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『眠れる夢の少女の城』 作者:姫悠 / ファンタジー ファンタジー
全角14529文字
容量29058 bytes
原稿用紙約48.1枚
「お願いだから消えて?」
 
 重く顔をあげると、そこにはクラスメイト達が五人ほど立っていた。中学制服にタイは無いやらスカートは短いやら髪は金髪やらと、さまざまな違反行為の女子達が。わたしの顔を欺けるように見ている。
 なんどこのような場に合っただろうか。今年の春頃から数えて10回程度。しかも同じ奴等に何度も。はっきり言って耳にたこだ。

「あんたほんとうざいよ? 顔とか態度とか。 いい加減消えろって!」
 
 大きな音を立ててさっきまで寝てた机が窓側に倒れた。他の教室にいたクラスメイトが「またか」とゆう目でこっちを見ている。見てるんだったらやめろとか言えっての。言えないくせに見んなっての。言えないんじゃなくて言わない奴等が多いと思うけど。

「なに? 紫苑、あんたまだ小雪のこと引きずっちゃってたりしてんの?」
 
 ぴく。わたしの心が少し揺れる。どす黒い声が耳によりいっそう響く。
 奴は続ける。クラスメイトが期待そうな目で見る。

「植物同士いっしょに病院いればいいのに」
 
 大きな音でわたしのなにかが切れた。そのとたん、次々にそのなにかが切れていって、ついに激怒と化した。
 確かに小雪は植物状態で病院にいる身だけど、…・けど、けど!!!

「小雪のこと…・それ以上言うな」
 
 わたしはガタン!と椅子を後ろに蹴る。後ろにいた男子が驚く。

「え? なんか言ったぁ? 植物野郎…」

「それ以上言うなっていってんの!」
 
 わたしは奴の胸倉を掴み、白っぽい壁に奴ごと打ちつけた。奴と奴等とクラスメイトが青ざめと血の気が引いた顔で見ている。

「あんたになにがわかんの…!小雪の辛さが!小雪に対する現実の残酷さがぁあ!」
 奴はわたしの顔を睨みつけるように見下ろす。わたしはその顔を見たとたん、胸にまたなにかが噴きあがってくる。どんどん、どんどん。わたしの顔がしだいに強張ってくる。

「杏野!やめろ!」
 
 大きな声で担任の荒井がわたしの苗字を叫んだ。声が教室中を駆け巡る。どうやらクラスメイトが呼んだらしい。
 荒井がわたし達のとこへ来て、奴の胸倉を掴むわたしの手を叩いた。そして、奴に言った。

「河野、大丈夫かぁ!? 怪我は!? なにかされなかったか!?」

「先生、杏野さんがわたしなにもしていないのにひどく文句を言ってくるんですぅ!!」
 
 奴が涙をためて弱弱しく言う。はぁ?なに言ってんのこいつ!

「ち、ちがいます、わたしが文句を言われ…」

「杏野、お前勉強ができないからって河野のやたらと文句をつけるんじゃない! 河野に怪我でもさせたらどうするんだ!」
 
 そのとたん、荒井の大きく広い手が飛んできた。
 
 荒井がわたしの白い頬を思いっきり叩いた。廊下に聞こえるほどに。わたしの頬がどんどん赤くなってゆく。痛い。ものすごく痛い。だけど、自分のためにこれさえも耐えなくてはならない。頬より締め付け、今にも張り裂けそうな心の痛みよりずいぶんとましである。
 自分のためだけど…けど!


「あ! 杏野! 逃げるのか! 待たんか!」

 泣くな泣くな泣くなぁ!あいつらに涙なんか見せたくない!どうして?!どうしてわたしがぶたれなきゃなんないの!?目に涙がたまる。頬につたわらないようにこらえる。こらえすぎて目が痒い。
 涙が頬をつたう。赤い頬に。つたわってヒリヒリ痛い。
胸が苦しい。張り裂けて戻らない胸が。歯を食いしばりすぎて歯が痛い。さっき椅子を蹴った足が痛い。
 悪いのはわたしなの!?勉強もなにもできないわたしなの!?

 小雪いぃぃぃ!

               
                 □■□

 
 気がつくと、わたしは家の前に立っていた。
 涙が乾いた顔、赤くなった目、走り疲れて痛む足、呼吸もやっとの荒い息遣い。そして、悩み、傷つけてきた心の痛み。
 忘れようとしても忘れられない。
 とにかく部屋に入って寝よう。痛む足を引きずりながらドアを開ける。

 ギィィ・・・バタン

 朝から誰もいない家では、ドアの音が静かに響いた。朝からではなく、去年から
・・・か。
 去年までの朝はいつも部屋にまで聞こえる音が鳴り響いていた。
 朝からお弁当を作る包丁の音、冷凍食品を電子レンジで解凍する音、テレビから流れるニュースの音、それよりもっと聞こえてきたのは、『母親の歌声』。
 テレビにも負けないくらいの大きな声だったが、とても綺麗なカナリアのような声だった。わたしはいつもその声を聞いて朝をすがすがしく迎えていた。
 だが、そんな日は二度と帰ってこない。
 今はシーンとした中、自分の身支度をする音だけが鳴り響く。寂しい。
 ・・・・・・今思うとなぜあの人のことを母と呼んでいたんだろうか?わたしはあの人の子じゃないのに・・・。そのことは、たしかあの人の葬式の時に聞いたんだっけ。
 やめよう。これ以上被害想像をつづけるのは。よけいに切なくそして存在感を疑わせてしまう。
 そんなことを考えていると、いつのまにか部屋の前まで来ていた。住み慣れた家だから見なくてもわかるようになったのだろうか・・・。まぁ早くベッドに入ろうとドアをあける。

 ギギィ…バタン

 部屋は、質素な部屋だ。
 勉強机、勉強椅子、クローゼット、ベッドなど、必要最低限のものしかない。部屋はもっと寂しさを増した。
 光が降り注ぐ窓を、黄色のカーテンでふせぐ。部屋がよけいに暗くなった。
 有名私立中学校の制服のままベッドに倒れこむ。

 ボフッ

 目は自然に閉じていた。
 今日は何の夢を見ようかな。と、頭の中に描く。


 
 夢を見た


 
 
 目を開けると


 
 
 そこには

                      □■□


 お城へつづく一本の道と





「金色の・・・紫苑園・・・。」

 息が詰まりそうだった。こんなに綺麗に輝く花を、見たことがあるだろうか。いや、こんなに綺麗なものを見たことがあっただろうか。目を疑い、口を開けたまま、道の両側にある金色の光り輝く紫苑園を見つめた。
 ふと、自分を重ねた。
 わたしはこんなに存在感があっただろうか。この紫苑の花のように。嫌な意味であったかな。いじめられッ子として、嘲笑され、妬まれつづけてきた。みんなの話題の一つだったかなぁ。
 そう思うと、なんだか悲しくなってきた。自分と他の人との違いに。
 なんでみんなと同じようにできないのかなぁ、と。
 やめた!夢の中までこんな話は嫌!せっかくだから楽しまなきゃ。と、コロッと気分を変えて、お城への道を歩いていった。
 大きく、ごつごつしてて、どこかの国の紋章を刻む門を開けると、真っ白い大理石の床が最初に目に入った。宝石がたくさん散りばめられた豪華な床だ。
 さすがお城・・・と感心してしまう。まぁ、夢だけど。
 と冷たい評価をして、人を呼ぶ。勝手に入って歩き回るのは失礼かな、と思って。

「すみませーん! 誰かいませんかー?」

呼んでみるが、返事はなく、シーンとしていた。こんなに大きいお城なのに、人は一人もいないのかな・・・。そんな筈はない。だいいち、王様がいなきゃおかしいでしょ。と一人勝手な想像をしてまた人を呼ぶ。
 すると、声が帰ってきたような気がした。それはなぜか

目を閉じて

と。やっと答えてくれた!とうれしく思ったものの、返事が妙に変だ。なぜ『誰かいませんか?』で『目を閉じて』なの?少し変に、不気味に思ったが、まぁ言われたのだからそうしようと、目をゆっくり閉じた。
 
 すると、また声がした。女の人の声。

起きて 起きて

と。わたしはびっくりして飛び上がった。いつのまに寝てたのかと。わたしはぼやけて見える女の人を、目をこすりながら見た。
 そして、一つの想いが込みあがった。



      小雪・・・・・・!




 家で急に目を覚まさなくなり植物状態をまぬがれず、とうとう植物状態になった小雪
 笑うととても笑顔がかわいく、こっちまで笑いたくなるような子
 優しくて、綺麗で
 わたしを叱る優しいさえずりのようでカナリアのような声の小雪
 それはどことなく、あの人に似ていて
 とても心地良かった
 
 その小雪が今、目の前にいる
 逆の立場でわたしを呼んでいる
 髪を一つにくくる長い髪の女性が


「紫苑姫、紫苑姫! 起きてください、紫苑姫!」
 
 紫苑姫?って誰?ううん、それより

「小雪! 小雪! ねぇ、小雪なの!? 小雪!?」

 わたしは、急な出来事でもう自分が抑えられなくなっていた。小雪のあの日から、小雪の夢が見られなくなったのに、今、小雪がいる!小雪に会えた!夢だけども小雪に会えた!うれしい・・・!

                 □■□

「!! そなた、何者じゃ!? 姫はわらわのことをコユキとわ呼ばぬ!!」
 
「! 違うの・・・? 小雪じゃないの?」

 希望が、儚く散ってゆく。自分が勝手に想像して、勝手に思いこんじゃって・・・バカみたい。そうだ。小雪は夢の中にもいない。今までどうり、夢では会えないんだよ・・・。
 胸が、締め付けられる。痣が、でてくるほどに。いやだ、思い出したくない!!

「砂雪、やめなさい。」

 声が聞こえた。おっとりした声。声の聞こえる方へ目をやると、そこに、豪華で長い白いドレスを着た女性が見えた。フリルがあってとてもかわいい。両脇には、ボディーガードらしき人が二人ずつならんでいる。
 女性の頭には、なにやら王冠のようなものがのっている。
 この人、もしかして・・・・・・

「女王様!」
 
 砂雪(しゃゆき)とかゆう人が顔を下げ、跪く。わたしもつられて頭をぺこりと下げる。

「・・・砂雪。その子はね、ここ夢国の第二王女、紫苑姫に違いはないわ。」

 砂雪という人が驚いて叫ぶように言う。
「! し、しかし、こやつ、わらわのことをコユキと呼ぶのですよ!?」

 
 わたしは、この2人のやりとりが一番意味不明だ。
 姫?砂雪?そんなこと知らない!
 なに言ってるの?

「ええ、わかっているわ。 そうね、紫苑をあのとき、地球へ送った時に、なにかあったのでしょう。 わたしがいけなかったのよ。」

「!!」

 胸が、ぎりぎりと痛む。頭ががんがんする!これは・・・なに!?


―そう、あの大雪の日、わたしは杏野家の一員となった
 木のそばの雪の中に埋もれかけて凍えそうだった
 服も雪と同じまっ白いワンピースだけ
 もう誰も見つけてくれないだろうとはしていた
 前は誰も通らない 林の中
 熊や狐がくるんじゃないかとおびえていた
 そんなときに
 温かく手をとってくれた
 赤く霜焼けになるのもかまわずに
 手をとって話しかけてくれた
 「寒かったね、もう大丈夫だよ」と
 白と深緑の世界はわたしたちの場所だけ
 カラフルに輝きだしました
 そしてその人はいいました
 わたしのことはこう呼んでねと
 わたしはうれしくって涙がでそうでした
 
 「お母さん・・・」

                  □■□

 わたしはその場で泣き崩れた。
 外には北風が吹く音がする。あと少しで春だというのに。
 桃色に近い色のチェックカーテン、化粧台、ピアノ、机(ランプ付き)、椅子、可愛いぬいぐるみ、薄紫色のベッドなど、女の子らしい部屋。現実のわたしの部屋とはぜんぜん違う。
 そんな部屋で顔に手を覆って泣いていると、なんだか自然と落ち着く。
 部屋に、すすり泣く声が静かに染みるように響く。
 ふと顔を覆う手をゆっくりと払うとそこに、微笑む王冠をのせた女性の姿があった。

「では、最初から説明しましょう。ゆっくり聞いて。あせらなくてもいいわ。わからなかったらすぐに聞いてね。」

 はっきりと、でもおっとりした口調で話しかけてくれる。
 わたしはこくっと頷いた。
 目にはほんのりと赤みが差している。その目で女性を見つめる。

「まずこの世界は、『夢界(ムカイ)』 現実とは違う夢見る世界なの。 この世界はね、ある条件がないと入る事はまずできないわ」

「条件?」
 
 わたしはすかさず問う。
 女性は笑って続けた。

「『現実から逃げたいと思う心』がいるの。 あなたが入れたのは、その『心』あったからだと思う、ううんあったのよ。 違うかしら?」

 YESorNOでどっちかと言えば・・・YESだ。
 普通でない毎日に耐えられないでいた。
 強がっていても、心と体はぼろぼろだったんだ・・・。
 女性はたぶん、その『心』があることを見通していたのか、あるいはやはり勘なのか、そこはわたしにもわからない。
 女性は続ける。

「なぜ『心』がないと入れないのか、知りたくない? ほんとは『心』がなくたって入れたんだけど、ある日からその条件を追加しました。」

 砂雪という人は、女性の目をそらしてうつむいて聞きだした。
 北風が、よりいっそう強く吹きだした。外では葉がひらひらと落ちている。
 「知りたくない?」と問われて「知りたくない」と答える人はまずいないだろう。

「知りたいです」

 微笑む女性の顔が、暗く見えた。
 ここでは朝、夜の光のせいではないはずだ。

「・・・ある少女を探していたの。その子は、自分が送った我が子よ」

                     □■□
 
 風が吹いた。頑丈なはずの窓がぴしぴしと音を立てる。
 金世界が波のように舞う。まるで嵐が来たかのごとく激しく舞う。
 部屋の空気も、あったかい布団に入ってるはずなのに冷たくなったような気がした。
 砂雪という人はうつむいていた顔を一度だけ女性に向け、そして窓の外の金色の世界をみつめ始めた。とても遠くをみつめるように。
 女性の顔は、やはり暗く見えた。夜でもない世界で、暗く。
 顔が、冷徹に見える。
 その2人を見てわたしは何も言えなかった。2人がさっき会ったばかりの人だという事もあるが、それよりも何かの言葉が出てこなかった。
 のどの奥で待機している言葉を、決して口に出せなかった。
 「大丈夫ですか?」「そうなんですか」「どうしてですか?」
 どの言葉ものどでつっかえて言えなかった。
 乾いた涙がまた、溢れそうな気がした。
 女性は、話しつづける。

「2989年。 今から約1年前この世界では、力を奪う『夢界大戦』が始まった・・・」

「・・・力?」

 わたしは熱心に聞いて、慣れたように問い返す。
 だが、女性が笑うことはなかった。

「夢力。 魔法と言ってもいいかしら。 その力は、代々ここ、『夢源城(むげんじょう)』の姫に伝わる力よ。 その力は、この世界のこの城でしか手に入れられない貴重な力なの。 ある日、その力をめぐって争いを始めた。 始めた人は・・・」

「『凶女 コユキ』」

 腹に響き渡るような低い声で砂雪さんがすかさず答えた。
 遠くを見つめながら。
 わたしは、その声に怯えた。
 風が、よりいっそう強く吹いた。窓が立てる音が大きくなって部屋に響く。低い声には負けるが。
 初めて聞く低い声ということもあったが、それよりも、1年前。コユキ。この二つのキーワードに怯え、震えた。
 布団を握る手が、カタカタと揺れる。冷や汗がにじみ出てきそうな予感がする。
 もっと強い、『もしかしたら』という予感の方がよりいっそう自分を震えさせる。
 女性は話し続ける。冷徹な顔で。

「そう。 凶女コユキは、世界を恐れ、そして夢力を恐れた。 恐れたコユキは、迷わずにある決断をした。」

 少し、間が空いた。
 砂雪さんはまだ遠くを見つめている。金色の景色を。
 すかさずは答えなかった。
 ただじっと、女性の次の言葉を待っているかのように見えた。
 わたしも待った。女性の言葉を。
 わたしは気づかなかった。砂雪さんの膝の上にある手が、カタカタと震えていることを。

「夢界を滅ぼし、姫を殺すことを。」

                 □■□
 誰も何も言わなかった。
 ただ部屋の化粧台の上にある時計の針の音を聞いていた。
 一秒という時間が刻々と過ぎてゆく。
 何も言えなかった。やはり口の奥底でつまって言葉が出てこない。
 何を言えばいいのか。今、耳を千切れるような銃声が鳴り、武器も持たない住民が血を吐き、泣き叫び、爆撃で必死に叫ぶ悲痛の声さえも届かず、体も男も女も関係なく引き裂かれ、やがて大地の赤い血となる中で生きるこの世界の女王に、我が子を捨てる選択しか選べなかった一人の女性に、わたしは何がしてあげられる・・・?
 本当にここが『夢界』なのか。ファンタジーの世界と思っていたわたしがバカだったのか。
 これが『夢界』の現実だというのに・・・
 砂雪さんは、まだ遠くを見ていた。限りなく続く金世界のゆらめきを。
 あまりにも目を奪われすぎなので幻影を見ているかのようにも見える。
 
 金色の幻影を―――

 すると、女性の口が開いた。重く、苦しそうに。

「わたしは姫・・・いえ、我が子を地球に送りました。 辛かったけど・・・それしか方法はなかったので・・・それに、またどこかで会えるよねって・・・信じてたから・・・」

 女性の目は、熱く、赤くなっているいわゆる半泣き状態になっていた。
 その瞳にはたぶん、我が子のことを浮かべているのだろう。
 冷徹な顔が、少し和らいで微笑んでいるようだった。
 風が止んだ。
 金色の波がゆっくりと止まる。
 それでも砂雪さんは外の幻影を見ている。
 
「・・・送った時、たぶんここでの記憶は消えていたと思うから、゛夢界に帰りたい″なんて当然思わないと思ったから、『現実から逃げたいと思う心』が必要なの。」

 ああ、なるほど。と納得した。少し・・・だが。
 ・・・今思うと、なぜこの人達はこんな見ず知らずの奴に、この世界のことを親切に教えてくれるのだろうか?この世界にいるための必要最低限の知識が必要のため・・・?
 女性が、まるで紫苑の心の中を読み取ったように答えた。

「・・・それはね・・・。」

 女性が動き、こちらに歩いてきた。ベッドの隣にしゃがみこみ、わたしの頬を手で触れた。
 
 心地よかった。

「・・・あなたが・・・夢源城第一王女゛紫苑姫″だから・・・よ」

 心がざわつき始めた。
 [不安]、[複雑]、[驚き]を一概にした[絶句]という名の心。
 胸に・・・突き刺さる・・・
 必死に抜こうとするが、余計に増えて痛くなる。
 えぐるように心を貫く。
 激しい目まいがする。
 何も言えない、言い返せない。
 事実なのだ。それを証明する者が今・・・ここにいる。
 もしこの人が

 母親だったとしたら・・・

 心に新たに[戸惑い]が増えて、胸に1本矢として刺さる。
 痛みが増える。
 痛みを紛らわせるために、布団の上の右手の爪で左手の甲を思いっきり指す。
 手を・・・えぐるように・・・
 痛い、痛い。でも、赤く痛々しい爪跡がつこうが、血が出ようが、かまわなかった。
 胸の痛みよりかはかなりましだ。
 ふと、それに気づいた女性が、わたしの頬から手に自分の両手を重ねる。
 
「・・・紫苑の花言葉って知ってる?」

「・・・?」

 わたしは、思いがけない言葉に吃驚した。
 こんな言葉をかけられるなど、思いもしなかったのだ。

「・・・『追憶』・・・過去の思い出にひたること・・・城の周りに金色の紫苑の花を植えたのは、いつでもあなたのことを思えるように・・・忘れないように・・・そう、願ったからよ」

 母親と悟るこの女性は、いつのまにかわたしの痛々しい手を握り、手の上に熱い雫をぼろぼろと落としていた。目をうさぎのように赤くして。
 だからと言って、わたしに何をしてほしいの?
 悟ってわたしの気持ちがどう変わるわけがない。
 確かにわたしのことを、我が子のことを思うのは伝わるよ、でも、でも、

「あなたはわたしの母親なんかじゃない!!」

 熱い雫の流れる手を払った。無理やりに。
 女性は驚いて赤い目でわたしを見つめた。
 止まらない。赤く、気持ちが込み上げる。
 それはまるで、赤く噴き上げる火山のように。

「わたしが辛い時、あなたは何をしてくれた?! わたしが泣きそうな時、あなたは何て慰めてくれた?! わたしが・・・わたしの・・・」

 その続きは、言葉にならなかった。
 溢れんばかりの胸の痛さが痛い。
 今までの苦痛が、悲愴が、爆発してしぼんだ。
 あまりにも小さい反抗だった。
 それはまるで、風船のようだった。
 火山ほどの迫力はどこにもなかった。
 言葉の続きは、声にならずに心で言った。

゛わたしの幸せを心から祈ってくれた?!″

 金色の世界は揺れなかった。一度も。
 ぴたっと止まって、どの花も動かない。
 窓も、あんなに大きな音を立てていたのに、今は音一つ立てなかった。
 風が、吹かない。
 わたしは手で顔を覆い、再びしゃくり始めた。
 熱い雫が雨のように手の中に降り続く。
 手で覆う中の天気は大雨注意報。
 降り続いて止まない。
 手という傘はぼろぼろで、役に立たない。
 心の中の大地も、雨が降って泥んこだ。歩くと地面に呑みこまれそうだ。
 そう、例えると蟻地獄。掴んだ獲物は逃がさない。
 雨という敵に、捕まりそうだ。

                     □■□

「・・・・・・いいのよ。 紫苑姫・・・いや、紫苑さんが悪いんじゃないのよ。 ごめんなさいね、変な事言っちゃって・・・吃驚したでしょう? ・・・顔色が悪いみたいよ。 少し寝て、明日を待つといいわ」

 そういうと、わたしを寝かせ、布団をかぶせた。
 でもわたしは手という傘ははずさない。
 ずっと、しゃくりあげていた。
 後少しで、注意報が警報に変わりそうだ。
 熱い雨が心を虫食んでいく。
 目の雨を降らせすぎて、目が枯れそうだ。
 それでもしぼって涙を懸命に降らす。
 雨が手を伝って布団にこぼれる。
 少し時間がたつとふと催眠術でもかけられたかのように、わたしに睡魔が舞い降りた。
 わたしは泣きつかれていたため、そのまま睡獄に落ちていった。
 
 暗い闇の中、わたしは必死にもがき、泣いていた

 新品の制服を着て   今日と同じように手を覆って

 制服が雨にさらされたかのように濡れている

 クラクションの音がどこからともなく鳴り響く

 静かな闇世界で鳴るクラクションは

 わたしにとっては地獄であり牢獄

 鳴っているのに気づいたわたしは

 顔を覆う手をすばやく耳に当てた   目も痛いくらいにつむっている

 しばらくするとクラクションが鳴り止んだ

 ほっとして手をはずし   目を開けた

 だが、目の前には

 散らばっている今晩の食料品と

 燃え上がるように赤く引き裂かれて無残な姿の              母親――――――――
                                   □■□

「ひっ・・・いやあぁああぁ!!・・・・・・」

 まだ暗い今宵の夜。わたしは悪夢にうなされて飛び起きた。
 夜はまだ明けない月夜の空。月光がチェックのカーテンが開いている窓から射して、涙でくしゃくしゃのわたしの顔を照らす。
 また思い出してしまった。夜はいつもそうだ。瞳を閉じると思い出す、去年のわたし。
 不安と絶望の波が押し寄せる、あの日。
 悪夢が鮮明に蘇る。終わらない、夢のパレード。
 そのとき、誰かがこちらに向かって走ってくるような足音がした。
 静けさが増すこの城では、その足音がよく聞こえてきた。
 だんだん、近づいてくる。
 まさか、今日女性から聞いた話の敵だろうか。
 不安そうに聞いていると、いきなり部屋のドアが開いて、廊下の光が部屋に差し込んだ。
 ドアには、荒い息を吐く、砂雪さんがいた。

「姫、どうかなされましたか!?」

 心配そうな顔をしてくしゃくしゃの顔を見ている。
 やはり、寝ていたんだろう。温泉などで見かける白い着物のような服を着ている。髪は一つにまとめていて、ドアを抑えている手の逆の手(左手)には刀を持っている。
 わたしはそんなに大きな声で叫んだかなぁと思いつつ、少し砂雪さんに感謝していた。
 心の闇を照らす、光のように。
 砂雪さんは部屋とベランダにわたし以外誰もいないことを確認し、わたしの目の前にしゃがみこんで問いかける。

「大丈夫ですか?」

 優しく問う砂雪さんに、ついつい微笑んでしまった。
 微笑みながら、答えた。流れる涙目を手でこすって。

「はい、大丈夫です。 ごめんなさい」

 こすってもこすってもまだ、涙は出てきた。でも、なんだかその涙は、暗く、悲しい涙じゃないような気がした。
 心がこんなに晴れている涙は、絶対悲しい涙じゃないって思ったから。
 砂雪さんは、そんなわたしにふぅ。といい、わたしの涙を手で拭った。
 そして、笑った。
 こんな風に笑う砂雪さんをわたしは初めて見た。
 今日は焦ったり、怒ったり、哀しい顔しか見られなかったぶん、笑う砂雪さんがよりいっそう可愛く思えた。
 わたしも笑った。
 口を引きつかせるだけだけど。
 それでも砂雪さんは、さっき涙を拭った手で頭をなで、わたしをベッドに寝かせた。

「姫が寝るまでここにいますけど、お気になさらずに」
 
 そういうと、砂雪さんはドアを閉め、カーテンを全開した。
 月光がいっぱい射し、わたし達を照らした。
 
「今宵の月はとても綺麗ですね。 良い夢を見てください・・・」

 わたしは言われるがままに安心して眠りについた。
 砂雪さんがいてくれる部屋で見た夢は、今までで一番いい夢だった。
 夢の中のわたしは、金色の紫苑に囲まれて気持ちよく寝て、快晴の空を見上げていた。
                             
                             □■□
 
 空が今日も青かった。
 雲ひとつない快晴の空。
 見ていると心まで晴れてきそうで、うきうきしていた。もう晴れているが。
 その青空と同じ色の鳥達が、城の周りを気持ちよさそうに飛んでいる。
 部屋の中には太陽の光が射しこんでいた。
 少し、眩しかった。
 わたしは珍しく朝遅くに起きた。そんなに遅くなかったが、まぁわたしの普通にとっては遅いのだ。
 とりあえずぼけーとする意識の中、制服姿で眠っていたので着替えようとしていた。やっと着慣れ、ぼろぼろにしないよう気を使っていた制服だが、もう遅い。しわだらけだった。
 カーキ色で自慢の有名中学校の制服が・・・と思うと少しケチな気にもなった。
 橙色のもこもこした感じのスリッパがベッドの脇にあったので履いてみた。スリッパというのは後ろに引っかかる壁のようなものがないので少し不便に思っていたが、履いてみると案外気持ちよかったのでそんなことはどうでもよくなってしまった。
 真っ赤な目を眠そうにこすりながらクローゼットに向かう。足取りがやや重い。
 花柄のワンポイントのある木製のクローゼットを開ける。
 すると、その目を精一杯と小さな口をあんぐり開けて呆然とした。

「な、なにこれ!」

 中には、自分でもテレビでしか見た事のないような服ばかりあった。
 フリルはあるわレースは付いてるわリボンは結んであるわと数え切れないほどのお姫様単語が出てきそうだった。
 なんせわたしはそんな服など一度も着た覚えがないのだ。
 開いた口がふさがらないような状態だった。
 さすがお姫様・・・と思いつつ、あっ、わたしだった!と我に返るの繰り返しだった。
 こんなの着てたのかー・・・と着た自分を想像しては、恐ろしいと思い首をぷるぷると横に振る。
 一枚質素そうなワンピースを取り出す。質素といってもリボンとフリルは付いてるが。まぁ他のどぎつい真っ赤なドレスよりはましだろうと自分に言い聞かせつつ、正直引いていた。
 制服を脱ぐ。タイはいちいち解かなければならないタイプなので面倒くさい。制服の上着の横にあるチャックを下ろす。前まではそのチャックをはずさずに学校へ通ったことがある。その時はもちろん下着が見えていたので笑われた。わたしにとっては穴があったら入りたいではなく、″洞窟があったら隠れたい″だ。そんな風に忘れたい過去を思い出しながら脱いだ。
 いよいよワンピースを足に通した。高鳴る胸を抑えながら、上へ上へと上げていった。後ろのチャックを上げる。あともう少し下だったらたぶん手が届かなかっただろう。
 ついに、ワンピースを着た。自分ですぐ確認するのではなく、ドアの隣にある縦長い鏡に自分を映すことにした。変だったらすぐに脱ごうと硬く決心しながら移動する。
 やっと、鏡の隣まできた。だが、やはり見る気にはなれず、少しためらっていた。ためらいながら近くをぐるぐる回った。目が回りそうなのですぐにやめた。
 もういっか、とやっと見ることにした。鏡の隣から前へ、勢いよく進み出た。だが目は開けてない。まだためらっているのだ。
 目をぎゅっと閉じている状態から半開きにした。順順に目を開けていく。最後はためらいもなく開けた。
                         
                            □■□
 
「え゛・・・!!」

 ためらいもなく開けた目の先には、鏡に映るあわれな姿の自分がいた。
 はっきり言おう。服のサイズが合ってないのだ。
 服の袖は肘ぐらい、スカート丈はぎりぎりで下着が見えない程度だ。アニメキャラクターでいうと・・・そう。あの子しかいない。髪型を変えればそっくりなほど。
 とかなんとか考えながら恥ずかしい気持ちをまぎらわせていた。
 顔や体が硬直していた。驚きの声を上げた口の形のまま。
 その状態を10数秒保ってはっと我に返った。返ってまた自分を見ては驚きの声を上げたの繰り返しを何度かしてやっと服を着替えることを思い出した。
 開けたままのクローゼットの前に動く。そこにはやはりどぎつい色のドレスばかりが掛けられていた。着替える気にもならない。
 じゃあ、と作戦変更を思いつく。
 すると、クローゼットの隣にある同じ花柄のタンスに移動した。そして中をごそごそと探る。そこにも赤色や桃色のスカートばかりだった。
 そう。紫苑は、今着ているスカートの下にズボンを履こうとしたのだが、作戦失敗。その引出しにもそんな物はなかった。
 スポーツをやる時どうするのさ、とぶつくさ文句を言いながら制服の下に履いていたスパッツを履く。短いスカートから黒色のスパッツが見えている状態。
 まぁないよりはましでしょと鏡を見てはあまり気には止めず、タンスとクローゼットを閉めた。
 と、その時、いきなりドアのノックの音がした。
 急いで返事をする。
 まさかこんな朝に部屋に入ってくるとは思わなかったのだ。ましてや用があるとは思えないが、と考えていると、ドアが開いて、城の立派な廊下と人影が見えた。
 
「失礼します、砂雪でございます。 お着替えを持って参りました」

 ああ、砂雪さんか。
 といささか失礼なことを思いながら砂雪さんを見る。服装は・・・昨日の夜のままだった。白い着物に腰には刀。さっき起きたばっかりなのかと勝手な推測をしながら、砂雪さんの手に目をやる。すると、少し不思議に思ってしまった。
 なぜかさっき着替えを持ってきた、と言ったにもかかわらず、手には着替えの一つも持っていない。
 どうして?と手を顎に寄せ、あの「考える人」のようなポーズをとる。
 そんなことをしている間に、またわたしの気持ちを読み取ったように砂雪さんは答える。

「お着替えのことですか? 大丈夫です。 ちゃんと持ってきてあります。 さぁ、目を閉じてください」

 いやだから手には何もないって、と心でささやかな反抗をするが、聞こえてないので意味はない。こういう所を読み取って欲しいんだけど。
 ただ、手がかりがあるならそれに従おう、とやや探偵っぽく思いながら目を閉じる。
 すると、なにやらぶつぶつと砂雪さんが念仏のようなことを言い出した。私には何を言っているのかさっぱり分からない。これが本当の「馬の耳に念仏」かなぁと訳のわからないことを考える。目の中には、馬が耳を塞いで和尚の念仏を聞かないようにして・・・と有りえないことを想像する。
 と、砂雪さんが優しく言った。

「目を開けて、クローゼットとタンスの中を見てください。 きっと、あなたの望むものがある筈ですよ」

 何を言ってるんだこの人。と砂雪さんを不信人物のように心で言い、目を開けた。部屋の中は何も変わっていない。部屋に射し込む太陽の光も、全部。
 しぶしぶと立ってクローゼットの方へ向かう。その時にふと砂雪さんを見ると、砂雪さんはなぜか目をそらした。
 頭の中に?ばかりが飛んでいて、クローゼットのことなどどうでも良くなってきたが、せっかくだし、とクローゼットを開ける。
 
                               □■□

 そこには、さっきまでとは違う服が掛けられていた。
 さっきまではどぎつい赤や橙のドレスばかりだったのに、どうだ、清楚な白の服や薄い桃色のドレスばかりがある。それもたくさん。
 隣のタンスも覗く。そこにはスカートだけではなく、スパッツやジーンズも入っていた。
 私の目はもはや点にするしかなかった。
 マジックショーや手品ではまだ発表されてないようなしかけなのか。やはりこれは”魔法”というものなのか。それでは砂雪さんは”魔女”ということになるのか。
 どんどんどんどん私の想像は膨らんでいき、違う方向に進んでいっては現実という鎖に引き戻される。
 タンスを覗いて立ったままの状態で動かずにいた。
 そこで、砂雪さんが口を開いた。

「”魔法”ではありません。 これがここでしか手に入れられない”夢力”なのです。 詳しいことは後で説明しましょう」

「はぁ・・・」

 突然の想像の否定をされても、ためいきのような言葉しか出ない。つまり自覚してないのだ。
 また想像を読み取られるような行動をとる砂雪さん。
 今一番不思議なのは”魔法”より、”夢力”より”あなた”だ。
 まぁ砂雪さんのゆうとうり、後で詳しく聞くことにしよう。 
 そう思うと、タンスの前からやっと動いてドアの方を向き、砂雪さんの目を見つめた。
 だが思ったとうり、砂雪さんは目をそらした。遠い、空へ。
 また、同じことが始まるような気がした。ここは別世界であり夢なのに、まるで現実にいるようで息苦しい。
どうして目をそらすの?どうして冷たいの?それは

”うざいんだよ!”

胸が、締め付けられそうで、完治したはずの傷から血が溢れてきそうな、体中に激痛が走る。痛い、痛い!カットバンや薬では治まらない、深い傷。海のように深く、塞いでは痛みが走り、塞いでは走りの繰り返し。
悪夢は決して終わらない。終わっては巻き戻し。永遠に続く。

「御免!!」

 砂雪さんの声だ。いつのまにか流れていた涙をベッドの上にあるハンカチで拭った。
あれ?何故だろう。最初はここにこんなものはなかった。あるべきものではない。それに、砂雪さんはもういない。まるで飛脚のように早い。
それではこのハンカチは、そっと砂雪さんが置いていってくさたものなのか。また勝手で自分のためにのような想像を思い描く。
 だが、例え違っていたとしても、先ほどのお礼はしなければならない。誰かに聞こえてもいいが、少し照れくさかったので、こっそりと言った。

「ありがとう」

 言って少し照れたものの、言えたので良かったと自己満足。
 さっきのことなどもう忘れてしまって、痛みも引いていた。あれは、私の幻想だったのか、真の想いだったのかは分からないが、今はもういい。
 晴れ渡る快晴の空に、真昼の太陽が昇る。太陽の光は別を射していた。青い鳥達の姿も見えない。私のお腹が鳴る。あまりの恥ずかしさに部屋の外を見る。誰もいない。
 そろそろお昼か、朝ご飯と昼ご飯を食べに行こう。たぶん2人が食堂みたいな所で待ってるはずだから。
2005/04/01(Fri)11:34:36 公開 / 姫悠
■この作品の著作権は姫悠さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして。初投稿の姫悠(キユウ)っていいます。
この作品は『夢』がテーマです。
かなりこだわっていますが(笑。
少しずつ更新していきますので、楽しみにしていただけると光栄です。
影舞踊様、上等兵様、朱色様、ゅぇ様、走る耳様、適切なアドバイス、コメントをありがとうございました。
とてもお役に立ちました。
まだまだ未熟者ですがこれからもがんばっていきたいと思います。
これからよろしくおねがいします。
良かったらコメント・アドバイスをいただけるとうれしいです。
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