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『俺と玉子とダイオード』 作者:もろQ / 未分類 未分類
全角2344.5文字
容量4689 bytes
原稿用紙約6.8枚
 9時10分。授業開始から未だわずかしか経っていないのに、もはや足腰に痛みが走る。俺は自分の存在を見せつけるために、意味なくあくびをした。

 事の始まりは今朝、教室に入ったときだ。俺の椅子がなかった。友達に訊いても、誰もその在り処を知る奴はいなかった。俺は無言で慌てた。これはイジメ? イジメですか? そんなことをやっているうちに、ふと面白いアイディアが浮かんだ。1時間目の始めから終わりまで、俺は空気イスをしながら授業を受ける。俺のその状態に気付いて、「お前何やってんの」とツッコミを入れてくれる最初の人間を見届けてやろう。フハハ、俺は人の気を引くのが大好きだ。

 9時20分。相変わらず誰も気付く様子がない。既に足とか膝がヤバい。しかしそこは男だ。男の根性見してやる。
 「そう、She has been talking with…」
そういえば、この時間は英語なのか。20分間俺は授業内容に全く耳を傾けていなかったことになる。改めてこのプロジェクトは過酷な物だということに気付く。
 9時30分。授業開始から半分が過ぎた。もう感覚がない。感覚が。机にしがみつく両腕が震える。額から変な汗が滲んでいる。正直誰か気付かないのか。辺りを見回しても、大半は授業に集中し、それ以外は寝ている。誰か、ツッコミを入れてくれ。
 
 9時35分。
「ここにはalreadyがあるから、この文は完了・結果をあらわす…」
ああもう、先生でもいいから気付いてくれ。俺は負け犬だ。俺は男じゃない。女だ。うん、女でいい。というか性別の問題じゃない。もはや命に関わる!

 9時40分。
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
 
 9時45分。
 誰か気付いてくれ頼むたのむたのむ助けてくれ俺をもう死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバ…………。

 キーンコーンカーンコーン。
 授業が終了した。俺は天井のスピーカーから神の福音を聴き、同時に乾いた喉の奥から安堵の声を漏らした。なんて幸せな瞬間。俺の眼からは痛みか喜びかいずれかによる涙を流した。
 「はいじゃ日直号令」「きりーつ」
………………え? 起立? 俺は再びピンチに立たされた。まさか、この状態から立ち上がれというのですかティーチャー。これはイジメ? イジメですか?
「おい倉本、立て」
イヤイヤそう言われてもねー。ていうかやってますよ。立つ努力はしてますよ。しかしこの足は動かないんですよ。震えが止まらない。力が入らない。クソ、立て、立て。立て。両手の力をありったけ机に加え、必死でその脚を伸ばそうとする。だが、もう限界だ。力が入らないんだ!

 ドターン。俺は転んで、後ろの机ごと倒れた。そして先生は言った。
「お前何やってんの」

 午後8時。部活が終わってようやく学校を出ると、もう外は真っ暗だった。向こう側の帽子の紳士が「赤」になって立ち止まったので、俺も倣ってこちら側で立ち止まる。強い風の音。道路を横切る光の線。エンジンの音。暗闇。ふと左を向くと、青く光る自動車用の信号。そう言えば、つい最近「青色の発光ダイオード」が話題になってたな。発明対価でもめてたんだっけ。
「生まれないと謳われていたこの青い命、これほど一生懸命生まれた命に値段を付けるのは何故」
 あの信号はダイオードかな、違うかな。俺の瞳はその光でとりこになった。

 自宅までもうすぐというところで、無性に腹が減ってきた。早く帰るべきかと思ったが、確か今夜は親がいない。残り物で済ますのはなんとも侘しい。かと言ってコンビニで買うのも…………。と、ちょうど良いところに「回転寿し」の看板を発見した。金もある、今日はあそこで夕飯としよう。
 この時間帯にしては意外と混んでいた。ただ、蛍光灯の光が客の骨格をくっきりと浮かび上がらせ、あまり「大盛況」という言葉はあてはまらないように感じた。皆会話もせず、ただ黙々と皿を積み上げている。コンベアの中央には中年の板前がひとり、寿司を握っている。俺は手前の席に腰掛け、同じようにネタを拾っていく。イカ、甘エビ、中トロと続く。

 しばらく食べていると、俺はあることに気付いた。俺が席についてから今まで、一度も客にとられていない寿司ネタがある。玉子だ。どうもさっきから俺の視界を黄色いそれが横切っている。何度も何度も横切っている。きっとこいつは俺が来る前から回っていて、何度も同じ客の目の前を通り過ぎ、それでもなお皿を手に取ってもらう事はなかったんだろう。きっとかつて新鮮だったネタは、回っていくうちに空気に触れ、乾燥の一途を辿っていったのだろう。誰にも見てもらうことなく。それでもなお回り続けていたのだろう。

 屋外のステージに立たされた娘は、ただひたすら踊ることを命じられた。観客は、いない。それでもなお、娘はステップを踏み続ける。白いドレスに身を包み、黄色のリボンをつけて、娘は悲しいワルツを踊り続ける。月夜の風が草を鳴らす。音楽は、それだけ。かわいそうな娘は、ただただ踊り続ける。

 人は自分自身の存在が分からない。だから別の誰かに見守ってもらう。それの何がおかしい事か。人は一生懸命に生きる。一生懸命に自分を見せる。しかし、人はそれに気付かない。こんなに生きているのに。こんなに踊っているのに。誰にも分かってもらえないのか。
 俺は踊る娘の手を取った。誰もあなたの踊りを見ないなら、俺がそばにいてやろう。俺は踊った。娘と一緒に。共にステップを踏む。あなたは白いドレス、黄色のリボン。俺は青色のダイオードを着飾り、こんな月夜の晩に、悲しい、悲しいワルツを踊り続ける。ただただ踊り続ける。

「俺の中においで」
手に取った玉子を、ゆっくりと口に入れた。

 
2005/02/18(Fri)01:48:17 公開 / もろQ
http://homepage3.nifty.com/moroQhiland/atlaction/
■この作品の著作権はもろQさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。なかなかネタが浮かばないもので。それでできたのがこれです。ギャグの中に真面目なメッセージを込めたので、不思議なストーリーとなってしまいました
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