- 『WISH』 作者:イオ / 未分類 未分類
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原稿用紙約16.5枚
俺には友達がいた。
凄く変わり者で、凄くドジで、でも凄く綺麗で。
心は、凄く綺麗で。
今でも忘れない。あの日。
あいつと初めて逢った、あの日。
目の前の白い画面に、数字や記号が列を作っていく。数学が得意な俺は、数式なんてほぼ勢いで解く事ができた。今俺が勉強しているのは、何もテストが近いとか宿題だから仕方なくとかそう云う理由ではない。ただ単に、面白いから解く。楽しいから、解く。最早一種の趣味と化していた。
俺の名前は塚本正義。正義、と書いてまさよしと読む。高校二年生で、今は受験生になる前の僅かな時間を、穏やかに過ごしている最中だった。
この日も、俺は参考書と向き合っていた。いつもの様に、少しずつ式がほぐれ、答えが導き出される過程を楽しんでいた。そんな時だった。
「……あのぅ…」
誰かが、俺を呼んだ。
俺は一瞬手を止め、後ろを振り返った。だが誰も居ない。弟の泰斗かと思って、一応「開いてるぞ」と部屋の扉に向かって声をかけた。だが誰も入って来る気配がない。首を捻って、俺は再び机に向かった。
「…あの、此処…です」
またしても、声は呼ぶ。
俺は立ち上がった。六畳の部屋には人一人隠れられるスペースは無く、簡単に見渡す事ができる。だが、本当に誰も居ないのだ。
「…誰か、居るのか?」
念のため、俺は声をかける。
…まさか、返事が返ってくるとは思わなかった。
「はいっ!!此処です!!上、上ですっっ!!」
…上?
俺は、声の指示した通り上へと顔を向けた。
そいつと、目が合った。
人が、浮いていた。
人が一人、不安そうな表情で。
髪も、肌も服も全部真っ白で、男か女か見分けがつかない。
俺はとっさにそいつの背後に仕掛けがないかを確認した。丁度照明の光があたる位置にいるにも関わらず、そいつを持ち上げている糸の類は全く見えなかった。
浮いている。人間が。そんな、有り得ない。
「…はは。やばいな俺。勉強のし過ぎかも」
「いえ、そんな事はありません!幻覚見るほど疲れてませんよ」
あろう事か、そいつは独り言のつもりで発した俺の言葉に反応した。
俺の頭が、ショートしかけた。
そいつはパニック状態に陥っている俺の目の前にふわりと降り立つと、ぺこりと頭を下げて自己紹介した。
「初めまして!天使です。突然でなんですが、お願いします!!貴方の願いを叶え させて下さい!!」
「て……・んし…?」
そいつのとんでもない自己紹介に、俺はそう答える事しかできなかった。
「…はあ。それで。俺の願いを叶えに来た、と」
数刻後。
何故か俺はベッドの上で、この天使とやらの身の上話を聞いていた。
「はいぃ…そうなんです」
天使はそう云って顔を上げると、土下座の体勢になりかねない勢いで頭を下げた。
「お願いします!!あなたの願いを云って下さい!!!」
先ほど聞いた天使の話を要約すると、こんな感じだ。
天使の仕事、と云うのは、主に人間を幸せにすることだ(死者の魂の送迎は、死に神の仕事らしい)。適当に人間を選んで、その人間の願いを叶える、と云うのがその仕事内容だそうで、一月ごとにノルマがあり、達成状況で成績と云うのがきまるんだそうな。
で、この天使。
ノルマ達成どころか今まで一度も人の願いを叶えた事がないらしく、神様が大激怒。天使は、ある程度働いたあとはまた再び人間として生まれ変わることができるらしいのだが、この天使は、次の仕事を失敗したら、この輪廻のサイクルから外されるとの宣告が下ってしまったそうで。
それで、選んだのが、この俺らしい。
「お願いします!!僕を、僕を助けてくださいぃぃぃぃぃ」
遂に、天使は泣き出した。
…困った。
正直、困った。
俺には今、特に叶えてほしい願いと云うのが無いのだ。
欲を云えばもっと身長が欲しい気もするが、もう百八十センチ近い。取り敢えず、目標は突破していた。こんな事を叶えて貰うのは、勿体ない気がする。
でも、こんなに目の前で泣かれちゃほっとけない。それが、俺の性分だ。それに、早く泣きやんで欲しかった。気が付いたら、俺はこんな事を口にしていた。
「…わかったよ」
途端、天使の顔が輝く。
「本当ですかっ!!??」
「ああ」
「有り難うございますぅぅ」
抱きついてきた。一瞬引いたが、間に合わなかった。仕方なく、俺は天使の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「で、願いは!?」
俺は思わずう、と呻いた。
考えてない。と云うより、今何が叶えて欲しいのかが分からない。つくづく俺も、欲のない人間に育ったモンだ。
「…悪い。少し考えさせてくれないか」
そう云うと、天使の表情が一瞬沈んだ。でもすぐに笑顔に戻ると、こう返事した。
「はいっ!!明日、またきますね!」
一瞬、目の前が眩しく光り輝いた。
反射で俺はきつく目を瞑り、手で顔を庇った。
そして、再び目を開ける。
そいつは、跡形もなく消えていた。
「今日はー!!正義さーん!」
天使と出逢って一週間。今日も、天使はやってきた。例の、参考書を解いている時間帯である。
「正義さんっ!願い、見つかりました?」
「いや…特に」
俺がいつもの様にそう答えると、天使は泣き出すんじゃないかと思うほどの哀しそうな表情になる。
…でも仕様がないのだ。
俺は、まだ願いが見つからない。
「何でもいいんですよ、例えば大学合格とか彼女欲しいとか」
口を尖らせて、天使は云う。
「いや、大学は自分の力で合格しなきゃ意味無いだろ?それに俺彼女居るし」
「…そうですか」
しまった、と思ったが遅かった。また落ち込ませた。
「あぁぁぁぁゴメン天使、俺が悪かった」
慌てて謝るのも、いつもの風景である。
数日前に、天使にどんな事ができるのか聞いてみた事がある。
すると天使は得意そうに笑って、こう豪語した。
「何でもできます!あ、死者を蘇らせるとか人殺すとかそう云うの以外ですよ」
試しに何か出してよ、と俺が云うと、天使はもちろん!と云って指を鳴らした。
途端、白い煙が立ちこめ、俺の部屋中に充満した。咳き込みながら換気し、やっと煙が消え去ったかと思うと。
…其処に転がっていたのは、何が何だか分からない様な、鉄くずだった。
「…何コレ」
そう俺が質問すると、天使はしどろもどろでこう答えた。
「あの…パソコン…の、つもりだったんですけど…」
…まるで駄目だった。
その後も、CDプレーヤーやらDVDレコーダやら、色々出して貰ったのだが、やはりでてくるのは形の定まらない鉄くずばかりで、俺は心底呆れた。
でもやっぱり最終的には「ごめんなさぁい」と涙ながらに謝られ、俺は結局天使を許してやるしかなかった。
もう少しこいつの性格悪ければなぁ、と思った。
そしたら、思い切り憎む事もできたのに。
二週間が過ぎた。
どんなに考えても俺は叶えたい願いが見つからず、つくづく俺って恵まれてるなぁ、と実感した。そう思った事から、俺は「世界中の恵まれない子供たちを救いたい」と云う願いにしようかと思ったのだが、天使の能力を考えて止めた。あいつなら、恵まれない子供たちを更にどん底に落としかねない。
悪いヤツじゃないって事は良くわかる。
でも、こいつは明らかに天使に向いてない。要領が悪すぎる。
流石の俺も、少しイライラしたりもした。
たまに、もう諦めろ、とか云ってやりたい気にもなった。
でも、天使は粘り強く俺の願いを待っていた。
俺の願いを叶える為に、待っていてくれてた。
何も云えないまま、時が過ぎていった。
弟の泰斗が、車に撥ねられたと云う連絡が入ったのは、そんなある日の事だ。
「っ…泰斗!!」
息を切らして、俺は病院へと駆け込んだ。手術は始まっていた。手術室の紅いランプが、やけに鮮やかに見えた。
両親がすでに来ていた。
「母さんっ…泰斗…泰斗は…」
そう尋ねると、母さんは顔を覆って、泣き出した。
そんな母さんの様子に俺は戸惑って、父さんの方に目をやった。
「…極めて、危険な状態だそうだ」
父さんが、苦々しげにそう呟いた。
耳を、疑った。
手術室の扉が視界を遮っていて、弟の状況すら知らせてはくれなかった。
「…泰斗……っ」
呟いて、顔を覆った。涙は出てこなかった。
何故か付いてきていた天使も、表情を曇らせていた。
手術室の扉が開いた。
途端に俺は立ち上がり、中から出てきた医者に尋ねた。
「泰斗はっ…助かるんですかっ!?」
医者は無言だった。
俺たちは割烹着の様なものを着せられ、中へ通された。
眠るような表情の、泰斗が居た。
「助かる可能性は、微少です」
医者の声が、何処か遠くで聞こえた。
絶望、と云うものを、俺は初めて知った。
「心拍低下してます」
「血圧も」
周りの声が、弟の容態を伝えていた。
もう、終わりだと思った。頭の中が、段々真っ白になっていった。
そんな時だった。
「大丈夫です。正義さん」
耳元で、天使の声がした。
俺は横を向いた。天使が立っている。
天使はいつもと同じ、明るい笑顔を浮かべていた。
「…おい」
俺は声をかけた。これから天使が何をしようとしているのかは、容易に察せた。
「死者を生き返らせるなんて、できないんだろ?」
「…できます。正義さんが心から望んでるから」
断言、した。
俺は目を見開いて天使を見つめた。こんなに近くに居るのに、凄く遠い存在に思えた。
ゆっくりと、天使は目を閉じる。そして片手を、泰斗の胸の上へかざした。
ほかの人間には、天使の姿は見えていないようだった。
天使の体が光を放ち始める。
「お別れですね…正義さん」
心なしか寂しそうに、天使が呟く。
「僕はドジで、しょうもない天使だったけど、でも」
最後に、天使は笑った。
「正義さんが僕を受け入れてくれて、嬉しかった」
…刹那。
眩しい光が、辺りを包んだ。
「…脈拍回復してます」
看護士のその言葉で、俺は我に返った。
「心拍上昇」
「呼吸も戻ってます」
再び、辺りは忙しく動き始めた。でも俺は動けないでいた。
隣。
さっきまで其処に居た、あいつが。
「…天使……?」
その呟きに応じる声は、無かった。
数時間後。
泰斗が、意識を取り戻した。
凄く嬉しくて、家族全員で喜んだけど。…でも。
家に帰っても、君は居なかった。
何処にも、居なかった。
翌年。
俺は、見事志望する大学に合格し、弟の泰斗も高校生になった。
あの日から、あいつには逢っていない。礼も云えぬまま、消えてしまった。
…逢いたい。
逢って、話したい。
でも、あいつは現れてはくれなくて。
その日。大学に入学してから初めての講義を迎えた。
知り合いがいなかったから、俺は隅の座席に一人で座っていた。
窓からは見事な桜の木が見える。柔らかな春の日差しは暖かくて、思わず欠伸がでる。伸びをして、目をこすっていると、誰かが近づいてくるのが見えた。大方、俺と同じ様な境遇のヤツだろう。
近づいてくるそいつの方に顔を向ける。
…確かに、俺は願っていたんだ。
あいつが行ってしまったあとで。一人部屋の中で。
願って、いたんだ。
「…あのぅ…」
見覚えのある顔が、其処にあった。
「隣、いいですか?」
聞き覚えのある声で、そいつは云った。
(…天、使……?)
願って、いたんだ。
天使に、もう一度逢えますように。
「?…あの」
そいつは、訝しげな顔で俺にもう一度声をかけた。
「い、いいですか?隣」
「あ?…っはい!もちろん!!」
「どうも」
天使が、俺に微笑んだ。
〜Fin〜
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2005/02/02(Wed)20:40:18 公開 / イオ
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■作者からのメッセージ
初投稿、になります…(汗)
未熟な駄作を、此処まで読んで頂き有り難うございました。ご意見、ご感想など頂ければ幸いです。
では。