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『命日 【読みきり】』 作者:夜行地球 / 未分類 未分類
全角2304.5文字
容量4609 bytes
原稿用紙約8.15枚



 今日が彼の命日だと知っている人はどの位いるのだろうか?
 信念を貫いた彼は、最期に何を思ったのだろうか?
 僕には分からない。
 僕に出来る事といったらただ一つ。
 彼が何をしたか、それを人に伝えることだけだ。
 
   ◇◇◇

 僕の中学時代の友人に高岡大輔という奴がいた。
 高岡は実に可哀想な男だった。
 下駄箱のなかに物が入れられているのなんて日常茶飯事。
 上級生に呼び出されるのも珍しくなく、下級生に囲まれた事さえある。
 学校中で高岡の事を知らない奴はいなかった。

 まだ寒さの厳しい二月のある朝、高岡は下駄箱の前で立ち尽くしていた。
 見ると、その手には一通の手紙。
 呆然とした顔で手紙を広げている。
 僕がこっそり横から覗き込むと、その手紙には『昼休みに屋上に来るように』という内容と『宮島』という名前が書かれていた。
「遂に宮島からのお呼び出しか……頑張れよ」
 僕の呟きが聞こえたらしく、高岡が虚ろな目を僕に向けた。
「佐藤……俺、どうしたらいいんだろう?」
 その声には絶望感が溢れていた。
「どうするも何も、行くしかないだろ? 屋上に」
 僕の無慈悲な言葉を聞いて、高岡はさらに顔を青くした。
「一人で行くのが怖いんだ。一緒に行ってくれないか?」
「嫌だよ」
「ねえ、お願いだから」
 高岡は哀れさが滲み出ている目を僕に向けてきた。
 ここまで頼まれたなら仕方が無い。
「わかったよ、宮島に見えない場所から高岡の事を見守ってやるよ。本当にやばそうだったら、助けに行くからさ」
 高岡の顔に少しだけ安堵の色が浮かぶ。
「ありがとう。俺……頑張って行ってみるよ」
 高岡は悲壮な顔をして、下駄箱に詰められていたその他の不審物の山を抱えて教室に向かった。

 教室に行っても高岡の災難は続いていた。
 机の中には脅迫状と不審物がぎっしり。
 勉強道具を入れるスペースさえ無さそうだった。
 そんな状況には慣れっこなので、高岡はそれらを淡々と片付けていく。
 そう、いつもは動揺なんてしない奴なんだ。
 それが、宮島から呼び出されただけであの態度。
 高岡の中での宮島の存在の大きさを改めて感じた。

 そして、昼休み。
 屋上で宮島に対面する高岡を、僕は屋上のドアの陰から見守っていた。
 遠目にも高岡が緊張していることは明白だった。
 お互いに何も言わない、じれったいまでの均衡。
 先に口を開いたのは、宮島だった。
 離れているので何を言ったのかは分からなかったが、動揺した高岡の態度を見れば大体の予想はついた。
 宮島は後ろに隠し持っていた凶器を高岡に向け、高岡はソレを受け入れた。
 崩れ落ちる高岡と驚いた顔をした宮島。
 僕はドアを勢い良く開け、高岡の元に駆け寄った。
「大丈夫か?」
 と尋ねる僕に対して、高岡は顔を赤く染めたまま、
「俺は何て幸せ者なんだろう」
 と呟いていた。

 つまり、全てが上手くいったという事だった。
 やれやれ、世話のかかる馬鹿だ。
 事情が分からず、呆然としている宮島美奈子に僕は声をかけた。
「ごめん、この馬鹿が驚かせちゃったみたいだね」
 宮島は心配そうな顔をしている。
「あの、高岡君、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。幸せの余りに軽く失神しちゃっただけだよ」
 その言葉を聞いて、宮島が顔を赤くする。
 実に可愛い。
 流石は学園のアイドルだ。
 こんな子から告白されたなら、高岡ならずともクラクラしてしまうだろう。
 とどめに手作りチョコレートなんて凶器を渡された日には気を失ってもおかしくは無い。
 悔しいけれど、この馬鹿の気持ちは痛いほど良く分かる。

 どれほど他の女の子達に好意を寄せられても、決して屈しなかった高岡。
 ラブレターという名の脅迫状、プレゼントという名の不審物。
 それらの誘惑の山を宮島への思いを胸に潜り抜けてきた。
 いつか振り向いて貰えると信じて。
「自分から告白しろよ」と忠告したことも何度もあったが、高岡は「そんな勇気は無い」の一点張り。
 度胸があるんだか、ないんだかイマイチ良く分からない奴だった。

 高岡大輔はこの日をもって、哀れな片思い野郎から脱却した。
 学校のアイドル・宮島と色男・高岡のカップルの成立は、学校中の生徒をガッカリとさせると同時に安心させた。
 一番人気の彼らが恋愛戦線から離脱したことで、大好きなあの人が自分を見てくれるチャンスが回ってくるんじゃないか、そんな期待が膨らんでいたんだろうね。
 ほら、中学生って割と単純だから。
 ま、僕もそうだったんだけどね。

 ん、話にオチが無いって?
 別に無いよ、そんなもの。
 ただ、これから話そうとした内容に関して、ちょっと昔話を思い出してみただけだよ。
 テーマにはあまり関わりの無い単なる遊び。
 そういうのがあってもいいでしょ?
 多分、どこにでもありふれている、二月十四日の思い出。

   ◇◇◇

 その昔、ローマ帝国では戦地に向かう気力を削ぐという理由で、若い兵士と女性の結婚を禁じていた。
 結ばれぬ男女を哀れに思った一人の神父。
 彼は隠れて若い二人の結婚を祝福する事にした。
 しかし、その事実は帝国に漏れ、彼は処刑される事になる。
 二月十四日の事だった。

 彼の行為は滑稽なものだったかも知れない。
 結婚を祝福することに命を張るまでの価値があったのかも疑問だ。
 しかし、彼の行為が人々の心をうった事だけは確かだ。
 時と場所を越えて、現代の日本でもその名が知られているのだから。

 今日はヴァレンタインデー。
 若い二人を祝福し続けたヴァレンタイン神父の命日。



   <終わり>
2005/02/13(Sun)16:52:25 公開 / 夜行地球
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■作者からのメッセージ
読み切りを書くのは久々な夜行地球です。
投稿に当たってまずは謝罪を。
すいません、最後の数行が書きたかっただけなんです。許してください。
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