- 『はっちゃんとブーの秘密探検記』 作者:笑子 / 未分類 未分類
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全角5462文字
容量10924 bytes
原稿用紙約18.35枚
「僕、小説を書こうと思うんだ」
初めにそう言ったのははっちゃんだった。
「そうなんだ。じゃあ書けたら一番初めに僕に見せてよ」
「うん。一番初めに君に見せるよ!」
そう言ってはっちゃんは自分の家に飛んで帰った。
次の日、いつものように草原で日向ぼっこをする僕のところにはっちゃんが来た。
「やあ、はっちゃん。小説は順調かい?」
「それがぜんぜんうまくいかないんだ。書きたい意思はこんなにあるのに何を書いたらいいのかわからない」
悔しそうにうつむくはっちゃんに、僕は蜂蜜ジュースを渡した。
はっちゃんはそれを美味しそうに吸う。
「まず書きたいことを決めたほうがいいんじゃないかな。はっちゃんはどんな小説を書きたいの?」
「うーん」
はっちゃんはジュースを吸いながら考え込む。
「冒険モノがいいな。主人公は無敵のヒーローで、秘密の遺跡を探検して宝を手に入れるんだ」
実にありきたりだと思ったが、それを口にはしなかった。
はっちゃんは純粋に小説を書いて、誰かに読んで欲しいだけなのだ。
「主人公は僕とブーだよ。それは初めから決めてたんだ」
「僕? 僕は無敵のヒーローじゃないよ」
「小説の中では無敵なんだ、かっこいいだろう?」
はっちゃんは得意げに腕を組んで、僕の周りを一周する。
しかし小説とはいえ無敵のヒーローの自分を想像して、僕は何か耐え難いモノを感じざるを得なかった。
「ねぇ、はっちゃん。どうせ僕たちを主人公にするなら無敵なんかじゃなくて今のままの僕たちが冒険する方がおもしろくなるんじゃないかな」
「でもそれ、大変じゃない? 遺跡に住み着くドラゴンをどうやって僕らが倒すの?」
はっちゃんはドラゴンを登場させたいらしい。
「それをいろいろな小道具を使って成功させるのが小説の醍醐味じゃないか」
「そっか」
はっちゃんは素直に頷く。
「じゃあ、とりあえず書いてみるよ」
そう言うとはっちゃんは用紙を広げ始めた。
「ここで書くの?」
「うん。なんかはっちゃん、詳しそうだから」
いつだったかわからないが、僕とブーは探検に出た。それはある遺跡に眠る秘宝、【キングオブハニー】を探す旅だ。二人はどんな困難にもめげない装備をして冒険に望んだ。二人は旅立った。
「どう?」
「うーん……なんか、あまりにも文章が素直すぎる気がするな。どんな困難にもめげない装備がどんな装備だか想像できないし」
「セーラー服と機関銃だよ」
「……ますますここからはわからないよね」
はっちゃんはブーン、と唸る。
「ブーならどう書く?」
「え、僕? 僕もあんまり書いたことはないんだけど……そうだなぁ」
今となってはもうそれがいつの話だったのかとか、何がきっかけでそうなったのかなど思い出せない。でも確かに僕らはあの時旅に出た。遺跡に眠る大秘宝【キングオブハニー】、その味は食べた者全てを虜にするという。僕らの旅の目的はその秘宝を手に入れることだ。二人はまだ子供だったが、誰にも負けない武器があった。
はっちゃんにはどんなものでも突き通せる針。
僕にはどんな困難でも解決策を見つけ出す頭。
僕たちは遺跡の地図と当面の食料などをリュックに詰め、あの日、ついに遺跡に向かって出発した。
「おおー。なんか小説って感じがするー。……なんか、僕が書くよりブーが書いたほうがいいんじゃないかな」
「はっちゃんが書かなきゃ意味がないよ。作品は文章よりアイディアなんだから。それに、プロはもっとずっと上手く書くよ。今みたいに文章にちょっと味付けをするだけででも、物語の【らしさ】は大分変わる。でも、初めは試行錯誤を繰り返しながら好きなように書くのがいいと思うな」
「好きなように? でも、うまく書けたほうがいいじゃないか」
「処女作はね、うまく書くことよりも、全力をぶつけてとにかく書きとおして自分を知る事が大事なんだよ。はじめから満足できる作品を書ける人なんてめったにいないんだから」
「そっか。みんな最初は下手なのか」
はっちゃんは自信を取り戻したように頷くと、再び用紙にかじりついた。
最初の難関は動く床だった。地図によると、この道をもう少し進んだところにある二つのドアのうち、右側のドアが秘宝のある部屋へと続いている。
しかし前に進めば進もうとするほど何か魔法の施された床は流れを速め、二人の行く手を阻んだ。空を飛べる僕にとってこれは大きな障害ではなかったが、ブーは苦戦している。横にはねたりジャンプしたりしながら前に進もうとするが、すぐに前方の床が津波のようにうねって彼を押し返してしまう。
「ブー! 大丈夫!?」
「くっ、この床どうあっても僕を先に進めたくないみたいだ、よーし!」
ブーはリュックの中からポンプのようなものを取り出すと、それを口に咥えてスイッチを押した。
ブーの身体がピンク色の風船のようにどんどん膨らんでいく。
「ブー、それ何?」
「窒素」
とうとうブーの身体は宙に浮き上がるほど膨らんだ。
ブーは短い手足と少しクセのついたしっぽをプロペラのように回転させ、ドアに向かって飛んでいく。
こうして僕らは最初の難関を見事にクリアーした。
次の部屋に居たのは、奇怪な二足歩行をする生き物だった。
その大きさはブーの数倍、僕の何百倍もある。
その化け物はひどくブーに関心を示した。嫌がるブーを数人がかりで押さえ込み、恐ろしい笑みを浮かべて頭を撫でる。
「僕を食べる気だ! 助けてはっちゃん!」
ブーは助けを求める。
「わかった!」
僕は背中に力を溜めるとブーン、と激しい音を立ててその化け物に突撃する。
化け物はなぜかブーよりもずっと小さい僕にひどく脅えた。どうやら僕の針をよく知っているらしい。逃げるように部屋の外へ飛び出していく。ブーを抱えて部屋を出ようとする一人の腕を僕がチクッと刺すと、化け物は悲鳴を上げてブーを落とした。
「ありがとう! 助かったよはっちゃん!」
かわいそうにブーはしっぽに真っ赤なリボンをつけられていた。
「先を急ごう!」
僕はそう言うと地下へ続く坂を飛び降りた。
「この先が秘宝の部屋だ!」
ブーも嬉しそうに叫ぶ。
その部屋は甘い匂いが充満していた。
「うわぁお! あれ生クリームだ! さくらんぼも、いちごもある!」
「駄目だよはっちゃん、まず最初に【キングオブハニー】を見つけなきゃ!」
僕を部屋を飛び回った。甘い匂いが充満する中、ひときわ甘そうで高貴な匂いの元を僕は見つける。
間違いない。あれがキングオブハニーだ!
「あれだ! ブー見つけたよ!」
そこには色とりどりの蜂蜜が並べられていた。その中でもひときわ大きいビンを、ブーが取り出してふたを開ける。
「うわあ、いい匂いだね、はっちゃんから先にどうぞ」
「いいの? ありがとう!」
僕はその中に飛び込んで浴びるように吸う。
どんな花の蜜よりも甘く、濃厚な味だった。
ドタバタと大きな足音が響く。
「はっちゃん! さっきの化け物だ!」
僕は慌てて空に舞い上がる。
「ドラゴンだ! ブー逃げろ!」
現われたのは3匹の真っ白なドラゴンだった。ドラゴンの一匹が蜂蜜を持って逃げるブーを追いかける。
「お前の相手は僕だ!」
僕は高らかに叫ぶとドラゴンに突撃した。
『いてっ。何か刺されたっ!』
僕の攻撃にドラゴンが怒りの咆哮をあげる。
『うわ、ハチだハチ! その豚捕まえたら消毒しろよ、おい、殺虫剤もってこい!』
『うわ、豚がドアを開けたぞ!』
「はっちゃん! 早く逃げるんだ!」
ドアの入り口でブーが叫ぶ。
「わかってる!」
僕とブーは必死に部屋の外に飛び出す。秘宝を盗られたドラゴン達はひつこく僕らを追ってくる。ドラゴンの一匹が僕に向かって火を吐いたが、なんとか僕はそれをかわす。
しかし、急に僕の足がしびれだした。
「はっちゃん!?」
「うぅっ、何か足が」
『かすったぞ! 今だもう一回!』
「はっちゃんは死なせない!」
ブーが火を吐くドラゴンに体当たりする。
ずっと逃げていたブーの予想外の攻撃に、ドラゴンはびっくりして尻餅をついた。
『……この豚撃ってもいいかな?』
『やめとけ。リボン付いてるだろ、きっと飼い豚だよ。それよりこのハチしつけぇなぁ!』
ドラゴンは想像以上に手強かった。
「はっちゃん、君のほうが僕よりもずっと速い! はっちゃんだけでも逃げて!」
ブーがとんでもない事を言い出した。
「何言ってるんだよ! そんなことできるわけないだろう!」
「僕たちじゃ勝てない! はっちゃんだけでも助かって!」
「勝てるさ!」
僕はブーン、と力いっぱい羽ばたかせ、ブーを羽交い絞めにするドラゴンの腕を刺しまくる。
『いていていてっ』
異変が起こるのは突然だった。
ポキッ。
「あ……」
ブーが驚愕した表情を僕に向ける。
「あ……」
不快な音とともに、僕の針は折れ曲がってしまった。
「お願いはっちゃん! もう逃げて!」
ブーが狂ったように泣き叫ぶ。
僕に残された時間ももう少ない。
「ブー! また会おう!」
僕の目からも涙が零れ落ちた。僕はブーを残してその場を後にする。
『プギー、プギー!』
『おいこの豚なんとかしろよ!』
『ハチが逃げたぞ!』
『ふらふらしてるしその内死ぬだろ、ほっとけ。それよりこの豚育ち悪すぎ』
さよなら、さよならはっちゃん!
『プギーーーーー!』
僕は遺跡の中の小部屋になんとかたどり着く。しかしそこには先客がいた。
「あなた……誰?」
声のする方向を向くと、一人の少女が立っている。がりがりに痩せてはいるが、尻からかわいい小さな針が突き出している。
あぁ、僕の仲間か。
「僕ははっちゃんだよ。今恐ろしい怪物から逃げてきたところさ」
少女はじっと僕の身体を見つめている。
「あぁ、これは蜂蜜だよ。いいよ、僕もうお腹一杯だし食べる?」
「いいの?」
少女は照れくさそうに微笑んだ後、そっと僕の傍によって体中に付いた蜂蜜を吸い始める。よく見るとかわいい女の子だ、と僕は思った。
「あなた、針が折れているわ」
「うん。だから僕、もう長くない。最後に君に会えてよかったよ」
少女が悲しそうに微笑む。
「私も、きっとすぐ後を追うわ。私、道に迷ってしまったの。外には毒ガスを吹きかけてくる怪獣もいるし……」
僕はにこりと笑って地図を取り出す。
「これ、この遺跡の地図だよ。これを見て逃げるといい」
少女は驚きながらも地図を受け取った。
「ありがとう。あなたって……すごいのね……」
「僕の友達はもっとすごいよ。……もう、会えないけど……」
さよなら、さよなら、ブー……。
僕が連れて行かれたのは、見たこともない大きな建物だった。
今僕はたくさんのドラゴンに囲まれている。
その中で一番大きなドラゴンが僕に首輪をかける。
『勤め先の店で暴れてたんだ。飼主が見つかるまでここで預かる事になった』
二番目に大きなドラゴンが僕をじろじろと見つめる。
『見つからなかったらどうするの? チャーシューにでもするわけ?』
『チャーシュー、チャーシュー!』
小さめの二匹のドラゴンがうれしそうに飛び跳ねる。
『リュックを背負った豚なんて、めずらしいよね!』
『あぁ、何だか手放さないんだよ。一応中身を確認したけど身元がわかるものは入ってなかった』
『ねぇ、豚さん。そのリュックには何が入ってるの?』
『プギー!』
『うわ、暴れるなって! 何もしねぇよ!』
『クリス! やめなさい、怪我するわよ!』
僕は大事なリュックを取られてしまった。
『蜂蜜ばっか! なんだこれ!? ガスボンベ!?』
『あ、この紙はなーに? わぁ、これ物語だよ!』
『うそ、あー、ほんとだ。誰かがこの豚に持たせたのかな?』
『豚が字を書けるわけないでしょ。タイトルは……【はっちゃんとブーの秘密探検記】だって!』
二匹の子供ドラゴンは、僕とはっちゃんの大事な小説を抱えて床に転がってしまった。
ドラゴンが字など読めるのだろうか?
動くと首輪に付いた鎖がチャラチャラと鳴る。
はっちゃん……。
恐らくはっちゃんはもう生きてはいない。
せめて傍に居てあげたかった。冒険などしなければよかったのか?
僕たちの名前で本など書かなければこんなことにはならなかった?
無敵のヒーローにすればよかった?
せめて巣には戻れたのだろうか。かわいそうなはっちゃん……。
気づけば僕は眠ってしまっていた。
目を開けると暗い明かりしかついていない。ひどく暖かいぬくもりが僕を包み込んでいた。
はっちゃん?
しかし、僕を見つめていたのは二匹の子ドラゴンだった。僕を抱いた長い毛を二つにしばっているドラゴンが、そっと僕の頭を撫でる。
二匹の子ドラゴンは泣いていた。
『ブー、あなたはとても賢い豚なのね。それに、とってもつらい経験をしたのね。……見てクリス、豚さん泣いてるわ』
もう一匹のドラゴンが僕にキスをする。
『ごめんなさい。チャーシューにするなんて、二度といわないよ。君は僕たちの家族になるんだ』
足元にはあの小説が散らばっていた。
『プギー……』
ふわりと部屋の中に迷い込んだ風が、何枚かの用紙を巻き上げる。
ブーはひらひらと舞う用紙を静かに見つめていた。
真っ白な紙の中央にポツリと書かれたその文字が、ブーの目に焼きついて離れない。
タイトル【はっちゃんとブーの秘密探検記】
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2005/01/30(Sun)01:26:49 公開 / 笑子
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■作者からのメッセージ
えー、やっちゃった(苦笑)。まったく考えてなかったのですが、はっちゃんとブーの秘密探検記とはなんなんだ!? という読者様のご意見から出来た作品です。コメディーにしようと思ったのにシリアス入ってるし…。行き当たりばったりな私は近いうちきっとブーか工藤にしかられますネ。まぁ、それまでは好き勝手に逃げ切ってやる!笑。読んでくださった方が少しでもおもしろかったと感じてくださったら幸いです。つまらねぇと感じた方は「運が悪かったな」としかコメントのしようが…笑。