- 『Don't you do mischief?1〜2途中』 作者:Rei / 未分類 未分類
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第1章
1
周囲は肌寒さを感じさせるような澄みきった大気で満ちていた。
辺りは薄暗く、厚い雲の隙間から細く、そして薄く伸びている陽光は身を潜めているかのように静かにたたずんでいる。
加持翔一はけだるい体に喝をいれ、自転車のペダルをゆっくりと踏み込んだ。
カラカラと自転車がたてる小さな音が静かな街に響く。
学生服の上に黒のガウンを羽織ってはいるものの、寒さで身が堅くなった。吐いた息は当然のごとく白く、煙の様だ。
ここ、神奈川県の川崎と言えば工業が盛んで”人工都市”というイメージがあるかもしれない。実際、政令指定都市の1つであり、中心部で辺りを見回せばビル、ビル、ビルの一点張りだろう。
しかし翔一が住むこの地域は「自然環境と共存する街」というコンセプトを元に建造と開発が進められている。静寂と緑あふれるこの街は幾度も住宅雑誌等にとりあげられ、近年ベッドタウンとして注目を集めている。
普段住んでいると何の感銘もないが、友人が遊びに来た時などこんなに恵まれた環境はない。とよく言われるものだ。
そんなこの街の静かな環境が与える物なのか、自分はもう何百何千と経験している朝、という物にいまだに慣れる事ができないらしい。ペダルを漕いでも生ぬるい血液がのろりのろりと身体で巡回するだけ。いまだに翔一の頭は眠っているかのように活動を怠っていた。そういえば脳は身体と数時間遅れて目覚めるらしいと誰かに聞いた事がある。だから試験前に夜ふかしをすると脳が眠ったままテストを受ける事になるとか。
今度からは気をつけねば。
それにしても眠い。昨日寝たのは確か夜中の2時すぎだったか。
好きな女優が出る深夜番組を2時まで見て、もうお湯とは言えなくなった風呂に入り歯を磨き、歯を磨き、歯を磨いたのだった。うちの母は歯磨きにうるさいのだ。その上1年に45回は歯医者に連れていかれる。
歯が悪いと老後苦労するからだとか。そんな事を心配してないでもっと有効的にお金を使って欲しいものだ。お金がないのよね。と毎日耳にタコができる程愚痴を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。
そして今日起きたのは8時。いつも通り。それから半分寝たまま朝食をたいらげ、歯を磨き、キシリトールガムを口の中につっこまれて家を出たのが8時半。これもいつも通りでパーフェクトだ。
翔一の通う中学は授業が九時開始である。他の公立中学校と比べ30分も遅くまで寝れるというわけ。私立ならではの嬉しい特典だ。まぁ土曜日も学校があるのはかなり痛いけど。
並木道を静かに駆け抜ける。ざわざわと木々の小さな話声だけが聞こえる。
道の向こうから吹いてくる風が肌に心地よい。
風が運んでくる木々の香りがつんと鼻ではじける。花粉症じゃなくてよかった。と思える瞬間だ。そして翔一はちらりと腕時計に目をやった。まぁ大丈夫だろう。
「よし、行くか」と誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいた。いや、実際のところほんとに声は出ていなかったかもしれない。
翔一は突然自転車のギアを最大速に切り替え、サドルから腰を浮かせ、前傾姿勢になり自転車を疾駆させた。
そして数秒の間最大速を維持した後、一気に身体の力を抜き、そのまま身を任せて空気の壁を満面に感じる。
自転車が立てる音だけが翔一の耳にうるさく響き渡る。鳥のさえずりも木々のざわめきも今は何も聞こえない。
突然、急ピッチで血液を送られた身体は飛び上がり、血管は唸りをあげ、筋繊維が脈動する。身体全体から醜い悲鳴があがる。脳もようやく起動を始めたようだ。
これは翔一が毎朝行っている目覚まし方法なのだ。もちろん、翔一以外にそれを知るものはいないだろう。急に激しく動くのはあまり身体にいいとは思えないが、一番楽でてっとり早い方法である事は自信を持って保証できる。
いや。逆に血管がタフになっていいかもしれない。なんて。
住宅街の外側に向かうにつれ、木々の割合はどんどん減っていき、日本の主要都市、本来の姿が露見してくる。所詮、流れる時代に逆行しているこの街も、本来の姿から目を背けるための偽りの皮を被っているだけ。気休めにすぎないのだ。
コンクリートに覆われた道路を通り、住宅地と多摩川を結ぶ商店街に入る。ここを抜け、川を越えればすぐに学校がある。
交通の便や環境にも恵まれた関東でも指折りの有名私立中学校だ。よくこんな難関校に合格できたものだと今でも不思議に思う。
元々難関校だったのに加え、この地域がベッドタウンとして整備されてきた事で追い討ちをかけるように年々競争率が上がっていっている。
もう一度受験しても多分受からないだろう。
まだ余り人気の無い商店街を颯爽と通り抜ける。もうすぐそこは多摩川だ。
翔一は自転車を走らせたままひょいと横に飛び下りその勢いと共に一気に多摩川の土手を駈けのぼった。両輪に雑草が嫌にからみつきキュルキュルと小気味よい音をたてる。
「おっとっと」
自転車の勢いがつきすぎて、少し前につんのめってしまった。
こんな荒々しい使い方をしているから自転車がすぐにボロくなってしまうのだろう。翔一にとって今や自転車は消耗品のひとつだ。
時計に目をやると8時45分を示していた。普段と比べると少し早くついたようだ。
翔一は「う〜ん。」と余裕たっぷりの伸び、をした。
土手の上から向こう岸を眺めると、生徒達が校門をくぐっている姿をうっすらと見る事ができた。
駅から川に沿って通った道路の上を沢山の生徒が列をなして学校に向かって歩いている。最もここからでは黒い点々が動いてるようにしか見えないのだが。
今日は遅刻電車を拝める事はなさそうだ。生徒達もこの時間帯だと安心してゆったりと歩いている。
翔一も自転車を漕ぐ速度を落とし、鼻歌混じりで橋を渡る。川面は太陽の弱々しい光を反射して鈍く光を放っている。
橋は自転車が通るとカタコトと機織り機の様な音をたてた。この橋は洪水が起きたら第一に壊される建造物だと翔一は睨んでいる。多摩川に架かっている鉄橋の中で12位を粗末な作りではないか。この粗末さを見ていると鉄橋であるという事さえ疑わしく思える。
橋を越え、川沿いの通りに出た。そして自転車ですいすいと生徒達を追い抜いていく。
この時間帯だと別段これといった反応は無いが、遅刻寸前で必死に走っている学友をからかいながら追いこすのはなかなか一興である。下手をすると自分も遅刻してしまう事があるのは大きな代償だけど。
校内に入り手際よく自転車を専用の駐車スペースにとめた。
この駐車スペースは学校が最近設置したものだ。この周囲がベッドタウン化して自転車で通学する生徒が増えた為だろう。
翔一は自転車に鍵をかけるなんて女々しい事はしない。面倒臭いし時間がない。そして何より必要がないからだ。
例えこの自転車が代償になろうとも、こんなボロボロの自転車盗む奴が居たら顔を見てみたい。翔一は妙におどおどし、ボロボロの自転車に手をかける猿のような顔をしたオヤジを想像した。
その顔が妙に可笑しくてニヤけてしまう。
そういえば誰かに似ている。誰だったか。………そうか。英語の教師の南田だ。
「くくっ」と思わず声に出して笑ってしまった。
その笑いを隠そうとわざとっぽい咳をした。と後ろから体操着袋で後頭部を叩かれた。
「加持ぃ。あんた朝っぱらから何にやけてんの?」
これこそまさに不覚だ。ニヤけてる姿を見られるとは。しかも何故よりによってこいつなのだろう。
「おっ…お前いつから……ってなに人の顔見てんだよ」
「はぁ?何言ってんの。人の顔見て何が悪いのよ。第一そんな大層なもんじゃないでしょ。あんたの顔なんて」
全くもってそのとおり、返す言葉がない。翔一は思わず口を噤んだ。
「あんた、自転車止めた時からずっとニヤけてたでしょ。…なーに考えてたのよぉ!加持ぃ」
翔一は笑いながら背中を思いきりバシバシと叩かれた。朝からハイテンションな奴だ。昔からこいつにはついていけない。
「別にお前が期待してるような事は考えてねーよ」
早く何処かに行ってもらえる事を期待に込め、わざと悪っぽく言ってみせた。
最初から分かってた事だがこいつには全く意味がなかった。
「なぁに悪ぶってんのよ!早く白状しなさいって!」
そう言って恐い目をして学らんの首元を掴んできた。
恐らくドラマの女刑事の真似でもしてみたんだろう。しかしなんとも滑稽な演技である。
「はいはい。言えばいいんだろ。言えば。…別に大して面白い事じゃないんだけど」
「大丈夫よ。翔一のつまらない話には馴れてるもの!」
翔一はまたも思いっきり背中を叩かれた。
2
予鈴のベルが鳴った。次第に騒がしさで包まれていく教室の中、その上翔一の隣の席でこいつはいまだに英語のプリントを見て大笑いをしている。
あぁ。何ともうるさい。何でこいつはいつもこう、デリカシーがないのだろうか。
「おい…。うるせぇって」
「いいじゃない、別に。…うくくっ。でもやっぱ翔一って絵、うまいね。これだけは尊敬できるな」
「それだけって…おい」
ほんと口が減らない奴だ。翔一は頭のてっぺんを軽く小突いてやった。
「いてっ!……それにしてもこの南田の顔ときたらっ…ぷぷっ。まさに猿ね。
これなら翔一が笑ってた理由。わからなくもないよ。……でも朝っぱらから一人でニヤけてるってのはデリカシーなさすぎよ」
全く。こいつときたら自分の事を棚にあげて。
「お前さぁ。人の事言えんのかよ……。はぁ。お前にデリカシーないと言われるなんて俺も堕ちたもんだ」
翔一はがっくしと頭を下にさげ、大きく溜め息をついてみせた。
「ちょっと…それ、どういう意味よ!まるで私がデリカシーないみたいな言い方してさぁ。私がいつデリカシーなかったっていうのよ!」
翔一は苦瓜を噛み締めたような顔をして「おぃおぃ。ほんの数秒前の事だろ…」と聞こえないような小さな声で言った。わざわざ本腰を入れてこいつと争う気など毛頭ない。
「んっ!そこっ!何か言った?!」
「はぁ……。なんもいってねぇよ…」
「そう。ならいいけど!……くくっ」そう言ってまた先程のように英語のプリントを見て笑い出した。
勿論ではあるが英語の問題を見て笑っているのでは無い。こいつの場合そんな物を見せたら、途端に黙りこくってしまうだろう。
そう、英語のプリントと言っても実際に見ているのはその裏側で、何が書いてあるかというと……それはもちのろんで南田である。翔一はこいつの嫌らしい程にしつこい追求に折れ、英語のプリントに南田が自転車を盗んでいる絵を描いてやったのだ。
おどおどした猿のような南田の顔と出で立ちは、まさに先程翔一が想像した南田の顔、その物だ。我ながらなかなかの力作だ。
翔一は美術部の一員だ。いや、元美術部だと言った方が正しいか。以前からサボりがちだった翔一は、3年生になってからはめっきり顔を出すのをやめてしまったのだ。
そのタイミングにこれといった理由があるわけではないが、あえていうならば区切りが良かったからだろう。別に絵を描くのが嫌いなわけではない。むしろ好きな方だ。
でもわざわざ決まった題材で、そして決まった時間内で作品を仕上げる為に美術部に出席する必要が無い。自分の好きな時、好きな作品を描く方が何倍も楽しい。
好きな事は他人に関与されたくないのだ。だから今も何も未練は無いし、それを考えるに至る理由すらわからない。
「おーい、翔一ぃ。元気かァ?」
竹輪型に丸められた惨めな教科書で翔一はぽんぽんと頭を叩かれた。
「……はいはい、なんなんだよ、全く」
「べっつに〜。暇だったんだもん。あと、このプリント貰うよ」
そう言ってこいつは翔一にちょっかいを出すに飽きたらしく、プリント片手に、鼻歌混じりでふらふらと何処かに行ってしまった。ほんと、自由気侭なやつだ。
この、やけにテンションの高いこいつの名前は水島飛鳥(みずしま あすか)という。翔一とは昔からの幼馴染みで、というのも翔一と飛鳥の両親は高校の頃からの大親友だったのだ。翔一達がこの街に引っ越してきたのも、実は飛鳥の両親に「いい所だからこっちに越してこないか?」と誘われたのが大きな一因となっている。
物心ついた時にはもういつも隣には飛鳥がいた。その頃は殴られ、蹴られ、よく泣かされていたらしい。幼稚園も小学校も同じだったし、その上、こいつもこの難関校に受かってしまい、中学まで一緒になってしまった。なんとも厄介な奴と腐れ縁がついているものだ。
「そう言えば……」翔一は大変な事に気づいた。それは、この学校が一貫校であるということだ。という事は下手をすれば大学まで同じという事になってしまう可能性が……。
翔一は「そんな馬鹿なぁ」と机に突っ伏っして呟いた。
一貫校であるという事が必ずしもいい事では無いと、翔一は初めて思い知った。こうなったら飛鳥の苦手な英文科に進むしかない。あいつと大学まで同じだったら翔一は成人式を迎える前に精根尽き果ててしまうかもしれない。
そんな事を考えていると飛鳥が翔一の顔を覗き込んできた。
「ねぇ。さっきから何ぼーっとしてるの?大丈夫?もう、授業始まるよ」
「ん、ああ。サンキュー」
翔一は今では丈夫になってきてはいるものの、生まれつき余り体が強い方では無い。それは運動神経諸々の話ではなく、病的な面での話で、飛鳥は翔一の具合が悪い時だけはいつも静かになって心配してくれる。そう言えば昔、多摩川に遊びに行った時、日射病で倒れた翔一を泣きながら家までおぶってくれたって加持、水島家内だけでの逸話があったっけ。こいつを一方的に厄介物あつかいした事を今さらながらと申し訳ないと思った。
「大丈夫ならいいけど。無理しちゃ駄目だからね!翔一は体、弱いんだから!」
「わーってるって……。そういえば、次の授業、何だっけ?」
飛鳥は「え〜っと…」と数秒考えた後、また笑い出した。
「そうだっ。南田よ!南田!くくっ」
「南田かァ。朝から面白いもんがみれるな」
翔一も一緒になってつられて笑ってやった。
ぐぅ。明日から期末試験なので……もう死にます。勉強さぼってます。
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2005/02/21(Mon)23:21:11 公開 /
Rei
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Reiさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
この前、小説を書いてみよう!と思って初作品を投稿したんですが、挫折しまして。続きが思い付かなかったんです。
これはその時投稿した物を大幅に変更したものです。一応続きも考えてありますので、今回はがんばります!
なんか、文章が単調ですね。うまくかけません!誰か助けて(涙
バシバシ叱って下さい!小説がうまくなりたいです…。