- 『ダメ人間誕生』 作者:一徹 / 未分類 未分類
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確かに、おれは非常に出来が悪い。
勉強は出来ないし、スポーツもてんで駄目だ。かといって正義のヒーローに変身して悪い宇宙人と戦うということも出来はしない。
一度そういうことを夢見たころもあったが、おれの場合常に回ってくる配役は魔王のほうで、好き勝手ぼこられて、泣きながら魔王城と設定された公園の土管に、肩を落とし戻っていく様など、負け犬そのものであった。
力がほしい、と世界中のどんな悪いやつよりも強く願ったものであるが、しかし現れない。突然現れて、力がほしいか、とか、貴様の憎悪、確かに受け取った、とかいって超人間にしてくれる不思議生命体も、現れなかった。
また、宇宙人に助けを求めたことも会ったなあ。確か中学校に入ったばかりのとき、小学校と同じように木の棒でつつかれながら帰宅したその晩。そうだ、宇宙人に体を改造してもらおう、と突然思いつき、ああ、なんておれは馬鹿なんだろう、ネットで数々の宇宙人の呼び方を検索し、すっぽんぽんで屋根でベランダに出て、こう叫んだ。
「リトルグレーイ! ここにマッシュルームがあるぞー!」
馬鹿だよ、おれ。生きる価値なしだよ。死んだほうがいいよ、こんな知性生命体。そもそもおれに知性なんてあるのか疑問で仕方なかったりするのだが。
だから、いつかおれを救ってくれる人が、どこかから来てくれるのだろう、と常に夢想していた。しょうがないじゃないか現実は鉄のように冷たく、硬い。せめて花であったなら、一瞬でもぱっと輝いて、散っていけただろうに。あいにくおれには脳があり、その脳は爆弾抱えて「腐った社会に制裁を」とほざきつつぱっとお星様になるような行動パターンを構成しない。黒い悪魔、といえば聞こえはいいが、いわゆるチャバネというやつにおれはなって、光の届かない臭い汚い地下道を、這いつくばっていくしかないのだ。
そういうおれであるが、しかしこれを他人から言われるとどう思うだろうか。絶対否定するはずだ。おれは自分を卑下して、ああなんてかわいそうなやつだろう、お前は、とシンデレラ気分に浸っていただけなのだ。決して本当に、駄目なやつとは思っていない、深層意識では。そう信じたい。
だから、だからだ。おれの家に突如現れた彼女の一言は、どうして真に受けるわけには行かない。はいそうですか、それではお願いします、と頼むわけには行かないのだ。
彼女は、おれが高校初めのゴールデンウィークをフル活用して、一睡もせず、ネット徘徊しフリーエロゲーを際限なく攻略していたときに現れた。
どこから? 当然玄関から。おれの馬鹿遺伝子の大本の片割れである母親は、突然の来客を、なんの疑問も持たずあげてしまった。
「女の子だったから、しょうがないじゃない」
母親は、不審者に敷居をまたがすことを正当化した。とはいえ、しょうがないのかもしれない。同級生で家に遊びに来たやつなんて、かつて今まで誰もいなかったから、舞い上がっていたとして許すしかない。
彼女は、美女であった。腰まで届く滑らかな栗色の髪、スリーサイズはボンッキュッボン(古いね)、腰が異様に高い、ニッコリ微笑んで部屋に侵入されたとき、実をいうと、おれも内心ワクワクしていた。なんだろう、異世界に連れて行ってくれるのか、あなたが勇者の末裔です、とかいう無理やりな設定が加わってくるのか、あるいは一目ぼれとかいうものか、なんだか美少女シュミレーション、もといエロゲーみたいだなあ、とこれから現れる更なる美女を予感し、春を一人感じた。それとも実は幼馴染あるいは年上のイトコあるいはハトコで、昔結婚しようね、と約束しあった仲で、家を飛び出して単身、地図の見方も分からないのにここにたどり着いたのかしら、と妄想は果てなく突き進み、だがおれは無意味なくらい昔を覚えていて、いいや幼少のころは女子にさえ泥を投げられていた、と思い直し、ふっと現実を突きつけられた気分で、落ち込んだ。
女は、野村美帆、と名乗った。
おれも負けじと出来るだけ格好付け、平静を装って、自己紹介しようと試みたのだが、しかしここ数年誰とも話しておらず、目の前に人を置いて発声する、というのに戸惑った。
「お、お、おれの名前は……」
「あ、知ってますよ。松野徹さんでしょう?」
よく知ってらっしゃる美少女野村さん。調べられたんですか、おれについて。おれについて。おれについて。
「ど、どうしてそれを」おれは表面上驚いて、たずねた。
「まあ、そんなことどうだっていいじゃないですか」
本来なら、この時点でおかしい、と気づくべきだったのだ。どうしておれのことを知っている。どうだっていいじゃないですか、と答えるようなやつに、マトモを求めてはいけない。
だが、アフォなおれも、本当、そんなことはどうだってよく、ひたすら次に来るだろう非日常的な展開、というものを期待していた。
美女野村は硬直するおれを置いて、部屋を見渡し、立ち上がり本棚に向かった。数百冊並ぶ本は、おれの血と汗の集大成だ。
「すごい量ですねえ……」
「いや、それはおれも頑張ったからね」
「頑張った?」
「まあ、県内のあらゆる古本屋を訪ねて、掘り出し物を探し続けた結果さ」なぜか自慢げ。
「へえ、そういうところは努力したのに、どうして勉強はしなかったんですか?」
おれは耳を疑った。
「は?」
「は? じゃありませんよ。そんな無駄な体力使って駆けずり回るぐらいなら、もっと勉強すればいいのに」
「いや、まあ、そうだけど……」
しぼむ語気。
「そもそも、この部屋って、ぜんぜんダメダメですよね。無駄に暗いし無駄にイカ臭いし無駄に散らかってるし。これじゃ、落ちこぼれになったのも、頷けます」
「な、なにを……」
野村は部屋の隅々にまで注意を払った。
「押入れの中!」
叫ぶなり、押入れの戸を開こうとする。おれは唐突な展開に、慌てた。そこはヤバイ、なりふり構わず、野村の足を引っ張る。
「ちょ、こら、なに人の部屋物色してるんだ!」
「この中ですね、駄目人間の集大成、何歳ですか、おじいちゃん」
おじいちゃん、という言葉に、おれの体は反応し、止まる。その隙を突き、野村は勢いよく戸を開いた。だらだらと溢れるエロ本。野村はそれを手に取り、眺め、ぽいと捨てた。
「高校一年ですよね? これって、犯罪ですよ? 分かってますか犯罪者松野徹さん」
「あのさ、おじいちゃんって……?」
おれが懸賞で当てたよく分からないオモチャを捻じ曲げる野村美帆は、ま、いいか、とおれに近づき、いった。
「私は、あなたの孫です」
孫。ようするに子供の子供だ。子供の子供が産まれれば、おれは当然二十や三十そこらの年齢ではないはずで、決して、絶対、十代での孫と顔を合わせるということは、無いはずだ。
また、必然的に、子供孫は親より若くなければならず、親より年上の孫は孫ではなく、孫を装うほかの何かである。
そういう定義を、おれの孫と自称する野村美帆は次のように解決した。
「未来からやってきました」
なるほど、未来から。
「よくも遠くから着やがりました、どうぞお帰りください」
未来は東です、太平洋上空です。あるいはガラパゴス。
「あ、ひどいですね、おじいちゃん。わざわざ会いにきたのは、おじいちゃんのためでもあるんですよ」
「おれのため?」耳を疑った。
「おじいちゃんは、このままいくと、駄目人間になるんです」
おれ駄目人間化説。というかおれの行動を考えてみると、今も駄目なような気がするんだがな。
孫、野村はこう語った。
三十代半ば、社会の荒波に飲まれくたびれたおれは、リストラに遭い、旅行先の中東で、感化されテロリスト入り。
四十代で、宇宙ステーション陥落させて、
五十代に突入すると、地球連合を敵に回して、
六十代に至って、独立国家を火星で建国。
七十代、月を地球に落とし、人口を一パーセントにまで減らす。
八十代に入り、仲間に裏切られ宇宙の藻屑と化す。
「そう、おじいちゃんはもっと駄目人間になるんです」
「の、のび丸君よりひどいじゃないか……」特に四十代からのSFはイッてないか?
「だからこうやって私が未来からやってきたんです。おじいちゃんとマトモな道に進ませるために」力強く頷く。
「いや、待てよ、そういうのって、禁止されるんじゃないのか、ほら、タイムパトロールとか、そういうのに」
「ああ、おじいちゃんの場合、改心させるのは絶対的運命に含まれるんです」
「ぜ、絶対的運命?」
「そうならなければならないことです。おじいちゃんを駄目人間として進ませると、全人類に被害が出ますよね? こういう場合、特例として改変することが許されるんですよ」
過去にも数度時間改変が許された、と野村は語った。
「分かってくれましたか? 駄目人間のおじいちゃん」ああ、うざい、とはこういうときに使うものなのかなあ。
「し、信じられるかよ。というか、本当にお前はおれの孫なのか?」
「はい。おじいちゃんのお母さんの、曾孫ですよ〜」
「いや、分かってるけどさ……」
「それじゃ、早速やりますか」すっくと立ち上がる。
「な、何を?」
「この部屋から駄目なものを消滅させるんです」
そういって、孫はおれの宝をゴミ袋に詰め始めたのだ。
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2005/02/19(Sat)20:37:35 公開 / 一徹
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■作者からのメッセージ
ハイ、お久しぶりです〜
ダメ人間の話です。ダメだな、と思いながら読まれるのがいいでしょうよ。