- 『HORROR話(ホラ話) 【読みきり】』 作者:影舞踊 / 未分類 未分類
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全角4789文字
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原稿用紙約13.7枚
せめて夜、暗いところで読んで欲しいなぁ…なんて。ヘタレ作者の希望
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「こんな話、知ってます?」
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ヒュウヒュウヒュウ、木枯らしが吹きすさぶ真冬の午後8時。家に帰る途中の道で寒そうに体をこすっている男がいます。Aさんはしがない3流下請け会社。バブルのころを体験していた彼にとって、今の仕事と生活はそれはもう何の面白みもないものでした。友人のBさん、先輩のCさん、後輩のDさん。今ではそのメンバーでたまに飲みに行くのが唯一の楽しみでした。会社では特に仕事ができる方ではありませんでしたし、いつも部長には怒られていました。
でもある日、彼にとっての転換期がやってきました。誰でも一生に一度はいいことがあるものです。もっともAさんにとっては過去にもたくさんの楽しいことを経験していたのですが、つまらない日々で見つけた些細な幸せとでも言いましょうか。彼の前にそれは綺麗な女性、Eさんが現れたのです。長い黒髪で顔立ちが整った女性でした。EさんはAさんの勤めていた会社に新人として入社してきたのです。
毎年入社してくる人数の少ないこの3流会社にとって、Eさんの様な美人が入ってくるのは本当にまれでした。Aさんを初めとして、Bさん、Cさん、Dさん、会社の多くの男性がEさんのことを綺麗だと認めました。そんなEさんに、Aさんは一目惚れしてしまったのです。最近とんと女性との関係がなかったAさん、そして年齢も年齢なだけにそろそろ結婚を前提とした付き合いをする相手を探していたのです。
次の日と言わず、その日からAさんは彼女に気に入られるようにどんどん接していきました。BさんCさんDさんも、Aさんのその気持ちを知ってそれとなく応援してくれました。初めのうちは皆で飲みに行くという口実でEさんを誘い出し、徐々にAさんはEさんと親密な関係になっていきました。しかしEさんに近づくにつれ、どこか離れていくような、Eさんは人を近づけないような雰囲気を持った女(ひと)でした。Eさんはいつも手帳を持ち歩いている人で、よくそれにペンを走らせていました。何を書いているのと聞いても見せてくれません。友人であるBさん達に話しても、女性は謎を持ってる方が魅力的だと言いまともに取り合ってくれません。Aさんもそれほど気にはしていなかったのですが、心のどこかでそれを少しだけおかしいなと思っていたそうです。ですがそんなAさんとEさんとの交際は順調に進み、恋愛の方は上手くいき始めたのですが、Aさんは仕事の面ではどうしても成功させることが出来ませんでした。
ある夜Eさんと一緒にすごしていたAさんは、仕事のことについて相談してみました。女に相談なんて、と今までは思っていたのですが、恋愛が上手くいっている今に仕事も頑張りたいと思い始めるようになっていたのです。その時もEさんは手帳を片手にペンを走らせていました。しかし、ペンを走らせながらもAさんの話を親身に聞きいろいろとよいアドバイスと、慰めの言葉を掛けてくれたそうです。
そんなある日、会社に来てみるといつもの勢いがありません。何かがおかしいと思ったAさんは、周りをよくよく見渡してやっとその異変に気づきました。部長の席が空いているのです。いつもは休むことなどない部長。この前は風邪を引いたと言いいながらも、マスクをして出勤してきていました。そして、Aさんが確実におかしいと気づいたのは、ある女性社員の行動でした。Eさんがゆっくりと部長の席に花瓶をもっていっているのです。既に部長の席には小さな花瓶がありましたから、それは必要ないように思いました。しかし、Eさんはその縦長の真っ赤な花瓶を部長の机の真ん中に静かに置き、ゆっくりと席に戻っていきました。
その後ですぐにAさんは部長が事故でなくなったのを知りました。いなくなって初めて実感する、部長がいない寂しさを感じ、その部長の席を狙おうと言う野心も生まれました。Aさんはもともと仕事ができる方ではありませんでしたが、それは環境によるものが大きかったのです。部長がいなくなり、自分を頼る後輩、同僚が多々いることに気づいたAさんは、それまでとは見違えるほど仕事を上手にこなすようになりました。今までとは打って変わった忙しさ、この中でAさんは今までやる気のなかった仕事に対して充実感を持つようになっていきました。当然部長の椅子もAさんに回ってきます。先輩のCさんは残念そうに、Bさんは羨ましそうに、Dさんは憧れの目でそれぞれAさんに祝いの言葉をくれました。
仕事も恋も充実していたある日、再び会社に着くと妙な違和感を感じました。そうです。再び空席があったのです。Cさんの席でした。まさかと思って周りに目をやると、Eさんが再び赤い縦長の花瓶に花を挿してゆっくりと持ってきていました。Cさんも事故で死んだとのことでした。Aさんは悲しみを仕事にぶつけるかのごとく、それまで以上に頑張って仕事をやりました。
Cさんが死んでしまってからもBさんDさんとはよく飲みに行きました。そのときの話はもっぱらCさんの昔話で、彼らはそれを話して酔ったのを理由によく泣きました。ですが、それも出来なくなりました。Bさんが死んだのです。理由はまた事故でした。立て続けに起こった不幸を呪い、Aさんは意気消沈してしまいました。Eさんのコツコツというハイヒールの音と、静かに真っ赤な花瓶をBさんの机に置く光景だけが頭に残りました。
Aさんはあまりの不幸続きに弱弱しくEさんに相談しました。常にペンを走らせているEさん、そんな彼女の物憂げな表情を気にせず、Aさんは自分に降りかかる不幸について弱気に尋ねました。Eさんは優しく小さな声でAさんをなだめ、そしてあなたのせいではないと諭してくれました。何かに頼らなければやっていけない、わらにもすがるAさんの気持ちを見透かしたようなその声は、つかれきったAさんの心を癒すのに十分なものでした。
そして暫くは何も起こりませんでした。順調な仕事と、Dさんとの交流。CさんBさんがいなくなってからも2人の交流は続きました。お酒を飲み弱気になったAさんはいつも、自分のせいでCさん、Bさんが死んでしまったと後悔し、Dさんはいつもそれを慰めるのです。ある日、Dさんと別れて家に帰ってからEさんが来ていることに気づきました。どうやらシャワーを浴びているらしく、サーという音だけが静かな室内に響きます。鞄を下ろし、ソファに沈み込みます。お酒がいい感じにまわり、今にも眠ってしまいそうでした。
そんな時、ふとAさんの頭にある思いが浮かび上がります。
―手帳の中身
そうです。Eさんがいつもしたためている内容、決して見せてくれない内容を見るまたとないチャンスだと思ったのです。幸い酔っていますし、怒られてもアルコールのせいに出来るかなと淡い気持ちでゆっくりとソファから立ち上がりました。まだサーという音は続いています。机の上に乗っかっている小さな鞄をそろりと開きます。中には化粧ポーチやらお菓子やら、いろんなものが入っており、その中にやはり見つけました。小さな掌より少し大きいぐらいの日記帳。中に何が書かれているのか、パチンと止められているボタンを外して中身を開けようとしました。しかしその時、彼女が出てくる音がして、Aさんは日記帳のボタンを戻し、鞄にしまいこみました。
その時にAさんが中身を見ていれば、この物語はもっと違うようになっていたのかもしれません。
次の日、Aさんは悪夢を見ました。いつものように着いた会社で見る3度目、いえ4度目の悪夢。空席がありました。その席はDさんの席でした。もはや何も信じられません。何かが自分の周りで起こっている、通常な人間なら確実にそう思います。Aさんはもちろん通常な人間です。ですから次の瞬間、思わず悲鳴を上げそうになりました。彼女が、いつもと同じように表情を崩さず花瓶を運んでいたのです。Eさんの表情からは悲しんでいることを汲み取ることは出来ません。むしろ笑っているようにも見えるのです。真っ赤な縦長の花瓶を音も立てずにDさんの机の中心に置き、Eさんは自分の机に、
戻りませんでした。
Eさんは再び給湯室に戻っていき赤い花瓶を持ち出してきたのです。そしてそれを置いたのはAさんのもといた席でした。なぜ今日に限ってそこに机が戻ってきているのか、またなぜ彼女がそこに置花瓶を置くのか。Aさんは言い知れぬ不安だけを抱えたまま、しかしそれを口に出すことは出来ず黙ってその光景を見ていました。そして席に戻ったEさんはまた手帳を開いてペンを走らせ始めたのです。そしてその顔はぞっとするほどにこやかに微笑んでいたのです。
その夜、どうしてもEさんの異常さが目に付いたAさんはその事について話し合う勇気もなく、あることを決意しました。その事とは、Eさんの手帳を見ることでした。手帳を見たからといって何かがわかるとは到底思えません。しかし、なぜかその時Aさんにとっては、そうすることが解決のように思われたのです。
「先にシャワー浴びてきなよ」
そう言ってEさんを風呂場に追い込みます。そしてサーという音が聞こえてきたのを確認し、素早く手帳を取り出しました。Aさんは焦る気持ちを抑えながら慎重にボタンを外し、おそるおそる中を開きます。べっとりと糊でもついているように引っ付いた手帳を無理やり開くとそこには真っ赤なページが広がっていました。慌てて叫びそうになる口を押さえ、よく目を凝らします。そこにはびっしりと書かれた「死」という文字と、Bさんのフルネームが血で書かれていました。慌てて他のページをめくります。血がべっとりとついているため上手く1ページづつはめくれません。それでも他のページにもたくさんの同じような内容が血で書かれています。そして、慎重に1枚づつめくるとそこにはCさんDさん、そして部長の名前もありました。名前を中心として「死」と書かれた文字が放射線状にびっしりと書かれているのです。あまりの気持ち悪さに、Aさんはもうその手帳を閉めようとしました。しかし後ろの方が白紙のようだったのでパラパラっとめくるとやはり白紙でした。しかし、Dさんの名前が書かれた次のページ、そこには死という文字だけが放射線状に書かれ中心は空白になっています。
Aさんは全く気づいていませんでした。
ずっと続いているサーという音が示すことを。
それはつまり、誰もそこでシャワーを浴びていないことを。
バスルームには誰も入っていないことを。
ポツリとAさんは口にしてしまいました。本来ならどうでもいいはずのことなのですが、Aさんはつい口を滑らせてしまいました。何かをやり遂げたという安堵感が気の緩みを招いたのかもしれません。彼女が聞いていることなど露ほどにも知りません。
「ここには、誰の名前が…」
Aさんがそう呟くと、放射線状に書かれた死という文字の真ん中の空白に、ぬるぬると何かが浮かび上がってきます。赤い血のようなものが浮かび上がってくるその減少にAさんは腰を抜かしそうになったのですが、動くことが出来ませんでした。そしてはっきりと、どす黒く赤い文字が浮かび上がってきたのは、
「お前の名前だよ」
次の瞬間、ものすごく大きな声の悲鳴が聞こえ、Aさんは後ろを振り返りました。それは白目をむき、両腕から血を垂らしたEさんがものすごく大きな声で叫んでいた姿だったそうです。
――その後のことは、知りません
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死お前の名前だよ死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
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2005/02/09(Wed)12:43:19 公開 / 影舞踊
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■作者からのメッセージ
すいません。怖くないうえに面白みの欠片もありません。いつもと違った感じのショートを書こうとしてたらこうなりました。許してください…流しよんでくれたら結構です(笑
呼んでくださった方々、ありがとうございました。
感想・批評等頂ければ幸いです。