- 『Infinite Dreams 不良品と不死身の少女』 作者:現在楽識 / 未分類 未分類
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全角84576.5文字
容量169153 bytes
原稿用紙約281.75枚
プロローグ
僕は何もかも失った。 友達も家族も自分自身も……
絶望することさえ絶望してしまった。
人を信じて馬鹿を見てしまった。人を信頼して失敗した。
僕はもう誰とも関わりたくない。誰にも心を開きたくない。
何度も死のうと思った。だけど出来なかった。でももう苦しまなくても良くなった。
「どうすればいいんだろ……」
何度目か数えることが面倒なくらい自殺に失敗した。
「どうすればこんな因果から抜け出せるんだろう。」
冬の星空の下、山奥の鉄筋コンクリート製の建物の屋上で僕は、檻から抜け出して夜景を見ていた。
正確に言えば夜景を見るためではなく、ただ佇んでいただけだ。
展望台のように見晴らしがよく、街の明かりがイルミネーションのようだ。
そんな明るい街と対照的な所に僕はいる。普通の世界を覗いているようだ。
僕は普通の子供みたいな生活はできないだろう、もう二度と……
毎日、学校行って、帰ったら実験、その繰り返しばかり。
「誰か教えてくれ……」
今日注射されたところが痛む、袖をまくり自分の腕を見た。
まるで薬物中毒者のように無数の注射痕、それを見るとより痛みが増す。
なんとなく両手を振ってみた。暗い闇をきるだけだ。気を紛らわすことさえ出来ない。
腕じゃなくてもっと別のところが痛む、もう嫌だ、こんな人生終わらせたい。みんなの所に行きたい。
寒い風が吹く2月28日の夜の屋上、あと30分もしないうちに3月になる。
「誰か知っていたら教えてくれ」
ここには僕以外誰もいないし何も無い。ここにあるのは冷たいコンクリートの建物と『闇』、
暗い闇だけではなく心の闇もある。僕の心の闇だけど。
それに僕が知りたいのはそれだけじゃない。
「それを脱出する方法はあるよ」
不意に僕の耳に声が聞こえた。
「そのために聴きたい」
『君の夢はなんだい?』
どこかから声がする。聞き覚えがある声だ。僕は、辺りを見回した。
あるのは深い闇と街の明かりだけだ、不意に空を見上げた。完全に雲ひとつ無い空、
冬の空気が澄み切った綺麗な空。ここまですっきりしていると絶対に雨とか降らないだろう。
「僕の夢? そんなものもう無いよ……」
僕はそのままつぶやいた。夢はすべて砕かれた。僕の心は粉砕された。
僕の日常は砕け散った。僕の家族も散った。だから……もう無い……夢なんて、
希望なんて、もうない。
「そんなわけ無いだろ? 夢が無い人はいないんだから」
柵の向こうの景色にぼんやりと輪郭が見えてきた、それがだんだんハッキリしてきた。
僕だ、目の前の夜景に僕がいる。宙に浮いている……
「お前は誰だよ」
鏡に向かってお前、誰? ってきいている気がする。
「僕は君だよ、君は僕だよ」
空中で笑っている僕に、僕は、
「お前が僕なら今の気持ちがわかるだろ? わかるんなら、…………」
『僕にかまうな、僕を死なせろ、僕を消滅させろ』
僕は目の前の僕に喚いた。
「それが……君の夢なの? 消滅することが君の願いなの?」
消滅することが……僕の願いなのか?
死ぬことが願いなのか? 確かにそうかもしれないけど、
一回でもいいからマシな生活をしてみたい。普通の子供の生活をしてみた。
だから僕の夢は、望みは、願いはこれしかない。
「心を……他人の気持ちがわかるようにしてくれ。」
そうすれば、馬鹿を見なくていい……失敗しなくてもいい……
そうすれば、もう少し、もう少しだけマシな生活ができるはずだから……
「それが君の願いなの?」
今度は失敗しないために……失敗しないで生きるために……
「君の願いは3つとも叶えてあげるよ」
3つ? 何だよ3つって……僕の願いは少なくても2つしかないはず、それ以外に何がある。
僕の脳裏を昔の事が過ぎった。まさか……
「君はいつでも自分で消滅できる…そして、君は人の心がわかるようになったよ」
その2つは確かに願ったけど、あとひとつは、僕はこいつの前で願ってはいない。
その願いは、遠い昔に願ったことだ、いまさら……いまさらなんなんだ、
「そして、君は、…………」
そういって、僕は消えていった。やめろ、そんなものはいらない。
「そんなものはいらない、取り消せ」
僕は叫んだ、心の底からいらないと、闇に向かって吼えた。僕の姿が消えても、声だけは聞こえる
「僕は君、だから君の願いは知っている。それは君が願ったんだよ?」
確かに僕は昔、望んでしまった。すべてを失った理由をぶつけるために、
自分を支えるために、自分が生きることをやめないために、現実に無理やり縛り付けるために作った鎖の様な物だ。
確かに望んでしまった。昔、そんな望みを望んでしまった。
きっと僕はその願いはあきらめきれてないんだ。
とりあえず長生きはする気はない。少しだけでもいいからマシな生活をしてみたいだけだから……
「とりあえず・・・3年、1年は短いし2年でも足りない、だけど4年は長い……」
僕は夜空を見ながら呟いた。
3年ぐらいなら、もう少しマシな生活が体験できると思う。
「今日から3年後の3月1日に、1095日後に僕は消える」
そう決めた、だからそれまできちんと生きよう。
僕は金属製の扉を開いて自分の檻に戻ることにした。今はまだその時じゃない。
僕がすべてを覚悟したときから僕の物語は変化した。
自分で書き換えたのか、それとも誰かに書き換えられたかは解らないけれど、
僕の道はそれた。まともな道じゃなくて何も無いところを歩き出した。
「ついでに最後にひとついいか?」
僕は闇に向かってしゃべりかけた。自然な口調で……
「僕の存在って何?」
闇から答えが返ってきた。
「それは自分で探してみろよ、せっかくの機会なんだから」
「それに君は『Infinite』なんだから」
第1章 青空の下の不良品
あの時から本気で笑ったことはない。誰とも仲良くなれない。自分の気持ちすら解らない。
だから暇だ、だけど…それが『普通』だったのかも知れない。
1
「だりーな、眠いし、このままサボろうかな?」
12月の少々というか結構寒い、7階建ての私立天国高校(あまくにこうこう)の屋上。
3時間目の開始のチャイムが鳴っているのを聞いて。
僕、白黒現夢(はくこくげんむ)は出入り口上のアンテナ設置箇所で仰向けに寝転がった。綺麗な青空が見える。
「あと3ヶ月か、……やっぱり暇だな。このままサボるか」
僕はいつものことだが授業をサボることにした。
苦しくてくだらない世界、同じことの繰り返しの現実から消えるまであと90日、あと90日もある。
「3年ってのも長すぎたかな? 」
学ランのポケットからタバコとライター、携帯灰皿を取り出して、タバコを口に咥えて火をつけた。
「今日も空は青いか、下らない、暇だ、不快だ」
僕は青空が嫌いだ、晴天ならなおさら雲がなければそれが2乗される。
煙を肺に入れた、少しだけ平衡感覚が狂う、気持ちいい。紫煙で景色が少し遮られる。目の前には町並みが見える。
その時、扉の開く音がした。誰か来た!
「誰かいますかー? ……誰もいないよね、こんな時間」
女の子の声だ、誰だろう?
足音が近づいてくる。はしごを登る音がする。
急いで僕は、タバコを握って火を消して、灰皿に入れた。この間20秒もたたない。
「……シロクロ?」
はしごを登ってきた女の子に僕は見覚えはない。
学校指定のカーディガン、少々茶色ががかった黒髪、身長は僕より少し小さい
少々幼い顔だが多分同級生、可能性としてクラスメイトだろう。
この女の子に僕は見覚えはない。というより、僕はクラスメイトの名前すら一人も覚えていない。
「シロクロ言うな、というより誰だよお前」
シロクロとは僕に対してのクラスでのニックネームだ。
女の子は酷いと言って近寄ってきた。
「あんたさあ、クラスメイトの名前ぐらい覚えときなよ。」
女の子はあきれた様子だ。
「…………」
僕は沈黙する。沈黙するしかない。なんとなくだけど、
サッカー場で体育の授業をしているのか、騒がしい声がかすかに聞こえる。
「って、本当に覚えてないの? 信じられない、それってまずくない? もう12月ですよ?」
長い長い沈黙を破った結構大きめのリアクション、今授業中なんだからそんなのは控えてほしいんだけど、
どうでもいい人の名前と顔なんて覚えてどうするんだ、そんなの無駄だ。
「で、お前の名前は?」
僕が訊くと少々恥ずかしそうに顔を赤くした。
「秋冬春夏(しゅうとうしゅんか)秋、冬、春、夏って書くの」
「変な名前だな」
そんな僕の言葉に、
「あんたに言われたくない」
そう言って、頭をかち割らんばかりのメガトンチョップを僕の頭にぶち込んだ。
なんとなく彼女の背中を見た。
綺麗な美しい白い翼、純白の翼だけどその美しさはすべてその翼に巻きついているものが台無しにしている。
鎖が巻きついていた。さらに錠前付きこれで十分だ。
なんか悩み持ちか、関わりたくない。
僕のこの子に対しての第一印象はそれだけだった。
2
とりあえず僕はこの秋冬春夏とか言う女の子と話をしていた。
「というかシロクロって教室にいてもわからないよね」
「俺は他人と関わるのが嫌いなんだ。特に自分から関わろうとしない」
もう他人を信じられないから、信じようとしないから、自分の邪魔をするやつは容赦なく排除する。
「なんかそんな感じだね、でもさあ、一回教えた名前は忘れないでね。」
彼女は笑った。自分の名前を覚えてない僕に対して、普通は冷ややかな眼で見るところを笑っている。
変わっている。僕も自分の事を言えないけれども、変な女の子だ。
「多分な、忘れないと思うよ。」
本当に多分だと思う。今、僕の正面にいる彼女とこれ以上の関係ができればの話だけど、
「ところで、シロクロはなんでこんな所にいるんですか?ま・さ・か・タバコですか?」
核心を突いているので放置しておこう。
「そう言うお前はなんでここにいるんだ?」
今は3時間目中ほど、サボり確実だな。
「え? ……シロクロに会いたかったからじゃあダメ?」
可愛くポーズを決めてくれた。やばい痛恨の一撃だ。
「嘘言うな。そんな事で数学αをサボれるか?」
うちのクラスが受ける授業でもっとも厳しい授業、それが数学αだ。僕に嘘は基本的に通用しない。
「バレましたか?」
「バレバレ、お前はじめに『だれかいますか?』って言ってただろ」
うーん、と彼女は悩んでいる。本当のことを言おうとしているのか、それとも誤魔化し切ろうとしているのか
「実は、私は今日ここで自殺しようとしてました。」
何事もなかったように彼女は言う。本当に何もなかったように。自然体で、今度は誤魔化し無しだった。
「ふーん、何で?」
少々驚いたけど、別に関係ない。
「暇だから」
サラっと言ってるけど滅茶苦茶どうでもいい理由だな。
「なら死ねば?」
別に彼女が死のうが生きようが僕には関係ない。
「止めないんだねシロクロは」
悪いけど、いや、そんなに悪くないんだけど僕はお人よしじゃない。
「酷い、惨い、あんたなんて死んじまえ」
いや、お前が死ぬんだろ、と突っ込みを入れたいのは山々なんだけど、彼女は柵を乗り越えて飛び降り体勢に入った。
僕には関係ないのは変わらない、
「最後に言い残す言葉は?」
僕は彼女のほうを見ないで空を見た。
「そんなのないよ、だって死なないもん」
彼女の背中の翼を締めている鎖がより一層締め付けている音が聞こえる。
「ならなんで自殺するんだよ?」
彼女の背中を柵越しに見た。
「だから暇つぶし、飛んでぐちゃぐちゃになって、3日後ぐらいにまた学校に来るから。」
何言ってるんだこいつ?
「ただ死ぬのもつまらないから、シロクロに殺されるのも悪くないかな?」
どういう理屈だ? ホントに……
「どうでもいいけど足下ら飛んでも怪我ひとつ出来ないぞ」
彼女のいる場所の下には、きちんと足場がある。柵をよじ登ってこちら側に戻ってきた。
「あれ? バレた? でもホントに自殺だったらどうするつもりなの?」
僕にとって目の前で死のうが腐ろうがどうでもいい、
僕の世界に入ってこなければ、僕の世界に影響さえ与えなければ……どうなろうと知ったこっちゃない。
「どうもしない、勝手に死ね」
すごく冷たいことだがそれが僕にとっての事実なんだから仕方ない。
「なら死んでやる。」
そう言って、彼女は走って、反対側、今度こそホントに冗談にならない高さの方に向かった。
「あんたのせいなんだから」
まじめにヤバイ、
「このアホが」
僕はすぐに起き上がり、彼女の後を追った。
走り幅跳びの容量で柵を飛び越えた。
「ザケるな……」
ギリギリのところで僕は彼女の手を握った。
完全に宙に浮いた状態でなんとか止まった。
「話してよ、さっき勝手に死ねって言ったのあんたでしょ」
体を揺らして落ちようとする彼女に、
「お前が死のうが腐ろうが関係ない。俺せいにして死ぬな。俺の視界の範囲内で俺の責任にして死ぬな」
俺の世界をもう壊すな。これ以上広くしようとするな。
「それって。私のこと、好きとか?」
ドコまで遠回しの告白の仕方なんだよ。しかも今日名前を知ったばっかの女の子に告白する奴がドコにいる。
「んなわけないだろ。バカが」
「ならさあ、付き合ってよ。暇だし」
どういう交際の申し込みの仕方だよ。
「断る」
速攻で断る僕だった。
「なら死んでやる」
また体を揺らし始めた。
こっちの体が持たん。
「判ったから、とっとと上がれ」
何とか引き上げて、僕は溜め息を吐いた。
その瞬間、僕の視界が反転した。これって、落ちてる?
僕の意識はそこで途切れた。
最後に眼に映ったのは……妖艶な笑みを浮かべている。
秋冬春夏の顔と、澄み切った僕の一番嫌いな、最悪の青空だけだった。
3
薄っすらと意識が戻ってきた。白い清潔な天井が眼に映った。
「……あれ、生きてる?」
白いベットの上、どうやらここは保健室のようだ。僕は眠っていたようだ。
「確か俺、7階から落ちたような……」
ベットから起き上がり布団をどけて全身をまじまじと見た。
「ドコも、怪我してないな……」
ベットスペースのカーテンを開けて、隣の保健室に出た。
「あ、気がついた?」
保健室の校医の先生が僕に気がついてこっちを見た。
「先生、俺どうなったんですか?」
いまいち何があったのかよくわからない。
「君を人間だって信じれないくらい体が頑丈なんだね君は」
やっぱり落ちたんだ……
「秋冬って子に感謝しなさい。すぐに私に連絡してくれたんだから」
突き落としたのは、あいつの筈なんだけど。
「……帰っていいですか?」
外を見ると夕暮れ、時計を見るともう4時を回っている。
とりあえず、一人になりたい……家に帰って寝たい。
「いいけど、秋冬って子からの伝言、『時計台の下で待ってます』だって」
あいつ、ホントにデートするつもりかよ…信じられない女だ。
「わかりました……」
僕は疲れ来た足取りで教室に戻って鞄を持って学校を出た。
「やっぱり12月に入ると冷えるな、」
寒い冬空、学校から少し歩いた所にある。小高い丘、その頂上の広場に大きな時計塔が立っている。
「あ、シロクロ。遅かったね」
時計塔について早々、当然のような台詞をかましてくれた。
「……お前、俺を殺す気か?」
首を傾げる彼女、僕があの時見た妖艶な笑みはもう何処にもない。
「何のこと?」
とぼける気だ。だけど、騙しているようには見えない。
「帰る……」
僕はもともとこんな所に来る気はなかった。だけど僕は女の子を待たせてといてそのままにしておかない。
「何で? デートしようよ」
手をつかんきた。
「人を突き落とした女となんでデートしなくちゃいけないんだ?」
僕は、無理やり手を振り払い、帰ろうとした。
「……私じゃないよ。それは『私』なんかじゃない。」
つぶやくように彼女が喋っている。彼女は顔を手で覆い、下を向いて動かない。
「……シネ」
突然彼女の手が僕の首筋に向かって伸びてきた。
「……え?」
何とかギリギリで回避し、距離を置いた。
彼女の手は、後ろの木に当たり、その木が……
「……コンドハ、ゼッタイニハズサナイ」
朽ち果てて、分解された。もうその木はそこに存在しない。
「オイ、」
僕は彼女に呼びかけた。しかし彼女は反応せずにそのまま僕の首をつかもうと腕を伸ばしてくる。
「眼を覚ませよ、おい」
異常事態だ、とりあえず逃げたい……こんなことには関わりたくない。
今の彼女の背中には、漆黒の翼が、禍々しいオーラを発している翼が見えた。
その翼はどこか悲しそうに見える。仕方ない
「何でこうなるんだよ。あと3ヶ月なのに」
腰のホルスターからナイフを取り出した。右手にグリフォンカスタム、左手にエミリエーター00
「……ソンナモノデワタシハコロセナイ」
彼女の言葉を聴く前に、僕は彼女の右腕にグリフォンを刺してすぐに抜いた。血管を刺したから
噴水のように彼女から血があふれ出る。
「……お前、死ぬぞそのままだと」
ヤバイ、意識が朦朧としてきた。僕は、両太ももにも刺して抜いた。
「これで動けない。」
しかし、彼女は、動き出した。3箇所の傷口は綺麗になくなっている。
意識の朦朧なんて一気に吹っ飛んだ。
「ムダダト、イッタノガワカラナイノカ?」
僕の後ろを取って、首を鷲づかみにされた。
「お前、本当に人間か?」
「ワタシハワタシダ。ニンゲンダロウトバケモノダロウトカンケイナイ」
何故か彼女は僕をまだ殺さない。
「何で殺さないんだ?」
「……ナゼテイコウシナイ、フツウハイノチゴイナリスルノニ」
命乞い? いまさらだろ。そんなものは? 抵抗? 無駄に極まりないだろ? そんなことして何になる。
どうせ死ぬなら、自分の意思で死ぬ、他人に殺されるとしても、覚悟して死ぬ。
「馬鹿だろお前、」
僕に普通だと? この『僕』に普通だと?今更そんなことをいわれるなんて思いもしなかった。
「…オモシロイナキサマ」
「一瞬の隙が命取りだけだな」
僕は、わずかに出来た隙を見逃さなかった。エミリエーターで彼女の左腕を切断した。物理の法則どおりに放物線を描いて飛んで行った。
「貴様が死のうと、人殺しになろうと、どうなろうと俺の知ったこちゃない。だけどなぁ。
俺の世界を荒らそうとした者には俺の世界を壊そうとする者には、俺の世界にこれ以上影響を及ぼすものは殺す。
完膚なきまでに滅ぼす」
僕は叫んだ。心の奥底に溜め込んだ思いをすべて吐き出した。
「……オモシロイ、ヤハリオモシロ、」
彼女は僕の腹をぶち抜いた。
「…ありがとよ……殺してくれて……」
僕の意識は途切れる。今度こそ死ねたかな?
4
僕が始めに見たもの、それは自分の背中だった。
心の様子が形になって見える。そんな目を手に入れたからだ。
これで僕の気持ちがわかる。人の気持ちも解る。
そうすれば、人とコミニケーションがうまく取れる。
しかし、夢のような喜びは半分壊された。
自分の気持ちだけは見えなかった。
なんかやわらかいな。
僕は再び意識を取り戻した。どうやらまだ死んでない。
「……あ、気がついた?」
彼女が顔をのぞいている
「元に戻ってるみたいだな……」
僕は首の動かそうとしたが動かない。
「見ないほうがいいよ。まだ下半身と上半身きちんと繋がってないから」
え? それはどういうことですか?
僕は下を見るのためらった。
「なあ、内臓とか見えてる?」
僕の質問に彼女は首を縦に振った。
「血とか流れてる?」
その質問にも彼女は縦に振った。
「頼む、今すぐ治してくれ。僕は血がだめなんだ」
その言葉に彼女はキョトンとして僕の顔をまじまじと見つめた。
本当に僕は血に弱い、想像するだけで身の毛もよだつ。さっき彼女を刺したときも結構きつかった。
「…シロクロって実は繊細だったの?」
失礼な、僕はこう見えても結構もろいんだぞ心も体も
「結構かわいい」
かわいいとか言われてしまった。すっげぇショック。
「ところでさあ、お前は何者なんだよ。こうやって傷を治したりさっきみたいに植物を朽ち果てさせたり」
普通の人間ではできない、僕の眼と同じで、普通の人間の能力を逸脱している。
「はい、とりあえず繋がったよ」
そう言って彼女は僕の頭を撫でた。弟をかわいがる姉のような表情だ。
「ありがとう」
僕は起き上がろうとして始めて気がついた。
「膝枕…してたの?」
「どう? 私の膝枕の感想は」
結構気持ちよかった。なんて口が裂けてもいいたくない。
「普通、かな?」
僕は何とか当たり障りない回答をした。
内心結構ドキドキしている。
「それで、私が何者なのかだよね?」
彼女は改まった様子でベンチに座りなおした。僕も、ナイフを回収し、
ホルスターに収めて、上から学ランを着てから彼女の右側に座った。
「シロクロは、多重人格って信じてる?」
突然の質問だったのでびっくりした。意識を取り戻してから僕は少々無防備になりすぎな気がする。
「え? ああ、信じてるよ」
何とか平然を装って返事をする。これは本音だ、僕は多重人格については信じている。
「私はね、二重…多分二重人格なんだ」
たぶん? なんかあいまいな表現だが、自分の人格なんて数えることは多分無理だろう。
「それで? 二重人格がどうかしたのか?」
そんなことはさっきの力とは関係ない。もっと深いところだ、
「それでね………」
一番気になるところ、一番重要なところを彼女が語りだそうとした時、
「秋冬春夏、時間だ、帰るぞ」
若い男の声が彼女の言葉を遮った。僕の右側から男の人が数人、白衣を着た研究者みたいな男が二人、
それに、黒いスーツを着た男が一人僕らに向かって歩いてきた。
彼女は僕の横から覗き込むように彼らを見た。
「あ、芹沢さん。もう時間ですか?」
そう言って彼女は立ち上がり、鞄を手に持って男たちのほうに歩いていった。
「じゃあね、シロクロ。デートはまた次回というわけでまた明日」
僕に手を振って男たちと一緒に帰っていった。
僕一人、寒い公園に取り残された。しかも真っ暗、闇と言ってもいいくらい暗い。
「もう7時か、俺も帰るか」
鞄を手に取り、ポケットからMP3プレイヤーを取り出して音楽を聴きながら時計台を背にして丘を降りた。
第2章 日常の一歩先
0
普通に朝起きて、普通に学校に行って、普通に授業を受けて、
普通に寄り道して、普通に家に戻り、普通に夜寝る、
それが『普通』なんだろう。
だけど僕はそことは違う道を歩いていた。
なのに、僕は普通から一歩踏み出していた。
1
まぶしい朝日で僕は目が覚めた。昨日、家に帰ってから少し調べ物をしてすぐに寝たのだが、
「眠い……」
結構久々の生死をかけた出来事だったから疲れが取れてないようだ。
「おきるか」
僕はベットから起き上がった。僕の家の僕の部屋、家と言っても雑居ビルの3階、僕の部屋と言っても
僕しか住んでいない。
時計を見ると午前6時すぎ、まだ時間の余裕がある。
寝間着のまま階段を上り、ドアを開けて屋上に出た。
「さむっ、でもいい天気だ、いい天気だから寒いんだけど」
放射冷却というやつだ。ポケットからタバコとライター、携帯灰皿をだして、タバコを咥えて火をつけた。
「朝の一服はやっぱりいいな。」
不良高校生の極みに達している気がする。
今日も、空は蒼い、深蒼の空間が僕の頭上に広がっている。
その空に煙が昇って、薄れていく、10分ぐらいだろうか、そのまま柵によしかかり、
タバコを吸いながら空を見ていた。
吸い込まれそうな、何一つ隠せない、常に僕らを包み込んでくれる。だから僕は怖い、青空が怖い
やさしい人が怖い、信用して、本当のことを言ってしまう。言ってしまったら。やさしい顔で、
冷たい刃が突き刺さる。だから……
「おはよう、父さん、母さん、兄貴、天樹」
屋上から戻ってきて枕元におかれている家族写真に挨拶した。
クローゼットから学生服を出して、黒のパジャマの上下から学生服に着替えて、
リビングに出た。
ソファが2つとテレビ、テーブルがそれぞれ1つ置いてあるだけの少し広い部屋。
その部屋を過ぎて、台所に向かった。
「さて、なんかあるもので済まそう」
冷蔵庫を開けて僕はがっくりした。何もない。見事に空っぽ。そういえば最近買出ししてない。
仕方ない、どこかで買っていこう。
鞄を持って家を出て、階段を下りて、外に出た。
「残り、89日か、長いなあ」
ガレージのシャッターを上げて、隅に止めてあるバイクに跨って、エンジンをかけた。
「そういえばそろそろ車検だな。」
手袋をはめてハンドルを握りアクセルを全開で出発した。
気持ちいい風が僕の顔に触れる。まだ朝早いから車の往来は比較的に少ない。
大通りを走ってコンビニに入った。
「いらっしゃませ」
店員が営業スマイルでレジに座っている。
40分ほど立ち読みをしてから、適当にパンを3つとコーヒー牛乳を買ってレジを通した。
「有難う御座いました」
営業スマイルの店員に見送られてコンビニを出た。
バイクに少し体重をかけてよしかかり朝食にした。
「あ、シロクロ、おはよう」
パンを食べ終わり、最後にコーヒー牛乳を飲んでいると、誰かが声をかけてきた。
「…おはよう」
秋冬春夏だった。昨日とは違い、髪の毛が少し編みこまれている。
僕は、なんとなくだけど装備中の武器の確認した。
「警戒しないでよ。何もしないから。昨日はゴメンね。」
その様子を見て、彼女は笑いながら言う。
「ところで、それが朝ごはん?」
僕の持っているコーヒー牛乳とパンの袋を指した。残りのコーヒー牛乳を一気に飲み干して
「そうだけど、なんかあったのか?」
僕が何を食べようとそんなの関係ない。
「ううん、朝ごはんとか親が作ってくれないの?」
彼女の何気ない言葉、きっと普通の家庭では親が朝起こしてくれて、朝食を作ってもらい、
弁当を受け取って学校に行く。それが普通なんだろう。僕も昔は作ってもらっていた。
小学校卒業寸前までだけど……
「俺の親……というより家族はみんな死んだんだ。交通事故で」
みんなで旅行に行った帰り道、交通事故……結構ありきたりだけど、僕の世界を変えるには大きすぎる、
むしろ巨大、世界の根本を変えてしまう出来事だった。
彼女はいつの間にか僕の隣でバイクによしかかっていた。
「ゴメンね、へんなこと聞いて」
彼女は僕に頭を下げた。深々と、頭を下げた。
「別にいいよ、偶然僕だけ生き残ってるだけだから」
僕はバイクに跨った。それより大丈夫なのか?時間」
僕は腕時計を指した。時間は8時過ぎ、学校まで歩いて30分ぐらいかかる。完全に遅刻してしまう。
「ああ!本当だ、どうしよう。」
結構あわてている。僕はバイクだから結構余裕なんだけど。
「じゃあな、お先に……」
アクセルをかけて出発しようとした瞬間
「シロクロ、乗っけていって」
無理やり後部シートに飛び乗ってきた。バランスが崩れそうだけど何とか持ち直し、
「危ないだろうが、それと、これ」
僕はヘルメットを彼女に渡した。
「ありがと、でもさあ、いいの?学校にバイクって」
実は結構問題あり、校則では免許の取得は禁止になっている。だけど、総生徒数3000人超の
うちの高校の場合結構乗っている奴がいる。
「気にすんな、それより飛ばすぞ、」
僕は思いっきりアクセルを踏んで加速した。車の間をスイスイ抜けて大通りから少し脇に入って
学校への坂道に差し掛かった。生徒が大勢坂を登っている。通称『地獄の坂』(ディアボロス・スロープ)
といわれているくらいかなりキツイ坂だ、ここを自転車で登るなんてハッキリ言って無謀極まりない。
だけど、バイクだから関係ない。僕は一気に坂を駆け上った。
「すごい、すごい、」
後ろで彼女が騒いでいる。
「それより、学校に着いたらさっさと行けよ、」
教師に見つかったら結構まずい。そして生徒の誰かに目撃されると面倒だ。
「解ったよ。」
そのまま僕らは悪魔の坂を駆け上っていった。
2
僕等は何とかギリギリで自分のクラス、213教室に滑り込むことができた。
朝礼が終わり、1時間目のホームルーム、僕は自分の席に座っていた。
「おい、今日はシロクロのやつきてるな」
クラスの男子が小さい声でしゃべってるのが聞こえた。
「と、いうわけで今日のホームルームは文化祭についてだけど、クラス委員やっといて」
担任の対馬先生(28歳 独身)がそう言って教室から出て行った。この人はいつもこんな感じだ。
「さてと」
僕の隣の席のメガネをかけたクラス委員が立ち上がって前に行ってバンっと教卓を叩いた。
「それではみんな、なんかやりたいことを言ってってくれ」
このクラス委員はかなりの仕切り屋のようだ。
みんな一斉に意見が飛び交った。
喫茶店と屋台が多くを占めているようだ。ま、僕には関係ない、こういうのは従うだけだし、
ふと、前の席の人間を見た。寝ている。いかにも不良っぽいサングラスをかけた男子だ、
「僕も寝ようかな…」
そう思い。大きくあくびをしたら、
「シロクロはどっちがいいの? 」
いつの間にか隣に秋冬春夏が座っている。
「おれ? どっちでもいいよ俺はいわれたことやるだけだし。」
こういうイベントは嫌いではない、むしろ大好きだ。だけど、こういうのに積極的に参加すると
いろんなひととかかわってしまう。それだけは避けたい。我慢しろ、僕
「とりあえず俺は寝るから、起こさないでくれよ頼むから」
眠たいだけではない、それなりの理由がある。
「解ったよ、」
まだ前のほうで激しい討論(どっちにするのかで)が続いている。
「だから、出店で積極的に物を売ろうぜ」
「喫茶店でもその手のものは売れるだろ」
「客の回転率が違うだろ」
ものすごい争いだな……
少しづつだけど夢世界に入っていきかけている。
「おい、芹沢、お前はどっち派だ?」
ああ、なんかぼんやりしてきた。
「そうだね、喫茶店かな? 」
彼女は答えている。秋冬春夏が…
眩しいライトがいくつも僕を照らしている。
「さて、今日の実験だ」
初老を過ぎた男が指揮をとっている。
僕の両手両足はベルトで手術台のようなベットに固定されている。
「新しいので未投与のものは何だ? 」
僕のよこで研究員たちが書類を見ながら準備をしている。
「S‐380がまだです」
僕の体にいろんな器具が取り付けられていく。
僕はモルモットだ、毎日同じような繰り返し、
「S-380投与、」
僕の左腕に針がささる。
「う、やめろ…やめてくれ…」
激しい激痛が走った。
「おい、おきろ、おきろ白黒現夢」
僕の横に気配が感じられた。まだ実験を繰り返すのか? またあの地獄なのか?
そんなの僕は嫌だ…
すぐに学ランの内ポケットからスタンガンを取り出した。そして、
「僕はもう捕まりたくない。」
そう、叫んでそいつにスタンガンをぶち込んだ。
ぶち込む寸前、僕の鳩尾に激痛が走った。
「ぐああああああああああああああああああああああああ」
そいつの叫び声で僕は悪夢から我に帰った。寝ぼけて、パニックになり僕は…
クラス委員にスタンガンをぶち込んでしまった。
どうしよう。
「だ、大丈夫? 」
少しピクピクしてるけどまだ生きている。良かった。
クラスの中は沈黙、と言うより突然のことだったのでみんな固まっている。
その顔は驚きと理解不能の顔だった。
失敗した。どうしよう。本当に…
「………………」
本当にどうしよう、このまま放置するわけにもいかない。僕の手の中にあるスタンガン(自作強化型)
を握り締めた。このスタンガンは熊でも一撃気絶させてしまうくらいの威力を持っている。
「大丈夫、私に任せなさい」
僕が硬直していると耳元で彼女はささやいた。そして、クラス委員の体に触れた瞬間
「う、ううん…一体なにが」
何が起きたのかは解らないが、クラス委員が眼を覚ました。
みんなの顔に安堵の表情が浮かんだ。良かった。
「あ? 何の騒ぎだこりゃあ? 」
僕の前の席の男が立ち上がった。
「お?メガネどうした?」
倒れているクラス委員の背中を男は踏んでいる。
グリグリという効果音が聞こえてくる。
どうやらこの二人は仲が良くないようだ。
「うるさい不良」
男の足をつかみ、クラス委員が起き上がり両者にらみ合いを始めた。
なんか険悪なムードになってきたから僕はみんなの視線が二人に向かっている間に逃げることにした。
3
エンジン音が聞こえる。
『僕』は車の中、後部座席の助手席側に座っている。
僕の右隣に小学3年生の弟が眠って、その隣に高校3年の兄が座っていた。
「とうさん、あとどの位? 」
兄が運転している父に尋ねた。窓の外を見ると木々が生い茂る峠道、
「あと1時間くらいだ、トイレか? 」
『僕』らは東京旅行の帰り道だった。楽しい旅行だった。この時までは楽しい旅行でいた。
兄が春に大学に行くことが決まり、一人暮らしするための部屋を探しに行くのが目的の旅行だった。
『僕』も中学に入学するし、家族そろっての旅行もあまり出来なくなるからということで『僕』と弟も一緒に行った。
その旅行が家族で行く最後の旅行になるなんて知らずに、『僕』は外を見ていた。
緑で覆われた山、ネズミ色のアスファルトの道路、同じような風景が続いて退屈していた。
『僕』も寝ようかなっと思って窓から車内に視線を戻した。
下り坂の急カーブ、父の腕なら何とでもなかっただろう。
なのに、視界が急に反転し、激しく揺れ始めた。そして、転落したのが僕にはわかった。
視界が真っ暗になり、『僕』は頭を打って気絶してしまった。
気絶する直前、家族の生きている姿を見ることができた。
チャイムを聞いて僕は眼が覚めた。あのあと僕は普段通り屋上に上がり、ボーっとしていたのだが、
「寝ちゃったのか」
おかしい、今日は妙に眠たい。何でなんだろ。
腹が減った。そして、腹が痛い。さっきクラス委員に殴られたところが痛む。
時計を見ると12時37分、お昼の時間だ。
今の空は曇り空、朝は雲ひとつ無かったのに…
なんだか気持ちいい、すべてを覆い隠してくれる。
「あ、いたいた。やっぱりここだ、」
後ろを振り向くと秋冬春夏がいた。
「みんな、こっちこっち」
みんな? どういうことだろう、彼女はパンと飲み物を持っている。
続々とはしごをクラスメイトが登ってきた。メガネのクラス委員、大人しめの女、軽そうな男、そして、
「何見てんだ? 」
不良がみんなで輪を作るように座った。不良とクラス委員の顔に殴ったあとがあった。
「ご飯はみんなで食べないとおいしくないよね? 」
彼女は僕に笑いかけてきた。
「しかし、ここは穴場だな。」
クラス委員が辺りを見回した。みんなパンとかおにぎりを真ん中に置いた。
「ところでさあ、芹沢から聞いたんだけど、シロクロって私たちの名前知らないんだってね? 」
大人しめの女が僕に話を振ってきた。
「そうだけど? なんかあったか? 」
僕は普通に言った。本当に滑らかな対話だった。
「何で? 8ヶ月も同じクラスなのに名前覚えてないの? 」
昨日も同じことを言われた気がする。
「私は、西城薫(さいじょうかおる)で、こっちが新倉翔(にいくらかける)」
「よろしく、シロクロ」
西城が新倉を紹介して、新倉が軽く手を上げて挨拶する。
「そんで、こっちのメガネは今井剛志(いまいつよし)、それで、あれが……」
西城が不良のほうを指で指した。
「旋王寺風児(せんおうじふうじ)君で、最後に、名前知っていると思うけど、」
そう言って彼女を指さした。秋冬春夏と僕に名乗った。不思議な少女、あの時、僕に襲い掛かった彼女、
「芹沢桜花(せりざわおうか)、わかった? もう忘れないでね」
西城に新倉に今井に旋王寺に、芹沢か
「解った、それよりさあ、今井…ごめん」
僕は今井に向かって謝った。
「別にいいって、なんともなかったし、こいつとやりあっただけだから」
「てめえが先に殴ってきたんだろうが」
また二人がデットヒートしてきた。顔の殴った痕からこの二人、僕が逃げたあと戦ったようだ。
「今井って格闘技とかやってる? 」
話をそらすことにした。まだ腹がずきずきしている。あれは結構強力なパンチだった。
「家が空手の道場なんだ、小さいときから何時も父に仕込まれていた。それがどうした? 」
「いや、あの時突きが結構強力だったから」
「すまん、あの時咄嗟だったから手加減できなかった。大丈夫か? 」
あんな目に合わした気遣ってくれるくらいのいい人のようだ。
「大丈夫、まだ痛いけど何とか」
「うそ、今井の突きを食らってるのに大丈夫って、こいつの突きって瓦5枚は割れるのに…」
西城が僕の腹を見て驚いている。瓦5枚割るって恐ろしい…
「お前の逆胴だって真剣なら斬鉄できるだろ」
この二人、何気に怖いぞ、逆胴って…
「こいつの家、剣道の道場だ。しかも有段者で師範代」
剣道と空手か…最強のコンビだな。
「うるさい、そっちだって師範代でしょ私ばかり危険人物扱いしないでよ」
そのまま今井と西城は言い争っている。
「悪い、パンひとつくれ」
「いいよ、はい、」
その様子を見ながら彼女にアンパンを貰った。
「あの二人って仲いいな」
本当になかがいい、恋人同士のように見える…でも、なんか違う、
「あいつら家がお隣さんだから小中高と一緒なんだ。」
新倉が僕に教えてくれた。恋人というよりこの二人は兄妹…どっちかというと姉弟かな。そんな感じがした。
貰ったアンパンを食べようと袋を開けた瞬間、とてつもない殺気が感じられた。
思わず周りをキョロキョロしてしまった。
「どうした? 」
「いや、なんかゾックッとしてさ」
気がつくと僕の手は腰のナイフを探していた。まずい癖だ、
「あ、旋王寺君、顔にカレーがついてるよ」
「あ、本当だ、」
旋王寺と彼女の会話が始まった瞬間、殺気は消えた。
「それよりさあ、何でみんなこんな所に来たの? 」
こんな寒い日に屋上で昼ごはんを食べることは普通無い、何か目的があるはずだ。
みんなの顔が、雰囲気が、場の空気が変わった。
「実はな、文化祭のクラステナントがまだ決まって無くてな。」
今井が切り出した。
「いま、多数決で18対18で同点なんだ」
新倉が続ける。
「それであと決めてないのは君だけだから聞きに来たわけ」
西城が笑いながら言っている。
「お前の一言で決まるからな」
殺気のこもった言葉を旋王寺が僕に向ける。
「で? シロクロはどっち? 」
彼女も僕のほうを向いた。
みんなの表情はバラバラだけど、目だけは一緒だった。真剣そのもので自分らの味方になってほしいという目だった。
こんな状況、怖すぎる。そしてこんな風に関係するのはいや過ぎる。
「お前らさあ、そんなことで来たのか? 」
僕はそういうのは嫌いだ、まるで自分を駒のように、使い捨てのように見られるのが嫌いだ
「ごめん、そうなんだけど、あんたのことが気になってのも結構あるんだよ」
西城が僕に謝る。
「僕なんか気にしてどうなるんだよ」
僕みたいな人間を気にしてどうする。壊れたものを気にして、
「まだ決まってない。」
僕の回答はそこまでしか行かない。それ以上は無理だ。これ以上言うと制御が出来ない。
「それよりさあ、何でお前はそんなに他人を追い出そうとするんだ? 」
新倉が僕を見た。今度は哀れみのような眼で、
「他人を信じて馬鹿を見たからだよ」
もう、僕の感情は制御できない。今まで付けていた仮面をはずすことになってしまうけど、そんなのどうでもいい。
「裏切られて絶望して自分の身を危険にさらしてしまった」
腰のホルスターからエミリエーターを取り出した。
「この武器だって僕は人が怖いから持っている。いつ人に裏切られて襲われてもいいようにな。」
僕は空に向かって吼えるように言葉を吐いた。
「ごめん、いきなり切れて」
これでまた僕は一人だ、少しでも可能性があったのに自分でつぶした。
「ならさあ、私たちでいいなら人を信用してみる練習をしてみれば? 」
彼女は僕に言った。そう、僕に向かっていった。
「そうだよ、練習してみればいいんだよ。」
「人を信じることのすばらしさを知るべきだ」
「俺らでいいならな」
何でこいつら僕にかかわるんだ? うれしいことなんだけど、落ち着かない。
そのとき、チャイムが鳴った。
「あ、行かないと、」
「次は化学か、急がねば」
「お前はこのあともサボりか? 」
「さっき言ったこと考えてみてね」
みんながはしごを降りた。
「あ、まってくれ俺も行く。」
珍しいことになんでか授業に出る気になった。
僕もはしごを降りて急いで教室に向かった。
多分うれしかったんだろう。きっと、あんな風に言ってもらえるなんて思いもよらなかった。
4
5,6時間目をまじめに出席し、放課後、僕は教室にいた。
「どうしようか、この後」
彼女はみんなに尋ねる。
「買い物とかカラオケとか行かない? 」
教室には僕ら6人以外誰もいない。この高校は生徒のほとんどが部活に入っているため
放課後教室に残っている生徒は少ない。
「カラオケは…ちょっと勘弁」
西城が少し嫌そうに言った。
「何で? 薫、歌うまいのに」
それでも彼女は食いつく、
「悪い、俺もカラオケはパス」
僕もカラオケは好きじゃない。歌うのは好きなんだけど、
「お金ないしな」
それが本音だ。
「よし、それなら駅前にでも行って、いろいろ見に行こう」
今井が仕切りだした。
「あ、そういえば今日DVDの発売日じゃん」
新倉も行くのに賛同のようだ。
2時間ぐらいしかたってないのにみんな僕を輪の中に入れてくれた。
今それぞれにいろんなものが見える。
翼や鎖、重りや赤い糸とかもいろいろ。
「ならそういうことで…ところで、みんなどうやって行くんだ? 」
僕はバイクだからいいとして、みんなはどうするつもりだ?
「この中でバイクの人」
西城がみんなに尋ねる
僕は手を上げた、横を見ると、旋王寺と新倉も手を上げている。
「なら2人づつでいくしかないね。」
強制的に僕らバイク組はアッシーにさせられた。
教室の外に出たとき、旋王寺が何かに気がついた。
「ん? 何だこりゃ」
旋王寺のロッカーの扉が変形していた。まるで拳で殴ったような跡だ。そして、隙間に
「果たし状? ギャグか今時こんなもの送ってくるやつがいるなんてな。」
その果たし状を中身を見ずに破り捨てた。
「いいのか? ほっといて」
今井がごみとなった果たし状を拾ってゴミ箱に捨てた。
「いいって、そんなアホ共相手にしてたら時間がかかる」
そのまま旋王寺は玄関に向かって歩き出した。
そのまま僕等は2階の玄関を抜けて、階段を下りて第一体育館裏の駐輪所に行くと、
僕らのバイクが鎖で巻かれ南京錠でとめられていた。その鎖に、『持ち主は生徒指導室まで』
と書かれた札がついていた。
「どうする? 」
新倉が僕らに聞いてくる。
「須藤のおやっさんのとこまで行くの面倒だな。引き千切るか? 」
旋王寺が鎖を握り閉めて思いっきり引っ張った。千切れるわけ無いだろうが…馬鹿
「どいて、俺がやる」
腰のホルスターのポケットから2本の金属製の細い棒を取り出した。
「ちょっと回り見ていてくれ」
みんなにそう言って、僕は2本の棒を鎖についている南京錠に差し込んだ。
「ピッキングなんて出来るの? 」
彼女が僕の横から顔を覗かせる。
「まあな、本当はチェーンカッターがあれば楽なんだけど」
ピックで全部のピンを押し上げて僕は鍵穴を回した。
カチっと言う音で鍵は外れた。
鎖のしたから2台のバイクと1台のスクーターが出てきた。
1つはGSX1100Sカタナの色を黒くしたバイク
もう1つはベスパPX200FL、おお、マニアもビックリのバイクだ。
そんな2台の次に、最後に姿を見せたのは
DME−ASTRAY、僕が自分で組み立てたバイクだ
「へーいいバイクだな、」
旋王寺が僕のバイクを触りだした。
「これ全部どっから持ってきたんだ? 」
フレームの形などを見て次はマフラーを見ている。
「エンジンとか以外は全部自作、1年ぐらいかかったけど」
そんな話をしていると、
「お前たち、何してる」
生徒指導の教師がこっちに来た。
「まずい、いくぞ」
3台のバイクが一斉にエンジンをかけた。
旋王寺の後ろに今井が、新倉の後ろに西城が、僕の後ろに彼女が乗った。
「いくぜ、しっかりつかまっててくれよ」
ヘルメットを出す暇が無いから後ろに乗った彼女に言ってアクセルを回した。
急激に加速して、駐輪場を出た。そのまま今度は下りの『悪魔の坂』を駆け抜けた。
今は生徒が歩いていないのでスピードが出せた。
「きもちいいーーー」
後ろで彼女が喜んでいる。
少し後ろのほうで
「てめえ、もうちょい下をもて」
「そんなんだと落ちるだろ」
「てめえなんて落ちちまえ」
旋王寺を今井の二人がバイクの前後で喧嘩している。
その後ろで、
「なあ、西城ー今度デートしようぜ」
「私休みなんてないから無理」
ベスパ組の二人もついてきている。
「なあ、おまえさあ、何で嘘の名前教えたの? 」
屋上でみんなの名前を教えてもらう前から僕は彼女の名前秋冬春夏が偽名であることを知っていた。
昨日家である所と学校にハックした。だから僕は知っている。
「…うーんシロクロが名前知らないって言うから遊んでみたの」
遊ぶな、といいたいが運転に集中しないと…
「でも、本当に知らなかったからどこで修正しようか困ってたんだよ」
そのまま僕の背中に思いっきり抱きついてきた。
柔らかい…でもそんなことされると運転しにくい。
そのとき、僕は気がついた。彼女の体が冷たいことに…
「なあ、なんで俺にかまうわけ? 」
ここまで流されてしまってから言うのもなんだけど、
彼女は必ず僕にかまってくる。
あの時僕を殺そうとしてきたときも今みんなを誘って買い物に行くのも…
「何でだろ? わかんない…なんか放っておけなかったんだよね」
長い坂を下りきって大通りを3台のバイクは駆け抜けていった。
彼女の言葉に嘘は無いだろう。僕は放っておけない性格かもしれない。
だとしてもかまいすぎだ。何かを求めるように僕にかかわる。その真意によっては僕は彼女を
排除しなければならない。
たぶん僕の日常は一歩踏み出してしまったのだろう。それはもしかしたら今日じゃなくてあの時からなのかも
第3章 彼女たちの夢と現実
全力を出したことはありますか? もしあるのならそれは全力ではありません。
だって、全力って言うのは出したとたん死んじゃうんですから。
1
僕は今、旋王寺と彼女の2人とともに買い物をしていた。なぜ3人で行動しているかというと、
1時間前、駅前に着いた時、
「あ、アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
急に新倉が叫びだした。
「薫、頼む、ちょっとだけ付き合ってくれ」
「え? なに?」
そのまま西城の手を取って新倉は走り出した。
「おい、まて、すまないが3人で買い物しててくれ、西城のやつが心配だ」
そのあとを今井が追っていく。僕だけポカーンとあっけに取られていた。
「なに?今の出来事は……」
本当に一瞬だったので理解するのに時間がかかる。
「新倉君、限定品でも見つけたのかな?」
「だろうな、あのマニアめ」
二人は笑っている。どうやらいつものことのようだ。こいつらって何なんだろう。
というわけで、僕は3人で買い物(主に彼女の)をしていた。
「ねえ、これかわいくない?」
ゲームセンターの前で彼女がクレーンゲームの景品の人形を指さしていた。
中にはかわいい竜の人形が1体だけおいてある。
「かわいいな」
僕が同意した瞬間、後ろから旋王寺に殴られた。
「馬鹿、こういうときは取ってやるんだよ」
何でか旋王寺は僕を押しのけてクレーンゲームにお金を入れた。
「よーし、まってろ」
クレーンが人形のほうに向かっていく。そのままつかんで持ち上げようとしている。
「よし、いけ、いけ」
彼女も興奮している。だが、その興奮とは裏腹に人形はクレーンのアームからポロッと落ちた。
「くそ、こうなったら」
旋王寺の周りにオーラがみなぎっている。
「届け、俺の力。つかめ、俺の思い」
ピンポイントで人形にアームが伸びていく。
「旋王寺だな?」
かなりいいタイミングでカットインされた。
「ああ? だれだ」
かなり機嫌が悪そうだ、いつの間にか僕らの周りに5人、不良が囲んでいる。
「果たし状をきちんと送ったのにこないとはいい度胸だな」
どうやらあの果たし状の送り主のようだ。
「お前らみたいな雑魚にかまっているほど暇じゃないんだよ」
そのまま旋王寺が手前の不良を蹴り飛ばそうとした時、
「おっと、動くな」
彼女にナイフの刃が向けられる。
「大人しくついてきな、そうすればこの女を解放してやる」
旋王寺が悔しそうに拳を握り締めている。
「わかった。とっとと開放しろ」
「だめだ、きちんとついて着たらな」
なんとも典型的な流れなんだろう。僕はついため息が出てしまった。そして、
「どうでもいいけどそこ迷惑だから」
不良たちの後ろに回り、ポケットからスタンガン(熊殺し)を出して、
「あと、女を人質にする時点でもう喧嘩とかじゃないから」
そのまま5人の首筋にぶち込んだ。5人ともその場で倒れた。二人ともあっけに取られている。
「ねえ、そのスタンガンって……」
彼女は恐る恐る聞いてくる。
「大丈夫、リミッター解除してないから、ほら」
何とか5人とも起き上がった。
「さて、てめーら喧嘩にほかのやつを巻き込むとはいい度胸してるな」
旋王寺が不良たちの前で仁王立ちをして指を鳴らした。
「ひぃーーーーーー待ってくれ俺たちは頼まれただけだなんだ」
急に態度が変わった。少々拍子抜けしてしまった。
「ああ? じゃあ誰だ俺に果たし状送ったのは」
不良の一人の頭をつかんだ。
「黒柳さんです」
少々おびえながら旋王寺に言った。
「あの馬鹿か、仕方ねえな」
不良を放して僕らのほうに戻ってきた。
「で? どうするの?」
なんとなく訊いた。
「黒柳の馬鹿ぶん殴りに行ってくる。悪いけどどっか喫茶店でも行って待っててくれないか?」
そのまま不良たちを引き連れて旋王寺は人々の中に消えていった。
「さて、やっと二人になったな」
僕は彼女のほうを向いた。
「で、君の正体を教えてもらおうかな? その前に」
僕はすぐに後ろを振り返った。ビルとビルの間から僕らを覗いている黒いスーツの男が1・2・3人
僕の視線に気がついてすぐに姿を隠した。
「君の名前を教えてもらおうかな?秋冬春夏」
彼女は芹沢桜花じゃない。今日朝あったときから彼女は昨日学校で会ったのとは別人だ。
「あれ? 何で解ったのかな?」
彼女はおどけるように笑う。昨日僕の体をぶち抜いたその手を広げている。
「君に聞くけどあなたは『私たち』のことどのくらい知っているの?」
『私たち』かいうねぇ。
「それならお茶でもしながら話し合いでもしませんか?」
僕はふざけて言ってみた。
「なら、いいところ知ってるからそこ行きましょうよ」
彼女に連れられて僕は一人で荷物を持ち直して喫茶店へ向かった。
2
「氷華? 氷の華でヒョウカ?」
僕は彼女に尋ねた。静かで落ち着いた雰囲気の喫茶店『Composure』の窓際一番奥の席に
僕と氷華と名乗った彼女は紅茶を飲んでいた。
「そう、私の名前は芹沢氷華、でもこの名前は本名じゃないけどね」
僕はなんとなく彼女を全体的に均等に見てしまっている。
「どうしたの? そんなにじっと見て」
僕の視線に気がついたらしい。僕の眼を見て笑ってくる。
昨日、僕を殺そうとしてきたときと同じ顔なのにここまで違うのか……
「いや、別に……なんか昨日とはだいぶ違うから」
しゃべり方とかも違うし、
「ああ、あれ? あの時はあの子も錯乱状態で交代が不完全だったから」
そんなものなのか? 二重人格って……僕は二重人格とかじゃないからよくわからないけど
「でも、俺を殺そうとしたのは君だろ?」
彼女は何も答えない。笑ったままだ。店員が注文をとりに来た。
「コーヒー、きみは?」
「紅茶、ミルクつきで」
定員は静かに戻っていく。
「で? どうなんだ?」
彼女は何も言わない。飾ってある花瓶の赤い花を触っている。
ポキッと茎を折って、花びらをちぎりだした。
「私も本性、素で話してるのに君も素で話してくれないと」
どうやらそうしないと教えてくれないらしい。
「わかった。改めてききたい。きみが僕を殺そうとしたのか?」
僕はいままで使っていたものを解除して素で話すことにした。
「そうだよ。私が殺そうとしたの」
「なんで?」
「そうすればあの子の性格なら必ず助けるだろうし、君に絡むと思ったから」
こいつ自分のためだけにあんな死の覚悟までさせやがったのか?
「勘違いしないでね? あなたに興味持ってるのは私じゃないんだから」
そんなこと言われなくても解るから。
「で、君があの時見せた不思議な力は何?」
彼女は驚いた。解りやすい表情だった。
「それより、君の方こそ何者?」
話を切り替えてきた。ま、彼女のことを聞いたんだギブ&テイク、僕のほうも言わないといけない事だってある。
「君と……君らと同じかもな、そんな無敵で不死身の能力じゃないけど僕も持ってるから、そういうの」
僕は右目を閉じた。完全に左目だけの視界で彼女を見た。
目の前に黒い翼だけが宙に浮いている。それ以外は真っ白だ。所々にいろいろなものが見えるがそれ以外は
本当に真っ白、僕と彼女を挟むテーブルも何も見えない。
「僕の左眼は人の精神状態が見える。ひとによって見えるものは違うけどそれで他人の心が見える」
僕は右眼を開いた。元の喫茶店の風景が視界に戻った。彼女の顔が無表情になる。
「…それで? だから私たちに興味があったの?」
それだけじゃない。それもあるけど、気になることがあるからだ。
「問題はどうしてそんな能力を持ってしまったのかということだ」
昨日僕が調べたこと、それが頭の中に展開される。
「それは私の口からは何とも言えないはね」
彼女は眼を閉じた。まるで死んだかのようにまったく動かない。完全に、ピクリとも動かない。
「……え?ちょっと、氷華まって」
彼女は、芹沢桜花は眼を開いた。
「…………」
「…………」
僕らは完全に沈黙の硬直状態になっていた。周りの音が少し聞こえる。
クラッシックミュージックがわずかに流れている。
「で、聞かせてもらおうか、君が能力を手に入れたときのことを」
僕が無理やり話を切り出した。彼女はビクッと少し飛び上がった。
「……どうしても?」
僕は首を縦に振った。
「しゃべっちゃだめなこと絡んじゃってるからいえないんだけど……」
「コーヒーとミルクティです」
店員が飲み物を持ってきた。僕はコーヒーに砂糖を入れて一口飲んだ。
飲んだ手に妙に力がかかる。震えている。
「なら仕方ない、それは聞かないことにするよ。でも、君の能力ぐらい教えてくれないか?」
今までの会話で十分だ。これで確信が持てた。
「私の能力?んーと」
彼女は茎が折れて花びらがむしりとられている花を見た。
「これなら解りやすいかな?」
彼女は花の茎を指の先で少し触れた。触れただけなのに……花は綺麗に赤い花をまた咲かせた。
折れた茎は元通りになり、花びらはまた生えた。
「回復、治癒能力の春」
その花は先ほどより大きくなった。茎が太くなり、花びら自体が一回りほど大きくなった。
「開放、強化の夏」
今度は先ほどまで赤かった花が紫がかっていき、最後には青くなった。
「変化、侵食の秋」
そして、その花は枯れはじめてゆき、最後には粉のようになって分解された。
「終焉、死の冬」
彼女は僕の表情を伺っている。別にそんなことで僕はびびったりしないから。
「ふーん、ところでさあ、ほかにもそんな力を持った人って見たことある?」
僕はもう一回砂糖を入れてコーヒーを飲んだ。
僕は何人か見たことがあるけど、彼女は見たことがあるのだろうか?
「私はあなたが初めてだけど……」
「なら、その能力の使用は極力控えろ」
僕は強い命令口調で言った。手遅れになる前に、能力で味を占めたらだめだ。
「え? なんで、何かあるの?」
彼女は疑問と怯えの混じった声で僕に尋ねてきた。
「強い力は必ずそれに飲まれる。だから使っちゃだめなんだそういうのは」
僕だって極力使いたくない。だけど僕は使わないと生きていけない。
「……僕は使わないと生きていけないから使っているけど、君の 能力は間違いなく使っていたらいつか取り返しがつかない」
かつて僕が見てきたことが頭の中でぐるぐる回っている。
彼女は何も言わなくなってしまった。強く言い過ぎたかな?
そのとき、携帯の着信メロディが流れ出した。彼女は制服のポケットの中から携帯電話を取り出した。
「あ、薫ちゃん? 今? 喫茶店、そうそう『Composure』にいるよ、うん待ってる」
そう言って電話を切った。
「みんな後10分ぐらいで来るだって、新倉君のイベントに連れまわされてたみたい」
彼女は笑顔を僕に向けた。結構無理をした笑顔だ。
「ところでさあ、何で僕に二人してかまうんだ?」
本当の意味で一番疑問に思うことはそれだ。もう時間があまりないし、これぐらいは聞いときたい。
「だってゲンムってほっとけない性格というかそういうオーラを放ってるもん」
僕ってそんな風に感じるのか?ごまかすように僕はコーヒーを飲んだもう冷めてしまっている。
「でも、それだけじゃないんだけどね」
彼女の眼の焦点が僕からずれている。まるで僕をぼかしてみているように、焦点をずらしている。
「私ね、一人会いたい人が居るの。でもね、その人に直接会ったことも見たことも無くて、話だけ聞いてて、その人
似てるんだ、君に」
彼女の視点はまだぼかされているのだろうか?僕ではなく、その誰かを見るためにそうしているのだろう。
「どんな奴? その人って」
ここまできたら興味がわいてきた。
「さびしがり屋で、一人ぼっちが怖いのに無理して一人になって、強がってる人らしいの、私よりも幼い時にあんな目にあってるなんて、可愛そう…」
彼女の表情は少し暗くなっている。僕は何も言わない。何もいえない。
「でも、その人の……」
お店の扉が開いた。
「あ、いたいた」
西城と今井がお店に入ってきた。西城の手に紙袋が握られている。少し遅れて新倉も入ってきた。
「わりぃわりぃ、限定物が発売されてて、思わずコンプリートしてしまったぜ」
新倉はグッと親指を立てた。
「それはどうでもいいけど、すわれよ」
そして僕らは他愛も無い雑談をし始めた。
3
「アニメとか見てて楽しいか?」
「お前、現代アニメ文化をなめたらダメだぜ、画質、構成、キャラ、全部において日々進歩しているぞ」
「そんなもの見てるんなら時代劇とかでも見てろよ」
「とにかく新倉はマニア……というよりオタクだな」
「シロクロ、てめぇ誰がオタクだと?」
「シロクロの意見に同意だな」
「あたしも同意」
僕らが雑談し始めて2時間、時刻は6時を過ぎた。窓際の席だから外の様子が良く見える。
人々が行き来している様子、視界を180度回すと静かな喫茶店、クラスメイトと遊ぶのも悪くない。
そう思っていた。
「ところで旋王寺のやつはどうした?」
その時、今井がふと気がついたように言った。チンピラに絡まれたあとどうなったんだろう?
「さあ? 喧嘩でもしてるんじゃないか?」
喫茶店のドアが開いて5,6人のチンピラ高校生が入ってきた。
「で? 旋王寺の野郎はどうした?」
僕らの隣のテーブルにチンピラどもは座って早々そんな言葉が耳に入った。
今井と西城の気配が変わった。緊張感が感じられる。
「今、倉庫街の4番倉庫に閉じ込めています」
どうやら何かあったようだ。旋王寺は弱いのか?
「にしても野郎を閉じ込めるなんてどうやったんだ?」
リーダー格のチンピラが三下らしきチンピラにたずねた。
「へい、実は4番倉庫には窓が無いんですよ。それで、あとはおとりを使って真っ暗な中でボコボコにしたんですよ」
誇らしげに三下チンピラが胸を張った。僕はポケットにしまってあるものをすべて思い出していた。
「うし、ならあとでとどめ刺しに行くか、20人ぐらい呼んどけ」
そう言ってリーダー格のチンピラとその側近みたいな奴だけ席を立って出て行った。
残りのチンピラがそれぞれの携帯電話で召集をかけ始めた。
「なあ、さっきのリーダー格の男は?」
僕は隣に座っている新倉に尋ねた。
「あ? 黒柳か? お前知らないのか? 同じ学校なのに」
そんなこと言われてもお前らの名前すら知らなかった僕がほかの奴のことなんて知る由も無い。
「やばいのか?」
「いや、旋王寺より弱い、でもチームみたいなの作ってるから少し厄介、うちの学校の3大問題児の一人」
3大問題児か、どうせ旋王寺もだろうしそれに黒柳とか言うのもそうなら……あと一人は?
「なあ、あと一人は? だれなんだその問題児って」
なんとなくだが気になった。
「どうする? 旋王寺の奴を助けに行くか?」
僕の質問はあっさりと流された。悲しいなあ……
「とりあえずあの4人を締めるか?」
僕が返事をする前に2人は立ち上がり隣のテーブルに近寄った。
「倉庫街の第4倉庫ってドコだ?」
チンピラどもは二人の姿を見てもそのまま携帯電話を使っている。
「どこって聞いてるんだから答えなさいよ」
「ああ? うっせーな、俺らを誰だと思ってるんだ?天国高校空手部だぞ?それ解っていて喧嘩売ってんのか?」
一番通路側にいたチンピラが今井の胸倉を掴んだ。
「外にでろ」
そう言ってチンピラ4人は今井を連れて店の外に行こうとした。
「あ、西城、来なくてもいいから」
店の扉が閉まる直前に今井は西城にそう言った。
「いいのか?放っておいて」
僕は西城に尋ねた。
「大丈夫、あの程度ならあいつ一人でも平気だよ」
手をひらひらさせてジュースを飲んでいる。
店の裏側から騒がしい声が聞こえるが、すぐに聞こえなくなった。
「お待たせ、倉庫街とはどうやら駅西にあるらしい」
今井は怪我ひとつ無く帰ってきた。
「チンピラどもは?」
新倉がいすに座りかけていた今井に尋ねた。
「関節はずしただけだから問題ないだろう」
怖いな……関節だけはずすなんてかなり難しいだろう……
「じゃあ旋王寺君を助けに行きますか?」
芹沢がみんなを見渡して立ち上がった。お金を払いお店を出ると
「てめえ、ぶっ殺す」
先ほどのチンピラがナイフを持って今井に襲ってきた。
左腕がだらんとしている。肩の関節が外れているみたいだ。
「こんなところで危ないもの振り回してんじゃねえ」
僕はポケットからスタンガンを出して鳩尾に押し込んだ。実はスタンガンは電気を流していなかった。
だけど、チンピラはビビッて泡を吹いている。このチンピラの顔に見覚えがあった。
「こいつ、旋王寺に絡んだ奴か」
2度も僕の楽しみを奪ったんだトドメを刺しておくか。僕はそのチンピラの顔をはたいた。
「みんな先行っててくれ、少しこいつにトドメ刺しとくから」
みんなはわかったといって先に旋王寺のところへと向かった。
気がつくと回りに人が集まっている。そりゃそうかここまで騒げばそうなるか
気がついたのかチンピラの眼が僕の眼と合った。
「てめえ、この世で生きる資格なんてねえぞ、こんなものまで使って、それでもお前男か?」
完全にチンピラはビビッて震えている。
「てめえみたいな奴…………」
僕は耳元でそうつぶやいてみんなのあとを追った。
4
倉庫街に行く途中、僕は彼女にあることをたずねた。
「ところで、さっき何か言いかけてたよな?」
彼女は3人が前のほうに居ることを確認して小さな声で
「その人の弟になら会ったことがあるの」
僕は思わず足を止めてしまった。
「どうしたの?」
彼女も立ち止まった。3人は先に走っている。差が広がっている。
「なんでもない」
僕はそう言って。また走り出した。駅の西側の倉庫街が見えてきた。
「ここだ、ここの第4倉庫だったはず。」
フェンスを飛び越えて僕らはそのまま中に入っていった。
「ここだ、この中にいるはず」
大きくシャッターに4と書かれている倉庫のシャッターを開らた。
「旋王寺君」
暗い倉庫の中、両手を鎖で縛られて壁にもたれかかっている旋王寺に彼女は駆け寄った。
「お、どうした? こんなところまで来て」
旋王寺はボロボロになりながら何とか僕らにしゃべった。
「お前がやられていると聞いたからな、様子を見に着たんだよ」
今井がそう言うと、
「あ? だれがやられたって?」
僕は喧嘩しそうな二人をほうっておいて旋王寺を縛っている鎖をナイフで切断した。
「サンキュー、でもすぐにお前ら逃げたほうがいいぞ」
そういうと同時に入り口のほうから声がした。
「お前らか? 喫茶店で大事なパシリをやったのは」
黒柳と鉄パイプを持った30名ぐらいの不良が入り口の立っていた。
「旋王寺、お前も仲間が居たのか?いつも一匹狼の癖に、こういうときだけ助っ人か?」
旋王寺は立ち上がり、
「こいつらは単なるおせっかいな奴らだ関係ない」
「だけどみんなぶち殺すけどな」
ギャハハハハハハと下品な笑いが倉庫内に響き渡る。
「旋王寺、悪いがこいつら僕もやらしてもらおう」
今井が旋王寺の横に立った。
「か弱い女の子が一人いるからな」
その台詞に西城は、どうせあたしは…とぼやいていた。
「なら俺もやらしてもらうぞ」
僕もやることにした。こういう奴らは見ていてもウザイ
「30人に3人で勝てると思ってるのか?」
黒柳が手を上げて、
「お前ら、やっちまえ」
その号令とともに30人が一斉に襲い掛かってきた。
「旋王寺、お前はあの黒柳とか言うのやって来い」
僕がそういうと、旋王寺は
「言われるまでもねえ、これはもともと俺の喧嘩だ」
そう言って、30人の中に突っ込んで行った。
「少しは作戦とか考えないのかね君もあいつも」
今井があきれるようにため息を吐く。もうすでに3,4人は旋王寺の手によって倒されている。
「とりあえず僕はここでみんなを守るから君は?」
「雑魚の処分でもしてくるよ」
僕はそう言って、目の前に突っ込んできた不良にスタンガンをぶち込んだ。
「それ使うのはどうかと思うぞ」
それを見て今井は殺すなよと言って3人を守っている。
「『WHAT FLIES in THE SKY』でいいかな?」
僕はMP3プレイヤーを取り出た。
「何、音楽なんて聴こうとしてんだ? なめてるのか?」
一人の不良が鉄パイプを振り上げた。そのまま振り下ろそうとするが、
「雑魚がうるさい」
顔面を蹴って吹っ飛ばした。完全にこちらが勝っている。30人いるとしても相手はただの高校生、
こっちも高校生だが
「まったくなんで僕まで……」
今井が正拳突きが不良の腹に入っている。こいつは空手の有段者だし。
「邪魔だ、どけ」
旋王寺がこれまでの鬱憤を晴らすように5人を一度に蹴り飛ばした。こいつはこいつで化け物だ
僕は耳に引っ掛けるタイプのイヤホンをつけて音楽を鳴らした。
スピード感あふれる演奏が流れ出した。
「さて、後15人か」
僕はポケットから警防(五段式自作品)を2本取り出した。カシュンカシュンカシュンカシュンと音をたてて伸ばし、
襲い掛かってくる不良の鉄パイプを持つ手を叩いていった。
「旋王寺こっちは終わったぞ」
そう言って旋王寺の方を見た。黒柳と旋王寺が一騎打ちをしていた。
すさまじい蹴りとパンチの嵐が巻き起こっている。
「どうした?こんなもんか?」
旋王寺は余裕のようだ。一方黒柳のほうは、苦しそうだ。
「糞、貴様なんかに俺が負けるはず……」
「あるんだよ、とっとと死ね」
ひぃぃぃぃぃっさぁぁぁぁぁぁぁぁっつ、と思いっきり叫び声をあげている旋王寺を見て新倉が
「おお、よさそうだな」
今までどこに隠れていたのかひょこっと現れた。
「お前どこに隠れてたんだ?」
今井が新倉に尋ねると、物影の木箱といった。やるなこいつ……
「旋風拳(トルネードパンチ)」
そう言ってスクリューブローを黒柳の左頬に命中させた。まるで漫画のように黒柳は僕らのほうに飛んできた。
「10年早いんだよ、雑魚が粋がるじゃねーよ」
格闘ゲームの勝利ポーズのように決めている旋王寺だが
「まだ終わってねーぞ、」
黒柳は西城の顔にナイフを突きつけて僕らの前に立ち上がった。
「負けたんだから潔く終わっとけばいいのに」
僕はポケットの中からスローイングナイフ(小)を投げようとしたが…
セイ、という掛け声でナイフを持っている手を握りそのままねじって投げ飛ばした。
「あいつ、剣道道場の娘だけどうちで空手とか合気道とか柔術とかいろいろやってるんだ」
今井はその様子を見てあきれている。当のあきれられている本人はそのままコブラツイストを決めている。
「しかも最近はプロレスにはまっているんだ」
黒柳、ご愁傷様 僕は心の底からそう思った。
そして10分後、ボコボコにした黒柳を倉庫の中に閉じ込めて僕らは外に出た。
外は満月が上がっていた。もう8時だ、
「やば、帰らないと母さんに殺される」
西城と今井は新倉、旋王寺に無理矢理バイクを走らせて先に帰った。
「また二人っきりだね」
彼女はそう言って僕の顔を見てきた。倉庫街の隅、駅周辺との境界線にある河原に僕と彼女たちは座っていた。
二人で空の月を見ていた。
「ねえ、何でゲンムはそんな能力を手に入れたの?」
突然彼女はそんなことを聞いてきた。
「僕? そうだな、人の心が解れば失敗しなくてもいいからと思ったからかな?」
僕は昔のことを思い出した。昔もこんな風に河原で月を見ていたことがある。
その時は女の子じゃなくて男友達とだけど、僕は妙な視線を感じた。
僕は僕から見て右側に視線を向けた。そこにはタバコの火をつけている黒服の男が立っていた。
「所長がカンカンだぞ、そら帰るぞ」
「はい、芹沢さん、じゃあね、ゲンム」
彼女は河原に停車してあったバイクに跨り、かえっていった。
「いつでも月は変わらないな……」
僕も立ち上がり、バイクを止めてある駅の駐輪場まで歩いていった。
5
夜の10時、僕は自宅のお風呂でシャワーを浴びていた。
あの後、駅の中で食事して買い物をして帰ってきたら、バイクの故障が発見されたので修理していた。
「…………」
シャワーの音だけが僕の耳に伝わる。
あの時確実に終わらせたはずなのに、建物すら半壊させたのに、まだ終わってなかったのか。
「クソッ、僕がまだ甘かったのか」
左手で壁を思いっきり殴ってしまった。だけど左手は痛くない。ビキッビキビキビキと殴った壁に大きな亀裂が走った。
僕の左手を見た。白く変色して、人の手の形をしてない左手、まるで、化け物だ。
「戻れ、モドレェェェェェェ」
僕は右手で左手首を握り強く念じた。何とかもとの形に戻すことが出来た。
鏡に映った自分を見て僕は嫌気がした。背中に見える2本の線上の傷、首と平行に走っていてこの傷は治らない。
この両腕も人の形をしていない。僕は人間なんだろうか?
風呂から上がり、ベットの頭においてある写真を見た。5人の家族が写っている。
僕の記憶に絶対に消えない傷がついたあの日の写真だ。
『僕』が眼を覚ました時、目の前は『僕』には地獄絵図に見えた。
グチャグチャになった車内の運転席に父が死んでいる。腕や首がありえない方向に曲がっている。
その横で母が死んでいた。ガラスに頭から突っ込んだんだろう。首から血があふれ出たあとが黒くなっている。
そして『僕』の隣で兄がいた。腹に鉄の棒が刺さっている。まだ息がある。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
こんな状態で触るのは危険だ。『僕』はこんな状況なのになぜか冷静で居られた。
「……か? …よか…たお前無…事だったんだ……な」
息が切れ切れだが確かに生きている。
「兄ちゃん、早く助けを呼ばないと」
『僕』はその時初めて兄の体に刺さっている物が何かわかった。燃料パイプだった。
それに気がついたと同時にガゾリンの匂いが漂っているにも気がついた。
「お…れはもう無理だ……おま…えだけ……でも逃げろ」
そんなこと出来ない。兄ちゃんを助けるためにいろいろ考えていると。
ドンと兄に突き飛ばされ、車外に出ることが出来た。だけどその瞬間、
『僕』の目の前で車は爆発した。車体が浮き上がり、熱と爆風が『僕』を吹き飛ばした。
「兄ちゃ……ん?」
兄は最後の力を振り絞って『僕』を車の外に出したんだ。
目の前の光景に『僕』は、何も出来なかった。
「うそだ、うそだ、こんなの現実じゃない」
きっと『僕』はその時発狂したのかもしれない。
肉が焼ける、血が蒸発する匂いを嗅いでいた。
「そうだ? あいつは? 車の中にいないかったけど。あいつは?」
弟は、どこだ? 僕は辺りを見回した。崖の下、岩と木しかない空間のなか、折れた木の枝上に弟はいた。
息が……あるかどうかわからなかった。
ボロボロになっていて打撲と足の骨折ぐらいしか見えないが、生きてるのか死んでるのか解らない。
「おい、だいじょうぶか? おい」
反応が無い。心臓に手をあてようと左手を出そうとした。
激痛が走った。どうやら気がつかなかったが折れているようだ。
『僕』は弟の胸に右手をあててみた。まだ心臓は動いている。
水、水がいる。『僕』は爆発した車のトランクから桶代わりになりそうなものを見つけて、ラジエーターから水を汲んだ。
その水に写った自分の顔を見て『僕』は真っ青になった。
全身血だらけだった
「ハクシュン」
くしゃみと同時に僕は現実に戻ってきた。ずっとシャワーを浴びていたといえ結構寒い、
湯船に入って両手をみた。もう赤くない。今は赤くは無い。
風呂から上がり、僕は机の上においておいた二つの白と黒の携帯電話のうち黒いほうを手に取り、
ソファに座った。そして番号を押した。白い携帯電話がなり始めて、いきなり鳴り止んだ。
「よう、どうした? お前が僕に電話をするなんて」
僕の黒い携帯電話に白い携帯電話から声が届いた。
「2つだけお前にも教えとか無いといけないことが生じた」
机の上においてある白い携帯電話は通話中と表示されている。閉じた状態なのに……
「なんだ?」
電話の向こう側の声が急に真剣な声になった。
「あの研究所は壊滅してはいなかった」
僕の言葉に向こう側は、
「で?どうしたんだそれが」
心底どうでもいいような言い方だ。
「もうひとつ、『お前』の弟がまだ生きている」
それを聞いたとき、向こう側は、
「嘘だろ? あいつは死んだはずだ、僕の目の前で」
「だけど、生きているらしい、僕も自分で見たわけじゃないけど」
「本当か? ホントに?」
「でも、まともに生きてるかは別問題だ」
これは事実だ、あそこにいるとしたら、ろくでもないことされているかもしれない
「どこに? どこにいるんだ?」
「あの研究所」
それを聞いて向こう側は少し黙った。
「どうした?」
「まさか、あいつが僕の後釜として使われてるのか?」
「どうやらそれは過去形のようだけどな」
今の後釜は彼女達だ、
「お前にお願いがあるんだけど、聞いてくれるか?」
向こう側が僕に頼むことは予想がついている。
「お前の弟は助けにいくさ、僕もそこに用ができたからな」
「ありがとう」
お礼なんか言うな、お前は僕にどのくらい大きな願いを叶えてくれたと思ってるんだ、それに比べて僕は何も返していない。
「ああ、まかしとけ」
僕は胸を張ってそう答えて電話を切った。大切な奴の大切なものぐらい、取り戻してやるさ、
「さてと、準備しないと」
携帯電話を閉まって、僕は引き出しの中から工具と作りかけのものを取り出した。
パソコンからあるものをプリントアウトして、それを見ながら作業をすることにした。
「明日の朝まで寝れるかな?」
自分でした質問だが、絶対に無理だろうと自分で理解した。
第4章 穢れた研究の穢れた実験
どんなに正当なことだろうが内容が穢れていればそれは穢れている。
どこまで穢れていても正しいことは結局穢れている。
黒いものに白いものを落としたらよく目立つ
白いものに黒いものを落としたらよく目立つ
結局、自分の意見を他人に教えてはならないんだと思う。
1
朝になった。今日は土曜日、学校が無い。今日はどうしようかなと、ベットから起き上がり、
そのままリビングに、テレビの電源をリモコンで入れてニュースのチャンネルにした。
『昨日の深夜、高校生が暴れだしてけが人多数』
そういうニュースが流れた。そんなことはどうでもいいので僕は階段を上がり屋上に出ようとした。
扉を開けると雨が降っていた。しかも土砂降り、雨降るくらいなら雪でも降ればいいのに、
仕方なくリビングに戻り、灰皿を出してタバコを咥えて火をつけた。
最近吸う量が増えた気がする。テレビに視点を移すと、見覚えのある顔がテレビに映っていた。
『この少年は意味不明な発言をしており、精神鑑定も必要かと思われており……』
昨日今井にナイフを向けたチンピラだった。トドメをやり過ぎたのかも知れない。
腹が減ったのでリビングから台所に行き、入ってすぐの冷蔵庫を開けた。
昨日とは違い今日は冷蔵庫の中に食材はそろっている。後2週間は食っていけそうだ。
別に2週間も食いつなぐつもりは無いけど。
「さて、何作ろうかな?」
冷蔵庫からバター、卵2個を取り出してパンの耳の袋を取り出した。
フライパンに油を引いて、パン耳を炒め始めた。十分炒めたところにバターを入れてバターを溶かし、
パン耳にしみこませた。そして、砂糖を満遍なく大量に入れてさらにかき混ぜて砂糖が飴状になってパン耳を
コーティングしていく。僕の得意料理、『食パンの耳の砂糖焼き』の完成だ
「後は、よっと」
もうひとつのコンロでフライパンの中に溶き卵を入れて箸でグチャグチャにした。
スクランブルエッグを作ったのはいいけど皿を用意するのを忘れていた。
戸棚から皿とコップを出して、皿の上に先ほどの2品を盛り付けた。
紅茶も沸かしてテレビを見ながらいざ食べようとしたとき。
ドアがノックされた。コンコンコンとリズムよく綺麗になった。
「誰だろう? こんな朝早く来る奴なんていないはず」
というよりこの家の住所を知っている人は少ない。
ドアを開けるとそこには芹沢桜花…いや氷華がそこにいた。それともう一人、これで3度目になるだろう
『芹沢さん』も一緒にいた。
「何でここ知ってるんだ?」
とりあえず中に二人を招いて紅茶を出した。
「何のようだ? 氷華、それと…」
「芹沢誠だ、白黒現夢君」
歳は20代中ごろ、黒いスーツに白いYシャツ、いかにも黒服という趣だ
「で二人は何のようだ?」
僕はテーブルを挟んで二人に対峙した。
「そんなに構えないでほしい、別に俺は君に危害とか加える気はない。ただはなしを聞きに来ただけだ」
「話? 何の話ですか?」
僕は一応警戒は怠らなかった。僕が座っているソファの下にナイフが仕込んであるのを足で確認した。
「この子の不思議な能力、回復能力のことで君は何か知っているらしいけど、教えてほしいんだ」
昨日桜花に話したことか……ちょうどいい、こっちも聞きたいことがあるし言わなきゃいけないこともある。
「その能力、についてですか? 僕の口からいったい何を聞きたいんですか?」
僕は本日2本目のタバコを咥えて火をつけた。
「その力の入手方法とそれを使っていたらどうなるのかということだ」
ピンポイントな質問だ。僕は一吸いして灰を落とした。
「それはあなたが聞きたいんですか? それとも……」
きっと昨日、桜花は誰かに話したんだろう、自分自身も怖くなったのからかもしれないし、
無理矢理聞き出されたのかもしれない。彼女の場合拷問しても痕は残らないだろうし。
そこまでいうと向こうもそれなりの態度を向けてきた。
「君は何が言いたいんだ?」
向こうは自分たちのやっていることが世間にはばれてないんだと思っている。
「それを聞いて、犠牲者増えるんじゃないかって言う質問ですよ」
僕はしっかりと芹沢さんと視線を合わせた。
「君は一体何者だ?そこまで知ってるとはな」
「ええ、少しそこには用があるんでね」
殺気がこもった会話が僕の家のリビングを飛び交っていた。
「まあ、それは気にしないことにするとして、それは俺が聞きたいこともあるから聞くんだ」
教えておかないとだめなんだろう、能力者の末路を
「僕が今まで見た能力者は2人、先に2人目から話したほうがいいかな」
僕はタバコを一吸いして、灰皿に押し付けた。
「そいつは僕の知り合いでした。それなりの付き合いでした。ある日そいつが能力を使うところを偶然見てしまいました。
そいつが使っていた能力はたしか水を操る力でそれで今の生活のストレスを発散していました。
そいつに僕はこれ以上使わないほうがいいと教えてあげました。すでに一人目を見てしまったからですけどね。」
僕はそいつのことを思い出そうとしていた。だけど、顔が出てこない、名前が出てこない。
「はじめは僕のことを攻撃してきましたが、だんだん仲良くなって、そいつも能力を使うのをやめました。」
もう1本タバコを出して火をつけた。二人は真剣に聞いている。
「いつも二人で行動して危ないこととかいろいろやりました。ある日、どうしてもやばいことがあって
具体的には僕の命を救うためだったんですけど、その能力を限界以上使ったんですよ。」
あの時のことが頭の中で再現させた。
鉄骨の下敷きになった状態であいつは僕を救うために直径10メートル位の水球を作って助けてくれたのが今でも覚えている。
その後のことも完全に……
「その後、あいつは……自分の夢に食われましたよ。化け物になって、
あいつはくらげのような生物になって僕を食べようとした。その時のあいつの表情は、顔は出てこないんですけど
確かあいつは絶望の表情を浮かべていた気がします」
その話を聞いて芹沢さんは言葉を失ったようだ。氷華本人も何も言わない。
「ここまで聞いて解りましたか? 僕が使うことを止めるわけを」
二人はうなずいた。
「一人目の話は……しなくてもいいかもしれませんね」
僕はタバコを吸って煙を吐いた。
「それで、夢に食われるって言うのはどういうことだ?」
その説明もきちんとするつもりだ。僕は氷華の顔を見た。彼女は平然としている。そう見えるように努力しているのだろう。
「文字通り食われるんですよ。自分の夢というより欲望に、ここからの話は僕の推測の話になるんですけどいいですか?」
氷華はうなずいた。芹沢さんは……何かつぶやいている。
「ど……で…たこと……気がする」
よく聞き取れなかったが気にせずに続けることにした。
「まずこの能力についてですけど、僕はこの能力を『INFINITE』と呼んでいます。
それでこいつは僕らの夢や欲望が固まって、具現化したのがそうだと思ってます」
あの時、寒い屋上で起きた事、そう思わないと繋がらない。
「夢、欲望、願いか」
芹沢さんは何かを考えている。
「『INFINITE』はその能力者に対して一種の鎖……どっちかというとモンスターなんです。使えば使うほど成長していく、
自分の心を守るために、成長していく、だけど所詮モンスター、いつか制御ができなくなってしまい。自分の能力に食われて
のっとられて、化け物になるでしょう」
芹沢さんは思わず氷華のほうを見てしまっていた。氷華本人も自分の体を見ていた。
「さて、これで僕の話は終わりです。」
そうして、朝食の片付けのために食器を持って台所に入っていこうとした。
「君は、大丈夫なんだな?」
芹沢さんは僕のことを心配してくれているのかそんなことを聞いてきた。
「さあ? そんなこと解りませんよ。でも、彼女の場合、そろそろ手遅れになると思いますよ」
「氷華、先に車に戻っていてくれ、俺は彼に話がある」
氷菓は大人しく僕の家から出て行った。
「すみませんが少し待っていてください。片付けるんで」
僕は食器を洗って、乾燥スペースに置いた。
「それで?話って何ですか、芹沢さん」
芹沢さんは自分のタバコを取り出して、1本咥えてライターを探していた。僕は無言で自分の100円ライターの火を渡した
「聞かなくても解ってるはずだ、白黒現夢、いや……ここはNO−1と呼んだほうがいいかな?」
やはり気がついていたようだ。この人は本当に、
「お久しぶりですね誠さん、2年半ぶりですね」
「ああ、君があの子の友達だったとは世界は狭いな、てっきり海外に逃げたのかと思ってたよ」
「僕は普通の生活がしたいだけですから」
「研究施設を半壊させて逃亡、おかげでこっちは大損害が出たからな。
ま、こっちもしばらくの間子供たちのかわいそうなところ見なくてすんだから、良かったけどな」
僕らは灰皿に灰を落とした。部屋の中に白い煙が充満している。
「僕も『プロテクト』といたつもり無いんですけどね、あなたの前だと無意識に緩むんですよ」
僕は常にあるプロテクトをかけている。そのプロテクトがあるから今までまだマシな生活をしてこれた。
「俺には良くわからない世界だが、それはそれで置いとこう。それでだ、俺からのお願い聞いてくれないか? 神……」
「そいつは死にましたよ誠さん、僕は白黒現夢です」
そう、あいつはもう死んだ。その代りに僕がいる。
「あの施設を破壊してくれ、今度は完全に」
きっと僕にしか頼めないのかもしれない、誠さんの場合は特に立場上の問題だが、
「ええ、解ってますよ。僕はもともとそのつもりですから」
今度こそ完全に跡形も無く存在していた痕跡すら残さずに消してやる。
「ひとついいか? 一人目の能力者ってどうなったんだ?」
その質問に僕は答えない。答えるつもりは無い。
「それからおまけにいいこと教えておく、君が何するつもりか知らないけど、あそこに君の大切なものはもう無いぞ」
そう言って国際医療研究所警備主任・芹沢誠は僕の家から出て行った。
「一人目なんて教えても無駄だろうな、あれは特別なパターンだし」
雨が降る外の景色を僕は見ながらタバコを灰皿に押し付けた。
2
その日の昼過ぎ、僕は買い物をするために街に出た。今日買うものはパーツだった。
バイクを走らせて街のパーツ屋をめぐり、昼飯を食べようと家からそんなに遠くない国道を走っていた。
「ん? あれは、新倉?」
交通量が多い国道の対向車線の道端に白いベスパと新倉の姿が見えた。
僕は交差点でUターンして、新倉のところに行ってみた。
「お、シロクロ、どうした?」
「お前がとまってるのが見えたからな、どうしたんだ?」
僕は止まっているベスパを良く見た。別に何でもなさそうだ。
「実はな、いきなり故障してしまってさあ、せっかくナンパでもしようと思ってたのにこれじゃあ女の子誘えないぜ」
「ちょっと見せてみろ」
僕はベスパを点検した。どこも壊れてはいない。
「燃料は?」
「昨日入れたばっか」
それも違うようだ、仕方ない。
「お前、今、時間あるんだよな?」
「ああ、そうだけど」
僕はここから家までの距離を考えた。2キロぐらいか、
「俺の家に来るか? ベスパもしかしたら直せるかもしれないし」
それを聴いた瞬間の新倉はピクッと反応した。
「シロクロの家?」
「そうだけどなんかあるのか?」
新倉は口をゴニョゴニョして何か言いづらそうだ。
「いや、ちょっと……」
何か隠してるな、こいつ、
「何か隠してるだろ? お前」
僕は腰から新しい武器、『マグナム』を取り出して新倉の額にそれを当てた。
このマグナムはその名の通り銃器の武器で、威力は、まだ試していない。
弾は一応火薬は少なめだがどうなるかな?
「わかった。しゃべるから、そんな物騒なもの閉まってくれ」
観念したらしくホールドアップのポーズをした。
「お前は猫型ロボットか?どっからともなくそんなもの出して」
「御託はいいからとっとと言えよ」
僕は腰にマグナムを収納した。
「噂で流れてるんだよお前のこと、前に話した三大問題児の最後の一人ってお前なんだぞ」
嘘だろ? 僕だったのか? 最後の一人って、
車のエンジン音がまたやかましくなってきた。
「まあいいや、とりあえず家に来いよ、昼飯ぐらいならおごってやるし」
その言葉で新倉は来る気になったらしい、
「オーケー、ところで遠いか?」
「2キロぐらい」
「押してってくれ」
「自分で押せ、そのぐらい」
そうこう言って、僕と新倉は僕の家までベスパを押していった。
「ここがお前のうち?」
僕の家の前に着いたとき新倉は驚きの声を上げた。
3階建てのビルの3階のワンフロア使ってるからな……
「お前結構金持ち?」
「別に?結構貧乏かも」
僕はガレージのシャッターを開けて僕のバイクと新倉のベスパをガレージの中にしまった。
「ちょっと待っててくれ」
僕はベスパを解体して、中を調べた。エンジン周りのパーツが少し痛んでいる。
「とりあえず、燃料パイプとか詰まってたから直しておいたから」
10分後、僕は元の形にベスパを戻して、新倉に見せた。
「サンキュー、助かる」
僕は汚れた手をタオルで拭いて新倉を僕の家に案内した。家の中をキョロキョロ見て新倉は
「結構広いな、ここ家賃いくら?」
早速そんなことを僕に聞いてきた。僕は10万ぐらいと適当に答えて手を洗って台所に入り、昼食を作り始めた。
昼飯はチャーハンにするか、
30分後、リビングのテーブルの上にチャーハンが盛られた皿が二つ運ばれた。
「頂きます」
僕らはチャーハンを食べ始めた。食べ始めて少したった。
「なあ、シロクロ、お前芹沢と付き合ってるのか?」
いきなりそんなことを言われたため思わず噴出しかけた。
「ゴホッゴホッ、いきなり何を言い出すんだてめえ」
せきが止まらない。食道ではなく気道に少し入ったようだ。
「いや、昨日の様子とか、見てたらそう思っただけ、それで実際どうなんだ?」
そんなこといわれてもな、どうしようか……
とりあえず僕はお茶を飲んだ。
「実際付き合ってって言われたことはあるけど?」
「あっちから告白されたのか?」
僕はうなずいた。そして残りのチャーハンをすべて口の中に入れて飲み込んだ。
「お前、付き合ってくれないと死ぬとか言われて、しかも俺まで巻き込んで死ぬとか言われてノーって言えるのか?」
新倉はうーんと悩んでいる。僕はポケットからタバコを取り出して一本口に咥えた。
「あれ? シロクロってタバコ吸うの?」
僕は火をつけようと思ったがいったんやめた。
「そうだけど? お前平気?」
別にといってまた考え出した。僕はタバコに火をつけた。
「というか、俺の場合、女の子が付き合ってっていったらみんな付き合うし」
なんと言う回答しやがるんだこいつは、僕はタバコの灰を灰皿に落とした。
「それで? シロクロは芹沢のこと好きなわけ?」
核心を突いた質問だ。僕は少し考えた。
しばらくの間沈黙と煙だけがこの部屋に漂っている。
「好きではないな」
僕は結論を出した。これが一番自分の気持ちの中で正直だ
「だけど嫌いでもない」
「お前、結構酷いな。俺もいろんな女の子をナンパしたりしたけど、俺はみんな好きだった」
新倉はズバッと僕を一刀両断した。
「あんまりこういうことは言いたくなかったんだけどな、あの時、みんなで屋上で飯食ったとき、俺は言ったよな?
人を信じるのが怖いって、人を信じられないってあの時俺は言ったよな?」
その言葉に新倉はうなずく
「だけど、昨日僕はみんなと買い物をしたりして、お前らを信用してもいいかなと少し思った」
なら……と 新倉が口を挟もうとしたが僕は、それをさせなかった。
「だから、今悩んでいる。今、芹沢の事はまだ好きではない。というより、好きになれない。これは僕の気持ちの持ち方なんだけどな」
そう、今僕は彼女のことは好きになる対象ではない。
「それに、僕は彼女を助けてやりたい対象にしか見れない」
そこまで言って僕は水を飲んだ。
「だからか、芹沢の様子とお前の様子がかみ合わないのは」
新倉は何かを納得したらしい。
「おまえ、何か隠してるだろ? 根本的に俺らがする隠し事とは次元が違うぐらいのことを」
こいつ、軽そうに見えて結構見てるところは見てるようだ。
「ああ、してるよ」
僕はもう認めることにした。
「隠してること知りたいか?」
僕は正直にたずねた。もしこれで知りたいといったら……
「いや知りたくない、知ろうとも思わない」
僕はあっけに取られてしまった。新倉は立ち上がった。
「お前がどう思ってるのか、何したいのか知らないけどさ、自分の気持ちぐらいきちんと人に伝えたほうがいいぞ、誤解させっぱなしだと良くないぞ、昼飯、ゴチになりましたっと、じゃあな、また来てもいいか?」
玄関のドアを開けて、新倉は僕に聞いてきた。
「いつでも、また来てくれよ」
新倉はそのまま帰ってしまった。僕は何も言わず、ただ天井を見つめているだけだった。
あんな事言ってくれる人はいなかった。僕に代わってから誰いなかった。
本当にうれしかった。ありがたかった。
3
「なあ、芹沢の家につれってってくれよ」
昼休み、教室で昼ごはんを食べていると新倉が突然言い出した。
「え、……ゴメン、無理……家にはどうしても連れて行けないの」
芹沢、今日は桜花がすまなそうに謝った。
「そういえば私も1回も行った事ないよね」
西城も牛乳を飲みながら話に入ってきた。
そんなやり取りが頭の中に思い出された。雨が降る中、僕らは黒いリムジンに乗っている。
芹沢さんと氷華が僕からいろいろ聞いてから1週間がたった。
それまでは何も無くまだマシな日常が遅れていたが、今日の放課後までは……
帰ろうとしたらいきなり数人に囲まれて銃を突きつけられて僕らは車に乗せられた、
「なあ、俺たち何処に連れられていくんだ?」
旋王寺が僕に小声で僕に聞いてきた。さすがに銃を持っている連中相手では旋王寺も今井も何もしなかった。
「この道なら答えはひとつだけだ」
僕は静かにみんなに聞こえるように話を切り出した。
のほほんとジュースを飲んでいた新倉も飲むのをやめてこっちを見た。
窓の外の道に見覚えがある。僕は……あいつはこの道を毎日歩いていた。あの道だ……
「国際医療研究所だ」
理由はわからない、だけど間違いなく僕らはそこに向かっている。
さっきから芹沢は何も言わない。黙って下を向いてうなだれているだけだ。
「ゴメンね……私のせいで」
そうつぶやいた。
「みんな、頼むから何も騒がないでくれ、何も面倒を起こさないでくれ」
僕はみんなに念を押した。ここでみんなに騒ぎを起こしてもらうと、彼女たちに迷惑がかかる。
「解った。だけどきちんとこの状況を説明してもらわないとこちらが困る」
今井が沈黙を破った。
「ゴメン、まだいえない。しゃべったらまずいことが多すぎる」
国家的機密とか云々の問題だ、下手したら消させてしまう。
車が山道に入った。周りが木々に覆われてきた。
「運転手さん、後どのくらいですか?」
僕は運転している黒服に尋ねた。運転手のほうも、そのとなりに座っているほうの黒服も驚いている。
「あと5分ぐらいだ」
感情もこめずに助手席の黒服が言った。
「そうですか」
僕は外を見た。前方に厳重そうな大きな門が聳え立っていた。国際医療研究所の入り口だ。
門の横の小屋から男が出てきて、車と後ろの僕らを確認して門を開くためのスイッチを押した。
機械音とともに門は開かれた。完全に開くまでの2,3分、僕はもう一度小屋とその周りを見た。
小屋に2人の警備員、それ以外には特にセキュウリティーは見当たらない。
車は門を潜って駐車場に止まった。
「降りろ、そして静かに歩け」
銃を僕に突きつけて、男は研究所内に入るように促した。
「逃げはしないから銃をおろしてほしいんですけど」
僕は後ろで銃を突きつけっぱなしの男にお願いをした。
「逃げようとしたり反撃等をしたら迷わず撃つ、わかったか?」
僕が首を縦に振ると男は銃をおろした。
研究所内は清潔で、まるで誰も歩いてないのかと思えるくらい綺麗だった。
僕らは応接室とプレートがかけられた部屋の前に案内させて、
「粗相のないように」
そういわれて、応接室に入っていった。中にはテーブルと3人座りのソファが4つ、テーブルを中心に囲むように置かれていた。
向かって左側のソファに一人の老人が座っていた。足元にトランクが置いてあった。その隣に芹沢さんが立っていた。
「桜花、お前はこっちだ」
芹沢さんが彼女を連れて部屋の外に出て行った。
僕ら5人は入り口で立ったまま動けなかった。
「座ってくれたまえ、なに私は君らをとって食ったりはしない」
老人、国際医療研究所所長、神崎総一郎が笑いながら僕らのほうを見た。
笑ってるんのは顔だけだが……目だけはまったく笑っていない、冷め切った氷のような目をしている。
「はじめまして、神崎教授、お会いできて光栄です」
僕は神崎の正面のソファに座った。みんなもそれぞれソファに座った。
「それで? 神崎教授、僕らみたいな普通の高校生を銃で脅してここまで連行してくるわけを聞かせてもらえませんかね?」
自分でも嫌になってしまうくらいにいやみたっぷりに言い方で神崎に問いただした。
「少年」
「白黒現夢です」
「白黒君、君が白黒君か、そうか、君か」
神崎が足元のトランクから札束を5つ取り出してテーブルの上に置いた。
「早速だが本題に入ろう、この金を上げるからあの子にかかわらないでくれないか?」
いきなりすぎることだが、僕は何事も無く座っていた。周りのみんなは少し戸惑っているようだ。
「君たちは迷惑なんだ彼女にとって」
「ちょっと待て、どういうこ……」
旋王寺が口を挟んできたが僕は彼の前に手を伸ばして静かにさせた。
「もうちょっとハッキリ言ったらどうですか? 教授、もっと素直な気持ちを聞かせてもらいませんかね?」
僕はホルスターからエミリエーターを取り出して、札束のど真ん中を貫いた
「それとも、僕が代わりにしゃべってもかまいませんよ? 一般人に知れちゃまずいことまでもしっかりと」
お札が刺さったナイフでそのまま垂直にお札を切り裂いた。
その様子を見て、神崎が本性を現した。
「ほざくなガキが、貴様が何を知ってるのか知らんがあれはわしのものだ、貴様らみたいに……おっとお前は違ったな」
僕を差別するような目で見てきた。
「そこの4人みたいにただ平凡な連中にあれのすばらしさがわかるものか」
「てめえはさっきから何が言いたいんだよ」
旋王寺が立ち上がった。反対側の席の今井も、その隣の西城も立ち上がった。
「みんな座れ、頼む、座ってくれ。ここで揉め事を起こすと面倒だ」
僕は3人に座るようにお願いをした。旋王寺の怒鳴り声を聞いたのか、3人黒服が入ってきた。
「簡単に言うと、芹沢桜花はこいつらの実験材料、モルモットだ」
その台詞にみんな固まった。旋王寺も今井も西城も新倉も信じられないという表情で、
神崎たちも何故そのことをという表情で固まっていた。表情は固まっているが、みんな目をこちらに向けている。
「貴様、なぜそれを……」
そこまで言って、神崎は自分の口を手でふさいだ。
黒服が一斉に銃を僕らのほうに向けた。
「まあいい、貴様らが選ぶ道は3つだ、ここで死ぬか、大人しく金を受け取ってこのことを誰にも言わないか……」
「三つ目は絶対にお断りですから」
僕は神崎の話に割り込んで立ち上がった。
「みんな帰ろう、ここにいても無駄だ」
その言葉にみんな静かに従い、部屋を出ようとした。
「待ちたまえ、きちんと送ろう、それに白黒君、君にはまだ話しがある」
黒服の一人が4人を連れて出て行こうとした。
「ゴメン、待っててくれすぐに行くから」
みんなは心配そうに出て行った。
「さて、何が聞きたいんですか?」
僕は再び神埼と対峙した。
4
帰り道の車の中、聞こえるのはエンジンの音のみ、みんな静かにしている。
あの後、僕は20分ほど神崎と話をして車に乗り込んだ。
「なあ、シロクロ、お前が何を話していたのかは知らないけど、このことは他言無用なんだな?」
僕の正面に座っていた今井が僕に尋ねた。
「ああ、他言無用だな、国家機密に近いし」
僕は素っ気無く答えた。
「だけど芹沢がモルモットだということは事実なんだな?」
僕は首を縦に振った。
「助けてやれないかな?」
旋王寺も話に入ってきた。助けたい、それはそうだろう、誰でもこんな話に巻き込まれたらそう思うだろう。
「俺たち一般人にはどうしようもない話だけどな、きっと今、芹沢は苦しんでるんだろう、何の実験をしてるのかはわからないが
薬を注射されてるのかもしれないし、拷問に近いことをされてるのかもしれない」
僕がさらっと、感情もこめずに言ったら旋王寺が胸倉を掴んで怒鳴り散らした
「てめえは何でそんなに落ち着いてんだよ、苦しんでる友達に何かしてやろうとは思わないのかよ」
「君たちの気持ちはうれしいことだけど、君たちが彼女に出来ることはほとんど無い」
僕らの話に運転席の芹沢さんが入ってきた。
「あそこの連中は狂ってるのさ、自分が間違ったとこをしてないと本気で信じてる」
芹沢さんはポケットから薬の入った箱を取り出して新倉に渡した。
「この薬を知ってるか?」
新倉に渡された箱、それは3年前に売り出された集中力アップの薬だ
「この薬を作ったのもあそこだ、この薬だってあの子ではないが別のモルモットとして使われた子供がいたから完成したんだ」
その言葉に西城は唖然とした。どうやら彼女はこれを使ったことがあるようだ。
「だけど、この薬って副作用とか……」
「『それ』には一切無い。あくまで『それ』の話だけどな」
芹沢さんはタバコを取り出した。
「君たちに出来ること……というよりやってもらいたい事があるとしたらあの子と仲良く、希望を持たせてあげることだ」
多分彼女達は絶望しているのだろう、今は生きること自体が辛いんだろう。僕にはそれがわかる。
「あの施設が……あの組織がなくならない限り芹沢は永久にそうなのか……クソ」
旋王寺がドアをガンと殴った。車はすでに住宅街に入っている。
「なあ、いっそ芹沢を連れて逃げればいいんじゃねえのか?」
さっきから静かにジュースを飲んでいた新倉が提案した。
「馬鹿なことだけはしないほうがいい」
新倉だけじゃなくて僕ら全員に向かって芹沢さんは言った。
「あんただってまともな精神してるんなら何でそれを止めないんだよ」
旋王寺は芹沢さんにも怒鳴った。
「目の前でそんなことされていて何も思わないのか、それでもお前人間か?」
「やめろ、旋王寺。この人が一番辛いんだよ、芹沢さんは……」
僕は芹沢さんに掴みかかろうとした旋王寺を止めた。運転中の人間に掴みかかられたらこっちの命が危険だ
「芹沢? もしかしてこの人……」
今井は気がついたらしい。
「芹沢桜花の兄、芹沢誠さんだ」
旋王寺が手に持っていた缶ジュースを落とした。
「じゃあ尚更、妹が苦しんでるのにあんたは助けてやら無いんだよ」
車が止まった。窓の外を見ると僕の家の前だった。
「さて、降りてくれないか? こっちも仕事がまだあるんだ」
芹沢さんは僕らを無理矢理降ろして走り去っていった。
「みんな、まだ時間あるよな? 上がっていけよ」
僕はみんなを家のなかに入れた。
ソファにみんなを座らしてキッチンで牛乳を温めた。
「ミルクティーでいいか?」
みんなソファに座ったままうつむいている。
紅茶のティーパックを牛乳に入れてそれを5つに分けてみんなの元に運んだ。
「明日は土曜日、学校もないしちょっと遅くなっても問題は無いだろ?」
みんなはうなずいた。
「酒も用意してあるし今夜は飲もう」
ビール、日本酒、ワイン、カクテル、用意しておいたものをすべてテーブルの上においた。
僕はタバコを取り出して火をつけた。みんなそれぞれお酒を持って、
「乾杯」
旋王寺が日本酒を一気飲みした。それに対抗して今井がビール、新倉がチューハイを一気飲みをした。
西城は上品にワインを飲んでいる。
1時間もしないうちに宴会になっていた。
「おれすきなこいるうんだあ」
「ぼくもおいるうぞお」
「ならあささとおこくはくしろよお」
完全に男3人は酔っ払っている。
「酒がたんねえぞ、次ぎいってみよ」
酒豪、西城は次々と酒を空にしていく。
ドンチャン騒ぎのなか、僕だけはなぜか孤立していた。
「ほい、ほうちさ? おわえ飲んでないなろ」
完全によっている今井が僕に絡んできた。
「こんな状況を作って悪いが俺は下戸なんだよ」
実際違うけど……
「ふるはうぃ、おわふぇものめのめ」
今井は缶ビールを僕に渡してきた。それをテーブルにおいて
窓を開けて、空を見ながらタバコを吸った。
君の言う『INFINITE』とかいう能力について研究をしないか?
それが解明されれば人間はすさまじきスピードで進化するぞ
芹沢桜花の能力だって解明できれば事故死や病死などがなくなるんだぞ
何、心配するな『あれ』は何をしようと絶対に死なない。いろいろ試してみたからな
あれの二つ前と一つ前のモルモットはクズだったよまったく使えなかった
おまけに二つ前のは研究所をどうやってか半壊までに追いやって逃亡した
もしかしてそれも『INFINITE』なのかもしれんが
どうかね? 一緒に人類の発展のために研究しないか?
なに、特別な知識なんてわれわれは要求しない
君が知っている『INFINITE』についていろいろ聞かせて貰えばいいだけの話だ
神崎の言葉が頭の中でこだまする。
「みんなごめんな、僕たちのわがままとトラブルにまきこんで」
みんな酔いつぶれだしている。西城だけはまだ飲み続けてるけど……
みんなに聞こえていたのだろうか? それは僕にはわからない……
今、僕が見えるのは一抹の不安と希望を持っているそれぞれの思いだけだから
第5章 形無き物の崩壊
友情なんて形は無い、愛情なんて形は無い
勇気なんて形は無い、時間なんて形は無い
日常なんて形は無い、夢幻なんて形は無い
形は無いものは崩壊しない、形という特定の定義はないから
なのに、友情は無くなるし、愛情は冷めていく、
勇気は挫かれるし、時間は止まる、
日常は壊れる、そして夢幻は元々そんなものは存在しない
1
3日がたった。3日間一度も桜花も氷華も学校には来なかった。
「明日から期末テストだからみんな今日はさっさとは帰って勉強しろよ」
対馬先生は終礼時にそう言言い残してさっさと出て行った。
クラスのみんなは疎らだが帰っていく、
「あれから芹沢の奴、学校来ないな」
新倉が漫画を読みながら話を切り出した。
みんなあれから気にしてるんだろう少し暗い。
「なあ、本当に俺たち何も出来ないのか? 何か出来ることあるんじゃねえのか?」
旋王寺は机を叩いた、みんなそれぞれ何か考えているようだ。
「一番早い話が警察とかにしゃべってしまうのが早い気がするけど……」
今井は少し間を置いた。その間の意味をみんな理解しているようだ。
「あそこって国際研究所だろ? 国とか信用できないよな」
「仮にそれが成功してもだ、絶対にマスコミとかが報道するだろう」
そんなことになったら、芹沢はさらし者だろう。そんなことは避けたい。
「多分、そこまで行かずにもみ消されるだろうけどな」
みんな沈黙している。打つ手は無いのかと模索しているのだろう。
「というか、何でみんなは芹沢のことそこまで心配すんの?」
みんな芹沢とはどんな関係なんだろう? ここまで心配されるようなくらい仲がいいのも結構不思議だ。
「はじめは私が芹沢のことを誘ったの、いつも一人でさびしそうだったから……おせっかいだったけど」
西城は遠い昔を思い出すかのように語った。
「確かにあいつ、去年とかずっと一人で……というか誰も気にも止めないような存在だったからな」
「それで、このおせっかいが話しかけて、仲良くなって、たしか家のなべパーティーに無理矢理連れてこなかったか?」
新倉と今井も口を挟んできた。
「それではじめは4人で行動していたら、いつの間にか旋王寺もグループに入ってきて」
「ところで、旋王寺は何で?」
僕の質問に旋王寺は何も言わずあさっての方向を向いている。
「なあ、旋王寺?」
それでもなお、無言で済まそうとしている。
「とりあえず、どうやって芹沢を助けるかだろ?話を脱線させんな」
あわてて話を戻そうとしている。
「なるほど、そういうことか」
新倉、西城は何かを感づいたようだ。
「どうでもいいけど、お前ら何があっても行動起こすなよ」
僕はそう言って、教室を出た。
今日は雨が降っている。雨の日……か、そういえばアイツ、雨が嫌いな理由ってなんだったんだろう?
あの時のこと思い出すからかな?
血まみれの弟を何とか応急処置をして、水を確保して夜を迎えた。
折れた腕をかばいながらだったためなかなかうまく出来なかったが何とか休むところを作れた。
弟の意識はまだ戻らない、もしかしたら死んでいるのかもしれない。
僕は死体に応急処置をしたのかもしれない。
形はまだ残っている、足の骨が折れている以外は……
雨が降ってきた。土砂降りの雨が、降ってきた。激しい雨音、その中に違う音が聞こえる。
ヘリの音だ、助けが来た……助かった……
その時僕の後ろでわずかな声が聞こえた。
「刹にい……」
弟の意識が戻った。
この瞬間だろうか?僕が本当に助かったと思っていられた瞬間は
バイクで家に帰り、深夜になってから僕は物置から、120センチほどの布で包まれたものを取り出した。
「コイツをまた使うなんてなあ」
机の上に、用意しておいたものをすべて出した。
ホルスターにナイフ、ピッキング道具、スタングレネード2本を収納した。
防弾・防刃ベストをきて、そのポケットに電子機器類を収納した。
最後に、スタンガンを2本、マグナムとその銃弾20発をリュックにしまった。
先ほどの布で包まれたものを持ってガレージからバイクを発進させようとした。
「どこに行く気だ? おまえ」
「僕らに散々行動を起こすなって言っておいて君はそんなに物々しい装備で何をする気だ?」
旋王寺と今井が家の前にバイクを止めて仁王立ちしていた。
「お前、面白いほどバレバレだったぞ」
「行くなら僕らも行くぞ」
こいつら馬鹿だろう、絶対に死にに行くんだぞ?
雨の中、ずっと待っていたのかもしれない。傘も差さずに、ずぶ濡れのままで……
「だめ、絶対につれては行かない」
二人は僕の胸倉を掴みかかろうとした。だけど僕にはそれがスローモーションで見える。
「何でお前らはそこまでやるんだ? 芹沢はそこまで大切なのか?」
二人は同時にうなずいた。そして
「好きなこのために命を張ってこそが男だろ」
これもまた二人同時に同じことを言い出した。この二人の思考回路は同じなのかも知れない。
「でもだめ、僕は他人を巻き込みたくない」
「それが大事な友達なら尚更だ」
その言葉に、二人はキョトンとして呆然としている。その隙にバイクを出そうとしたが、
「ばかか? お前、そこまで……そこまで大切ならなあ」
バイクの後ろをつかんで旋王寺は無理矢理バイクを止めて、
「自分で守れよ、それくらい」
今井が僕の顔面を思いっきり殴った。
「いいか? 大切なものって言うのは遠くに避難させておくんじゃなくて、自分の手元で守るものなんだよ」
それくらい理解しろとまた僕の顔を殴った。
あーあ、そんな事いわれて連れて行かなかったら僕ってチキンか何かなのかもしれないな。
「わかった、その代わり自分の命ぐらい自分で守れよ」
2台のバイクで研究所に向かうことにした。
2
「何で俺たち化け物と戦っているんだ?」
襲い掛かってくる化け物にナイフを刺しながら旋王寺は愚痴った。
国際医療研究所の1階、ロビーの中心部の吹き抜けの部分で僕らは謎の化け物たちに襲われた。
その化け物たちにタイプなど無くて、まるで人間と何か別の生物を混ぜたような見た目をしている。
「そんなの、襲ってくるからに決まってるだろ?」
建物に入る直前に僕は二人にスタンガンとナイフをそれぞれに渡した。おかげで僕自身も割りと楽に戦えた。
「とりあえずこの状況を打破しないとまずいな」
女性職員だろうか? 牛と混じった見た目をした化け物を僕は腹をけって、頭部を布で包まれたもので叩いた。
そのまま腰からスタングレネードを取り出して、
「目をつぶってそのままおくに走れ」
二人にそう指示を与えてスタングレネードを発火させた。一瞬の閃光と爆音で周りの化け物は大抵怯んだ。
二人も奥に走っていくのが見えた。二人とも奥で僕が来るのを待っている。
「おい、速くしろ」
二人の後ろに1匹化け物が現れた。
「後ろ」
その言葉に二人は振り向いたが化け物の腕になぎ払われた。
「仕方ない、一気に行くぞ」
包んでいた布を剥がして中から1本の剣を取り出した。
僕が昔作った武器、もっとも好んで作った武器が化け物を容赦なく切り裂いていく。
そして二人を襲った化け物に向かってその剣を槍投げの容量で一気に投げた。
「二人とも動くなよ」
念のためそういったが二人は気絶しているようだ、まったく動かない。
投げた剣は化け物に刺さった。動きが一瞬止まる、そしてその化け物の頭にマグナムの銃弾を1発打ち込んだ。
化け物の頭に穴が開いた、その数秒後、頭が膨れ上がり、弾けとんだ。
「二人とも、大丈夫か?」
二人の顔面をピチピチと叩いて起こした。
「お前ってドンだけ危ないもの持ってるんだ?」
今井があきれるように僕に聞いてきた。
「それより、思ったよりも状況はまずいみたいだな」
周りを確認した、扉が1つ、後は前後に伸びる通路だけ、両方の壁には所々に穴やヒビが走っている。
僕はリュックからこの研究所の地図をとりだした。
「ここが今俺たちがいる場所で、今から俺たちはここに向かう」
僕は地図の真ん中から左端まで指を動かした。MP−04と表示させている広い空間の上で指を止めた。
この部屋は、主に実験用の部屋だ、おそらくこの部屋に彼女たちはいるんだろう。
「先に言っておくけど、ここから先は国家機密レベルのところだから相手も銃とか持ってるし、
容赦ないだろう、お前ら人を殺せるか?」
その質問に二人は沈黙する。普通に沈黙する。
「無理だ、俺には人を殺せない」
旋王寺は言った。それに今井もうなずく、
「それでいいんだ、人を殺すと何時までもそれに縛られる。だから絶対に人を殺すなよ」
そう言い終わった瞬間、僕らの後ろにあった扉が開いた。僕らは瞬時に攻撃の構えに入ったが、
そこから出てきたのは、人だった、化け物ではなくて普通の人……
「た…助けてくれ」
体のいたるところに傷があったが何とか立っていたようだバタンと倒れこんでうなりだした。
「おい、大丈夫か?」
旋王寺が近寄った瞬間、その男の背中から巨大な手が生えた。その手が旋王寺をつかみかかろうとしたが、
僕は剣でその手を根元から切り裂いた。
「これがあの化け物の正体のようだな」
切り裂いた部分をナイフでえぐると、小さな肉片がナイフに刺さっていた。
その肉片が根っこのようなものをうねうねと動かしている。
「おいあんた、ここで何が起きているのかきちんと説明しろ、そうすれば一応命の保障はしてやる」
剣を突きつけると男は鳥のようにピーチクパーチクとしゃべりだした。
「俺もよくわからないけど、いきなり排気ダクトとかから変な肉片が降ってきて、その肉片が人々に取り付いて……
そしたら取り付かれた人たちが化け物に……」
とりあえず、状況は理解できた。出来たけど、最悪の状態だ
「それで? 芹沢はどこにいる? 何処だ教えろ」
旋王寺は男の胸倉をつかんで揺さぶった。
「MP−04だ、今日はそこで実験をすると」
それを聞くと、旋王寺と今井は走り出した。
「ばか、お前ら落ち着け」
二人の首根っこをつかんで男が出てきた部屋に放り込んだ。二人は漫画のように面白い着地をした。
「何すんだ、とっとと助けに行かないとヤバイだろ、あの肉片が芹沢に襲い掛かったら……」
「お前らに教えておかないといけないことがある」
その部屋にはモニターがたくさんあり、地図を確認したらここはモニター室のようだ。
「まず、このバイオハザード(生物事故)は芹沢桜花、芹沢氷華が原因だ」
その言葉に二人は驚きと疑問の両方の顔を浮かべた。
ロッカーの中からベレッタを5丁見つけた。銃弾を確認すると実弾ではなく殺傷能力の無いスタンブレットだった。
「ちょっとまて、どういうことだ?芹沢が原因って……それに氷華って誰だ?」
今井は混乱しているようだ。旋王寺は少し落ち着いている。
二人に2丁づつベレッタを投げ渡した。
「それ持っとけ、弾は殺傷能力無いから」
僕はモニターを凝視した、30の小さなモニターには芹沢の姿は写ってない。神崎すら写ってない。
「彼女は2重人物だ、しかもとある能力を持っている。多分その能力の暴走だろう」
彼女の能力の全貌は僕は知らない。
「いいか、ここから先、何が起きようとそれは現実だ。それを忘れるなよ」
僕は足元に転がっていた鉄パイプを拾ってそれを今井に渡した。
「おい、何処から日本刀を出したんだ?」
今井は僕から日本刀を受け取った。
「それはともかく、ここじゃあ芹沢のいるところは見れないし自分で行くしかないか」
その時、外の様子を写すモニターに白い布切れがかすめていった。
「…………」
今ここにいる人間は僕たちと研究所の人間だけのはず、ほかにもだれかいるのか?
「とりあえず、行くぞ」
「ま、待ってくれ、おいていかないでくれ」
男は旋王寺の足にしがみついた。
「離せ、邪魔だてめえ」
旋王寺がどんなに振り払おうとしても男はしがみついたまま離そうとしない。
パンと軽い銃声が鳴り響いた。今井がベレッタを男に向かって発砲した。
ゴム製の銃弾といえど至近距離からの一撃で男は気絶した。
「今は芹沢を止めに行くことしか考えないほうがいい」
今井は男の足の関節をはずして部屋を出た。
「あ、ちょっと待ってくれ」
僕はヒビが入った壁のヒビのところをすっとなぞった。
「何やってるんだ? そんな傷ひとつ無い壁なんたさわって」
気にするな、と言って僕は立ち上がり、奥に進んだ。
たくさんの化け物が僕らに襲い掛かってきたが先ほど手に入れたベレッタと日本刀が助かった。
「なあ、一体何の実験をやっているんだ?」
裸の女性の格好をした化け物を倒してMP−04の扉の前に見慣れた人が立っていた。
「芹沢さん、大丈夫ですか?」
芹沢さんは僕らがいることに驚きもせずに、
「この先に桜花と氷華はいる、残念だけど、君の言ったとおりもう手遅れかもしれない」
芹沢さんの顔には涙が流れている。よく見ると腹からぽたぽたと血が流れている。
「たのむ、あいつを、あいつらを助けてやってくれ」
そう言って芹沢さんは倒れこんだ、
「解りました、少しここで休んでいてください」
ポケットの電子機器を取り出して扉の横のコンパネにつないだ。
「多分僕の予想が正しかったら、あれしかないだろう」
扉が開き始めた。
「芹沢桜花の増殖実験」
完全に扉が開いたと同時に僕は中に飛び込んだ。
3
飛び込んだ瞬間、黒い何かに僕らは打ち付けられた。
「ぐっ、なんだ」
部屋の中は真っ暗だ、その中にスッと少女の顔が浮かび上がった。
「誰? 何しに来たの?」
スピーカーを通したような幼い声が僕らに質問してくる。
「研究所の人? それともお客さん? どっちでもいっか、私の邪魔をするなら仲間にすればいいんだから」
部屋の照明が一斉についた。広い空間、地面には瓦礫が所狭しと落ちている。
そして、その下に、研究所の人間のものだろうか、人間の死体がつぶれている。
ここがMP−4実験室、僕の脳裏にあることがよぎった。
「兄ちゃんたちも仲間になろうよ、楽しいよ」
しかしその少女は回想に入る暇すら与えずにまた何かを僕に打ち付けた。
部屋の中央に円柱状の水槽が3つ、そのうちの両端の水槽は何も入っていない。
真ん中の水槽に少女が入っていた。コポコポコポと気泡が動いているところをみると何かの液体の中のようだ。
「おい、芹沢は何処にいる?」
旋王寺が足を踏み込もうとした。
「動いちゃだめだよ」
少女の体から黒い鎖が生えた、その鎖は水槽を通過して、旋王寺の足元に伸びていく、
「何だ? この鎖は」
旋王寺が無視して進もうとすると、足元から骨がでてきて旋王寺の足をつかんだ。
「『ネクロチェーン』、お兄ちゃんたちを仲間にしてあげて」
少女は笑いながら自分の能力名を言っている。
「お兄ちゃんたち少し強そうだね、ちょっと遊ぼうよ」
いつの間にか僕と今井の足元にも骨がでてきて足をつかんでいる。
「しばらく、お人形遊びに付き合ってね」
無邪気な笑顔で僕らに鎖を伸ばしていく、まるで蛇のように黒い鎖がのたまい、僕らに向かって迫ってくる。
「おい、シロクロ、どうすればいいんだ。あれは何なんだ?」
今井が骨の呪縛をはずそうとしているが、なかなか外れないようだ。僕のほうの骨もすさまじき力で僕の足をつかんでいる。
「多分、実験の結果があれなんだと思う」
まだ変異してない。まだ、彼女たちは人間のままだ。
3番目の人格で3つ目……2つ目の能力か、一体どんな能力なんだろう。
剣で防ごうとしたが、まるで剣が無いかのようにすり抜けて僕の顔面に飛んできた。
「うお、何なんだこれは」
今井も旋王寺も何とかよけている。よく見ると細い鎖が少女から骨に伸びている。
それを剣できってみたが、切れない、すり抜けるだけだ。
「お兄ちゃんたちよけたらだめだよ。もう面倒だから、そのままお人形の相手してね」
少女はくるっと水槽の中で回った。それを合図にして二つの人影が旋王寺と今井に襲い掛かってきた。
「しゃあない、やるし……」
旋王寺は自分の台詞を言い終わる前に顔面を殴られた。
「芹沢? 何で……」
2つの影の正体は桜花と氷華だった。目が虚ろで視界が定まってないようだ。
「シネ、キエロ」
僕はとっさに骨についていた鎖を素手で引きちぎった。
するとまるで積み木のように骨は崩れて足が自由になった。
「やらせるかよ」
僕は剣で桜花の左手を手首のところで切断してその返しで左足を太もものところで切断した。
血が吹き出たが……まるで生きているかのように桜花の体の中に戻っていき、
切り落とした手と足も別の生き物のように動き回り、根っこのようなものを出して桜花とつながり傷口が無くなった。
「ちい、今井、大丈夫か?」
旋王寺を助けるのに精一杯で今井を助ける暇が無い。
「この骨をどうにかしないと」
氷華の掌打を何とか交わしているようだ。
「この、いい加減に眼を覚ませよ」
旋王寺に眼と耳を指した。その意図を気がついたのかすぐに耳をふさいで目をつぶった。
至近距離からのスタングレネード、殺傷能力の低いといえど至近距離…零距離での爆破はダメージが出るだろう。
激しい閃光と音が部屋を包んだ。
僕はその隙に2人の足の骨の鎖を素手で引きちぎり、後ろに後退した。
「お兄ちゃん、反則だよそういうの」
水槽の中の少女が少し不機嫌な様子で僕に言った。
水槽の横に二人が立っている。氷華は無傷だが、桜花は酷かった。
顔の半分が吹っ飛んでいる。手も足もおかしな方向に曲がっている。
「おい、いいのかよあんなことまでして……死んでしまうぞ」
旋王寺がそういっている間に桜花は完全に再生している。
「…………」
旋王寺は絶句している。
「あれが芹沢の秘密だよ、完全再生能力とあの鎖、仕掛けはわかったから何とかなるだろう」
僕は胸ポケットからMP3プレーヤーを取り出した。
「二人とも、何もしないでくれよ」
イヤホンを耳に引っ掛けてナビゲーションから『疫病神殺し』という項目を選択した。
「『クロスグラフィティ』」
音楽をかけた。激しい音楽が僕の世界のバックミュージックとして流れていく。この曲には歌詞は無い。
クロスグラフィティの能力はイメージの操作、自分のイメージを対象に貼り付けることが出来る。
「『カラミティバスター』接続」
黒い鎖が僕に向かって飛んでくる。それと同時に氷華の背中に鳥の翼みたいなものが生えて空を飛び、
桜花が地面を蹴ってこちらに猛スピードで走ってきた。
「無駄だ」
音速を超えるスピードで僕を殴ってくる桜花の拳をすべてよけた。
今の僕は戦闘モードだ、少なくてもそうイメージしている。音楽でイメージしやすくして僕を対象に貼り付けた。
それと同時に上空から氷華が急降下、足の形が猛禽類のように変形している。
縦の攻撃と横の攻撃が同時に襲い掛かってきたが、剣で氷華をなぎ払い、桜花の蹴りを斜め下から足でそらした。
「甘いよ、お兄ちゃん」
水槽の中の少女が無数の鎖を僕に飛ばしてきた。この鎖は無機物を通過する。
「もうネタは上がってるんだよ」
鎖を素手で切り裂いた。正確に言うと爪で、
「いい加減にしろよ、取り返しがつかないんだぞ」
それでも彼女たち3人は攻撃をやめない。しかもエスカレートしてきた。
「旋王寺、今井、少し離れてろ」
2人はお互いの体を触り、先ほどまで氷華しか翼が生えてなかったが、今度は桜花にも生えてきた。
おまけで二人のスピードが普通の眼で見えないくらい速い。
『疫病神殺し』が終わり、次の曲に変わった。
「『フリーディエル』接続」
先ほどまでと違い静かな音楽が流れ出した。
天より高い自由をもとめて僕は戦う
2人同時に襲い掛かってきたのを何とか回避したが、後ろにいた2人が捕まった。
「はじめからそっちが狙いだったのか」
水槽の中の少女が邪悪に笑っている。
失うものはもう何も無く、これからのすべてがもらい物になる
「はなせ、クソ」
今井が氷華に向かってベレッタを撃ったがまったくダメージが無いようだ。
そのまま水槽の横に連れて行かれた
地を割る太刀筋で道を作り、突き進む。
大量の鎖が僕にめがけて飛んでくる。まるで黒い波のように。
「いい加減にしろ、眼を覚ませ馬鹿やろう」
僕が剣を思いっきり振りきって、衝撃波を彼女たちにはなった。
それが滅びの道だと知りながら、戦い続ける
その衝撃波で水槽が割れた。割れて中身が……少女の形をした鎖の塊が宙を舞った。
「眼を覚ませよ、頼むから」
僕は一瞬の隙を突いて彼女たちに近づき、彼女たちの腹に手をあてた。
「『ブラック・オア・ホアイト』」
彼女たちの体を白と黒の閃光が貫いた。それによって鎖が外れた。
「シロクロ? 何でここに?」
「私たち……何してたの?」
二人とも正気を取り戻したようだ。宙を舞った鎖の塊が地面に叩きつけられた。
「何で……邪魔するの?……私は自由になりたいだけなのに」
彼女たちはそれぞれの願いが結晶のように固まったのだろう、
一人は生きたい、一人は死にたい、そして、最後の一人は自由になりたい、そう願ったのだろう。
「他人の邪魔して自分の自由を語る気か? ふざけるなよ」
今井がそれの顔をはたいた。
「いいか? 自由って言うのは自分で責任がとれて、他人の自由を妨害しないことを自由っているんだ、
そうじゃなかったらただのわがままだ」
鎖の塊はつま先からほころびかけていたが、桜花と氷華がそれを優しく抱いた。
「ゴメンね、私たちのせいで辛い思いさせて……希」
希、それが彼女の名前なんだろう。希は泣きながら2人に抱きついた。
「なあ、あの神崎とか言う、マッドサイエンティストは何処だ?」
旋王寺がそういった瞬間、無数の銃弾が僕らに向かって飛んできた。
銃声はまったくしなかった。そのため一瞬だけ反応が遅れた。その一瞬が致命的だった。
僕に飛んできたすべての銃弾ははじくことが出来た。桜花が盾になり氷華と希は無事だ。
旋王寺は僕の後ろのほうに居たから軽傷だが、今井は……
「誰がマッドサイエンティストかね?」
入り口のところに神崎と大勢の銃を持った警備員が立っていた。
今井は銃弾を受けて崩れ落ちた。
「君たちには感謝するよ、暴走状態の実験体を正常にしてくれたんだから」
今井に近づいて、神崎は今井の頭を踏みつけた。
「だけど、余計なことを知りすぎた、せっかく苦労して手に入れた実験体だ、そう苦労したなあ」
あの時の、事故のようになあ
その言葉をきいた瞬間、僕の中で何かが壊れた。
形の無い何か……具体的な何なのかはわからないけど、僕の中で音をたてて何かが崩壊した。
まるで鍵が壊れた扉が開いたかのように何かが湧き出てきた。
これは……絶望なのかもしれない。
4
「今井? おい、大丈夫か?」
旋王寺が今井に近寄ろうとしたが、動くな、と言って神埼が銃を突きつけた。
「君達には実験体になってもらおうか、安心したまえ足を撃っただけだ。」
神崎の足元で今井はううう、とうなっている。
この男だけは絶対に許さない……足に違和感がある。
「どけ、神崎」
僕はたった一蹴りで、そして一瞬で神崎の前に移動して膝蹴りをかました。
神崎は体をくの字にして吹っ飛んだ。
「大丈夫か?」
今井を桜花の元に連れて行った。
「わりい、頼む」
今井を桜花に渡して僕は神崎のほうを見た。警備員に手を貸してもらい何とか立ち上がっている。
僕はみんなの方を向いて僕は言った。
「みんな、今から起きるのは全部が全部、すべてが現実だから、眼を背けないでくれ」
自分でもびっくりするほど冷たくて、突き刺さるような口調だった。
すでに始まっている……
「うて、もうかまわん、もともと3体に増えたんだ、全員殺せ」
その号令とともに銃弾がすさまじい弾幕で発射された。
「みんな、ありがとな」
みんなが居たからこの2週間ぐらいは楽しかった。生きていてよかったって思えた。
僕はプロテクトを解除した。完全にすべてを開放した。銃弾がすべて僕の体にめり込んだ、
何千発か解らないがすべての銃弾は僕の体を貫通せずに中でとどまった。
その瞬間、みんな凍りついたように固まった。僕が銃弾をすべて吸収したことではなくて、
「な……なぜ、貴様がここにいる」
神崎が腰を抜かしている。
「おい、シロクロの奴は何処に行った」
「どういうこと?」
「お兄ちゃん誰?」
みんな疑問の声を出している。今、警備員は弾を補充している。
そう、僕自身が別人のように見えたからみんな驚いている。
「動くな、近寄るな」
近づいてきた旋王寺に声をかけて上着を脱いだ、その瞬間、音をたててTシャツの背中の部分が裂けた。
「神崎、どうやら見覚えがあるらしいな」
裂けて出てきたのは翼、僕の手はすでに人の形をしていない。
「何故ここにお前がいる、お前はあの時に研究所を半壊して死んだはずだ、死体も回収したはずだ、
なのに何故、ここに貴様がいる、神業刹那(しんごうせつな)」
その名前を聞いて僕は……否定した。
「ああ、アイツは死んだよ、完全にな、僕は刹那じゃない。僕はゲンムだ」
僕の意思とは関係なく翼が羽ばたき、空を飛んだ。
僕が常にかけている『プロテクト』とは、クロスグラフィティの能力を使い、常に僕を見る人を対象にした、
『僕の姿』を『別の人の姿』だと認識させる能力、僕が日常生活を送るために寝ているときですら解けないもの、
「だけどなあ、アイツの記憶とか技術とかすべて僕は持ってるんだよ」
すべて、アイツが僕に託して、プロテクトまでかけてくれた、
神崎のほうに向かって急降下して奴の首をつかんだ。
「やめ…化け…が」
僕の手をはずそうと必死にもがいているが、僕は容赦なく壁に叩きつけた。
こうしている間も変異は続いている。尻尾が生えたのが自分で解る。
頭の後ろのほうに2本角のようなものが生えていくのも解る。
「キサマダケハユルサナイ……ダケド、ヒトツダケコタエロ」
そう言って壁をぶん殴った。先ほどの弾丸で手甲と頭の部分が硬くなっている。
後ろの壁が崩れた。いや、これは壁じゃない、隠し扉だ。
その奥には、たくさんの水槽が置いてあった。中には芹沢の細胞を組合したものと思われる実験生物たちが入っていた。
下半身が魚のものや、手足が人間のようになっているもの、マニアックな猫耳や犬耳の人型もいる。
ひとつだけ黒い中身の見えない水槽があった。
「アイツは、天樹は何処にいる」
その言葉に神崎は笑った。血を吐きながら笑っている。
「なんだ? 結局キサマは神業なんだな、そんなに弟が気になるのか?」
僕は腕に力を加えた。神崎の体がスポンジを握ったようなかんじになった。ボキボキと骨が折れる音が聞こえる。
「がああああああああああああああああああ」
普通の人間なら絶命しているだろう。だけど神崎は死んではいない。
「どうだ? 気分は……」
神崎は気絶している。僕は水槽のほうに思いっきりブン投げた。
そのまま僕は雄たけびを上げていた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
後ろで何かが開く音がした。振り向こうとしたが、それよりも速く、何かにぶん殴られた。
吹き飛んで先ほどの部屋の壁に激突した。
壁際に隠れていた。みんなが驚きの声を上げている。
「シロクロ?」
みんな僕の姿を見て恐怖を覚えている、腹の部分が変異し終わった。
その瞬間、僕の視点は体からではなくなった。
第6章 無限の夢幻
現実って何ですか? この世が現実だということは絶対に言いきれない。
もしかしたら毎日というのは夢の中で見ている夢なのかもしれません。
もしかしたら誰かの夢の中で夢を見ているのかもしれません。
もし、死んだ人が次の日に普通に生活していても、そうだったら辻褄が合う。
1
「グォォォォーーーーーン」
全長3mぐらいで、牙があり、爪があり、角があり、翼がある竜が僕の目の前にいる。
360度すべての方向を見ることができる。
完全変異体、僕はそう呼んでいる。
僕は竜を僕を殴り飛ばした相手のほうを向かせた。
「子供?」
旋王寺が竜から少しはなれたところで声を漏らした。
竜と対峙している者、それはヘルメットをかぶり、手足に何かの機械を埋め込まれた少年がたっていた。
顔はヘルメットのせいで見ることはできない。
竜が吼えて大きな口を少年のほうを向いて開いた。
キュインキュインキュインと音が鳴り響き、竜の口の前に魔法陣のようなものが現れ、回転している。
少年は横に飛び、壁を蹴って竜に向かって飛んできた。僕には普通に見えていても竜には速過ぎて見えないようだ。
僕は左手を上げた、竜も同じように左手を上げた、ちょうどそれがガードになった。
魔法陣の回転が速くなり、竜の口に光が吸い寄せられていく。
少年はなおも高速移動で壁を蹴ってさまざまな方向から攻撃をしてきたが、僕はすべてそれをガードした。
少年が着地した瞬間を狙って竜の口から閃光を放たせようと構えさせた。
「おい、やめろ、死ぬぞ」
旋王寺が少年を後ろから羽交い絞めにした。今井も足を押さえつけていた。
だけど、二人は少年にまるでボールのように投げ飛ばされた。
竜の口から閃光が放たれる直前に僕はあることに気がついた。
少年の後ろに、みんながいる。このまま撃つとまき沿いにしてしまう。
すぐに竜の口を押さえつけて上を向かせた。
部屋のど真ん中の天井に向かってすさまじい閃光が放たれた。
放った瞬間、竜の腹に少年の拳がめり込んだ。
天井に穴が開き、瓦礫が落ちてきた。綺麗な満月が見える。
竜が少年を攻撃しようとした。僕は竜を操作して少年を殴ろうとした。
僕の目の前に突如小さな白い竜が現れて僕の拳を止めた。それに連動して竜の拳は少年に当たる寸前で止まった。
邪魔をするな、そう言って僕は白竜を振り払った。しかし、白竜はなかなか離れない。
まるで僕にあの少年を攻撃してほしくないように。
何度も白竜は僕の妨害をしてきた。そのたびに竜は攻撃され傷ついていく。
だんだん竜の操作が聞かなくなってきた。
暴走している。竜が爪で引き裂こうとしたが少年に止められ右腕がそのまま引きちぎられた。
僕の右腕も同時にちぎれた。
「グォォォォーーーーーーーーーーーーン」
竜のちぎれた右腕の付け目から透明な液体があるれでて来て、そのままもとの形になった。
少年はなんとも無いように竜の体の部分部分で引きちぎっていく。
僕の横で白竜が心配そうに見ている。
「おまえ、何が言いたいんだ?」
僕は白竜に問いかけたが白竜は見ているだけだ、こうしている間に右足、左腕、腹、腰と引きちぎられて再生している。
だけど僕の体はちぎれたままだ。首だけになった。竜が少年の頭を狙って少し弱い閃光を放った。
それが少年のヘルメットに当たってヒビが入った。
少年は竜の首をつかんだ。ヒビが広がり、ヘルメットが割れた。
「て、天樹………」
ヘルメットの下には弟の顔があった。何もあの時から変わっていない、無邪気だった顔がそこにはあった。
それを認識した瞬間、天樹は竜の首を引きちぎり、僕の意識は無くなった
2
暗くて、冷たくて、何も無い世界、そんな世界に僕はふわふわと浮いている。
「ここは、何処だ?」
声は反響している。何かが僕の足に身を寄せてきた。見るとさっきの白竜だった。
「おまえか、おまえは僕が天樹を傷つけないように止めてくれたんだ」
白竜を抱き上げた。ふわふわした毛並みが温かい。白竜は顔をなめてきた。
「はは、やめろよ、……なあ、僕はどうなったの?」
白竜は地面に降りると僕の服の袖を引っ張った。その時、自分の服装に気がついた。
「あれ?この服……」
黒いジーンズに白い長袖のTシャツ、その上に青のフリースを羽織っている。
「『あの時』の服か」
あの時、血まみれになった服、天樹を最後に見たときの服、僕の記憶じゃないけど、アイツの記憶の中にある服。
白竜が僕の服の袖を引っ張っていってどこかに連れて行こうとしている。
真っ暗なのにまるで迷うことなく白竜は進んでいく。
その時、世界が揺れた。激しく、縦波で揺れていた。
「…………ここは何処なんだ?」
僕は白竜に問い詰めた。しかし白竜は何も答えない。翼を少しバタバタさせて空を飛び、
僕の周りを飛びながらどこかに誘導している。
「ついていかないとだめなわけか」
僕は歩きながらあるテーマについて考えてみた。テーマは……何十回目なのかは解らないけど、また同じになりそうだ。
「結局、自分の存在理由になるのか」
僕はなんとなくつぶやいた。そんな声に反応したのか前のほうを飛んでいた白竜がこっちを見た。
「なんでもないよ」
そういうとまた僕の周りを飛びながら誘導を開始した。
僕の存在理由、それを考える前に僕という存在について考えないといけない。
とりあえず、僕は人間ではない。もっと言えば生物でもない。正確に言うと人間を模した物と分類できる。
しかし、人間の定義とは何か、どっかのロボット漫画だったかアニメで人間の定義は、
自分で物を考えて、自分で動くもののことを指すんではないかとか書いてあった。
そうなると僕は人間に分類できるだろう。だけど、僕の体はこの世には存在しないもので出来ている。
あの時、僕は作られた。あいつに、そうだまずアイツの存在理由を考えてみよう。
アイツは、自分で考えて、絶望したと考えて自分で命を絶った。その際に俺を残した。
そうなるとアイツの存在理由は僕という存在を作るためなのかもしれない。
そういう存在理由だったから、アイツはあそこまで不幸に巻き込まれて、すべてを絶望して、すべてを失った。
「ギュルルルルル」
白竜は僕の手を軽く噛み付いた。
「ん? ここか?」
考え事をしていたから周辺を良く見ないで歩いていた。よく転ばなかったよなあ、
周りは相変わらず暗くて寒くて何も無い世界だった。
「ここに何があるんだ?」
白竜は何も言わずにこっちを見ている。
「そういえばお前、名前ついてるのか?」
その言葉に白竜は僕の背中におんぶするように乗ってきた。軽い、まるで何も乗ってないかのような感じだ。
「そうだなあ、ドラゴン…………ドラモンでどうだ?」
すごくうれしそうだ、僕の背中で機嫌よく鳴き声を上げている。
そして僕の背中から飛び立って、前のほうに飛んでいった。
「うれしそうだな、…………え?」
飛んでいたドラモンはフッと消えた。本当に突然消えた。
「………あそこに何かあるのか?」
そう思い、ドラモンの消えた場所に向かって一歩踏み出そうとしたが、
眼の前の景色とは別の景色の場所に一歩踏み出していた。
「ここは? ……何処だ?」
先ほどと変わらない暗い世界だが今度はまるで部屋のような感じがする。
「ギュルルルルル」
ドラモンが僕のほうに飛んできた。
「いらっしゃい」
ドラモンと共に一人のマント姿の人が歩いてきた。
「こっちに来いよ、いいもの見せてやるから」
マント姿の人は僕に向かって手招きをして奥に向かって歩いていく。
「なあ、ここは一体何処なんだ?」
僕はマント姿の人の隣を歩きながらたずねた。
「ここ? ……ここは通称『ブリリーティングルーム』、今はボクだけだけど」
少し歩いていると目の前にモニターのようなものが浮いている。
「これ、何?」
ツンツンと突っついてみた。触るごとに波紋が出来る。
「それ? それは……」
いきなりモニターに映像が映し出された。
そこには竜と激しく戦っている天樹の姿が写されていた。
「何だよ、これは……ここはどこなんだ? 僕はどうなったんだ?」
僕は膝をついた。何がなんだかわからない。理解できない。
「簡単な話さ、君は能力に食われただけさ」
マント姿の人はマントを脱いだ。マントの下は……
「刹那……ゴメン、天樹を助けれなくて」
刹那はドラモンの頭を撫ぜてあげながら僕に言った。
「何言ってるんだ? まだ終わってないだろ? お前の寿命も運命も物語りも、簡単にあきらめるなよ」
僕は死ぬほど言い返したかったがやめておいた。
「ならどうやって向こうに行くんだよ、どうやって止めるんだよあの竜を」
「どうやら扉を勝手に作った馬鹿共がいるようだな」
モニターを見るとドラゴンの体が黒い鎖でぐるぐる巻きにされている。天樹のほうも同じような状況だ。
「いい加減に眼を覚ませよ、この馬鹿」
希がドラゴンに鎖を差し込んだ、刺さると同時に僕の横に鎖が現れた。
「出口が出来たな、どうする? 行くのか、とどまるのか?」
Black or white 決断の時だ
刹那はそう言って僕に手を差し出した。
「いくのならその鎖を、とどまるのならボクの手をつかめ」
僕は迷った、今更行っても意味が無い、みんな僕を化け物扱いするかもしれない、
しないとしても、今までと同じようには接してくれないだろう。
僕は刹那の手をつかもうとした。
「現夢、何時まで暴走しているつもりだ、自分の弟ぐらい自分で決着つけろ」
旋王寺と今井が竜に向かって怒鳴り散らした。
「あれだけ言われてるのにとどまる気か?」
刹那は僕に突き刺さす様に言った。
「そりゃあ、なあ、あそこまで言われていかなかったらチキン野朗、まさにグレート・オブ・チキンだな」
僕は鎖を力強くつかんだ。鎖は空間を裂き、引き裂かれた部分から光が漏れている、そして……
「おい、腹のところをみろ」
「裂け目がある、もしかして……」
みんなの声が聞こえる、
「がんばれよ、……天樹を頼む」
刹那の心の底からの願いに僕は
「任せておけ、全部、すべて、オールで、完全に、完璧に、確実に、願いを叶えてやるよ」
胸を張って答えて裂け目に向かった。
「ギュルルルル」
ドラモンが僕の周りを旋回している。どうやらついてくるようだ。
「それじゃあ、行くか」
光が漏れている裂け目に向かって僕は飛び込んだ。まるで異次元を旅しているような気分だ。
「グ゙オーーーーーーーーーーーーーーーーーン」
鎖をとどって行くと、竜の苦しそうな鳴き声が響き渡った。
「お前はさっさと眠ってろ」
鎖が途切れているところまで来て、その苦しそうな鳴き声がより大きくなった。
「ここか、ドラモン、ちょっと下がってろよ」
何も無い空間に向かって僕は手から黒と白の閃光を放った。目の前に小さな穴が空き、その中に鎖が続いている。
そして、大きな門が聳え立っていた。それを思いっきり押して開いた。
僕はもとの世界に戻ってきた。
「みんな、ゴメン待たせたな」
後ろを見ると腹のところに開いた門が出来ている竜が、門の中に吸い込まれていった。
旋王寺と今井が僕の頭をぶん殴ってきた。桜花と氷華は僕に抱きついてきた。ただ一人、苦しそうに希は地面に座っていた。
「大丈夫か?」
「なんとか……それより、いいの? 弟さん放っておいて」
その言葉で僕は後ろを振り返った。虚ろな眼で僕らのほうをにらみつけて、ドラモンとけん制しあっていたアイツの弟、
神業天樹(しんごうてんき)がそこに立っていた。
3
「もう、貴様ら生きて返さんぞ、絶対になあああああああああああああああああああ」
奥の気味が悪いカプセルの部屋から神埼が出てきた、立っているのもやっとのようだ。
「うるせえ、てめえはそこで眠ってろ」
僕はマグナム(対人非殺ゴム弾)を神崎の頭にぶち込んだ。綺麗に吹っ飛んで奥のカプセルが割れる音がした。
それが合図のように天樹が僕のほうに飛び掛ってきた。
「完全に……襲ってくるのか……」
僕は蹴りかかってきた天樹の足をつかんで思いっきり投げた。空中で身動きが取れないところに、
「ドラモン、撃て」
ドラモンは大きな口を開けて口から閃光を発射した。まばゆい閃光のなか、
「みんな、動けるか?」
「ああ、芹沢に全部直してもらった」
旋王寺と今井が自分も加勢しようと立ち上がった。
「ゴメン、アイツは僕だけでやらせてくれ、それが僕とアイツとの約束なんだ」
それと同時に僕の後頭部に向かって拳が飛んできた。
「その機械が悪いのか?」
僕は飛んでくる拳の機械の部分をつかんでナイフで接続パイプの部分を切断しようとしたが、
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア」
そのまま体を回転させて頭にかかとを落とされた。
そのおかげでつかんでいた手を離してしまい、追い討ちで3発の拳を貰ってしまった。
「このクソ弟が、いい加減に往生しろ」
腹を思いっきり殴った。天樹の体が30センチぐらい浮かんだ。
「眼を覚ませ、この馬鹿」
右腕の機械を体から切り離した。
「ぐあああああああああああ」
すごく苦しそうな様子だ、
「ねえ、大丈夫なの? 苦しそうだよ」
そんなこと言われても、そうするしか考えつかないから……
そんなことを考えているうちに、天樹は自ら自分の体についている機械を引きちぎった。
「おい、どういうことだ……」
無理矢理引きちぎったので体から血が流れている。
「その機械もし……」
いきなり僕は左脇腹に衝撃を受けて吹っ飛んだ、それと同時に今度は右顔面に衝撃が走り、体が回転した。
「グハァ、……リミッターだったのか?」
あの機械は増幅するためのものではなくて押さえつけるものだったのか?
そんなことを行っている間に、天樹の攻撃は続いて、僕は天樹の姿すら確認できないまま、真上に浮き上げられた。
そのまま地面に叩きつけられた。
(くそ、まったく歯が立たない。クロスグラフィティすら使う暇が…)
背骨に衝撃が走る。僕の顔の横で姿を表した天樹の顔を見ると、笑みに満ち溢れていた。
トドメを指すかのように思いっきり腕を振り上げて、僕に振り下ろした。
(もうだめだ……)
そう思って目を閉じた。何時までたっても拳に殴られた衝撃を感じない。
片目を開けてみると。ドラモンが僕を守るように覆いかぶさっている。
(てめえ、何時まで寝てるんだ?)
頭の中にアイツの声が響いてきた。
(お前、天樹を助けてくれるんじゃないのか?)
僕の前にうっすらとアイツは現れた。
「そういわれても結構きついぞ」
(お前一人じゃあ無理か?)
こうしている間にもドラモンは僕を守るためにがんばっている。
(お前は一人じゃないんだぞ、僕がいる。独りで辛いのなら、何時だって力を貸してやるよ)
アイツは僕に手をさし伸ばしてきた。
「なら、ちょっと手伝ってもらうよ、オリジナル」
(いいよ、コピー)
僕はしっかりと手をつないだ。そしてドラモンを背負う形で立ち上がった。
(いいか? 言う通りにしろよ)
ドラモンはぐったりしている。かすかに鳴き声を上げている。
「ゴメンな、後で手当てしてやるからな」
僕は左手を空に向かって伸ばした。
「我に眠る力よ、今我を犠牲にしてその力を我に貸したまえ、夢幻の無限よ、すべてを可能にしろ」
左手から何か記号のような光の塊が出てきた。
『インフィニティドリーム』
光の塊は∞のマークをして僕の周りをくるくる回っている。
天樹はそれに触れようとしたが、はじき返されている。
ドラモンが僕の背中から粒子のようになって僕の周りで漂っている。
「天樹、まってろよ。今、今、助けてやるからな」
僕の体にドラモンの粒子が付着していく。
「シロクロ……何してるんだろう」
「さあ、とりあえず俺たちの理解能力は限界点突破してしまってる」
旋王寺が倒れている桜花を抱き上げた。
ドラモンの粒子が僕の背中に翼を、腕に手甲を、足に爪を、与えた。
「さて、第3ラウンドだ、一撃でノックアウトしないでくれよ」
竜騎士と言うのだろうか、僕の今の姿は……
地面に刺さりっぱなしの僕の剣を抜いてくるくると回して構えた。
「Black or white 決着の瞬間だ」
僕は、一歩踏み込もうとした瞬間、天井の穴から何か落ちてきた。
「さて、それならちょうどいい」
落ちてきたものと、別に白い布が落ちてきた。……正確に言うと白いマントを纏った男が降りてきた。
「君たちみたいな貴重な人材を殺してしまうのは惜しいから」
落ちてきたものは地上から1メートルぐらいのところで浮遊している。六角形で、真ん中に何か珠が入っている。
「エターナルサークル」
白マント男がそう言うと、それは回転し始めた。
4
その回転する不思議な六角形の物体からバリアのようなものが発生して、部屋を包み込んだ。
「ノウリョクシャニンシキカンリョウサークルテンカイカンリョウ」
回転する六角形の物体からそんな機械のような声が聞こえた。
その間に白マントの男は、みんなの横に移動して壁に寄りかかった。
「おい、てめえ、何しやがった。テメエは誰だ」
壁に寄りかかっている白マント男に旋王寺が詰め寄って、胸倉を掴んだ
本当は僕も聞きたいことが山ほどあるけど、天樹の猛攻を防ぐので手一杯だ。
少し、白マント男のほうに集中力と視野を使っていたら顔面すれすれに拳がかすった。
「俺? そんな事より感謝しろよ。あれが動いている間は誰も死なない。思いっきり戦え」
白マント男はそう言って旋王寺の心臓をナイフで刺さした。みんな一瞬だけ硬直した。
僕と天樹と白マント男以外、みんな信じられないような顔をして固まっていた。
「ほら、こんな感じで」
ナイフは心臓に深々と刺さっているが、旋王寺はまるで何事も無いように立っている。
「とりあえず試作品はきちんと作動してるな」
白マントの男は安心したような声でそんなことを漏らした。その横で旋王寺は呆然としている。
ナイフは深々と背中まで貫通している。出血はあるが旋王寺は生きている。
どうやら本当に今、この空間では誰も死なないらしい。
「とりあえず、それは都合がいいな」
それなら天樹が死んでしまうことは無い。僕と天樹は5メートルほど間合いを開けた。そして互いに前に踏み込んだ。
すぐに壁を蹴って反転もとい反射して音速の域のスピードで攻防戦を繰り広げ始めた。
僕が剣を振るとそれを天樹は足で先端を蹴って無理矢理機動を変え、その隙に僕のあごを狙ってアッパーを出す、
この間1秒も満たない。僕にとってはギリギリの速度だ。これ以上速くなると僕は追いつかない。
「くそ、速すぎるぞ、ドラモン、放て」
僕の頭の上の竜の頭のようなかぶとが口を開けて閃光を放った。
閃光はギリギリで天樹に回避された。そのおかげで見失ってしまった。
「何処行った?」
キョロキョロと辺りを見回してみるがガッ、ガッ、ガッ、と壁や床を蹴る音しか聞こえない。
先ほどよりさらにスピードが上がっているようだ、音で反応しても音速を超えているから間に合わない。
だけど、目で確認できない。残像すら確認できない。
「クソ、神崎め、天樹に何の薬を投薬したんだ?」
僕に投薬していたものよりも強力なものなんだろう。その副作用も気になるところだが……
「ゲンム、後ろ」
氷華は天樹の動きが若干見えたのか、僕に向かって叫んだ。
その言葉で後ろを振り返ろうとしたがそれより速く、僕の腹に痛み……どっちかというと痛いというより熱い、
自分の血液が熱く感じてしまう、そのうえ、寒い、どうやら体温が低下しているようだ。
「ゲンム……」
桜花が僕に駆け寄ろうとしているのが視界の端で見えた。
瓦礫の中から見つけたのであろう、もしかしたらこれを拾ったから氷華には見えたのかもしれない。
鋭くとがって、槍のようになっている鉄パイプが僕の腹から生えている。
パイプの穴からすさまじい量の出血が起きている。だけど、不思議なことに、意識はハッキリしている。
体も動かないことは無い。
「だから言ったろ? この中だと死なないから」
白マント男が僕に言った。何とか立ち上がった時、ドラモンが体から離れた。
分離してもとの形に戻り、苦しそうに横たわっている。腹や所々に傷を負っている。
僕の傷の大半を持っていったのか痛みは少し減った。
「くそ、やっぱりきついな」
僕は腹に刺さったパイプを無理矢理引っこ抜いた。そしてそれを捨てて、自分の剣を手に取った。
そして、天樹と退治した瞬間、
「グアア、アグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
突然、天樹が苦しみ始めた。辺りを殴って殴って殴って……
「タ…す……て」
途切れ途切れだが、僕は天樹の声を聞いた。僕に向かって飛び掛ってくる天樹……その眼に涙がうかんでる。
距離にして50メートル、僕は天樹に向かって走り出した。僕らの距離はどんどん無くなっていく。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
天樹のスピードが上がっている。壁を蹴ったところまでは見ることができたが……見失った。
「くそ、何処行った」
ガシュ、ガシュ、ガシュ、と衝撃音だけが聞こえる。
「上だな」
白マントの男が指さした。
上から自由落下のように天樹は落ちてきた。こんなに速いと、対応できない。
「きちんとたすけてあげないと」
突然、希の声が聞こえた。それと同時に黒い鎖が四方八方から伸びて空中で天樹をからめとった。
見ると、希の体は人の形をしておらず、手や足、背中や腹から鎖が生えている状態だ。
まるで何本も安であった糸を解いたようなそんな感じに見える、
「希……大丈夫?」
桜花の言葉に、希は苦しそうに、大丈夫と答えた。
「私もそんなに長くは持たないから早く」
その言葉を聞いて僕はあることが頭によぎった。昔、似たようなことを言われた気がする。
『早くしろ、こっちの体はそう長くは持たないからとっとと脱出しろ』
あの時、アイツが、僕の始めての友達が僕に言った言葉だ、その言葉の後、アイツは……
「行くぞ、天樹」
僕は右手に黒い閃光を、左手に白い閃光を集めた。
「白と黒、夢と現実、過去と未来、曖昧になったものよ、すべてにおいて決着をつけろ」
僕の能力、『クロスグラフィティ』の必殺技、分離のイメージ、『Black or white』
どんなものでも、僕の好きなように分解、分離できる。
「たのむから、眼を覚ましてくれよ」
僕はジャンプして天樹の近づいて、太めの鎖に乗った。結構高い、落ちたら死ねる高さだ。
そして、2つの閃光を鎖を引き千切ろうとしている天樹の腹にぶち込んだ。
「ブラック・オア・ホワイト」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
天樹の背中から何か黒い、どす黒くい『何か』が染み出してきた。
「これが……元凶か」
僕はその『何か』を思いっきり切り裂いた。切った感覚はほとんどなく、実際まったく切れてなかった。
「くそ、何だよこれ、」
また、天樹に取り付こうとしている。
「このクソが」
僕は左手をそれにかざした。白い閃光が黒い『何か』を吸い込みきった。きっとこれは怨念とかその類だろう、
ここで犠牲……生贄にされた子供たちの怨念なのか、それともイカレ切った科学者たちの執念なのかはわからないけど、
吸い込み切ったら天樹が力なく、僕にもたれかかった。
「セ…ツ…兄?……みんな何処行ったの?」
意識が戻ったのか、僕にそう聞いてきた。
「大丈夫、僕はここにいるから、安心して休んでろ」
そのまま、天樹は動かなくなった。気を失ってるのか……呼吸はしている。
「も…う…だめ、限界」
その言葉と同時に鎖が消えて、僕らは落ちた。天樹を抱えて着地体制をとろうとしたが、
なんだか眠い……視界がぼやけてきた。さっきの黒いのを吸い込んだ影響なのかもしれない。
地面まであと少し、もともとあと3ヶ月も無かったけどここで終わるのもいいかもな
「畜生、何やってるんだよ」
旋王寺と今井が僕らを受け止めた。
「弟君は大丈夫なのか?」
僕は何とか天樹の姿を見た。機械がついていた部分から血が出ている。
それ以外の外傷は特に無い、外傷に限っての話だが……
「桜花、来てくれ、早く」
しかし、桜花は来ない、
「ゲームセットだな」
白マントの男は回転していたものを回収して出て行こうとした。
「そうそう、希とかいったな、お前、もう限界だから」
その言葉に僕は始めて希のほうをみた。鎖が増殖している。まるで寄生虫のようにうねうねと動いている。
「お前は能力限界点を突破したんだよ」
桜花はそれを食い止めようとがんばっている。しかし、増殖した鎖が希を包もうとしている。桜花ごと包もうとしている。
「そうそう、それと変異しているのを無理矢理抑えたら、危険だから」
そう言ってマントを翻して天井の穴から出て行った。
「それでは皆さん、また会う人はまた今度、二度と会わない人はさようなら」
そういい残して消えていった。
「なんだったんだ、あの男は」
今井がそうつぶやいている間にも希の変異は続いている。
「やめろ、桜花、あきらめろ。こうなったら殺すしかないんだ」
僕はふらふらになっている足取りで桜花に近づいたが、
「絶対に助けるから、絶対に」
もう、躍起になっている。自分の大切な妹だからなんだろう、自分自身だからなんだろう。
希のからだが赤く熱を帯びている。
「おい、シロクロ、あ……あれ」
旋王寺は、隠し扉の部屋のほうをさした。
何かドロドロしたものがこちらにあふれて出てきた。
「貴様らだけはイキテカエサンゾォォォォォ」
すさまじい怒声と共に、こちらにあふれてきた。
第7章 本当の自由
自分の意思ですべてを決めていると信じていますか?
誰かに流されているのではありませんか?
自分は誰にも影響されずに生きていると思ってますか?
自分でやったことに後悔をしていませんか?
1
あふれ出てくるものに僕はなんとなくだが予想はついていた。
「おい、急いで芹沢さんこっちに連れてきておけ」
僕は今井に指示を出した。天樹を希の横に寝かして、その横に芹沢さんを寝かした。
「貴様ら全員皆殺しだ、殺してばらばらにして食ってやる」
もうすでにまともな精神状態ではないようだ。そのドロドロは集まって、卵のような形になった。
「どうだ? 自分も化け物になる感覚は、神崎」
僕はさらっと言った。多分、保存されていた実験体と融合してしまったのだろう。
さっき、吹っ飛ばされたとき、何かが割れる音がした。あれは保存されていた桜花の肉片の容器が割れる音だったのだろう。
それに取り込まれてしまったのか、それとも取り込んだのか、どうでもいいけど、
「化け物? 違うな超人になったといってもらおう」
卵のなかから低い声が聞こえる。卵のしたの部分からドロドロが地面に広がっている。
「おい、何だよあれ、さっきの神埼とか言う科学者なのか?」
旋王寺が混乱気味の口調で僕に聞いてくる。
「とりあえず、みんな地面じゃなくて少し高いところに移動しろ」
僕は芹沢さんと天樹を抱えて瓦礫が重なって少し高くなっているところに運んだ。
さっきまでいたところはドロドロに侵食されている。瓦礫の下にあった死体とかは飲み込まれてしまったようだ。
「さて、貴様ら、覚悟しろ。キサマラハ殺すだけでは飽き足らない。私の一部になってもらおう」
卵に亀裂が走った。その亀裂は卵全体に細かく走って、卵は弾け飛ぶようにして割れた。
割れた卵のなかから、女性のような形をした人型が出てきて自分の体をまじまじと見つめた。
「ほう、ベースが秋冬春夏のせいか、この体は研究する価値があるな」
一瞬、奴が何をしたのか僕にはわからなかった。振り上げていた手が一瞬だけ消えてまた元の位置に戻った。
その直後、風が僕の横を通り過ぎて、壁に大きく縦に伸びた亀裂が出来た。
「うむ、手を振っただけでこれだけか」
何か感心するような言い方をしながら神崎は僕のほうを見た。
「さて、食事の時間だ」
その言葉を言い終わる、正確には僕が聞き終わる前に神崎は姿を消した。
突発的に僕は左に飛んだ、先ほどまで僕がいた場所に巨大なハンマーを落としたような後が出現した。
「よし、何とかはんの……」
右わき腹に衝撃が走った。まったくの死角からの攻撃に僕は防御する暇さえなかった。
「ふむ、何とか手加減は出来るようになってきたな」
神崎がいつの間にか僕の後ろに立っている。
「しかし、面白くは無いな、強すぎる力というのも考え物だな」
その手加減した一撃で僕のあばら骨は粉々になったようだ。わき腹に激しい痛みが走る。
「このクソが」
僕は剣を神崎の胸に思いっきり突き刺した。ギンっと鈍い音が響いた、渾身の力をこめて胸に突き刺したはずなのに、
神崎は何事も無いように指先でそれを止めた。まったく、1ミリも刺さっていない。
「くだらない」
少し神崎が指を前に押すと刀身が粉々に砕けた。そして、そのまま僕の頭をつかんだ。そしてそのまま持ち上げられた。
「気分はどうだ? 神業」
その手に銃弾が飛び、神崎は銃弾の発射されたほうを見た。
「これ以上子供たちが死ぬのは嫌なんだよ」
芹沢さんが2丁の銃を構えて少し離れたところに立っていた。
その傍らで鎖にくるまれかけている希とそれを抑えようとしている桜花が据わっている。
どうやら傷は桜花に治してもらったようだ。
「ふん、芹沢か余計なことをしなければ生かしておいたものを」
神崎は指を一本立ててその指をくいっと曲げた。芹沢さんたちの周りの床を埋め尽くしていたドロドロが突如盛り上がり、
ドームのように包み込もうとした。
「芹沢−−−−−−−−−−」
旋王寺が叫びながら自分が持っていたベレッタをドロドロに乱射した。もともと殺傷能力の無いゴム製の銃弾、
当たり前のことだがドロドロにまったくダメージを与えることはできていない。
「くそ、俺はこんなときに無力なのか」
旋王寺は弾を撃ちつくして崩れるように座り込んだ。僕の頭に少しづつ力をこめながら神崎は
「無力だな、キサマラハごみだ、そんなごみでも私が再利用してやる」
そう言って僕をドロドロの上に投げ飛ばした。
「無力か……確かに僕は無力だな、だけど、この状況を打破できるのは……」
僕は宙を舞いながらそう漏らした。ドロドロのドームに亀裂が生じた。
その亀裂の中から氷華がみんなを守りながら出てきた。芹沢さんも桜花も天樹もみんな無事だった。
「私なら、これをどうにかできる」
氷華はドロドロの海から触手のように伸びてくるものに軽く触れた。触れるだけなのにそれはボロボロと崩れ落ちた。
僕はそれを見取りながらドロドロの中に飲み込まれていった。
2
ペチペチと頬を叩かれて僕は眼を覚ました。
「おい、何時まで寝てんだお前は」
どうやら眼を覚ましたのは頭の中だけのようだ、僕の頭の上に刹那がいた。
「ブリーテングルーム……」
僕は起き上がり、辺りを見回してそう漏らした。
どうやらまたここに来てしまったらしい。今度はドラモンの姿は何処にもない。
「なあ、ドラモンは?」
僕の質問に刹那は、モニターを指さした。外の様子が写っている。まるでどこかに監視カメラをつけてみているような視点だ。
そこには、神崎と戦う氷華の姿と、ドロドロから身を守ろうとしている芹沢さんと旋王寺、今井、
そして希の変異を止めようと必死の桜花が写っている。ドラモンはというと、少し離れた瓦礫の上でドロドロと戦っていた。
よく見るとその横には天樹が倒れている。
「どういうことだ? 何で天樹が一人だけあんなところにいるんだ?」
僕の質問に刹那は、なんともなさそうな様子でいすに座った。
「簡単な話だ、今みんながそれぞれ足場として乗っている瓦礫、あれはあのドロドロの上に浮いて形になっている。
それで、さっき天樹の乗っていたほうだけ割れたってことさ」
あまりにも落ち着き払っている刹那に僕は違和感を感じた。
「なあ、何でお前はそう落ち着いている。自分の弟がピンチなんだぞ」
僕の言葉にあまり反応した様子は無く、いつの間にか、そして、どこからか紅茶を出して飲んでいる。
「まだ終わってないだろ、氷華の能力で大体は抑えられる、それにお前がまだいるじゃないか」
紅茶を飲み干してカップを宙に放った。
「君はまだ全力を出してはいないだろ? 君のあの力なら簡単にあれは倒せるだろ?
君の切り札、『エクスコンソール』が残っているだろ? あれを使えば切り抜けれるだろ?」
人の心を揺さぶるような言い方、そしてそれに上乗せして最高の笑みまで刹那は僕にむけてきた。
そうしている間にも神崎と氷華の戦いは止むことも無くより激しさを増している。
「キサマの能力とやらは少々厄介だな」
モニターの向こうで神崎が胸の前で腕を組んで感心しているようだ。
互いに距離を取って今は一時休憩中のようだ。だがそれもほんのわずかですぐに氷華は神崎に向かっていった。
彼女が神崎の体を触れるごとにその部分は朽ち果てていく、殴っているわけでも無く、ほんの少し触れるだけで朽ち果てる。
しかし、その朽ち果てた部分より外側の部分が朽ち果てた部分ごと包み込んで回復する。
氷華自身の体もダメージを受けてもすぐに回復する。
「究極のマラソンマッチだな」
僕と刹那はその様子を見ながら紅茶を飲んでいた。こうして時間をつぶしているのにはわけがある。
「なあ、今回の代償って何だと思う?」
不意に刹那が僕に尋ねた。僕はその言葉の意味を理解したが、
「僕に聞いても無駄だよ、僕自身それを知らない。おまけに前回は自分で何をとられたのか、わからない。
お前に言われるまでまったく気がつかなかった」
そう、僕の切り札は、使用するのに代償が必要なのだ。たとえば腕や足、内臓のひとつや記憶、
どれをとられるかわからない。前に使ったとき、僕は自分で何を失ったのかその時わかっていなかった。
もしかしたら今でも解っていないのかもしれない。
「そろそろ時間だと思うけど、やるんだな?」
刹那が僕に対峙するかのような言い方で問いただす。今から殺し合いをするのを確認するような言い方で、
「ああ、やるよ。だから、そっちのほうも頼むな」
僕は刹那と拳と拳を軽くぶつけ合った。
「もともとこっちの依頼だろ?気にするな。後方支援と後始末は任せとけ」
僕らは信頼の証となる行為、手を叩き、お互いの拳を同時に殴って、それぞれ反対方向を向いた。
僕は今いた世界に戻るために、自分と戦っているみんなのところにいって過去を清算するために、
僕は今いた世界を見るために、自分が存在することを放棄して世界の行く末を見るために、
「さてと、きちんと後悔の残らないように、跡形も無く、止めを刺して、自分のために血を流し、自分のために身を粉にして、
僕の存在をすべてかけて終わらしてやる」
そう、もともとこれは僕のわがままに近いのだ、桜花の為ではなくて、氷華の為ではなくて、芹沢さんのためではなくて、
旋王寺や今井のためではなくて、そして、刹那のためではない。
僕の体は粒子のように分解されていく、さっきみたいに無理やり出て行くのではなくてきちんと出て行く。
これはもともと僕自身のために動いている。その結果や過程で他人のために働くことがあったりするだけだ。
今回の事も、桜花や氷華に同情したからではない、芹沢さんにお願いされたからではない、
旋王寺や今井に乗せられたわけでもない。もともとこいつらは予定外だったし、
刹那に天樹を助けてくれとたのまれたからではない、これはもともと僕が自分の存在をこの世に残すために選んだこと、
だからこれは自分のわがままなのだ。
眼を開けると肉塊に囲まれていた。指先から若干侵食されていた。方向感覚がわからないが何とか重力ぐらいは感じる。
「さて、何時までも寝てるわけには行かないな」
無理矢理肉塊から指を引き剥がして重力と反対方向に向かって全力で閃光を放った。
それが肉塊を貫通して、天井まで穴を空けた。暗い夜空が、綺麗な星空が見えた。
「な、なんだ、今のは」
神崎の驚く声が聞こえた。
「もしかして、ゲンム?」
「おい、生きてるのか? シロクロ」
みんなが僕を呼んでいる。僕はそのまま肉塊から飛び出して、瓦礫の上に降り立った。
「みんな、待たせた」
僕の姿を見てみんなは安心している。僕の一言にみんな希望を持つような顔をした。
そして、僕は神崎と面向かって対峙した。
「その体はもう楽しめたか?」
僕はいやみたっぷりの言い方で神崎に尋ねた。
「ふん、ここでキサマが出てこようとキサマでは私に勝ち目は無い、大人しく吸収されろ」
それと同時に地面の肉が盛り上がり僕らを包もうとしたが、氷華がそれを朽ち果てさせた。
「みんな、3分間、それだけの時間を稼いでくれ」
僕はみんなの状態を確認しながらお願いをした。旋王寺と今井は無傷、芹沢さんも目立った外傷は無い。
氷華は少し疲れているようだ。桜花はまだ希を止めるのに必死だ。そして、希は体が白く輝き、
鎖の動きは少し鈍くなっている。これなら3分稼いでもらえそうだ。
「3分か、厳しいな。だけどやるしかないのか」
芹沢さんが瓦礫の上に立ちあがった。
「うし、任せろ」
旋王寺たちがそう言って立ち上がったと同時に、神崎は僕の目の前に現れて僕をつかもうとした。
「3分? そんな時間は貴様らには与えんぞ」
しかし、その手は僕をつかまずに空気を握り締めた。
「なに? どういうことだ」
僕は神崎の鳩尾を全力で蹴って、吹っ飛ばした。
「みんな、頼んだぞ」
みんながおのおので神崎に攻撃を仕掛けた、神崎の動きを止めるために四方八方から攻撃をしている。
「わた……しは、いいから……桜花も……」
途切れ途切れに希はしゃべった。
「桜花、絶対にその状態を維持しててくれよ。今、そっちまで気を回してやれないから」
僕は少し離れたところにいるドラモンを呼んだ。
「天樹をつれてこっちに来い」
ドラモンは小さな体で天樹を背に乗せてこちらに飛んできた。
すべての用意は整った。僕は両手を胸の前でパンと叩いた。
「みんな、よろしく」
叩いた手をそれぞれ真横に手を広げた形になるように円状に動かした。その手の軌道に合わせて光が線を描き、
その線が細かくなっていき、まるでキーボードのような形になっていった。
神崎が僕に向かって手を伸ばし、心臓目がけてついてきたが、それを氷華がつかんで止めた。
その光の線の集まりが面になり、その両端が口を開けるかのようにガバッと開いた。そこにはスピーカーが入っている。
そして、僕はその面の左上にある電源スイッチを押した。
「みんなあと少しだ、たのむよ」
僕は目の前に現れたモニターを凝視した。
そのモニターには『ASTRAY』と表示された。そして、起動準備中になり、それが終了した。
「みんな、お待たせ、後は任せてくれ」
その外見はコンピューターのようだ、実際コンピューターのようなもにだから間違ってはいない。
神埼は用心深く警戒している。みんな僕の後ろの瓦礫の上に避難している。
僕は神崎と対峙して、こういった。
「さあ、はじめよう、いや、正確には終わらせよう、こんなくだらない事なんてとっとと終わってしまえ」
3
警戒し切っているのか神崎はこちらに踏み込んでこない、身動きすらしない。
僕はそんなことにはお構いなしでキーボードを指で叩いている。
「どうした、何もしてこないのか?」
僕は指を動かしながら神崎を挑発した。その挑発にも乗らず、
「その能力が未数値だからなあ、科学者は未知のものには警戒していくものなんだよ」
「嘘つけ、凶科学者は未知のものにすぐに飛び付くくせに」
さっきから神崎の様子が怪しい、僕は後ろの様子をチラッと確認した。
少し後ろの瓦礫の上にみんな固まっている。
「どうした? 後ろを見ている余裕などあるのか?」
そう言って振り返った瞬間、後ろから驚きの声が聞こえ、その直後、銃声が始まった。
「クソ、数が多すぎるぞ」
「私でも壊し切れない」
もう一度振り返ると、鞭のように伸びた幾つもの肉塊がみんなに襲い掛かっている。
僕はキーボードをすばやくはじいた。
「『領域指定』」
みんなの乗っている瓦礫周りに白い光が正方形になるように伸び、そこから上に、そして同じように正方形ができた。
みんなが白い線で出来た箱の中にいるように見える。
「な、何じゃこりゃ」
旋王寺が白い線に触ろうとした。
「みんなその線に触るなよ、そこから出るな」
もう一度キーボードをすばやく叩いた。
「『座標移動』」
僕がそう言った直後、みんなが瓦礫ごと、白い線で括られた部分が消えた。消えたおかげで肉の鞭は絡まって元に戻った。
「な、何、ど、どういうことだ」
神崎は今の様子を見て驚愕している。そして、神崎のうしろにみんなを乗せた瓦礫が出現した。
瞬間移動したかのようにいきなり現れたことに、移動したみんなが相当驚いている。
「これが僕の能力、『クロスグラフィティ』の戦闘モード、『エクスコンソール』」
神崎は戸惑いながら肉塊を僕目がけて飛ばしてきた。
「『領域指定』、『方向転換180』」
キーボードをすばやく叩いた。すると飛んできた肉塊が白い線の箱に包まれて一度停止して、
180度回転し神崎のほうに飛んでいった。
クロスグラフィティの能力自体に隠された本当の能力、『情報の表示と書き換え』
岩だろうが人だろうがどんなもののどんな情報、分子式からDNAの情報まで見ることができる。そして、
その情報を自由に書き換えることが出来る。ただし、あまり派手に書き換えると元の素材にがたが着て壊れてしまう。
飛んできた自らの攻撃を神崎が吸収している隙に僕は神崎に近づいた。
「『ファイルオープン』」
画面上のひとつのファイルを開いた。すると僕の目の前にさっきまで僕が持っていた剣が現れた。
僕はそれを握り、神崎に向かって瓦礫を思いっきり踏み込んだ、そして神崎の腕を切り裂いた。
地面を埋め尽くす肉塊が僕に向かって伸びてくる。
「いくら斬ろうと無駄だ、この体は無敵だ」
神崎の腕がまた生えてくる。しかし僕はそんなことはお構いなしで神崎の体を一瞬で細切れにした。
キーボードを叩き、空中にオブジェを出現させ、その上に着地した。
「どんなに復元しようが細切れにすれば関係ないだろ」
細切れにした神崎をそのままより細かく切り刻み、塵になるまで細かく切り刻んだ。
「やったか?」
今井が箱の外に出ようとしたが僕はそれを手をかざして止めた。
「まだだ、そう簡単にやられ分けはない」
実際その通りで、神崎は元の形に復元させた。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
僕は復元した神崎を箱で囲んだ
「これならどうだ? 『削除』」
神崎は僕がキーボードを叩く前にぎりぎりで箱から横にずれた。右腕だけが箱の中から出ることが出来ず、
そのまま消えた。
「何? どういうことだ、」
神崎は自分の右肩の消えた部分を見た。今度は復元されず、そのままの状態だ。
やっぱりか、と僕は思った。
「お前の体の細胞は体の異常を感知して自動的に復元していたが、こればっかりはどうしようもないみたいだな、
なにしろ、完全に消滅したんだからな」
簡単な話、細胞が損傷を認識できないということだ、神崎の右肩の傷口の認識するということまでも『削除』した。
「これならお前をやれるな、覚悟しろ」
僕は神崎の体をいくつもの箱で囲んだ。しかし、
「確かにそれは私を殺せるかもしれない、だが、当たらなければどうということもない」
すばやく動き、囲いからそとに出られた。再び囲もうとしても、早すぎて領域を指定できない。
素早い動きで僕に攻撃をし始めた。
「くそ、とまれ」
旋王寺が神崎目がけて銃を乱射した。飛んでくる弾は神崎にかすりもしない。
「どんなに早くても止まれば当たるか」
僕はもう一度神崎を囲んだ。今度は小さく、神崎の体に半分くらい埋まるように囲んだ。
「不意打ちのつもりか? そんなものは通用しなぞ」
何も気にせずに素早い動きで囲いをはずそうとしたが、今度は埋まったまま神崎から離れなかった。
「座標で領域を指定するんじゃなくて、物で指定したんだよ今度はな」
神崎はその囲いを体の一部ごとはずそうとしたので僕は急いでキーボードを叩いた。
「『フリーズ』」
神崎の動きが完全に停止した。
「どういうことだ、何なんだその能力は、何故その能力を人の役に立てようと思わない?
その能力とこの細胞があれば、最強の兵士だって作れる、人間がより進化するんだぞ?」
神崎は動かない体を無理矢理動かそうとしている。僕は後ろを向いた。すでに決着はついている。後は指一本で終わる。
「ならいい事教えてやる。何で僕が最初からこれを使わなかったのか」
僕はみんなの方に歩き始めた。
「一つ目は、この能力にはタイムラグがある。およそ3分だけどな」
瓦礫に飛び移り、また口を開いた。
「二つ目は、まだ僕はこの能力を使い慣れていないから、ちなみに今回で3回目だ」
みんなの元についた。みんな安心している。終わったと少し気が抜けている。
「三つ目は、この能力を使うたびに何かを失うと言うリスクがあるからだ」
一度目は刹那を失った。二度目は何を失ったのか解らない。今回はわかりやすくて手軽なものならいいのに、
「だから、僕は余りこれを使いたくなかった。もしかしたら友達を失うかもしれない、と思ったりしたからな」
僕はキーボードに指を向かわした。
「てめえがやったことだ、黄泉の世界で犠牲者に謝るんだな」
エンターキーを僕は軽く押した。
「『領域指定』」
神崎の周りに白い囲いが出現する。
「ま、まってくれ、助けてくれ」
神崎が命乞いを始めた。今の状態だと奴に出来るのはそれくらいしかない。
「今までお前は、何回そういうこと言われた?」
神崎は答えられない。どうせ実験体の言葉なんてまったく聴いてなかったんだろう。
「こいつらが辛くて死にそうになり、こんな体を手に入れたくなるくらいお前は追い詰めたんだぞ?
そのうえ、そんな体になったら今度は死んだほうがマシだと思うくらいにさらに追い詰めたんだぞ?
俺たちの後釜の後釜としてどのくらい実験してたのか知らないけど、自由となりたいと思い、
それさえも歪ませるくらいに追い込んだんだぞ?」
僕はチラッと彼女たち、そして芹沢さんを見た。
「ここまで人の人生をおかしくしておいて助けてくれ? ふざけるな」
僕は感情をこめずに言った。
「刹那を手に入れるためにあいつの家族を殺し、あいつ自身を追い込み、取り返しのつかない判断をさせ、
その弟の天樹までこんな姿にしやがって、まともに死ねると思ってるのか?」
僕は短く息を吸ってから、
「てめえのようなクズに生きる資格なんてない、進化を語る資格なんてない、貴様がこの世に存在する資格なんてない」
僕は神崎に断罪の言葉を言い放った。
そして、僕は躊躇無くエンターキーを押した。『フリーズ』の効果のせいもあり、一瞬ではなく少しゆっくり『削除』され始めた。
みんな神崎を見下すような目で見た。芹沢さんだけは少し複雑な顔をしている。
「所長、あの時、俺は言いましたよね、ここでやめとくべきだと、人体実験なんて外道だと」
箱の中で神崎の体はキューブに分割され、表面から順番に消えていった。
頭蓋骨や脳みそも見る余裕も無く、希を見たが、僕は、一瞬神崎を見た。
「削除完了、システムオールグリーン」
僕は希の様子を確認した。
「まずいな、戻せるかな?」
エクスコンソールの書き換え能力を使えば変異を止めて元に戻すことが出来る可能性がある。
「お願い、希を助けてあげて」
桜花は僕に懇願した。氷華は何も言わず黙って僕を見た。
「解ってる、これから結構厳しいから邪魔すんなよ」
みんなに失敗すると大爆発すると告げた。みんなには少しはなれたところに移動してもらった。
希の横に座り、キーボードを叩き、修正を始めた。
「ねえ、ゲンム、私……」
希が口を開いた。
「私はなんのために生まれたの?」
自分の存在定義を問う質問を僕にぶつけてきた。僕はキーボードを叩く指を止めずに僕は、何でそんな事聞くんだと聞いた。
「私はね、意味も無く生まれてきたんじゃないかと思うの、だって桜花は死を恐れるゆえに一生懸命生きていたし、
氷華は生きるのを恐れているのに死ぬことが出来ないから代わりにほかのものを壊してきた」
「それで? 君は何を求めたんだ?」
希は少し考えるように黙った。修正も20パーセントほど完了した。
「私はきっと、自由を求めた……ううん、違う、それしか残ってなかった」
嘆くように希は言った。目には涙が浮かんでいる。
「二人はあきらめていた、もう自分は自由になれないってことを、なのにいつの間にか私が作られた。
あきらめていたもの、いらないもの、望んではならないもの、それが私」
僕は遠くにいる二人を見た。それぞれ真逆の夢を見てしまった多重人格少女、しかし今僕の横で寝ている少女は、
二人のあきらめた夢によって生まれたらしい。
「それなのに私は存在した。心の奥底の闇の中でいつも二人が見ているものを見ていた。
そしてだんだん私は表面に浮き出た。この2週間、急にその加速度が早くなってきた」
それは二人が自由を望み始めたからかもしれない。希、何でかは知らないけど、きっとそうなんだろう。
「もしかして、あなたがその原因かもしれない、桜花が気まぐれに起こした自殺未遂にあなたはかかわった。
自分勝手な理由で私たちの自由を奪った。だから私はあなたを突き落とした」
あの時、僕を突き落としたときの桜花の妖艶な笑み、あれは希の笑みだったのかもしれない。
「氷華があなたを殺そうとしたとき、あなたは死ぬことすら自分で決めるといった。私にはそれが出来ない。
自由を望み続けているのに何一つ自分で自由に出来ない。初めて自分の体を持ったとき、
私は自分を縛っている鎖に気がついた。そして完全な、本当の自由になるためには私は他人を操ることだと思った。
ねえ、ゲンム、あなたなら教えることが出来るんじゃない?私が何で生まれて、消えることも無く存在したのか」
僕は一瞬躊躇した、僕自身が自由ではないの、彼女たちは僕を自由だと思っていることに、
僕という存在は元から存在していないのに、僕に答えを求めてくる。
「自分の存在なんて自分ですら解らない。何のためにここにいるのか、それに意味があるのか、僕にもわからない」
僕は決められたことの中でしか存在していないのかもしれない。もしかしたらそういうための存在なのかもしれない。
「私は化け物になることで自分の存在が証明されると思った。あれは自分の心の底にあるものが表に出てきて、
それが全てになると思っていた。私の自由を、存在を証明してくれると思った」
80パーセント修正が終わった。ここからだ、ここからが本番だ、大まかな部分を形成するのは簡単だ。
しかし、細かいところ、その存在を形成するのは難しい。
「これから、ゆっくり時間をかけてそれを調べればいいじゃないのか?」
僕は何も考えずにそういった。
「これから?」
彼女は驚きの表情で僕に問い返してきた。
「そう、これから、本当の自由って言うのは何なのか、君の存在は何なのか、すぐには答えが出ないだろ?
出ているのに気がついてないだけかもしれないけどな」
僕は少しだけ手を止めて空を見た。満月の星空、近くにあるのに気がつかないものはたくさんある。
「僕は僕自身のためにここに来た。ただの自己満足かもしれないけど、ここに来た。
自分の中にある自分じゃない記憶をたどって、ここに来た」
彼女はまた驚いた顔をした。
「自分で決めて、後悔しない事が僕にとっての自由だし、僕の人生だ」
もう少しで修正は終わる。そうすれば、彼女は自由になる。そうすれば自分で考え出せるだろう。
「ねえ、あなたは一体誰なの?」
彼女は突然そんなことを聞いてきた。
「あなたは白黒現夢じゃない。神業刹那でもない。一体誰なの?」
「僕? 僕は…………」
それを答えようとしたとき、いきなり怒声が響き渡った。
「まだだ、まだおわってはいないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
地面を埋め尽くしていた肉塊が動きだした。
「まさか、本体はしただったのか?」
僕は最大の誤算に気がついた。本体があれだというのをまったく疑わなかった。
肉塊が僕らを包み込もうと盛り上がった、その盛り上がった部分には頭蓋骨と、脳みそが埋まっていた。
「キサマラヲキュウシュウスレバアトハラクダ、カクゴシロ」
僕は希を抱えてみんなのいる瓦礫に向かってジャンプした。ギリギリ届きそうも無い。すると、希が僕の体から離れた。
「おい、まさかおまえ」
僕は彼女のやることが理解できた。
「これは私が決めたこと、後悔なんてしてないよ、私の本当の自由は私がきめる、そしてこれが私の答えなんだよ」
僕は希の体から伸びている鎖を一本つかんだ。しかし、その鎖は途中で砕けた。
「ゲンムーーーーーーーーー」
僕は瓦礫に背中から着地した。みんな、彼女の姿を見失わないように必死に追った。
「ありがとう、みんな、さようなら」
彼女の体が輝き始めた。そして、神崎に包み込まれる寸前に、その輝きはよりいっそう強くなった。
僕らは彼女の名前を必死に叫んだ、彼女の輝きで目がくらみそうになったが誰一人目をつぶってはいない。
神崎の体に触れたとき、彼女の体は少女の形をしてはいなかった。僕らと同じ年の、桜花や氷華とそっくりな形をしたものが
神崎に吸収されていく。
(私は、みんなを守る、大事な友達を、家族を、それが私が選んだ自由だから)
僕はその時気がついた、自分は泣いているのだと、あってまだ4時間ほどの相手に僕は泣いている。
一緒にいた時間とかは関係ない、あの時失ってしまった大切なものと同じものの彼女はなっていた。
(何泣いてるの? 私はいつもこの世界に存在している、もともと体なんて無かったんだよ)
彼女の体が爆発した。その爆発は爆発と呼べるものなのかは僕にはわからなかった。
暖かくてどこかさびしそうな光が僕らを包み込んだと認識してしまった。
(私の代わりにみつけてよ、『本当の自由』を)
「希ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
もう一度僕は彼女という精神につけられた名前を叫んだ。
そして、その光はだんだんうすまっていった。
4
残された鎖を握り締めて僕は、嘆いた。そして叫んだ。
「これが今回の代価なのか? それ位にあいつは簡単に消えるものだったのか」
僕は2年と少ししかない自分の記憶の中で1番の後悔が体中に重たくのしかかった。
「くそ、僕のせいなのか?僕があれを使ったからなのか? 僕のせいなのか?」
全ての肉塊が消えて、僕らは瓦礫が散乱しているドームの中で立ち尽くしていた。
みんな悲しみにくれていた、桜花と氷華は完全に泣き崩れていた。
「ううう、希……」
旋王寺と今井は僕に詰め寄った。
「どういうことだ、お前のせいって、お前何したんだ」
僕は旋王寺に胸倉をつかまれたが力なく崩れ落ちた。
「僕がクロスコンソールを使った代価として希は……」
僕は残された鎖をもう一度強く握り締めた。
「ゴメン……」
その時、何処からか全体に響き渡るような澄んだ声が聞こえた。
(そんなに自分を責めないで)
「希?」
芹沢さんが辺りを見回してそう言った。
(私が消えたのはゲンムのせいなんかじゃないよ)
まるで消え入るような声で希は言った。
(私がああやったのは私の意志、何かに強制されたわけでもなく、自分で決めたことなんだよ、だから泣かないで)
僕は強く握り締めた鎖を見た。暖かい光を放ちながら鎖は少しづつほころびていく、
(私はいつでも桜花と氷華の中にいるよ。だから悲しまないで、泣かないで、笑ってよ)
僕にはそんなこと出来ない。クロスコンソールの代価は自分の意思とか関係なく、
消えていってしまうものなんだと理解しているからだ。
「ゴメン、あれだけ未来への希望を煽り立てておいて、助けれなくて」
鎖の半分近くが消えていっている。時間は残り少ないことをそれは表している。
(いいの、私じゃなくて、二人が自由への希望を持っているから、私の存在はもういらなかったの)
「でも、だからってあんな風に消えていくことなんて無かったんだよ、まだ私たちは話したり無かったんだよ、
謝りたかったんだよ、一緒にいてほしかったんだよ」
桜花はそう漏らした。
(大丈夫、私はいつでもそばにいるよ、いつでも助けてあげるよ、謝る必要なんて無かったんだよ)
鎖があと一欠けらになってしまった。
(ゲンム、ありがとう、最後に希望を貰って)
僕は最後の一欠けらを強く握り締めた。僕の手の中でそれは完全に消えてなくなった。
(みんな、今度生まれ変わったら、一緒に遊んでね)
最後にそういい残して彼女は消えていった。
「みんな、帰ろう、俺たちは生きているんだ。希が助けてくれた命だ、あいつのおかげで俺たちは、神崎を倒せ……」
芹沢さんの言葉は途中で止まった。完全に凍りついたように芹沢さんは固まっている。
「ふー危なかった危なかった、まさか自爆なんてされるとは思いもよらなかったよ」
一番聞きたくなかった声がドームに響き渡った。
「か、神崎……」
神崎が、あの時僕が削除した神崎が細胞を保存されていた部屋からゆっくり出てきた。
「ふふふ、あの時見せた頭蓋骨と脳漿はそこらへんで死んでいた警備員のものだったのさ、名前は何だったかな?」
僕は神崎に切りかかった。
「ふん、何を今更襲い掛かってくるのだね?満身創痍の体で抵抗するのかね?」
僕は神崎に右手で横に払われ、壁に激突した。
「おかげで残りはこれだけになってしまったよ、だが君たちの絶望の顔を見れたのだからよしとしておこう」
神崎はみんなのほうに歩み寄っていく、体が動かない、指一本、動かせない。
「君はそこで大切なものが吸収されていく様を見ているんだな、神業」
動け、動け、動いてくれ僕の体、僕はどうなってもいいから、あいつらを助けてやってくれ
こんなことをしている間にも神崎はみんなのほうに歩み寄っていく、みんな逃げることも出来ないくらいつかれ切っている。
ドラモンが神崎の前に立ちふさがった、小さな体で、みんなを守るように神崎に対峙した。
「ほう、これもまた珍しい、解析すれば面白いことになりそうだ」
そんなことを言っている神崎の腹に、ドラモンは閃光を発射した。神崎はよけることもせずにそれを受け、
なおも近寄っていく。
「ふん、どうやら再生能力は落ちたようだな」
ドラモンを左手で弾き飛ばしてされに距離をつめていく、みんなの前に行き、一番近くにいた氷華に手を伸ばそうとしたとき、
白い線がみんなを囲んだ。みんなが僕のほうを見た。指1本だけ何とか動かすことができ、みんなを囲うことが出来た。
さっきから体の様子がおかしい……意識が朦朧としてきた?いや、逆にハッキリしてきた。体も少しづつ動くようになってきた。
「ふん、どんなにあがこうが無駄だ」
神崎はターゲットを僕に変更したのか、僕のほうに向きを変えてゆっくり歩いてきた。
「ゲンム、逃げろ、速く」
みんなが僕に向かって叫んでいる。何を言ってるんだろう、逃げる必要なんて無い。こいつを倒せばいいはずだ。
「なんでだろう? 体がなんか軽い、力がわいてくる」
僕は立ち上がり、剣を構えた。
「みんな、もう少し待っててくれ、あいつの願いは僕が代行するから」
少し地面を蹴っただけなのに10メートルは移動した。軽く剣を振っただけなのに……
「な、なんだその力は、キサマ、さっきまでボロボロにへたりこんでいたはずだ。なのに何故、何故こんなことが出来る」
神崎の体を真っ二つにできるんだろう?まるで自分の体じゃないみたいだ。
僕は自分の腕を見た。蛇がうねったような黒い模様が腕に現れている。
「まさか、あの薬は失敗に終わったはずだ。あの実験が今頃になって効果が出てきたのか?」
芹沢さんが驚きの声を上げた。あの薬?どの薬なんだろう。僕の体には数え切れないくらいの薬が投薬された。
もともと僕の体は薬が効きやすい体質だった。昔、刹那が病気になったとき、
母さんが連れて行った病院でそれが発覚した。その時の医者がここにその情報を教えたために、
父さんも母さんも兄ちゃんも天樹も刹那も、あんな目にあってしまった。
「S‐380、まさか失敗だと思っていた薬が、今更? なんということだ」
神崎の下半身が再生されている。僕は今度は斜めになるように切った。右肩から左わき腹まで軽く振りぬいただけなのに、
まるでゼリーを糸で切ったような感覚で神崎の体はまた二つになった。その余波なのか壁に大きな切傷ができた。
その傷痕が出来ると同時に、建物が揺れ始めた。
「まずい、崩れる」
僕は今切り裂いた壁を見た。ちょうど元からあった傷口にそって出来たようだ。
僕がここに来る途中、何箇所か壁にある細工をしておいた、一見すればただの壁なんだが、
僕の左眼には傷口が見えていた。その壁のもろいところののイメージだ、そこを何箇所か破壊しておいた。
僕は神崎と対峙した。このゆれの中、僕と神崎は平然と立っている。
「S‐380、肉体強化を目的に作られた軍事用の薬、マウス実験の結果、効果は期待できるはずだったのに、
人間では無反応、実験したマウスには黒い模様が浮き出た……」
僕の体に投薬された薬の名前を淡々とかたっている神崎に、
「もともとその薬なんて無くてもほかの薬で十分身体能力は上がってたんだ。今されそんなこと、驚かないさ」
僕は先ほどからよりわいてくる力に興奮していた。しかし、神崎もやられっぱなしでもなかった。
最初は追いつけなかったようだが、だんだんと反応してくる。しかも、天井の瓦礫が落ち始めてきている。
まずい、と僕は思い、みんなの囲っている箱に近づいた。
「みんな、わりい」
僕は、その箱をこの部屋から消した。
「転送」
これで完全にお膳立ては出来た。後はコイツを倒すだけ、
「さて、そろそろ死んでもらおうか」
僕と神崎は激しい攻防戦を始めた。
僕の斬撃と打撃、神崎の爪と体の一部によって作られたとげが激しくぶつかり合う。
互いに吹っ飛んで、壁に激突した。その時、僕の背中の古傷が痛み出した。
「ぐ、なんだ?いきなり」
僕の背中の傷口から、黒い左翼と白い右翼が生えた。
神崎が僕に襲い掛かってくる。その翼を一振りしただけで軽く空を飛んだ。
そして、そのまま神崎の首を剣ではねた。胴体はドサッと崩れ落ちた。
「ぐは、な、なぜ、なぜその体を……か……ぎ…つの…は……てんに…役立て…思わない」
神崎の首は何度もそう繰り返していた。僕はその首をつかみ、最後の力でエクスコンソールを展開した。
「さて、さすがに脳みそがないんじゃあ、無駄だね」
神崎を囲み、僕はキーボードを片手で打った。
「『完全削除』」
ぼくがエンターキーを押した瞬間、神崎の頭は、完全に消滅した。
「終わった……これで終わったんだ」
崩壊が進む部屋の中、僕は崩れ落ちた。僕の頭ぐらいの天井の一部が僕の顔の左半分に落ちた。
左目の感覚が無くなった。体が動かない。天井が落ちたため、空が見える。普通はこういうときほど走馬灯が見えるというが、
僕にはそんなものは見えない。眼を開けているのも辛くなってきた、眠たい。意識が今度こそもうろうしてきた。
「なんだよ、呼ばれてきてみたら終わってるんじゃねえか、これじゃあ仕事にならないな」
どこか懐かしいような声が聞こえた。もう目を開けていられないから声の主を見ることはできない。
「まったく、因果な人生だなお前は」
懐かしい声の持ち主は僕の顔に触れた。
「しょうがない、お前が生きて帰らないと、あいつはかわいそうだな」
最後にそう聞いて意識は無くなった。
第8章 全ての犠牲を払った痕に
あの時、僕は何を失ったのか気がついてなかった、今も気がついてない。
だけど、何かを失ったのは気がついた。貰ったものに代価を払ったわけではない。
何かをなくしたことによる空っぽになった心に……諦めたことによる欠落した部分に……
何かが入り込んできた。だから僕はまだ存在している。
1
(…………)
誰かに呼ばれた気がして僕は眼を覚ました。
(その名前で呼んでもダメね……)
そこは暗い檻の中、なぜか世界がセピアのトーンがかかったような鮮やかさがあった。
(ゲンム君……)
頭の中に直接話しかけられるような気がして、僕は鉄格子とは反対のコンクリートの無骨な壁のほうを見た。
高いところについている小さな窓の下にそれはフワフワと浮いていた。
(やっぱり、今はその名前じゃないとだめなの? ゲンム君)
彼女……芹沢希の形をしたものはそこに浮いていた。
「ここは何処だ? 何でここに僕はいるんだ? 芹沢希……いや、実際に名前を聞いてないな、君は誰なんだい?」
僕の質問に彼女はさびしそうな顔をした。
(ここは……私の世界、私の心が映し出された舞台)
彼女はふわっと気球のように僕の横をすれ違い鉄格子を通り抜けた。
「なるほど、ここは全て幻影ってわけか、……で? ここは何処を映し出したんだ?」
僕は鉄格子を通りぬけようとしたが、激突した。
(私以外通過できないから)
言うのが遅い気がした。彼女が外から鍵を開けてくれた。
「ここって研究所だよな、旧館のほうだけど」
鉄格子を抜けて僕は彼女の後ろを歩いた。周りは忙しく研究者が歩き回っている。
僕は辺りをキョロキョロと見回した。
「だけど、なんかまだ真新しそうな感じがするな」
その言葉に彼女はいったん立ち止まり、こちらを向いた。
(ここは18年前の研究所、わたしが16歳のときの記憶)
ふわふわと彼女は実験室に入っていった。18年前か……僕はまだ生まれていないな……
「ああああ、ぐうううう」
女の子のうめき声が聞こえてきた。彼女が扉から首と手だけ出してちょいちょいと手招きした。
僕は扉を開けて中に入った。
「ああああああああ、やめてこれ以上は、もう無理、やめて、やめてーーーーーーーーーーーーー」
そこには拘束服を着せられて、ベットに縛り付けられた彼女がいた。そんな彼女の首筋に、1本の注射針が刺さった。
「さて、これでどうなるか、うまくいけば、これで私たちは大金持ちだ」
神崎が、今より若干若い神崎がそういった。希望に満ち溢れた顔で彼女の様子を見ていた。
しかしその顔はすぐにしけた面になった。
「がああああ、うぐぐぐぐぐ」
彼女の口から泡を吐いて激しく痙攣し始めた。
「失敗だ、そろそろコイツも持たないな」
そのまま彼女はピクリとも動かなくなった。
(こうして、私は死んだ。死んじゃったの)
いきなり彼女の舞台が消えた。真っ暗な世界、まるで全てを消滅させてしまうような闇の世界。
「私が何者かって聞いたよね?ゲンム君、私はね、今まで実験で死んでいった子供たちの思いが集まって生まれた存在」
彼女の体がはっきりと輪郭をなした。桜花たちに少し似ているけど、別人だった。
「今まで何人の子供たちが実験の犠牲になったのか私はもう覚えていない。
私の代わりに入ってきた子供に私は取り付いた。正確には引き込まれたんだけど、私はその子供を内側から支えた」
彼女は地面にアヒル座りをした。僕も座った。
「それでも、その子は死んだ。実験の失敗で、するとまた新しい子供が入ってきて、その子に取り付いた。
だんだん、力がついてきた。そして4年前、あなたが来た。いつものように取り付こうとしたとき、私はそれをためらった」
僕はうっすらと記憶を引っ張り出そうとし始めた。
「普通の人に見えるように出来るようになって、あの日、私はあなたの前に姿を現した」
刹那の記憶の中にうっすらと何かを思い出した。
その時、『僕』は泣いていた。何で泣いていたのか解らないけど、鉄格子の中で僕は夜空を見ながら泣いていた。
「どうしたの? 君……どうして泣いているの?」
突然、鉄格子の向こう側に、白いワンピ−スを着た『僕』より年上の女の子がいた。
「誰?何でこんな所にいるの?」
『僕』が問いかけると、女の子は鉄格子をすり抜けて中にはいてきた。
「私? 私は凪沙、ここに住み着いている幽霊だよ」
凪沙は泣いている『僕』を抱きしめてくれた。
「泣かなくていいよ、さびしいの?」
抱きしめられた状態で『僕』は大泣きした。
「よしよし、私に言ってみなよ、聞いてあげるよ」
そっか、あの時の幽霊が……
「そう、私、私があの時大泣きをした君を励まして膝枕して君を寝かしてあげた凪沙だよ」
うわ……今考えると中学生なのに思いっきり恥ずかしいことしてるなあ
「それでね、『貴方』が研究所を壊したとき、私は一瞬解放されたような気がしたの、だけど私は逃げるのは出来なかった」
それは神崎が生きていたからなんだろう、きっと……
「その後、君の弟に取り付くことは出来た。だけどなんだかきちんと取り付くことが出来なくて、途中で外れちゃった」
彼女は僕に抱きついて、膝枕をしてくれた。
「それで、あの子に取り付いた。けど、力がつきすぎたからなのか解らないけど、私は彼女たちの人格のひとつになった」
それが芹沢希という人格……それでも疑問がひとつ生じる。
「でも、芹沢希って言う人格と君は別人じゃないのか?」
はじめの時の希はまるで駄々をこねた子供のような人格だった。だけど、今の彼女は違う。
彼女は僕の頭をなぜながら、ささやくように言った。
「最初はね、私だけど、だんだんとあの子が強くなって、飲み込まれちゃったの」
彼女はすっと、僕の体を起こして、立ち上がった。
「それでも私はまだ幸せだった。かわいがっていた弟が大きくなって立派になっているのをみれたから」
舞台が暗闇から、のどかな子供部屋に変わった。
子供部屋には、今とはそんなに変わらない彼女と、5,6歳の小さな男の子が遊んでいた。
「こんどはどこだ?」
僕は二人の遊んでいる様子を見ていた。男の子が彼女に甘えているようだ。
「ここは、私が研究所に連れて行かれる前日、15歳のときの記憶、この日は弟の誕生日の二日前で、
プレゼントは何がいいのか聞いてた……」
「ねえ、誕生日何がいいの?」
記憶の彼女は男の子にそう切り出した。
男の子は不思議そうな顔をした。
「それ……」
男の子は彼女の首につけられている銀の鎖のアクセサリーをさした。
「それ頂戴? お姉ちゃんのそれ……ちょうだい?」
男の子は彼女のアクセサリーをモノほしそうに見ている。
「まだあなたには早いよ、あなたが大人になったらこのネックレスをあげるね」
そのまま舞台は消え去り、また暗闇の舞台に戻った。
「そろそろ時間だから早めに用件を済まさないと……」
彼女は手から鎖を出した。
「私は、あなたの記憶の、心の一部になっちゃったの、それでね、お願いがあるんだ」
どういうことだ? 僕の一部って……僕は頭の中で考えたことをそのまま口にした。
「どういうことだ? 僕の一部って……なんで?」
僕はふと、ある仮説を導き出した。能力の代価ではないのかと……
僕の考えを読み取ったかのように彼女は首を横に振った。
「だから、私がこうなったのは自分で選んだ結論なの、君の能力は関係ないの」
頭をポカっと叩かれた。じゃあ、何でなんだろう? なんで彼女は僕の心の一部なんかになるんだろう?
「私はこのままだと、消滅してしまう……、だから君という器に入らせてもらうの、
かけた部分がある君の心だからそれが出来る」
彼女の体がふわりと浮き始めた。それを彼女は自分で見て、自分の鎖の一部を千切り、それを二つに分けた、
それを僕の左ポケットに入れた。
「この鎖を、桜花と氷華に渡してほしいの、それと……」
彼女は自分が身に着けている鎖をはずして、右ポケットにしまった。
「これを私の弟に渡してくれない?」
彼女は、ゆっくりだけど徐々に宙に浮いていく。
「最後にひとつだけ聞かせてよ?」
彼女はさかさまになって僕の顔に頭を近づけた。
「『君』の名前を聞かせてよ、『君』の名前を……」
彼女はどこかさびしそうに尋ねてきた。
僕は少し返答に困ったが、ある決意をして彼女にいた。
「僕は僕、今の僕は、『白黒現夢』それ以上でもそれ以下でもない」
その返答に彼女は笑った。何か抱えていた不安が消えたような笑顔を僕に見せた。
「それじゃあ、さようなら、白黒現夢」
「おう、また会おう、芹沢凪沙」
僕らは別れを済まし、彼女は天に昇っていく、僕はなんとなく彼女のほうを見ないように振り返った。
「あのね、何で私があなたに取り付くのをためらったかというとね、あなたがまだ死んでは無かったからなの」
それは精神的にと言うことなんだろう。彼女は空中で分解を始めた。
(ゲンム……ゲンム……)
何処からか声が聞こえてきた。
「お呼びだね、ゲンム君」
「便利な存在って言うのは結構厳しいね」
「そういう時は、モテモテの男は辛いねって言うもんじゃないの?」
最後にそんなだめだしをされて彼女は消えていった。
そして、世界も同時に消えていった。
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2005/05/21(Sat)21:10:11 公開 /
現在楽識
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■作者からのメッセージ
最近誰も読んでないみたい・・・
でも完結させます。