる大男が立っていた。知香はそれを見て、驚いた。まるで、ジ・エンドの風の球のような特殊な攻撃だった。しかし、それを見事に使いこなす焦はすごいと考えた。前に戦った相手の風の球は避けることが出来たが、もしもあの時に焦に使われていたら、自分はもうここにはいない。と思った。
「どうする? 自分的に結構この技体力使うから使いたくないけど、今度は顔に行くよ?」
「うがぁぁぁ!!」
大きな叫び声と共に、大男はもう一つの鉄槌を繰り出した。やれやれ、ともう一度呟くと、焦は薙刀を構える。しかし、その時。
バキィッ
大きな打撃音が響き、大男はズン、と倒れた。知香の攻撃だった。知香の右の蹴りが、見事に大男の腹にヒットしていた。
「もう少し、早く終わらせたほうが良いですよ」
「ナイス!!」
焦はぱちぱちと陽気に拍手をする。知香はため息を着いて、静かにそれを見守った。
「で、これから知香さんはどうするんだい?」
「港に行って、とにかく他の大陸に行こうと思ってる。目的の友達は、多分船で何処かの大陸に行こうとしていると思うから…」
「じゃぁ、俺もついていくかな? 俺は特にすることもないしな」
知香は「え?」と声を発するが、焦は手を知香に向けて差し伸べる。そして、「よろしく」と声をかけてくれた。知香はその手を握り、そして「よろしく」と声を返した。
第五章「最強の両手・前編」
八雲達は、長く続いている山道を歩き続けていた。この山道の左右は、緑に囲まれていて、歩き疲れていても、森を見ているとだんだんと体が癒されているような気がし、何度も立ち上がる事ができていた。歩いていくうちに、ほんわかと少しばかり時々風に乗って潮の匂いが微かだがしている。港町はもうすぐだと八雲は分かった。そして、疲れで石のように重くなっていた足取りがだんだんと軽くなっていく。気が付けば、ずいぶんと速いペースで歩けるようになっていた。それに比べ、吹雪は体力が尽きたのか、「八雲さん、休みません?」としきりに声をかけてくるが、後ろから背中を押してスピードを上げる。森の木々の間からは村にいたときには見たこともない動物がたくさん見れたが、やはり自分のやるべき事が最優先と、自分に言い聞かせて無理やり吹雪を押していく。目の前にはもう既に大きな町が見えてきていた。そして、その奥には大きな水平線がくっきりと見えていた。
「あれが水平線か!!」
「そうですよ!! 見たことないんですか?」
必死で足を地面に付けて吹雪は止まろうとしているが、後ろで八雲が思い切り押しているせいで、努力も虚しく、土埃が線状に立つだけであった。
ブオォー。
町の中からは吼えるような大きな音が響いてくる。町の周りは高い塀で囲まれているのにもかかわらず、こちら側まで聞こえてくるということは、中では相当な音なのだろう、と八雲は考えた。そして、何がなっているのかを考えていると、引きづられた事による摩擦で靴が熱くなってしまい、その場で脱いで靴を冷ましている吹雪が声を出してくる。
「あれは蒸気船ですよ」
「蒸気船?」
「はい、普通の船は船の下で漕ぐ人が何人か交代でいたんですが、蒸気船は、大量の水を蒸発させて、その水蒸気が凄い勢いで上へと行くので、そこで煙突の中に作られた幾つかのプロペラが回り、それがエンジンとなって動いてるんです」
吹雪に説明をしてもらったが、やはり、八雲が得意なのは歴史全般で、機械類は全くだめだったりする。説明を聞いていたが、最終的には苦笑いでうなずくことしか出来なかった。それを見て、吹雪はすぐさま状況を察知し、一つ大きなため息をついた。
「とにかく、この港町『ウールスターグ』では、無茶な行動は止して下さいね。ここはフウ大陸で一番発達した町なんですから…」
吹雪の言うとおり、港町「ウールスターグ」はフウ大陸でも一番機器の発達が早く、他の町や村を追い越した知識が豊富な町である。その為、警備や町の状態も良く、貧民はいない。しかし、発達した町のためにしばしば「THE・END」が襲撃に来ることもある。その為に防衛の為、高い塀が設置されたのであった。やはり知識の豊富な場所の為に、吹雪の目的のうちの一つの「この武器について」を探索の為にわざわざ来たのであった。
「じゃあ、僕はここの図書館と町長の家に行ってくるので、会うのは夜の十時に、町の門の前と言うことで」
「うん、分かった。じゃあ、俺は町をぶらぶらしてるわ」
お互いそれで了解し、吹雪は人ごみの中に消えていった。とにかく、食料も尽きてきたので、補充のために食材屋を探すことにする。港町なので、魚が多いと考え、船着場の近くにあるだろう。八雲は沿う考え、ぶらぶらと歩いていった。
「えぇ!! ちょっと待ってよ、それは高すぎるよぉ!!」
辺りは魚の生臭い匂いが立ち込めていた。それに我慢しつつも食材が置いてある店に立ち寄ったが、魚一匹の値段が、持っている財布の中身全てだと言われたのであった。やはり納得が行かず、何度も交渉するが、向こうは何度言っても、「うちは新鮮な魚を仕入れているんだ。そんな安値で売れるか!!」の言葉が返ってくるだけであった。どれだけ交渉しても応じてくれないため、仕方なく帰ろうとした。すると、店主は八雲の持っている一振りの刀に目をつけた。
「おお、あんた。その刀なかなかの業物じゃないか。それなら、魚二十匹くらいならやっても良いぜ」
「ごめん、無理。これ、じいちゃんの形見だから」
店主の言葉に対して、八雲は即答した。店主はどうしても欲しそうな顔をしているが、形見なのだから、手に入りそうも無い。しかも、悪いことを聞いてしまった。と目を少しばかり潤ませながら、八雲を見ていた。そして、少し何かを考えていたかと言うと、店主は大きい音を立てて立ち上がり、そして八雲の頭を掴む。
「形見だったか、すまん事聞いたな?」
「別にいいよ」
そう言うと、店主の腕を払いのけて店を出ようとする。店主は大声で笑い始めた。そして、袋に二・三匹の魚を入れると、氷を入れて八雲に渡す。「いらないよ」と八雲が押し返すと、店主は真剣な顔になって、「いや、お前を気に入った。タダで持って行け」と大きな声で言った。しかし、何度も押し返していると、店主は痺れを切らしたのか、八雲に袋を握らせ、店の外につまみ出した。
「な、何するんだよ!!」
「お前のその形見とやらに値をつけちまったお詫びだ!! 持っていってくれないと困るぜ」
「そういえば、船に乗るためには、どうすれば良いの?」
「ああ、港の一角に小さな小屋があるから、言ってみな」
ガララ、ピシャッ
店主はそう叫ぶと、店の戸を閉めてしまった。八雲は手に持っている袋を見つめ、そして店を見据えると、一つお辞儀をする。袋をバッグに入れると、「いけね、船の予約取らなきゃ!!」と声を大きくして言い、船着場へと走っていった。それを、店主が戸を開けてみた後、再度戸を閉めて、先ほどまで気が付かなかったが、ひっそりと座っていた少年に声をかける。
「滅とかって言ったかな? あんたの言うとおりにしておいた」
「下手な芝居だったけど、まあ、向こうも動いてくれたからまあいいか。金は置いとく」
少年ー滅ーはそう言うと、番台に金属のこすれる音がする小さな巾着袋を置くと、店を出て行った。
「やっぱり、遊ぶんなら広いところが良いし、ちょっと好い気にさせた後の恐怖にゆがんだ顔を見るのも面白そうだしね…」
滅の奇妙なくらい笑い声が、静かにあたりに響き渡った。しかしそれは、船の汽笛によってかき消され、そして、滅の姿もそこには無かった。
「うぅん、図書館にやっぱりそんな大切なものは置いてあるはずがないかぁ…」
吹雪は幾つかの場所を回ってみたが、やはり「神に選ばれた者」のみが使えると言われる武器だ。簡単に見つかるわけがなかった。ため息をつきながら、吹雪はそう思い、残りの頼みの綱である「町長の家」へと向かうことにする。あたりはすっかり暗くなってきていて、そろそろ宿を借りたほうが良い時間帯であった。とりあえず、町長に会ってから行けば丁度十時ごろになるだろうと考えて、街中を歩いていく。暫く街中を歩いていくと、町長の住んでいる家といわれている場所が見えてくる。大きな緑に包まれた庭に、白い土壁で固められた小さな城のような雰囲気を放つ家であった。吹雪はそっと門を開けると、一目散に走り、館の大きな扉の前に来る。そして、取り付けられている鉄の金具を握ると、ガン、ガン、と扉にぶつけて音を鳴らし、「先ほど連絡を入れた北野です…」と声を上げて叫んだ。
ギィ。
扉が大きく開き、そして中から小柄の男性が顔を出した。どうやらこの館の執事のようである。「お待ちしておりました…」と弱弱しい声で吹雪に声をかけると、吹雪を中へと案内する。扉の向こうは、赤いじゅうたんが敷かれ、大きな階段が目の前に居座り、そして左右に枝分かれしている。一階の左右には扉が二つあるが、どちらも厳寒の扉と同等の大きさを誇っている。「凄い…」と吹雪があっけに取られながら見ていると、執事は吹雪の右手を取り、そして一階の左の扉へと入る。
扉を開けると、そこには終わりが無いとまで思ってしまう大きな廊下が続き、床には絨毯が敷き詰められ、右側の壁には透き通ったガラスの入った窓に、左は一定の距離を守られて作られた扉が幾つも見える。そして辺りから微かだがラベンダーの良い香りがしてくる。吹雪はそれだけで、もう酔ってしまっていただろう。芳しい香りでだんだんと頭はぼうっとしてきて、今自分が何を目的にしているのかさえも忘れてしまいそうになる。しかし、寸での所でいけない、と頭を左右に振り、意識を取り戻す。
歩いて大体十五分は経っただろうか。やっと長い廊下の奥に着くことが出来た。そこには、左に設置されている数々の扉の倍はあるだろう扉が佇んでいる。執事はその扉を手の甲でコンコン、と叩くと、「お客様をお連れいたしました」と小さく呟く。中から、その声が聞こえたようで、「入りなさい」と女性の声が響いてきた。それと共に、執事はカチャリ、と扉を開ける。
中は、随分とごちゃごちゃした状態であった。入って目の前にある大きな机には大量の羊皮紙が積み立てられ、倒れそうにぐらぐらと動いている。そして、既に倒れて散漫
していると思われる幾つかの書類の束が床にある。部屋の中では曲が流れていて、どこからかと見てみると、実際に楽団が部屋の隅で弾いていることが分かった。そしてそこの反対の方向に、ソファに座る女性が座っていた。見たものを思わずうっとりさせるような顔立ちと、マーメイドラインを利用した綺麗な藍色のドレスを着ていて、あまり嫌な雰囲気を放たない女性であった。
「話は聞いております。内容をどうぞ?」
「はい、町の長の方なら知っていると思い、尋ねようと思っていたことが一つあります」
「おっしゃって見て下さい」
女性は静かに吹雪に言う。その言葉の中には、重苦しい雰囲気も入っておらず、女性は目を輝かせて吹雪の問いを待っている。
「まず、神の武器と言うものをご存知ですか? 選ばれた。といったほうが良いのでしょうか? その選ばれたたった一人だけがそれぞれの武器を使いこなせるようなのですが…」
吹雪はそう説明し、背中に差している水召剣を抜き、そして見せる。女性は不思議そうな顔をして、刀身を触ってみるが、特に変わったところは無い。しかし、良く見るとこの剣の輪郭をなぞる様に冷気が纏わり付いているのが肉眼でわかった。「とにかく、それで何をするのですか?」と女性は問いかける。吹雪は剣を鞘に収めると、暫く黙り込む。それを見ていた女性は、静かに頷き、そして立ち上がると、吹雪に向けて笑みを浮かべる。
「無理に言わなくても良いですのよ。誰しも話したくない事情は有る物だからね」
「すみません…」
吹雪はここに来る前までは言うつもりでいたのだ。しかし、事情を話せばもしかしたらTHE・ENDはそこから情報を仕入れる場合もある。悪ければ町全体が焼け野原になる可能性さえある。そのことを考えると、やはり言うのは難しい。
「それと、すみません。やはり、そういう類の書物などはここにはありません」
女性は上半身を倒し、そう静かに言った。それを聞いた吹雪は「そうですか」と内心落ち込みながらも、ありがとうございました。と笑みを浮かべて言い、そして部屋の扉に手をかける。すると、女性は何か思い出すように手を打ち付け、そして吹雪の背中に呼びかける。
「ならば、ガイ大陸に行ってみると良いかもしれません。あそこは古代の情報が大量にある大陸ですから、もしかしたら神について知っている人がいるかもしれません。明日の十時に船着場で待っていてください。船を出しましょう」
それを聞いた吹雪は振り返り、満面の笑みで女性に向けて大きくお辞儀をする。そして、扉を開けると、執事に連れられて長い廊下を戻っていった。それを見送った後、女性はにやりと不適な笑いを浮かべる。そして、次の瞬間。
ガシャンッ。
ガラスの割れるような大きな音がして、女性の体が粉々に砕け散った。女性のいた場所には、一人の少女が立っている。そして、自分の体を見てから、一つため息を着く。
「あ〜あ、滅の力って他人に使うと効力が短いのが難点よね。まあ、あの二人を何とかガイ大陸に導いて、第四の神の武器を取ってもらわなくちゃいけないし、自分的にはやったほうよね?」
少女はそうきゃっきゃとしゃべり、そして書類の束が壁のように反り立つ机の後ろに回る。そこには、黒い人型の物体がうつぶせになってあった。それを少女は気にせずに払う。黒い物体は粉のように崩れて、消えた。そうした後に、少女は机の引き出しを開け、一枚の羊皮紙を出し、ペンでさらさらと文を書く。
『明日の朝、船着場にガイ大陸「イニーシエン」行きの船を用意し、神野八雲、北野吹雪の二人を乗せて出向せよ』
羊皮紙に書くと、最後に名前を書くところに「紅」と書く。それを見て、「間違えた」と言い、もう一つの羊皮紙に書き写す。そうした後、間違えたほうの羊皮紙を右手で握る。すると、右手から火炎が迸り、羊皮紙をものの見事に焼き尽くした。
「いつかは彼らもこうなるのよねぇ…。楽しみ!! あと、滅のほうは楽しんですかしらねぇ?」
不敵な笑みを浮かべ、それを扉を開けて床に置くと、取っ手に「起こさないでください」と言うものを立てかけ、そして紅は火炎で身を包むと、次の時には消えていなくなっていた。
「おかしいなぁ、確かにここの筈なのに…」
八雲が着いたのは大きな広場で、どこにも船の券が売っている場所は無い。そればかりか、広場には人っ子一人いなかった。聞こえてくるのは波が砂をさらう音のみで、他は何もない。
八雲が辺りを見回すと、一人の黒い布を被った人がいた。背丈は十五前後の少年位。少しばかり不審に思ったが、かまわずにそちらへと向かう。
「あの、船に乗るための券はどう買うんですか?」
「船の券? ここにはそんなの売ってないよ…」
「じゃあ、どうすれば…」
「関係ないよ。ここで君は、船に乗る前に消えるんだから」
黒布をかぶった少年の一言で、八雲は目を鋭くし相手を見据える。
「あんた、THE・ENDのものか?」
布を被った少年は両手を突き出す。両手にはそれぞれ形の異なる「銃」なる物が握られている。八雲はすぐさま鞘から風塵刀を抜き出し、構える。やはり、以前のように風は纏われていない。それは、ただの刀と同じ存在である。相手の攻撃を避けるために八雲は少しばかり後退する。しかし、それは全く意味の無いことだった。
タタタタタタタタ。
右手に握られた銃から流れるように大量の弾丸が八雲目掛けて飛び交う。それを受け止めるのは無理と考え、右へと走り始める。右足を前に出した瞬間、何かを叩くような大きな衝撃音が鳴り響き、八雲の右足の十センチ前の地面を抉り取った。
「避けても無駄無駄」
狂ったように笑いながら八雲目掛けて弾丸を集中的放火する。それを何とか走って避けると、抉り取られた地面の側にあった小石を握り、少年の右手目掛けて投げつけた。案の定、それは左の銃で弾かれたが、それを見て八雲は指をパチンと鳴らして走り出す。手にはまだ数個の石を握り締め、それを再度投げつける。そして、ステップで違う方向からも一つ投げつける。少年は「チッ」と口から放ち、両手の二丁の銃でそれぞれの小石を狙う。八雲は石を狙っている少年の懐に飛び込むと、風塵刀を握り締めて、そのまま振り払う。布に一本の線が入り、少年からは血が吹き出た。しかし、フードの取れた少年の顔は、笑っていた。
「やるね」
両手の銃を八雲の左右のこめかみに向けて突き立て、引き金を握り締め、弾丸が音と共に発射され、八雲のこめかみを突き抜けて――はいなかった。その前に、発射された弾丸は氷漬けになり、地面に落ち、そして少年の両腕も、肩から手にかけて凍っている。ピシ、と弾丸は音を立ててひびが入り、そして粉上に砕け散った。
――水召「兵」。
八雲と少年の真横には、剣をてにした少年が一人、立っていた。吹雪である。
「吹雪、用は済んだのか?」
「八雲さん、ぶらぶらしてるとか言いながら、死に掛けないで下さいよ」
吹雪は剣を肩にかけながらにこりと笑う。少年はそれを見て、ふふ、と笑みを浮かべる。
「無理に動かさないほうがいいよ。砕けるから」
「ありがとう。でも大丈夫」
両手の氷がパラパラと砕け散った。しかし、少年の両手と武器は無事な状態である。それを目の当たりにした吹雪は、驚きの表情で固まる。
「一応自己紹介をしとこうかな? 俺は滅。THE・END四幹部の一人『最強の両腕』の滅だ!!」
少年は大きく叫ぶ。吹雪は絶望的な顔をしている。「まだ早すぎる」とでも思っているのだろう。八雲も同じく、能力を使えない今では、勝ち目も無い。二人にとっては、まだ早すぎる戦闘相手であった。
二対一の、「最も不利な戦闘」が始まった。
第六章「最強の両手〜後編〜」
「何が早すぎるんだい? 北野吹雪」
「調べたのか…。僕らの事とこの場所のことを…」
吹雪の問いかけを聞いて、滅はにこりと笑いながら「簡単簡単」と明るく繰り返す。八雲と吹雪は臨戦態勢に入っているが、滅は全くの無防備状態である。両手に銃器は持っているが、だらんと下に垂らし、こちらに向けている訳ではない。そればかりか、攻撃してくださいとでも言うかのような状態であると、吹雪から見れば一目で分かる。
「ここに来た目的は何だ?」
「神野八雲。お前には言ったよね? 君たち二人を殺すのが目的さ!!」
そう言い、鋭い眼で二人を威嚇する。口には薄笑いが浮かんでいるが、余裕から自然に浮かんできた笑みだと思えた。八雲は能力の発動しないカタナを構え、吹雪は無の体制へと二人とも完全な戦闘体制へと移る。
――水召「り…
「遅いね?」
吹雪は目の前を凝視する。その光景を見て、言葉が一瞬止まってしまった。
目の前には、滅がいる。先ほどまでいた場所には、くっきりと靴のめり込んでいる跡もあった。スピードが違いすぎる。吹雪は確実に思う。滅はにやりと笑い、連射できる銃器の引き金を引いた。
タタタタタタタ。
吹雪は足に激痛を感じた。千切れていくような感触である。滅は吹雪の右足に向けて発砲していた。細かな音が響き、そして同時に吹雪を襲っていたのだった。吹雪は上げたことの無いような悲鳴を上げ、そして右足を抱え込んだ。しゃがみ込んだところを見計らって、吹雪の頭にもう一つの銃を置く。
「教えたあげる。二つとも正式名称はあるみたいだけど、右のはマシンガンで、左のはコルト…なんとかって言ったかな? まあ、古代武器を知らない奴に言っても仕方が無いけどね…」
ため息をつきながら滅は左の銃の引き金に指をかけた。
ガッ!!
滅が引き金を完全に引ききる前に、滅めがけて八雲が体当たりを仕掛ける。その反動で、引き金を引き切った時には、その先には吹雪が消え、弾丸は見事に地面に潜り込む。弾丸はそのまま地中奥深くへと潜っていった。それだけを見ても、当たれば即死だと八雲は確信する。衝突によってバランスを崩した滅目掛けて八雲は風塵刀を降り下げた。しかし、風塵刀は滅に接触するが、勢いが無くなっていた。それによって、毛筋ほどの傷さえも滅には付いていなかった。
「勢いが無きゃだめだねぇ…。知ってる? 剣は『叩き斬る』で、刀は『摩擦で斬る』らしいよ」
風塵刀を弾き返され、そこに滅の蹴りが入る。痛みと共に腹から何かが上ってくる気がして、口を開けて下を向く。ゲホット紅い液体が吐き出され、地面に散乱する。血だ。腹に大きな衝撃を与えられ、どこかが切れたのだろう。八雲は気分の悪さを抑えて立ち上がる。
「まだ来るの? 逃げれば良いのに」
「うるさい…。THE・ENDは皆殺しだ…」
八雲は刀を振り上げて滅目掛けて落とす。
「何でだい? 同じ人間なのにかい?」
悪戯に笑みを浮かべらがら言った滅の言葉に反応し、風塵刀はぴたりと止まった。
「同じ人間を殺して正義ぶってるんだね? 一体何処が正義なのか知りたいなぁ?」
「うるさい!!」
八雲は風塵刀を振り下ろした。しかし、またしても滅の手の上で衝撃は無くなり、攻撃は無効化された。滅は笑いながら八雲の両肩を掴むと、そのまま一気に膝を腹に叩き込む。先ほどと同じように、血を吐き、痛みと苦しみで顔を強張らせながら膝を着く。
「この世界には正義なんて存在しない。あるのは、犠牲で手に入る『平和』だけだよ」
「そんな事…無い」
「何でだい? 君は今こうして、祖父の犠牲で生き延びてきてるじゃないか」
八雲の眼がかっと開く。掘り返されたくない記憶を無理にこじ開けられたからだ。そればかりではなく、彼―滅―の言っていることが何故か心の中で反対しきれなくなる。だんだんとその言葉を受け入れてしまっているようにも思える。八雲は風塵刀をもう一度しっかりと握り締め、心のわだかまりから目を背ける。そして、もう一度立ち上がると、滅に向けて刃を放つ。
「どこに向けて振ってるんだい? 僕はここだよ…」
ガッ
後頭部に衝撃が走る。何か冷たい物に叩かれたようだった。痛みと共に、暖かい液体が頭を濡らして行く。うつぶせに倒れそうになるのを刀で支えて何とか立ち上がると、周りを見渡す。どこにも滅はいない。しかし、殺気が感じられる。
――後ろだ!!
気づいたときには時既に遅く、振り返ると同時に額に銃器を当てられる。滅の顔には一切の情も感じられない。確実に打つ。それだけは言えた。引き金をゆっくりと引き始める滅を見てから、八雲は強く眼を瞑った。
――水召「者」!!
そう聞こえた後、滅はチッ、と舌を鳴らす。八雲は瞑っていた目を開けた。そこにあるのは、滅のわき腹に刺さっている吹雪の水召剣であった。吹雪は足に怪我を負ったので動けず、八雲のピンチになった瞬間に剣を投げ、能力を発動させた。
「第四の能力『者』は、貫いた者の体中の水分を凍らせ、一時的に行動不可にさせる。止めを刺すときや尋問時に使えるが、投げて使うのは初めてです…」
痛みに堪えながら吹雪は八雲に向けて叫ぶ。「攻撃を!!」と声がかかり、八雲は我に帰って、刀を振り上げて、そのまま落とした。今度こそ、滅の肩からわき腹にかけてを切りつけた。裂く、までは行かなかったが、誰から見ても重傷である。滅から吹き出た血液は、吹き出ると同時に、凍りつく。能力が発動しているからだろう。しかし、その血液は
解凍し、ビシャリと地面に落ちる。それと共に、滅の体が自由になり、脇に刺さっている剣を抜くと、微笑んだ。
「何がおかしいんだ?」
八雲が尋ねる。滅は無言のまま微笑み、手を傷口にあてた。
「いやね、ここまでやるなんて思わなかった。まあ、僕を殺せなかったけどね」
シュウウウ。
何かが蒸発するような音を上げながら、滅の傷が閉じていく。それを見た吹雪と八雲は、声にならない絶叫を上げる。
「良いことを教えたあげる。四幹部のうち三人は『ノーバディ』と呼ばれている。それぞれが自然に反した力を持つんだ。僕は『消滅』と『作成』。他の二人はそのうち分かると思うよ…。ここで死ななければね!!」
言葉と共に走り出し、気が付くと八雲の懐にいた。滅は布の裏柄から小さいナイフを取り出す。防御が間に合わない。八雲はそう頭の中で判断したが、それでも刀を振り落とした。ナイフが刺さるのが先か、風塵刀の防御が先か。
不意に、耳元で風が何かを囁いて来た気がした。それは、以前風塵刀から聞こえてきた声に似ていた。その声は、こう言った。
――風に乗れ――と…。
急に風塵刀が軽くなった気がした。刃からは風を切る音がしてくる。能力が発動したのだ。八雲はにやりと笑い柄を握り締めた。案の定、風に近い軽さになった風陣刀は早かった。ナイフが左胸の寸前に来る頃には、すでに刀はナイフを弾き返していた。
「だぁぁぁ!!」
弾き返してもなおその刀の勢いは止まらず、逆風によって滅のほうへと向かう。そして、近距離から、真空の刃を放つ。手を使うことさえもままならずに、そのまま滅は体ごと吹き飛び、地面に叩きつけられた。
シィン…。
三人の間に走る暫くの静寂。しかしそれは、滅が立ち上がることによって破られる。滅の額には数本、血の流れた後が残り、立ち上がった滅は少しばかりよろりとしている。滅は右腕を額に当てている。回復するつもりだ。今までの戦闘から考え、それしか考えようが無い。と吹雪は思う。幸い、八雲の武器能力も発動している。今なら、同時で攻撃が可能だ。
「八雲さん!! 二人で攻撃しますよ!!」
「分かった」
八雲は風の纏われた刀を突き立て走り出す。周囲の風が切り裂かれ、八雲の周りを包み、横に倒れた竜巻のような形になる。先頭は槍の如く鋭く、そしてゴォォォ、と音を立てて突き進む。吹雪はそこに向けて、足の痛みを堪えながら立ち上がり、無の構えになると、そのまま水召剣を地面に思い切り突き刺す。九の能力のうちの一つ。「臨」である。
吹雪は叫ぶ。すると、ひび割れは突き進んでいく八雲の入った竜巻へと進み、竜巻の前に氷の棘が数本現れた。
「八雲さん!! それを砕いて進んでください!!」
その声を聞いたのか、それとも自分の意思でなのか、急激に竜巻の速度は増していく。そして、氷の棘にぶつかった瞬間、雪のような氷の粉が竜巻と混ざり合い、そして激しく回転する。
――召塵「混」。
吹雪が叫ぶ。竜巻の中からも同じ言葉が発せられ、そして、吹雪を纏った竜巻は滅目掛けて飛び込んだ。
衝撃。
竜巻が消えると、そこには倒れた八雲と立っている滅がいた。八雲は眼を瞑り、仰向けになっている。滅の体には凍傷で蒼く滲み始めた部分が無残に残っている。
ヒュー。ヒュー。
滅は荒い呼吸を立てながら怒りに満ちた目で吹雪を見ている。
「ここまでやってくれるとは思ってもいなかったけど。だんだんウザくなってきた。協力して攻撃。お互いに助け合い。虫唾が走ってくる…」
吹雪に向けて、かちゃりと右手の銃を向ける。吹雪は冷たい眼で見据えている。
「神野八雲は、俺にぶつかる瞬間、こう言った。『犠牲で手に入る平和なんていらない。皆が笑えるような世界を犠牲なしで作る』とな…」
滅は体中の傷に手を当て、傷を「消滅」させていく。吹雪は構えることも無く、ただ、ずっと冷たく滅を見ているだけである。
「そんな世界を作れるんなら、『第八の神』も苦労しないさ」
突然、弾かれたように、冷たい眼をしていた吹雪が眼を見開く。
「待ってください。この世界は七の神が治めているのではないのですか!?」
「ふん、お前にこれ以上はいわねぇ。まあ、今日は遊ぶだけのつもりだったしな。帰ってやるよ。」
滅は嫌味な笑顔をこちらに向けつつ、海のほうへと歩いていく。それを、警戒した目で吹雪は見続けていた。
――神野八雲、あのカマイタチの攻撃は、俺は確かに手で防いだはずだった。目の前でカマイタチが消滅したのも見た。だが、奴の放ったカマイタチはそれでも尚俺に向かってきた…。
流し目で気絶している八雲を見ながら、ぼそりと静かに滅は呟いた。
「奴は早めに始末したほうが良いかもしれないな…」
パチン。
滅は指を鳴らす。すると、空から翼の生えた物体が飛んでくる。後ろからは火を噴出し、それによって勢いで飛んでいるようである。滅はその物体の上に胡坐をかいて座ると、もう一度指を鳴らした。すると、ゆっくりと轟音を立てて浮き始め、瞬きをした瞬間、そこには滅はいなかった。
「THE・END…。本当に勝てるのだろうか…」
吹雪は右足を抑えながら空を見上げて虚ろな顔をし、呟いた。
――ここは、どこだ?
八雲は眼を覚ました。見覚えの無い場所だ。それに、体が動かない。何かに動かされている。と言ったほうが良いかもしれない。目の前には白と黒、緑、青、赤、茶、紫と、それぞれの長衣を来た男女合わせた六人が立っている。その奥には、大きな六角の箱があり、中は液体で満たされている。その中に、少年が一人目を閉じて入っているのが見える。
不意に、その中の一人―緑の長衣を着た男性―が手を差し伸べてくる。そして、笑みを浮かべながら、こちらを向いた。
「おはよう、兄弟。やっと目覚めたのか…」
その手を取ろうとするが、男と自分の間に一枚の透明な壁が有る事が分かる。その壁にぶつかった自分を見て、緑の男性を除いた五人は、「今すぐ融合装置を起動させろ」と言葉を発している。何が何なのか分からなかった。しかし、自分は今、危険だと言うことが、ぼやけた頭で理解できた。何とかしようと口を開けた瞬間、どっと気持ちの悪いどろどろした液体が流れ込んでくる。どうやら、向こうの箱に眠る少年と同じものの中に入れられているようだ。
しかし、不思議なことに、液体なのにも関わらず、呼吸が出来た。いや、していなかった。何故だかも分からない。
「いや、待て。まだ融合の時ではない」
「何故だ?」
青い長衣のの男の言葉に反射するように、八雲の入っている箱に、近づいてきた緑の長衣の男は問いかける。見ると、六人全員血の滲んだ後が見える。
「私たちは力を使いすぎ、今のまま融合すれば、あなたの意識は呑み込まれます。だから、七人目の復活計画を実行している間。そして、復活後まで私たちは眠りに尽きましょう」
「成る程。それは一理あるな。その計画を実行に移そう」
紫の長衣の女性の丁寧な言葉を聞き、全員は同意する。良く見ると、もう一つの透明な箱の周りに、六の丸い球状のカプセルが存在しているのが分かる。しかし、朦朧とした意識の中だ。何のためなのか、理解は出来ない。
「では、七人目の早期復活を願って…」
青の男は大きく張った声で叫ぶ。
「暫くの安らぎを…」
紫の女性は静かにゆっくりと言う。
「計画の成功を願って…」
赤い男性は叫ぶ。
「また会おう…」
黒と白の男性は皆に向けて言う。
「そして、再会の時こそが戦いの始まりだ…」
茶の女性は叫ぶ。
「では、さらば…」
緑の男が最後に占める。すると、辺りは真っ暗になり、そして、目の前には緑の光に包まれたカプセルがあった。六つの宝玉が回りに一つずつはめ込まれ、そして、それは鮮やかに輝いている。どうにかして抜け出したい。そんな気持ちになった。
ドンドンドン。
壁を叩くが、割れる気配は無い。不意に、下に眼を向けた。足が無い。だんだんと体が消えていくのだ。そして、消えるごとに一つの気泡となって、液で満たされたカプセルの上へと登って行く。逃げられるかもしれない。そう思い、消える体に身を任せた。
最後には、カプセルから八雲の姿は消え去っていた。
第七章「英雄少年」
潮風に乗ってくる潮の香りを、知香は堪能する。山奥で暮らしていた知香にとって、潮風は新鮮なものであるからだ。知香は海を見ると、一目散に走り出す。そんな知香を見て、焦は薄ら笑いを浮かべて見守っている。
ザザーン。
広大な海を見て、一番気に入ったのが波だった。次から次へと来て、先に来た波を追い抜かすように呑み込んでいく。それを知香は楽しそうに見ている。とうとう我慢できなくなったのか、スカートの裾を手で捲し上げると、パシャパシャと水しぶきを上げて海へと入っていく。
「そんなに海が珍しいか?」
「だって、私の村山奥だったから、見たこと無かったの!!」
焦のあきれ気味の問いかけに笑い声を上げながら知香は正直に声を上げる。波が自分の足にぶつかるごとに、楽しそうな声を上げる。
「わっ」
大きな水しぶきが上がった。焦がそこを覗いてみると、そこには、全身を湿らせた知香が波に飲まれながらしりもちを付いていた。焦に見られたのをしると、恥ずかしそうに微笑する。
「そろそろ、船の準備が出来てると思うから、着替えたら広場に来いよ」
焦は歩き始めと共に軽く言うと、知香から軽い返事が返ってきて、それを聞いた後、焦は執事に耳打ちをする。耳打ちを聞いた執事は、小さく頷くと、港のほうへと向かっていき、そして消えた。
数分すると、執事は帰ってきて、焦に耳打ちをする。それを聞いて軽く礼を言うと、焦はぬれた服を絞っている知香の下に行く。
「おい、ここの船は三日前に行っちまったそうだ。後、あんたぐらいの年の奴はいなかったかって聞いてみたら…」
「見たら? どうしたの?」
「ああ、その船は町長が直に出させたらしく、乗ったのは同じ年くらいの二人組みだけの貸切船だったらしい。向かったのはガイ大陸だそうだ」
それを聞くと、知香は万歳、と両手を上げて喜ぶ。そして、何故か、右、左と拳を唸らせる。華奢な細い腕から繰り出される大きな風の音は、普通ではない。焦は、あまり馬鹿はしないほうがよさそうだ。と思った。
――焦様。あの事はお教えにならなくて良いのですか?
――ああ、あいつの友達とかって奴に会えば分かることだしな。
執事の言葉を軽い気持ちで返す。あの事とは、二人の少年が面会を終えた後、町長は炭と化していたのだった。扉はかぎが閉められ、手紙はその下に落ちていたので、そのとおりにしたのだが、やはりおかしい、と思った町長に仕える者は扉を蹴破ったのだった。
二人組みがやったと言う証拠は無いが、可能性はありうる。そうして、焦はついでに調査も依頼されたのだった。
「船はどうするの? 焦」
「ああ、うちのを使う」
自慢そうに笑って焦は言った。その刹那、大きな音と大きな水しぶきがあがり、広場から見える広大な海の中に、ぽつんと赤い船がある。形は普通の船のものではなく、甲板が無く、鉄板で固められた物である。ちょこんと、端のほうに丸い扉状のものが存在している。
「これが俺達自慢の船だ!! 水の中に潜って動くことが出来るんだ!!」
知香はその鉄の塊を見て驚きの表情を浮かべていた。焦は決まったとでも言うかのように知香の驚きようを見てはしゃぎ始める。知香ははっと意識を取り戻し、焦を見据える。焦は笑いながらそれを見る。二人の間に少しばかり冷気が漂った気がした。
「どうしたんだ? 早く乗れよ」
「う…うん」
知香は少しばかりしかめっ面をしながら、焦に言われるまま船へと入っていく。
扉を開けると、中は意外と綺麗だった。鉄で固められたような冷たいフォルムとは正反対に、中は円状で、七の扉が取り付けられている。そして、そのエントランスとでも言うかのようなこの部屋には、円卓があり、その上には豪勢な食事が用意されていた。それを整えているのは、先ほどいた執事であった。二人は執事に連れられて席に着くと、ナプキンをかけられて、ごゆっくり、と言われる。焦は慣れた手つきで目の前にあったローストターキーの脚を切り取り、そして齧り付く。知香は、少しばかりおどおどとしている。そんな知香に、「遠慮しなくて平気だ」と皿に食事を盛り付けてくれる。女性と思って遠慮してくれたのか、肉類よりも、サラダなどのものが多く入っている。それを口に運びながら、遠慮しなくても良いと言う事を聞き、安心したのか、知香もターキーを取ると食べ始める。
「そういえば、焦はなんで旅をしてるの?」
「前にも聞かれなかったっけ?」
「うん。でも、本当のこと言ってない気がして…」
知香はおどおどとしながら焦を見る。焦は少しばかり知香をじっと見据えていたが、ふう、と息を深く吐くと、難しい顔をしながら知香に向けて口を開いた。
「しょうがない。教える」
「うん」
知香は頷く。話を始めようとした焦は、おっといけない。と席を外す。急に立ち上がった焦を追いかけるように知香も席を立つ。焦は七つの扉のうちの、真ん中に位置する扉のノブに手をかける。ガチャリ、と音と共に扉は開き、そして、そこには見たことも無いものがあった。鉄板で覆われていた船体のはずなのに、ここには大きな窓があり、水中と水面が分かれて見える。部屋の中心には円形の凹凸があり、真ん中には縦長のものが入るような穴がある。焦はにやりと笑うと、炎薙刀を逆手に握り、穴に一気に突き刺す。がちゃりと音がして、炎薙刀はしっかりと固定されたようだ。それを確認すると、焦は小さく呟く。
『豪炎』
その言葉に反応した炎薙刀は、刀身からまばゆいばかりの炎を噴出す。それは、暫く薙刀を握る焦の手を包むと、穴の中に吸い込まれていった。不思議なことに、焦の手には火傷一つ負ってはいなかった。炎が吸い込まれていくと同時に、大きな音を立てて船が動き出す。水中に沈んでいくと、光が屈折して海に入ってくるのが分かるぐらいまで沈んだ。まるで海の中にいるようだ。知香はそう思いさえした。そして、それと共に笑みを浮かべる。
「この船なら、普通の船の倍の速さで動けるはずだ。少なくとも、四日前に出向した船と半日遅れで合える」
「で、さっきのは?」
「ああ、大丈夫。教えてやる」
焦は薙刀を取り外すと、円卓に戻る。二人とも席に着くと、焦は静かに眼を閉じる。知香はじっと焦を見据えている。焦は、眼を開けると共に、口を開いた。
「神の使いに会うためだ」
「どういうこと?」
「俺の持っている炎薙刀は、炎の神が創ったと言われている。そして、その武器は神の数だけある。つまりは七つだ。その七つの神に選ばれたものを俺は探している」
「探して、どうするつもりなの?」
「それは…」
会話の途中で、いきなり船体が揺れ始める。円卓の上にあった食事は床に落ち、皿が割れる音が耳に響く。焦は立ち上がると、運転室へと向かう。ガチャリと思い切り扉を開けて、窓から外を見る。特に何も見えない。隣では輪を必死で右回転させる執事がいる。
「何があったんだ!?」
「分かりません。しかし、この衝撃から行くと、魚雷のようです」
「ギョライって何?」
知香は慌てながらも、聞いたことの無い言葉を焦に聞く。「古代武器の一つだ」と帰ってくると、知香はやはり、大きく口を開けて叫んだ。
「THE・ENDが来たの!?」
「ああ、まずいな。奴らは一度狙った物は破壊するまで追いかけてくる。全速力だ。捕まってろよ!!」
焦は急いで薙刀を取ると、再度縦穴に挿す。そして、ブツブツと小さく何かを呟いている。たびたび来る衝撃と揺れに脚を取られながら、知香は焦を支える。焦はそれを見て微笑しながら、再度呟き始める。だんだんと薙刀の刀身から炎が吹き出る。呟くごとに炎は火力を増していく。それと共に、船自体のスピードも上がっていることが知香でも分かった。呟きが終わり、一回大きく焦は息を吐き、そして、大きく吸い込む。
『爆炎』
その言葉と共に、刀身からさっきの二倍以上の火炎が吹き出る。当然のようにそれは簡単に縦穴に吸い込まれた。一時静寂が訪れた後、執事が時計を取り出した。「五…四…三…」と数え始めている。そして、執事が大きく「一…零!!」と叫んだ瞬間、船体の後方から大きく爆発するような音が響き、加速する。その速さに知香は勢いに押されて、壁に激突した。痛みと驚きで、口がぽっかりと開いているが、安心もあるのか、一回ため息を着くと、静かに立ち上がった。
「知香ちゃん。ラッキーだぜ。二日のはずが、一日で着きそうだ」
そう言いながら、知香の視点を窓に向ける。そこには、大きな大陸があった。木々はあまり無く、荒野が目立つのが見えた。砂漠もあるように思える。山岳地帯には、小さな町が一つ一つあり、その中で一番大きな町は、船着場のある港町のようだ。執事は輪をガラララ。と回す。すると、だんだんと船体は方向を変えていく。船は港町へと向かっていった。
「ここが、ガイ大陸?」
「ああ、主に鉄鋼業が盛んだな。遺跡がかなりあるが、THE・ENDに占領される前に保護してるから、そんなに危険な大陸ではないな」
そんな説明を聞きながら知香は辺りを見回す。町の人々は皆ほぼ半そで短パンと、通気性の良さそうなスカートやワンピースを着ている。中には、多きな荷物を背負う厚木の旅人らしき人もいるが、暑さでゆらゆらとしている。建物はほとんどが木で出来ていて、その上から何かの液体を塗ってあるようだ。木を使った家の中は通気性も良さそうで、この大陸にあった建物だと思える。しかし、水を飲む人が異様に少ないことに気が付く。それに、水を使っているものが何も無い。食べ物も、燻製が主流のようで、煙くさい建物がたくさん有り、そこには肉や魚が置かれている。
「住みにくそう…」
「まあ、知香ちゃんの大陸は風だから、暴風以外は普通だからな」
知香のどんよりとした表情を見て、肩をポン、と叩きながら焦は言う。時々布を頭まで深く被った者達がこちらを見て指差す。それに気づいたのは焦だけであった。焦はそれを見て、執事を呼ぶと、呟くような小ささの声で、執事の握っている地図を見る。執事は指で地図の一箇所を指すと、焦は静かに頷いて、知香のところに戻る。
「知香ちゃん、こっから少しばかり歩き旅になるけど平気?」
「でも、八雲君が来るかもしれないし」
「大丈夫。彼らの目的も多分そこだ」
知香は不思議そうな顔を焦に向ける。しかし、それ以上は何も聞かず、「分かった」と言うと、焦に付いていく。焦の口元がさりげなく笑みを浮かべたが、知香は気づかなかった。町の門をくぐると、真っ直ぐに山岳地帯へと脚を運んでいった。町の門にある看板には、「ガイア遺跡」と書かれていた。
寂れた町とも言われている町が、ガイア遺跡の側にある。昔、そこはTHE・ENDが攻めてきたこともあり。そのせいで物資補給も出来ずに滅びかけている。そんな中、一人の男が立ち上がった。彼はTHE・ENDに立ち向かい、そして打ち勝ったのだった。彼はそれから町の英雄となり、町に住んでいた。長い年月の末に彼は一人の女性と会い、そして一人の少年が生まれた。それから英雄と呼ばれた男性と妻はTHE・ENDの再襲を退けるために、戦い、そして命を落とした。それから、十数年の月日が経った。
「俺がTHE・ENDを倒すんだ!!」
町の中心で吼える少年がいる。その周りにはやんややんやと少年にエールを送る同年の少年達がいる。吼える少年は両手に英雄と呼ばれた父親の使っていた手袋を付けていた。形は不思議だった。緑が主体の手袋で、第一間接から第二間接にかけて鉄が入っているかのように硬い。そして、両方に茶色の玉がつけられていた。少年はそれをつけると、何だか全身を暖かいものが包んでいるような気分になった。
「保谷!! 勝手にお父さんの物をつけないの!!」
一つの建物から女性が出てくる。年は保谷と呼ばれた少年の倍くらいだろうか。少しばかり年を取っているように見える。
「さあ、皆も散った散った!! 今日はお客さんが来てるから、静かにしてなさい!!」
「お客さんって、どんな人?」
保谷は女性に話しかける。すると、自慢げに近くにいた少年が話しかけてくる。
「凄かったぜ!! 二人の男の人だったんだけど、一人は紫のカッコイイ刀を持ってて、もう一人は水色の綺麗な剣を持ってたぜ!!」
少年はまるで、自分がなったかのような口調で自慢げに言った。それを聞いて、保谷は女性に捕まれてた腕を引き剥がすと、走っていった。女性は「待て!!」と叫ぶが、時既に遅く、帰っては来なかった。保谷の行く先には町長の家があった。こっそりと窓を覗くと、少年の言ったとおりの二人の男性がいた。その二人が言っていることを耳を済ませてみると、「英雄」や「THE・ENDを退けた」などが聞こえてきた。
――きっと、あの人たちは英雄の息子である俺が必要になったんだ!!
そう心の中で叫びながら、保谷は喜びのあまりに、町長の扉をバン、と開けて入ってしまった。
第八章「少年の夢」
八雲と吹雪は船の中で静かに考え込んでいた。THE・ENDの四幹部。そして、三人にある特殊な能力。滅の力は本物だ。彼の消滅と、再生。あの二つがある限り、八雲の一撃必殺の風の力も止められてしまう。現に、二つの能力の合成攻撃も、見事に防がれてしまっていた。
「四幹部って事は、滅みたいなのがあと三人いるんだよね…」
八雲は潮風に揺られながら静かに頷く。それを見て、吹雪ははあ、とため息を一回つく。辺りは草原のように白い波が立ち、そして太陽の光によって輝いている海がある。それを見ながら、吹雪は水召剣を取り出すと、静かに見る。水色だった刀身は、今は透き通っていて、そこから海が眺められる。前回の戦闘で、力を使い果たし、数時間は能力は使えないと予測している。八雲の風塵刀は、もともと何かが起きることによって能力が発動するため、いつ発動できるか分からない。よって、今の二人はただの剣客でしかない。今の状態でTHE・ENDに襲撃されれば、銃器に対抗することも出来ない。幸い船は二人のみなので、襲われる心配は無いが、降りる時は注意したほうが良いだろう。
「なあ…」
「どうしたの?」
八雲の呼びかけに笑顔で吹雪は応じる。八雲はしかめっ面で海を見ていた。
「勝てるくらいの力を手に入れなきゃな…」
「勝てるだけじゃ無い」
吹雪は八雲を見据えて言う。それを聞いて、八雲は無言で吹雪を見据える。吹雪の顔に笑みは無い。真剣その物だ。揺れる船体は、やがて静まり、風も途絶えた。凪と言う現象だ。何故か、この時だけ二人の間に冷たい空気が走ったように思えた。しかし、それは吹雪の浮かべた笑みによって消え去る。
「誰かを守れなくちゃ、力を手に入れても、意味が無いよ」
「…そうだね」
八雲の顔にも静かな笑みが戻る。二人は自分の武器を見据える。この力で、世界中が、人々の笑顔が守れるんなら、自分を捨てても良い。死んだって良い。滅の言った「犠牲の平和」なんて無い世界にしたい。淡い紫の刀身。水色の半透明な刀身が、静かに光り、二人の意見に賛成しているように思えた。
気が付けば目の前には焦げ茶の岩のような大陸が広がっていた。到着したのである。八雲は刀を鞘に納めると、不意に海に浮かぶものに目が行った。鉄の塊が見える。視力の良い八雲で無ければ見えない距離だ。物凄い速度でやってくるので、この速さなら半日後くらいにはここに来ていると八雲は思った。
港町「グランビシャス」は大きい。町全体にぎっしりと詰め込まれるように店や家屋が並び、そして活気のある声が響いている。この大陸の地面は土や岩のごつごつした感触があるが、日の照り具合も良好だし、それに乾いた空気ではなかった事を、吹雪は安心していた。自分の武器は水を使うのだ。乾いた空気
なら、能力が使用可能になっても、使えないだろう。
「とにかく、この大陸にも神に選ばれた者がいるかもしれない。この大陸の伝説を聞いてみよう」
「仲間は多ければ多いほど良いしな」
八雲は同意し、吹雪の後についていく。
吹雪はまず最初に町長の家に行く。フウ大陸とは違い、この町の家と同じ大きさの、みすぼらしい家であった。人に聞かなければ、分からずに一日中探し回っていたところだっただろう。吹雪は扉に手をかけると、もう一方の手でコンコン、と扉を叩く。中から「どうぞ」と声が返ってきたので、遠慮なく扉を開けた。そこには、しわがれた一人の老人がいた。だが、目は鋭く、まだ生気がある。普通の老人とは違うことが分かった。
「異国の者だな?」
「はい、突然すみません。今日は、尋ねたいことがあり、やって参りました」
「何だ?」
吹雪に睨みつけるようなまなざしを向けるが、口は笑みを浮かべている。一目見ただけでは、性格も、考えていることも分からない。吹雪は気にせずに同じくらい鋭い目を向けて続ける。
「この大陸に、伝説は無いでしょうか? 僕らは、各大陸の伝説を聞きまわっているものなので、情報があれば…」
「成る程。ならば、この町から北の遺跡町『フィクト』に向かってみなさい。そこに、一つ英雄伝説がある」
八雲は懐から地図とコンパスを出すと、町を確かめる。確かに北にある。それを確認すると、吹雪は軽く礼をして、扉を開けて出て行った。その後、町長の表面が崩れていき、一人の金髪の青年が現れる。
「全く。滅の能力は他人だと時間制限付きだからな。扱いにくい。まあ、二人組みが向かう先も分かったし、THE・ENDの兵士を集めるとするか」
青年―光―はそう言うと、手から光を放つ。すると、だんだんと光の体が薄くなっていき、しまいには消えてしまった。町長の部屋は、誰もいなくなった。
町を出てすぐに立て札があった。地図で見たとおりにフィクトと呼ばれる町はあった。それを確認すると、歩き出す。
そのとき、殺気が二人を貫いた。二人とも柄に手をかけて、抜刀の準備をする。辺りは静かだ。しかし、馬鹿でかい殺気がこちらにしっかりと向いている。強風が二人を包む。だんだんと風が強くなり、そして二人にぶつかっただけでも風切音が聞こえて
くる。しばらくすると、強風は収まってくる。吹雪は剣を抜くと、構えた。能力が使えれば、敵の位置も割り当てられただろう。しかし、吹雪は能力を使いすぎたために、能力が使用不可能になっている。やばいな。吹雪は呟いた。
風が止んだとき、発砲音が聞こえてきた。八雲はとっさに後ろへ半歩下がる。八雲の目の前の地面に丸い窪んだ穴が出来る。八雲は銃器での攻撃か。と見切ると、鞘から風塵刀を引き抜いた。接近戦なら、抜刀による攻撃で致命的なダメージを与えられたが、遠距離からの攻撃と分かったので、抜刀攻撃は無理と判断した。
「吹雪!! 不利だ。逃げるぞ」
「どうやって!?」
八雲はにやりと笑う。風塵刀が風に包まれている。強風のおかげか、まだ能力発動の方法も分からないが、とにかく今は逃げることが先だと考え、風塵刀を回転しながら振る。八雲と吹雪の周りを回るように風が吹き荒れ、そして銃器を持った者達が吹き飛ばされる。それを見ると、吹雪の手を掴んで、一目散に走り出す。八雲はもう一度風塵刀を見る。風は消えていた。しかし、ピンチを切り抜けられたので、鞘に収めると、地面をもう一度強く蹴った。
走り続けて、息も絶え絶えになってきた頃に、八雲は吹雪の手を離して立ち止まる。引っ張られて疲れた吹雪と、走り続けて疲労した八雲。二人は同時に後ろに目を向けた。追いかけてくる輩は誰もいない。ほっと一息つくと、その場に寝転がる。息を荒げながら、八雲は虚ろに前を見る。そして、虚ろに笑い出す。どうした。と吹雪が八雲に問いかけながら前を向く。その光景を見て、吹雪の表情が虚ろになる。
目の前には、町があり、その入り口らしきところにある看板には、確かな文字で「フィクト」と書かれていた。
「俺達、半日かかる道をどうやって数時間で来たんだ?」
「僕に問いかけられても困るって…」
二人は、そこで、虚ろに笑い続けていた。
山頂に近いところにある町にも関わらず、辺りはごつごつとした山に囲まれている不思議な町だ。高地で、酸素が少なく、息切れの二人は相当苦しんだが、目一杯に呼吸をして、何とか大量の酸素を取り込む。町は活気があり、広場らしき場所には、山の中に溜められている水を使っている噴水と、噴水の上には拳を掲げた男性の銅像が建てられている。吹雪はそれを一瞥してから、町長の家を探し始める。
「なあ、あんたら英雄か?」
突然の問いがこちらに向けてきた。何人かの少年達が目を潤ませながらこちらを見ている。吹雪と八雲はお互いに目を合わせながら、その問いの返事を必死に頭の中で考えていた。
「まあ、そんなところなのかな?」
吹雪は返事を返す。それを聞いた少年達は、次々と握手を、と言って、二人を囲む。吹雪と八雲ははあ、とため息を一息つくと、一人一人握手をしていく。握手をされた者は、「英雄と握手をしたぞー」とはしゃぎたて、次々と少年少女を呼んできてしまう。まさに、ループ状態だ。とにかく先に進もうと、一人の少年の肩を叩き、町長の家に行きたい。と言うと、頭を激しく上下に振り、案内してくれる。
噴水のある広場の後には、宿屋や、鉄鋼業などの建物が目立っていた。皆笑みをこちらに向けて、何かを買えとでも言う様な目つきをしてくる。二人は焦り、なるべく目を合わせないように何とかやり過ごし、そして先へと進んでいく。
「ここがじっちゃんの家だよ!!」
自信満々に少年は言うと、先ほどのように、「英雄の道案内をしたぞー」とはしゃぎ、そして走り去っていった。それを見て、追っ手は来ないと安心すると、ノックをしたあと、がちゃりと扉を開けた。そこには、若い雰囲気を漂わせる一人の男性がいた。
「君達は…?」
「北野吹雪と言います」
「神野八雲です」
町長は鋭い目で二人を見据えながら、問いかけ、二人はそれに答える。町長は大きく、威厳のある声で二人に尋ねる。
「何が理由かな?」
「はい、僕らはTHE・ENDの本拠地を探している者です。ガイ大陸は、遺跡が多くあると知り、そして、古代武器を操るTHE・ENDは、ここにいると予想し、来ました」
「では、THE・ENDの本拠地がガイ大陸にあると踏んだ後、その中でも襲撃の危険性がある遺跡の隣にあるこの町が一番知っているかもしれないと…いうことですか?」
二人は頷く。その頷きを見て、町長はうむ、と腕を組んで考え込む。暫くの間、静寂が辺りを包みこんだ。そして、それを破ったのは、扉の開く大きな音だった。
大きな音と共に入ってきたのは一人の少年だった。顔は赤みを帯びていて、両手には緑の厚めの手袋が付いている。その手袋の手の甲の部分に茶色い球が装着されている。吹雪と八雲はお互いに顔を見合わせ、そしてそれぞれの武器に目をやる。二つの武器には、緑の球と、水色の球がはまっている。それを見た後、少年に話をかけようとするが、町長は少年をつまみ出してしまった。
「すみません。彼は父親がこの町を寂れた町から活気のある町へとすると共に、THE・ENDから守った英雄の息子で…」
「やっぱり、本拠地はここにあるんですね? 襲撃の兵の数は?」
吹雪は町長に問いかける。それを聞いて、町長は唸りながら目を閉じて考え込んでしまった。そして、再度目を開けると、大体百前後と言う返事が返ってきた。
「吹雪、やっぱり、ガイ大陸に…」
「うん、本部直属と来れば、相当な兵力になると予想してる。間違いなくガイ大陸がTHE・ENDの本拠地だ」
二人の口元に笑みが浮かぶ。
「とにかく今日は、休んだほうが良いでしょう。この町は温水が吹き出やすいので、この家にある温泉も入ってみてください」
町長はそう言い、部屋を一室用意してくれた。
二人は案内された部屋に、荷物を置くと、柔らかい感触のベッドに座り込む。清潔な部屋に入ったからなのか、異様に自分達の汗の匂いが目立つ。八雲は立ち上がると、町長の言っていた温泉に入ることにする。吹雪はベッドに寝転がり、八雲がいない間、見張ってる。と言い出したが、八雲は何とか説得して、引きずっていった。
湯気が立ち上る室内の温泉。中は以外に広いが、湯気で辺りが見えにくいのが難点だった。二人で真っ白な視界を慎重に歩き、温泉を探す。
不意に、何かに脚を取られて八雲は転ぶ、大きな水しぶきと共に、八雲の顔がお湯に浸かる。予想していた温度とは全く違い、あまりの熱さに八雲は手足をバタつかせる。しかし、顔を出そうとはしない。吹雪はおかしいと思い、目を凝らして辺りを見てみる。すると白い湯気の中から、少年の影が現れる。吹雪はその物体を両手で押すと、「わっ」と声がし、その後、大きな水しぶきがあがり、音が響く。八雲は顔を出すと、吹雪が仕留めた相手を見る。
それは、先ほどの少年だった。少年は、熱めの温泉に普通に入っている。押されて落ちたはずなのに、今はもう湯に浸かってくつろいでいた。
「君は誰だ? どうして僕たちに悪戯を?」
「ごめんごめん。英雄をこの目で始めてみたと思ったら、興奮してさ」
「俺達は英雄なんかじゃねぇよ」
八雲の言葉を聞いて、少年は不思議そうな顔をする。大きな大剣。引き締まった体つき、そして、頭の良さそうな顔。三点そろっているのに、二人は英雄では無い。
「見た目で判断するな」
「まあ、まあ、英雄になる男に英雄って言われたんだ。感謝しなよ」
「英雄になる男?」
「ああ、俺は、この町を救った英雄の息子なんだ。だから、将来はきっと凄い伝説を残す英雄になるんだぜ」
二人は顔を見合わせる。英雄のことは置いておき、少年のしていた二対のグローブについて尋ねる。
「ああ、あれは父さんが使ってた英雄の武器さ。『剛毅』って言うらしくて、父さんが地面を叩くと、不思議なことが起きるんだ」
「やっぱり、神の武器か…。で、君の父親は?」
「死んだ」
「そうか、すまない…」
「大丈夫。俺が後をつぐんだ!! 俺を連れて行けば、お前らも俺の伝説に載れるぞ」
八雲と吹雪は聞いていない。二人は相談を始めてしまっていた。少年はため息を着いて、二人を見ている。そんな中、少年はぼそりと声を発する。
「英雄と旅するのが、こわいのかな?」
その言葉を聞き、二人は振り返る。そして、吹雪は静かに言う。
「良いかい? 冒険なんて、良いものじゃない。いつも死と隣り合わせの世界だ。僕と八雲だって、THE・ENDと戦って、一度死に掛けたんだ」
それを言いながら、八雲と吹雪は滅との対峙を思い出す。圧倒的な強さ。そう、無敵といっても良いあの男に勝たなければ、英雄にさえもなれないだろう。英雄の息子だからなんて、関係ない。今必要なのは、強大な力を持つ神の武器を持つ者。
「THE・ENDと戦っても、俺は負けないね。英雄のむす…」
「ふざけるな!! 英雄の息子は死なない? 戦いってのを甘く見すぎなんだよ、お前は!! 何が英雄になる男だ。息子だからって威張り腐って、おまけに戦いを知っている奴に向かって怖いだと?」
「八雲、相手はまだ子供だ」
「子供じゃない!! 俺はもう十四だ!!」
「そういう風に激昂するところが、まだ子供の証拠だ。良いかい? 英雄は、なるなると言ってなれる物じゃない。英雄になるのは、必死に守りたいと思う結果や、それぞれの決意を果たしたときだ。君はまだ幼い。英雄にないたいのなら、守りたいと思うものが見つかってからだ」
「さっきから、英雄じゃないとか言いやがって!! 良いぜ、俺が英雄になる男って事を、見せてやるよ!!」
少年は乱暴に浴槽から飛び出すと、出口に向かって走り出す。「どこへ行く!!」と叫ぶと、「THE・ENDを倒しにいってやる」と顔を真っ赤にさせて叫ぶ。少年が出て行くと、八雲と吹雪はお互いに顔を見合わせて、ため息を着く。そうした後、出口に向かい、そして、着替えを始める。
「全く、たまには休ませろよな」
「僕の水召剣も、回復してるか怪しい。八雲君が能力を発動できたら、僕は打撃に回る」
「分かった」
着替えを終えた二人は、一応持ってきていた刀と剣を握り締め、少年の向かった方向へと走り出した。
少年は走り続けていた。脚にだけは自信があり、手にはグローブが嵌められている。
「くそ、あいつら、見てろ!! THE・ENDなんか俺が…」
「俺が、どうするんだい?」
少年は不意に、何かにぶつかる。見てみると、一人の金髪の男性だった。後ろには、鉄の塊を持った兵達が立っている。少年は、その集団を見て、後ずさりをした。
「君はフィクトの町人かな? 丁度良い、人質として役に立ってもらおう」
大きな衝撃が少年の後頭部に走る、少年は目の光を失い、そのまま地面に倒れこむ。男性はそれを見て、高らかな笑いを上げた。
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2005/04/07(Thu)17:37:31 公開 /
ニラ
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■作者からのメッセージ
八章。長く間を空けてしまったわりには、結構ちゃんと書けたかなぁ?と思っています。まだまだ未熟ですが…。気が付けば、八章。ここまで長い文章を書けたので、書き終えたときに、一つ目の目標「文章を長く」が、少しだけじょうたつ出来れば良いなと思います。まだ第一部。最後まで出来るよう頑張りたいです。
影舞踊様:ワンテンポな部分は、やっぱり、直さなくては、と思い、四苦八苦しています。頑張って文末を考えます。第一部、十三章完結になるかなぁ?
神夜様:たくさんのアドバイスありがとうございます効果音を使って現して見たのですが、やっぱり失敗。反省点でした。描写も、もっと上達できるよう頑張ります。誤字脱字も、なるべく少なくするよう心がけます
これからも、読んで、アドバイスや感想があったら、よろしくお願いします!!