- 『望む世界』 作者:氷河雄飛 / 未分類 未分類
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全角13745.5文字
容量27491 bytes
原稿用紙約43.2枚
その夜の月は血に染まったような朱色をしていた。六月の涼しい夜の事。その中にたたずむ一人の少女。短く縛り束ねた綺麗な黒髪、身長もそれほど小さくない。標準的な体型ではないだろうか。
普通に見ればそれは可愛い、むしろ綺麗な少女だった。十七歳ぐらいだろうか、格好も制服だし、間違いないだろう。
では、なぜその少女は血まみれになっているのか?
その少女の前に崩れた肉の塊はなにか?
少女の左手にある心臓のようなものは何か?
俺は全く動けなくなってしまっている。ただ、その光景を見入る事しかできなかった。
そして少女は口を開いた。そして綺麗な透き通る声で。おびえた顔で。
「え…し、新一さん?」
俺は、引き返せない所まで来てしまったらしい。
そして、これが災厄への扉を開けてしまった証拠だった。
序章
「…・ん…。またやっちまったよ。」
朝日の差し込む部屋の中、椅子を思いっきり倒して伸びをした。どうやらパソコンをやりながらそのまま寝てしまったらしい。
「うぁ、レス来てるのに返せてなかったし。まっじいなぁ…・」
彼の名は「須藤新一」。市内の高校に通う、ごく普通の少年だ。
髪は茶より黒が濃く、顔付きは普通よりはいい方だ。と自称している。
「今何時だぁ?…・・はぁ。もう無理か。」
時計の針は十時を回ったところだった。学校には完璧に遅刻だ。
「ま、いつものことだしな。」
そうぼやきながら、学校へ向かうことにした。
彼は一人暮らしだった。
両親を事故で亡くし、父方の実家に引き取られたのだが、高校に入学するとともに一人暮らしをすることにした。居づらかったというのもある。幸い、金銭面に関しては両親の残してくれた遺産があるために、生活には苦労していなかった。
学校
「よっ、不良少年くん。」
ポンと肩に誰かの手が置かれた。
「おー、藤二。毎日真面目に登校してんな」
そう呼ばれた相手は、中学の時からの親友である春日井藤二だった。見た目は不良少年っぽいのだが頭はいい、学校生活における態度もいい方だ。ただ、ちょっと天然である。頭がいいくせに容姿がよく、女生徒には人気だ。
「たまには遅刻しないで来たらどうだ?まぁ、一人暮らしだしなー無理は言わないけど。」
「ま、ぼちぼちやるさ。さすがに卒業しないわけにもいかないしね。」
新一の両親は、小さい頃に交通事故で死んでいた。その後、父親の弟に当たる叔父に引き取られていたが、高校入学と同時にアパートに移り、一人暮らしをしていた。
両親が残した遺産のおかげで、苦労はしていなかった。
「ん?」
そんなとき、何となく視線を感じた。ふとそのほ方向を見ると、そこには神島鈴がこちらを見つめ立っていた。
「どうしたー新一?…・・ほうほう、そういうのが趣味でしたかー。」
藤二はニヤニヤしながら新一の脇腹を小突いていた。
神島鈴、クラスメイトの一人だった。あまり目立たないおとなしめ。可愛い方ではないだろうか。背は小さく長い黒髪、幼さの残った顔。子供っぽい感じはするが、とてもしっかりしたやつだった。
しかし新一と鈴はあまり接点が有った訳ではなかった。そうこうしていると鈴がこっちに向かってきて新一の前で立ち止まった。
「あ、ああの、ちょっと…いい・・ですか?」
下を向きながらもじもじ話している。
「ん?どうした神島。」
「お、お昼時間ありますか?ちょっと話したいことが…」
声はどんどん小さくなっていってる。
「ん、あー、まぁ暇だけどどしたん?」
「おく、屋上にいてもらえませんか?おねがいします。」
そう言うなり走っていってしまった。
「…………・。」
唖然とする藤二。
「…………・。」
同じく唖然とする新一。
「………新一。」
「なんだ、藤二。」
「いっぺん死んこいっ!」
空手チョップ喰らっていた。
昼 〜屋上〜
「で、話って何だったんだい?」
昼休み、いつもなら賑わうはずの屋上には、人一人いなかった。新一と鈴以外。
日が当たり、爽やかな風の吹く屋上で鈴はたたずんでいた。
「あ、あの…いきなり…なんですけど……………・・。」
そこから言葉が続いていない。真っ赤な顔をしながらうつむいている。お湯が沸かせるのではないだろうか。
「……あの……その……・うぅう〜〜〜」
うなっている、見ていて可愛らしいと思った。
「その……私と・・付き合って・・もらえませんかっ!」
ばっ!と顔を上げ新一に向き合うつもりだったんだろう。
同じ時新一は、うなる鈴を心配になり顔をのぞき込もうとしていたのだった。
そして、鈴が顔を上げた瞬間、二人はキスをしていた。いや、キスと呼べるようなたいそうな代物ではなかったが、唇が触れあってしまったのは確かだった。
「!!!!!!!!!!!!!」
「!!!??!?!」
二人は何が起こったか理解できないまま止まっていた。そして、数秒たった後二人は離れた。
「…・・神島、お前大胆だな…」
「!!!!!、ち・・ちがいますっ!、これは予想外だったんです!想定外だったんです!
…・でも、でも……・ぽっ」
顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。
それはそうだろ、告白したと同時にその相手にキスしてしまったのだから。
「んー…あのさ、さっきの本気で言ってるのか?」
聞いてみると、鈴は後ろを向いたまま、コクんと首を縦に振っていた。
「……・(汗)」
新一は急な告白にとまどっていた。鈴の行動から、なんとなくそんな感じはしていたのだが、まさか本当にこうなってしまうとは思っていなかった。プラス思ってもみなかった行動にも動揺していた。
「・・あの!ずっといいなって思ってたんです!つきあってもらいたいんです!」
顔を真っ赤にしながらも鈴は言い続けてくれていた。
いつもはおとなしい鈴のそんな姿をみて新一は思わず”可愛いな”と思った。この子なら、そういう関係になってもいいかなと思った。
「…あぁ、いいよ。」
照れ隠しにぶっきらぼうにボソッと答えた。
「え…・」
鈴の方は言われたはいいが、なかなか返答された事を理解できないでいたようだ。
「いいって言ったんだよ、素直にうけとってくれよなぁ。」
「は…はいっ!ありがとうございますっ!精一杯がんばりますっ!」
「あはは・・何を精一杯がんばるんだよ。」
変わったやつだなと思いながら鈴の頭をくしゃっとなでた。
鈴は照れつつも、その心地よさに酔いしれていた。
放課後
新一と鈴は二人ならんで歩いていた。まだ手はつないでいない。そしてもう一人がついてきていた。
「新一ぃ…・なんだこりゃぁ?この漫画みたいな展開はなんなんだよー!」
昼休みに屋上から帰ってきた二人をみて藤二は悟っていた。
『あぁ・・こいつらつきあっちまったな』
と。それ以来新一に絡みっぱなしだった。
「あはは…今度なんかおごってやるから勘弁してくれ。」
「よし、じゃぁ学食1週間分な。」
「…ほんっと現金なやつだな。」
「ふふっ。」
そんな二人のやりとりをみながら鈴は笑っていた。
「しっかしなl、神島もなんでこんなやつ好きになったんだー?ってかどこ気に入ったの?」
「んーと…一目惚れです。あ、この人ならいいなってビビッときたんです。」
「ビビッとねぇ…・はぁ、うらやましいぜ新一、神島結構人気あったんたぞー。」
「そうだったのか?知らなかった。」
「私も知らなかったです…そうだったんですか?」
二人そろってちょっと抜けてるカップルだった。
自宅・夜
プルルル…・
電話が鳴っていた。新一は鈴たちと別れたあと、コンビニで弁当を買って帰っていた。 携帯に電話はよくあるのだが、家の電話にはあまりかかってくることがない。
また勧誘か何かだろうと思い放置していたが、一向に電話がなりやまない。
「…めんどくせぇ」
重い腰を上げ、受話器を持ち上げた。
「はい、須藤です。」
「あなたが須藤新一君?」
若い女の人の声だった。
「あの…どなたですか?」
不信感がわき上がる。新手の勧誘かと思ってしまう。
「あ、ごめんなさい。私は神島鈴の姉で神島朱と申します。」
電話の女性は申し訳ないといった感じの声で名乗ってきた。
「はぁ…あの、どういったご用件で?」
「今日は鈴の、妹の心に答えてくださってありがとうござます。」
「あちゃぁ…・家に帰ってその話題までしてしまったのかよ…」
新一は少しめまいがした。
「恥ずかしがることはないわ。私も、あなたの事は歓迎しています。」
「あ、ありがとうございます・・。」
新一の顔は、電話越しで真っ赤になっていた。
「せっかくつきあい始めたばかりですまないんだけど…あなたに話しておかなくてはならないことがあるの。妹の事で。」
それまでの口調とは明らかに変わっていた。
それは、深刻な口調だった。
「神島に…なにかあるんですか?」
「えぇ、ちょっとね。電話だとちょっとまずい話なの。今時間あるなら少し外に出てきてもらえないかしら。」
時計をみるとちょうど九時を指していた。まだそう遅い時間ではない。
新一は少し考えて、
「えぇ、いいですよ。」
「よかった、ありがとう。じゃぁ、外に出てきてもらえるかしら?」
「わかりました…・って、家の外から電話してたんですか?」
「ま、そういうことね。じゃ待ってるね。」
ブチッ…
そういって電話は切れた。
新一は思った。鈴とは正反対の行動派な姉だなと。
自宅前
「こんばんわ」
家を出ると、背の高い、黒い長い髪を後ろでまとめ、シンプルな服装に身を包んだ綺麗という言葉が似合う女性がいた。鈴にはあまりにていなかった
「あの…朱さんですか。」
「えぇ、そうよ。初めまして、須藤新一君。」
「鈴の事って…なんですか?」
新一は、何のことか心配になっていた。
「まぁ、あなたが心配に思うのも無理ないわね。」
朱はふぅっとため息を話し始めた。
「鈴は、私の義理の妹なの。小さい頃に家に引き取られてきた子で、本当の両親は死んでしまってたの。その両親というのが、裏の
世界では有名だった魔術師と呼ばれる類の人たちだったの。」
「魔術・・師?」
「えぇ、そうよ。俄には信じがたい存在だけど、実際にいたの。そして、今現在も世界には魔術師が点在しているの。まぁ、鈴はそういう人の間に生まれた子だったわけ。」
朱は空を見上げながら続きを話し始めた。
「鈴の両親が亡くなったのは、鈴が生まれてちょうど1年目の日だった。誕生日だったのだけれども裏の世界ってやつは忙しいもので、どうしても仕事をはずせなかったの。いつもなら仕事場まで子供は連れていかなかったのだけれども、誕生日という事もあり、鈴をつれて行ってしまったの。それが最悪な結果をもたらす原因になってしまったの。」
「最悪な結果…・」
不吉な言葉、真実だけが並べられ、新一はとまどっていた。
「その日、鈴の両親はイギリスのある貴族の末裔に当たるフェトウス家というところに呼ばれていたの。呼ばれた原因は、その屋敷に巣くう、当時のその地域で殺人を繰り返していた過去を持つ先祖にあたる、リーウィ・フェトウスの霊の封印だった。当時リーウィは殺戮の限りを尽くし、人々からは悪魔と呼ばれていたわ。でも、それをなんとかしなきゃって人たちが現れたの。それが鈴の先祖にあたる人たちだったの。その人たちは、魔術師の集まりで、裏世界では結構名をはせていた集団だったの。リーウィの力の強さには、魔術を使えるという点もあったの。そのために対抗手段は魔術しかなかったって訳。1ヶ月に渡って、リーウィを幽閉することに成功したの。特殊な地下牢獄にね。あまりに強大な魔術力のために、殺すことはできなくて幽閉という手段を選んだの。さすがに数ヶ月放置して、肉体は腐り果てたんだけど魂が根強く残っちゃったの。でも、牢の結界もかなり強いもので、さすがにリーウィも出てくることができなかったの。そのため、代々その牢は封印されてきたの。でも、その牢がある場所が、フェトウス家の地下だったの。でも、年々封印はじょじょに弱まり、屋敷にちょっかいを出し始めてきたの。終いには屋敷に住んでいる人たちにも影響が出てきたの。そのため、再度封印を施そうということになりその事件の話へとつながっていくの。」
新一にとっては、あまりに壮大な話だった。まるでゲーム小説のような内容だ。そう思ってはいたが、朱の真剣な顔つきの前には、それを冗談だと思う事はできなかった。
「そして、その当日。鈴とその両親で屋敷を訪れ、両親は封印の作業に入ったの。以前にした封印を強化するために。そして、その作業の最中に予想以上の問題が起こったの。封印を強化するために、当時の封印に手をつけたそのときだった。一瞬弱まった封印をくぐり抜けて、リーウィは出てきてしまったの。そして、鈴の両親を殺した。たった2人相手など、リーウィにとっては大したことじゃなかった。そして、自分が巣くうべき触媒を見つけたの。それが鈴。」
予想はしていた、そういう事じゃないかとは思っていた。鈴が本当にそういう事に巻き込まれてたかと思うと、つらかった。
「リーウィは鈴の体に乗り移ったわ。でも、鈴も魔術師の両親を持つだけあって、強力な魔術力を持っていたわ。リーウィもとりついたはいいけど、魔術力に阻まれて力を行使することも、鈴を動かす事も、鈴から出ることもできなくなったの。鈴の体に封印されたって訳ね。で、鈴の家と魔術関連でつながりがあった私の家に引き取られたってわけなの。ここまでが私の家に引き取られてきた鈴の生立ちね。理解してもらえたかしら?」
朱は新一をまっすぐな瞳で見つめていた。信じてほしいと願っているように。
「…話はわかりました。あまりに唐突な内容で、すべてを信じろといわれてもすぐに信じることはできないかもしれませんが…」
「今日、あなた達が付き合ったばかりで、急にこんな浮世離れした話をされても理解できなくて当たり前だし、そのぐらい解ってもらえるだけで十分よ。でも、話はこれだけじゃ終わらないの。」
朱は道路を見つめるようにうつむいた。
「今の、神島の事ですね。」
新一の声はすこし震えていた。
「そういうことね。」
「そうですか…・」
沈黙が続いた。お互い気まずい、そんな雰囲気だった。
「神島は…鈴は今は俺の彼女です。まだあんまり実感ないですけど…。でも、鈴になにかあるなら、手助けがしたい。そう思います。」
沈黙を打ち破りたくて、新一は話した。自分の気持ちを。
朱は顔を上げて、少しだけ微笑んだ。
「ありがとう、新一君。鈴の事、思ってくれて。義理の妹でも、私は実の妹のように鈴を可愛がってきた。だからこそ、幸せになってほしい。そう思うの。新一君が彼氏になってくれてよかったわ。」
そう言ってはくれたが、また表情は曇った。
「そして、今の鈴の現状なんだけどだが、、簡略的に言うと、鈴の中にいるリーウィが鈴の体を支配しつつあるの…・・」
「…そう・・なんですか…」
そう答えることしかできなかった。
「日中は鈴が活性化してるから、表には出てこないけど夜になると、”あいつ”の支配が強くなるの…。まだ私が押さえていることができる今は何もできないけどね。」
「ということは、やっぱり朱さんも魔術師ってことなんですか?」
「えぇ、そうよ。あまり強い力は持ち合わせていないけどね…。だから、鈴の中の”あいつ”を止めていられるのもそろそろ限界だと思うの…。そこで新一君、あなたに頼みたいわけ。」
「俺、魔術師なんかじゃないですよ?そういう相手に、俺がどう対抗すればいいんですか?」
「あなた、母親の事。どれぐらい知ってる?」
唐突に聞かれ、当時の事を少し思い出してしまった。だが、今はそういう時ではなかった。
「物心ついたばかりの頃に死んでしまったんで、ほとんど覚えていません…。それがなにか?」
「あなたのお母さんは、陰陽師という術師
の中でも、かなりの力を持っていた人なの。」
「初めて知りました…。だけど、それとなんのつながりがあるんですか?」
「あなたは、その母親の血筋を強く引いている。素質を持ち合わせてるの。そして、魔術と陰陽道。これは似て非なるもの。根本的に違う部分があるんだけど、持ち合わせている力はどちらも同じで、それの表現方法の違いなの。」
「ってことは、俺には力があって、魔術が使える。そういうことなんですか?」
「いえ、魔術はあなたには今は使えないわ。一朝一夕でできるものではないの。でも、素質。力はあるの。今は時間がないの。魔術、陰陽道。どちらも覚えてる暇はないの。だから、そのどちらにも属さない、あなただけの表現方法を考え出し、使えるようにしてほしいの。」
唐突だった。自分にはそんな力があるなんて考えたことも思ったこともなかった。それをいきなりこんなに言われて頭は混乱している。
「使えるようにするったって、どうするんですか?自分でそういう力なんて感じた事もないし、使えた記憶もないですよ。
「それが当たり前なのよ。力ってのは何かの型にはまらなければ表現させることはできないの。人はみんな大なり小なり力は持ってるものなの。でも、みんな表現方法がわからないために、何もできていないだけなの。さっきも言ったとおり、それを表現するのは簡単な事ではないから、時間をかけなければいけないけどね。」
「…鈴の助けに、俺はなってやることができるんですね?。」
「えぇ。あなたの努力次第ってことね。というか今までの話、信用してくれたの?」
「朱さんのその真剣な話ぶりみて、聞いて、ただごとじゃない、嘘じゃないなって思ったんです。」
「そう…ありがとう。」
朱の微笑んだ顔は、とても清々しかった。
2日目・朝
じりりりりり…・
珍しく、目覚ましの音で起きた。
「我ながらめずらしいこともあるもんだ。」
今日は目が覚めてしまったし、学校に行こうといそいそと支度をしてると携帯電話がなった。
「…こんな朝から携帯に電話とは。いったい誰だぁ?」
携帯を開くとそこには鈴の名前が書かれていた。
「はい、もしもし。」
「あ・・お、おはようございますっ!あ、、あのぉ、、よろしかったら一緒に学校に行きたいなって思って…」
新一は思わず顔を赤くしてしまった。こんな事女の子に言われるなんて初めてだった。
「・・いいよ。どこで待ち合わせにする?」
「じゃぁ…、池上町の交差点のところで待ってます。」
「おっけー、わかった。今すぐ行くよ。」
「はいっ、おまちしてます!」
そうして電話は切れ、慌ただしく一日が始まった。
2日目・交差点
ゆっくり、いつもの登校ペースで歩いていくと、学校への通り道となる交差点まできた。そして、鈴がいた。
「おはよう、神島。」
ぽんっと鈴の頭の上に手を置いた。
「え…え・・??……・はっ!あ、あああうぅ…」
鈴は顔を真っ赤にしながらうつむき唸っていた。そしてそれを、可愛いなと新一は思った。
「あの…おはようございます、須藤さん。」
今度はしっかり持ち直したようだ。
「あぁ、おはよ。…思ったんだけどさ、その”須藤さん”ってのやめてくんないかな?あんまり親しくないやつに呼ばれてるかんじがしちまうからさ。」
「では…・新一・・さん。…と呼んでも?」
「あぁ、そうしてくれ。俺もお前のこと鈴って呼ぶからさ。」
「鈴…す…・うぅうう…」
鈴はまた顔を赤くしてうつむいてしまった。
「ほら、鈴。早く行かないと遅刻しちまうぞ!」
そういって新一が歩きだすと、はっ!と気付き、
「まってくださぁい!」
と言いながら追いかけてきた。
2日目・深夜
その日は、ふつうに一日が過ぎていった。いつもいることがなかった鈴が隣にいて。
その晩はなぜか息苦しさに、目をさましてしまった。
「…ねれねぇ。なんなんだ…今日は?」
外を見たが、月のよく見える綺麗な夜だった。重苦しい空気以外。
「だめだ…ちょっち散歩でもいって気晴らしすっか。」
新一は最低限の身支度だけすまし、外にでた。
外はいつもと同じ夜をまとっていた。何の変化もない、普通の夜だったはず…なのだが…
公園に着いた。ここの公園は結構広く、チカンやヤバい奴らがたむろしてるとか、そういう噂がでる、夜はあまり人の近づかない場所だった。
新一にとってはかえってそういう場所の方が落ち着きやすかった。そんなとき、何か物音が奥の方から聞こえた。
「こんな時間に人がいるのか?」
何となく興味がわき、奥へと足を進めた。
そこに”在る物”は何だろうか。人の下半身?だろうか…・まさかと思いたかった。そして、その先にいる人は、もっとまさかと思う存在だった。
「え…し、新一さん?」
そう、それは自分の彼女である神島鈴がいた。
「鈴…お前なんでこんなとこに…・」
「違うの!新一さん違うの!これは…」
「これは何だ?人…じゃないのか?」
「新一さん!」
新一は今自分が何を?どうやって?何が?すべてにおいて考えることができなくなってしまっていた。
「鈴…お前じゃないよな?これ。」
「新一さん…お願い、これだけは聞いてほしいの…」
「鈴!おまえじゃないよな?!」
思わず鈴に叫んでしまった。目の前に在る”何か”をみながら。
「それは、彼女の手で殺った物だよ。」
どこから聞こえているのだろうか?男の声がした。そして、ふと鈴のほうをみると、その後ろには顔と赤いマントが浮かんでいた。
「お・・お前は?」
「これはこれは失礼した。私の名前はルーウィ・フェトウス。以後お見知りおきを。須藤新一君。」
「リーウィ…・・」
昨日の夜の朱の話を思い出した。鈴の両親を殺した悪魔、リーウィの名を。
「私は今現在肉体を持っておらず、魂のみの存在となっているのだよ。忌まわしき魔術師たちによって幽閉されてね。だが、十数年前にこの娘の体に入り、今まで機会をうかがっていたのだよ。今はこの娘に自分の肉体を形成するための人を集めてもらってるんだよ。」
「違うの!新一さん!」
淡々と話すリーウィの横で鈴が叫んだ。
「お姉ちゃんが…・・人質にされちゃったの…それで・・私…」
鈴は涙を流し、必死に新一に伝えてようとがんばっていた。
「まぁ、少しお話がすぎたようだね…・。さて、ここらでおいとまさせていただくとしよう。さ、娘。いくぞ。」
「…はい。」
「まてよっ!リーウィ!鈴!」
鈴は逆らう事ができず、新一の声を聞きながらも、片手を天にかざし、一瞬の閃光と共に消えてしまった。
「…どう…なってんだよ。昨日の話は本当に本当だったのかよ!くそっ!!!」
新一は何もできなかった自分と、現実に起こってしまったこの事態にいらだち、嘆いたのだった。
3日目・昼
新一は神島家の前にいた。鈴と朱の存在を確かめるためにだ。
ピンポーン…・・
返事はない。やはり無人なのだろうか。そう思い戸を開けようとしたときにがらっと戸が開いた。そこには白髪の疲れた感じの老人がたっていた。
「なにか、ごようかね?」
まじまじと新一の事をみていた。
「あの…神尾さんのお宅でしょうか。」
「いかにもそうじゃが。」
「鈴さん・・いらっしゃいますか?」
「ふむ…。おぬし、名前は?」
「え・・俺・・ですか?」
「あぁ、そうじゃ。」
「須藤新一です。」
「ふむ…入りなされ。」
そう手招きされ、新一は中の屋敷に入った。
建物自体は古いが、しっかりした作りだ。
新一は居間に招かれ、老人と向かい合いお茶をすすっていた。
そして老人が口をひらいた。
「儂は、鈴の祖父に当たるものだ。義理ではあるがの。その辺の話は、朱からきいておるじゃろ?」
「はぁ…聞いてますが。なぜそれを知って・・:」
「ふははっ、すべてお見通しじゃよ。鈴に恋人が出来ておるということもな。」
「はぁ…」
なんかつかみ所のないじいさんだと思ってしまった。そして老人は顔をしかめ、
「そして、今の鈴の居場所もな…・」
「鈴の居場所がわかるんですか!!!」
「まぁまぁ、そう慌てなさんな。若いの。鈴は危害を加えられることは絶対にない。今の鈴に何かあればリーウィ自身もただではすまんからの。」
「そう・・ですか。じゃぁ朱さんは?」
「朱なら地下の祭壇におる。リーウィの奴まんまと騙されおって、物質変化を施したイヌを朱と勘違いしてつれていきおったわ。」
そう言いながらかんらかんらと笑っていた。
「すみません…今は笑っているときでは亡いと思うんですが。」
新一はすこしむっとしていた。自分の孫が捕まっているのにわらっているなど、なんて不謹慎なのだろうと。
「儂にはな、そういうのが見えるんじゃよ。千里眼と呼ぶ者もおったがの。」
「鈴は、今どこに?」
「時空の狭間、と呼ばれているところじゃ。現世でも過去でも未来でもない、表現のしようがない、次元と次元の間じゃ。リーウィの持つ術と鈴の魔術力とが合わさればそのようなところにいることも可能なのじゃ。」
また浮世離れした話だった。
「そこに助けに行くことはできるんですか?」
自分の思いだけを聞いてみた。
「…まぁ、無理じゃな。」
即答だった。考える間もなく。
「じゃぁ…俺はどうしたら・・鈴を助けることができるんですか!」
「地下に…行くとよい。そこに朱がおる。廊下の突き当たりに床を三回たたいて見なされ。」
そう告げると、老人は部屋をでていってしまった。
廊下の突き当たりの床を三回たたくと横にずれ、階段が深く、続いていた。
階段を下りると、そこには祭壇と呼ばれる石で魔法陣をかたどった場所があり、その真ん中に朱がいた。
「朱さん、鈴が…・」
「えぇ、解っているわ。まさかこんなに早くリーウィが動き出すとは思っていなかった物だから、何の準備も出来ていなかったの。あなたの力を引き出す事と同時にね。」
「鈴を…助けるにはどうしたらいいんですか?」
「私が触媒となり、あなたの力を引き出し、次元の狭間へ送るわ。そして、リーウィを消し去って。それしか今のあの子を助ける事はできない。あの子だけこちらへつれてきても、何が起こるか解らないのよ。」
「そんな、消し去るっていったって、どうしたらいいんですか!」
「あなたには力があるの。今はそれをうまく使うことが出来ないだけ。だから今回は私が触媒になるの。私を通して力を行使しなさい。」
「朱さんを使うったって、どうしたらいいんですか?」
「今からあなたの精神に私の精神の一部をつなげるわ、それで解るはずよ。もう、時間がないの。やってくれるわね?新一君。」
「話を理解するのは難しいと思います。でも、鈴を助けてやることが出来るなら、俺の出来ることをします。」
「よく、言ってくれたわね。ありがとう。じゃぁ、新一君、私の元へきてくれるかしら?」
そう言い、朱は目を閉じた。
言われるがままに新一は魔法陣の中心に着た。
「新一君、私の手をとって。そして、これから起こる出来事に混乱しないでちょうだい。こちらへ戻ってこれなくなってしまうから。」
手を差し出し、掴むと朱は精神を集中させながらつぶやいた。
「この世でありあの世であり、今ではなく過去でもない。未来もなくただそこは沈黙の彼方。時よ止まり、すべてをつなぐ場所。我をいざないなさい。」
そうつぶやき終えると同時に、床が抜けた。実際は抜けてなどいないのだが、吸い込まれていった。
気がつくと、そこは赤い。ただひたすらに赤い、立っているか浮いているか沈んでいるのか。表現の出来ないところにいた。
「こ・こは?」
『そこが次元の狭間と呼ばれているところよ』
頭に響くように朱の声が聞こえた。
「鈴は…どこに」
『鈴を思い浮かべなさい、今のあなたなら鈴の元にたどり着けるはずよ』
言われたことをしてみるしかなかった。ただ、鈴に会いたいと。そう思った。一瞬からだが揺れた気がした。とおもったら、目の前には鈴とリーウィがいた。
「新一君!どうしてここへ…・」
「鈴!大丈夫か!」
「おやおや、感動の再会ですか。よくここにたどり着くことができましたねぇ、須藤新一君。」
自分が現れたことなどさして気にしない口調で話していた。
「リーウィ、鈴を返してもらうぞ。」
「ほぅ、威勢のいい。だがあいにく私もこの娘を今手放す訳にはいかなくてね…ここで死んで、私の糧となっていただきましょう。」
「だめ!新一君!いまきたら確実に殺されてしまうわ!」
鈴の悲痛な叫び声が聞こえた。
「鈴、大丈夫だ。俺を…信じていてくれないか?俺の彼女なんだろ?俺が守るさ。」
「い〜ぃですねぇ、そのクサいセリフ。吐き気がします、虫ずが走ります!あなたのような存在は消し去ってしまうに限ります!
潔く死に逝きなさい!」
リーウィは鈴から離れると一瞬で新一の前に迫り、次の瞬間に腹に一撃を食らっていた。
「ぐはぁ;つ!」
「ふは…ふはは!久しぶりですよこの感覚。肉をなぶり叩く。この感触をわすれてしまうところでしたよ!」
気の狂ったリーウィは新一のありとあらゆるところを見えない何かでたたきつけてきた。
「ぐがあ;あっ!」
「新一君ーーーーー!!!!」
鈴の声が聞こえた気がした。自分は今何をしにここに来ているのか。何が起きているのか…・。すべてがまどろんでいた。そんな中頭になにか響いてきた。
『新一君!思いなさい!リーウィの動きを止めようと!』
「う・・ごき・・を・・とめる?」
『そうよ!早くしないと、あなたがもたないわよ!』
朱の言葉で、今自分は何をしにここに来ていたかを思い出した。そして願った。リーウィを止めようと。
すると、今までの嵐のような激痛は止まった。そして目を開けるとこちらをものすごい形相で睨付け、動きを止めているリーウィがいた。
「小僧!何をした!お前ごときが私に何かするなど笑止千万!なにをしたなにをしたなにをしたぁ!!信じられん信じられん信じられんぞぉこぞぉ!!!!」
それはもう狂っているとしかいいようが亡かった。その隙に新一は鈴を思い、鈴の元にたどり着いた。
「新一君!!」
鈴は新一に抱きついてきて、泣き出した。よっぽどつらかったのだろう。
「ごめんな、なかなかお前を助けにこれなくて…」
「いいの、来てくれて、新一君がいきてさえいてくれれば…・」
『こらっ!鈴!新一君!、今はそんなことをしている暇はないの!リーウィをみなさい!」
朱に怒鳴られ、リーウィのほうをみるとそこには形の崩れたリーウィがいた。
「こぉぞぉ……お前のような小僧にこのような仕打ちを受けるとは…・。貴様のような気に入らない存在など消し去る!我と共にこの次元もろとも消しさってしまうわぁ!!」
そう叫ぶとリーウィの周りが湾曲し始めた。
『まずいわ新一君!リーウィの奴、自分の魂をつなぎ止めていた魔術力までを暴走させて次元を葬り去るつもりよ!もし次元の狭間が崩壊したら、すべての次元が瞬時に融合し、その耐えきれない情報量のために消滅してしまう!すべて亡くなってしまうのよ!』
「こいつを…何とかしろってことですね。」
『並大抵の事じゃ、暴走した魔術力を止めることは出来ないわ!』
「大丈夫、お姉ちゃん。私、見えたの。自分の力が。」
鈴が何かを確信した、そんな口調で話し始めた。
『鈴?なにかわかったの?』
「私、お父さんとお母さんから、最後に力をもらってたの…”圧縮”という力を…見てて、お姉ちゃん。」
そういうとリーウィに向かい歩き始めた。
そして立ち止まり、
「さぁ、新一君君。終わらせて帰ろう。二人でゆっくり過ごしたいよ。」
そう言って手をさしのべてきた。
「あぁ、帰ろう。帰ってお前といろいろ話しがしたい。ゆっくりな。」
二人は手をつなぎリーウィの前へと歩み寄った。
「ぐぁあ!!!がぁぁぅぉあぁあぁおおぁぁっぁぁ」
リーウィにすでに自我はなく、魔術力の固まりとなっていた。
「新一君、私の後、お願いね。」
そう言って鈴は一歩前へ出て、リーウィに手をかざした。
「この世に存在せり力。その存在の大きすぎる力、我が力の行使により、その大きさを一時的に小とし、世界との干渉を立ち、その一瞬を存在亡き物とす!」
そうつぶやいた瞬間、魔術力の固まりは、指先ほどの小さな光となった。
「今よ!新一君!あなたの力で掃滅をして!あなたの力なら出来るはずよ!」
鈴は叫んだ、術を行使しているせいだろうか、苦痛に顔をしかめている、そんな痛々しい鈴を早く解き放ちたかった。
「わかったよ、鈴。やってみるさ」
そういい、新一もその魔術力の固まりに手をかざし、つぶやいた、思いついた事を。
「俺はたった一つ望む!力の塊だかなんだかしらねぇ!ただよ、一つだけいえる。鈴と俺の邪魔をするな、消えろ、そしてなくなれえ!!」
新一の手のひらからも同じだけの光がものすごい早さでリーウィの魔術力にぶつかり、閃光を放ち音もなくきえさった。そして景色は地下の祭壇に戻っていた。そして、片手をつないだ鈴が隣にいた。
数年後
「新一君!はやくいこうよ!」
「まてよ鈴ー、早すぎるっての。」
「なにいってるんですかっ、だらしないですねぇ。」
そう言って鈴の隣に追いついた。
「そういや、リーウィのあの事あってからだよな、お前が俺のこと新一君って呼ぶようになって、積極的な性格になったのはさ。」
「こういう私じゃ嫌いですか?」
「いや、前も悪くなかったけど、俺はこっちの方が鈴に似合ってると思うよ。」
「ありがとっ、新一君♪」
そう言って腕に抱きついてきた。
もうあれからおかしな事もなくなり、二人とも力とやらを使い果たしてしまったらしく、今では何の変哲もない普通の生活に戻っていた。でも、これでいい。鈴と楽しく過ごせる今が、俺は好きだった。
終
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■作者からのメッセージ
会話の多い小説になってしまってます。400x20字という量に納めるために斬りまくってしまった内容です。