- 『星達の鎮魂歌 1〜2』 作者:無夢 / 未分類 未分類
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全角5664文字
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原稿用紙約18.3枚
1.終わりから始まりへ
「これからどうしましょうか」
私の隣にいる火山あざみ(ひやま あざみ)が歩きながら言った。私達二人の周りにはいくつもの木が立ち並び、太陽も傾きかけている。
「そうですね…ちょっと休みませんか? ずっと歩きっぱなしだし」
私がそう提案すると彼女は「そうですね」と言い、大きな木の下に腰掛けた。私も背負っていたリュックを下ろして隣に座る。リュックから水筒を取り出し、温くなっているお茶を飲んだ。
「火山さんもどうですか?」
私が勧めると、彼女は軽く手を振って
「私も持ってるから」
と言った。
私と火山あざみはほんの二時間程前に出会ったばかりである。私は登山が好きで、今日も山登りをしにきた。毎日高いビル群の中で生活、仕事をしている私にとって、新鮮な空気を吸いながら山の中を歩くことは唯一のリフレッシュ方法だ。私には恋人がいないので一人で来ることが多い。友達を誘っても「疲れるから嫌」などと言った理由で断られてしまう。だから今日も一人でこの山に登っていたのだが、途中で火山に出会った。この山に来るのはお互い初めてであり、一人で登るより、二人で登った方が良いということになり、一緒に歩くことにした。山が好きな人には悪い人はいない、そんな言葉があったので私は何の不安もなかった。しかし、暫く歩いている内にある不幸が私達を襲った。道に迷ってしまったのだ。一本道を歩いていただけのはずだった。しかし、来た道を戻っても同じ所をぐるぐる回っているような感覚に陥り、山を下りることが出来ないでいた。帰ろうとした時には太陽はまだ高い位置にあったが、今ではもう空が茜色に染まっている。
「もうすぐ夜になりますね…」
私が言うと、
「夜になる前に山を下りられなかったらどうしましょうか」
火山は考えるような仕草をした。
「どこか休めるところはないですかね…」
私は立ち上がって辺りを見回した。しかし、木が立ち並ぶだけの風景が私の視界を遮っていた。
「もしかして野宿…? 嫌だなぁ…。火山さん、寝袋なんて持ってないですよね?」
「今日はそんなつもりじゃなかったから、持ってないです。野宿は無理でしょう」
返事は淡々としたものだった。
今は冬。冷たい風が吹く中、こんな山奥で寝袋もなしに眠るのは危険だろう。かと言って眠らずに出口を探し続けるのもどうかと思う。実際、私の足は「もう歩きたくない」と言ってるかのようにずきずきと痛んでいた。
私は溜息をつきながら座り込んだ。するとそれと同時に今度は火山が立ち上がった。
「どうしたんですか?」
私が顔を見上げると彼女は遠くを見るように目を細めて言った。
「子供……。子供がいます」
「え?」
私も立ち上がり同じ方向を見る。
「本当だ…」
大きな木の幹から腰ぐらいまで伸びた黒髪をなびかせた少女がこちらを覗いている。年齢は六歳ぐらいだろうか。
「あの子、この山の近くの子ですかね? 道、聞いてみましょうか」
私は火山にそう言うと、少女のいる方向へと歩き出そうとしたが、その時足元にあった枝を踏んでしまい、ぱきりと音が鳴った。すると少女は驚いたように肩を震わせ、私達に背を向けて走り出した。
「あっ! 待って!」
私は木の下に置いていた荷物を手に持って少女を追った。後ろから火山もついてくる。少女の長い髪を見失わないように走った。しかし、足がよっぽど速いのか、一向に差が縮まらない。多く草が足元に生え、私が走るのを邪魔している。と、不意に少女の姿が消えた。
「あっ!」
私は走るスピードを上げた。足の疲れも邪魔する草木のことも考えなかった。しかし、その時私の目の前に茶色い土と湿った葉っぱが立ちふさがった。……いや、こけたと言った方がいい。
「だ、大丈夫…?」
頭上から火山の声がしたが、私は何も答えなかった。途轍もなく恥ずかしい。暫く地面の顔を伏せていた。そしてゆっくりと顔を上げ、
「大丈夫です…」
と言った。その私の目に、大きな屋敷が映った。
レンガ建ての三階建て。窓がいくつもあり、まさに豪邸と呼ぶに相応しい屋敷だった。その窓から明かりが漏れ出している。
「大きな屋敷ですね…。こんな山奥に別荘でしょうか」
そう言って火山は私に手を差し出した。私はその手に掴まって立ち上がる。
「誰かいるんだったら、休ませてもらえるか頼んでみましょうよ」
私が体に付いた木の葉を払いながらそう言うと、火山が屋敷に向かって歩き出した。私もその背中を追い、屋敷に向かった。
重そうな木の扉。私はそれを二、三回ノックして
「すいません、誰かいませんか?」
と言った。が、返事はない。
「誰もいないんですかね」
火山は首を傾げた。
「明かりは点いてるのに…。すいませ〜ん、誰かいませんか〜?」
何回も何回も扉を叩き、返事を待った。すると、金箔が剥がれかかったドアノブが動き、耳障りな音を立てながら扉が開いた。そしてその扉の隙間から男が顔を覗かせる。
「あ、あの…すいません…。私達、迷ってしまって…。もし良かったら一晩泊めていただけませんか…?」
私が恐る恐る言うと男はにこりと笑い、
「君達も迷ったのかい?」
と言った。
「君達…も?」
火山が首を傾げる。
「そう。僕も迷ったんだ。偶然ここに辿り着いてね、休ませてもらってるんだよ。ここじゃなんだから、中に入って」
男はそう言って私達を屋敷の中に招き入れた。
屋敷の中も豪華だった。天井にはシャンデリア、床は大理石。歩くたびにこつこつと心地のいい音を立てる。男にはいくつも並んだ大きな扉の一つに案内された。そこは食堂らしき場所。長いテーブルに何人もの男女が座っている。私達が入ると全員が私をちらりと見た。
「この子達も迷ったらしくて」
男は全員にそう説明して、続けた。
「ここにいる全員が道に迷ったらしいんだ。ここには誰も住んでないらしくてね、勝手に入って休ませてもらってる。あぁ、そうだ。自己紹介しようか。僕の名前は小池佳伸(こいけ よしのぶ)。よろしく」
「火山あざみです」
「えっと、私は緑沢海(みどりさわ かい)です」
私達がそう言うと、小池は食堂にいる全員に
「皆さんも、ほら。ここで会ったのも何かのご縁ですし」
と言った。
「俺、木戸駿人(きど はやと)」
そう言って手を挙げた男は、紫色の髪。顔にいくつもピアスを空けている。私の苦手なタイプ、と思った。
「田水華乃子(たみず かのこ)です。こっちは妹の鈴蘭(すずらん)」
同じ顔の女性が二人並んでいる。双子だろうか。
「加納真紅(かのう しんく)」
壁にもたれ掛かっている女性が冷たく言った。しかし、美人。
「あれ? 金子(かねこ)さんは?」
小池は食堂を見回して言った。
「トイレに行くってよ。あぁ、俺は桃井大介(ももい だいすけ)。よろしくな、姉ちゃん達」
厳つい男がいやらしく笑った。
「あと二人いるんだ。金子さんと…、もう一人もどっかに行ったみたいだな…」
「あの、小池さん」
私は言った。
「ここに女の子はいませんか? 六歳ぐらいで髪の長い…」
「女の子? 知らないなぁ…」
小池が首を傾げた。
ここに住んでいる子供ではないのか。ではあんな山奥に一人で何を…。
私がそう考えたその時、
「ひゃあぁぁぁぁぁ!!」
男の高い悲鳴が屋敷中に響き渡った。
2.月だった星達
「どうしたんですか、金子さん!」
小池は食堂を一目散に飛び出し、悲鳴の聞こえた方へ走った。
私は突然のことで暫く呆然としていた。そんな私に、
「寒いから閉めてくれない?」
加納真紅が言い放った。その言葉で我に返り、私は小池を追いかけようとした。今の悲鳴はただ事ではない。
「おいおい、待てよ。緑沢海ちゃんだっけ? 行くつもりか? 一人じゃ危ねぇから俺がついていってやるよ」
桃井は自己紹介の時と同じような、いやらしい笑みを浮かべながら椅子から立ち上がった。しかも、私の名前が既に「ちゃん」付けされている。
「結構です」
私が言って、食堂から出ると
「つれないねぇ」
と、言いながら桃井がついてきた。
「トイレはこっちだぜ」
桃井が小さな扉を指差し、そこに向かう。私は渋々その後に歩く。扉は開け放たれていた。中からオレンジ色の明かりが漏れ出して、大理石の床を照らしている。物音はない。
「お〜い、小池。どうしたんだぁ?」
と、桃井はトイレの中を覗き込んだ。が、その瞬間桃井の顔が強張り、動きが止まった。桃井の体が邪魔で私には中の様子は見えない。
「どうしたんですか?」
私は桃井の体の反対側に回り、中の様子を見た。
「あっ…」
声は出なかった。見なければ良かったという後悔の念が私の頭を過ぎる。小池は口元を押さえてその場に呆然と立ち尽くしている。その横では、50代ぐらいの白髪の男性が腰を抜かしている。この男性が金子だろう。
「どうしてこんなものが…」
小池の声は震えている。
そこには壁にもたれ、座っていた。しかし、普通の状態ではない。顔は長い黒髪で覆われており、見えなかった。しかし、髪の間から目は見え、長い睫毛が伸びた目は閉じられていた。トイレの床に広がる真っ赤な血液。女性の衣服にも大量の血が付いている。元々は白い服だったのかもしれない。だが、今では真っ赤な服に変わっている。腕は白く、マネキンのような肌だった。
「死ん…でる……のか…?」
桃井が途切れ途切れに言うと、
「分からない…。でも、この血は…」
小池が言って女性に近付こうとした。その時。
「うわぁぁぁ!!!」
金子が再び叫び声をあげた。体が固まり、動けないようだったが指だけは女性を差し、何かを言おうとしている。私は指差されている先を見た。今度は私の叫び声が屋敷中に響く。甲高い声が周りの空気を引き裂いたかのようだった。黒い髪の間から見える女性の目が開き、私達を睨んでいるのだ。その目は禍々しい光を放っていた。桃井は悲鳴を上げながらその場から立ち去り、小池も抑え切れないものがあるらしく、口に手を当てながらどこかへ行ってしまった。私はその場に凍り付いていた。すると、
「ここは…どこ?」
女性が口を開いた。その声は今にも消えそうなほど小さい。その目からは邪悪さは消えていた。
「だ、大丈夫ですか…? その血…」
相手が生きた人間だと言うことが分かり、恐怖感が薄れていた。
「血…?」
彼女は長い髪を揺らし、首を傾げた。そして、自分の体を見た彼女は驚きの表情を浮かべ、悲鳴をあげた。
「こ、これは…!? この血は何!?」
今の今まで自分の体に大量の血液がついていることに気付かなかったのだろうか。頭を振り乱し叫ぶ彼女に
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい! えっと…、どこも怪我してないんですか…?」
「怪我…?」
彼女はそう言うと自分の全身を叩いて確認をした。そして首を横に振ると
「何も…。それより、ここはどこなんですか? あなた達は…?」
「私は緑沢海です。この山に登りに来たら迷ってしまって、ここで休ませてもらってるんです。この屋敷に住んでいる方じゃないんですか?」
私が聞くと、彼女はまた首を横に振った。
「分かりません…」
「分からない…? えっと、お名前は?」
女性は考える仕草をして
「分かりません…。何も…覚えてないんです…」
「記憶喪失?」
やっとのことで落ち着きを取り戻した小池が言った。
「そうみたいなんです。気が付いたらここにいたみたいで。あの血も知らない間に付いてたって」
「怪我は?」
「ありません。でも、あのままじゃ食堂の皆さん驚くと思うんですけど…」
「そうだね。どこかに着替えあるかな?」
「さぁ…」
「何だよ。死んでたんじゃないのか。紛らわしい」
桃井が私達の会話に割り込んできた。
「でも、いい女だよな」
桃井を無視した。が、桃井は構わず続ける。
「名前が分からないんだろ? じゃあ俺が付けてやるよ。理沙(りさ)ちゃんなんてどうだ?」
私は黙って桃井を睨みつけたが、それはそうだと思った。名前が分からないのは何かと不便である。
「じゃあ、理沙さんってことでいいですか?」
小池が言うと、理沙と名づけられた女性は頷いた。
「でも困ったな。着替えが無いんじゃ…」
小池は頭を抱えた。すると
「着替えならあるわよ」
背後から女性の声がした。振り返ると、四十代ぐらいだろうか。所々シミのある肌、長髪の中に少し混ざった白髪。どこか落ち着いた雰囲気がある。
「宝條(ほうじょう)さん」
小池が言った。その時
「あっ!」
と、私は思わず声をあげてしまった。宝條と呼ばれた女性の横には、山で見たあの少女がいたのだ。そんな私を見て
「この子は?」
宝條は私を顎で差し、小池をちらりと見る。
「あっ、僕達と同じで山で迷った人です」
「緑沢海です」
私は軽く頭を下げた。
「そう。私は宝條宮子(みやこ)」
「そうだ、宝條さん。着替えがあるって?」
「さっき、この屋敷を見て回ったら、二階に個室が十個あった。そこに誰のか知らないけど、荷物があったのよ。着替えもそこ」
「そうですか。とりあえずそれでいいですか? 理沙さん」
小池が確認すると、理沙は頷いた。だが、そんなことは私の耳にほとんど入っていなかった。私の意識はあの少女に集中していた。どこか不思議な感じがする少女だ。
「この子は三階にいたのよ。ピアノがある部屋があって、そこに。でも、ここの子じゃないみたい」
私は少女にゆっくりと近寄り、
「さっきは有難う…。あなたのおかげで…」
少女は黙って私を見つめている。
「えっと、お名前は何ていうの?」
「……か」
「えっ?」
口が微かに動いたが、声はほとんど聞こえない。私が聞き返すと、次ははっきりと大きな声で言った。
「私の名前は聖香(せいか)。晴田(はるた)聖香」
二階へ行こうとした理沙が、驚いた表情で少女を見つめた。
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2005/02/13(Sun)21:03:52 公開 / 無夢
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■作者からのメッセージ
お読みいただき有難うございます。無夢です。
第二話、ここで登場人物は全て出ました。第三話から本格的に物語が進んでいきますので。
卍丸様。いつもいつも本当に有難うございます。この作品でも前作同様、キーパーソンは「順番を間違えた人」なので、名前を覚えておくのもいいかもしれません。しかし、今回はかなり(自分でも分からなくなるくらい)難しくしたので、ややこしいかもしれません…。でも、それを考えるのもこの物語の楽しみということで(笑
うしゃ様。初めまして。お読みいただき有難うございます。前作は作品集その7にあります。多少おかしな箇所もあるのですが、そちらの方もお読みいただけると、幸いです。
影舞踊様。前作に引き続き、お読みいただいて有難うございます。分かりにくいかもしれませんが、屋敷は前作と同じです。しかし、今回は名前は色でまとめられているのではなく、ある法則に従って名付けられていますので。
それでは、これからもどうぞよろしくお願いします。