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『ルール 〜創造〜 / 魔術、依存、隠匿』 作者:Town Goose / 未分類 未分類
全角20719.5文字
容量41439 bytes
原稿用紙約63.7枚
  
 そこは、誰もいない路地、辛うじて塊と言う単語に当てはまるであろう一つに繋がれた肉片。
 それを、俺はいつもより少し高い位置で眺めていた。

“―――――――――――”

 何故か頭に霞が掛かったように、正常な思考か働かない。一つのことを考えようとすると、様々な情報が埃のように纏わりつき、思索の果てを曖昧にする。
 しかし、それは恐怖から来るものではないことは明白であった。
 他人から見れば…・・見えれば、その理由は誰もが分かることであったから…・
 そんな中で、俺は一つの事実を炙り出す。
 俺は、浮いている
 そう、単純に浮いていた。何故だかは、考えようとすると他の情報が邪魔をして、終論に至ることは無い。
 俺は少し、戸惑いながらも目の前に纏まっている肉片を、ゆっくり見渡す。どこかで見たことのある顔だ。
今までの日常の中で、よく見かけたことのある顔。友人か。父親か。弟か…・
 答えは出ない。
 そんな、脳内の検索と確認の螺旋を永遠に繰り返していると、一人の人間がやってきた。いつ其処に現れたのか、分からない。ただ、此方の方へ向かってくる。
 足音が止まる。
その女は、その肉片を見て、顔を歪めた。
「おめでとう、君がこの世界で999999999人目の死者だ。」
 そいつは、嬉しそうにこちらに眼を向けた。
「これから君は、生き返ることになる。もともと9と言う数字には魔力があってな、たしか、地獄の門番であるケロベロスも99年に生まれた。
 オーメンの誕生もたしか999年だったな。
 蓄音機ってしているか?あれは、音と言う情報を、針と言う作用物に震撼させ円盤と言う依り代に刻み込む。
 魂は情報だ。肉体は依り代に過ぎない。大事なのは肉体と魂という情報の結び方だ。方式さえ知っていれば、情報を肉体に刻み込むことは可能だ。
 たしか、日本ではこのことを「反魂の術」とか言っていたな。その話では、その生き返らした死体はゾンビとなり、町中の人を食い荒らしたとか。
 でも、それは制限だったんだ。神という存在は、その方式が人間に漏れたときのために、掛け算を書き加えたんだ。そうすれば、書き込まれる情報は九分の一となる。
 さっきの例えに当てはめれば、肉体は円盤、音は魂、作用物は魔力だな。その条件を「 」で括り、その外に9を書き加えたんだよ。」
 理解が出来なかった…・・いや、冷静に考えても言っている意味も分からなかったのだが、何よりも、その意味を理解する経過で、その思考は頭の中の霞に紛れ込み、消え去ってしまった。
「今の君はただの情報に過ぎない。いわば元始、情報は依存しなければ動くことは出来ない。情報の伝達は螺旋。元の魂という情報を作るのに録魂する為の円盤、伝達する為の作用物、そのまた元始となる音が必要だ。
 だから、今与えている情報は単なるノイズに過ぎない。多分、今君は、思考という情報の書き込みが出来ていない、か…・ふぅん、面白いルールだ。」
 そう言うと、語るに落ちていた女は、楽しそうに顔を歪ませる。
「…・だったら、これ以上は何も言わない。―――――では幸運を祈る。」
―――――――――――――――――
――――――――――――
 ―――――――――
 ―――――――
 ――――
 ――
 

―――
――――
――――――
「…・ぃ…ぉい・・おい!!」
 突如、頭の中の映像がぶれ始める。ああ、なんだか記憶に無い過去の現実(ゆめ)を見ていたようだ。
 遠くから、誰かの声が聞こえた。そして、うつろな意識の中での不確かな認識
――――――俺はこの声を、誰だか、知らない…
「連下!」
 その掛け声と共にボクッという鈍い音が、自身の頭の中で痛みと共に反響した。
「痛えな!!」
 俺は謂われの無い暴力を受けて、激叫する。
「ふぅ…・やっと起きたか。」
 その溜息に、さすがの俺も切れそうになり拳を握り締める…・が、その表情を見て握り締めた拳をほどく。――――其処にあったのは困惑の表情だった。
「あ〜よかった。死んじまったのかと思ったぜ。急に廊下で倒れるんだもんな…・」
 俺はその言葉を聴き、辺りを見渡す。
 なるほど、其処はたしかに廊下のようだった。しかし、…
「お前、誰だ?」
 かなりの失礼な質問だったのかもしれない…しかし、そんな余裕は無かった。
「はぁ?…・もしかして、マジに頭が逝かれちまったのか?霧島甚だよ!」
「霧島甚?…・きりしま…じん」
 声に出して、もう一度反復する。
 その様子を、ただ不安そうに見つめる男…・きりしま じん
 ――――――あぁ、思い出した。小学生からの幼馴染、霧島甚だ。高校生になってから、髪の毛を金髪に染め上げ、流行と言う言葉に惑わされながら自分の人生を切り崩していく現代の若者と言う、誰が作り上げたかも分からないようなレールを自分から進んで乗り上げてしまった霧島甚か。

                         ―――――――■■け

「あぁ、なんだよ?」
 俺は溜息を付きながら受け答えをする。
「だから、言ってんだろ。連下が俺と一緒に話していたらいきなりお前が倒れたんだよ!」
 そんなことで俺は殴られたのかと連下は顔を苛立たせる。
「ただの立ちくらみだろ?そんなことでいちいち殴るんじゃない。」
 霧島はその答えに呆然としながらも、ふぅ、と溜息をついた。
「そんなことよりも、藤堂先生が呼んでたぜ。」
 その返答に、連下は顔を淀ませる。なんで、あんな物体と話をしなきゃなんないんだ。だいたい、俺はあいつといるだけで、吐き気を催す。だって、あいつ、自分がなんなのか分かってねえんだもん。
「分かった、あとで行くよ。」
「今すぐにだってよ。」
 くあ、最悪だ。あいつ、存在概念が、大衆に溢れるようになってやがる。
 俺は物凄い勢いで、溜息をつく。ああ、めんどくさい。俺は、動かない左腕を引き釣りながら、重い足取りで職員室へと向かった。
…・がらがら
 俺は自分の手で、扉を開ける。うわ、そら見たことか、本当にもう死者は死者らしく、あっちの世界にいってろよな。
「連下、お前どうしたんだ?この前のテスト、すべて白紙で提出しただろう?」
 いきなり、こいつのお説教は始まった。その時点で、こいつはもう終焉なのだが、いきなりも拙いので、俺は少しこいつの話を聞いてみる。
 しょうがないだろ、あの時は、右手が動かなかったんだから。
「お前どうしたんだ?体調でも崩したのか?」
 そのままその言葉を返してやる。

―――――――お前がどうしたんだ?

 そのまま、偽りの人間(せんせい)と生徒のほほえましい光景は…・続かなかった。
「第一、いいいち、っれれれれ、連下げっげげ、きっききき。」
 突如異変は起きた。目の前にいた藤堂と呼ばれる人間が、壊れたビデオを様に、発する音声が音とびのように痙攣する。ああ、だから、存在を知られるっつーのはそういうことなの。馬鹿じゃないのこの人。自分の存在を肯定するからそんなことになるんだよ。
 他の教員の人たちが、驚いて、皆こちらに視線を集める。
 しょうがない。そう呟き、連下はその、発情した獣のような声を出して喚いている者体の首に、右手を添える。なぜそうしたのかは、誰が診ても分かった。その偽で構成された生き物は、宙に浮く―――――
 一瞬、右手が数センチ膨張する。

 ―――ペぎょぎゅ

 …・・何かの、終焉の音色がした。

 まさに一瞬、百合の花のように、頭部がダランと垂れ下がる。その者体の目は白目を向き、口からはだらしなく拓き涎をだらだらと流し始めた。うわ、きたねっ
 辺りの職員から、悲鳴が巻き起こった。あのね、何で死人を殺して興(おこ)られなきゃ成んないわけ?いわば除霊だぞ、除霊。
 そんなことを呟くと同時に、連下はめんどくさそうに手に持ったものを窓から外へ放り投げる。
 それは落ちていく経過の途中で粉となり消え去った。
 その瞬間、慌てふためいていた教員方が、突如、時間が止まったかのように活動を停止する…因果関係の修復、総てが消え去る梳き。

              …

…・その、周りにいた先生方は数秒ののち、何事もなかったかのように、自分の席に戻り事務処理を始めた。
「やれやれ。」
 俺はそう呟き、欠伸をしながら自分の教室に戻る。
…がらがらがら
 そこには霧島甚が、声を掛けてきた。
「おう!どこ行ってたんだ?」

                        ――――――■■け、それ■、■■

「…なあ、藤堂先生って知ってるか?」
 俺のこの質問に、霧島は首を捻る。
「誰だ、それ?」
 その俺が会いに行くための伝達約として、中継を行った彼の肉体に情報の残留は、もうそこに留まってはいなかった。
「はぁ、本当に趣味の悪いお話だこと…・」
「…・・?」
 霧島は首を傾げる。
「なあ、幽霊っていると思うか?」
「いるんじゃねえの?ほら、最近、流行の心霊写真とかやってんじゃん。俺、霊能力者とかは信じてねえけど、幽霊はいると思ってる。ほら、今学校で噂になってるピアノを弾く幽霊とか。」
はぁ、本当におめでたい奴だ。
「ああ、さすがに現代の風物詩、「現代(ばか)な若者」である霧島甚らしい回答だな。じゃぁ、なんだ?何で幽霊を見る奴がいないのに、そんな幽霊とか言う単語が出来たんだ?観測者がいないかぎり、それは存在しないモノだろうが。」
うぐ、と霧島は声を詰まらせる。そら見たことか。
「順序が逆だろ。例えば人間という生物が今ここにいる。しかし、それぞれがそれを認識できなければどうなる?それはいないのと同じだ。つまり、観測出来なけりゃ、存在は無いんだよ。観測できるから存在がそこに認識できるんだ。」
むぅ、と霧島はふくれっ面をする。
「でもよ、なんだ、あの、霊媒師とか言って、なんか発情期のサルみたいな声上げて、今“きてます!!”とか言ってるの、あれも本物なのか?」
「違うだろ。第一、本当の観測者なんて、そこに存在を認識して、記憶として留めておけることを意味する…つっても、お前には解んねえか。忘れちまうもんな。」
「…・?」
「まあいいや、俺、体調不良で早退するから。」
 綾下連下と呼ばれる男は、そんなとんでもない事を言って学校を飛び出した。どうせ、誰も気付かないだろうし…

                  ◇

 そこはマンションの一室、そこにカチカチという、時計の音、ただそれだけが木霊していた。それ以外の音は無。一つの者体と、二つの物体、静寂に包まれた空間(ルール)がそこにあった。
――――かち、かち、かち
 無、その空間のちょうど中央に、仮初の者体。
 その空間に、それは活動を止めていた。いや、そこに意思が無いのだから、まだ、活動を開始していないというのが正しい表現なのかもしれない。ただ、無という概念無き刻だけが、誰の意思に感化されること無く過ぎてゆく。

「……・・」

――――かち、かち、かちん…・・ごーん、ごーん、ごーん
その者体が発生してから約3分後、針が何かに出遇う音、その数旬ののち、時計は刻の区切りを知らせるため、鐘の音を低く空間に残響させた。
 その壊れた者体は、その噛み合う音と共に、修復されることなく、活動のみを再開した。
 それは、きょろきょろと辺りを見渡し始めると共に、すでに活動を始める前に破壊された思考で思索を始める。
 ああ、ボクは、今どこにいるんだ?

                     ―――――そこに在るのが当然だ。

 確かに、■■したはずだ。■■から■■■■た。

                     ―――――だってそれは、俺の意思だから。

もちろん、道路のコンクリートの映像だって残っている。

                     ―――――なぜ気付かない…・

 そこまで言って、彼は自分自身の記憶の矛盾に気付かない。さらに彼の矛盾思考は続く。

なのに、何でこんなものがいっぱい落ちてるんだ?

                     ―――――それこそ、結果だ。

どうしてまたこんなところに来てしまったんだ?

                   ―――――もちろん、それも己の意思だからだ。

 そこには、父親、母親が床に座っていた。
「ねえ…・・」
 そう、あえて言うならば、初めての思考、今までの思索を中断せざる負えない程の、圧倒的なまでの異常を見るような錯覚…・いや、すでに錯覚ではない、自身(からだ)の総てが何かを感じ取っていた、嗅覚は、何か鉄のようなツンと鼻を刺す匂いを、聴覚は、そこに無ければならない音の無い世界を、味覚は、なぜか自分の舌に感じる粘着質の何か、触覚は、何かぬめりとするものを触っていた。
 そして、視覚、…・そこにあったのは、二人…・いや、二つの人間であった。

 おかしい、なぜ在る?
         おかしい、なぜ活動をしない?
                     おかしい、なぜ、此方を見ている?

これは死体これは死体これは死体これは死体これは死体これは死体これは死体これは死体

 唐突に迫来する嘔吐感、諸相感、生々しい現実感、苦悶感、様々に自分のうちから発せられる様々な衝動、脈打つ心の臓。こわされる静状、それに比例するように奔流する胃の中のもの。

様々な汚い何かが正常(せいじょう)を崩し、静状(せいじょう)を破壊した。

ああ、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。僕はまだ生きている。これが見つかったら、大変だ、捕まっちゃう。どこかに捨てなきゃ、でも、どうすれば…・

思考、忘却、確認、検索、思考、思索、思索、思索思索思索思索思索思索思索思索思索思索思索思索、

 その、壊れた思索の果てに、少年はある結果を下した。

―――――――そうだ、纏めてしまえばいいんだ

「ああ、そうだ、一つに纏めてし棄(ま)えばいいんだ。」
 なぜその思考に至ったかは自分でも分からない。ただ、そうできるのが、自分の中で当たり前だった。
 そうなれば、行動に移そう。さあ、くっ付けるんだ。ボクは何も考えず、父親の死体を母親の死体に押し付ける。その光景は異様だった。その二つの塊がケロイド状に融け、固まってゆき…・

―――――ぞぶり、

何かを連想させる不快な音。有り得ない現実は、ありえない創造(げんじつ)へと成る。
劃して、二つの死体は、もはや死体ではなく成り一つの肉塊へと欠変した。
 でも、このままじゃ、誰かに見つかっちゃう。

どうしよう、      ―――――隠(か)滅(く)せ

どうしよう、      ―――――隠蔽(かく)せ

どうしよう。      ―――――隠匿(かく)せ

 丁度、約三回目の呟きと思索、その時、彼は思った。
「そうだ、自分に纏めて仕舞えばいいんだ。」
 どうすれば良いのか、分かっていた。
 ボクはすぐさまその二つと成った死体を、一つの塊に仕立て上げ、それを……口の中に放り込む。
 くちゃ、くちゃ、と肉を咀嚼する音が、その異様な密閉された空間に残響する。
 まさに、異常。肉の塊を、野太い肋骨や背骨などと一緒に噛み砕いてゆくのだ。いや、そこに、もとより、日常(せいじょう)は無い。
 
―――――圧倒的、強者による隠匿(ほしょく)

そう、その男は、まさに瞬間、その肉の塊を、空気でも食べているかのように口というルールに縛り付けて逝く。時々、顎の骨の折れる穆摂的な音が場内に響き渡った。

――――ごり…ごり、くちゃ…ぶぎょ…ごくん

「ああ、後は、全部大丈夫…」
 総てを仕舞(たべ)た彼は血だらけの唇を歪め、満足そうに微笑む。その結果として、頭から腕が生えようと、脚から父親の顔が浮かんでこようと…・。

              ◇

 …・きぃ、ぎぃぃぃぃぃ、
 古びた扉独特の、いやな匂いと音が当たりに漂う。
 それは、その建物の劣化を証明していた。
 そこには、無造作に詰まれた本と、なにに使うのか、ナイフが、ざっと数百本飾られている。その整理された少し下のほうへ目を落とすと、なにか前衛的なものを思わせる本の山の配置と、その本という存在に同化し、一緒になって床に積まれている女が一つ。
多義(たぎ)利(り) 連下(れんげ)。なぜか俺と名前が一緒なので、俺はレンと呼んでいる。長い黒髪に白いワイシャツ、そこに赤いカーディガンを着てしまうところに少しセンスを疑う。
何でも、この女は、自称、魔女っ子なんだそうだ。最初は信じられなかった…いや、覚えていれば信じられたのだろうが、まあとにかく、本当の魔術使いだ。俺から見たら、とある姫に毒りんごを渡した、有名なお話の黒魔女にしか見えねえけど、第一、魔女っ子がナイフを弄くっているか?子供の夢ぶち壊しじゃねえか。しかも年も明らかに23は越えているし、女の子って年じゃねえ、女残(おんなのこ)が正しい書き方だろう…・と、少し論点がずれてしまっていた様だ。まあ、俺が両親を失ってからお世話になっている人だ。しかし、こいつのせいで、そっちの世界に巻き込まれたといっても過言ではない。
「おお、速かったね、連下」
 俺は、その返答に、右手を上げて答える。
「今日、めんどくせえことになった。」
 連下は不機嫌そうに答える。
「また、いたの?しかも先生か。最近の奴らは自覚症状がないらしいから面倒くさかっただろ。どうしたんだ?」
「めんどくさいから殺してきた。」
 その答えに、レンはワザとらしく口をぽかんと開ける。
「おいおい、そいつ亡霊だったんだろ?そこら辺にいる幽霊(やつら)と一緒にするなよ。存在がそこに認識されるってことは、因果関係が逝かれるって事だぞ。ああ、かわいそうに、そいつに教えられてた奴ら、思いっきり馬鹿になっちまった。」
 目の前にいる男口調と女口調のため語の混じった女は、さも可笑しそうに爆笑する。何でも、そうすることによって、無意識化の人格に入れ替えてるとか何とか。
「訴求性を求めるなら、一週間前ぐらいからだから、大丈夫だろ。まあ、もし教員免許を正当なルートであがってきたとしたら、それこそ前の学年の先輩とかも含まれちまうから大変かもしんねえけど…いつも思うんだが、誰なんだよ、幽霊が不可視の存在として語り始めたの。」
 レンはふむ、と頷く。
「さあな、ただ、たまたま視覚的情報が、意識として少しだけ残ってた奴が、話し始めたんじゃないの?」
「だが、別に幽霊ってのは、視覚情報としてはまったく人間と変わりないだろ?潜入意識っていうのか?いつの間にか幽霊ってのは不可視の存在として世間一般で広がっている。第一、幽霊なんてのはどこにだっているんだ。そこの商店街にだっていくらでもいる。ほら、あそこで魚とか買ってんじゃん。」
 その連下の回答に、ナイフを弄くっているレンの顔が少しだけ真剣に成る。
「ただ重要なのは、それが意識として認識できるか、だろ。いくら視覚的、触覚的に認識できようと、意識で認識できなければそれはいないのと同じ。だから、そんな奴にかかわりを持ったって、その(・・)時(・)は(・)、そこにあるのだろうが、存在が意識で認識できないのだから、そこにあるのは、そこにあったかもしれないという、とても曖昧な存在感。それが怪談としてわけも分からず流行に乗り込み、闊歩する。」
 ふん、と何故か不機嫌そうに連下は鼻を鳴らす。
「それで、曖昧な存在感、ってのが不可視として脚色されたというわけか。簡単かつ、ファンタシイなお話しだこと」
「そんなことより、最近、面白い事件があったのを知ってるか?知らないよな、ああ、別にどうでもいい話だからね…」
 連下は思う、この人の思考は、どこをどうやっても、常人とはかけ離れたところにある。じゃ無かったら、どうやってここまで捻くれた人間になれるのだろうか。
「ああ、確かここら辺にその資料があったな…」
 そう言いながら、レンは、山住になっていた本の束の上から、紙の束を引き抜き、連下に投げつける。それを連下は右手でキャッチした。
 俺はそれを見ようとする…・とそれをレンは静止した。
「これを見たら、等価交換だ…当価値のものを引き換えにさせて貰おう。」
 レンの顔がニヤリと歪んだ。
 …こいつ、根っからが腐ってやがる。期待感は美化され増え続け、怒りは着実に現実として蓄積されてゆく…

 数分の期待感と怒りの均衡は、脆くも期待感のほうがわずかに上回っていたようで、俺はその紙をぺらぺらと捲り始めていた。現金な自分、少し嫌悪。これからは自分の意思を強く持たなければ。

「…なにこの写真、気持ちわり…」
 そこには、まさに異形と言う形容がそのまま表現された、存在がそこにあった。頭からは手が生え、脚からは顔が生える。グロテスク万歳。なんだかこれ見てると、ウイルスに犯された人間が人間を食って、感染してしまうゲームのラストボスを思い出す。
「見ようによっては笑えるな…つ〜か、生物学上成り立つのかよこんな形状。」
「成り立つからそこにあるんだろ?何でも、なんだかその塊、使い方まで覚えちゃったらしい。」
 その答えに、ピクリと連下の肩が反応した。
「めずらしいな。しかも幽霊でか?じゃあ、なんだ?こいつ、なんかの信徒だったのか?」
「いや、何でも、大麻やって、ビルから飛び降り自殺だと。」
 連下はふぅん、と顎に手を当てる。
「ダウン系で、被害観念による自殺か。めんどくさい奴、思い込みってーのはすぐに繋がるからな。ああ、そうか、だからこんな異形(かたち)してんのか。意味も無いところに想像力働かしやがって。もしかしたら、自殺する前に考(おぼ)えちまった可能性も無くは無いな。麻薬ってーのは、概念なんてもんは関係なくぶっ飛んでるから。」
「だね。精神が壊れてるなら、理屈なんて概念吹っ飛んでるし。なんかせこいよなあ、そんなもんで使えるように成っちゃうんだもん。」
 そのいささか論点のずれた回答に、俺は苦笑する。
「でも、そいつ、死んだあとにやったらしい…・・あっごめん、間違えた。殺ったあとにやったらしい。」
 何を言ってるんだこの女は、意味不明にも程があるぞ。声として認識している連下はその言葉の意味が良く分からなかった。話題はそのまま通過する。
「明日行ってくれる?…いや、明々後日で良い、どうせ明日、明後日は動けないだろう。」
…・・ちょっとまて。それはどういうことだ。
「等価交換だって言ったじゃない。」
「それは等価とはいえないだろ!」
 ふざけるな、都合のいいことを言うとき、大抵この女は女口調となる。
「…お前、恩をあだで返すつもりか」
前言撤回、本当に都合のいいことは、男口調になりやがる。

 …数秒の沈黙、その威圧感は、何も悪いことを言っていない俺に圧し掛かる…過去(職権)の乱用、反対

「…はぁ、分かったよ。明々後日でいいんだよな。」
 レンは詰まらなそうに、そのいつの間にか奪った俺に渡した紙をぺらぺらと捲る。
「なんなら脚の情報ぐらい貸してやっても良いけど…」
 その答えに連下は体中を毛羽立たせた。
「遠慮しとく、なんか後で混ざりそうで怖い。」
 大爆笑した。
「あははは…・そんなこと無いぞ、ただ自分の感覚として認識しにくいだけだから。」
「気分の問題だろ!で、なにをやったんだ?そいつ」
 いや、そんなもの気分以前の問題だ。自分の感覚が二つあるなんて考えただけでも水虫が走る。第一、そんなもの扱えるわけが無い…・・ちょっとまて、そうか、分かってて俺のことをおちょくってたのか!
 俺がそのことに気付いた事を勘付くと、レンはさらに大爆笑した。この悪魔め。本当に性根が腐ってやがる。
「何でも、死体を喰ったんだそうだ。いや、摂取というより、隠蔽のが近いかもしれない。
 腹の中に仕舞った。」
「別にいいじゃねえか。死体を食うことに、別に害は無いだろ?」
 その当然ともいえる答えにレンは楽しそうに謎々の問題を出すように質問を浴びせてきた。
「さあ、では問題、死体を摂取(たべた)のはなぜだ?」
 う〜ん、と連下は頭を捻る。
「あいつのルールだったんじゃねえの?例えば、死体を喰うと、力が増すとか。あるいはその行為自体を快感という感情に変換したのかもしれない。」
 その答えに、レンは首を横に振る。
「答えは簡単、人にばれない為だ。ちゃんとその紙読んどけよな。隠匿に大麻、その脅迫概念の塊となったそれが、完璧な隠蔽として目指すのは?」
 あー、あーあーあーあー
「全部仕舞っちまおうって言う、隠匿の大量虐殺の心理といいたいわけ?」
「御名答!さあ、そう言う事だから、出来れば速めにお願いね。」
 そういうと、レンは手に持っていたナイフと紙の束を投げてよこした。もはや俺に決定権、無。あはは、平等な国日本、どこが平等なんだ畜生め。
「ダニエル・ウィンクラーのアンティークナイフだ。高いから無くすなよ。」
「そんなら、あんたの作ったナイフを貸せよ。そっちのが使いやすいんだ。と言うか意味がある。使いやすさにアンティークの価値はあんまり関係ないだろ。」
「時代は魔力を刻む。まあ、それは私の中でのルールだから連下には関係ないことだがな。それに、あれは禁忌がかけてあるからな、あんまり使うと情報根こそぎ持ってかれるぞ?」
「大丈夫だよ。俺のルールにはそんなものは無い。」
「私のルールにそれがあるんだ。他人(もの)に干渉しなければ、それは力となりえない。それに情報という義稔は総てに共通することだ。こっちのルールは歴史が古い。使うなら気をつけろよ。」
 そういうと、レンは立ち上がり、箪笥の中から一本の布に巻かれた何かをを取り出した。
「これでいいか?私が作ったわけではないが、そっちの物だ。」
「それでいい。…なあ、いつも思うんだが、何で幽霊の定義ってーのは、すべて統一されてるんだろうな。」
 ふと、頭の過ぎった事を、何の考えもなしに口にする。
「さあな、でも、そうなると必然的に神という存在が感じられるよね。」
 わざとらしく、レンは神という単語を引き合いに出してきた。本当に嫌な人だ。
「俺は信じねえよ。ただ、魂は情報という考え方だけが、この地球のルールだと思ってる」
 レンはそれを聞いてなんだ、つまらん、と正直に口に出す。
「まあ、もともと私と連下は宗派が違うようなものだ。そんなこと言い合ってもしょうがないだろう。もしかしたらそれこそ私達が考えているだけの定義かもしれないんだから…。」
 その答えに、連下は数秒考え込む。
「意識に残らない映像…俺って、もともとは視覚的にさえ存在し得ない存在だった…て言ってたけど、そういうの、どういうことだったんだ?」
「多分、お前の場合は、その時点でルールが出来上がっていたんだろう。幽霊は不可視の存在だ…と。それがそこに透明という状態でそこにあったんだ。」
「それなら大概の死者はそうなるだろ!」
 そのいい加減な答えに、自然と声も大きくなる。
「お前の場合はレベルが違うんだよ。そのせいで私の言葉も認識できなったしね。正確に言うと概念だから言葉で説明することは出来ないんだが、あえて言うなら、幽霊というのは、絶対不可視の存在である。その状態での正常な思考判断能力は失われる。二度とこの体に戻ることはない。…ってルールを作ったんじゃないの。
大体、人は心臓が止まってから、脳が死ぬまでの3分間、考える時間がある。もちろん脳を破壊されてしまった者は、そんな時間は無いが、その間に、地獄に落ちることを想像した奴は、その通り自身で創造した地獄に落ちる。天国に行くことを想像した奴はその通りになる。その3分間の間、死についてまったく考えなかった者が幽霊として現世を闊歩する訳だ。」
ふむ、と連下は頷く。
 確かに理に適ってはいる。つまりレンはこう言いたいのであろう。死というのは、生きている£で一番現実と離れたところにある。ならば、そこに日常という既成概念は崩れ去りその想像が創造(ルール)となる…と。
「じゃあ何で何も考えなかった奴が幽霊としてそこに存在するんだよ。しかも、他人の日常という現実に、そこにあったのが当然のように。」
「私が知るか!そんなこと。それこそ、神の仕業か、お前の言う地球のルールなんだろうよ。」
 うわ、ありえねえ、自分の理由の矛盾に逆切れしやがった。
「はぁ、なんかこじ付けっぽいよな。魔術師を自称してるんだからもっと考えてくれよ。」
「魔術だって、正確にはルールだ。例えばこのようにモノを動かす方法は、作られたルールに乗せなければいけない。」
 そう言うと、レンは積み上げられた本の上に置いてあった木の棒を掴み、何かを呟いた。
 レンのルール(まじゅつ)よく分からないが、用は媒介なのであろう。詠唱と行動、それは情報と言う概念を外へ出すパターンに過ぎない。
 前にそれについて語ってもらったことがある。
 行動、つまりは詠唱を「杖を振る」と言う行動によりそれに現実性を持たせる。それによって現実性が持てるとは思えないが、多分、「何かをした」と言う身体的感覚が必要であると言うことだろう。
 そして、詠唱、それは創造された物体への干渉する何通りものパターンである。それはモノと言う存在を詠唱(ことば)に置き換えていると言うことだ。
 ならば、レンの詠唱は万物を操る悪魔の囁きだ。
『dbotok(dbotok) L(L) floatL(flotL) na(na) place(place) tural(tural) !』
その謎の囁きと共に、彼女の周りに積まれていた本はあるべき場所に還ってゆく。
おお、なんだか魔術師の片鱗を見れた気がする。だが、その歴史ある神秘をルールという一括りにしてしまうこの人は、はたして魔術師と呼べるであろうか?夢見る少年としては、ちょっと嫌だ。
「なるほど、歴史が積まれているだけで、根の部分は変わらないということか。俺にも出来るのか?」
「無理だろ。まずは神を信じることからしないとな。それに膨大な量の覚えることが沢山有るからね。なんならそこの入門書を貸しましょうか?例えば今みたいな物質移動系の魔法なんかが載ってますよ。あれは単語を別の魔術名に置き換え、英語の母音の音が繋がる場合、そこにOならばTを中央に入れAならばS……」
 あっ、やばい、言葉遣いが完璧に女口調になってやがる。
「あーあーあー、・・俺はいいよ。めんどくさいの嫌いだし…」
 その答えに、嬉々としていた顔が、一瞬にしていつもの無感動な顔になる。
「そうか、つまらない奴め。…・・っと、論点がかなりずれてしまった様だ。今回の奴についてどこまで話したかな…。」
「いや、大体のことは分かった。簡単に言えば、捕食(ルール)を持っている、単なる幽霊だろ?…」
 いや、と首を横に振り、レンはしゃべり始める。
「死体を隠匿しているんだ。多分、自分が死んでいることに気付いていない。存在は既に溢れている。りっぱな亡霊だよ」
亡霊、それは意識として残らない幽霊が、存在が、意識として残留することを意味する。その存在は触覚的、または対話などの行動を相手の意識の中に残留させることとなる。つまり、人間と変わらないと言うことだ。しかし、それはルールの相反性を無視することと成り、結果として、今朝の先生のように破滅するのが落ちだ。しかし、死を認識していないのなら話は別だ、幽霊と言うルールが当て嵌まらないのだから、ルールの相反性は無いので、そこに破滅は無い。
「どこにあるんだ?それ…」
 そう言って、連下は紙のある一行の文字に目を留めた。確かにそこにはこう書かれていた…・おいおい、勘弁してくれよ。
 その困惑の俺の表情に、レンはニヤリとする。
「だからお願いしたんだ、さあ逝ってらっしゃい!」

                 ◇

 とある、中流家庭、どこにでもある、一般の家庭。そんなものだと、彼は思っていた。
 みんな子供は、ずっと家に居なければ成らない物だし、ご飯だって、一日に一回しか貰えない。夜になれば、殴られる。当然だ、それが彼の中で一般など比較するものが無かったのだから。それが総てであり、それが彼の中のルールであった。
 しかし、それは突然に崩れる。
 家に警察がやってきた。何故かは分からない。彼がいつものように夜の殴られる時間をすごしていたときのことだった。警察は、無断でこの空間を侵し、彼達を何処かの別々の処へ連れて行った。
 初めての外出だった。初めての違反だった。初めての世界だった。
 その後、彼は名前を付けてもらった。もともとそんな存在を、法で認めてもらっていなかったから。
 そこで、彼は覚えた。一般の世界、一般の総て、一般の家庭。彼の十数年の遍歴は、そのわずか数日のうちに粉々に打ち砕かれた。そして、その時にはじめて痛む傷跡。
 傷は、日常の異常だ。それが、日常の正常であった彼は初めて、傷を異常と感じた。

いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい

 親に会いに行こう。初めての感覚(いたみ)を得た彼は、そう思った。
 彼の中で、憤怒としての感情が沸いてきたわけではない。
 人生の清算、彼の人生は赤字だらけだった。この痣(ふさい)を少しでも還しておかなければ気がすまなかったのだ。
数ヵ月後、彼の両親は、自宅に帰ってきた。
 彼は、そこへ向かった。ドアを開ける。そこには両親の姿があった。
 数ヶ月前と変わらない日常。ただ、ストレスの破棄場所となっていたものが、なくなっていただけだった…・
 ああ、別にいいさ。俺は人生の返済をしに来ただけだ。
彼は、本当に清算したかっただけだった。そして今まで殴られた量を、その日、総て返した。
              ……

 結果、そこにあった人間は壊れた。
 彼は知らなすぎた、人間がここまでも脆く儚い存在だということを…

                 ◇

…・かち、かち、かち

 ルールは、思い込み。
《概念は規則となり力と成る。想像は創造と成り万物に属するルールとなる》

誰が、そんなことを言っていたなんて、知らない。ただ、そこにあるのが必然であった。それが「神」なのか「地球のルール」なのかなんてどうでもいいことだし、もとより答えの無いものの答えを求めようとするなど極めてナンセンスで、円周率の限界を求めるようなものだ。
 ただ、事実…いや真実
 自分の崩壊、常にあるべき規則的な情報(いちぶ)の欠落、
 月曜に右手を失い
 火曜に右手が戻り 左手を失う

         水曜日に右足を失い
         木曜日に右足が戻り 左足を失う

                    金曜日に右目を失い
                    土曜日に右目が戻り 左目を失う
 
いや、欠損ではないのかも知れない、ただ無感なだけ。
 イメージはいつも霞、惚(ぼ)妬(や)けた不確定要素、自分の体を漂っている。
 かんかくはいつも無、自分で、その一部を感じることは出来ない。
 それは、自分にさえ認識できることの無い、そこに創造でき、そこに想像できない感覚。
 それは、認識できないと共に、存在はそこに在ると無(か)感(ん)じる矛盾
 俺に想像した創造(かすみ)は三つの段階を踏まえ、他人へと依存する。
 同調、共有、支配
 その代償として差し出したのは過去のキヲク。レンいわく、差し出したんじゃない、忘却したんだ、と喚いていたが、とにかく、差し出したのだ。
「なんだ、なんてたちの悪い創造者だ。そんな在り得ない事を本気で思い込んでる」
 そんなことを平然と言ってのけるコイツは本当に魔術師だ。絶対に悪魔と契約してやがる。きっとそのせいで頭ん中が捻くれちまったに違いない。きっとそうだ。
レン曰く、それは情報(じょうほう)引継(いんぞく)と言われる物で、本能で否定した過去は情報として引き継がれないのだそうだ。だが、絶対にそんなこと信じない、だってそんなもの魔術のルールだろ?俺のルールにそんなややこしいルールはない。
 すると、どこからとも無くワザとらしい溜息が聞こえてきた。
「強情だな、これは「神」…いや連下風に言えば「地球のルール」だったか?それだよ。自分で言ってただろ?幽霊の創造は地球の創造だとか、かんとか。」
 むっ、まて、なぜ今、会話がある?
……かち、かち、かち、じりりりりりりりり!!!!
 けたたましい、音響と共に、地獄(ゲヘナ)の夢(ヒュプノス)から現実(タナトス)へと意識を引き戻したのは、目覚まし時計という名の文明の利器、いつもは睡眠を妨げる忌々しい存在でしかないが、今日ばかりは感謝する。ありがとう、これを発明した人に。
「グットモーニング、良い朝だね連下。」
 いやにムカつく音と共に、現実の地獄へと突き落としたのは保護者であるレン、
バットモーニング、ミス・レン、俺は彼女をこう呼ぶことにした、「インヴォーディメント ゲヘナ」具現化された地獄と。
「なにがグットモーニングだ畜生め、勝手に人の夢に侵入しやがって、プライバシーも糞も有ったもんじゃねぇ。」
 その返答として返ってきたのは悪びれも、罪悪感も感じていない一言
「子供の間違えは正すものでしょ?しかも保護者と被護者の間にはプライバシーは存在しないの。すばらしき日本の法律だろ?」
 …・もし言葉に殺傷能力があったとしたら、この人少なくとも今までに100人は殺してる。神はやっぱり居ないのだろう。口を与えていい人と与えてはいけない人を間違えている。少なくともこの人は前者、口を与えてはいけない人だ。

「ほら、早く学校へ行けなさい!」
 どうやら、命令口調のときは男の口調に成るはずなのに、母親気取りをやってみたかったらしく、語尾がおかしいことに成っていた。

               ◆

 数分後、俺は松葉杖を衝きながら、維持らしくも学校へと向かっていた。天気は晴れ、晴天洋々の青空でその青さはケアンズの海を連想させた。
 そんな中で、いきなり嫌になる登場人物その1、学校生徒J・K君
「おう!連下、今日は早かったな!」

                   ―――――き■■、■■は、■う

 嫌になる。本当になんなんだコイツは、いちいち俺に干渉してくるんじゃねえ。
 その状況の矛盾に気付かず、回答する。
「ああ、お前。そのテンションをどうにか鎮めろ。朝に来ると嫌にむさい。」
「エンドルフィンの発生が止まらねえんだ!」
 おお、エンドルフィンなんて難しい言葉を知ってやがる。だが、それって脳内麻薬のことだろ?この麻薬中毒者め。
「なあ、この前話してた幽霊の話だけど」
「ああ、その話はもう終わりだ。そんなこと考えても人生に何の利益も無いだろ?まあ、そういう事は考えないほうが後々お得だからな。」
「なんだ、それ?意味分かんねえよ。」
「まあ、とにかく地獄とか、天国とか、そんなこと考えない方が、後々、とってもお得なんだよ。もし、考えるなら天国にしとけ。妙にリアルな地獄とか考えたら最後、最悪だぜ。」
 うわあ、考えるだけでも身の毛が弥立つ。中にはそう言う人も悼んだろうなあ。ご愁傷様です。
「話が見えねえけど、まあいいや、どっちにしろ、もう仕様が無い話だからな。」
「ああそうだ。余計なことは考えないほうがいい。人間、余計な想像が創造(ルール)となったときとんでもないことに成るからな。」
 それ、俺の事。その、自分の内でしか分からないような会話をしていると、霧島甚と言う男は、ふむ、ふむ、と何が分かったのか意味不明な相槌を打っている。
「そんな事より、知ってるか?実際に居た魔術師≠チてテレビ。すげえの何の、なんか本とか浮かしてたんだぜ。」
 はあ、この男は、霊能力者は信じないくせに魔術師を信じるのか?定義が分からん。
「そんなの嘘に決まってるだろ。どうせ細い透明なワイヤーかなんかで吊るしてるに決まってる。昔からそんなのいっぱい居たじゃねえか。ほら、なんかの宗教団体の将校も「空へ浮きます」とか言って、ワイヤーで吊るされてたじゃねえか。」
「いや、なんだか本物っぽいんだよ。なにやらいつもナイフを弄くっていて」
 …今、何か既視感のようなものが一瞬頭をよぎる。
「それで、言葉遣いがおかしいんだよ。しょっちゅう男の言葉遣いや女の言葉遣いとかに変わったり、丁寧語になったり…」

 期待感と言うより好奇心、

「そんでもって、髪の毛が長くて、白いワイシャツに赤いカーディガンを着てるのか?」
 その答えに、霧島は大爆笑、

なんだそれ!?と言う答えが……・・返ってこなかった。

「なんだ、知ってるじゃねえか」
…頭痛てえ、なにやってんのあの人。もう神秘も糞もねえじゃねえか。
「ああ、その人は…気にしちゃ駄目だ。」
…・・きーん、こーん

――――偶然(その時)、
 授業の始まりのチャイムが、学校という空間全体に響き渡る。さて、今日の授業は受けるに値するか、否か。…いや、たまには受けてみるのもありだな。人間、協調性を持たなければ。
 そう心の中で呟くと、連下は席に座る。
 起立、起用付け、礼、着席。学校という規則(ルール)が、まるで螺旋のように繰り返される。
 そして、現在日本という国で導入されている制度、総合的学習、そこでの先生の一言。
「個性を生かしましょう。そして、規則を守りましょう。」
その光景を連下は滑稽と感じた。明らかに矛盾である。個性とは創造だ。規則とは規則だ。創造と規則は相反するもの。創造(ルール)とは規則(ルール)では無い。似ているようで、まったくの異。想像は創造となるが、規則へと至ることは無い。
「馬鹿みてえ…・だな」
 そんなことを言いながら、孤独な天才を気取って、連下は教室を出て行った。ほら、先日にも自分の意思を強く持とうって言ったばかりでしょ?やっぱり、自分を尊重しなきゃ。
 そんな言い訳がましい回答を自分の中で反響させながら、連下は規則(ルール)が行われているその空間を、抜け出した…・。

               ◇

それを、霧島甚は溜息をつきながら見ていた。

              ――――――気付け、■■■、■う

               ◇

誰が言ったのだろう?たぶん偉大な人の言葉だったのかもしれない、ただ、とても意味が深いなぁ、とただその時は思っていた。

《過去は戻らない、故に、進む。》

 初めて(それぞれ)の時間の解釈

 例えは、殺人、死(あやまち)は戻らない。    ―――――精神の崩壊
 例えは、記憶、記(しるべ)は残らない。     ―――――過去の忘却
 例えは、禁忌、人生(きどう)は変えられない。――――――語られない人生

 過ぎるのは、どのルールでも縛ることの出来ない時間
 進行した時間は…・意味(ルール)を変える

 誰かが言う、時間は自由だ、誰からも隠匿(しばら)れない。
 連下は言う、時間は孤独だ、誰からも依存(しばら)れない。
 レンは言う、時間は魔術だ、誰からも操作(しばら)れない。

 奔流するは三つ巴の、個の思惑(ルール)、

 魔術、 人生を縛り付けた、魔術師
 依存、 他人への依存で自己を完結する、身体異常者
 隠匿、 結果を隠匿する、気付ぬ精神異状亡霊

駒は揃った、総てが交叉する一つの世界(ルール)、
……・総てを孕み、総てを奔流する。

                   ◇



……this conversation(この戯れは) is(此処に) put(擱き) here.  Will(続きへ) be Connected(持ち越される) to the future…



 昼過ぎ、外は完成されることのない無虚の残骸、いわゆるバブル崩壊のときに捨てられたテーマパークのようでもある。そんなものが何故学校の近くにあるのか。
 そんな中でカリカリと言う文字を紙に書き込む朴木的な音が室内に木霊する。
 天気は晴れ、しかし多義利連下という日常の中に外出という考えは存在しなかった。
まるで引き篭もりみたいだ、と、とある馬鹿に貶されたことがある。いや、その時は本当に豚にでも変えてやろうかと考えてみたものだが、確かに外出をしないのに意味はなく、言い返せないので食事抜きで勘弁してやった。
「偶(たま)には、少し外出でもしてみようか・・・・・」
 ちょっとそんなことを考えてみる。
 うむ、そういうのもたまには有りなのかもしれない。なんか引き篭もりだってことを肯定しているみたいでなんかやだけど、こんな濃縮された歪不異街みたいなところにいたら比喩ではなく体から腐臭が溢れてきそうだ。
 そうなれば決まりだ、彼女はお気に入りのナイフを手に、
そして、
・・・・・護身用にと細い木の棒を手に取る。

 本来、魔術を窮めた多義利連下という魔術師に、杖と言う依り代は必要としない。杖というのは謂わば創造の駄目押しに過ぎない。実際にモノに干渉し得るのは詠唱であり、杖を振るという動作はそれの神秘を現実に引き揚げる為の現実性(ほうそく)である。だが、魔術というルール、それは日常に近づくほど魔術は堕落するものである。故に偉状の魔術師達は、安定性よりもより強力を求め、杖の使用を嫌う・・・もとい、必要性が無い。
もちろんレンがそれが出来ないほどの未熟者だと言う訳ではない、ただ、その杖が彼女にとって、大切な宝物だった。
 それは、過去を語ることの無い彼女の唯一の繋所(かこ)。巍入(かんしょう)が魔力に加算されるなどと言う事は聞いたこともないがすでに、彼女の杖を振るという動作は、現実性(ほうそく)ではなく強化性(ほうそく)となり彼女の魔術(ルール)と化している。魔術師として彼女に対抗しえる存在は、おそらくもう居ないだろう。
 しかし、そんな彼女でも干渉できないルールがある。

それは、過去
                                  それは、未来
                それは、現在

「時間の逆説(タイムパラドックス)、それは魔術が決めたルールだから干渉し得ないのだろうか?・・・・笑止、どちらにせよ過去は戻らない、いくら思い出したところで意味は成さないでしょうね。」
 レンはそんなことを呟き嘲笑する。
 ただそれは、自嘲ではなく他嘲。過去は過ぎてしまった以上、すでに自分ではない、自分を模した別人である。だから彼女は語らない、だって、別人のお話をしたって、それは自分のことではないのだから・・・・
「おっと、またもや思念に耽ってしまった。年をとったのかしら?くそ、だんだん醜母(おば)さんに成っているのか?」
畜生、歳は取りたくないものですね。なんて言ってみる。
 そう言えば昔、魔女の妙薬を作ろうとか言う話が仲間内で流行り、悉く失敗に終わったことがあった。たしか、これを飲めば歳を摂らないという暗示を浴け、肉体の年齢を止めるとか何とか。まあ、結局それは失敗に終った。
「・・・あれ?でも、何で出来なかったのかしら。」
 そう言えば言い得て妙な話でもある。何故、歳を止める妙薬は出来なかったのだろう。やはり暗示などではその個としての事実と成り得ないのであろうか?
否、魔術師の暗示はもはや洗脳の域に達している。催眠術師の行う暗示が、理性に干渉するものだとしたら、魔術師の暗示は本能に直接刷り込む既成事実だ。よく漫画などで見る忘却呪文なども結局は記憶の刷り込みであり、その「無」という情報を過去(きおく)に上書きしているに過ぎない。
それだけに、魔術師の暗示は絶対であり、それが当然(じじつ)となるわけだ。
 ならば、何故?
「そうか、時間のルールか・・・・」
そう、結局はそれは時間という「神」(ルール)に逆らうこととなるのだから無理な話だった訳だ。
「・・・って、あれ?論点がズレてる。」
 いや、論点以前の問題だ。第一、私は外に出に行こうと思っていただけなのになんでこんな訳の解らないことを思考していたんだ?
 かりかりと頭を掻いてみる。
・・・・そんな時、その一室の高鈴は鳴り響いた。

ピンポーン

「・・・!?」

一瞬にしてレンの頭の回路は警戒へと切り替わる。彼女がその自体に至るのは唯一つの疑問の為。

――――――何故、ここに来れたのか?
そう、いわばここは魔術で作られた要塞である。この空間までに至るには絶対不可な律しがある。その暗示は、「来者の意識を拒否する」つまり意識してこの空間を認識できないと言う訳である。無意識下でしか来れない・・・が、意識しなければ来る意味が無い。逆説を唱えることを許さない絶否空間。
しかし、その呼び鈴を押すと言う行為自体が、意識していないという可能性を完全否定する。つまり、考えられる可能性はただ二つ、この暗示された空間を暗示した、か、空間自体を呪ったか、と言うことだ。
 おそらく後者、モノに干渉する魔術において彼女以上に秀でた者はいない。その強力な戒めをさらに上回る創造(思い込み)によって縛るなどは創造し難い。
 ならば呪忌、不純物が紛れ込んだこの空間はもはや安全ではない。
 杖を素早く腰から引き抜く・・・・・
 恐汗(ひあせ)なのか、それとも単に暑いだけなのか、汗が頬を傳う。
 彼女とてそれだけの修羅場は潜って来た、しかし、自分の領域に至るまでを踏み込まれたには自分の弱聾を否めない。
ちっ、耄碌したものだ。レンはつまらなそうに舌を打つ。
 今、自分から外に出るのは無策暴だ、狙うなら開いた瞬間・・・

「・・・連下?ちょっと、早く開けてよ!!」

「・・・・」



えーと・・・・思考が意味不明、つーか理解したらそれも意味不明。

頭を捻ること数秒、理解した事柄を整理する。

 うん、ようは、私はとんでもない間違いを犯していたわけだ。この声の主がただ通れるだけの理由はそれ以外にある。
 レンは溜怒を吐きながらその自己の工房(たいない)たる空間を開放する・・・・
「おひさ〜、なんか来ちゃったっ!!」
 そう、つまりこの人は私の知り合いだったわけで・・・・
「どうしたの?連下、久しぶりの師弟の再会に言葉も出ないの?」
 そう、つまりこの人は私の師匠だったわけで・・・・
はぁ、彼女の溜息は今までになく重く、そして、それが本心からの否定であることを示す。
「どうしたんですか?まさか世間話をしに来た訳でもないでしょう。」
「いや、風の噂で弟子を取ったって話を聞いたもんですからね〜!!」
 その自分よりも年の若く微笑む少女を私は不覚にもドキリとしてしまった。別にそんな趣味があるわけでもないのだが、同性でもそう感じるほど目の前にいる田伐(たぎり)扇情(せんじょう)と呼ばれる少女は可憐であった。
 しかし、騙されてはいけない。実際年齢65歳、確実に私よりもおばさんだ。時代を留める事はできないが外装は付属物だ、と言い放ったこの人は外装を取り替えることで肉体を維持しているとか何とか。
「弟子なんか取ってませんよ、ただ助けてやっただけですから。第一そんなことで来たんですかあなたは?」
「そんな訳ないでしょ?綾下連下、彼に興味があってね。」


               not end
2005/03/17(Thu)23:12:59 公開 / Town Goose
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■作者からのメッセージ
久しぶりの更新です・・・恐ろしく鼻が痛い、花粉症、オゾン層を望む世界の人には悪いですが、杉を伐採すべきだ。
ええと、まだまだ未熟者なので、感想を貰えると物凄い嬉しいです。出来れば文章のどこがいけないとか・・・宜しくお願い致します。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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